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2018/09/11

情報の宝庫、学習地図帳が面白い/帝国書院『新詳高等地図』を買ってみた

最近、ふと思いついて、最新版の高校生向けの地図帳を購入しました。帝国書院の『新詳高等地図』というものですが、これが非常に面白い。

ブログ主の手元には昔買った帝国書院の地図帳がありますが、奥付(おくづけ)を見ると、昭和63年とあります。つまり、1988年。30年前!

従って、ドイツはまだ東ドイツと西ドイツに分かれています。coldsweats01

古い方の地図帳は実際には高校生の時に使っていたものではなく、ニュースなどを見るときに手元に置いておきたいと購入したもので、現在は地図だけならインターネットのGoogle Mapなどで事足りることもあるのですが、地図帳の真価は実は地図以外の部分にあり。

ということで、今回は学習用地図帳をご紹介したいと思います。

 

今年度から大判化したそうで、新版ではやや幅が広くなりました。

 

Atlas00

 

 

 

 

今はインターネットで地図が見られるようになり、地図帳の使用頻度は減りましたが、それでも、Google Mapなどではより広範囲に見ようとすると細かい地名が消えてしまうので、時々使っていました。

ネットの地図より見やすい、というのも地図帳の利点の一つですが、新しく買い求めた一番の理由は地図を使って示された統計などのデータが最新版ではどうなっているか知りたかったのです。

 

例えば、こんな統計。(こちらは1988年版のもの)

 

Atlas01

 

「各国の軍事費」というこの地図の数字は国によってかなり年次が異なるのですが、こういう図は表などより断然視覚的に分かりやすいと思いませんか?

この地図のことは後でもう一度取り上げます。

 

新しい地図帳(H29年版=2017年版)が届いて古い地図帳と見比べてみると、世界情勢や関心事の変化に合わせて、扱う地図や統計がかなり変わっているのが興味深いです。

 

例えば17年版では中東(西アジア)のページに、普通の地図とは別に、言語や宗教、石油産出量といった3つの統計を表す地図が掲載されています。

また、86年版では「森林資源と木材生産」という統計が、17年版では「森林の減少と日本の木材輸入」に変わっているように、『人口』に関するページも86年版では「出生率」や「死亡率」、「平均寿命」といった統計が掲載されていたのが、新版では『人口・食糧問題』というカテゴリーに変わり、「一人の女性が生涯に生むとされる子どもの数」や「高齢化」という統計が加わっています。

 

もちろん、ネットを検索すればこれらの情報には辿り着けるとは思いますが、各地図(統計)には出典が書かれているので、最新の数字を調べるのにもアクセス速度が高まります。

 

新版の『人口・食糧問題』には「世界の水資源」という統計もありました。

下の図は地図帳のものではなく、出典から直接得たもので、地図帳ではこれに更に「主な国の1人あたりの年間水使用量」が加えられています。

 

Atlas02

Note: The figures indicate total renewable water resources per capita in m3.
Source: WWAP, with data from the FAO AQUASTAT database. (http://www.fao.org/nr/water/aquastat/main/index.stm) (aggregate data for all
countries except Andorra and Serbia, external data), and using UN-Water category thresholds

 

こういうのを見ると、中国が水資源を求めて、オーストラリアのタスマニアや北海道に食指を伸ばすのが分かります。

ところで、地図上で韓国が「ストレス」に分類されているのに気づかれましたか?

調べたら、漢江の上流にあるダムを北朝鮮に握られているからだそうです。

なるほど。

 

他にも、日本地図のページには、こんな図もあります。(雰囲気が分かる程度のサイズにしてあります。)

 

Atlas03  

 

「日本の地体構造と防災 主な地震の震源と火山、活断層」というものです。

映っていませんが、下の方には東北の断面図、東日本大震災の時のプレートの動きも図で説明されています。

 

「日本の位置とまわりの国々」では、下のように排他的経済水域(※/青い線)や日本固有の領土が写真入りで掲載されています。(左上の写真は日本の東、西、南、北端の写真です。)

 

Atlas04

 

素晴らしい!

 

 

※はいたてき‐けいざいすいいき【排他的経済水域】 ‥ヰキ
(exclusive economic zone)沿岸から200海里の水域から領海を除く部分。沿岸国に生物・非生物資源の探査・開発に関する主権的権利が認められる。経済水域。EEZ

広辞苑 第六版 (C)2008  株式会社岩波書店

 

ちなみに、98年版では「日本の位置」と題して片側1ページのみで、日本の西側にある国の場所には日本の行政区分(要するに県名が書かれた地図)が掲載されているので、まわりの国々は見えなくなっています。

 

ブログ主がこんなにはしゃいでご紹介しているのは、多くの情報が満載で、視覚に訴える工夫がなされているからです。

 

そこで再び「世界の軍事費」。

ブログ主は新版ではこれがどのように変わっているのか楽しみにしていたのですが、なぜか新版にはありませんでした。

そこで、ソースの「ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)」で「SIPRI Military Expenditure Database」というページにアクセスしてみましたが、単にスプレッドシート(Excelの表)が提供されているだけでした。

軍事費の規模を四角のサイズで表すのは帝国書院の工夫です。

 

Atlas01

 

ところで、ここでふと気づいたことがあります。

日本の防衛費は毎年ニュースになりますが、「日本の2018年度防衛関係費(米軍再編関連費用を含む)は5兆1911億円で過去最高額を更新した。」のように、(当然と言えば当然ですが、)円建てで示されていて、他国との比較があまりよく分かりません。

他国の軍事費に言及する場合、例えば下の産経の記事の記事のようになります。

 

http://www.sankei.com/world/news/180503/wor1805030004-n2.html

2018.5.3 07:00更新
世界の軍事費1・1%増 制裁のロシアは2割減で4位に後退

 【ロンドン=岡部伸】スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は2日、2017年の世界の軍事費(一部推計値)は1兆7390億ドル(約189兆円)で前年比1・1%増だったと発表した。中国による南シナ海進出などで緊張の高まるアジアでの増加が目立った。

 世界の軍事費が世界の国内総生産(GDP)に占める割合は2・2%、1人当たり230ドルの支出となった。

 17年の国別トップは6100億ドルの米国で全体の35%。2位は2280億ドルの中国で13%。この2カ国でほぼ半分を占めた。アフガニスタン、イラクからの部隊撤退で軍事費を減らしてきた米国は、17年はほぼ横ばい。一方、中国は前年比5・6%増となった。

 16年に世界3位だったロシアは前年比20%減の663億ドルと4位に後退。1998年以来の減少で、SIPRIは「原油・天然ガスの価格低迷や2014年から続く制裁で経済に負担がかかり、軍事費が削減された」と分析した。

 紛争が目立つ中東情勢を反映し、サウジアラビアは前年比9・2%増の694億ドルで3位に浮上した。

 地域別では、アジア・オセアニアが29年連続増加。SIPRIは「中国と近隣諸国間の緊張が、アジアでの軍事費の使用を活発化させている」としている。

 上位15カ国は前年と同じ顔ぶれで、日本は前年と同じ8位。GDP比で0・9%と15カ国で唯一1%を切っている

 

8位だということは分かりますがドルベースの数字は提示されていません。また、他の国が極端な国ばかりで、例えばドイツやフランスの数字はどうなんだろうと知りたくなります。

 

産経の記事にある17年の数字をSRPLIのSIPRI Military Expenditure Databaseスプレッドシートで見ると、「2017 Current」の数字と一致するので、これでいくつかの国を拾ってみると以下のようになります。(シートの数字は百万ドル単位なので分かりやすいように1億ドルの位置に「・」を打ちます。)

 

アメリカ:6097・58、中国:2282・31、日本:453・87、韓国:391・53、台湾:105・69、ドイツ:443・29、フランス:577・70、イギリス:471・93

 

メディアがドルベースで比較しない理由が分かる気がします。

日本はこれだけ周囲を異常な国家に囲まれて、しかも緊迫度が増しているのに、「GDP比1%」なんて目安に拘るのは馬鹿馬鹿しいとは思いませんか?

 

 

 

 

 


 

2018/08/13

【動画】『台湾人と日本精神』-“日本語族”蔡 焜燦氏インタビュー

このエントリーでは、以前ご紹介した『台湾人と日本精神』という本を著した蔡 焜燦〔さい こんさい〕氏のチャンネル桜でのインタビューをご紹介します。

 

最初に少しこのインタビューの前提となる説明をすると、以前NHKで放送されたNHKスペシャル シリーズ 「JAPANデビュー」(2009年4月~6月)という番組で、蔡氏のような“日本語族”の方々が日本統治時代を語ったところ、恣意的に発言を切り取られて正しく意図を伝えられませんでした。

彼等が語った中には当時の良い面、悪い面があったのですが、NHKが意図したストーリー通りに発言を切り貼りされて、あたかも日本統治時代が抑圧されて暗い時代だったかのような印象操作に利用されたのです。

 

 

 

 

この件はエントリーを改めてまとめるつもりですが、さっそく動いた人達・団体の一つがチャンネル桜で、NHKの番組内でインタビューされた方々や蔡氏のインタビューをとって、NHKを糾弾するキャンペーンを張りました。

 

番組は前後半の2回に分けられており、動画も更に分割されているのでリストにしました。

 

【前半】

1/3【台湾取材レポート】老台北・蔡焜燦氏に聞く 第1弾[桜 H21/5/6]

https://youtu.be/XlrV0_7LFKA

2/3 https://youtu.be/BegRnBTrxTo

3/3 https://youtu.be/ha1ZtSUwhog 

中共政府と同じ反日的な視点から、日本による台湾統治の「陰」の部分のみを強調するという目的のために、日台間の歴史の真実も、親日国・台湾の人々が日本に寄せる複雑な心情も、ただ利用し、踏みにじった「NHKスペシャル シリーズ『JAPANデビュー』第1回『アジアの一等国』」。その作為を明らかにすべく台湾に赴いた井上和彦が、老台北(ラオタイペイ)として著名な蔡焜燦氏に、NHKの番組に見られる誤りの数々や、日本による統治時代の実情、台湾のために貢献した日本人たちの功績などについてじっくりとお話を伺った模様をお送りします。

 

 

【後半】

1/2【台湾取材レポート】老台北・蔡焜燦氏に聞く 第2弾[桜 H21/5/11]

https://youtu.be/OxljodWdRYw

2/2 https://youtu.be/fnmceq1ZqeA

 

問題視されている「日台戦争」という言葉ですが、これは動画の中でも語られているように、日清戦争後(1895年4月17日 下関条約)、日本人による統治が始まった初期に頻発した抗日ゲリラによる抵抗のことですが、「台湾民主国」に言及していたので、少々補足します。

 

清仏戦争(1884~85年、清国とフランスとのベトナム支配権をめぐる戦争。天津条約を結び、ベトナムはフランス保護領となる。)の間にフランス軍が台湾を襲ったことから、この地の重要性を強く認識した清は台湾を独立した省として巡撫(地方長官)を派遣するようになります。

その後、日清戦争に敗北した清から日本への台湾の割譲が決まると、これに抵抗する台湾の官僚等は「台湾民主国」の成立を宣言(1895年5月25日)します。既に割譲が決まっているので清は全く関与しませんでしたが、この事態に、日本は武力での統治が必要と、海軍大将・樺山資紀を初代総督に任命して派兵、しかし、日本軍が上陸(6月3日)すると、台湾民主国の総統は廈門(アモイ)に逃走。無血開城となります。

その後、台湾人との戦闘状態が5ヵ月続き、NHKはこれを「日台戦争」と呼んだのですが、前述のように台湾民主国に統率された軍隊などありませんでした。

 

下は、チャンネル桜の井上和彦氏が台湾に行き、老人が集まる公園や広場で“日本語族”にインタビューしたもの。特に、龍山寺で出会ったご老人方の話は必見です。

 

2009/04/22 に公開
1/5【台湾取材レポート】井上和彦・台湾取材で感じたこと
https://youtu.be/8dqmJrgoSHQ

2/5【台湾取材レポート】二二八紀念公園でのインタビュー
https://youtu.be/h7Anl-B1t1E

3/5【台湾取材レポート】龍山寺前広場でのインタビュー
https://youtu.be/_vg5wn-EF9k

4/5【台湾取材レポート】龍山寺前広場でのインタビュー・後半
https://youtu.be/5EOmXXtVgD0

5/5【台湾取材レポート】台湾取材を終えて[桜 H21/4/22]
https://youtu.be/Km9pUH9pBPM

 

この時は国民党の馬英九政権の時代で、李登輝総統(中国国民党だが、初の本省人の総統)以降進められた民主化が後戻りしていた時代だということを前提に観る必要があります。

 

ところで、動画の中で、日本統治時代と国民党支配の違いとして、治安を挙げる方が何人かいました。

それで思い出したのが、ブログ主が出張した当時(1991年)、驚いたのはマンションの厳重さでした。エレベーターで部屋のある階に下りると、通路というほどのスペースもなく、部屋のドアがあるのですが、そのドアの前にもう一つ、鉄格子があるのです。

 

NHKのJapanデビューは当時どのくらいの台湾人が観たのかは分かりませんが、台湾は衛星放送やケーブルテレビの普及が日本よりも早く、ブログ主の部屋のテレビでもNHKが映っていました。

あまりテレビを観る時間はなかったのですが、毎朝、時計代わりにテレビを点け、朝ドラを観てから部屋を出ていた記憶があるので、地上波の番組が観られたのだと思います。従って、台湾を取り上げた番組とあっては、NHKを観る習慣がある方はこの番組を観ていたのではないかと思います。

1991年当時、相撲とか甲子園(高校野球)も人気で多くの人が観ていると聞きました。前回ご紹介した同僚の女性の両親は“日本語族”だったのですが、彼女と一緒にお昼を食べた日本食屋で壁に貼られた大相撲のポスター(千代の富士)を見て、「この人知ってる。えーと、確か貴乃花...」と言いかけたので訂正しようかと思ったら、「...に負けた人でしょ。」と言ったので、彼女は日本語は話せませんが、家族と相撲をよく観ていたのでしょう。

 

 

 

 


 

2018/08/06

【書籍】『台湾人と日本精神』 (小学館文庫/蔡 焜燦)読了

公開: 2018/08/06 15:38  最終更新: 2018/08/09 12:50  

以前のエントリーでご紹介した『台湾人と日本精神』(小学館文庫/蔡 焜燦〔さい こんさい〕著)を読了しました。

読み終えたのはもう2週間ほど前ですが、その後、この本から興味が派生して、関連する資料を読んだりしていたので、書き留めておきたいことはたくさんあるのですが、今回は全般的な内容のご紹介をするつもりです。

下は文庫版の目次です。

 

蔡さんと私 合い言葉は「お国のために」 金美齢

第1章 台湾の恩人・司馬遼太郎

第2章 台湾近代化の礎を築いた日本統治時代

第3章 「二つの祖国」 - 「戦争」そして「終戦」

第4章 “祖国”の裏切り

第5章 日本人よ胸を張りなさい

第6章 「台湾論」その後

あとがき

台湾略年表

 

 

 

 

 


まず、タイトルにある「日本精神」(台湾語でリップンチェンシン)ですが、成語(熟語)として台湾に根付いているもので、その対語には「中国式」という表現があるそうです。前者は「勤勉で正直で約束を守る」、後者は「嘘、不正、自分勝手」という意味があると著者は説明し、日本の統治時代を経験した世代には「日本精神」がある、というわけです。

 

ご存知のように、日清戦争(1894~1895)の結果、下関条約(1895年)により台湾が日本の領土となりました。最初の3年間程は治安維持に注力したため、本格的にインフラ整備等に手を付けたのは第4代台湾総督・児玉源太郎(1852~1906/1898年〔明治31年〕着任)の時代からです。そのために後藤新平(1857~1929)、新渡戸稲造(1862~1933)といった、そうそうたる人物が台湾に呼ばれました。

日本統治時代の台湾というと、どうしても八田與一(1886~1942)に代表されるようないうハードの面(道路、鉄道、水道等の建設・整備)のインフラ整備を思い描きがちです。こうした事業が開始されるのは前述のように第4代台湾総督・児玉源太郎の時代からで、第7代総督・明石元二郎(1864~1919/1918年〔大正7年〕)の時に、台湾教育令(1919年)が施行され、ソフト面での台湾近代化が展開されます。

こうした名前を見ていると、日本人が恩着せがましく言うことではありませんが、この時代に台湾が日本に統治されたのは、ある意味“奇跡”ではないかと思います。

明治維新の立役者達が、日本では手探りでやった経験を元に、更に理想的に、更に効率的に台湾の近代化を進めることができたと思うからです。

 

しかし、蔡氏のこの本を読むと、「日本精神」はけっしてこれらの“偉人”によってもたらされたものではないことが分かります。

それは、日本人教師や警官といった名もなき人々から学んだものでした。

 

ちなみに、2014年に公開された映画『KANO』の嘉義農林学校(通称「嘉農」)が甲子園(第17回全国中等学校優勝野球大会)で準優勝するのは昭和6年(1931年)です。満州事変が勃発する年ですね。映画には八田與一が登場し、烏山頭ダムの完成も試合進行とともに描かれますが、完成は1942年です。着工は1920年で、明石総督が没した年の翌年でした。

この映画の中でも嘉農の学生達の授業風景が出てきます。

 

 

【KANO 正式預告 】(ARSFILMPRODUCTION

 

 

著者の蔡 焜燦氏(1927~2017)が生まれたのは日本式に言うと昭和2年で、台湾が日本の領土となってから既に30年以上経っていますが、この世代の方が、戦後、日本からかつての恩師を招いて旧交を温めるというのはよくある光景だったそうです。

 

以前にもこのブログに書いたことがありますが、ブログ主が1991年に台北に出張に行った時、週末に案内をしてくれた現地スタッフの女性とその家族が連れて行ってくれた茶の店で、やはり蔡氏と同世代の店主が、私が日本人と分かると、奥から何冊もの古いノートを持ってきて、日本の教育を受けられたことがどれほど幸せだったかと、もちろん日本語で語っていました。

その時は、あまり意味が分からなかったのですが、当時は戦後日本に変わって台湾にやって来た外省人(国民党)により、まだ反日教育が行われていたのでした。

 

話は前後しますが、台湾にはかつて高砂族(※)と総称された九つの部族がおり、大陸から渡ってきた漢民族と数百年に渡り交わり、「台湾人」となっていきました。(大陸からの移住は手元の百科事典によると明代(1368~1644)末期=清の前=からだそうなので、日本で言えば江戸時代の初期からになります。)戦後、新たな統治者として大陸から国民党軍がやってきて、台湾人は「本省人」となり、後からやって来たチャイニーズは「外省人」となります。

日本の統治が始まった頃に手を焼いたのが彼等高砂族(当時は「蕃(ばん)人」でしたが、治安維持のために配置された警官が日本語や勉強を教える教師役もしていたそうです。こうして、それぞれ異なった言葉を話していた各原住民、そして漢人との間に共通の言葉がもたらされました。大東亜戦争の末期(昭和17年)、台湾人の志願兵が許可されて、最も名を轟かせたのは「高砂義勇隊」(高砂義勇軍)でした。

 

※高砂族=こうざん‐ぞく【高山族】 カウ‥
台湾の先住民族。言語はオーストロネシア語族に属し、パイワン・アミなど九つに大別される。伝統的には焼畑による陸稲・粟の栽培に従事する者が多い。日本統治時代には高砂(たかさご)族と総称。カオシャン族。
と言われる

 

なお、KANOの監督、馬志翔氏は映画で言う“蕃人”の血を引いています。

 

 

この本は台湾の現代史を知るのにも良い本だと思います。ブログ主の台湾と日本の台湾統治に関する断片的な知識が繋がりました。

但し、抗日運動などにはあまり触れずに書いてくれているとは思います。

日本統治時代に原住民のセデック族が日本人に対して起こした反乱(霧社事件)、女子どもを含む日本人134名を殺害するというこの事件が起きたのは1930年、つまり、嘉義農林学校が甲子園で準優勝をする前年のことです。

 

歴史についてはもっと書きたいことはありますが、ここではこれくらいにして、他の部分をご紹介すると、蔡氏は“中国や韓国の顔色を窺ってオドオドする日本や日本人”が歯がゆくてしょうがないと、第5章だけでなく、全編にわたって我々日本人を叱咤激励する言葉を書き連ねています。

第5章は小林よしのり氏の『台湾論』にまつわる騒動について書かれており、このエピソードが面白いのでご紹介します。

 

小林氏については色々思う方もいるかも知れませんが蔡氏によると、このマンガは「我々台湾人の『忠実な代弁者』」とまで仰っているので、興味のある方は読まれたらいかがでしょうか。

 

 

このマンガは雑誌『SAPIO』連載中に既に蔡氏のような“日本語族”(日本語を解する台湾人)の間では話題になり、日本から取り寄せてコピーを取って読まれるなど、話題沸騰だったそうです。

日本語が分からない若い世代には読めないことに苛立ちさえ覚えていたそうですが、日本で単行本化された4ヵ月後に「中文版」が発売されます。2001年のことでした。

そして、『台湾論』はブームを巻き起こしました。

しかし、外省人がこの漫画本を燃やすなどの抗議をすると、外省人に牛耳られている台湾マスコミが同調し、批判します。蔡氏の説明では、人口2300万人の台湾人のわずか10%に過ぎない外省人=中国人により、台湾全体が批判しているかのような印象操作が行われました。

まるで、どこぞの国みたいですね。

 

書かれていることは事実なので、外省人達は感情的な反論しかできず、ターゲットにしたのは「慰安婦は強制連行されていない」という記述でした。(恐らくマンガの中でそう証言した)許文龍氏や蔡氏が非難されます。

その様子を、蔡氏は「我々は河野洋平や村山富市の犠牲者」と評するところが愉快ですが、実際、経営している会社まで嫌がらせの電話が鳴り止まず、国もとうとう著者の小林氏の入境(入国)拒否を行います。

そこで立ち上がったのが、当時陳水扁(ちんすいへん)総統(2000年就任/民進党)の国策顧問であった金美齢氏です。(このくだりは本でお読み下さい。)

金氏の活躍は台湾人のアイデンティティを呼び起こす大きなムーブメントとなり、陳水扁総統は内政部が勝手に出した小林氏の入境拒否の撤回を宣言します。

 

 

ところで、先日、来年8月に台湾中部・台中市主催で開かれる予定だった東アジアユースゲームズが、議長国の中国の発議により臨時理事会が招集され、多数決で中止に追い込まれました。

このことはチャンネル桜の台湾チャンネルでもしばしば取り上げていますが、下の動画で、この裏には、現在台湾で行われている、「台湾正名運動」(東京オリンピックに台湾の名前で参加する国民投票を求める民間の署名活動)を中国に告げ口したのではないかという現地のニュースが流れます(17:53~)が、キャスターの永山英樹氏の説明によると、台湾の台湾オリンピック委員会というのは国民党に支配されているそうです。

 

【台湾CH Vol.243】中国の卑劣な圧力は逆効果!東京五輪の台湾正名を目指し立ち上がる台湾の民衆 / 台湾歴史博物館で日本の人類学者の先駆・伊能嘉矩の特別展[桜H30/8/3]

キャスター:永山英樹・謝恵芝

 

永山氏の説明によると、5月の始めにIOCが台湾のオリンピック委員会に対し台湾正名を求めても許可しないという通告をしてきたそうで、台湾オリンピック委員会は台湾政府にそれを伝えたとのこと。前述のように、まだ政府は何も動いていないのに、です。

 

 

【参考】台湾・台中市、国際スポーツ大会の復活申請=中国主導の中止「理不尽」

https://www.jiji.com/jc/article?k=2018073000752&g=spo
台湾・台中市、国際スポーツ大会の復活申請=中国主導の中止「理不尽」

 【台北時事】来年8月に台湾中部・台中市主催で開かれる予定だった国際スポーツ大会「東アジアユースゲームズ」が中国の圧力で中止に追い込まれた問題で、林佳龍市長は30日、台北で記者会見し、大会の復活を東アジア五輪委員会に申請したと発表した。林市長は「台中市は規定に違反するようなことは何もしていない。理不尽な決定だ」と述べ、大会中止を主導した中国を批判した。
 大会をめぐっては、日本や中国、台湾など9カ国・地域で構成する同委員会が24日、中国・北京で臨時理事会を開催。台湾の一部民間団体が2020年の東京五輪に「チャイニーズタイペイ」ではなく「台湾」名義による参加を目指して活動していることを理由に、中国の提案で中止を決定した。台湾は反対し、日本は棄権した。 
 中国は東アジア五輪委に委員長を派遣しているため、議決権を2票持っている。中国は香港、マカオ、北朝鮮、モンゴルを含む多数派を形成しており、大会復活の可能性は低いとみられている。
 林市長は「台湾の窮状を世界に知ってもらうため声を上げた。日本を含む参加国・地域に直接出向き、協力をお願いしたい」と強調した。(2018/07/30-17:54)

 

20180724_taiwan01

 

反対したのは台湾代表のみで、日本(JOC副会長が出席)は棄権、他の代表は全て賛成しました。(日本代表は既に退席。反対の挙手をしているのは台湾代表。)

記事にあるように台湾の民間が東京オリンピックに「台湾」の名前で参加することを目的に署名活動をしていることがIOCのルールに反する、という理由での発議だったのですが、現時点で台湾国内で日本の国民投票にあたる公民投票の実施を求めるための署名運動を民間人が行っているだけで、台湾政府や台湾オリンピック委員会の活動とまでは至っていません。

日本代表の棄権は、議論が不十分という理由とのことですが、では、議論を尽くしたからといって、日本が台湾と共に反対できるのかという疑問は残ります。

 

【追記】8月5日付読売にこの件に関する良い記事があったので貼っておきます。

 

20180805_yomiuri_taiwan

 

 

 

 


 

2018/08/02

【書籍】「海の武士道」-英国兵422名を救助した駆逐艦「雷」と工藤俊作艦長-

ブログ主が観た動画の覚え書きと関連書籍のご紹介です。

 

【沖縄の声】中国、14日より沖縄近海にて無断で海底資源試掘 日本政府は拱手傍観!/SAPIO紹介[H30/7/21]

https://youtu.be/IlQZHuL39W8

該当箇所(41:59~

※ネット生放送配信:平成30年月7月20日、19:00~

出演:
   恵 隆之介(ジャーナリスト・沖縄支局担当キャスター)
   島 あずさ(沖縄県在住ラジオパーソナリティー)

 

番組に出演された惠隆之介氏が月刊SAPIOに執筆した記事『422名の英軍将兵の命を救った帝国海軍中佐の「武士道」』を紹介しています。

この帝国海軍中佐とは駆逐艦「雷(いかずち)」の工藤俊作艦長で、惠氏が著した『敵兵を救助せよ』を元に作成された『DVDブックも紹介されます。

 

 

 

 

このDVDブックは山形県の道徳の教材として使われているそうで、雑誌の影響でサマースクールなどで子供達に見せたいといった問い合わせが来ているとのこと。また、海上自衛隊の幹部候補生学校でも使われているそうです。

しかし、番組内では以上のような説明のみだったので、もっと知りたくなり、DVDブックを購入してみました。

 

マンガ版もあるようです。

 

 

 

工藤艦長と後述するサムエル・フォール卿のエピソードはをテレビ番組『奇跡体験!アンビリバボー』が取り上げたそうで、この番組を観たことがある方は想像がつくかと思いますが、番組は再現ドラマをスタジオで観ながらトークするという形式です。

DVDの内容はこの映像を再編集したもので、再現ドラマを中心に惠氏のインタビューも収録されていました。

本体はDVDブックというくらいなので本の形式をしています。内容はDVDとほぼ同じですが、人物の略歴を紹介するコラムなども加筆されており、短いですが、本としても読める内容です。

 

ここで紹介される工藤俊作館長が指揮した駆逐艦「雷」と英軍のサムエル・フォール卿のエピソードを簡単に説明すると...

 

1942年(昭和17年)3月1日、ジャワ海で日本海軍艦隊に撃沈された英国艦「エクゼター」と「エンカウンター」の乗員は21時間漂流していたところ、哨戒航行中の雷がこれを発見しました。

艦影を見つけて味方だと思った漂流者は、それが日本海軍だと分かると絶望に襲われますが、工藤艦長は全員救出を命じ、生存者422名を救います。雷の乗員はたった120名だったそうです。

服や食糧を与えてから甲板に整列を命じられた英国海軍士官に工藤館長が告げた言葉は「貴官達は勇敢に戦われた。本日は日本帝国海軍の名誉あるゲストである。」というものでした。そして、翌日、英国軍兵士はオランダの病院船に引き渡されます。

このことは長らく知られていませんでしたが、この時に助けられたフォール卿が1998年にこの件を英タイムズ紙に投稿し、世に知られました。フォール卿は退役後外交官になりサーの称号を受けていました。

実はこの年の5月には天皇皇后両陛下が訪英される予定があり、この時のタイムズには元捕虜が天皇陛下の謝罪を要求する投稿も掲載されたそうです。(これぞ、両論併記ですね。)

また、1987年には米海軍の機関誌にもフォール卿の書いた『武士道(Civility)』という寄稿文が掲載されたそうです。

 

 

工藤館長はこの件を一切語らず、日本では知られることなく亡くなりましたが、フォール卿の努力が実って墓所が見つかり、当時89歳の卿は2008年に来日、66年9ヵ月ぶりに墓前での再会を果たしました。DVDはこの時の映像から始まります。

 

なお、DVDブックの帯には、本書を使用した中学校道徳授業の指導案をウェブサイトに掲載してあると書いてありますが、発行元の育鵬社のサイトを見たところ、それらしいページは見つかりませんでした。問い合わせフォームはあるようなので、そこから問い合わせたらいいかと思います。

 

工藤艦長の墓所は埼玉県川口市の薬林寺にあるそうです。

 

 

 

 


 

2018/07/28

【書籍】『台湾人と日本精神』-台湾のヒノキ-

現在、腰を傷めているので、なるべく安静にしていようと本をたくさん買い込みました。

『台湾人と日本精神(リップンチェンシン)』(小学館文庫/蔡 焜燦〔さい こんさい〕・著)もその一つです。

実はまだ途中までしか読んでいませんが、読んでいて気になったことがあったので、手持ちの本で調べたことを書き留めておこうと思います。

 

 

 

 

 

この本は元々文庫版が先に出版され、14も版を重ねたロングセラーですが、読者からの要望で加筆されたものが新装版として出版されています。

まだ読了していないので、感想などは別の機会に書こうと思いますが、簡単に説明しておくと、日本人として兵役に就いたこともある著者が、その後の国民党統治を経て、日本統治時代の台湾と、今に息づく「日本精神」についてとを日本の読者のために書いた本です。

 

著者の蔡氏は、司馬遼太郎の『街道を行く』シリーズの「台湾紀行」編で司馬氏を案内した「老台北」という愛称の方、と言えば分かる方もいるかと思います。

 

 

このシリーズはブログ主も海外編を3冊ほど読んだことがあり、台湾編はその内の1冊です。司馬遼太郎らしく、旅をして見聞きしたことだけではなく、旅の前後に調べたのであろう蘊蓄が満載で、簡単に言えば、小説に出てくる「余談だが」の部分にあたるものを集めたような内容です。

 

前置きが長くなりましたが、『台湾人と日本精神』でブログ主の目に留まったこととは、靖国神社の神門が台湾のヒノキで造られているということです。

そこで靖国神社のサイトで調べてみると、境内マップに「昭和9年(1934)に建てられたもの」という説明がありました。

なるほど、この時代の台湾は日本であったので不思議ではありませんが、日本でもヒノキがあるのに、わざわざ台湾からヒノキを運んで使ったことに何か謂われがあるのでしょうか。

残念ながら、この本ではそれ以上の情報は(ブログ主が読んだ部分には)書かれていませんでしたが、かつて台湾は木材の輸出国だったので、単に豊富な木材を自国の資源として使っただけかも知れません。

 

この「靖国神社の台湾ヒノキ」で、日本の寺社には台湾のヒノキが使われる例が他にもあるのを思い出したのです。

 

 

ブログ主は一時、宮大工の西岡常一氏に興味を持って何冊か本を読み、修学旅行以来の奈良旅行もして法隆寺や薬師寺を訪れたほどですが、氏が手がけた古寺の再建に台湾のヒノキを使う話が出てきます。

昭和40年代頃では既に日本にはヒノキの巨木が少なかったからで、そのため、価格も高く、台湾のヒノキなら1/3くらいと安かったことが理由です。従って、他の日本の神社仏閣でも多く使われています。

なお、安い理由の一つには、質の点では日本のヒノキと変わらないものの、色味などの見た目が理由だそうです。

 

例えば、明治神宮の鳥居。

 

Taiwan_hinoki

 

他にも奈良法輪寺の三重塔、東大寺大仏殿、薬師寺金堂・西塔、京都平安時代や北海道神宮などにも台湾ヒノキが使われています。

 

特に薬師寺の復元では、西岡棟梁が生前に残りの設計図も作成しており、既に木材も調達しています。

この、薬師寺再建に使用する台湾ヒノキのエピソードが『古寺再興』(講談社文庫/長尾三郎・著)に出てきます。

台湾ヒノキを使うことにした理由は前述の通りですが、この本の中に「(最初は日本のヒノキを使いたかったが、)最高で木曽ヒノキの樹齢が450年程度である」と書かれています。それほどの巨木でないと大伽藍には使えないということなのでしょう。

台湾の阿里山ヒノキ、太平山ヒノキと言えば明治末期以来、名木として知られているそうです。

頭領は祖父からの口伝のとおり「木を買わずに山を買え」と、実際に台湾の未開の山に登り、生えている状態を確認して、あの木、この木と選んでいます。そして、1本毎に薬師寺の執事が香を焚いて経を上げたそうです。

この山の持ち主は劉という方で、その母親が、「大事なお堂を造るヒノキをお世話することはありがたいことだと思って欲得抜きでやりなさい」と、当時は蒋介石総統の時代でヒノキの伐採についてはうるさかったそうですが、劉親子の尽力で十分な木材が確保できたということです。

 

 

 

 


 

2018/07/13

【世界遺産】『消された信仰: 「最後のかくれキリシタン」-長崎・生月島の人々』(広野真嗣著)-カトリック史のタブー【書籍】

ブログ主の手元に『離島振興ふくらむ期待 地元「Uターンにつなげたい」』(7月1日付産経新聞)という記事があり、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産に決まった瞬間の生月(いきつき)島の人々の様子が報じられています。(web上にも同タイトルの記事がありますが、紙面と内容は異なります。)

以下はその一部。

 

長崎県平戸市・生月島の博物館に市民等100人がクラッカーを鳴らしたりくす玉を割ったりして万歳三唱。その後、禁教期の信仰形態を今も続ける人々が、代々受け継ぐ祈りの言葉「オラショ」を披露。独特のリズムで唱え終わると、拍手に包まれた。

※ブログ主註: オラショ【oratio(ラテン)】 (キリシタン用語)祈り。 広辞苑より

 

生月島は世界遺産の構成要素には入っていません。

 

 

③の中江ノ島はキリシタンが処刑された殉教地であり聖水の湧く島で、生月島の人々にとっても重要な聖地。

20180713_ikisuki01

 

しかし、長崎県の文化遺産が世界遺産に選ばれ、素直に喜びを表している様子は心からのものでしょうし、これに水を差すつもりはありません。

 

この本は、禁教下にも信仰を守り続けた人々が住む生月島がなぜ構成要素に入らないのか、そのことに疑問を持った著者が、緻密な取材を重ね、得意な信仰形態を伝えるだけでなく、ある、カトリック史のタブーにまで辿り着きます。

 

著者が生月島と関わるきっかけの一つは長崎県が作成したパンフレットです。

2014年版では、「平戸の聖地と集落」の項には以下のように書かれていました。

 

「平戸地方の潜伏キリシタンの子孫の多くは禁教政策が撤廃されてからも、先祖から伝わる独自の信仰習俗を継承していきました。その伝統はいわゆる「かくれキリシタン」によって今なお大切に守られています。」

 

それが、2017年版では文章全体が変わり、特に最後の一文は、

 

「解禁後もカトリックに復帰することはなく、禁教期以来の信仰形態を維持し続けたが現在ではほぼ消滅している。」

 

と変わっていたからです。また、生月の「かくれキリシタン」の信仰を伝える聖画の画像もパンフレットから削除されていました。

著者の広野真嗣氏はプロテスタントの家に生まれ、高校生の頃に洗礼を受けていますが、自然と宗教的生活から遠ざかり、自らを「ペーパークリスチャン」と呼んでいます。しかし、そのような下地があるので、生月島の「かくれキリシタン」の人々の唱えるオラショも理解でき、キリスト教に詳しくない読者にも理解しやすく説明がなされています。

 

最初に示した産経の記事でも分かるように、生月島の方々、特に「かくれキリシタン」の方々も今回の決定は歓迎されており、構成要素に入らなかったことに不満はないことは分かりますが、この本を読んでいると、どうしても月島の人々に肩入れしてしまい、“正統な”カトリックによる“異端な”「かくれキリシタン」に対する見下しのようなものを感じてしまいます。その傾向は著者にも見られ、かくれキリシタンの人達が守る聖歌が中世の形が残っている点には価値を見いだせないのだろうかと語っています。(但し、これは世界遺産の構成要素に入れる入れないという議論ではありません。)

 

以下は、この本をまだ読んでいない方の興味を削がない程度に、この本で知ったことやブログ主の覚え書きを何点か書き留めておきます。

 

まず、ご存知の方も多いかと思いますが、最初は、キリスト教伝来から禁教時代、そして解禁までを含めた遺産の登録を目指したところ、テーマを絞るように勧告され、一旦取り下げた経緯があります。(参考記事後述)

そこで、禁教時代の『潜伏キリシタン』に関する史跡に絞るようアドバイスされたわけですが、それにより構成要素から外された史跡もいくつかあります。

 

「かくれキリシタン」という言葉について。

ブログ主は以前のエントリー「【世界遺産】『潜伏キリシタン』と『隠れキリシタン』」で、漢字変換されるがままに「隠れ」と表記しましたが、新聞の記事ではどれも「かくれキリシタン」と表記されています。正確な理由は分かりません。

「隠」は常用漢字であり、通常なら「隠れキリシタン」で良さそうなものですが、恐らく、“いわゆる「隠れ」キリシタン”の括弧のようなものなのだと思います。

歴史の教科書で習う「隠れキリシタン」とは異なり、キリスト教解禁後は“隠れ”る必要もなく、隠れてもいないからです。そのため、「カクレキリシタン」と仮名書きすべきという意見もあるようで、この主張には“もはや、クリスチャンでもない”という意図も感じます。

 

「洗礼者ヨハネ」について。

下は、本の表紙(左)と美術史の本にあった「キリストの洗礼」の絵(右側がヨハネ)。

 

20180713_ikisuki02_john

 

表紙に描かれたちょんまげの男性の絵は生月島に伝わる洗礼者ヨハネの絵なのだそうです。

ヨーロッパでの美術館巡りが好きなブログ主ですが、宗教画はよほど有名なものでなければ興味がないので素通りしてしまいます。そんなブログ主でも、(あくまでも言われてみれば、ですが)ヨルダン川らしき川は分かるし、きんと雲のようなものに乗っている十字架は聖霊であることくらいは分かります。本ではそれ以外にもある「ヨハネとの共通点」が説明されています。

 

「信徒発見」という奇跡。

新聞に「潜伏キリシタンを巡る歴史」と題して簡単な年表があったので、それを書き写します。(括弧内ブログ主追記/赤字の出来事の間が世界遺産の対象)

 

1549年 キリスト教伝来(フランシスコザビエル)
(1587年 バテレン追放令)
1614年 全国に禁教令発令
1637年 島原・天草の乱
1639年 ポルトガル人の来航禁止
1853年 黒船来航
1865年 長崎で潜伏信徒が神父に信仰告白
1867年 大政奉還
1873年 禁教令撤廃

 

1865年の「長崎で潜伏信徒が神父に信仰告白」というのは、カトリック界では奇跡なのだそうです。

これは、長崎市の大浦天主堂(1864年完成)に浦上村の潜伏キリシタン14、15人が現れ、フランス人神父に信仰を告白し、拷問などの弾圧に耐えながら信仰を受け継いできた信者を発見したことは「宗教史上の奇跡」とされているそうです。

年表を見て、禁教令撤廃以前に教会が建てられたのを不思議に思うかも知れませんが、開国後に来日した宣教師のためだそうです。

 

以上で本の紹介を兼ねたブログ主の覚え書きは終わりですが、以下、追記を。

 

読売新聞(7月1日付)に載っていた高祖敏明・上智大特任教授(キリスト教文化史)のコメント。

 

日本はキリシタン迫害という『負の歴史』を世界遺産に推薦し登録にこぎ着けた。歴史を引きずるのではなく、対立を乗り越えた事例として文化的価値を見いだす姿勢を示した点に登録の意義がある。

 

「キリシタン迫害」を別の言葉に置き換えても成り立つような発言です。何とは言いませんが。

どうして現代の価値観で歴史上の出来事を語るのでしょうか。

 

 

参考記事:『世界遺産、長崎教会群の推薦取り下げへ 諮問機関指摘で政府』

 

https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG04H1Y_U6A200C1000000/

世界遺産、長崎教会群の推薦取り下げへ 諮問機関指摘で政府 
2016/2/4 14:00

 政府が今年夏の世界文化遺産登録を目指している「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(長崎、熊本県)について、政府関係者は4日、推薦をいったん取り下げる方向で最終調整していることを明らかにした。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関から不備を指摘されたため。政府は現状のままでは登録は難しいと判断、来週にも閣議で取り下げを了解する。政府関係者は「課題解消に時間がかかり、今夏の登録審査に手続きが間に合わない可能性がある」としている。

 不備の指摘を受けたのは1月中旬。政府関係者によると、ユネスコ諮問機関の国際記念物遺跡会議(イコモス)から「潜在的な普遍的価値は認めるが、個別の構成資産が果たす役割の説明が不十分だ。このままでは審査前に登録延期勧告が出る可能性がある」との内容だった。推薦書の見直し作業が長期化する可能性もあるという。

 教会群は、日本にキリスト教が伝来して以来、約250年にわたり弾圧を受けながらひそかに信仰を守り抜き、復活した歴史をたどる。現存する国内最古の教会で国宝の大浦天主堂(長崎市)、禁教下の信仰を伝える天草の崎津集落(熊本県天草市)など14の資産で構成する。

 政府は昨年1月、ユネスコ本部に正式な推薦書を提出し、イコモスは昨年9~10月、専門家による現地調査を実施。今年5月ごろに評価結果をユネスコに勧告し、7月の世界遺産委員会で登録の可否が審査される予定だった。〔共同〕

 

 

 

 

 


 

2018/07/07

【盗用疑惑】講談社・群像の『美しい顔』全文を読んで

公開: 2018/07/07 16:39  最終更新: 2018/07/07 17:14  

現在世間を騒がせている芥川賞候補の『美しい顔』(北条裕子著)の全文が公開になりました。

最初に関連するURLなどを提示します。

 

『美しい顔』全文

作品はPDFで公開され、下記の「講談社からのお知らせ」からダウンロードすることが可能です。(PDFのURLも書きました。)

 

「講談社からのお知らせ」 (http://www.kodansha.co.jp/news.html#news52261

 

 

 

 

簡単にストーリーを説明すると、小説は、母と幼い弟のいる女子高生主人公で一人称で語られます。震災の直後に行方不明の母親を捜し回り、変わり果てた母親と遺体安置所で対面するまでとその後を描いたもので、表題の「美しい顔」はその時の母の顔を見た印象です。

少女の心理描写に重きを置いた作品とは言え、やはり、被災地の描写-例えば、水が引いた後に電柱に絡みついた遺体といった凄まじい光景など-がリアリティを与えており、これが無ければこの作品は成り立たないでしょう。

そうした描写を引用した“参考文献”の内の一つが石井光太氏の『遺体』(新潮社)で、主に遺体安置所の光景を描写した部分が盗用されています。そして、最初に問題視されたのがこの作品との類似点でした。

『美しい顔』における『遺体』からの引用箇所は既に色々な媒体で書かれているので、ここでは省略しますが、遺体安置所の客観的な描写のみならず、石井氏が現地で感じた主観的な描写、例えば「うっすらと潮と下水のまじった悪臭」とか、毛布にくるまれた遺体を「蓑虫」に喩えるといった特徴的な表現が、その前後も含めて書き写されており、「(悪臭が)流れてくる」を「漂う」と書き換える程度の小手先の改編がなされています。

 

新潮社と講談社の見解や経過報告

この件では、現在二社の間で協議が行われています。現時点で両社が発表している見解等は下記から読むことができます。

 

【新潮社】「群像」8月号、『美しい顔』に関する告知文掲載に関して

【講談社】「講談社からのお知らせ」

 

講談社の説明する経緯は著者のプライベートなことも理由にして、参考文献を確認する時間がなかったと、言い訳に終始しています。

 

目を向けたい、被災者の手記からの剽窃

新潮社という有名な出版社はニュースバリューがあるので新聞などに取り上げられますが、他にも以下のような“参考文献”があるそうです。

 

Koudansya01

 

  • 『3.11 慟哭の記録 71 人が体感した大津波・原発巨地震』金菱清編/東北学院大 震災の記録プロジェクト( 新曜社)
  • 『メディアが震えた テレビ・ラジオと東日本大 震災』丹羽美之/藤田真文編 (東京大学出版会)
  • 『ふたたび、ここから 東日本大震災・石巻の人たち50間』池上正樹(ポプラ社)
  • 文藝春秋二〇一年八月臨時増刊号『つなみ 被災地のこども80人作文集』(企 画・取材構成 画・取材構成 森健/文藝春秋)

 

この内、『3.11 慟哭の記録 71 人が体感した大津波・原発巨地震』の編者である東北学院大学金菱清教授がコメントを出しているのですが、あまり大きくは取り上げられていません。

ブログ主が見つけたのは朝日新聞の『芥川賞候補作、全文無料公開へ 講談社「盗用ではない」』(2018年7月3日)くらいで、それも、記事の最後に付け足しのようにこう書かれているだけです。(下記)

 

 「遺体」と同じく参考文献とされた「3・11 慟哭の記録」(新曜社)の編者、金菱(かねびし)清さんも2日、「単なる参考文献の明示や表現の類似の問題に矮小化(わいしょうか)されない対応を、作家と出版社に望みたい」とのコメントを出した。

 

そこで、探してみると、ブログ主と同じくココログに『新曜社通信』というブログがあり、2018年7月 6日 (金)付で『東北学院大学 金菱 清 「美しい顔」(群像6月号)についてのコメント』というエントリーがありました。

盗用部分に言及した箇所のみ下記に引用させて戴きます。

 

shttp://shin-yo-sha.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/post-3546.html

  •  小説「美しい顔」(以下、本小説)において『3.11慟哭の記録』(以下、慟哭)との類似箇所が見られたわけですが、当初情報として類似箇所は何かを知らされていないなかで、本小説を拝読しました。では、50万字にものぼる慟哭の文字量のなかからどのようにして10数箇所の類似箇所が判明したのか。その作業は実はまったく難しくはありませんでした。
     といいますのも、本小説を読みますと、慟哭を詳細に照らし合わせるまでもなく、すぐにああ、これは慟哭の手記のこの方やあの方からモチーフを採ったものだとわかるレベルでした。
     
  •  慟哭の中でも最も多くの箇所が参照されている手記は、まさにその当時避難所で物資も情報もない中で、無神経に取材にやってくるマスメディアに向けられた「怒り」を表したものであったわけです。このモチーフは本小説でも踏襲されていると感じられました。
     あるいは別の手記において、食べ物のない、物資の届かない極限の状態のなかで「盗み」をせざるをえず、生きたいという感情からだったと自分をなんとか納得させる描写は、その当時の人の立場でなければ体現できないもので、これは現実の想像をはるかに超えるのです。そのモチーフも本小説に同様に見られました。

 

『美しい顔』を読めば分かりますが、作品中、多くの文字数を費やしているのは、上に書かれている“無神経に取材にやってくるマスメディアに向けられた「怒り」”です。ほぼ全編に渡ってこの「怒り」や「敵意」が女子高生の口から語られています。

 

多分、『遺体』のように文章をほぼ丸写ししたわけではないのでしょう(※と思ったら、かなりよく似ていました。)が、金菱氏の文章を読むと、この小説は被災された方の手記を元に、継ぎ合わせて書かれたものではないかと思わざるを得ません。

 

※追記 下は某所で見つけた一例

『美しい顔』

そろそろ一度も自宅に帰らずにいるのも限界と言って無理やり出ていく人がある。
だけど遠くまで行けば胸まで泥水に浸かることになる。着替えはない。泥を落とす水もない。
つまり行けばもう戻ってこられない。家も残っているのかはわからない。
道は泥水で底が見えずマンホールのふたも空いているという。
それでも自宅へ向かう人がいる。行った人の安否はわからない。

『3.11 慟哭の記録』

そろそろ一度も帰らずにいるのも限界が近づいてきていて、私の職場の人も一人、二人と、水がまだ胸まである中、矢本まで徒歩で帰りました。
市内が全域冠水しているので、一度濡れたら着替えもないし、泥を流すこともできないので、
体育館へ戻る事はしないで、絶対に家までたどり着く決心で出発して行きました。
後で聞いたら、下が見えないので、側溝のふたが水圧で外れていたのがわからずに落ちてしまい、危なく溺れる寸前だったり、何かを踏んで足の裏を切ったりしたそうです。

 

『美しい顔』

「お母さん?この避難所にはいないはずだよ。キョウカさんがもしいれば誰よりも働いてくれるだろうからすぐにわかると思うけど」
(中略)
看護師をやりながら日頃から町内会やPTA、福祉関係のボランティアに走り回り、いつも他人のために尽くしてきた母を、みな、いればすぐわかるはずだと言った。

『3.11 慟哭の記録』

「お父さん見つからないの?」「お母さん見てないよ」「お父さんが避難していたらすぐわかると思うけど、見かけないよ」という情報ばかりだった。
私の父は数年前まで町内で自営業を営んでいて、私たちが小さい頃はPTAやら、体育協会などで活動していたので、町の人たちには顔なじみの父だった。
「お父さんが避難所にいたら率先して働いてくれると思うから絶対わかるけど、見かけないよ」

 

この本の著者である北条氏は被災地に行ったことはないそうで、下の「受賞の言葉」には、むしろ当時は震災から目を背けていたと語っています。となると、今、震災を描くに当たっては、相当の資料を集めないと想像では書けないはずですが、それが“手記”とは、安易すぎないでしょうか。

恐らく、手記を書かれた方は身を削るようにして言葉を絞り出したはずです。これは単に“参考文献”を書き忘れたで許されるものではないでしょう。

犯罪としての“盗作”が成り立つのかどうかは分かりませんが、少なくとも、モラルに反することだと思います。

 

Koudansya02

 

具体的に剽窃部分を指摘されたのは今のところ『遺体』と『3.11 慟哭の記録』だけですが、他にも類似点があるという本が3冊もあるわけですから、いったい、著者のオリジナリティはどれほどあるのだろうか?と疑われてもしかたがありません。

ここまで見ていると、講談社は“逆ギレ”といってもいいような対応ですが、見苦しい言い訳をせずに、素直に引用元の出版社や編者に謝罪すべきででしょう。

 

最後に、どうでもいいことではありますが、「銀座8丁目」について、詳しくない方に補足説明を加えたいと思います。ブログ主が長年勤めた会社は銀座のすぐ隣でした。

この小説はところどころ稚拙な表現が見受けられます。それは文芸評論家でもないブログ主がいちいち指摘するのは僭越なのでやりませんが、常識に欠けているところも見受けられます。

その一つが「銀座8丁目」。

P.13に主人公の心の言葉として、「パリのシャンゼリゼ通り」、「ニューヨークの五番街」と並んで、「銀座8丁目」が出てきます。

ブログ主はシャンゼリゼ通りも五番街も行ったことはありませんが、ブログ主より世間を知らないであろう女子高生でもこの2箇所は「華やかな通り」というイメージで知っていても不思議でないほど有名だと思います。

しかし、銀座8丁目は銀座の中でも新橋に近い“場末”感の漂う場所で、昼間はあまり目立たず、夜になると着飾ったホステスさんが歩いているという、どちらかというと夜の町です。

普通、シャンゼリゼ通りなどと並び称するなら「銀座4丁目」でしょう。あるいは銀座を貫く「(銀座)中央通り」。

「銀座4丁目」は和光(高級デパート)や三越(デパート)がある交差点付近で、銀座の写真として紹介されるならここしかないという場所なので、地方の女子高生でも知っていておかしくはないかも知れません。

銀座が1丁目から8丁目まであるというのはある意味常識で、だからこそ、「幻の9丁目」が話題になるのですが、場所を説明するのに、「三越より8丁目寄り」のように方向を表すのに良く口にします。(詳しくない人には「新橋寄り」と言い換えますが。)

しかし、女子高生が思い描く銀座の華やかさを象徴する場所ではありません。なぜ、それを女子高生の口から言わせたのか不思議です。

 

 

 

 


 

2018/06/16

【書籍】「メディアは死んでいた」(阿部雅美著)読了【北朝鮮拉致】

公開: 2018/06/16 20:25  最終更新: 2018/06/17 9:26(櫻井よしこ氏の書評追加)  

掲題の本、「メディアは死んでいた」(阿部雅美著/産経新聞出版)を読了したので、覚え書きとして書評のようなものを記しておきます。

この本のことは以前ご紹介した「報道しない自由」が北朝鮮をつけ上がらせた」(iIRONNA)というweb記事で知ったのですが、40年前に各地で発生していたアベック蒸発事件を追って初めて産経新聞(当時はサンケイ新聞)で拉致疑惑を記事にし、その後、横田めぐみさん拉致疑惑を初報した著者が取材の経過やメディアの拉致報道を再検証し、当時の社会情勢、政界の動き、世間の反応などをまとめたものです。(リンク先はブログ記事。web記事のリンクが貼ってあります。)

 

 

 

 

著者は、警視庁を担当していた時にふと耳にした「日本海の方で変なことが起きている」という言葉から、富山(78年8月)、福井県小浜市(78年7月)、鹿児島(78年8月)の3件のアベックが行方不明になった事件(富山は未遂)を地方紙から見つけ出し、点を線にする取材が始まるのですが、取材の過程はまるで刑事ドラマを見ているかのようです。

この、「点を線に」というのは読者も同じで、この本に出てくるエピソード、例えば、原敕晁(はらただあき)さんを拉致した工作員、辛光洙の逮捕、大韓航空機爆破事件で実行犯が日本人により日本人化教育を受けたという告白、横田めぐみさんの実名報道、有本恵子さんの拉致に加担したよど号ハイジャック犯の妻の供述、etc.と大きな動きがある時はメディアも連日報道するので関心を持ちますが、それが過ぎると世間の関心も薄れてしまいました。この本は、その隙間を、報道に現れていないエピソードで埋めてくれるものです。

 

そのエピソードの一つが、タイトルの元になった「梶山答弁」(1988年3月26日)。

政府が初めて北朝鮮の拉致に言及したのに、ほとんどのメディアが黙殺するか、扱っても小さなベタ記事のみでした。

前の記事にも書きましたが、この答弁を引き出したのが共産党の橋本敦参議院議員で、阿部記者のスクープに興味を持って独自に調査を始めた兵本達吉氏は橋下議員の秘書。

後に、拉致被害者の「家族会」が発足しますが、この会の設立は兵本氏、阿部記者、そして朝日放送の石高健次プロデューサーがお膳立てしたとのことです。

 

ここで、なぜ共産党が?と思われるかも知れません。

徐勝(ソ・スン)「英雄」にされた北朝鮮のスパイ―金日成親子の犯罪を隠した日本の妖怪たち』(張明秀著)を読んで、共産党と総連が距離を置いていた時期があると知りましたが、この本では、当時の共産党と朝鮮労働党の関係について、個人崇拝を巡る対立やラングーン爆弾テロを巡る論争があり、83年以降断絶状態が続いていた、という説明があります。

この間、北朝鮮と密接な関係にあったのは田辺・土井体制の社会党です。

しかし、98年以降、関係を修復したらしく、機関誌『赤旗』での拉致に関する論調に変化が現れます。兵本氏が定年間近で党を除名されるのもこの頃です。

 

ところで、たまたま検索したら、言論テレビに兵本達吉氏が出演されている回の動画を見つけました。(会員でなくても視聴可能) 

 

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12分頃から、拉致問題に興味を持った経緯や除名された理由をを語っていらっしゃいます。

 

【言論テレビ】 Vol.96 一般公開 『共産党の微笑作戦に騙されるな』
2016.03.18 50分

https://www.genron.tv/ch/hanada/archives/live?id=274

兵本達吉氏プロフィール
評論家、元日本共産党党員

昭和13(1938)年、奈良市生まれ。京都大学在学中、日本共産党入党。53年、中央委員会勤務員となり、党国会議員秘書に。ロッキード事件やリクルート事件、北朝鮮による日本人拉致事件の真相解明に努めたが、平成10(1998)年、党を除名された。著書に『日本共産党の戦後秘史』。

※ プロフィールは放送日2016.03.18時点の情報です

 

限られた時間なので途中で話が遮られてしまっていますが、共産党と朝鮮労働党は元々友党であったので、徐々に北の仕業だということとが濃厚になっていくにつれ、兵本氏の活動が党内で問題視されるようになったとのことです。

しかし、共産党の議員が国会で質問したくらいなのですから、この間に共産党と朝鮮労働党との関係に変化があったのでしょう。

著者は皮肉を込めて、「拉致問題で終始ぶれずにいたのは社会党だけ」と書いています。

 

この本に書かれていたエピソードを一つ。

91年に有本恵子さんのご家族が実名での記者会見を決意し、そのことをメディアに予告しました。実名を出して世間に訴えることで輿論を喚起したかったからです。

メディア側の窓口にはNHKがなっていましたが、直前に、NHK記者がある人物(本にはもう少し情報あり。左翼系活動家に近い人物。)を紹介し、その人物から、水面下で交渉中なので実名は出さないよう説得されます。その際、NHK記者も同席していました。

その結果、会見はインパクトの無いものになり、話題とはなりませんでした。そして、その人物からはいつの間にか音信が途絶えてしまったとのこと。

NHKの記者は何が目的だったのでしょうか。

このことから、有本さんのご家族に「NHK不信」が生まれたそうです。

 

【追記】現在、「学園浸透スパイ事件」と併せ、拉致事件について時系列にまとめています。

 

【追記】産経新聞に掲載されていた櫻井よしこ氏の書評を追記します。

20180610_media_wa_shindeita

 

 

 

 


 

2018/04/28

スイスの『民間防衛』マニュアルが日本でロングセラーなわけは?

公開: 2018/04/28 16:03  最終更新: 2018/10/11 9:27  

当ブログでも以前ご紹介しましたが、スイスの『民間防衛』マニュアルという本が日本でロングセラーになっています。

このマニュアルは本国スイスでは1969年に出版され各家庭に1冊配られたものですが、それ以来改訂もされず、配布も一度きりだそうです。

日本では、まるでスイス国民は一家に一冊常備しているかと勘違いしている人もいるのですが、それは誤解です。(スイスで配られたもの(ドイツ語)はこちらのサイトからPDFでダウンロードすることが可能)

 

このエントリーは、「ではなぜ、日本でこれほどまでに読まれているのか?」というお話です。.

 

 

ブログ主は先日書店でこの本を見つけて購入したのですが、それは先日ご紹介した上島嘉郎氏の動画を観たのがきっかけです。

 

 

 

 

【Front Japan 桜】国民の懲罰感情を利用する確信犯たち / 日本を「発達障害大国」にしたのは誰か?[桜H30/4/25]

 キャスター:上島嘉郎・銀谷翠

 

この本は、1961年にアルベルト・バッハマン(Albert Bachmann)という秘密情報部員(Geheimdienstler)が連邦警察部長(der Vorsteher des Eidg. Justiz- und Polizeidepartements)に進言してから8年かけて出版されたもので、内容は戦時の心得として、具体的な避難方法や救助方法などが書かれていて、実用性のあるものとなっています。

また、後半は、敵がどのような工作をするのかという精神的な防衛方法についても書かれており、架空の「社会進歩党」による攪乱作戦をシミュレーションしています。日本なら、共産党とか立憲民主党と読み替えれば分かりやすいかと。

 

これが、現在、いえ、戦後の日本に面白いほど当てはまるのです。

日本に浸透しているコミンテルンの手口がこの本で言い当てられています。

 

下は、動画からキャプチャした画像で、『革命闘争の組織図』と題された図です。

 

Zivilverteidigung02

 

 

要するに、敵は国内外でこういう工作活動をするから気をつけろ、ということが図示されているのですが、注目は右上(ブログ主が赤く囲った部分)。

国際組織は(スイス国民の)防衛意欲を削ごうと、こういう組織を作って活動するというものが挙げられており、

 

平和組織、婦人-、青年-、学生-、人道主義的相互扶助連盟 など

 

の団体を装うと書いてあります。

日本でも、この手の団体は「○○平和の会」とか「××母の会」とか多いですよね。

 

また、『敵は我々の抵抗意識を挫こうとする』と題された頁には、敵がどんなスローガンを叫ぶのか、と言う例としてこんなことが書いてあります。

 

核武装反対 -それはスイスに相応しくない

農民たち! -装甲車を諸君の土地に入れさせるな

軍事費削減のための イニシアチブを -これらに要する巨額の金を、全て我々は、大衆のための家を建てるために、各人に休暇を与えるために、未亡人、孤児および不具者の年金を上げるために、労働時間を減らすために、税金を安くするために、使わなければならない。よりよき未来に賛成!

平和、平和を!

汝、殺すなかれ -婦人達は、とりわけ戦争に反対する運動をおこなわなければならない。

 

福島瑞穂氏とか小西博之氏あたりが言いそうな言葉ですね。coldsweats01

 

画像を少し追加します。

下は、革命勢力が新聞や教育機関を使ってどのように世論を誘導するかというもの。日本でも同様のことが行われています。

 

Zivilverteidigung02

 

また、下は、架空の「社会進歩党」が機関誌に書いた記事(地方選挙に勝ち、中央政府を煽っている)

 

Zivilverteidigung02

 

 

スイスで出版された『民間防衛』を巡る騒動

1969年ということからも分かるように、東西対立が激しかった冷戦時代に作られたものですが、Wikipediaの『Zivilverteidigungsbuch』(ドイツ語)を読んで、実は、この本が作成される過程でサヨクが大騒ぎしていたということが分かりました。

『Politische Reaktionen』(政治的反応)という部分を引用して簡単に訳してみます。(一部省略)

これを読めば、何故、このマニュアルが1度だけしか出版されなかったのかが分かります。

 

【訳】民間防衛が1969年に出版された時は、スイス国民は、ワルシャワ条約軍(※1)の進攻を恐れていた。1968年8月にプラハの春を終わらせたワルシャワ条約軍の記憶はまだ生々しいものだったからである。

人々は当時、ソ連軍が中立のオーストリアを経由してスイスに侵攻するかも知れないと恐れていた。

民間防衛マニュアルに書かれた威嚇のシナリオは、この文脈において、完全にリアリティのあるものだ。

様々な団体から民間防衛マニュアルは激しく批判された。なぜならば、そこには労働組合や知識人、イタリア人(イタリア語圏のスイス国民?)、そして、チェスの選手(※2)ですら潜在的な裏切り者と描かれているからだ。

スイス作家組合(SSV)に於いては分裂までしてしまった。なぜなら、代表のマウリス・ツェルマッテン(読み方は不明。本来はフランス語読みかと)がフランス語への翻訳を手伝っていたからだ。彼女の意見ではこの本は反共産党員の傾向があった。そして、それにより、全ての左翼知識人は国家の敵との烙印を押されたからと言う。

 

例えばこういう人↓ですね。

Zivilverteidigung02

 

 

 

左派からのこの本に対する厳しい批判を受け、スイス政府(?原文は die offizielle Schweizで直訳すると「公式なスイス」)は精神的国土防衛(民間防衛マニュアルのこと)と決別した。

 

【原文】Als das Zivilverteidigungsbuch 1969 erschien, hatte die Bevölkerung den Einmarsch der Truppen der Warschauer Pakt-Staaten im August 1968, der dem Prager Frühling ein Ende setzte, noch in lebhafter Erinnerung. Man befürchtete damals, dass sowjetische Truppen via das neutrale Österreich in die Schweiz einmarschieren könnten. Die Bedrohungsszenarien im Zivilverteidigungsbuch galten in diesem Zusammenhang als durchaus realistisch.

Verschiedene Kreise kritisierten das Zivilverteidigungsbuch heftig, da es Gruppen wie Gewerkschafter, Intellektuelle, Italiener und selbst Schachspieler als potentielle Verräter darstelle. Beim Schweizerischen Schriftstellerverein (SSV) kam es 1970 zur Sezession der Gruppe Olten, weil der SSV-Präsident, Maurice Zermatten, die französische Übersetzung des Zivilverteidigungsbuches besorgt hatte. Ihrer Ansicht nach hatte das Buch eine antikommunistische Tendenz, wodurch alle linken Intellektuellen zu Landesverrätern gestempelt würden.

Aufgrund der scharfen linken Kritik an dem Buch nahm die offizielle Schweiz Abschied von der Geistigen Landesverteidigung.[1]

 

補足

※1 

ワルシャワ条約軍<ワルシャワ‐じょうやく‐きこう【ワルシャワ条約機構】 ‥デウ‥
(Warsaw Treaty Organization)ナトー(NATO)に対抗して1955年、ソ連・ポーランド・チェコ‐スロヴァキア・東ドイツ・ハンガリー・ブルガリア・ルーマニア・アルバニアの8カ国が加盟して発足した東欧諸国の相互安全保障機構。ワルシャワ条約軍のチェコ侵攻後、68年アルバニアは脱退。91年解体。WTO

広辞苑 第六版 (C)2008  株式会社岩波書店

※2 チェスの選手

想像ですが、東西冷戦の時代、チェスの国際大会は代理戦争のような状態だったのをボビー・フィッシャーというアメリカの天才的なチェスの選手のドキュメンタリーで知りました。別の言い方をすれば、西側のチェス選手は東側に行く機会があったのだと思います。(ボビー・フィッシャーは数奇な人生を送り、一時、日本に住んでいたことがあります。)

 

 

 

 


 

2018/04/13

【書籍】『財務省「文書改竄」報道と朝日新聞 誤報・虚報全史』(月間HANADA)/朝日新聞血風録(稲垣武著)

先日注文していた月間HANADA『財務省「文書改竄」報道と朝日新聞 誤報・虚報全史』が届きました。

というか、今朝郵便受けを見たらあったので、昨日届いていたのでしょう。(右側の本は後述)

 

Hanada01

 

 

 

 

まだ全く読んでいませんが、書き下ろしの評論と過去の朝日批判の名評論を再録したものです。

 

パラパラと見て、おっと思ったのは、過去の過去の誤報や虚報の新聞記事を画像としてグラビアや論文中に挿入してあり、非常に字は小さいのですが、鮮明なコピーなのでヘッドルーペなどで見ればちゃんと本文が読めること、そしてその虚報の顛末が説明されていることです。

 

Hanada02

 

Hanada03

 

Hanada04

 

これだけでも貴重です。

 

 

 

上に示した『朝日新聞血風録』(文藝春秋/稲垣 武著/1991/12/文庫版はこちら )と『偽りの報道 冤罪「モリ・カケ」事件と朝日新聞』(ワック/長谷川熙著/2018/2/26)はどちらも元朝日新聞記者が著した本です。

 

『朝日新聞血風録』は1991年販売と古い本なのですが、ブログ主は現在読んでいる本『徐勝-「英雄」にされた北朝鮮のスパイ 金日成親子の犯罪を隠した日本の妖怪たち-』(張明秀著/宝島社/1994.12)に著者の稲垣武氏の前書きの言葉が引用されていて興味を持ったので購入しました。

 

長谷川氏の本はタイトルからも分かるように最近の本であり、最近の朝日新聞の報道ぶりを扱っています。

一方、『朝日新聞血風録』の方は古い本ですが、前書きを読んだだけでも、体質、報道姿勢が全く変わっていないことに驚かされます。(というか、まだ前書きと後書きくらいしか読んでいないのですが。coldsweats01

 

以前のエントリー「『学園浸透スパイ事件』とその時代 No.1 朝日新聞の罪」でもこの本に触れていますが、正確に文を引用すると、

 

共産圏、特に中ソ、北朝鮮に対する甘さと自由主義圏、特にアメリカや韓国に対する厳しさという二重基準、ダブル・スタンダードが明確に存在していたことである。また、野党、特に社会党に甘く、与党自民党に厳しいというそれもあった。

それが社説や論評のたぐいならまだいい。読者の判断材料となるべきニュースの分野まで二重基準が入り込んでくると、情報操作に等しくなってしまう。

 

どうですか?

当時は現在と社会情勢が異なるので国名や党名は異なりますが、これを少し変えれば、今書いたばかりの文のようです。

 

しかも、著者は、内部にいて言論弾圧に等しい扱いを受けたり、決して社の方針に賛同しているわけではないが“長いものには巻かれろ”式に同調していく同僚の姿を見ていたわけで、耐えられずに定年を待たずして退職されたそうです。

その後も朝日新聞の報道ぶりを見ていて、現在(執筆当時)でも変わっていないことを確信して雑誌『諸君!』に91年7月号から10月号までの4回に渡って執筆しました。

すると、思わぬことに、朝日新聞OBから予想外の反響があって、激励と共に自分達の経験を寄せてくれたのだそうです。

 

ブログ主は前述の徐勝氏の起こした『学園浸透スパイ事件』の社会背景を調べているのでこの本を選択したのですが、この本の特筆すべきことは、数多の朝日批判本が出ている現在ではなく、90年代初期に著者はたった一人で朝日に立ち向かったことだと思います。

 

 

 

 


 

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