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2019/10/26

【公用文】「こども」の表記は「子供」→「子ども」→「子供」?

TwitterをのTL(タイムライン)を見ていたら、こんなツイートが目に留まりました。

 


「子ども」の「ども」を「供」と書けと言ったのは萩生田氏。今文科省の公式文書ではすべて「子供」と表記されている。

20191026_maekawa_kodomo

 

 

前川某と室井某の名前で笑ってしまったのですが、「子供」と表記して何がいけないの?と思う一方で、ちょっと心当たりがあったので「おや?」と思いました。

心当たりとは、ブログ主は市販の漢字変換ソフト「ATOK」をわざわざ購入して使っているのですが、ATOKは良く言えば、推薦される表記に忠実、悪く言えば“言葉狩り”をするソフトで、漢字に変換できない言葉もあります。

現在はATOK2017(2017年度版)を使っていますが、それ以前のバージョンで「こども」と入力して最初に変換されるのが「子ども」だったので、変だなと思った記憶があるからです。(ATOK2017ではこの「言葉狩り」は解消されたのか、有名だった「白痴」も3番目くらいに候補に出てきて、一度変換した後は学習してくれます。)

少し好奇心が湧いたので調べて見ました。

 

1973年以来、一貫して『公用文の書き表し方規準』では「子供」

まず、「子供」表記に統一したときの日経の記事。

 


https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1902T_Z10C13A9CR8000/
文科省、「こども」表記を漢字に統一 公用文書で
2013/9/19付

文部科学省はこのほど省内の公用文書の「こども」の表記を漢字書きの「子供」に統一することを決めた。

「子供」の表記は1973年の内閣訓令で、漢字表記とされた。ただ「漢字より柔らかい印象がある」として、各省庁とも漢字と平仮名の交ぜ書きの「子ども」を使う例が増えていた。

文科省は、子供と表記しても大人の「お供」のような否定的な意味はないと判断し、公用文書は漢字表記との原則を再確認。7月刊行の文部科学白書では語句を「子供」に統一した。

文化庁国語課によると「こども」という言葉は「子」の複数形として古くから使われ、江戸時代に「供」が当て字として使われるようになったという。

 

答えはここに書いてあることで十分で、以前から公用文では漢字の「子供」だったのを、「柔らかい印象」という理由で「子ども」と表記することが多くなって混在するようになり、あらためて2013年(平成25年)に「子供」に統一した、というだけです。つまり、一時的に“乱れて”いただけです。

 

ただ、記事には「柔らかい印象」という理由しか書いていませんが、今回調べて、一部で「子供」の「供」は「お供え」や「お供」(家来や従者?)の意味があるから「『親の所有物』の意味があり差別的」という、前川氏のような“左巻き”がいたことを知りました。

(「子供 子ども 表記」などのキーワードで検索すると、そのようなサイトはたくさん見つかります。)

ブログ主などは、単純に複数形だと思っていて、記事にあるようにこれで正しいのですが、まさか「差別的」だなどとは思ったこともありませんでした。それで、小学校で「供」の漢字を習った後は「子供」と書いていたし、これが普通だと思ってきました。記憶は不確かですが、「供」の用例として「子供」という熟語を習ったと思います。

 


おとも【お供・お△伴】
つき従って行くこと。また、その人。

岩波 国語辞典 第七版 新版 (C)2011 株式会社岩波書店

 

こ‐ども【子供】
(1)自分の儲(もう)けた子。むすこ。むすめ。
(2)幼いもの。わらわ。わらべ。小児。まだ幼く世慣れていないことにもいう。枕草子(28)「あからさまにきたる―わらはべを見入れ」⇔大人。
(3)(「子」の複数)数多の子。続日本紀(22)「この家の―」
(4)目下の者達を親しんでいう語。みんな。万葉集(1)「いざ―早く大和へ」
(5)歌舞伎役者の若衆。かげま。
(6)抱えの芸娼妓。江戸時代、特に深川で、遊女のこと。洒落本、辰巳之園「新地の播磨屋などはよくいたしますよ。―は揃うて居るなり、女共もよくいたします」
(7)遊里のかぶろ。傾城買四十八手「―をやつて見てくんなんし」

→こども‐あがり【子供上がり】
→こども‐あつかい【子供扱い】
→こども‐かい【子供会】
以下略。全て漢字表記は「子供」となっている

広辞苑 第六版 (C)2008 株式会社岩波書店

 

ちなみに、ブログ主の手元には『公用文の書き表し方基準(資料集)』(昭和61年9月/文化庁)という本があります。

趣味で日本教育能力試験の勉強をしていたときに購入したもので、これは現在でもAmazonなどで買えますが、1986年版なので、日経の記事にあるよう「1973年の内閣訓令で、漢字表記とされた」後のため、「4 文部省 語例集」に提示されている表には「こども」の書き表し方は「子供」となっています。

別の例を挙げると、「ころ」は「頃」が「▲表外漢字」(常用漢字表に収録していない漢字)なので「ころ」と書くように定められています。

また、「これ」は「是」が「△表外音訓」(常用漢字表に掲げられていない音訓)、「之」は「▲表外漢字」なので「これ」と平仮名で書くことになっています。(▲と△は電子辞書などでも「表外漢字」や「表外音訓」の意味でも目にします。)

要するに、「常用漢字表」が規準なのです。

そして、理由はともかく表記が乱れていたので、公用文では統一しましょうというだけの話です。

 

「常用漢字」とは?

で、「常用漢字」と、もう一つ「当用漢字」ですが、ブログ主もうろ覚えだったので、ATOKに付いている辞書(広辞苑)で調べました。それを一応メモしておきます。

 


じょうよう‐かんじ【常用漢字】 ジヤウ‥
(1)多数で複雑な漢字の不便を避けるため、1923年(大正12)5月、臨時国語調査会が指定した日常使用の漢字1962字と同略字154字。1931年(昭和6)5月に1858字に改定。
(2)当用漢字に代わるものとして、1981年3月に国語審議会が答申し、同年10月に告示された漢字。一般の社会生活において使用する漢字の目安として1945字の字種と音訓を選定。→当用漢字。

 

とうよう‐かんじ【当用漢字】 タウ‥
現代国語を書き表すために、日常使用する漢字の範囲を定めたもので、国語審議会が決定・答申し、政府が訓令・告示をもって公布した1850字の漢字。1946年(昭和21)11月発表。その後、48年2月に当用漢字音訓表・当用漢字別表(いわゆる教育漢字)が、49年4月には当用漢字字体表が発表された。現在は常用漢字(1981年10月告示)がこれにかわる。→常用漢字。

広辞苑 第六版 (C)2008 株式会社岩波書店

 

萩生田光一氏が変更したのか?

これについては分からないのですが、検索したら「第183回国会 文部科学委員会 第2号」(平成25年3月27日)の議事録が見つかりました。

この委員会には萩生田氏が理事として所属しており、関わっていたことは確かなようです。

この委員会では、文科省や文化庁の役人を政府参考人として呼び、見解を訊いていますが、その回答も「差別的ではない」というものです。

当時の前川氏の肩書きをWikipediaで調べると、「2012年1月、官房長[7]。2013年7月、初等中等教育局長[8]。2014年7月、文部科学審議官[8]。2016年6月、文部科学事務次官[8]」とあり、赤字で示した役職の時代です。

ここでふと、加計騒動の時に出た「怪文書」に萩生田氏の名前があったことを思い出しました。

あれは、単純に、獣医学部新設申請を禁止するだけの合理的な説明を文科省の役人がWG委員対してできなかっただけで、萩生田氏や菅官房長官などが工作するまでもない話だったので関与は考えられないのですが、今回調べた「こども」問題で、文科省から萩生田氏が執拗に攻撃された理由もなんとなく分かるような気がしました。

少なくともこの時期から、萩生田光一氏に対して苦々しく思っていたのでしょう。もしかしたら、前川氏以外にも当時の文科省内で「子供」表記に反対する意見があったのかもしれません。(だとしたら、この時から文科省はおかしかったわけですが...)

 

前川氏の偏った考えが垣間見える話だったのでブログエントリーにしてみました。

 

 

  


 

 

 

2019/10/15

【台風19号】多摩川の被害とその原因(二子玉川、高津、小杉、幸区戸手)

公開:2019-10-15 14:17:05  最終更新: 2019/10/30 15:20 

今回の台風19号は日本各地に多大な被害を与えました。

ブログ主は土曜日(12日)の昼間に洪水と高潮の2つの警報が発令されたため、外を歩けるような状態の内に近所の避難所に退避し、一晩を明かしました。避難所の小学校に着いたときには担当の方(避難所運営会議:市職員や地域団体)がおり、毛布を支給してもらって、文字通り、嵐が通り過ぎるのをやり過ごしました。まずは、円滑に運営して下さったスタッフの皆様にお礼を申し上げます。

避難者はテレビを観ることができなかったので各地の被害の様子は分からなかったのですが、一夜明けて家でテレビをつけると、多摩川でも数カ所が洪水や冠水の被害に遭っていることが分かりました。

たまたま報道ステーションで特集を組んだらしく、動画(『【報ステ】多摩川周辺で冠水 それぞれの原因とは・・・(19/10/14)』)があったので、その原因などを記録としてメモしておくことにします。

以下、基本的には番組で説明された内容をそのまま書き留めます。

 

【被害のあった箇所】

20191014_ann_flood01

 

画像は川の右側が東京(世田谷区、大田区)、左側が川崎市(高津区、中原区)です。

これらの被害の原因はそれぞれ異なる、と番組では説明しています。

 

* * * *

 

まずは、二子玉川(ふたこたまがわ)駅付近。この辺りは堤防がなく、水が溢れました。

 

20191014_ann_flood02

 

番組では大正時代の料亭などが景観を損ねると反対した為、という説明がなされていましたが、10年ほど前に「二子玉の環境と安全を考える会」なる団体(東京都世田谷区)が反対していたためです。(後述)

 

20191014_ann_flood03

 

ナレーション「河川事務所によると、近年も堤防の整備を進めるための説明会を度々行ってきたそうです。ただ、『景観を大切にして欲しい』といった声もあり、住民の合意には至っていなかったと言います。」

 

20191014_ann_flood04

 

* * * *

 

二子玉川から1キロほど下流の東京側エリア(大田区)も冠水しましたが、ここは「内水氾濫」(排水溝などから水が溢れる)ではないかと専門家は言います。

 

20191014_ann_flood05

 

通常は川に雨水を流す排水門が、川の水位が上昇したために閉めざるを得なくなり、大量の雨水が処理しきれなくて住宅街に溢れた、ということです。

 

20191014_ann_flood06

 

20191014_ann_flood07

 

* * * *

 

川崎市高津区の場合は、多摩川の支流・平瀬川付近で冠水しましたが、多摩川の方が水位が高くなったことにより起こる「バックウォーター現象」による可能性。水位の上がった多摩川の水が壁のようになり、支流の水が押し戻されるという現象だそうです。

 

20191014_ann_flood08

 

1階が浸水して男性がお亡くなりになったのはこの合流地点の近くのマンションです。

 

* * * *

【武蔵小杉の場合は】

以上が報道ステーション(動画)の説明ですが、現時点では更に下流の武蔵小杉駅周辺の冠水の理由は不明です。(判明したら追記します。)

26日付産経新聞(24日付東京新聞にも)に詳しい記事があったので、以下、書き換えます。

直接の原因は多摩川の水が配水管を逆流した「内水氾濫」とのことです。

記事によると、12日午後3時45分頃に区内のマンホールから水が溢れ始めた(具体的な場所は不明)のを確認。しかし、雨が降り続いていたため、ゲートを閉め始めたのは雨が落ちついて来た10時52分で、通常なら1分ほどで閉鎖するはずの水門が完全に閉まったのは翌13日の午前10時50分でした。

結果として、下記のエリアで冠水しました。(東京新聞より)

 

20191024_tokyo01

 

しかし、そうなると、冠水した2つのエリアとその間の無事だったエリア(JR南武線と横須賀線の間)との違いが気になります。 

今回、タワマンで停電や断水したのは地下の電源室が浸水したためで、二次被害。問題は、なぜ川により近いエリアが無事で、川から離れたこのエリアで内水氾濫が起きたかでしょう。恐らく、下水道の構造などに問題があるか、それに影響を与えたものがあると思われます。

追記→NHKのニュース動画に示された地図にヒントがありました。水門に直結する下水管が示されています。これに枝管がどのように繋がっているのかが冠水したエリアとしなかったエリアを分けたのかも知れません。

 

20191023_nhk02

 

大田区の項で書いたように、水門が開いていれば川からの水が逆流する恐れ、閉じていれば雨水等が行き場を失って逆流する可能性もあり、どのタイミングで閉めるのかは判断が難しいそうです。

 

2019/10/28追記: 2019/10/26付産経新聞『水害 タワマンに弱点』という記事で、直接今回の被害の原因について書かれたわけではないものの、「通風口」の存在が指摘されていました。

それは、電気機器などを置く地下室には喚起のための通風口が義務づけられており、そこから浸水する危険性があるというものです。

確かに、新宿駅とか東京駅とか、駅前ロータリーに巨大な筒型の通風口がありますが、あれほどの「立ち上がり」は不必要としても、ある程度の高さの壁がないと、そこから雨水が浸入する危険性は想像できます。武蔵小杉のタワマン群は街中(まちなか)にあると言っていいのですが、日照権などの問題でタワマンが建設されるのは周囲に民家がない川べりに建設されることが多く、高層だからと言って安心していても、通風口が落とし穴になると感じました。

 

* * * *

【幸区戸手の場合は】

なお、川崎市幸区戸手(4丁目12番地)の「住宅」が浸水というNHKの報道がありましたが、ここは土手の内側を不法占拠している場所で、河川敷なので増水したら水没するのは当然の場所です。この場所について詳しくは、「東京Deep案内」サイトさんのこの記事をお読み下さい。

追記:示現舎さんが洪水後のこのエリアを探訪していました。→YouTube動画『川崎市幸区戸手4丁目 多摩川河川敷の部落

更にこのエリアの歴史的な経緯に詳しい方のツイートがあったので貼っておきます。このツイートから始まるスレッドをお読み下さい。

 

以下、追記の予定ですが、一旦ここまでで公開します。

 

* * * *

 

【2019/10/16追記】二子玉川の堤防の問題について追記します。

大正時代に料亭などの反対で堤防が築かれなかったというのは、NHKの『ブラタモリ』でも取り扱われています。(個人の方のブログなので直リンは貼りませんが、非常に詳しく番組を再現されていらっしゃるのでご興味があればご参照下さい。:https://hiroshige-kitarou.blog.ss-blog.jp/2018-07-06)

これによると、反対派の意向を汲んで、料亭などがあった一角の外側に堤防が作られています。

しかし、現在も川沿いに堤防が築かれていないことを、大正時代の経緯を根拠にするには無理があると思います。実際に、国交省は正式な堤防の整備を計画し、長年地元住民との間で話し合いが行われてきたからで、それは国交省関東地方整備局「京浜河川事務所」のサイトの「無堤部解消プロジェクト」のページに提示された記録を見たらよく分かります。

既に報道されているように、ここ10年ほど、地元の一部住民による反対活動で築堤が計画通りに行かなかったのは事実でしょう。反対していただけでなく、「賛成派」との軋轢もあったようで、これは2009/08/23に放送された『噂の東京マガジン(8/23)「噂の現場」~二子玉川の新堤防で論争~』で扱われています。(リンク先が「魚拓」なのはこれを記録したブログが、この問題がクローズアップされた後このエントリーを削除したため。)

なお、最近、週刊文春がこの反対派と京浜河川事務所とを取材しています。『二子玉川地区の河川氾濫は人災か? 堤防建設問題の真相を国交省に直撃《台風19号水害》

このルポの内容を簡単に書くと、反対活動家が反対していたのは、現在「暫定堤」がある部分で、決壊箇所の部分は関与していないと主張。河川事務所もそれを認めていて「人災はデマ」と記事は結論づけています。

 

20191015_yomiuri01

駅を挟んで右側(下流側)の堤防は実際には「暫定堤」です。

 

これについて文字通りに受け取っていいのかは、先の「無堤部解消プロジェクト」のページを見て個人的には疑問視しています。

国交省としては堤防を造るいい機会だと、反対派をむやみに刺激する発言を避けたのではないかと個人的には想像しています。

 

もし、文春が事実を追及したいのなら、反対派と河川事務所だけでなく、周囲の一般の住民や堤防推進派の方達にも取材した方が良かったのではないでしょうか?

川崎市側の多摩川流域の住民としては、多摩川は暴れ川で、流域は江戸時代から水害に悩まされてきたことを郷土史で知っているからです。歴史的には、むしろ、積極的に治水工事を望んでいて、例えば、二子玉川で築堤に反対した大正時代、川崎側(二子玉川よりやや下流)では堤防を求めて県庁に押しかけるという「アミガサ事件」というのも起きています。だから、堤防を造る側が「説得」しないとならず、それに10年以上かかっている状態というのが異常に思えます。

ドラマ「岸辺のアルバム」のヒントになった多摩川水害は二子玉川よりやや上流の東京都狛江市(対岸は川崎市多摩区)で1974年(昭和49年)に起きています。

 

更に追記。

反対派の立場に立ったブログ(https://hayariki.jakou.com/futako/tama.html)ですが、これを読むと、暫定堤だけでなく、土嚢の積み上げにも反対していた様子がわかりますね。筆者はノンフィクション作家だそうです。(以下、反対の理由部分のみ引用)

 


反対運動では暫定堤防を不要とするだけでなく、積極的に有害であると主張される。その理由として以下の4点がある。

第1に鳥獣保護区・風致地区の貴重な自然環境の破壊である。暫定堤防建設のため伐採される樹木には映画に登場するなど、文化的にも由緒があるものも少なくない(林田力「多摩川暫定堤防の見直しを求めるお花見交流会開催=東京・世田谷」PJニュース2010年4月5日)。

第2に眺望の破壊である。家の前に高い堤防ができると、川べりの素晴らしい眺めが遮られる。その眺望をセールスポイントとする飲食店も立地しており、営業上の死活問題にもなる。もともと二子玉川南地区は景観を売り物にする料亭があり、堤防建設に反対したという歴史がある。

第3に治安の悪化である。高い堤防ができると、堤防の内側は人目がつきにくくなる。現に堤防建設済みの対岸の川崎市側では花火などで深夜まで騒々しい状態である。

これら3点の反対理由は直感的に理解しやすいが、マックス・ウェーバー流に言うならば堤防推進派との間に異なる価値観による「神々の争い」を引き起こすことになる。自然環境も眺望・治安も価値があることは誰も否定できないものである。一方で堤防推進派は洪水被害から生命・財産を守るという大義名分がある。

こうなると堤防建設の賛否は自然や眺望・治安を優先するか、水害防止を優先するかという問題と位置付けられてしまう。実際、このような二派の対立という形で紹介したテレビ番組があった(TBS「噂の東京マガジン」2009年8月23日放送)。

もし平時の快適な生活と災害時の安全のどちらを優先するかという形で一面的な整理をされると、反対運動の分が悪くなる。それ故に反対運動では根本的な反対理由として、そもそも暫定堤防は不要と主張する。

第4に内水氾濫の危険である。二子玉川南地区は堤防(旧堤防)よりも川寄りの地域である。暫定堤防ができると、二つの堤防に挟まれる。まるでタライの底のような状態で、降雨が滞留し、内水氾濫となる懸念がある。

この点については国土交通省にも配慮が見られる(国土交通省・前掲資料)。二子玉川南地区では雨水は下水道に取り込まれて排水されるが、下水道は北側に延び、南地区の外に出る。これで排水されるというのが国土交通省の説明である。既に2009年10月に下水道工事が行われた。

 

 

  


 

 

 

2019/10/14

江戸時代のコスプレパーティーを描いた水彩画「長崎屋宴会図」と葛飾北斎の「日本橋本石町長崎屋」

少し前に興味深い記事を読売新聞で読んだので覚え書きとして。

下の記事は日経(共同通信)の記事ですが、江戸を訪れたオランダ商館長らが和装し、日本の学者等が洋装したところを描いた水彩画が見つかったそうです。

読売にはもう少し詳しく書いてあり、オランダの古書店から神田外語大の松田清・同大客員教授(日本洋学史)に連絡があったとのこと。

 


https://r.nikkei.com/article/DGXMZO50080100R20C19A9CR0000?s=5
江戸で日蘭仮装パーティー 出島商館長らと親密交流
2019年9月21日

江戸時代後期に長崎・出島のオランダ商館長らが和装し、日本の蘭学者が洋装して、商館長一行の江戸滞在時の定宿「長崎屋」で"仮装パーティー"を楽しむ様子を描いた水彩画がオランダで見つかった

長崎屋は、蘭学者の前野良沢や大槻玄沢も訪れた日蘭学術交流の拠点だった。絵を調査した松田清・京都大名誉教授は「蘭学者の語学力が飛躍的に向上し、オランダ人と親密に文化交流していたことを裏付ける貴重な史料だ」としている。

「長崎屋宴会図」と命名され、購入した神田外語大(千葉市)が11月に付属図書館で公開する。

長崎屋を巡っては、浮世絵師の葛飾北斎が窓外の見物人を描いた版画「日本橋本石町長崎屋」が有名。商館付き医師が10年に描いた広間の絵も知られていたが、商館長らと日本人との宴席を活写した絵が確認されるのは初めてという。

水彩画は縦32センチ、横42.5センチで、余白にオランダ語で書かれた説明と署名から、徳川将軍家の侍医で植物学者の桂川甫賢(ほけん)の作と判明。ドイツ人医師シーボルトが商館に赴任する前年の1822(文政5)年の宴会を描いたことも分かった。

長崎屋2階の広間での宴会は、商館長ブロンホフと商館員フィッセルが着物姿で帯刀して座布団に座り、いす席には帽子やコート、キュロットを着用した甫賢と幕府天文台翻訳官の馬場貞由、中津藩主側近の神谷弘孝が描かれている。

長崎屋の主人らも同席。甫賢ら3人の絵には前任の商館長が授けたオランダ名が書き添えられており、3人が上座に、商館長らが下座に就いているのも余興の一環とみられる。〔共同〕

 

オランダで見つかったという絵は下の絵です。

 

20191002_nikkei_holland

 

長崎屋とは江戸幕府御用達の薬種問屋であり、宿屋であったとWikipediaにも書かれています。場所は「新日本橋」(総武線)の駅の近く(日本橋本石町三丁目/現在の住所:東京都中央区日本橋室町4-2)で、描かれている座敷は別邸とのこと。

後に書記役が書いた本によると、日本側が洋装を集め、江戸の礼儀作法やおもてなしを教えようと企画したものだそうですが、コスプレをする必要はなさそうなので、余興のようなものなのでしょうか。絵は惜別に当たって商館長側に贈られたそうなので、送別パーティなのかも知れません。

水彩画というのも面白いと思います。

記事にも葛飾北斎が窓外の見物人を描いた版画「日本橋本石町長崎屋」が有名とありますが、このような絵です。

 

20191002_yomiuri01

 

江戸時代の好奇心旺盛な庶民の姿が描かれたより精細な画像は早稲田大学のサイトPDFで公開されています。

これらの絵は11月1日~14日まで、神田外語大の付属図書館で公開(入場無料)されるとのこと。

 

 

  


 

 

 

2019/09/19

茶室の躙(にじ)り口は犬の出入り口!?

茶室にある「躙(にじ)り口」というをご存知でしょうか。

下の画像はWikimediaから直接表示しているものですが、島根県松江市にある明々庵(めいめいあん)という古庵の茶室で、ここに映っている小さな入り口が躙り口です。

 

Meimeian08n4592

 

幅1尺9寸5分、高さ2尺2寸5分が定法とあるので、高さは90cm弱、当然、頭を下げて身体をかがめ、躙(にじ)って入らなくてはなりません。千利休が取り入れたと言われています。

このエントリーを書くために調べて見たのですが、Wikipediaの「茶室」の項にはこのような説明がなされています。

 


躙口は、千利休(ブログ主註:1522~1591)が河内枚方の淀川河畔で漁夫が船小屋に入る様子を見てヒントを得たという伝説がある。しかし、躙口の原型とみられる入り口は、武野紹鴎(※)の時代の古図にも見られ、また商家の大戸に明けられた潜りや能舞台における切戸(囃し方の入り口)など同類の試みは多種見られることから、利休の発明とは言えない。

※武野紹鴎 たけのじょうおう【紹鷗】 ゼウ‥
室町後期の茶人。泉州堺の納屋衆の一人。もと武田氏、のち武野(たけの)氏。一閑居士・大黒庵と号。珠光の門人宗陳・宗悟に茶道を学び、侘(わ)び茶の骨格を作り、千利休に伝えた。(1502~1555)

 

他には、「狭い茶室を広く見せる効果」云々という説明もありました。

何からヒントを得たのかは知られていないようですが、躙り口を説明するときには、武士でさえ刀を預け、頭を下げて茶室に入ることから、身分に関わらず一人の人間として一対一で向き合う...などと言われます。

個人的には、視覚的効果よりは精神的効果を狙ったものだとは思いますが。

いずれにしても、躙り口の原型は不明のようですが、以前のエントリーでご紹介した『醜い韓国人―われわれは「日帝支配」を叫びすぎる』(朴 泰赫著/1993年)にこのようなことが書いてありました。

 

「金持ちの両班(ヤンパン)の家は高いダムと呼ばれる塀が敷地全体を囲んでいた。(中略)内棟の厨房から塀までは、小さな溝が掘られていて、厨房からの洗い物などの水を流した。厨房から流れた水を流すためと、犬の出入り口として塀の下の方に『躙口』(スゥチェクニョク)が設けられている。(中略)この汚水と犬の出入り口の躙口がどうして日本では茶室の躙り口という言葉になったのか、今でも不思議に思っている。」

 

(゚Д゚)ファッ!

 

まあ、塀に空けられた口であって建物の出入り口ではないので、これを真似たとは思えませんが、名称が同じなのは面白いと思いました。

ただ、実際、草庵風の茶室は朝鮮の古い民家によく似ています。

だから、絵で見た朝鮮の民家にインスピレーションを受けたとしても不思議ではありません。

 

躙り口は「躙る」(膝をおしつけるようにして、じりじりと動く)+「口」でしょうが、むしろ、韓国語の方がそのような用途なのに何故「躙口」なのだろう?と不思議に思います。

ちなみに、「躙」という漢字は「蹂躙(じゅうりん)」の「りん」で、「踏む」とか「踏みにじる」とか、そのような意味です。

ただし、茶道では、利休の時代(つまり、豊臣秀吉の時代)に朝鮮の雑器に「わび・さび」を見いだし、高麗茶碗と呼んで珍重されたので、朝鮮半島の文化が採用されても不思議ではないのですが。(その後、茶器として使うために注文して作らせるようになった。)

 

 

Korea Ido teskål - chawan

 

 

 

あ、豊臣秀吉が朝鮮の陶工を日本に拉致してしまったので、朝鮮の陶芸が廃れた、というのは半分は嘘だと思います。

もし、失われた工芸技術があるとしたら、李朝時代は儒教思想のために職人のような技能者が蔑まれていたので、技術が途切れてしまったのでしょう。

前述の本には、面白いことが書いてありました。

日本では、○代続くうどん屋とかカステラ屋とか、尊敬の対象になりますが、韓国では特に「食堂」は恥ずかしいことなのだそうで、夫の職業を聞かれてトラックの運転手とか理髪店、調理師といった技能職は恥ずかしくて言えず、例えば、就職の面接で実家の職業を尋ねられた時には「事業主」と答えるそうです。(この本が書かれた当時の話かも知れませんが。)

そして、「そういう職業を堂々と言う、日本人は恥を知らない一段下のやつらだ」と、『侮日』に繋がるのだそうです。

 

Huma

 

韓国の産業界の構造もこれなんでしょうね。

規模で言えばサムスンはトヨタよりずっと大きい。が、トヨタを支えている、部品を供給する中小企業は韓国では育たないから、ネジ1本だって日本に頼らなくてはならない。

 

おまけ。

 


https://www.recordchina.co.jp/b682572-s0-c30-d0058.html
韓国の伝統文化財を日本人が修理?韓国議員の発言が物議
Record china 配信日時:2019年1月25日(金)

2019年1月25日、韓国・聯合ニュースによると、韓国与党・共に民主党の孫恵園(ソン・ヘウォン)議員が、韓国の螺鈿漆器の保存処理技術について「大きな問題がある」と指摘した。

孫議員は23日、「国立中央博物館の人事に介入した」との疑惑に関する記者会見を行った際、韓国の螺鈿漆器の保存処理技術を問題視した。孫議員は「韓国は螺鈿漆器の修理を日本人に依頼している」とし、「日本は可逆的に修理するが、中央博物館には20年以上にわたり螺鈿漆器修理の間違った組織があり、韓国が螺鈿漆器を修理すると15世紀の遺物も新品のようになってしまう」と説明した。

しかしこれに対し、韓国の保存処理専門家や学者からは反論の声が上がっているという。ある木材保存処理専門家は「日本では高麗螺鈿についての研究が多く行われていたが、主なテーマは文様と様式だった。漆の技法についての科学的調査は韓国の方でより多く行われた」と主張。また「中央博物館は文化財を保存、復元する際、可能な限り伝統の材料と技術を用いて国際的規範を守っている」と強調した。

美術史を専攻したある教授も「螺鈿漆器の保存処理に詳しい職人が日本にいるとは思わない」とし、「日本では螺鈿より蒔絵が発達した」と述べたという。

これを受け、韓国のネットユーザーからは「韓国の文化財を日本式で修理するなんてあり得ない」「韓国の親日派は日本=最高と思い込んでいる」「たとえ技術が劣っていても、韓国の技術者に修理させるべきでは?」「他の技術は日本に及ばないかもしれないが、螺鈿漆器は朝鮮半島のものだから日本に優れた技術があるわけない」など、孫議員の発言に不満を示す声が上がっている。

一方で「韓国のどこに専門家がいるの?」「螺鈿漆器の専門家の意見は?これじゃあ生物専門家が科学博士の言葉を批判しているようなものだ」「韓国で螺鈿漆器はずいぶん前に消えた。専門家がいるとは思えない。『韓国の方が知識が多い』とか『あなたの知識では不十分』といった幼稚な主張を日本は笑ってみているだろう」「日本では工芸品を高く売っても買う人たくさんがいるけど、韓国は誰も買わない。だから修理技術も発展しない」などと指摘する声も上がっている。

 

ブログ主はNHK BSで時々やっているドキュメンタリー、例えば、新しく寺の宝物殿などを建立するときに、その装飾を担当する工芸家とか、古いものを修復する作業を紹介する番組を観ることがありますが、そうそう需要がある技術ではないと思われるのに連綿として続いていることに驚きます。

そう言えば、何年か前に韓国の南大門が火災で焼失、復元していましたが、その復元技術の稚拙さが話題になっていたことがありましたね。(龍の絵とかググると出てくると思います。)

 

 

  


 

 

 

2019/08/10

なぜ「安重根の記念碑」が宮城県の大林寺にあるのか?

公開: 2019-08-10 12:31:12  最終更新: 2019/09/16 7:10

以前、たまたまTwitterで見かけた、安重根の記念碑を示す案内板。

 

Anjukon01

 

「こんな物を税金で建てるな!」というコメントと共にupされていた画像です。

今日もたまたまこの碑と徴用工像、慰安婦像を同列視するツイートを見かけたので、今回は、なぜ宮城県に安重根の記念碑があるのか?というお話です。

 

このような案内板が立っていると言うことは、安重根の“整地”として訪れる韓国人観光客が多いのかも知れません。

「安重根記念碑」という名称も実はおかしいのですが、その記念碑の意味が正しく韓国人に伝わっているのでしょうか...

 

 

『日韓2000年の真実』(名越 二荒之助)によると、この碑は安重根と千葉十七の友情を顕彰する碑なのだそうです。

 

千葉十七は明治18年に宮城県に生まれ、今はこの碑のある大林寺に眠っています。

彼が旅順刑務所で安重根(1879~1910)の看守の任務を命ぜられたのは27歳の時。安とはほぼ同年代です。

 

この本を読んで知ったのですが、逮捕後に安を取り調べてみると、安重根は事実を正しく認識しておらず、伊藤博文に恨みを持ったのは様々な誤解からでした。

無知な愛国者というわけです。

逮捕されて後、自分が誤解をしていたと気付いた安は獄中で伊藤公やその家族にお詫びしたいと真情を吐露し、千葉もそんな安に筆や墨、紙などを差し入れて、できる範囲の処遇をしました。(安重根は書が上手だったそうです。)

明治43年(1910年)2月14日に安は死刑判決を受けますが、罪を認めていた彼は控訴はせず、3月26日に処刑の日を迎えます。

そして、刑場に向かう直前、安は千葉に、世話になったお礼として書をしたためて贈ります。

千葉は日本に帰国しても安の遺墨や遺影を仏壇に供えて供養し続けました。

月日が流れ、昭和54年の安重根の生誕百周年が韓国で行われることとなり、千葉十七の遺族はその遺墨を寄贈します。

こうしたことがきっかけで、二人の友情を称える碑を建てようということになり、有志によって寄付された金で1年半後に千葉の眠る大林寺に記念碑が建てられたのです。

現在はこのようなエピソードは忘れられているか、あるいは韓国では違うストーリーになっているのかも知れませんが、せめて日本人は事実を知っておくべきでしょう。

 

【追記】ふと思ったのですが、安重根の裁判記録や調書ってなぜ公開されないんでしょう。ブログ主が知らないだけかも知れませんが。

安重根が自分の過ちに気付いて伊藤博文やその家族に謝罪の意を表していたことなどは、上述の本に書かれているくらいですから、どこかに書かれたものがあるはずですよね? それを公にしたくない力が働いているような気がします。

 

【2019/09/16追記】その後、和田政宗議員の働きにより、案内板は撤去されたそうです。(リンク先は撤去をアナウンスする和田議員のツイート)

 

201909_anjukon

 

 

  


 

 

 

2019/08/04

韓国紙幣のホログラムは日本製。と言うか、精巧な偽造防止を施した札を刷れるのは世界で2社しかないらしい

日本製品の排除運動が行われている韓国ですが、5千ウォンと1万ウォンのホログラムは日本製という記事がネットで紹介されていました。

2008年の記事で、まあ、よく見つけるものだと感心します。

 

https://japanese.joins.com/article/155/103155.html
韓国紙幣に独島の絵…ホログラムは日本製
2008年08月04日15時10分 [ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]

 市中に出回っている1万ウォン札と5千ウォン札には独島(トクト、日本名・竹島)が韓国領土に属している。

偽造防止のため、中央左側に付着している銀色のホログラムの地図に描かれている。偽装紙幣防止用のホログラムには太極の模様、額面の数字、太極旗(テグッキ、韓国の国旗)の師卦とともに独島を含む韓半島の地図が描かれている。見る角度によって、3種類の絵が浮かび上がる。2005年、貨幣図案諮問委員の1人がホログラムの模様として韓半島の地図と太極の模様を提案した。ほかの委員が地図に独島を入れる条件で賛成した。韓半島の地図には済州島(チェジュド)、鬱陵島(ウルルンド)、独島が鮮明に表示されている。

韓国銀行の関係者は「地図がとても小さく、代表的な島だけ強調して入れた」と話している。制作過程で独島が太極旗の師卦と重なり、はっきり見ることができず、これを修正するために2カ月を要したという。

実はこの独島が描かれているホログラムは日本製だ。韓国銀行と造幣公社によると、日本の図版社は2005年に国際入札を通じ、ホログラムの供給業者となった。造幣公社側は「韓国の5000ウォン札と1万ウォン札に使えるホログラムを作っている会社が世界に2カ所ある」とし「このうち、日本の業者が安い価格を提示したため、このホログラムを使っている」と話している。

 

ひとしきり笑った後でブログ主が気になったのは「韓国の5000ウォン札と1万ウォン札に使えるホログラムを作っている会社が世界に2カ所ある」という部分。

調べて見たら、日本の紙幣の印刷機は小森コーポレーションという企業が独占していているのだそうです。

 

http://www.komori.co.jp/hp/ir/
KOMORIは日本で唯一の紙幣印刷機メーカーです

あなたのお財布の中にある紙幣。実は、当社の印刷機械で印刷しています。
半世紀にもわたる納入実績を持つ日本をはじめ、ドイツ、ナイジェリア、そしてインドなどでも当社の印刷機械が使われています。
言うまでもなく紙幣には、偽造が非常に困難な最先端の印刷技術が利用されています。当社の技術が、我が国の経済の安定や信用に貢献しているのです。

 

「ホログラムを作っている」とありますが、正確には、「高度なホログラムを施したお札を印刷できる印刷機を作っている」という意味でしょう。

ということは、韓国の2種類のお札はこの会社の印刷機で刷られていることになります。

 

そして、もう一社とはどこか。

こちらはソースがはっきりしないのですが、何かの記事を引用したらしいブログ記事が見つかりました。一部を引用させていただきます。

もう一社というのはスイスにある企業なのですね。

 

https://blogs.yahoo.co.jp/yynatunatu1108yysummer/16966396.html
日本の紙幣印刷機は優秀だった!
2015/11/27(金) 午前 2:52

印刷機は、どういうワケか、スイスにあるグローバル企業がほぼ独占市場なのだそうだ。

しかし、独占であるが故に印刷機の部品不足、故障の対応の遅延、機械の高騰などと、問題が噴出。

そこに割って入ってきたのが日本の紙幣印刷機だ。

その点を日本の大蔵省お抱えメーカー(小森コーポレーションという)が正攻法で突き、最終的にこのスイスのメーカーと一騎打ちの末に、落札したのが、インドの新しい紙幣を印刷する印刷機(実際には、ルピーの下落などの憂き目に会い、両者で1工場ずつになったそうだ)は日本製だったのだ!

 

お笑いネタから思わぬことを知りました。

 

 

  


 

 

 

2019/06/04

災害時、避難所で使われる「段ボールベッド」はどうやって届く?

6月3日付読売新聞夕刊に『段ボールベッド 避難所快適に/供給協定の自治体急増」という記事がありました。

最近は災害時に避難所でこのような段ボールベッドを見かけることが多くなりました。

 

Cardboard_bed

 

このベッドの開発エピソードと供給システムの話題の記事ですが、興味深かったので覚え書きとしてエントリーします。

 

この段ボールベッド、現在使われているものは、縦190cm、横90cm、高さ35cmと、大人が一人で横になれるサイズです。6トンの重さまで耐えられ、組み立ての際にはガムテープなどは不要で、わずか3分で組み立てられるそうです。

これを考案されたのは、大阪府八尾市の段ボール製造会社「Jパックス」だそうで、東日本大震災で床に雑魚寝している被災者の姿を見たのがきっかけだそうです。普及のために情報は惜しみなく公開。設計図は業界団体を通じて配布したとのこと。

 

段ボールベッドは通販などでも買えるとのことですが、災害時に迅速に届くために、まずは、①都道府県が管轄の段ボール業界団体と提携を契約します。

神奈川県を例にすると、平成29年(2017年)に東日本段ボール工業組合と提携を結びました。この組合は静岡以北の18県を管轄しています。

②市町村、例えば、ブログ主の住む川崎市が被災した場合、自治体から県(神奈川県)にベッドを要請。すると、

③神奈川県は上記組合に発注。

④組合は段ボール業者に製造を発注。

⑤業者から被災地に直接搬入、組み立てを指導。

というシステムになっているそうです。

 

おそらく、④は被災しておらず、川崎市に比較的近くの業者に製造を依頼するのでしょう。段ボールなので、発注を受けてから製造しても、時間もあまり掛からないのだと思います。

ちなみに、「神奈川県 段ボールベッド 提携」とかそんなキーワードで検索したら、下のプレスリリースが見つかりました。

 

平成29年12月20日

東日本段ボール工業組合と「災害時における段ボール製品の調達に関する協定」を締結しますー東日本段ボール工業組合が災害時に避難所等に段ボール製品を提供ー

 

 

  


 

 

 

2019/05/29

日本の「高専教育」の輸出が本格化/タイに「KOSEN」5月開校

ブログ主の覚え書きです。

掲題の通り、日本の支援を得てタイに高専型教育が導入されました。その1校目が5月に開講したとのことです。

これに関しては、2月に読売新聞の特集記事があり、興味深かったので保存していました。開校の記事とともに記録しておこうと思います。

 

高専(高等専門学校)とは、専門職業教育と普通教育とを施す学校で、工業または商船に関する学科を置き1962年から開設されました。

5年制で、現在(読売新聞記事/2019/02/15時点)、国立51校の他、高率、私立各3校があります。機会、電気・電子、情報、建築なdの工学系を中心に実験・実習を重視した専門教育を15歳から行い、教員には博士号を有する者も多いそうです。卒業時に準学士(短期大学と同等)の称号を得ることができます。

準学士は米国式だと「AA」(Associate of Arts)degreeですね。

タイに開校する以前にも、モンゴルで日本の高専への留学経験者等が中心となって3校が開設され、今年、1期生が卒業するそうですが、開校から日本が関わるのはタイが初で、昨年夏に日タイ間で高専型教育の導入に関する協定を締結しています。

今後も他国での導入が進みそうで、既にベトナムにはノウハウを提供するために高専機構の事務所が開設され、マレーシアやインドネシア等も関心を寄せているそうです。

アジアでの展開に伴い、高専機構では「KOSEN」の商標登録手続きも進めているそうです。

 

下は読売の記事(一部)です。

 

 

参考記事

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43811780W9A410C1LKA000/
日経: タイに「KOSEN」 高専機構、現地の国立大と
2019/4/16 19:58

国立の高専を運営する国立高等専門学校機構(高専機構)は16日、奈良市でタイ・バンコクの国立モンクット王工科大学トンブリ校と包括的学術交流協定を結んだ。日本が協力するタイでの高専設立プロジェクトの一環で、同校が運営母体となる「KOSEN」の2020年開校を目指す。

タイ側の関係者10人が奈良高専(奈良県大和郡山市)や鳥羽商船高専(三重県鳥羽市)、明石高専(兵庫県明石市)を視察する日程で来日。スウィット学長は調印式で「社会の課題を解決する人材を育成したい」と話した。

タイでは5月、同大学ラカバン校が運営する高専が開校する予定。日本同様、5年一貫の技術者教育を導入し、高専機構は7人の教員を派遣し運営支援にあたる。カリキュラムは主にメカトロニクス(機械工学)分野という。トンブリ校は2校目となる。

日本の高専の教育システムは産業立国を目指すアジア各国から注目されており、モンゴルでは留学経験者らが学校を設立。高専機構は運営支援を行ってきたが、開校から関わるのはタイのケースが初めてという。昨年8月、文部科学省とタイ教育省が日本型高専設置に向けた協定を締結した。

 

* * * *

 

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190512/k10011913351000.html
NHK:タイ 日本式の高専が開校 日本企業への就職も期待
2019年5月12日 15時30分

日本企業が多く進出するタイで、即戦力となる技術系の人材を育成するため、日本の高等専門学校=高専の教育手法を取り入れた学校が12日開校し、新入生24人が入学しました。

 

Kosen_20190512_nhk

 

この学校は日本とタイの両政府が進めるプロジェクトに基づいて、独立行政法人・国立高専機構などの支援で、首都バンコクにある大学内の敷地内に新たに設けられました。

日本からは合わせて教員8人も派遣されていて、開校式で国立高専機構の谷口功理事長は「世界が求めるレベルの実践力を持つ、創造力豊かな技術者になってほしい」とあいさつしました。

続いて新入生の代表のニチャパットさん(15)は「立派な技術者になって、タイのさらなる発展に貢献したい」と抱負を述べました。

今回入学した24人は、10倍以上の志願倍率を勝ち抜いてタイ全土から選抜され、授業料が免除されるだけではなく、奨学金の支給を受けながら、日本の高専が行っている技術系の人材を育成するためのカリキュラムに基づいて学ぶということです。

なかには日本語の授業も組まれていて、卒業生はバンコク近郊の経済特区などに進出している日本企業への就職も期待されています。

日本の高専の教育手法を取り入れた学校が海外で開設されるのは、モンゴルに続いて2か国目だということで、国立高専機構は今後も海外への展開を続けることにしています。

 

 

  


 

 

 

2019/05/28

【MMTとは?】MMTの基礎が分かる動画。まずはこれだけ観てみよう!

最近よく耳にする「MMT」。

「Modern Monetary Theory」の略なので、「現代貨幣理論」と呼ぶのが正しいのですが、新聞などでは「現代金融理論」と呼ばれることが多いようです。

MMTとは?については、下にWikipediaの説明を引用しますが、まず、よく言われるのは、①机上の理論ではなく、実態から導き出された理論である、②日本の経済状況(長いデフレ)はMMTで説明できる(と言うか、日本が「MMTが正しいことを証明してしまった」)、ということ。

MMT論者と反MMT論者とで議論していますが、「日本がデフレを脱却するには何をすべきか?」ということは一致しているはずです。

その議論の内容はともかく、MMT論者が説明する「手段(方法)」くらいは知っておこうよ、というのがこのエントリーの目的で、理解に役立つ動画をご紹介します。

 

【Wikipedia『現代貨幣理論』より】

現代貨幣理論 (げんだいかへいりろん、英語: Modern Monetary Theory、略称はMMT)、現代金融理論(げんだいきんゆうりろん)、あるいは新表券主義(しんひょうけんしゅぎ、英語: Neo-Chartalism)とは、現代経済の貨幣が借用書により成立していることを捉え、政府は税収に制約される必要はなく、任意の自国通貨建て国債発行により財政支出量を調整することで、望ましいインフレレベルを目指す経済政策を行うことを理論的主柱としている。

 

MMT論者は、例えば、「政府は財政出動(公共事業など政府の支出を通じて景気を向上させる経済政策)をせよ。そうすれば国民のお金が増える。」ということを言っているのですが、なにやら、“風が吹けば桶屋が儲かる”的に聞こえるのか、頭ごなしに“トンデモ理論”のように言われると、そこで思考停止してしまいがちです。

まずは、どういう理屈で、「政府が支出すれば私たちのお金が増える」と言っているのかを理解してみましょう。

 

「政府が支出すれば」云々は後述する中野剛志氏の動画では図-1で言っています。(画像は動画のキャプチャ。※印と緑色の枠はブログ主が付けました。)

 

Mmt_00

(図-1)

  

そこで、基礎の基礎として、下の2つの動画をお薦めします。(但し、お薦めの見方があります。)

 

  1. 第2回「日本の未来を考える勉強会」ー貨幣と租税ー 平成29年4月27日 講師:評論家 中野剛志氏
  2. 「日本の未来を考える勉強会」ーMMTポリティクス〜現代貨幣理論と日本経済〜ー令和元年5月17日 講師:経世論研究所 所長 三橋 貴明氏

 

2つの動画はどちらも50分弱の動画ですが、レジュメ(プレゼン資料)が画面に表示されるので、説明が分かりやすいかと。

動画の“見方”ですが、1の中野剛志氏の動画だけでもいいのですが、先に2の三橋貴明氏の動画を~20:53辺りまで観てから、1の動画を観たらいいかと思います。

その理由は、下の図-2を使った中野氏の説明は三橋氏の動画では16:42~20:53辺りで説明(図-3)されるのですが、この部分の説明は三橋氏の動画の方が分かりやすいかと思うからです。そして、中野氏の動画を最後まで見終わって余力があったら、三橋氏の動画の残りを見て下さい。

 

Mmt_03

(図-2)

 

Mmt_04

(図-3)

 

この図を使った説明の“キモ”は、政府が国債を発行するのに、国民の「お金」(「預金」)は使わないということだと思います。そして、国債発行によって得た金で企業に仕事を発注すれば、結果として「従業員(国民)に『お金』が分配される」ということです。

中野氏の図は、三橋氏の図の2つの「BANK」(別の民間銀行)をトータルで「民間銀行」としているので、循環している図になってます。

 

そこで、暇なブログ主 は2つの図を合体させた図を作ってみました。(図-4)

項番=丸数字は三橋氏の図に合わせてあります。

 

Mmt_01_1

(図-4)

  

「民間(=国民)のお金は使わない」というのは、「政府と民間銀行との間での決済は「日銀の『当座預金』同士で“付け替わって”いるだけ」からです。そして、これを単純化したのが下の図(図-5)です。

 

Mmt_05

(図-5)

 

 

「お金」(=「預金」)はどうやったら生まれるのか?

順序が逆になりましたが、動画では最初の方で「銀行が貸し出しを行った時に預金が生まれる」という説明がなされます。そのレジュメが下図(図-6)です。

 

Mmt_06

(図-6)

 

これは「天動説」(×)と「地動説」(○)くらい違っていますね。

“目からウロコ”だと思います。

上の図は中野氏のレジュメですが、三橋氏の動画は最初の方で、この部分をもう少し時間を掛けて説明しています。

 

MMT(現代貨幣理論)における財政の考え方

下の画像は、実は、三橋氏の動画の始めに使われるレジュメですが、これがまとめ(結論)です。

 

Mmt_mitsuhashi01

 

もう少し詳しく知りたい、本で読みたい、という場合はこちらの本をどうぞ。中野剛志氏の著書です。

 

 

  


 

 

 

2019/05/15

【語源・翻訳語】銀行の語源は?/英語とドイツ語の「bank」はなぜ「土手」や「ベンチ」と同じ綴りなのか

公開: 2019-05-15 20:23:04  最終更新: 2019/05/17 7:37  

先日、読売新聞の『翻訳語事情』というコラムに「BANK」が「銀行」という翻訳語にとして定着した経緯が書いてありました。

結論から書くと、漢語(中国語)の「銀行」を輸入したようですが、それまで、銀行に当たる言葉は「為替問屋」、「銀坐」、「金館」などと様々で、「銀行」なる言葉が定着したのは明治5年の「国立銀行条例」の制定によるもの、だそうです。

この条例の名称を定めたのが、2024年から1万円札の肖像画となる渋沢栄一なので、日本では渋沢が命名者と言っても良いのですが、前述のように元々は清時代の漢語で、ロブシャイド版の『英華字典』(English and Chinese Dictionary/1866~69年)や『智環啓蒙』(1864年)にBANKの訳語として見られるそうです。(リンク先は成立年のソース)

 

20190513_yomiuri_bank_etymology01

 

下の画像は上の『智環啓蒙』にリンクさせた論文(PDF)のP.9ですが、実際の『智環啓蒙』の記述は青枠の部分です。

20190513_yomiuri_bank_etymology03

bank note(現在の訳は「銀行券、紙幣」)の説明に「銀行銭票」という漢語での訳を当てていたという説明をしています。

 

 

なお、辞書『漢字源』によると、「銀行」は元々「金銀の両替店」という意味だそうで、銀行の「行」には名詞として「問屋」や「同業組合」の意味があり、転じて「大きな商店」や「専門の職業」という意味になったそうです。

 

ついでに、ブログ主が長年の疑問だった「BANK」の語源を辞書(※)で調べて見ました。

疑問というのは、何故、英語の銀行(bank)と土手(bank)が同じ単語(綴り)かと言うことです。正確には、英語だけでなく、ドイツ語を勉強したときに、銀行(die Bank)とベンチ(die Bank)が同じ綴り、但し、複数形は前者が「Banken」、後者が「Bänke」と異なりますが、これを不思議に思ったのです。

ベンチは英語では「bench」ですが、これも何やら綴りが似ています。

 

20190513_yomiuri_bank_etymology02

 

結論から書くと、これらは古ノルド語。ゲルマン語と言っていいかと思いますが、原義は「盛り上がったもの」なのだそうです。

従って、「土手」がbankというのは容易に理解できます。

ちなみに、川底や海底の盛り上がった所のことも、英独ともbank(Bank)というそうです。日本語では(日本海にある)大和堆などの「堆」にあたります。

「盛り上がったもの」ということで、そこから「長いす」や「テーブル」という意味になりました。

「銀行」(英:bank、独:Bank)の直接の語源はイタリア語のbancoやbancaで、「両替商のテーブル」から来ているのだそうです。

 

※研究社英和大辞典、ジーニアス英和大辞典、DUDEN(デューデン/独独大辞典)

 

 


 

 

 

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