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2019/12/15

【書籍】『日本帝国と大韓民国に仕えた官僚の回想』任文桓(イム・ムナン)著-(2)朝鮮戦争

掲題の本はだいぶ前に読み終わっていたのですが、文中、理解できなかった部分を調べていたので、続きを書くのに時間が経過してしまいました。(→前回のエントリー

今回は著者が経験した朝鮮戦争について書き留めておこうと思います。

 

朝鮮戦争

著者の経歴については次回あらためて書きますが、1935年(昭和10年)、日本で東京帝大法学部を28歳で卒業すると拓務省に採用され、同年、朝鮮総督府への出向を命じられます。ここで終戦を迎え(45年/昭和20年)、米国統治、大韓民国成立(48年/昭和23年)と経験、その2年後の1950年6月25日に突如北朝鮮が38度線を越えて南進を開始します。

「突如」と書きましたが、動乱の1年前の1949年6月8日には駐韓米軍の全員撤収を発表し、国民が不安視する中、さっさとこれを完了します。また、5ヵ月前の1950年(昭和25年)1月12日にアチソン国務長官が発表した、いわゆるアチソンラインを知って、韓国人は孤独感にさいなまれていたようです。

アチソンラインとは米国の安全保障は日本、沖縄、フィリピンを結ぶラインというもので、韓国は枠外に置かれたからです。

 

* * * *

 

この本を読む前は、同じ民族による戦争と言っても単純に北朝鮮と韓国の戦争と考えていたのですが、正しくは、同時に韓国国内の内乱でした。これは、同じ地上戦と言っても例えば沖縄戦とは異なります。

大韓民国は成立時点から多くの共産主義者を抱えていたので、北朝鮮の南進に呼応して彼等も同胞を襲います。

考えてみれば、48年には済州島四・三事件 が起きていました。この事件に関する記述は、立場によってバイアスがかかりすぎているのですが、一つの説としては「共産主義者の暴動」です。

新政府も、最終的には李承晩と中国に逃れていた臨時政府のメンバーが手を組むのですが、そこに落ちつくまで、共産主義者の一派も加わり、覇権争いを行っていました。

 

著者は家族と別れて約90日間の逃避行を行うのですが、その間、出会う人間が「どちらの側」であるかを見極めないとならないのです。

例えば、後家さん(未亡人達)が北の側につき、「右翼人狩り」のようなことを率先して行いました。著者はこのことを、儒教社会にあって再婚が許されなかった後家は社会の変革を求めていたのだろうと想像しています。

また、ある集落に逃げ込んでも、そこが共産主義者の村ではないかと疑心暗鬼になります。ある集落ではたまたま共産主義者は1件のみで村八分のようになっていたので安全でした。

共産軍がソウル市内に入ってくると「右翼人」の自首が奨励されます。自首すれば許されると宣伝して、それに応じた者達は結局北に連れて行かれてその後の行方知れずになります。

 

ここで少し詳しく時系列を追うと、李承晩大統領は27日未明には密かに漢江を渡り、ソウルの南に位置する水原市に逃亡します。そして、28日の午前2時半には漢江橋が爆破され、多くのソウル市民が川の北側に取り残され、ソウルを占拠した共産軍の手に落ちます。

本来は市民の避難を考慮して、橋の爆破は28日の朝と命令されていたのに、軍の責任者が慌てすぎて夜中に行ってしまったと書いていますが、朝なら朝で、避難する人でごった返している橋を落としていたのではないかと思います。27日の時点で、大統領はソウルにいて首都を死守しているという虚報を流していたのですから、数時間の猶予では手際よく市民が避難することは不可能だったでしょう。

橋が爆破されていることさえ知らない市民が車で橋を渡ろうとして、次々と切れた橋の先で川に落ちていく光景が目撃されています。

結局李承晩は8月20日には釜山に首都を移すのですが、9月15日にマッカーサーの仁川上陸作戦があり、28日にはソウルを奪還し、李承晩も韓国軍に北進命令(38度線突破)を出します。

恐らく、90日間の逃避行とはこの辺りまでの出来事だと思うのですが、本の中ではここから53年7月の休戦協定までの戦争の状況は語られません。実際には10月20日には平壌を占領するも、中共軍の参戦により、翌年の1月4日には再びソウルが奪われるのですが。

 

1953年(昭和28年)、著者はすでに官職は退いていて朝鮮商船の社長となっている時に8年ぶりに日本を訪れ、友人知人と旧交を温めます。

その時に6・25、即ち朝鮮戦争のことを説明するのですが、理解して貰えません。そこで、こう結論づけて話を切り上げたと、その時の言葉を書いているので、一部をご紹介します。

「東京空襲のときには空さえ警戒しておれば良かったので、地上の人間には分裂も敵もいなかった。地上の人間同士は信じ合っていた。ところが自由と共産との戦争が地上で繰り広げられると、人間社会が不信の渦巻きの中に投げ込まれ、長く苦しい時が刻まれていく。なにしろ街角で知人に会うのが一倍怖いという哀れな人の世の中になる。密告が怖いからだ。(以下略)」

 

* * * *

 

これを書くに当たって、『「ひとりがたり馬渕睦夫」#17 朝鮮半島問題とは何か?① 朝鮮戦争に見る近代史の真実』を再度視聴してみましたが、この戦争は不思議な点が多く、韓国国内ではどのように総括されているのだろう?と思います。

馬渕大使が仰るように、アチソンラインの発表は北に対して「南進」しても良いというサインのように思えるし、中共軍を指揮していた林彪には米軍の作戦が筒抜けだったと言います。国連軍を指揮したマッカーサーは、「勝てる作戦」を本国から拒否されました。そして、大統領はアメリカの息の掛かった李承晩。仕組まれた戦争である可能性が大なのですが...

 

次回、著者が新政権で接した李承晩大統領について書くとともに、この本の感想のようなものを述べたいと思います。

 

 

 

 

  


 

 

 

2019/11/30

【書籍】『日本帝国と大韓民国に仕えた官僚の回想』任文桓(イム・ムナン)著-(1)創氏改名

掲題の本は、たまたま知って興味を持ち読み始めたのですが、実際にとても面白いです。

まだ1/4程しか読んでいませんが、気付いたことをメモするつもりで記事にします。それは『創氏改名』(1940年/昭和15年)についてです。但し、「創氏改名は実は朝鮮人が望んでいた」などということを書く意図はありません。そんなことは恐らくあちこちに書いてあると思うからです。

ここで取りあげるのは、何故、『創氏改名』が日本統治時代の“悪政”のシンボルのように使われるのかを理解するヒントのようなものを発見したからです。

 

その前に、この本について簡単に説明します。

以下はAmazonの商品説明より。

 

16歳で日本に渡り、苦学の末、高文試験に合格し、東京帝大を卒業。朝鮮総督府に行政官として勤務。戦後は李承晩政権下で農林大臣をつとめた著者が、波瀾にみちた半生を、被害・加害者史観にとらわれることなく生き生きと描く。〝植民地世代〟が残した最も優れた回想録!(『愛と民族』一九七五年、同成社刊を改題・復刊)
内容(「BOOK」データベースより)

 

著者が生まれたのは日韓併合(1910年/明治43年)の3年前の1907年(明治40年)で、日本で進学するために友人と2人で日本に来たのが1923年(大正12年)です。官製留学のようなものではないので、最初は京都で人力車夫と牛乳配達をしながら予備校に通う生活をします。「被統治民族」という意識はあり、反骨精神は棄てていませんが、商品説明にもあるように、決して被害者意識にとらわれたものではありません。

この本に特徴的なことは、著者自身を「彼」あるいは「バウトク」(子供の頃の愛称)と三人称で書いていることで、また、描写がとても生き生きとしていて、まるで小説のように読むことができます。

今後も、関心を持ったトピックがあれば、ブログに書き留めていくつもりなので、本書の紹介はこの程度で切り上げ、本題の『創氏改名』について書くことにします。

 

 

任(イム)少年が最初に働いた工場で、呼び名をどうするか、ということになり、「任」の日本語の音読みは「ニン」なので「ニンどん」(京都なので「~どん」なのでしょう)と呼んでみたところ、おかみさんからどうも語呂が悪いと、「『ジンどん』にしなはれ」と申し渡され、必死に抗弁するエピソードが書かれています。

それは、「ジン」では「仁」になってしまい、姓が変わるからという理由です。

結局、「ジンどん」にされてしまうのですが、韓国では何か誓いを立てるとき、「もしその誓いに背いたら姓を変える」という表現があるそうです。

儒教の影響で、男系による万世一系を大事にする韓国社会だからだそうで、「姓を変えるのは犬畜生にも劣る」のだそうです。

日本では跡取り息子がいない場合、養子を取ることは珍しくありませんが、韓国ではあり得ないと書いています。

これを読んで、後世、日本統治時代を「悪」とする印象操作には『創氏改名』はうってつけのものだったのではないかと思いました。

『創氏改名』は「姓」を奪うものではありませんでしたが、同じ朝鮮人でも立場や家柄によって受け止め方は異なったのではないかと思います。ちなみに著者はこれを批判しています。

 

日本人が他国の習慣をとやかく言うのは避けるべきですが、李氏朝鮮ではいかに儒教(朱子学)により生活ががんじがらめになっていたかは韓国人自身が様々な形で書いています。

例えば、『日本の中の朝鮮紀行』(著:金 声翰)という本は東京帝大法学部で学んだ著者がジャーナリストとなって韓国の『京郷新聞』に連載(1984年)した文をまとめたもので、言葉の端々に「反日」が隠せないでいるのですが、『日本と韓国人』という章では、朱子学を「精神的な荒廃だけにとどまらず、現実の物質社会の破壊をも引き起こした」と言い、朱子学の厳格性によって支配されたために「産業、経済は萎縮し、国は貧困におおわれた」と書いています。

江戸時代の朝鮮通信使も、日本に来ながら日本から持ち帰ったものは「サツマイモ」くらいで、日本から何かを学ぼうとはせず、専ら関心があることは日本人の振るまいが儒教の礼節に適っているかどうかのみでした。(ブログエントリー:【書籍】『朝鮮通信使の真実』(石平著)/現代韓国に通じる『侮日・反日』と『精神的勝利法』

一方、日本は、と言うと、著者は「妥協」という言葉を用いていますが、「柔軟性」とか「受容力」のような意味合いで使っていて、例として「神仏習合」を挙げています。また、同じように儒教を取り入れながらも「科挙」は日本の実情に合わないと取り入れなかったり、西洋文物に接しても、受け入れはするが、日本独自のものは捨てず、その結果、科学技術の先端に立ち、東洋思想の研究でも先頭に立つ、と、褒めながらも悔しさを滲ませています。

84年頃の日韓の経済格差を覚えている人は理解できるでしょうが、そこに、「嘗ては文化的に上だったのに」という意識が加わるのですから、著者のような教養人ならその『恨』は相当なものだったと思います。(『恨』についてはこちらのエントリー参照。「恨み」とは異なる感情です。)

李氏朝鮮の時代、と言っても、いつ頃の話かは分かりませんが、朱子学の中でも「礼論」(礼節に関する理論)が支配しており、例えば、兄弟が諍いを起こすと兄弟不和の罪で火あぶりにされたり、寡婦が再婚すると、人の道に外れたとして奴婢にされてしまう、という世界だったそうです。

以前のエントリーで日本統治時代に出された『断髪令』について書きましたが、これも親から貰った身体に傷を付けるという理由で儒教の「孝」に背くことであり、断髪した息子を見て自殺した親までいたそうです。但し、田舎の人達はもう少し鷹揚で、「お父さんの髪がさっぱりした」と後々までも母親が喜んでいたことを書いている韓国人もいます。(『醜い韓国人』(著:朴 泰赫)/ブログエントリー:【書籍/儒教文化】『醜い韓国人』(朴 泰赫著)/なぜ、韓国人は頭を丸めて抗議する?

こうしてみると、とことん価値観の違う人達(だったの)だな、と思います。

 

ついでに、ここまでで興味深いエピソードをいくつかご紹介しておきます。

『日本帝国と~』の著者はこの本を1975年、60代後半で出版していますが、その当時は釜山に住んでいたそうで、その理由が面白いのです。

電機屋でテレビを改造して貰えば日本のNHKが観られたからで、相撲や大河ドラマ、歌番組を観ていたそうです。一緒に観ていた次男も自然と日本語を覚え、大河ドラマ『国盗り物語』(1973年)の豊臣秀吉と家康のやりとりを見て家康が嫌いだと言ったりしていたそうです。

これに続いて山岡荘八の小説『徳川家康』にも言及していますが、そう言えば、獄中の朴槿恵元大統領が『徳川家康』を読んでいると、少し前に記事で読んだのを思い出しました。

そこで調べて見たら、韓国語のWikipediaによると、韓国語タイトルは「大望」というそうで、こんなことが書かれていました。(Google翻訳/一部ブログ主が翻訳を訂正

「韓国では1970年に大望(全12巻)というタイトルで翻訳著作物の原著許可のない出版を許可していた当時大韓民国の著作権法に基づき、海賊版が出版され、ベストセラーとなり、2000年に徳川家康(全32巻)というタイトルで再翻訳された。」

朴槿恵氏が読んでいたのは正規版でしょうが、著者は海賊版を読んでいたのでしょう。

 

 

  


 

 

 

2019/11/20

【書籍】『反日種族主義』感想-1.韓国人読者の目線で読んでみる

イ・ヨンフン(李 栄薫)元ソウル大教授等が著し、韓国でベストセラーとなった『反日種族主義』、ブログ主も入手し、現在読んでいる途中ですが、一番興味があったのは、「何故、この本が韓国人に受け入れられたのか?」という点です。

もちろん、韓国における「日韓関係史」の中で定説となっている「土地収奪論」や「徴用工」、「従軍慰安婦」などのテーマで、データを用いて論理的に解説しているので説得力がある、というのことは大きいと思いますが、本書の構成が絶妙なのだと感じました。

まず、本題に入る前のプロローグとして「嘘の国」と題し、「嘘をつく国民」、「嘘をつく政治」、「嘘つきの学問」、「嘘の裁判」という各項目の元、韓国がいかに欺瞞に満ちた国だという様々な“事実”を突きつけて読者を打ちのめします。プロローグの最後は「反日種族主義」ですが、ここでは簡単に説明されるのみで、「反日種族主義」は何か?という興味を喚起させます。

ここで、言うなれば“先制パンチ”を喰らった状態で、本論に読み進むと、次々と嘘の歴史が暴かれていきます。

第一部で最も多くページ数を割かれているのは「徴用工」の嘘ですが、これと大いに関係がある「日韓請求権協定」の問題にも触れます。

第二部は、主に、韓国人の「精神文化」をテーマにした項目が並びますが、読者によっては、この章が一番ショッキングではないかと思います。第一部で語られることは、まだ、学校教育や小説などに騙されたと、他人のせいにして自分を被害者の立場に置けます。しかし、第二部では、こうした嘘を受け入れてしまう自分達の「精神性」にも問題があると指摘されてしまうのです。

「竹島」の問題はこの章で扱われます。

なぜ、韓国人が竹島に固執するのか、これが韓国人固有の宗教観や自然観という、おいそれとは変えられないものに根ざしていると知るのは辛いことだと思います。被害者の立場から引きずり下ろされるわけですから。

最初にプロローグを先制パンチと書きましたが、野球に喩えると、自慢のエースを出したのに、いきなり先制ホームランを打たれたようなもので、ここで中押し(点)を取られるようなもの。そこでダメ押しとなるのが第三部の「種族主義の牙城、慰安婦」です。

 

もちろん、韓国人も完全に騙されていたわけでは無いと思います。

そのことを、ジャーナリストの崔 碩栄(チェ・ソギョン)氏がWEDGE Infinityに寄稿した文で説明してくれています。(2カ月で10万部『反日種族主義』、韓国人著者たちの受難 P.2

筆者は所謂「在日○世」ではなく、大学で日本学を修めた後、来日した「ニューカマー(new comer)」で、両親からは特に反日教育はなされなかったそうです。

崔氏は言います。「これまで、何か違和感を覚えながらも解けずにいた頭の中のジグソーパズルが、次々と正しくはまって行くような『快感』を感じたからだろう。」と。

情報化社会になり、また、国内の閉ざされた言語空間以外に実際に自分で見聞きした知識が増えれば増えるほど、植え付けられた“記憶”との齟齬を感じる機会が増えるはずで、イデオロギーに凝り固まって耳を塞いでしまう人以外、教養が高い韓国人ほどその『快感』の度合いも高く、『反日種族主義』に書かれていることを受け入れられるのだと思います。

崔氏はこの本が受け入れられた理由としてもう一つ、「韓国社会のタブーに挑戦した著者達への称賛」も挙げています。

 

さて、第三部まで読んで“打ちのめされた”読者ですが、「エピローグ」で救いの手が差し伸べられます。

「救いの手」と書きましたが、新たな「目標」や「課題」を与えられると言った方が適切かも知れません。

現政権が、韓国の建国の精神である「自由民主主義」から「自由」の文字を取り去ろうとしていることの危険性が説かれているのです。

このエピローグに関しては、ブログ主は韓国人読者がどこまで理解できているのだろうか?と、少し疑問に思います。それは、韓国人がそもそも本来はネガティブな意味の「民主主義」という言葉を正しく理解しているのだろうかという疑問があるからで、もう少し詳しく説明した方がいいのではないかとも思うのですが、読者の理解度については、ブログ主は日本人なので分かりません。

とにかく、「現在は『亡国の危機』である」ことを呼びかけていることは伝わると思います。

ここで読者はある種の「使命感」を抱くでしょう。

 

エピローグについてはもう少し書きたいこともあるのですが、取り敢えずはこの本の「構成」に注目して感想のようなものを書いてみました。

最後に、エピローグに書いてある「種族主義」の定義を書いておきます。

 

「個人は全体に没我的に包摂され、
集団の目標と指導者を没個性的に受容する」

 

この本で読者は『“反日”種族主義』を克服したとしても、今後、韓国社会に蔓延る様々な「種族主義」と対峙しなくてはならないでしょう。

従って、エピローグはプロローグでもあるのです。

 

  


 

 

 

 

2019/11/18

【書籍】『朝鮮通信使の真実』(石平著)/現代韓国に通じる『侮日・反日』と『精神的勝利法』

公開:2019-11-18 09:06:10  最終更新:2019/11/20 10:31

2017年10月に「朝鮮通信使」に関する資料が『世界の記憶』(Memory of the World)に登録されました。(記事後述)

念のために書いておきますが、『世界の記憶』であって、どこにも「遺産」という言葉は入っていません。これは資料の保護とアクセスしやすさを目的にするもので、その資料が本当に歴史的価値があるのか、あるいは真実なのかということは、これを決定する委員会は単に文書管理の専門家なので判定できません。2015年に中国が申請した「南京大虐殺文書」が登録されたことがいい例です。おまけに、「南京大虐殺文書」は公開すらされておらず、アクセシビリティ(accessibility)も担保されていないのです。

いい加減、ユネスコなどに権威を求めるのはやめたらいいと思いますが、「資料の保護」という意味では登録することは無駄ではないのでしょう。

 

さて、ブログ主は、このニュースで久しぶりに「朝鮮通信使」という「歴史用語」があったことを思い出しましたが、それ以来忘れていました。それを再び石平氏の新刊のタイトルで思い出したのです。

それは、『朝鮮通信使の真実 江戸から現代まで続く侮日・反日の原点』 (WAC BUNKO 313/2019/11/4) というタイトルで、副題からも分かるように、日本に来朝した朝鮮通信使達が、大阪や京都、江戸などを旅して、その繁栄と壮麗さに驚きながらも、散々悪態をついている屈折した心境にスポットを当てて書いたものです。

「水車」を見て驚いたり、宿舎で「蚊帳」を見て驚いたり、前述のように繁栄した大都市を見て感嘆しながらも、日本の自然や日本人を侮辱する言葉を日記に書き付けているという事が、著者は、現代まで続く「侮日・反日」の原点と見なしています。

新書版のボリュームなので、朝鮮通信使の全容を掴むことはできませんが、このような切り口は著者ならではで、面白い視点だと思います。

 

著者は日記での「憂さ晴らし」を魯迅の『阿Q正伝』に見られる『精神的勝利』の手法だと考察しています。

『阿Q正伝』における『精神的勝利法』については著書の中でも説明されていますが、ここではブリタニカ国際百科事典の説明などを元にご紹介します。

この本は1921~22年に発表された魯迅の小説で、日雇い農民阿Qは辛亥革命(※)に憧れるが、最後は強盗犯として革命軍に銃殺されます。彼は愚かで力も無いのに自尊心だけは強く、例えば、相手が弱そうだと思うと喧嘩をふっかけますが、たいていは負けます。しかし、「負けてやったのだ」と考えて優越感に浸り、その優越感が崩れると「自分で自分を軽蔑できた」と大人物になったと思い込みます。『精神的勝利法』、『面従腹背』、卑屈と傲慢の二面性など、封建社会の奴隷の典型的人物で、当時の国民性を鋭くえぐった本です。
※辛亥革命:1911年辛亥の歳に武昌に挙兵し、清朝を倒した中国の民主主義革命。12年1月孫文が臨時大総統に就任して共和制を宣言、中華民国が誕生。

 

では何故、李氏朝鮮における高位高官である使節団が阿Qのような奴隷根性に満ちているかと言えば、彼等は、日本に『朝貢』にやってきたからです。将軍にお目見えするときは「四拝半」と呼ばれる屈辱的な儀式を行わなくてはならず、自尊心が傷つけられました。

朝鮮では空理空論を唱えて生産性のない両班か下層の奴婢の社会に分かれていたので(ごく一部、医者などは中間層)、職人のような技術職は蔑まれていたため、中産階級のような精神はなかったのではないかと思います。支配者として搾取する側か、搾取される側かの2種類の人間によって構成されていたためです。

一方、日本には武士や農民以外には町人層がおり、豊かな町人文化を育んでいました。

 

『朝貢』と書きましたが、これは朝鮮(韓国)ではまた別の見方がなされているようで、例の如く、「高度な文化を伝えてやる」為に日本に行ったと説明されているようですが、その儀礼(四拝半礼)や、家康が祀られている東照宮へ参拝させられたりする事からも分かるように、明らかに朝貢であろうと著者は言います。そこでまた悔し紛れに東照宮をけなすのです。

実際に、朝鮮からは200年間に渡り、将軍代替わりごと12回来朝しているものの、日本からは1609年に国交回復を祝うため、日本から300余人の使節団を送っている他は一度も使節団のようなものは派遣されていません。

朝鮮通信使の人数は少ないときで300、多いときには500名にも及び、これを大阪から東海道を、案内役などを含めた3千人もの人数を道中させ、ある意味見世物にするのですから、江戸幕府の威光を知らしめるのに格好のものだったでしょう。これと同様なことは琉球に対しても命じていました。

 

画像は朝鮮通信使とは関係ありませんが、沖縄県那覇市の城間幹子市長が2017年に中国・福州市の名誉市民を贈られたときの使節団だそうです。朝鮮通信使の絵図はネットで見られますが、似たようなもので、見世物そのものです。

 

20170116_shiroma

 

ここでふと、大学受験に使った参考書を見てみました。『要点整理 日本史』(第3刷:昭和54年(1979年)2月1日)です。

すると、面白いことに気付きました。

 

Tsushinshi01

 

「来朝」という言葉は、単に「来日」の意味もありますが、「外国・属国の使者などが朝廷へ来て礼物を献上すること。」(デジタル大辞泉)という意味もあります。そこで、同参考書の他のページを見てみると、例えば、フランシスコ・ザビエルは「来日」、ペリーなら「来航」のように書き分けています。

朝鮮通信使が世界の記憶に登録された頃に、「友好使節」と、対等な立場であるかのような表現で、現在はそのように認識されている様ですが、この参考書が書かれた当時、歴史界、少なくともこの本の著者は「来朝」という言葉をわざわざ使っていたのです。

同時期にブログ主が使っていた山川出版の『日本史用語集』でも「朝鮮通信使④():朝鮮の慶賀使節。1605年に日朝和議なり、07年に来朝。以後将軍代替わりごとに来朝。12回に及ぶ。」と書かれています。

 

※ ④というのは、当時13種類の歴史教科書の内、4社の教科書に記載されているという意味で、ブログ主の記憶では「あまり重要度は高くないが、レベルの高い試験には出るかも知れないので要注意」という歴史用語です。ちなみに、上の画像にもある、明と行っていた『出会貿易』は⑤です。

 

ああ、この頃から朝鮮人はこうだったのだ、と納得できる楽しい本です。

 

上に、現代の韓国では「朝鮮通信使は高度な文化を伝えてやるために派遣された」という認識だと書きましたが、通信使もそのつもりで来日したのかも知れません。しかし、日本の方が遙かに進んだ技術があることを目の当たりにしました。それを阿Qばりの『精神的勝利法』で精神の平衡を保つところなど、現代韓国人と少しも変わりません。

 

朝鮮通信使の目的としては、ブログ主の個人的見解では、秀吉の朝鮮出兵で互いに抱いた猜疑心を払拭するため、双方とも「下心はない」ことを確認し合うことが大きかったのではないかと思います。それは、第8回(1711年)の接伴役となった新井白石が「一方的に敵情視察されている」と警戒しており、和睦から100年経っても決して気を許してはいないからです。この辺りは現代のお花畑の政治家とは異なります。

 

* * * *

 

以下、『日韓2000年の真実』(名越 二荒之助著)という本から少し補足します。

この本の著者(編者)は日韓の歴史教科書のすりあわせを行う協議会に参加され、第1回の日韓(韓日)教育文化協議会では「和して同ぜず」の精神で、韓国側の「挺身隊と慰安婦を同一視」する発言を訂正したりしています。比較的韓国に対しては優しい立場で書かれた本ですが、この本の良さは「歴史秘話」が豊富なことです。

 

石平氏の著書にも書いてありますが、そもそも日朝和議は対馬の宗氏(うじ)が望んだことで、そのために、「国書偽造事件」も起こしています。

公正を期すために書くと、対馬と朝鮮の関係は対馬が朝貢する立場でした。(このことから、韓国では「対馬は韓国の領土」などという歴史の捏造がなされるのでしょう。

 

朝貢は確かに屈辱的なのですが、実際は朝貢する側の方が見返りが多いのです。それは、琉球を独立国のように偽装してまで薩摩藩がシナとの貿易を行わせ続けたことからも分かると思います。

では、対馬はどのように貿易を行ったかというと、1609年に釜山に造られた10万坪の敷地を持つ「草梁倭館」(領事館のようなもの)で行われました。朝鮮通信使によって日本が書物などを入手したことは日本側のメリットではあったでしょうが、実際は、釜山でも様々な書物を手に入れることができました。

領事館から1.5里より外に出ることは禁止されていたにも関わらず、朝鮮で出版されている書物は悉く持ち帰り、それ(漢文)に送り仮名や返り点をつけた本を日本で出版、多くの人が研究したそうです。これを書いているのは金聲翰氏という、日本統治下の韓国で生まれ東京帝大で学んだ韓国人作家で、日韓の「学習熱」を比較した文章の中で紹介されています。

一方の朝鮮通信使は日本から書物を持ち帰ることはしませんでした。漢学では自分達の方が上だと無視したとしても、それ以外の事にもさほど関心を持たなかったそうです。

金氏も石平氏と同様、朝鮮通信使は日本の都市や商工業には興味がなく、彼等の関心事と言えば、日本人の言行が朱子学の礼法に適っているかしか興味が無かったと書いています。唯一の例外は農業に興味を持ち、対馬からサツマイモを持ち帰ったそうです。(『日本の中の朝鮮紀行』)

金氏は「(礼法に適っていないと見ると、)自分達と直接関係が無ければ笑い、関係があるものは無理強いしてでも正さずにはすまなかった」と、石平氏と同様のことを書いています。

 

前述のように、朝鮮通信使の接待は、第8回(1711年)の接伴役となった新井白石の意見によって改革されます。

毎回、宿泊費や接待費、土産物に百万両の経費がかかったそうで、一方、朝鮮側の経費は30万両程度だったそうです。

 

白石曰く、「第一にお金がかかりすぎること、朝鮮が通信使を送ってくるのは武力では適わないから文章の上手いものを送ってきて恥を雪(そそ)ぐ狙いがある。日本の使節は漢城には行けないので一方的に敵情視察をされる。また、朝鮮は信義に薄い国だ。秀吉が出兵したときは明に助けて貰いながら、明が清に攻められたときには援軍を一兵も送らなかったではないか。」(

 

※これは『国書復号記事』に書かれているようです。こちらのブログ記事より該当部分を引用させて頂きます。

夫朝鮮 狡黠多詐 利之所在 不顧信義 蓋穢貊之俗 天性固然
(現代語訳)朝鮮人というのは狡くて人を騙す、利があれば信義など顧り見ない人々である。 しょせん「穢貊-わいばく」な野蛮人だ、こうした性格はうまれ持った天性である。

 

彼は将軍と朝鮮の三使節が面接をするときに将軍の座を一段高くしたり、接待の食事の質を制限したりしました。

これに反対したのが、対馬藩の外交を担当していた雨森芳洲(1668~1755)で、この人物は石平氏の著書にも登場しますが、誠意を持って朝鮮通信使をもてなしたにも関わらず、石平氏の言葉を借りれば「ヘイト」されています。

雨森芳洲は新井白石に反論して、

「朝鮮人は詐(いつわ)りが多いと言うが(ブログ主「多いぞ。」)、詐りが多くてどうして国が成り立ってゆこうか。(「それが成り立ってるんだよなあ。」)外国との交際は『誠心』を持って接することである。」と言っています。

 

現代と同じような議論を18世紀にもしていたわけですね。

但し、この二人の激論の中心は将軍(征夷大将軍)の称号をどうするか、という問題です。

それまでは「大君」(これは英語にもなり、「tycoon」となりました。※)だったのですが、この言葉は朝鮮では次期国王(=皇太子=世子)以外の王子の呼称だったので、「日本国王」と呼ぶべきだというのが白石の意見で、これに芳洲が反発して議論になったのだそうです。

 

※ ty・coon / taIkúːn / (変化形の発音 tycoons )
【日本】
[名] [C]
①(実業界・政界の)大物, 実力者, ボス
▷ a business [media, newspaper, property] tycoon
実業界の大物[メディア王, 新聞王, 不動産王].
②[or T~] 大君, 将軍《徳川将軍に対する外国人の呼称》.

ジーニアス英和辞典 第5版 (C) Taishukan, 2014-2015
 

 


https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22913440R31C17A0MM0000/
「朝鮮通信使」「上野三碑」が世界記憶遺産に
2017/10/31 10:07

国連教育科学文化機関(ユネスコ)は31日(日本時間)、歴史的価値の高い文書などを対象にした「世界の記憶」(世界記憶遺産)に、江戸時代の朝鮮王朝が派遣した外交使節「朝鮮通信使」に関する資料の登録を認めたと発表した。群馬県高崎市の古代石碑群「上野三碑(こうずけさんぴ)」も登録が決まった。

審査を行った国際諮問委員会(IAC)の勧告を受け、ボコバ事務局長が78件の登録を承認した。「世界の記憶」の日本国内登録は計7件となった。

国内ユネスコ委員会が推薦した第2次世界大戦中にユダヤ人を救った岐阜県出身の外交官、杉原千畝の資料「杉原リスト」は登録されなかった。

朝鮮通信使は朝鮮国王が徳川将軍家に派遣した使節団。対馬(長崎県)や江戸を経て、徳川家康が祭られる日光東照宮(栃木県)まで、一行が通った地域に外交文書や行列の様子を記した絵などが残っており、日韓の関係自治体や民間団体が共同で計333点の登録を申請していた。


また上野三碑は飛鳥、奈良時代(7、8世紀)に現在の群馬県高崎市に建てられ、国の特別史跡に指定されている山上碑、多胡碑、金井沢碑の総称。681年建立の山上碑は完全な形で残る石碑としては国内最古とされる。いずれも漢字で刻まれ、東アジアの文化交流を示す遺産として同市などが申請した。

記憶遺産を巡っては前回審査の2015年、中国の「南京大虐殺」関連資料が登録されたことに日本政府が反発。制度の改善を求めてユネスコ分担金の支出を一時凍結した。ユネスコは次回の19年審査から、事実関係や歴史認識で見解の相違がある案件は、関係国からの意見聴取の手続きを導入するなど、審査の見直しを決めている。

 

 

  


 

 

 

 

2019/09/20

【書籍/儒教文化】『醜い韓国人』(朴 泰赫著)/なぜ、韓国人は頭を丸めて抗議する?

BBC JAPANに興味深い記事(英文記事を翻訳したもの)を見つけました。このところブログ主が興味を持っている「儒教」にも関係しています。

 

韓国では文在寅大統領や彼が法相に任命した曺国氏に対して連日デモや抗議集会が行われ、昨日(19日)は全国の大学教授が各地で抗議集会を開きました。数日前から準備した曺国氏法相任命に反対する署名は3396筆を集めたそうです。(2019.09.20付朝鮮日報:「祖国アウト」強まるキャンドル〔機械翻訳〕)

10月3日には大規模な反文在寅集会が予定されていますが、日本のマスメディアは曺国氏のスキャンダルを面白おかしく報道したり、反安倍集会は嬉々として報道するくせに、こうした国内の動きを正確に報道しないのはフェアではありません。実際に韓国政府や多くの韓国人が参加している不買運動や日本ヘイトの数々は日本人が怒っても当然ですが、同時に日本のメディアの意図も感じ取る必要があります。

 

ここから本題ですが、まず、BBCの記事をご紹介します。

 


https://www.bbc.com/japanese/49737325
韓国の法相任命に「丸刈り」抗議 でもなぜ頭を丸める?
2019年09月18日

韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が、多くの不正疑惑がかかる側近を法相に任命したことで、世論の不満が高まっている。頭を丸刈りにして抗議する人も現れたが、なぜ抗議する側が頭を丸めるのだろうか?

韓国の最大野党・自由韓国党の黄教安(ファン・ギョアン)代表は16日、青瓦台(大統領府)前で開かれた抗議集会で、頭髪を丸刈りにした。

これは、曺国(チョ・グク)氏の法相任命をめぐり、政府への抗議の意を示したものだ。曺氏は文氏の側近で、娘の大学院入学や家族の資金運用で不正があった疑いをかけられている。

 

20190920_bbc01

 

(中略)

儒教にルーツか

黄代表の「丸刈り抗議」は注目を集め、ソーシャルメディアで話題になった。韓国で最もよく使われている検索サイトのネイバーでは、同氏の名前が検索語のベスト10に入った。

だが、なぜ丸刈りが抗議とつながるのか。

ひとことで言うと、それが「伝統」だからだ。韓国では抗議の意を示す方法として、頭を丸めることが長い習慣となっている

ルーツは儒教の教えにあるとされる。頭を刈ることで、目標に向かって打ち込む態度を示すと、歴史的に捉えられている

軍事政権時代の1960~1970年代には、頭髪を丸刈りにして、反政権の姿勢を示す人が少なくなかった。

また、過去数十年の間にも、活動家や政治家たちは、抗議行動として丸刈りを使ってきた。

2018年には、トイレや更衣室に隠しカメラが置かれる事件が相次いだことを受け、女性たちが頭を丸刈りにして抗議の行進をした。

その2年前には、米軍のミサイル防衛システムに反対する市民900人以上が、頭髪をそり上げた。

東部の利川(イチョン)市では2007年、新工場の建設地をめぐって議論が沸き起こるなか、何百人もの市民たちが丸刈りにした。

今回、大統領府前で丸刈りにした黄代表は、英俳優ギャリー・オールドマンにそっくりになったとソーシャルメディアで評判になり、キムチ・オールドマンというあだ名がついた。

 

日本でも決意の表れとして頭を丸めるということはありますが、大抵は過去の自分と決別するというような、自分自身に対する決意表明が多いかと思います。

それ以外は、罰ゲーム。時代劇などで、果たし合いで勝った相手の髷を切り落として辱めるというシーンがあります。(仲代達矢主演の『切腹』では復讐として敵の髷を切り落としています。) 

調べたら、江戸時代の刑罰の一つとして、姦通などをした女性の髪を剃り落とし、親元に返すというものがあったそうです。(デジタル大辞泉) 現代では、賭けをして、例えば「巨人が優勝できなければ頭を丸める」などと宣言する程度ですが。

上の記事に書かれたような抗議行動は日本人の目には異質に映ります。

20190920_bbc02

記事では「頭を刈ることで、目標に向かって打ち込む態度を示す」儒教文化があると説明されていますが、最近ブログ主がよく引用している『醜い韓国人―われわれは「日帝支配」を叫びすぎる』(朴 泰赫著/1993年)に興味深いことが書いてありました。

本のレビューも兼ねて、ご紹介したいと思います。

 

『醜い韓国人―われわれは「日帝支配」を叫びすぎる』

この本の著者、朴 泰赫(パク・テヒョク)氏は1928年に現在の大韓民国京畿道(キョンキドウ)生まれだそうで、元号で言うと昭和3年生まれです。ソウル大学を中退して新聞記者を経て、一時は韓国有力紙の東京特派員をしていたこともあったとプロフィールに書いてあります。

世代毎の年の差を20年と仮定すると、朴氏の親は1908年(明治41年)頃、祖父母の代は1888年(明治21年)頃に生まれたことになり、日韓併合は1910年ですから、併合前後の変化も家族から聞くことができ、また、自身も日本統治時代を経験しているので、この本で紹介されるエピソードはリアルな体験談が多く、また、新聞記者をされていたので、取材を通じて、あるいは同僚から聞いた話として紹介される小さなエピソードは学者が書く本とは目の付け所がひと味違っていて、大変興味深く読みました。

 

例えば、「大統領選挙」は韓国では(少なくとも本が書かれた当時)、「大権選挙」という言葉が使われ、大権とは「皇帝の統治権」を表す言葉だそうです。よく、「大統領候補の『指名』を受ける」と言いますが、韓国では「推戴」という「押し戴く」という意味の、まるで皇帝にでも使うような言葉なのだそうです。

金泳三大統領(在任期間:1993~98)が当選すると、「閣下」と呼ばれ、盧泰愚(1988~93)が止めていた「検食官」、つまり「毒味役」を復活させたとのこと。

当時、日本駐在の韓国人記者は日本の政府高官が自分でバスや地下鉄で移動するのに驚いたそうです。

呉善花さんの本を読んでも感じたのですが、精神はいまだに「李氏朝鮮」であり、「儒教」に縛られていると考えると、怒りも収まり...ませんが、行動原理が少しずつ理解できてきました。

この本を読むと、著者の子ども時代、李氏朝鮮時代の因習が残っている地方の村の様子もよく分かります。

よく知られている「両班」(リャンパン)=科挙に合格した官僚(貴族)は朝鮮社会のトップに位置し、両班の下に「中人」(チュンイン:医者や通訳などの技能官吏)、「常人」(サンミン:主に農民)。ここまでが「良民」と呼ばれ、その下には「奴婢」(ノビ)である「賎民」により社会が構成されていました。そしてこれが基本的に代々固定化しているのです。(あの世に行っても両班は両班)

韓国人にキリスト教徒が多いのもそのせいかもしれませんね。(とは言え、呉善花さんによると、かなり韓国化したもので、現世利益を求めるようですが。)

 

日本統治時代になり、階級は廃止されましたが、現実の世界では差別は残っていました。著者の家は「中人」の身分だったそうですが、その村では「両班」3割、「中人」4割、「常人」3割で、「常人」は蔑視されていたそうです。

 

 

さて、問題の「髪」にまつわる話ですが、日本でも文明開化の象徴として、1871年(明治4年)に「散髪脱刀令」がありましたが、朝鮮では1895年(明治28年)に断髪令が出されます。

これが、いかに朝鮮人の怒りを買ったかは、イザベラ・バードの『朝鮮紀行』に1章を割いて詳しく書かれています。

  

 

 


『朝鮮紀行』第31章 「まげ」/朝鮮版ヒジュラ より

  • (断髪令に)これが全土を炎と燃えさせた! 憎き日本人が優位を誇ろうとも、あるいは王妃(ブログ主註:閔妃/1895年10月8日暗殺)が暗殺されようとも、国王が幽閉同然の待遇を受けようともじっと耐えてきた朝鮮人が、髪型への攻撃にはどうにも耐えられなかったのである。...
  • 朝鮮人にとって「まげ」は朝鮮人たるしるしであり、大昔からの慣習であり(500年前からとも2000年前からともいわれる)、歴史のあるがゆえに神聖なものであり、たとえ実際にはまだ数歳の子供ではあっても、社会的法的に成人である証であり...

 

『醜い韓国人』によると、朝鮮では両班でも常人でも未婚の間は男は髪を腰の辺りまで垂らしていたそうです。『朝鮮紀行』によると、「まげ」(サンドゥ)を結う儀式は、どんなに貧乏でも無理をして行う重要な儀式でした。

儒教の影響で、「身体髪膚(身体と髪や皮膚、すなわち身体全部)これを父母に受く。敢えて毀傷せざるは孝のはじめなり。」という教えがあるそうです。要するに「親から貰った身体を傷つけるようなことは『孝』に背く」という意味なのですが、それにしては、韓国の整形好きは一体... (外見や見た目の若さに拘る韓国人については『拓殖大学教授・呉善花氏「韓国人に衝撃、日本の女将さん文化」』が参考になるかも。)

 

『醜い韓国人』の著者が親から聞いた話では「日本人は男達の髪で織物にする」というデマを多くの人が信じていたそうですが、著者の母は父がサンドゥを切ったことに関し「日本人のお陰で父(夫)がさっぱりした髪型になったので、感謝している」と生涯、口癖のように言っていたそうです。

 

こうしたことを知って、ふと、日本ではどうだったのだろう?と考えます。

廃刀は武士にとって抵抗はあったようですが、韓国人同様に髷を結っていたのですから。「ざんぎり頭を叩いてみれば文明開化の音がする」という狂歌があったくらいなので、多少の抵抗はあったとしても、やってみたら「意外と良くね?」となったとも思えますが...。

 

こうしたことは、日本人から見れば下らないことですが、それほど李氏朝鮮時代の習慣は朝鮮人に染みついていたと言うことは覚えておくべきかも知れません。現代の韓国人を見ると、非常に「プライド」に拘るのが分かりますが、日本統治時代の屈辱が、反日教育も相まって増幅されているように思えます。特に既得権益集団である両班は、その特権を奪った日本人に相当恨みを抱いていたのではないでしょうか。

 

* * * *

 

こうして見ていくと、同じように日本の統治を受けても「(不満もあったが)良いことは良い」と評価してくれる台湾人との違いも見えてきます。

朝鮮は曲がりなりにも李朝という長年続いた国であり、独自の文化もありましたが、清から割譲された台湾は、明の時代にその版図に入れられたとは言え、「化外(けがい)の地」として中央から束縛されていませんでした。

台湾は多くの少数民族が住み、一つの独立した国ではなく、オランダに勝手に城を作られたり、清の時代には鄭成功が逃げてきたり、常に外から来た人間に我が物顔で支配されていたので、日本に割譲されても「またか」という感じだったのかもしれません。(尤も、最初は抵抗しましたが。)日本が統治し始めた頃は、まだ「首狩り」の習慣を持った部族もいました。

呉善花さんは台湾と韓国の対日感情の違いを不思議に思って、ひととき、台湾人に理由を聞いて回ったそうです。台湾でも、戦後、国民党の支配下で「反日教育」が行われていましたが、学校でそのような教育を受けても、家に帰ると親からそれは違うよと教えられたと答えが返ってきたとのことでした。

終戦後の国民党による「白色テロ」(親日派や知識人の粛正。「共産党(=赤色)」ではないので「白色」)により、日本統治時代の良さが印象づけられたということもプラスに働いているでしょう。「犬(日本)が去って豚(中華民国)が来た」という言葉に良く表れています。

 

色々な本を読んで、韓国人の日本人に対する「恨み」は(理不尽だとは思いますが)多少は理解はできるようになりました。ただ、ブログ主が不思議なのは、対日本以外でも彼等が「非礼」な態度を平気で取ることです。

つい最近も、サッカーのU18かなにかの大会でトロフィーを侮辱して優勝を剥奪されたことがありましたが、特にスポーツの世界で見られるマナーの悪さはどこから来るのでしょうか?

八百長やラフプレー、バドミントンの試合での「謎の風」、いつかのオリンピックで、フェンシングの女子選手が判定に不服で何時間も会場に居座ったこともありました。

少しずつ、歴史を直視し、日韓関係を両校に保ちたいと考える人達が増えていますが、全体としては、正直言って、永久に分かり合えない国だと思います。

 

追記しますが、『醜い韓国人』の第6章の「日韓関係史」は、さすが元新聞記者らしく、短いながらも非常に分かりやすいものでした。

 

 

  


 

 

 

2019/09/15

【書籍・動画】『歴史再検証 日韓併合―韓民族を救った「日帝36年」の真実』(崔 基鎬著)

掲題の本は以前から気になっていた本です。

文庫本なので(単価が安い=566円)、他の本を購入するときに一緒に購入したのですが、よくある「日本は韓国にこんなにいいことをしてやった(著者の立場なら「してくれた」)というだけの本ではなく、併合に至った経緯や現代(「まえがき」の日付2004年から判断すると盧武鉉政権の時)、北朝鮮の問題についても書かれています。

文在寅政権とよく似た盧武鉉政権にあって、現在(当時)の韓国に危機感を抱いている立場から、歴史を直視して従北姿勢を改めよ、という警告の書とも呼ぶべきで、日本統治時代の発展を語る部分では統計資料も提示しており、李朝時代と李朝時代に戻りつつある現代を批判するための対比という受け取りました。

驚いたことに、2004年のイ・ヨンフン教授の韓国日報のインタビューにも言及しており、イ教授の発言内容は要約ですが、このインタビューの紹介に数ページ割いています。これは、韓国の中にもようやく日本統治時代を評価する研究者が出てきたということで、その代表としてイ教授を紹介しています。

バランス良く過去(李朝時代)と現代を俯瞰する本と言えます。

下にリンクを貼った『韓国 堕落の2000年史―日本に大差をつけられた理由』は崔 基鎬の別の著書ですが、ブログ主の覚え書きとして。

 

 

 

崔 基鎬氏の動画

実は、このエントリーを書いているのは、書評を書きたかったのではなく、以下の動画をご紹介したかったからです。(本のレビューはAmazonの商品ページに数多く挙げられているの、そちらをどうぞ。)

 

Wikipediaで「崔基鎬」の項を読んだら、崔氏がチャンネル桜に出演した動画を朝鮮日報が批判(『YouTube、韓国歴史歪曲貶下動画「乱舞」』朝鮮日報、2009年10月12日)しており、そのせいか、削除されていることが分かりました。しかし、タイトルで検索したら、どなたかが動画をupしてくれていたのを見つけました。

まず、朝鮮日報の記事が面白いので、機械翻訳したものですが、ご紹介します。

 


http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2009/10/12/2009101201613.html
YouTubeは、韓国の歴史歪曲卑下動画」乱舞
入力2009.10.12 18:14 | 修正2009.10.12 21:36

YouTubeに韓国人の滑稽な姿を込めて誹謗するビデオに続き、韓国の歴史まで卑下して歪みを目的の動画が2〜3年前から堂々と掲載されて政府当局の緻密な対策が急がれるという指摘が出ている。 一部のユーチューブには、日本の教授が画面に出て韓国の歴史をつけておいて卑下する内容が出てくるていて、これを全世界のネチズンたちが楽しんで探しているまでである。

特に日本の極右主義者たちが作った映像で韓国の歴史を卑下して非難するの水位が最も高かった。 「The truth of Japan's annexation of the Korean Peninsula」(日本の朝鮮半島併合の真実」は、3部作で作られ、YouTubeに出ている。韓国の大学教授で、名前を「チェギホ」(崔基鎬)と明らかにしたが、教授は映像で「韓国と日本の歴史について深く研究した」とし「日本は昔から「働かなければご飯も食べてはいけない」という言葉がある。経済成長のためだ。しかし、朝鮮は「怠惰」に陥って何もすることが与える知らなかった。むしろ「仕事をしないと、ご飯を食べることができる」という言葉が石ほどだった」と述べた。

【ブログ主註】日本では「働かざる者食うべからず」というが、李朝時代の両班(リャンパン)はむしろ「働かずに飯を食う」ことが良いことであった。

続いて、この教授は、「韓国人たちは、「道路」かを作ろうとしても敵道路攻撃してくることができると考えて恐怖に値を震え」とし「これらの頭も検出せずにおいがするなど汚かった。 識者層はわずか全体人口の1%に過ぎなかった」と非難したした。 一言で日本の侵略は「韓国の近代化」のために避けられたという内容だ。

【ブログ主註】道路を作ると敵が攻めやすくなると恐れていた。また、髪を結う習慣があり、そのため、洗髪をしなかったので不潔であった。識者層は人口の1%に過ぎず、日本の侵略は「朝鮮の近代化に」には避けられなかったという内容だ。(※機械翻訳では否定文が肯定文に変わることがよくあります。)

コメントレベルも深刻だった。 ID「downrightignorant」は「wow I never knew that korea try to self destruct itself in the past」(韓国が過去に自分が壊れれようとしていた国であることは知らなかった)」Koreans are an inferior race、that's why their ugly nation became a colony of Japan "(韓国は粗い競争である。日本の植民地になることしかなかった理由)などというこのコメントを走った。 もちろん「Japan's purpose to invade Korea was not to modernize Korea」(韓国を侵略した日本の意図は「近代化」になっていなかった)などのコメントもあったが、少数であった。

「Ugly Korea Cultural plagiarism "(貧しい韓国、文化盗作者)という動画で映像はなく、文のみ画面を砲撃した。 映像では、「私たち日本人は、中国とヨーロッパから多くを学んだが、絶対「日本から出発した」は、いたずら韓国人のように言わない」とし「韓国で学んだことがない。 不必要な文化だけあるからだ」と述べた。 「西欧で韓国と日本の歴史関係についてまっすぐ知っている人は珍しい」とし「もし相手が「正常な脳」がある場合は、それは人間ではないとしても、コミュニケーションが可能だが、韓国はコミュニケーション自体が不可能だ」と伝えた。

このような映像を見たネチズンたちは「韓​​国人は中国と日本に次いで評価が非常に低い」とし「東南アジアの人々がむしろ韓国の上にある」など韓国人の否定的な発言を主な内容とするコメントをつけている。

また、日本のネチズンがあげたものと見られる」The Korean truth」(韓国人の真実)は、4分30秒の分量で20世紀の初め、日帝時代に迫害されている韓国人の姿を描いた絵を動画形式で製作した。 まとも建物一つなく水田ビョマン繁茂していたソウル、サントメをボタンの祖先の姿まで大群衆がないように見える。 しかし、韓国人たちが剣を首に書いた姿、日本の巡査の指示に巨大な梱包を等マン男性、アナクネが全部胸をさらして「集合写真」を撮った写真などは韓国を卑下する意味で解釈される。

1年ほど前に開始されたこの映像の総4000個のコメントでは「Korea is an ugly place。 It got better after Japan came in and introduced civilization(韓国は汚い場所である。日本のために、韓国は文明た)」If there were no Japanese aid in Korea at the time、there will be no Korea」(日本の占領がなかったら、今の韓国はなかっただろう)」Korea is barbarian(韓国人は野蛮人である)のような文が付記指数だ。

米国同胞と明らかにしたあるネチズンは「「KOREAN TRUTH」という映像の場合、ソウル市当局に回収要請をした」とし「韓国のイメージが深刻に失墜している」と伝えた。 また、 カナダの同胞は、「特定の国の特定の勢力が緻密に研究して組織的に韓国の歴史を歪曲しようとする意図を持って、YouTubeを活用することだ」とし「韓国政府が実状を把握し、対策を講じなければならない」と指摘した。

 

かなり怒っていますが、コメントまで紹介しなくてもいいのにw

これを読んだらますます動画を観たくなり、試しにタイトルで探したところ見つけたのが下の動画です。

 


(1/3) Truth of Japan's Annexation of Korean Peninsula / Related to Comfort Women in Glendale

2/3、3/3は上記動画の説明欄にリンクが貼られています。

 

 

  


 

 

 

2019/08/22

【書籍】『北朝鮮がつくった韓国大統領 -文在寅政権実録-』(李相哲著)/日本人もストローマン論法に陥っていないだろうか

今朝(8月22日)の朝鮮日報電子版を見ていて目に留まった記事があります。

それは『李石基、朝鮮日報を訴えた「スパイ活動報道」損賠訴訟で敗訴が確定』(記事は2019/08/21付)というもの。

李石基(イ・ソッキ)とは2013年に現役国会議員でありながら、国家転覆を企てて有罪判決を受けた人物です。(求刑は懲役20年と10年の公民権停止→2015年、最高裁で懲役9年が確定)

21日付で報じられたこの判決自体は当時のメディアの報道が名誉毀損に当たると李石基が訴えたものですが、彼が計画したことは、反北の朴槿恵政権が成立した直後の南北の対立が高まったさなか、自分が率いる地下革命組織(RO=Revolutionary Organization)に、戦争が勃発したら、それに乗じて統一革命を起こすというもので、電話局や石油貯蔵施設などの主要施設を攻撃するといった具体的なものでした。

 

実は、ブログ主もこの人物のことは昨日読んだ『北朝鮮がつくった韓国大統領 -文在寅政権実録-』(李相哲著/産経新聞出版)で知りました。一昨日の夕方届き、面白くて昨日一気に読んだ本です。

 

 

この本は副題に「文在寅政権」と入っているので、現政権のことのみについて書いた本と勘違いするかもしれませんが、反北の立場のために左派勢力から徹底的に攻撃されて弾劾された朴槿恵、親北政権のルーツである金大中、そしてその直系の盧武鉉について論じられており、現在、韓国で起こっていることを理解するのに役に立つ本です。(この本については後述)

 

* * * *

ストローマン論法に陥る多くの日本人

日本では韓国の出来事は比較的多く伝えられているとは思いますが、今や多くの日本人が気づいたように、本質的なことには目が向かないようにバイアスをかけて報道されています。

反日デモと同時に起きた反文在寅デモがほとんど報道されないことがいい例ですが、日本のメディアは韓国の「反日」の部分にしかスポットを当てません。

日本でもすっかり知られた「積弊精算」という言葉もそうです。

これは単に「親日派の排除」という伝えられ方をしますが、正しくは(アメリカや日本といった)『西側』か(従北の)『東側』かという対立の中での、西側の象徴としての「日本」と捉えるべきで、韓国という国は1948年の「大韓民国」成立以来、特殊な「東西冷戦」が続いているのです。

もちろん、韓国国民全体に「反日感情」はあります。

しかし、これは「保守派」(反北)と「左派・進歩派」(従北)に関わらず根底にあるもので、「保守派」即ち「親日」ではないことは朴槿恵政権を見ても分かるでしょう。

別次元の話です。

韓国の政治を論じていて、「でも、どのみち反日でしょ」と結論づけようとするのは「知的に不誠実」です。

 

国民は散々反日教育をされているので単純な反日だと思いますが、政治の世界では「親日」は、敵視する相手、例えば「反・従北」派に張るレッテルとして便利だから使っているに過ぎないと思います。しかし、よくよく「親日」レッテルで攻撃する相手を見ると「反北派」であり、「韓米同盟を支持する人たち」です。

先日の反文在寅デモでも韓国国旗と共に星条旗が多数振られていましたが、韓国国内では頻繁に退役軍人が反文在寅デモを行っていることは日本ではほとんど報道されません。

この対立は門田隆将の言葉を借りると「ドリーマー」(dreamer:夢想家)と「リアリスト」(realist:現実主義者)です。

 

日本人も知らず知らずのうちにメディアの偏向報道にだまされて、韓国を「反日」か「そうでないか」(「親日」とまでは言いにくいので)という二元論でしか語らない人が多数見られます。

これは主に地上波メディアが、韓国政治家や労組の反日活動にしか目を向けさせないようにして、その裏にある親米勢力(というか韓米同盟肯定派)と従北勢力の対立を隠しているからだと思います。

韓国の反日運動(実際は従北勢力の労組などが主導)で、日本製品ボイコットをやりつつ「NO安部」をスローガンにしているのは分かりやすく、トランプ大統領と信頼関係を築いていると言われる安倍政権は彼らの敵であり、それを誤魔化すために「軍国化」等という理由を持ち出しているわけです。

こうした、"敵”の「本質」では無い「部分」を攻撃対象として議論をすり替えることを『ストローマン手法(論法)』と言いますが、韓国の「反日」部分にしか目を向けない日本人もまたストローマン論法に陥っています。

ブログ主は韓国国内の理不尽な反日は批判したり反論して当然だと思いますが、次元の違う話を一緒にするな、ということが言いたいのです。

韓国政府や日本の反日メディアが論点をずらすのはもう分かりきったはずなのに、こと韓国のこととなると「どのみち反日だし」で思考停止してしまうのは相手の術中にはまっているのです。

 

もう一つ分かりやすい例を挙げるとイ・ヨンフン教授やイ・ウヨン氏は別に親日ではなく、事実を追求して誤った歴史観を正そうとしているだけです。しかし、この活動が結果として「日本に利する」行為だと言って「親日」のレッテルを貼るのは、国民の多くが多かれ少なかれ「反日」なので、それを味方にしようとしているわけです。

イ・ヨンフン教授が取り立てて親日でないことは主催されている研究所に「李承晩学堂」と「李承晩」の名前を冠していることからも分かります。

おそらく、李承晩は日本人が最も嫌う韓国人の一人でしょう。しかし、ブログ主も韓国の歴史を知って分かったのは、大韓民国が成立する際、①共産主義者(親ソ)、②民族統一派、③親米反共の三組織(とその指導者)の選択肢があり、③で、初めから現実路線として南単独での国家樹立を目指したのが李承晩なのだそうです。

イ・ヨンフン教授が李承晩の建国の精神に立ち返れというのは、こういう理由があるのだと思います。

 

ところで、労組に牛耳られている韓国メディアが「親日」のレッテル張りして攻撃しているイ・ヨンフン教授等が著した『反日種族主義』ですが、今回は少し様相が異なります。

ブログ主は李承晩TVの日本語字幕のない番組のコメントも丹念に読んでいるのですが、「おじいさんに聞いた話と辻褄が合った」というコメントがありました。

ブログ主は韓国の教科書の詳細は分かりませんが、おそらく矛盾だらけのはずです。以前も書きましたが、「独立門」(元は清からの使者を迎えるための「迎恩門」で、清からの独立を祝ってそれを壊した跡に建てられた門)の建立年を知って意味が分からない韓国人も多いそうです。

以前、産経の記事で読んだのですが、韓国では歴史を語るときに必ず「善・悪」の評価を加える悪い癖があるそうで、"日本のお陰で独立できた”という事実はあってはならないこととして教えないのでしょう。

韓国人が学校で習った自国の歴史に疑問の目を向け始めた今、メディアはその攻撃の度合いを増しているようです。最新の李承晩TVの動画(韓国語のみ)を観て大凡分かったのは、今度はSBS(これは民間放送)が従来からの対日史観を改めて紹介し、イ・ヨンフン教授の発言を切り取って『反日種族主義』を攻撃する番組を報道したようです。(コメントを見ると、李承晩TVも切り取られないように録画した方がいいと、心配する声が多く上がっていました。)

まあ、日本のメディアと同じようなものですが、「自虐史観」に反発する日本人と、「自分たちにとって心地よい歴史観」を覆される韓国人とでは、乗り越える壁の高さが違います。

既にワイドショー(『モーニングショー』かなにか)で『反日種族主義』を青木理氏が批判していたようですが、今後、日本のメディアや左派勢力が露骨になると想像します。

 

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『北朝鮮がつくった韓国大統領 -文在寅政権実録-』について

北朝鮮がつくった韓国大統領 -文在寅政権実録-』(李相哲著/産経新聞出版)について、もう少し補足しておきます。

著者の李相哲氏は、この本の中で、日本では報道されないか、されても断片的にしにか報道されない事件や出来事を時系列に沿って提示するだけでなく、その意味を韓国人記者や識者の証言や政治家の回顧録などから丹念に拾って論理的に検証しています。

 

例えば、冒頭にご紹介した李石基(イ・ソッキ)の事件など、ほとんどの日本人は関心を示さないでしょうが、朴槿恵政権時に提出された逮捕同意案に反対した1割の議員に文在寅が含まれていることなど、文在寅の「正体」を暴くエピソードが数多紹介されます。

彼(李石基)は90年代から地下組織で活動しており、2002年に逮捕、服役していますが、盧武鉉政権の時に「特別放免」、更にその2年後に公民権も回復してます。この時の大統領秘書室長が文在寅です。

朴槿恵が李石基を逮捕したことを著者は「ルビコン川を渡った」と表していますが、李が属していた統合進歩党の解散命令だけでなく、民労総(全国民主労働組合総連盟)の傘下で急進的な左派労組の一つである全国教職員労働組合(全教祖)を非合法団体に指定しています。

つまり、彼女は左派との全面戦争に突入したのです。

彼女にとって不幸だったのはセウォル号事件の発生です。これで、著者によると「無能」ぶりを露呈してしまいました。

現在、韓国で起こっていることが何に起因しているのか、それを詳しく知りたい方にはおすすめの一冊です。

 

李石基に関する記事

下に李石基に関する記事を時系列に集めました。なお、李石基について調べていたら、何故か日本の「レイバーネット」が李石基を擁護する記事がたくさん見つかりました。分かりやすいですね。

 

https://blogos.com/article/69499/
韓国統合進歩党・李石基議員の「内乱陰謀事件」は、北朝鮮による朝鮮半島統一・「大高句麗国建設」の前兆か

板垣英憲 2013年09月06日 03:24

◆「内乱陰謀事件」で韓国統合進歩党の李石基(イ・ソッキ)議員に対する逮捕同意案が4日午後4時25分、国会本会議場で投票289人のうち賛成258票、反対14票、棄権11票、無効6票により可決された。李石基議員は同日午後8時26分、国家情報院の職員に強制拘引され、水原地裁に移送された。(以下略)

 

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http://news.onekoreanews.net/print_paper.php?number=74596
【統一日報】軽すぎた李石基への懲役20年求刑
2014年02月05日

 内乱陰謀罪などに問われていた統合進歩党の李石基議員に懲役20年・資格停止(公民権停止)10年が求刑された。この事件は、憲法機関である国会議員が、国会を革命の橋頭堡として大韓民国に抗敵した内乱陰謀だ。大多数の国民は李石基と、彼が中心となって組織したRO(革命組織=Revolutionary Organization)の国家に対する反逆が、この求刑によってある程度立証されたと見る。

 しかし、李石基に対する求刑は軽すぎる。休戦状態の大韓民国で、交戦相手の北韓側に積極的に呼応し、大韓民国の転覆を図った李石基には、与敵罪(刑法93条)が適用されるべきだった。司法当局は、前職国情院長や警察庁長などを断罪する以上に、従北反逆勢力を断罪すべきである。従北勢力の跋扈は、韓国の法治が萎縮しているために起きたものだ。

 1審裁判を通じて明らかになった李石基とROの反逆行為は、法の寛容の範囲を遥かに超えたものだった。彼らは主体思想で理念武装し、大韓民国を敵と規定した。北韓が6・25南侵戦争(朝鮮戦争)時、大韓民国を攻撃する戦場で歌われた「赤旗歌」を歌い、北韓式用語で学習し、革命家に徹底した。ちなみに李石基が所属する統合進歩党は、党の公式行事で愛国歌(韓国国歌)を歌わない。

 李石基のROはあらゆる活動記録を暗号化し、捜査当局の押収捜索と逮捕に激しく抵抗した。ROやその”殻”にすぎない統進党は、法廷闘争を通じて大韓民国の司法制度を嘲弄、妨害した。

 李石基とROの目標と活動は、戦時において敵地で破壊およびサボタージュ工作を実行する特殊部隊の任務、つまり旧ソ連の情報機関が自由世界に対して目論んだ破壊工作そのものだ。

統進党と李石基の「反逆性」

 李石基は、1999年に国家情報院が摘発した民革党事件で、平壌との繋がりが立証されている。民主革命党は、朝鮮労働党の指揮下にあった地下政党で、南朝鮮労働党と並ぶ従北組織だ。別の言い方をすれば、ROは平壌の偵察総局に呼応する韓国内の別働隊だ。

 統進党は、多くの党員が法の裁きを受けている状況で、反省するどころかROを正当化し、庇護することに総力を動員した。反逆を庇護する行為も反逆だ。つまり、統進党全体が国家と憲法に対する反逆勢力である。

 統進党への政党解散請求があまりにも遅すぎたことを指摘する声は以前からあったが、こういう抵抗こそ、彼らがその「反逆性」を自ら証明したことになる。

憂うべき国会のサボタージュ

 統進党の反逆を増長させたのは、ほかの政党と国会だ。国会は、李石基の逮捕動議案を通させておきながら、李石基の議員職除名に関しては5カ月も措置を取っていない。もちろん、この政治的サボタージュの中心は統進党と運命共同体である民主党内のいわゆる「386主思派」、「親盧グループ」だ。

 相手政党の単純な失言や個人的スキャンダルに対しても議員職辞退。これは、や政界引退を強く要求してきた民主党が、李石基とROの内乱陰謀については、裁判中という理由で国会次元の懲戒を拒否している同じく裁判中である「国家情報院の選挙介入」という一方的な政治攻勢を既成事実化し、それを根拠に国家情報院を無力化させ、さらには大統領の辞任までを要求する野党の攻勢と矛盾する。彼らの主張が全く説得力のない政治的扇動であることを証明するものだ。

 われわれは今の政界と国会を憂慮し慨嘆せざるをえない。北韓の核ミサイルの実戦配備によって、休戦後、大韓民国の安保が致命的な危険に陥った今、安保の中枢である国家情報院の機能を決定的に弱体化させる利敵行為で与野党が合意したからだ。国政の混乱の中心が国会であり既成政党だ。朴大統領は国家情報院法改正案を国会に戻すべきだ。

 

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https://www.sankei.com/world/news/150122/wor1501220027-n1.html
【産経】韓国親北左派の元議員、実刑確定
2015.1.22 17:59

【ソウル=名村隆寛】韓国の最高裁は22日、北朝鮮に通じた地下組織を作り韓国の体制転覆を企てたとして、内乱扇動や国家保安法違反などの罪に問われた左派系野党、統合進歩党(解党済み)の元議員、李石基被告に対し、懲役9年(1審懲役12年、2審同9年)の判決を言い渡した。内乱陰謀罪は2審同様、認められなかった。

 また、元同党員らも、2審と同じく懲役3~5年の判決を受けた。統合進歩党は昨年12月、憲法裁判所の政党解散審判で解散宣告を受けた。

 

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http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/08/21/2019082180221.html
【朝鮮日報】李石基、朝鮮日報を訴えた「スパイ活動報道」損賠訴訟で敗訴が確定
2019/08/21

 李石基(イ・ソッキ)元統合進歩党議員が、報道内容によって自身の名誉が傷つけられたとして朝鮮日報とTV朝鮮を相手取って起こした損害賠償請求訴訟で、同議員の敗訴が確定した。

 大法院(最高裁)2部(主審:ノ・ジョンヒ大法官)は、李元議員が朝鮮日報とTV朝鮮などを相手取って起こした損害賠償請求訴訟の上告審で、原告敗訴との判決を下した原審を確定させたと21日明らかにした。

 朝鮮日報とTV朝鮮は2013年9月、内乱扇動容疑などで逮捕された李元議員について「北朝鮮のためにスパイ活動をしたと見なければならない」「李元議員が息子に主体思想(北朝鮮および朝鮮労働党の政治思想)を徹底的に勉強するよう言っていたことが分かった」などの内容を報道した。

 これに対し、李元議員は「虚偽の事実によって名誉を傷つけられた」として、慰謝料1億ウォン(現在のレートで約884万円)の支払いを求める訴訟を提起した。

 一審と二審は「悪意的だとか、甚だしく軽率な攻撃によって相当性を顕著に失ったと考えるのは困難だ」として「報道当時、李元議員は現役の国会議員で、価値観・世界観まで国民の健全な監視と批判の対象だった」と指摘した。

 その上で「(李元議員の)犯罪(容疑)内容は、国会議員が犯したとは到底信じられないほど衝撃的だった上に、事案が極めて重大で、各種の疑惑を迅速に報道しなければならない公益上の必要性が大きかった」とも説明した。

 さらに「国会議員の神聖な義務を根源的にないがしろにする内容の容疑で捜査を受ける状況であれば、関連する報道は、メディア本来の機能である監視・批判・けん制が全て可能になるよう幅広く保障されなければならない」と指摘した。

 大法院も原審の判断に誤りはないとの見方を示した。

 李元議員は15年1月、内乱扇動などの罪で懲役9年、資格停止7年の刑が確定し、現在は収監されている。

 

 

  


 

 

 

 

2019/06/01

【動画】林千勝~日米戦争を策謀したのは誰だ!歴史の真実を暴く/戦争の黒幕「国際金融資本」とは?

最近観た動画のブログ主覚書です。

二回に渡って林千勝(はやし ちかつ)先生がご出演なさって御著書の説明をされるのですが、それは即ち、昭和史のベールを剥がすという内容になっています。

 

 

20190524_chsakura01

 

 

1本目の動画は3冊の本の紹介、2本目の動画はもう少しフリーに、国際金融資本、特にロックフェラーやロスチャイルド家の話になっています。

林氏の著作と出演動画は過去のブログエントリー(下記)でもご紹介していますが、上の2本の動画は合計正味2時間くらいなので濃縮された内容になっています。上の動画で物足りない方は下の記事でご紹介している動画をご視聴下さい。

 

 

動画の中で仰っているように、一次資料を読み解いて書かれた本で、その一次資料の一つが下の『英米合作経済抗戦力調査』で、通称、秋丸機関がまとめた報告書です。

 

20190524_chsakura02

 

これは別に新発見というわけではなく、以前からネットで公開されているもので、日経新聞や東京新聞が時々言及しているそうです。

しかし、「このような計画があったのにも関わらず、陸軍が暴走して...」云々という、お決まりの「陸軍悪玉論」に曲解して利用しているとのこと。しかし、実際は、戦争を避けるべく和平の道を模索しつつ、開戦やむ無しとなった場合の戦略を立てていた。もし、この戦略通りに戦っていれば勝機はあったかも知れないが、それを壊したのは...ということが動画では語られます。

 

下に1本目の動画を観たときのメモ(林氏の説明)を転記します。

 

学校で習うのは自虐史観。

日本は悪かった、負ける戦争を仕掛けた、といった東京裁判史観。

しかし、ここで気付く。「日本は正しかった、戦略もあった、自存自衛のためだった。しかも、アジアの国々の独立に貢献した」。

これは多くの人が努力して広めている。

次の段階は、「その戦争自体が仕掛けられた物ではないのか?」と気付く。

フランクリン・ルーズベルトは国際共産主義者に取り囲まれており、近衛文麿も同様だった。シナとの戦争では共産党により泥沼に嵌まっていった。日本は蒋介石と全面戦争をするつもりもなかったし、アメリカとも戦争するつもりがなかった。

そこで、3つめの気付き。

「共産党やコミンテルンが活動しても、ソ連はそこまで資金供給ができるはずもないし、スターリンがそこまでの戦略を組み立てることができたのか?」。

共産党やコミンテルンは国際金融資本の実働部隊であり、彼等がアメリカや日本を嵌め、戦後の冷戦構造を作った。大陸も中国共産党に占拠させた。

日本は知識層が「東京裁判史観」を広めたが、世界も同様。オックスフォードやケンブリッジ、アメリカのアカデミズム。イギリスやヨーロッパ、アメリカのエスタブリッシュメントが働きかけたからで、その大元(元凶)はロスチャイルド一族とロックフェラー一族だ。

ここまで理解していないと現代を理解できない。

 

下は『英米合作経済抗戦力調査』の内容をメモしたもの。

 

アメリカと戦争しない、南に行ってインドネシアの石油を取るべし。

当時アジアの権益を多く握っていたイギリスに対抗するためには、インド洋でイギリスの補給線を断ち、イギリスの体力を消耗させる。

当時のイギリスは大英帝国で強大だったが、資源や食糧はオーストラリアやニュージーランド、東南アジア、ビルマ、インド、中東に頼っており、インド洋やケープタウンを回って補給したいたのでそれを遮断する。

そして、インドの独立をバックアップ。中近東で南下してきたドイツ軍と合流。

アメリカは国民に厭戦感もあり、積極的に戦争する名目もないので、なるべく刺激をしない。フィリピンは取るが、太平洋には出て行かない

 

以下もメモからです。

 

と、ここまでは陸軍と海軍は共有していた。このような計画があったので東条英機も決断した。

しかし、海軍がおかしかった。

  永野修身 軍令部総長 
  米内光政 海軍大将
  山本五十六(連合艦隊司令長官)

彼等はこれ(計画)を知ってて真珠湾を攻撃した(攻撃を許可した)。

なぜ山本五十六の暴走を決裁したか? 永野は「(山本が)自分にハワイを攻撃させてくれなかったら辞職する」と言ったからだと述べたことが尋問調書に残っている。しかし、それでは腑に落ちない。

永野は留置場の裁判前に死んでいる。窓ガラスが割れていて、それを自分で新聞で塞ぐも取り除かれて、元々肺が弱かったので死んだ。だから、それ(尋問調書で述べたこと)は理由ではなかったし、本当の理由を裁判で話されるのは都合が悪い。従って、口封じで殺されたと考えるのは自然。死後、永野の妻が引き取った荷物も帰りの列車の中で何者かによって盗まれ、新聞広告を出しても出てこなかった。妻は、それを気に病んでか、間もなく亡くなっている。

 

(メモの引用終わり)

 

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ブログ主はたまたま3作目の『日米戦争を策謀したのは誰だ!』から読み始めましたが、これが日米双方の動きを網羅しています。全体を知るにはこの本で、更に上に書いた秋丸機関の戦略の詳細を知りたければ『日米開戦 陸軍の勝算』を。(ブログ主は購入済みですが未読) 更に、近衛文麿やその周辺の人物の詳細を知りたければ『近衛文麿 野望と挫折』を。ブログ主は今この本を読んでいますが、日中戦争(支那事変)が泥沼化したのには、やはり、近衛が関わっていました。

この本を1/3程読んで知り、驚いたことを2つ。

市丸さん(芸者で歌手)は近衛の愛人だった。

これは、きっと有名な話なのでしょうが、ブログ主が子どもの頃に家族と一緒に「懐メロ」番組を観ていると必ず出て、当時はもうおばあさんだったはずですが、艶っぽくて、子どもながらに、売れっ子芸者ってのはこういう人なんだな、と思った記憶があります。

もう一つは、貞明皇后(大正天皇の皇后)がクェーカー(※)教徒だったということ。

まあ、神道はどんな異宗教でも飲み込めるからいいんですが、どうも、皇室にはクェーカーの影がちらつきますね。

 

※ 📖 広辞苑 クエーカー【Quaker】
キリスト教プロテスタントの一派。フレンド派の通称。17世紀中頃にイギリスに起こり、フォックス(George Fox1624~1691)を祖とする。人は教会によらずその内心に神から直接の啓示「内なる光」を受け得るものと説いた。ペン(William Penn1644~1718)の渡米によってアメリカで盛行。絶対平和主義の立場をとる。基督友会。

広辞苑 第六版 (C)2008 株式会社岩波書店

 

2本目の動画では、憲法起草に関わったニューディーラー達が戦後だいぶ経って「いまだにあの憲法を使っているのか」と驚いたという話について、ブログ主と同じ見解だったことが嬉しくなりました。林氏が仰るように、彼等は自分達のやったことが未だに効いていることに内心ほくそ笑んでたはずです。

 

動画は、我那覇さんが完全に「生徒」になってしまい、「はぁ~」とか「ほぉ~」とか言うのが可愛らしいです。この動画を初見の方は、ディスプレイの前で、我那覇さんのように「はぁ~」とか「ほぉ~」とか言うしかないと思います。

 

  


 

 

 

2019/05/27

【書籍】『あるユダヤ人の懺悔 日本人に謝りたい』(モルデカイ・モーゼ著)/ワイマール共和国に関する補足

公開: 2019-05-27 10:17:18  最終更新: 2019/06/01 9:10  

以前、当ブログで掲題の本についててエントリーしましたが、最近、この本が「林原チャンネル」さんのご厚意でAmazonで販売されることを知ったので、もう少し追記しておこうと思います。

 

 

 

※Amazonでの価格〔定価+210円)について

この本は、自費出版された在庫を林原チャンネルさんが代行してAmazonの流通ルートに載せたようなので、定価に210円を上乗せして販売されています。

ブログ主は、この本が“ある場”に直接「持ち込み」されていた為、定価で購入しましたが、その時はISBNコードがありませんでいた。通常の流通ルートに載せるにはコードの取得(有料)が必要で、更に通販では送料がかかります。「+諸経費210円」の上乗せは純然たる経費と思われます。

※Amazonでの在庫について

Amazonの倉庫へは少量ずつ納品しているようで、1回目と2回目の納品分はほぼ“瞬殺”でした。Amazonの倉庫にある在庫が一時的になくなると「売り切れ」になりますが、納品され次第在庫が復活されるので、Twitterをされている方は林原チャンネルさんをフォローしているといいかと思います。

 

著者のモルデカイ・モーゼ氏の略歴を本書からご紹介します。(括弧内はブログ主註

 

1907年(和暦に直すと明治40年)ウクライナのオデッサ生まれ。父親は哲学者で革命家。ロシア革命(1917年/大正6年)では指導的役割を果たした。

レーニン(1870~1924)没落後、ソ連におけるユダヤ権力の将来に見切りをつけた父親と共にワイマール(1919年~33年/※1)体制下のドイツに亡命。父親は美濃部達吉博士に「天皇機関説」(1912年発表)を説いたゲオルグ・イエリネックと親交があった。

ベルリン大学で政治学、哲学を専攻後、国際連盟労働局で極東問題を担当。独ソ不可侵条約(1939年/※2)が結ばれると、その本質がユダヤ勢力の抑圧にあることを看破し、ハルビンを経て上海に亡命。

「サッスーン財閥」の顧問となり、日本の国体、神道、軍事力の研究に従事。1941年、米国へ亡命、ルーズベルト等のニューディール(※3)派のブレーントラストとして活躍。

1943年頃から対日戦後処理の立案にも参画。戦後十数回来日した。

 

下は“岩波”の事典の説明ですが、ご参考迄。

※1 📖 広辞苑 ワイマール‐きょうわこく【ワイマール共和国】
ドイツ帝国崩壊後の1919年に生まれた、ワイマール憲法に基づく連邦制の共和国。厳しい対外・社会・経済情勢のもと、左右両極から攻撃を受けて次第に不安定化し、33年ナチスの政権掌握で消滅。

※2 📖 広辞苑 どくソ‐ふかしん‐じょうやく【独ソ不可侵条約】 ‥デウ‥
1939年8月23日、ドイツ・ソ連間に締結された期限10年の不可侵条約。付属秘密議定書で東ヨーロッパにおける両国の勢力範囲を画定し、これに従って両国は同年9月ポーランドを分割した。41年6月ドイツ軍のソ連侵入によって破棄。

※3 📖 広辞苑 ニュー‐ディール【New Deal】
アメリカで、1929年に始まった恐慌に対処するため、33年以降F.ルーズヴェルト大統領が実施した一連の経済・社会政策。失業者救済の大規模な公共事業や産業界への統制により経済復興を図り、のちには社会保障制度や労働者保護の制度改革を進めるなど、連邦政府権力を強め政府資金による資本主義経済の安定を目指した。代表的な立法や機関として全国産業復興法・TVA・ワグナー法・社会保障法などがある。

 

氏の父親の人生も合わせると、二代に渡り、コミンテルンの創設、日中戦争(支那事変)下の抗日支援、GHQ占領下のWGIP実施と、現代の日本に蔓延る左翼思想の元凶となったものに間接、直接的に関わっていたのです。だからこそ本のタイトルにあるように、「懺悔」、「日本人に謝りたい」となったのでしょう。

 

ところで、『証言でつづる日本国憲法の成立経緯』を著した西修先生が、起草に関わった人物にインタビューをしたときに、「いまだにあの憲法を使っているのか」と驚かれたと言われたそうで、このエピソードはあちこちで語られているので一人歩きしているような気がします。

有本香氏など、この発言を好意的(「もういい加減変えればいいのに」というニュアンス)に受け取っているようですが、ブログ主は、そのように受け取るのは間違いではないかと思うのです。

それほど、当時のGHQの内、憲法起草に関わったニューディーラー達は、日本の皇室、左翼用語で言うと「天皇制」ですが、これを最大の敵と見なしていたことはこの本(『あるユダヤ人の懺悔』)から間違いないのです。そして、それを破壊するための工作(11宮家の臣籍降下)もしっかりしていました。だから、未だ(インタビュー当時)に日本国憲法の呪縛、GHQの呪縛と言ってもいいでしょうが、これに日本人が囚われているのを知ったら、内心はほくそ笑んだに違いありません。「ここまで、仕込んだ毒が効いているとは!」と。

彼等は根っからの共産主義者なのですから。

 

* * * *

 

この本では、彼等ニューディーラーの、日本の皇室に対する誤解について懺悔しています。しかし、日本国憲法に込められた「ユダヤ人の理想」というのは、ややオブラートに包んだ言い方だと思っています。

彼等はアメリカ人なのですから、いくら日本の憲法が彼らにとって理想的であろうと、何の恩恵も受けません。むしろ、彼等の同胞がワイマール共和国で挫折したことを日本でやるために、即ち、共産主義化のために地雷を仕込んだのでしょう。彼等は壮大な実験を試みたのです。

それは、現在、何かにつけて「日本国憲法」が足枷になっていることからも分かります。

天皇陛下の即位の儀式ですら、「憲法違反」がちらつかされ、一連の行事全てを国事行為としてできません。

こうなると、新しくこの本の帯に書かれた田中秀道先生の言葉の意味が分かるでしょう。なぜ、左翼がこの本を抹殺しなくてはならなかったのか。

 

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この本を後の日本人が読めば、日本国憲法がユダヤ人の理想が込められた「お花畑」などではなく、日本を破壊するための「毒薬」であることがバレてしまうからです。

ついでに、帯に書かれた馬渕睦夫先生の言葉も画像で提示します。(帯の画像はブログ主がAmazonの画像からキャプチャしたもの)

 

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この本に書かれていることの内、理解しにくいのは、ユダヤ思想やタルムードにに言及した部分かと思います。これはブログ主のことでもあります。

 

📖 広辞苑 タルムード【Talmud】
(ヘブライ語で、学習・研究の意)ユダヤ教でモーセの律法に対して、十数世紀にわたって口伝された習慣律をラビ達が集大成したもの。本文であるミシュナー(Mishnah)、その注釈であるゲマラ(Gemara)の2部から成り、広くユダヤ民族の社会生活を物語る。エルサレム(またはパレスチナ)‐タルムード(5世紀)とバビロニア‐タルムード(6~8世紀)とがある。

 

もう一つ、この本が書かれた当時(1979年頃=昭和54年頃)の日本と比較されるワイマール共和国については詳しい説明がないので、「似ている」と言われても、今一つピンと来ないかと思います。

そこで、ここでは少しワイマール共和国について補足しておこうと思います。

まず、その時代と著者の年齢との関係を簡単に書いておきます。

少し、著者のドイツでの生活を細かく見ていくと、1924年は17歳、この頃にドイツに亡命しています。略歴に書いてあるように、この当時はワイマール共和国時代のドイツで、ヒトラーが首相になるのが1933年1月30日なので26歳、ご存知のように、この頃からユダヤ人の迫害が激しくなります。そして独ソ不可侵条約が締結された1939年頃にドイツを脱出しますが、32歳くらいの計算になります。

 

ユダヤ人に対するキリスト教徒の偏見は根が深いものがあります。

例えば、ゲットー(ghetto/ユダヤ人強制収容所)というのはナチス・ドイツを連想させる言葉ですが、16世紀の頃からユダヤ人の隔離区域の意味として使われてきました。ドイツだけではなくヨーロッパの各地にあったもので、元々ghettoがイタリア語ということからもドイツだけの話ではないことが分かります。ドイツでは15世紀の終わり頃からゲットーが存在します。しかし、このように居住の制限があったことで、ユダヤ人は都市型となり、高い教育を受ける割合も高かったのです。ワイマール共和国でユダヤ人が解放されると、弁護士や医者に占めるユダヤ人が増えます。(1913年のフランクフルト市で前者が62.5%、後者が36%)

 

下の画像は1628年のフランクフルトのゲットーです。

 

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ピンクで塗った弧状の細い通りがありますが、その内側(左側)に面しているのは城壁です。ゲットーはその外側、つまり、通りの右側にびっしりと建っている家です。この画像(オリジナルはWikimedia『Frankfurt-Judengasse-1628-MkII.png』)を拡大してみると、通りの名前が「Juden gaß」と見えます。Juden=ユダヤ人、gaßはgaße(ガッセ)の略で、gaße=小路、つまり「ユダヤ小路」とか「ユダヤ横町」みたいなニュアンスです。

拡大画像を見ると、細い道を挟んで目の前は城壁、ゲットーの裏側は木が植えられて視界を遮断しているようです。

 

ちなみに1905年からワイマール時代にかけてドイツ人のノーベル賞受賞者は40名で、その内11名はユダヤ系だそうです。

ドイツ帝国が崩壊してワイマール共和国が成立した1919年は第一次大戦の戦後処理であるベルサイユ条約(1919年6月)が調印されました。つまり、ドイツ経済が重い賠償金で窮迫した時代なのです。そして、20年に復興大臣に就任するヴァルター・ラーテナウはユダヤの大実業家でした。彼は1922年に外務大臣に就任し、同年4月、ソ連とラパッロ条約(ラバロ条約)という通商友好条約を結びます。しかし、これはソ連にあるドイツの資産を放棄するもので、これが右翼を刺激し、6月に暗殺されます。

また、第一次世界大戦後、オーストリアやドイツ国内にソ連やポーランドからの東方ユダヤ人が大量に流入します。

 

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ドイツに以前から住んでいたユダヤ人はドイツ人と同化していましたが、東方ユダヤ人は異教徒であり、明らかに異形の人々でした。彼等はシオニスト達に刺激を与えます。

ワイマール憲法が成立したのは1919年です。この本、『あるユダヤ人の懺悔』に書かれているように、国民主権、男女同権、労働者の権利の保障など、理想に走りすぎてドイツの現実に即したものではありませんでいた。

ワイマール共和国でのユダヤ人の閣僚は決して多くはなかったそうですが、ドイツ人の間にユダヤに牛耳られているという感情が芽生え、それは反ユダヤに向かいます。

善悪は別として、ヒトラーが出現する前にこうした背景がありました。

ヒトラーは23年にミュンヘン一揆に失敗し、投獄されます。この時に獄中で書かれたのが『我が闘争』で、25年にナチス党の禁止が解除されると党を再建します。28年の選挙では12議席の弱小政党だったナチスは30年の選挙では一挙に107議席を獲得して第2党になり、32年には議席を減らすも、翌33年に首相の座につき、ここからユダヤ人への迫害が激化します。この間、29年の大恐慌もありました。

25年から33年というと、著者は18歳~26歳、そして39年、32歳の時に亡命したわけです。

彼のような移住してきたユダヤ人と違って、ドイツに同化していたユダヤ人にとってはドイツが祖国という意識が強く、若者は脱出させますが、老人はこうした状況でもドイツに留まった結果、ホロコーストの悲劇(悲劇という言葉では表しきれませんが...)に遭ったのです。


こうして見ると、ユダヤ人が優秀な故に第一次世界大戦後のドイツの再建を委ねられ、元々、不当な扱いをされていたので、その解放は当然の権利でしたが、一方、様々な社会的要件が重なり、ヒトラーのような狂人が出現してしまったのです。

 

 

* * * *

 

なお、支那事変で日本が戦ったのは蒋介石率いる国民党ですが、蒋介石が共産党と第二次国共合作を始めるの36年の西安事件(蒋介石の監禁事件)以降で、蒋介石のバックにはアメリカのみならず、イギリス系の財閥も暗躍し、ドイツは軍事顧問となっていました。ここから日本は泥沼の日中戦争に嵌まっていきます。著者は39年に上海に亡命し、阿片貿易で財をなしたサッスーン財閥の顧問となっています。サッスーンは蒋介石と組んで幣制改革(35年)でボロもうけしています。おそらく、著者は上海でも日中戦争に何らかの形で関わっているはずです。

 

サッスーン照会に関しては以下の動画が参考になるかと思います。

 

ノンフィクション作家・河添恵子#7-1★アメリカ左派と中国の密接な繋がり / キーマンは陳香梅とキッシンジャー

ノンフィクション作家・河添恵子#7-2★客家人・サスーン・蒋介石の時代〜20世紀の中国とアメリカ〜

 

 

  


 

 

 

2019/05/13

【書籍・動画】『アメリカの社会主義者が日米戦争を仕組んだ』(馬渕睦夫著/KKベストセラーズ)

公開:2019-05-13 21:40:57  最終更新: 2019/05/13 22:33  

掲題の本は1年以上前に読んだのですが、少し確認したいことがあって部分的に再読したので、覚え書きを兼ねて書評のようなものを書いておこうと思います。

また、著者がこの本の一部を解説している動画があることを思い出したので、併せてご紹介します。

 

サブタイトルに「『日米近代史』から戦争と革命の20世紀を総括する」とあるように、1912年のウィルソン大統領(第28代)の就任、即ち、第一次世界大戦(2014年~)、ロシア革命(1917年)の頃から、その戦後処理、支那事変(=日中戦争/1937年~)、大東亜戦争(太平洋戦争)の開戦までを時系列に解説しています。

 

元駐ウクライナ大使の馬渕氏の本の特徴は、当時の人物の回顧録などを丹念に読み、行動の真意を探り当て、ジグソーパズルのピースを組み合わせるようにして歴史を再構築している点です。

再構築、と書きましたが、教科書に書いてあるような歴史がいかにGHQ史観に基づき、都合の悪い事実を隠して、“日本の悪行”を誇張しているか...。

つまり、「事実を繋ぎ合わせると、本当はこういう歴史だった」というものを馬渕氏は提示してくれます。

 

 

 




上記の本の内、右の『今こそ中国人に突きつける 日中戦争真実の歴史』(黄 文雄著/徳間書店/2005/6/30)は馬渕氏の本を読んだあと、読みたくなったので注文した本の覚え書きと掲載しました。黄氏は台湾人ですが、日本語世代で、これ以外にも著作は多数で、おそらく同様の内容としては『中国・韓国が死んでも隠したい 本当は正しかった日本の戦争』があり、最近では昨年『世界を変えた日本と台湾の絆』(2018/9/22)を上梓されています。

馬渕大使の本に関して内容以外のことを少し書くと、口語体(語りかけるような文体)で書かれており、読みやすいと思います。また、全体に装丁が簡素なものが多くて安い(千円前後の本が多い)ので、内容の割に“お得感”があります。

 

* * * *

 

馬渕氏は、アメリカの「国体」、というか巷間言われる「建国の精神」が変わったのはウィルソン大統領(Wood‧row Wilson/在任期間:1913–1921)の時代と見ています。

この時に、アメリカのエスタブリッシュメント(支配階級)がWASP(ワスプ/White Anglo-Saxon Protestant=「アングロサクソン系白人プロテスタント」)から一部の社会主義者(※)に変わったからです。

 

※ここでいう「社会主義者」は、マルクス主義者、共産主義者とほぼ同義です。国境を越えた支配を目論むという意味では「グローバリスト」となります。また、彼等がある国で政権を動かす陰の実力者となるとき、「ディープステート」と呼ばれます。

 

その社会主義者とはユダヤ系の大金融資本家が中心で、ウィルソンの頃から豊富な資金力を元に、「金融」はもちろん、「メデイア」や「司法」を徐々に掌握していきます。

彼等は「キングメーカー」として絶大なる力を持つのですが、その方法は、「マイノリティの地位を向上させることによってWASPを権力の座から引きずり下ろした」のだと、ポーランド生まれの国際政治学者であったズビグニュー・ブレジンスキーが著書、『孤独な帝国アメリカ 世界の支配者か、リーダーか』(原題:The Choice/2005年・朝日新聞社)に書いているそうです。ちなみに彼もユダヤ人です。

彼等が白羽の矢を立てたウィルソンをどのように操っていったのかは、以下の動画で著者が語っています。

 

 

下の画像は、以前この動画を観ながらノートに描いた図を参考にざっくりとした図にまとめたものです。

 

Wilson01

 

少し補足しますが、「グローバリズム」と「シオニズム」(パレスチナにユダヤ人国家を建設しようとする運動=民族主義)と、一見相反する思想・主義が出てきます。馬渕氏の説明によると、ユダヤの預言者(宗教的指導者)にはこれらを説く者が交互に現れていたそうです。

 

ちなみに、ブログ主の手元にある受験用のまとめ参考書で、丁度上の図に該当する「第一次世界大戦と日本」という項では、以下のような要約がなされています。

 

ヨーロッパ列強間の帝国主義政策が対立し、1914年、第一次世界大戦に入ったが、日本は日英同盟を理由に参戦してドイツの権益を奪い、列強の間隙をぬって二十一カ条の要求を中国に突きつけて侵略政策を露骨にし、中国民衆の排日運動に火をつけた。

 

なんという自虐史観...

 

動画で解説されるのは『アメリカの社会主義者が日米戦争を仕組んだ』では第1部の途中までの内容です。

 

序 章 【米露に対する「安倍外交」の真髄】
世界は日本に期待している!

  • アメリカの「対露制裁解除」の鍵を握る安倍外交
  • 「中国の暴走」を抑えるには、ロシアを味方にせよ 他

第一部 【ウィルソン大統領時代のアメリカ】
アメリカはなぜ日本を「敵国」としたのか

  1. 「日米関係」の歴史 
  2. アメリカの社会主義者たち 
  3. 日米対立へ  ←ここまで
  4. 「共産ロシア」に対する日米の相違
  5. 人種差別撤廃と民族自決
  6. 運命の「ワシントン会議」

第二部 【支那事変の真相】
アメリカはなぜ日本より中国を支援したのか

  1. 狙われた中国と満洲
  2. 「西安事件」の世界史的意義
  3. 中国に肩入れするアメリカ

第三部 【ルーズベルト大統領時代のアメリカ】
アメリカはなぜ日本に戦争を仕掛けたのか

  1. ルーズベルト政権秘話
  2. 仕組まれた真珠湾攻撃
  3. 日本を戦争へ導く「マッカラム覚書」

終 章 【これからの日米関係】
グローバリズムは21世紀の「国際主義」である

 

 

一般に日米開戦、即ち、大東亜戦争の始まりは真珠湾攻撃(1941年12月8日)とされていますが、著者は、その火種となったのは「ワシントン会議」(1921年)と言います。下は広辞苑の解説ですが、著者によると、ヴェルサイユ講和会議で日本を封じ込めることができなかった報復だそうです。

 

ワシントン‐かいぎ【ワシントン会議】 ‥クワイ‥
第一次大戦後の1921年11月~22年2月、ワシントンで開かれた海軍軍備制限問題および極東・太平洋問題に関する国際会議。イギリス・アメリカ・フランス・イタリア・日本の海軍主力艦の制限が約され、九カ国条約・四カ国条約が成立、日英同盟は廃止

広辞苑 第六版 (C)2008 株式会社岩波書店

 

特に「中国に関する九カ国条約」は、この後、これを盾に、日本の中国における権益を悉く邪魔し、20年代は更にアメリカ国内で排日運動が起こります。アメリカ、というよりも、アメリカのディープステート(国家内国家)はじわじわと日本を開戦へと追い詰めていくのです。彼等の目的は「中国の共産化」でした。

その目的のためには、日本が邪魔だったのです。

こうしてみると、アルカイダ然り、IS然り、アメリカが育てたものは必ず自分達の敵となって返ってきています。

 

アメリカでは「民主党」であろうと「共和党」であろうと、動かしているのはディープステートです。しかし、それと戦う大統領がトランプ氏だと馬渕氏は言います。少数ですが、このような見方をしている方は他にもいらっしゃいますが、日本の大手メディア、NHKや朝日新聞は元より、読売も反トランプですし、産経ですら怪しいものです。ましてや、テレビは言わずもがな。

アメリカではFOXニュースのようにトランプ側のメディアもありますが、ほとんどが反トランプで、日本のメディアはその尻馬に乗っています。

ロシアゲートはまるで日本のモリカケ(森友、加計問題)だし、少し前は、トランプ氏が連邦最高裁判所判事に指名したブレット・カバノー氏を何十年も前のあやふやな証言で徹底的に叩いていましたが、日本ではCNNに代表される反トランプメディアの情報を垂れ流していました。

 

カバノー氏の話題では動画で連邦最高裁判所判事の構成に触れていましたが、ついでにリストを掲載しておきます。

 

Brettkavanaugh

 

追記:その他のおすすめ動画

故渡部昇一氏と馬渕大使の対談です。

 

【大道無門】馬渕睦夫と国難の正体を暴く[桜H25/5/24]

司会:渡部昇一(上智大学名誉教授) ゲスト:馬渕睦夫(元駐ウクライナ大使)

 

下は、馬渕大使の「ひとりがたり」シリーズ同様、林原チャンネルの動画ですが、支那事変の頃の歴史理解に役立ちます。

 

ノンフィクション作家・河添恵子#7-1★アメリカ左派と中国の密接な繋がり / キーマンは陳香梅とキッシンジャー

ノンフィクション作家・河添恵子#7-2★客家人・サスーン・蒋介石の時代〜20世紀の中国とアメリカ〜

 

陳香梅という女性は英語名をアンナ・シェンノートといい、夫は支那事変のフライング・タイガース(中国国民党軍を支援したアメリカの義勇軍)のクレア・シェンノート少将。2018年3月まで存命で、ホワイトハウスに出入りしていた大物チャイナロビーイスト。キッシンジャー(Henry Alfred Kissinger)は中国と非常に近い人物で、彼もドイツ系ユダヤ人です。

サスーンというのはユダヤ財閥で、蒋介石とも近く、英ロスチャイルド家の代理人。日本はシナと戦っていると思っていました(=そのような歴史として教えられて来ました)が、実は米英との戦争であり、大東亜戦争は既に始まっていたのです。

 

 


 

 

 

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