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【国際】韓国・関東大震災

2023/09/03

【関東大震災】『朝鮮日報』も ”みずほ” グループ? またも記事になった「電信文」

みずほグループと言っても金融機関ではありません。

社民党の福島瑞穂議員が ”発見” した内務省警保局〔現在の警察庁〕の電信文を様々なメディアが使い回している事を前回のエントリーでご紹介しましたが、今度は『朝鮮日報』が記事にしました。

発見と言っても、福島瑞穂はその文書が存在している事を知っていて国会で確認しただけだし、そこに書かれていた韓国人の暴動や放火の企図は今となってはどこまで事実だったのかはもはや検証ができません。

問題はそれが内部文書であり、勝手に傍受して記事にしたのは新聞。

 

で、『朝鮮日報』ですが、韓国内では最も保守で、読者も比較的冷静な方が多いのですが、基本的に韓国メディアは反日。特に、日本在住の特派員にその傾向が強いのです。

新たに、こんな記事もありました。立憲民主党 杉尾秀哉議員のインタビュー記事です。

https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/09/01/2023090180175.html
関東大震災100年:立民・杉尾秀哉議員「喉に刺さったとげを放置したまま真の日韓和解は困難」
2023/09/03
「関東大震災100年…埋もれる朝鮮人虐殺」

 

情報源はこんなのばっかり。

そして、以下の記事は、例の「電信文」です。

何度も繰り返しますが、過剰防衛などで無辜の朝鮮人が殺されたこと、それが数百人単位である事を否定する者はいません。

しかし、その原因を流言飛語だけにしようとする韓国側(日本人も含まれます)、且つ、6,000人という数字を否定しようものなら、「虐殺を否定した!」と論点をすり替えてヘイトだレイシストだと罵声を投げる輩。こういう人達に反論しているだけです。

 

* * * *

https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/09/01/2023090180159.html
関東大震災100年:日本の警察、1日夕刻から「朝鮮人が殺人・放火」と流言飛語をばらまいた
2023/09/02

戒厳軍、翌日から朝鮮人の殺害を始める
日本の一部メディアもフェイクニュースに加担

1923年9月の関東大震災当時、「朝鮮人が混乱に乗じて攻撃してくる」という流言飛語は急速に広まり、その中心には日本政府と軍・警察がいた

9月1日午前11時58分、マグニチュード7.9(推定)の大地震が東京・横浜など関東地方を襲い、10万人を超える人命被害が発生した。日本政府は、国民の不満を他にそらす工作を展開し始めた。山田昭次・立教大学名誉教授の研究によると、地震が起きた1日の夕刻から、日本の警察は「朝鮮人が殺人・放火をしている」という流言飛語をばらまいた

 翌2日、うわさは一段と急速に広がった。「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「産業施設を破壊している」「略奪・暴行までやっている」という根拠のないうわさが、日本の軍人・警察官によって広められた。故・姜徳相(カン・ドクサン)在日韓人歴史資料館長は生前、9月2日午前10時の時点で一部地域の警察署長は「朝鮮人は殺してもよい」と公々然と発言していた、と明かした。

2日午後6時に戒厳令が宣布され、内務省警保局長後藤文夫の名義で「朝鮮人が各地で放火しており、爆弾を所持して石油をまく者がいるので厳しく取り締まるべき」という電文が全国に発せられた。実弾を持った戒厳軍が出動して東京や千葉などで朝鮮人を殺害し、退役軍人などからなる自警団が各地で組織され、街頭を闊歩(かっぽ)してほしいままに虐殺を行った。

※「全国」とわざと曖昧に書いているが、公開文書ではない。また、以下はどこまでがフェイクかは不明。

 軍・警察の電文を根拠に、一部メディアが作り出した「フェイクニュース」もまた、流言飛語の流布に加担した。『関東大震災「虐殺否定」の真相』の著者で元朝日新聞記者の渡辺延志氏の研究によると、9月3日発行の大阪朝日新聞は「朝鮮人が爆発物を持って石油缶を運び、放火しようとしている」と報じた。これは、同日午前に千葉県の海軍送信所から発信された電文によるものだった。4日付の名古屋新聞は「朝鮮人が列車爆破計画を自白した」と報じたが、その後、この事件に関する記録は全くない。

 「朝鮮人暴動」の実体が明らかになると、日本政府は5日に臨時震災救護事務局警備部名義で「(朝鮮人が暴動を起こしたという)風説を徹底的に取調べ、之を事実として出来得る限り肯定することに努むること」という奇怪な決定を下した。自分たちがばらまいた流言飛語が事実であるかのように捏造(ねつぞう)し、虐殺の責任を隠蔽(いんぺい)しようというのだ。

しかしその後、司法省の調査で放火・殺人・強盗・強姦(ごうかん)などを働いたとされる朝鮮人120人のうち115人は「姓名不明」であって、残りは「所在不明」「逃亡」「死亡」だった。うわさの実体は全く存在しなかったのだ。

鄭在貞(チョン・ジェジョン)ソウル市立大学名誉教授は「今の日本で、ほとんどの良心的な人は『朝鮮人暴動』が捏造されたものだという真実を理解しているが、一部の極右勢力は依然としてあれは事実だったと主張する」とし「関東大震災のフェイクニュースがまだ流布されているということ」と語った。

 

 

  


 

 

 

2023/09/02

【関東大震災】朝鮮人殺害を国家責任にして新たな歴史問題にしようと画策する福島瑞穂と反日ネットワーク

まずは、韓国KBSの報道番組の動画をご紹介します。ここに社民党の福島瑞穂参議院議員が登場します。(23:58~)

 

 

福島瑞穂「9月3日の時点で、朝鮮の人達が爆弾を所持したり、石油を注いで放火をしている者がある、と。だから、東京都下に於いて『戒厳令』を敷いた。まさにこれが、大きな虐殺の原因になった。という風に思っています。」

 

戒厳令が出たから虐殺が起こった?

論理に飛躍がありますが、それもそのはず、彼女は肝心なことを隠しているからです。

戒厳令が出される前に、内務省警保局、現在の警察庁ですが、そこから各地方長官に電信文が送られ、それを傍受した新聞社がそこに書いている朝鮮人の犯罪行為を含めて記事を書きました。

そこに誤報が含まれていようと、電信文はあくまでも内部文書であり、それを傍受して広めたのはマスコミなのです。

内務省もデマが拡散されている事に気付きますが、既に新聞が報じた後であり、それ以前から感じていた朝鮮人に対する反感や恐怖も相まって、また、現実に略奪などの犯罪も起きたこともあるでしょう。流言飛語の要因の一つとなったのです。

戒厳令そのものは関係ありません。

 

この電信文の事は、議事録のリンクを貼っておきますが、6月15日の参議院法務委員会で福島瑞穂議員が質問しています。

 

「内務省、つまり日本政府がデマを広めて虐殺が起きた」という構図で日本政府の責任とし、新たな日韓問題の火種を作る意図があるためと思われます。

 

そして、この質疑を報道したのは『共同通信』です。

この記事を受けて検証なさったのは「X」でNathanというアカウント名の方です。これでブログ主は、新聞社が電信文を傍受して記事を書いたことを知りました。ブログ内に通信文を傍受して書いた記事の画像があります。

 

そしてもう一人、東京新聞の望月衣塑子記者が、松野官房長官 定例会見(2023年8月31日午前)で電信文について質問しています。

以下略ちゃん(@ikaryakuchan/午前9:06 · 2023年9月2日)さんのポスト(ツイート)に文字起こしされているので、一部をお借りします。

関東大震災の朝鮮人虐殺について。... 防衛省に保管されている公文書の中で大震災直後に内務省から全国に発信した電信文というのもあります。ここには東京付近の震災を利用する朝鮮人が各地に放火、現に東京都内で爆弾を所持し石油を注いで放火するものがあると、こういったような内容が記されているそうです。... 

これに対して松野官房長官は、以下のように答えます。

(存在は承知しているが)... その内容〔=朝鮮人の破壊活動や騒擾の企図〕について政府内に事実関係を確認することのできる記録が見当たらないものと承知をしております。

 

直接この ”反日スクラム” とは関係ありませんが、韓国メディアも、日本政府の謝罪を求める動きに出ました。

https://japan.hani.co.kr/arti/opinion/47721.html
[社説]関東朝鮮人虐殺100年を無視した韓日政府、恥を知るべき
2023-09-01
関東大震災当時に起きた朝鮮人集団虐殺から100年を迎える日が、韓日両政府の冷たい無視の中で過ぎ去った。韓日の市民による真相究明と謝罪を求める声に対し、両国政府は沈黙と無関心で一貫している。

 

尹錫悦政権の間は大丈夫かも知れませんが、今後もこの問題は ”火種” として残るかも知れません。

 

 

  


 

 

 

2023/09/01

【関東大震災】立憲民主党 杉尾秀哉議員が『朝鮮日報』に渡した証拠書類(?)とは

『朝鮮日報』が、"斎藤実文書に記録された「関東大震災当時の朝鮮人虐殺被害者813人」....” という書き出しである資料の画像を掲載しました。〔記事後述

立憲民主党の杉尾秀哉議員の提供による物です。

 

20230901_earthquake01
▲【図-1】『関東地方震災ノ朝鮮ニ及ホシタル状況』(朝鮮総督府警務局)

 

朝鮮日報が見せたのはこの画像だけですが、前回のエントリーの最後にご紹介した動画クラウドファンディングを呼びかける動画らしい〕にも杉尾氏本人が登場して、他の頁も示しながら説明をしています。

そこには表紙のコピーも映っていて、大正12年11月に朝鮮総督府警務局が作成した『関東地方震災ノ朝鮮ニ及ホシタル状況』である事が分かります。

探したのですが、この文書は見つかりませんでした。

 

20230901_earthquake02
▲【図-2】『関東地方震災ノ朝鮮ニ及ホシタル状況』表紙(朝鮮総督府警務局)

 

ここで、【図-1】をもう一度見てみると、表の項目名に「見込数」とあり、これは朝鮮総督府東京出張所が調査した、朝鮮人被殺者の見込み数だと分かります。

表の横にはこのように書かれています。〔漢字などを適宜現代的な表記に変更

>(3)処置
被殺鮮人死体始末は関係官警に於いて區々〔くく=まちまちになせるより、其の後、更に左記一定の方針の下に処置せれつつあるか〔が?、未だ遺骨引き渡しを申し出たる遺族なし。而して〔しこうして=また同時に〕これ等被殺者の遺族に対する慰藉方法其の他に就きては...

 

この資料は既に、以前のエントリーでご紹介した内閣府のサイト『1923 関東大震災【第2編】』の中の『第2節 殺傷事件の発生』というPDF文書で紹介されています。以下、途中で改段落して該当部分を引用します。

朝鮮人被殺害者数の全体について、朝鮮総督府の記録によれば、10月22日現在、内務省は「朝鮮人被殺人員」を約248名と把握していた。しかし、朝鮮総督府東京出張員はこれを前提に「内査したる見込数」として、東京約300、神奈川約180、埼玉166、栃木約30、群馬約40、千葉89、茨城5、長野3の合計約813名を挙げている(大正12年12月朝鮮総督府警務局,「関東地方震災ノ朝鮮ニ及ホシタル影響」,斉藤実文書,『関東大震災朝鮮人虐殺問題関係史料Ⅳ』影印)。内務省の把握が部分的であることは、当時の植民地官僚の目にも明らかだったのである。

その後、総督府は震災による朝鮮人の死者・行方不明者を832名と把握して、1人200円の弔慰金を遺族に支給した(大正13年6月,朝鮮総督府官房外事課,「関東地方震災時に於ける朝鮮人問題」,『現代史資料(6)』所収)。この際、死亡が災害の直接の結果か、殺傷事件によるものかは区別していない。しかし、日本人の死者、行方不明者へ一律で配布されたのが御下賜金の1人16円であったことと対比すれば、200円という金額は政府が朝鮮人の被災を特異なものと捉えられていたことを示している。

 

死亡が災害の直接の結果か、殺傷事件によるものかは区別していない」とは書いてありますが、大半は被殺者と見ていたのではないでしょうか。この数字に関して、『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』の著者、工藤美代子氏の算出方法を説明したと思われる産経の記事を引用します。

 

(33)震災後覆った無政府状態 「流言蜚語」による「虐殺」だったのか
産経 2013/11/17
p.2

まず「虐殺」された人数について、当時の内務省による公表では過剰防衛で殺された(罪のない)無辜(むこ)の朝鮮人は233人だ。
工藤氏〔※工藤美代子氏〕はさまざまな資料から、震災当時東京やその周辺に居住していた朝鮮人を約9800人と推測する。

※1920年の内地朝鮮人総人口(30,149人)に占める関東在住朝鮮人人口は2,989人で約9.9%、1925年が129,870人/20,335人/約15%である。震災のあった1923年は総人口80,151人なので9,800人なら約12%となり、妥当な数字だと思われる。

ところが後藤新平内務相による国会答弁によれば、自警団などの動きを見て日本政府が千葉県の習志野陸軍廠舎(しょうしゃ)などに収容・保護した朝鮮人は計6797人に上る。これと確かに殺害されたという233人を引くと残りは2700人あまりだ。
しかも日本人の死者との対比で震災で直接亡くなった朝鮮人も約1900人と推定されるから、虐殺の対象となったのは800人前後と見る。

工藤美代子氏の著書で死者・行方不明者の総計を2,700人と見積もっているが、1900+800の計算結果と一致する。

記事はこの後、「流言飛語ばかりではない」という話が続きます。

 

現代の感覚ではピンときませんが、殺害方法を見ると日本刀とかピストルが使われ、朝鮮人も武装しており、”殺(や)られたら殺(や)り返す” みたいな物騒な時代だったようです。

 

* * * *

https://www.chosun.com/international/japan/2023/08/24/P55KQBQO55CP3NDTM3UQUOUPWQ/
日정부 문서 “살해된 조선인 813명”...본지, 조선총독부 기록 확인
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/08/30/2023083080002.html
関東大震災100年:朝鮮総督府「殺害された朝鮮人813人」 日本政府文書で確認
2023/08/31
「関東大震災100年…埋もれる朝鮮人虐殺」

 1923年9月、関東大震災直後の朝鮮人虐殺に関連して、当時朝鮮総督府が内務省の集計を信頼せず、東京出張所の職員を通して被害者数を独自調査していたことが確認された。

 当時、内務省は朝鮮人被害者の数を231人と発表したが、朝鮮総督府は同年12月に独自の集計を行い、推定813人とする文書を残していた。文書には「神奈川県は追加調査中」という但し書きが付いており、朝鮮総督府ですら、控えめに見積もっても1000人以上だと認識していたものとみられる。

 8月23日に本紙は、杉尾秀哉議員(立憲民主党)のオフィスを通して入手した「斎藤実文書」(斎藤実が朝鮮総督を務めていた1919-27年、29-31年に記録された公式文書)を立教大学の宮本正明・立教学院史資料センター助教と共に検討した。宮本助教はおよそ10年前、早稲田大学在学時に国会図書館と共に斎藤実文書の整理を担当していた。

 「関東地方地震の朝鮮人現況」という資料は、「殺害朝鮮人数文書」で「朝鮮総督府の東京出張員が内偵した推定数は次の通り」と記す。東京はおよそ300人、神奈川県はおよそ180人、埼玉県は166人、千葉県は89人、群馬県はおよそ40人、栃木県は30人など、合計813人だった。この文書で併せて提示した内務省の集計には、虐殺の規模を縮小した痕跡が少なからずあった。例えば、朝鮮人虐殺が最もひどかった神奈川県の死亡者数はわずか1人と記録されている。

 斎藤実文書には、虐殺隠蔽(いんぺい)の状況を示す内容もあった。朝鮮総督府警務局が各警察署に送った五つの指針だ。「埋葬した死体は早く火葬すること」「遺骨は日本人・朝鮮人の区別がつかないように措置すること」「殺害された人で名前が確認され、遺族が引き渡しを申請する場合には遺骨を渡すこと」「遺族ではない者が引き渡しを申請するのであれば遺骨を渡さないこと」などだ。とりわけ、5番目の指針として挙げられた「起訴された事件で被害者が朝鮮人である場合は早急に、遺骨をきちんと分からないくらいまで処理すること」は、隠蔽措置と解釈できる。

 宮本助教は「隠蔽の証拠とみることができる文書」としつつ「当時は三・一運動の直後で、朝鮮総督府は、関東大震災の朝鮮人虐殺が伝えられて韓半島の日本支配を揺るがすのではと考え、懸念したものとみられる」と語った。朝鮮人虐殺問題を深刻な問題と認識した、というわけだ。文書には、朝鮮総督府が韓半島に朝鮮人虐殺のニュースが伝わることを防いだという「流言飛語対策」も含まれている。「日本で朝鮮人が虐殺された」という事実を伝えたせいで115人が、朝鮮総督府に流言飛語流布の容疑で捕まり、刑事処罰を受けたのだ。

成好哲(ソン・ホチョル)東京支局長

* * *

https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/08/31/2023083180002.html
韓国語:https://www.chosun.com/culture-life/relion-academia/2023/08/24/XCO276F7V5ELTBGEXYX7CBFHGU/
関東大震災100年:朝鮮人がどれだけ被害に遭ったか、公式調査がないため正確な数字分からず
2023/08/31

▲本紙が入手した「斎藤実文書」の一部。1923年9月の関東大震災当時、朝鮮総督府が独自に調査した朝鮮人虐殺被害者の見込数が813人(赤い円内)と記されている。/写真=成好哲・東京支局長〔前掲画像

 斎藤実文書に記録された「関東大震災当時の朝鮮人虐殺被害者813人」は、朝鮮総督府東京出張所で調査した虐殺被害者の数だ。当時天皇の直属機関だった朝鮮総督府が遂行した調査なので、最終的には日本政府の立場だとみることができる。

 しかしこの数字は、関東大震災当時、東京から発表されたものとは大きな差がある。司法省は、殺害された朝鮮人犠牲者の数を233人と発表し、内務省情報局は、朝鮮人死亡者231人、誤認された日本人死亡者59人と発表した。朝鮮総督府の調査と差があるのは、虐殺事件に対する日本政府の調査妨害や、隠蔽(いんぺい)工作を通した虐殺規模の縮小があったことの傍証とみられる

 韓国の学界では通常、当時虐殺された朝鮮人の規模を「およそ6000人」とみている。根拠は、1923年12月に上海臨時政府の機関紙「独立新聞」が報じた6661人という数字だ。これは、在日朝鮮人留学生を中心に結成された「在日本関東地方被災朝鮮同胞慰問団」が横浜、神奈川、埼玉地域を詳細に調査した結果だった。この朝鮮同胞慰問団が10月末まで調査した資料を基にしたものが、当時「中央公論」誌の編集者だった吉野作造の資料で、朝鮮人被害者は2613人だとした。

 東北アジア歴史財団のソ・ジョンジン韓日歴史問題研究所長は、在日歴史学者の故・姜徳相(カン・ドクサン)在日韓人歴史資料館長が「関東大震災当時、関東地方の朝鮮人居住者はおよそ2万人、行方不明になった人はおよそ9000人」と算定した点を根拠に「独立新聞で報じられた6661人という統計は実際の数にかなり近いだろう」と語った。姜徳相館長が算定した「行方不明者9000人」は、地震による被害者と、生活基盤を失って移住したり帰還したりした朝鮮人の、双方を含む数字とみることができる。

 ところで2013年、新たな資料と数字が出てきた。韓日近代史が専攻のカン・ヒョスク博士が、1924年3月のドイツ外務省の英文資料「Massacre of Koreans in Japan(日本における韓国人虐殺)」を分析した結果、当時虐殺された朝鮮人は実に2万3058人だというのだ。このうち、警察が577人、軍隊が3100人を殺害したと記録していた。しかしこの記録は、当時関東地方に居住していた朝鮮人の数と照らしてみると、かなり誤りを抱え込んでいる数字だという指摘がある。

兪碩在(ユ・ソクチェ)記者

 

 

  


 

 

 

2023/08/30

【関東大震災】韓国メディアの情報源は日本(日本人、日本在住の団体)

今年は関東大震災から100年目に当たるので、例年より多くの記事を目にしますが、韓国のメディアの報道を見ると、小池百合子都知事の、前任者まで送っていた追悼文を送らない〔※但し、「6,000人虐殺説」が書かれた石碑の前で行われる、朝鮮人だけを慰霊する式典の事〕という報道は、もう恒例にになっていますが、「日本発」という特徴があります。

→ブログエントリー:【関東大震災】朝鮮日報のコラム「韓国人虐殺を否定する小池東京都知事」

 

簡単に言えば、日本駐在の特派員が日本で取材し本国に記事を送る、という形で、取材対象者は偏った意見の持ち主です。

 

* * * *

https://japan.hani.co.kr/arti/politics/47509.html
韓国語:https://www.hani.co.kr/arti/politics/diplomacy/1103694.html
【ハンギョレ】「韓国政府は『関東大震災時の朝鮮人虐殺の真相究明』を日本に要求すべき」
2023-08-10

[インタビュー]新井勝紘高麗博物館前館長※東京都新宿区

>「100年たったからといって、関東大虐殺(関東大震災時の朝鮮人虐殺)で亡くなった方々の無念は消えたでしょうか。私はそうは思いません。むしろ、無念は強まりました。当時の朝鮮人虐殺問題は、100年がたった現在になっても、解決されたことは一つもありません。私は、韓国政府が今からでも日本政府に、当時虐殺された朝鮮人たちがどのように死んだのか、どこに埋葬されたのかを含め、虐殺の真相を明らかにする調査を要求しなければならないと考えています」

***

https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/08/25/2023082580175.html
韓国語:https://www.chosun.com/international/japan/2023/08/22/QTT6KAM6B5FMZOBEPUEHUUVUTM/
【朝鮮日報】関東大震災100年:「目撃者たちが亡くなると『虐殺はなかった』という主張が出てき始めた」
2023/08/28

  • 「関東大震災100年…埋もれる朝鮮人虐殺」
  • 荒川虐殺の証言を集めてきた「ほうせんか」の西崎雅夫代表

>「『ほうせんか』の運動を始めた1980年代には、『関東大震災当時、朝鮮人虐殺はなかった』と話にならないことを言う人は日本のどこにもいませんでした。東京のあちこちに目撃者が生きていたんです」。

***

https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/08/29/2023082980041.html
韓国語:https://www.chosun.com/international/japan/2023/08/24/3DZV2BBWENHAZPDXR232HSX6P4/
【朝鮮日報】関東大震災100年:「不逞鮮人が放火」…フェイクニュースに加担した文豪・芥川竜之介
2023/08/29

>日本を代表する小説家の芥川竜之介(1892-1927)は、1923年9月に起きた関東大震災当時、「朝鮮人が火事を起こした」という流言飛語を信じた。... 週刊朝日は「日本を代表する知識人の芥川すらも、何の根拠もなく流言飛語をある程度信じていたことに驚かざるを得ない」と記した。...

* * * *

 

2本の『朝鮮日報』の記事は成好哲(ソン・ホチョル)東京支局長のもので、下の記事は、芥川龍之介だけでなく、菊池寛や永井荷風も持ちだしています。

その上の記事に関しては、一般には、「(流言飛語や誤認によって)殺された朝鮮人は6,000人もいない」と言っているだけなのに、あたかも日本人が全否定しているかのような意見を紹介してます。当然、韓国語の記事の読者、即ち、韓国人はコメント欄で批判します。

朝鮮日報の読者は比較的冷静な部類の人達なのですが、一つのソース(この場合は、『ほうせんか』という団体)だけで判断しているので、平均的な韓国人のリテラシーは推して知るべしと思った方がいいです。

言論の自由があるので、彼等の発言を止めることはできませんが、日本人は正しい情報を得て、理論武装する必要があると思います。

 

他にも、動画(TVドキュメンタリー番組の広告ですが、立憲民主党 杉尾秀哉議員元教員の山本すみ子さん(84)という方が出てきます。この番組は8月31日に放送されるようです。〔予告動画:OBS京仁テレビ(8月31日夜9時) - 100年の真実、関東朝鮮人虐殺 予告

https://www.tokyo-np.co.jp/article/266679
【東京新聞】<かながわ未来人>関東大震災時朝鮮人虐殺の事実を知り追悼 神奈川実行委員会代表・山本すみ子さん(84)
2023年7月31日

>横浜市の小学校教諭だった一九七三年、大震災五十年に際して市内の状況を調べようと図書館に足を運んだ。震災当時の子どもたちの作文に虐殺の記述が多数あることに驚き、まずは教師たちに知らせようと教職員組合にリポートを提出するなどした。

 

 

  


 

 

 

2023/08/23

【関東大震災・慰安婦問題】韓国の市民団体が日本の国家責任を追及、その後水曜集会を主催

韓国の市民団体が在韓日本大使館が入居するビル前で関東大震災の朝鮮人虐殺に対するデモを行ったそうです。

ただ、ブログ主が注目するのは、関東大震災ではなく、慰安婦問題の方です。

彼等は、日本大使館前での集会を終了すると、水曜集会を行ったそうです。

以下、『聯合ニュース』の記事です。

 

* * * *

https://m-jp.yna.co.kr/view/AJP20230823001900882
関東大震災の朝鮮人虐殺 韓国団体が日本の国家責任追及
2023.08.23 14:34

韓国の市民団体や宗教団体などが参加する「関東虐殺100周忌追悼事業推進委員会」は23日、ソウルの日本大使館前で記者会見を開き、日本政府に対し関東大震災の際に発生した朝鮮人虐殺の国家責任を認めるよう求めた

 同委員会は「日本の議会で何度も関東虐殺事件に対する国の責任を追及したが、日本政府は全責任を日本自警団に転嫁し、100年間何の関係もなかったかのように破廉恥な行いを見せてきた」と批判した。

 委員会は続いて、この日正午から開かれた旧日本軍の慰安婦問題の解決を求める「水曜集会」を主管した

 集会では日本政府に対して慰安婦被害者への謝罪と賠償を求めるとともに、関東大震災の朝鮮人虐殺について国の責任を認めるよう要求した。

 1923年9月1日に発生した関東大震災では「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「放火する」などのデマが広がり、朝鮮人や中国人が自警団や警察、軍人によって殺害された。大韓民国臨時政府の機関紙「独立新聞」は当時、在日朝鮮人6661人が犠牲になったと報じた。

* * * *

 

この記事でも分かるように、現在の「水曜集会」は、もはや挺対協だけでは維持できず、毎回、キリスト教団体とか、仏教団体、民主労総(労働団体)などが持ち回り?で主催しています。

しかも、時には原発処理水放出反対など、慰安婦問題とは関係無いテーマで日本を批判する事もあります。

つまり、慰安婦問題はこじつけに過ぎず、単なる活動家による反日集会になっているのです。

時々は教師に引率された子供も参加し、先週(8月16日)などは、世界ジャンボリーの為に来たスウェーデンの隊員が参加していました。

これは韓国メディアの報道で知ったのですが、この日、金柄憲所長やそのお仲間の皆さんは鬱陵島への遠征をしていたので、いつものような中継はありませんでした。

 

水曜集会のカウンターデモが方針転換の時季に来ていると思うのは、こういう点です。

道を挟んで「反日は精神病!」とか「尹美香(ユン・ミヒャン)を逮捕しろ!」とか叫ぶスタイルでは、彼等(水曜集会)に対する嫌がらせにはなるとは言え、慰安婦問題だけが目的では無いので、こたえないのです。

鬱陵島での集会は以前のスタイルに戻って、慰安婦問題の欺瞞などをスピーチする形式でした。皆さん、手慣れた物で、理路整然と慰安婦問題の欺瞞を説明するので、聴衆の中には理解してくれた人もいたそうです。

今日は雨の予報だったので始めからカウンターデモは中止して、金柄憲所長による教科書の問題点の講義(勉強会?)でした。こうした形式も今後は織り交ぜていく方が良いのではないかと思います。

 

 

  


 

 

 

2023/08/19

【関東大震災】(3)朝鮮人・日本人双方が被害者であり加害者【横浜寶生寺の朝鮮人慰霊碑の嘘】

本題に入る前に、小池百合子都知事が追悼文送付を取りやめたいきさつなどが分かったので簡単にご紹介します。

評論家の篠原章氏の2021/08/29付けのブログに書かれている事です。

 9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会(韓国系親北朝鮮組織である日朝協会東京都連合会と日本共産党系の日中友好協会東京都連合会などで構成)が現在の追悼式典の主催者ですが、碑は1973年に製作され、都に寄贈されて、墨田区の都立横綱町公園にあります。

小池都知事が2017年から追悼文送付を止めたのは、同年3月2日の自民党 古賀俊昭都議の質問によるものです。

 

20230819_20170302_togikai

 

* * * *

 

上記質問から数字を拾うと、

  • 震災での死者・行方不明者: 2,700人 
  •  内、「防衛あるいは報復」による殺人: 800人(cf. 弔慰金対象者:832人
  •  誤認による犠牲者: 233人(cf. 内務省公表:248人

cf. 国内全体の死者・行方不明者:約10万5千人

 

ということになります。

なお、古賀都議の質問では、1920年(大正9年)の被災地の朝鮮人の人口(埼玉、千葉、東京、神奈川)は3,385人となっていますが、以前のエントリー掲載した表では2,617人と、誤差があるようです。表ベースですが、全国の朝鮮人は、1920年と23年とでは、30,149人→80,151人と大幅に増えているので、関東1府3県でも1万人程には増加していたと思われます。

下は震災の約4ヵ月前、大正12年4月24日頃の『大阪毎日新聞』ですが、3月迄に2万7千人が内地に渡来して、先にに土着していた朝鮮人の中には「来ても、首をくくる木はあっても、金のなる木はないぞ」とわざわざ釜山まで立て札を立てに行ったなどと書かれています。

 

 

以前ご紹介したように、当面は纏まった数の朝鮮人を呼び寄せるなと特高警察が自治体などに通達するのは5月半ばです。

 

◆一般の朝鮮人は順良

800人の殺人が正当なものとは言えないかもしれませんが、相応の理由があったと思わせる記事をご紹介します。地震から50日程経った10月21日付け読売新聞です。

 

 

これを読むと、「当局が10月20日迄新聞を差し止めていたので、書けなかったが」と前置きをして、「一般鮮人は概して順良であったと認め得るが、一部不平の徒があって幾多の犯罪を敢行したのは事実である」と書いている通り、略奪や放火、強姦、凶器などの携帯といった犯罪があったようです。

 

◆公式震災史には曖昧にされている

過去のエントリーでご紹介した『大正震災誌』(大正15年/内務省)や『大正大震火災誌』(大正14年/警視庁)では、概ね、「流言飛語により、危害を加えられそうになった朝鮮人を保護した」という書き方で、具体的な日本人・朝鮮人双方による犯罪については書いていません。

これは、隠蔽と言えば隠蔽かもしれませんが、内鮮融和の妨げになると言う判断ではなかったかと想像します。

 

一例として、横浜(横浜刑務所のあった根岸付近)の例を挙げます。

以下は『横浜市震災史 第4冊』で、国会図書館デジタルアーカイブには1~3冊までしか公開されていませんが、それらが大正15年(1926年)出版なので、恐らく第4冊も同年の出版ではないかと思います。〔横浜市のサイトにてDL可〕

 

20230819_earthquake08

 

冒頭、わりとあっさりと書いていますが、

震災直後に於ける鮮人の最も不良性を有するものは戸塚隧道〔(ずいどう)トンネル〕工事に従事せる200名、横浜刑務所〔※現在の根岸駅近く〕より解放せられし4,500〔※全934人なので約半数が朝鮮人であった事になる〕のものにして、主として横浜市西部高地森林内に在りて諸所に不正行為を為したるの形跡ありしも、一般市民の鮮人に対する反感大なると、当局の監視厳重になるとのため、逐次遠方に離散せんとする傾向を生ぜしと...

と、朝鮮人による不法行為があった事を示唆しています。

一方、善良な朝鮮人に危害が加えられるのを防ぐ為、

約500名を集合せしめて汽船『華山丸』に収容...

したとも書かれているので、日本人による過剰な防衛、攻撃があった事も想像させます。しかし、具体的には書いていません。

 

当時、横浜刑務所辺りで起きた事を調べてみたのですが、実際に前掲の読売新聞のような事が起きており、報復か防衛か、はたまた過剰防衛か、日本人による殺傷事件も多数起きていました。解放された囚人は救護活動を良くしたとか、囚人が朝鮮人に襲われている女性を救った、等という証言もありました。 〔国立公文書館 アジア歴史センター『大正12年 公文備考 変災災害附属 巻12』・・・戦後押収されて、昭和33年3月に返還された文書

→「第三章 神奈川県方面に於ける不逞鮮人及び社会主義者の行動」に書かれた証言(No.600~603を合成)

 

※横浜の宝生寺(寶生寺)にある朝鮮人慰霊碑を見て、一方的に罪悪感を覚える日本人は、事実を知って欲しい。

 

どちらかが一方的な加害者/被害者ではありません。

 

* * * *

 

多くの公式の震災史は2~3年後に書かれています。

関東大震災が起きた1923年9月1日の頃は、1919年3月1日にソウルで始まり、地方にも広がった「3.1独立運動」(実際は暴動)からまだ4年しか経っていません。この暴動のきっかけの一つは日本に住む留学生が発表した「2.8独立宣言」です。

しかし、それから6年程経って朝鮮半島でも落ち着きを見せ、内地の朝鮮人も内鮮融和運動をしているのに、今更、古い傷をえぐるような事は書かずに済ましたのだろうと言うことは、十分考えられます。

 

「水に流す」国民性の日本人の気持ちは、「恨」の国の人達には伝わらないでしょう。だからこそ、「過剰防衛による虐殺(殺害)はあった、しかし、6,000人は根拠に乏しい」という事は言い続けないとならないと思いました。

 

 

  


 

 

 

2023/08/17

【関東大震災】地震発生10日目から在京朝鮮人が復興ボランティア活動開始

下記記事『鮮人「只(ただ)で働く」』は以前のエントリーからの転載です。

これについて、『大正大震火災誌』〔1925年(大正14年)警視庁 出版〕に詳しく書いてあったので、それをご紹介します。〔コマ番号:363、364/pp.487~489〕

記事の「九日」とは(1923年)9月9日の事で、詳細は後述しますが、10日目から朝鮮人の有志100余名が瓦礫の片付けなどのボランティア活動を開始します。これを新聞で発表するなどして、地震発生後2週間くらいで人心も落ち着きを取り戻したようです。

 

 

【P.487(左側)】「第五章 治安保持/第五 内鮮人間の融和措置」

これ以前に危害が加えられる恐れがあるとして朝鮮人を保護した事が書かれていますが、緊急の課題として、一般人の誤解を解く必要があると、宣伝をしたり、流言の取り締まりに苦心しますが、朝鮮人の真情を内地人(日本人)に知って貰おうと、9月4日、「相愛会」〔内鮮融和運動を行っていた朝鮮人の団体。詳細は以前のエントリー参照〕の李起東 会長と朴春琴 副会長を本庁に呼び、社会奉仕活動をしたらどうかと提案します。2人はこれを大いに喜び、快諾します。

翌日(5日)、立山係長が東京市役所に赴き、作業区域や指導方法、用具の貸し出し等相談し、戒厳司令部にも行き、作業する朝鮮人の保護も依頼します。更に10日...〔次ページに続く〕

 

Pp486_487

 

【P.488、489】

正力官房主事は朝鮮人保護について、各警察署長に通達します。

こうして手はずが整い、作業に当たる120名の朝鮮人を日本橋の日鮮企業株式会社に収容して相愛会事務所として、上野・両国の駅付近の路面整理を行った所、極めて優秀でした。これを新聞で発表したところ、一般民衆も彼等の好意を喜んで、感情も和らぎ、彼等に対して不穏な行動に出る者もありませんでした。

次に、朝鮮人の雇用を心配します。もし、雇用主が彼等を解雇すると窮状に陥るからです。そこで、13日、正力官房主事は警察署長宛てに、彼等が解雇されることが無いよう、また、移動させないようにして人心の安定を図るべく通達を出します。

震災後2週間も経つと人心もようやく安定して、朝鮮人に対する誤解も次第に消えていきました。

 

Pp488_489

 

 

  


 

 

 

2023/08/16

【関東大震災】朝鮮日報のコラム「韓国人虐殺を否定する小池東京都知事」

表面的な融和ムードなど、韓国人の歴史観が変わらないと脆いもの、と感じさせる『朝鮮日報』のコラムをご紹介します。まあ、この記事(こういう論調の記事)を読んだ後ならしかたがないかもしれませんが、案の上の反応です。ちょっと刺激されると、本音が出るのです。

何にせよ、韓国人は未だに「6000人大虐殺」を信じています。

 

* * * *

https://www.chosun.com/opinion/taepyeongro/2023/08/16/DHLHDOIRNZGJVI4UHYC6JVBH4U/
[태평로] 한국인 학살 부정하는 고이케 도쿄도 지사
[太平路]韓国人虐殺を否定する小池東京都知事

今年で関東大震災100周年
毎年送っていた追悼文も断ち切り
韓国学校移転も白紙化させて
日本の知識人が嫌韓を阻止すべき
イ・ハウォン 論説委員

日本で毎年9月1日は、日韓関係に関心を持つ日本人が恥ずかしく思う日だ。100年前、この日に発生した関東大震災で6000人以上の韓国人が無残に虐殺された。朝鮮人が井戸に毒を入れた」という流言により、「不逞鮮人」と呼ばれた朝鮮人が無残にも槍に刺されて殺されました。あまりにも悲惨な光景に、日本人作家秋田雨雀は関東大震災発生2週間後に緊急発表した「死の都市」で嘆いた。「人間を人間と思わない私たち日本人はいったいどんな教育を受けてきたのだろう」。

当時犠牲になった韓国人を追悼する行事が1970年代から毎年開催されてきた。この追悼式には極右の石原愼太郞をはじめ、歴代東京都知事が欠かさず追悼文を送り、犠牲者を慰めた。言葉では言い表しがたい虐殺に比べれば、とても小さな追悼といえる。このような伝統は2017年から中止された。2016年に小池百合子都知事が就任してからだ。 彼女は就任初年度を除いて、韓国人犠牲者のための追悼文の送付を毎年拒否した。日本の歴史が記録した虐殺をまったく否定する。今年初め、東京都議会で関東大震災時の朝鮮人虐殺に関する質問に対し、「何が明らかな事実であったかについては、歴史家が研究して明らかにすべきこと」と答えた。

小池知事は、保守傾向の読売新聞が昨年6月に「関東大震災100年の教訓」というタイトルの企画記事で歴史的事実を思い出させたが、要領を得ない。同紙は「流言飛語に接し、各地で自警団を結成し、在日朝鮮人を手当たり次第に縛り上げて暴行し殺害した」と明記した。今年、虐殺100周年を迎え、最低限の問題意識を示したものだ。

小池氏の嫌韓は根深い。小池氏は2010年代半ば、日本社会の右傾化の風に乗って当選した際、「第2韓国学校設立計画の白紙化」〔※〕を公約に掲げた。 彼の前任者である舛添要一知事が朴槿恵大統領の要請で東京韓国学校の拡大移転を手伝ったが、右翼の標的になり落選すると、極右政策を取った。小池氏が当選した後の最初の一声が、韓国学校に都有地を有償賃貸する決定を取り消したことだった。

※産経:白紙撤回の韓国人学校貸与予定地、住民が嘆願書「都民のために有効活用を」 小池百合子知事「都民ファーストで考える」
2017/1/26
>舛添氏が平成26年7月の訪韓の際、朴(パク)槿恵(クネ)大統領から増設への協力を求められて快諾。昨年3月、韓国政府に有償で貸し出す方針を発表した。その後、待機児童問題などを背景に、都には「都有地は都民のために使うべきだ」などの批判が多く寄せられた。こうした声を受けて、小池氏は知事就任後、方針を白紙撤回していた。

 

東京特派員として働いていた2020年7月、東京韓国学校を訪問して取材したとき、小池氏は本当に悪いことをしたと思った。新宿にある韓国学校は小中高の韓国人学生1400人が通っていますが、施設と敷地は言うまでもなく劣悪でした。運動場が狭く、サッカーは絶対禁止。教室が足りず、本館地下の会議室を改造して使っていました。日差しがほとんど入らない地下の教室に机と椅子がぎっしりと並んでいた。地下室特有の嫌な臭いが鼻を突いた。まるで地下の倉庫から出てきたような感じだった。取材を終えて、ソウル日本学校が2010年に上岩洞の最新ビルに移転できるようにしたソウル市に敬意を表した。日韓間に何があっても、韓国に来ている日本の青少年の教育を妨害する「幕引き行政」をしないことに安堵したというか。

福島の汚染水問題でも明らかになったように、小さな隙があれば反日に結びつけようとする勢力が韓国に存在する。いつでも竹槍歌が再び歌われ、「NOジャパン」運動が起こりうる環境がまだ残っている。このような時、日本の影響力のある政治家が歪んだ歴史観で韓国人の胸を抉り、韓国の青少年を劣悪な環境に放置すれば、韓国の反日勢力が蔓延することは必至だ。関東大震災100周年を起点に、過去の葛藤を繰り返さないために、日本の良識ある知識人たちが動いてくれることを望み、希望し、祈る。

* * * * 

 

訳しませんが、『朝鮮日報』は今日(8月16日)付社説では、前日の尹錫悦大統領の演説を引いて、「韓国大統領が度量の大きさを示したのだから、日本が応える番だ」なんて上から目線の事を書いていますw

https://www.chosun.com/opinion/editorial/2023/08/16/5MY5ZGJLGNBVRKNRJROAW3QRVY/
[사설] 8·15에 “한일은 파트너” 尹 이례적 메시지, 일본 호응 뒤따라야
[社説]8月15日に「韓日はパートナー」尹長官の異例のメッセージ、日本の反応が伴わなければならない

 

 

  


 

 

 

【関東大震災】朝鮮人6000人虐殺説を検証する(2)何故朝鮮人が流言飛語の対象になったか?

以下の数字は前回のエントリーから転記しました。「独立新聞」の6,661人という数字はもういいでしょう。公式な数字は以下の通りです。

  • 「内務省」公表:248(殺害された人数
  • 「弔慰金」対象者:832(死亡原因問わず

 

この数字は、例えばWikipedia『関東大震災朝鮮人虐殺事件』でも確認できますが、詳しい報告書が内閣府のサイトに『1923 関東大震災【第2編】』として掲載されています。

 

別の数字もあります。

内閣府の報告書、「第4章 混乱による被害の拡大」>「第2節 殺傷事件の発生」には以下の様な表があります。

 

20230815_earthquake03

 
右側の「司法省報告書掲載」の数字は立件(事件化)された死者数で、ここでは、「朝鮮人」被害者は234人です。

左の「戒厳業務詳報掲載」の数字は、略奪や暴行事件の最中に軍や警察、民間人によって殺されたと思われますが、これを全て正当なものとすれば「朝鮮人」はゼロ。不当な殺害と見なした場合、内、約200人は中国人との説があるので、朝鮮人は50人程~254人となります。

まとめると、234人~588人の範囲となります。

 

1.特に朝鮮人の身辺に危機が迫る

前回のエントリーでご紹介した『大正震災志』(大正15/1926年)上・下にも、流言蜚語(りゅうげんひご/流言飛語)によって疑心暗鬼になり、朝鮮人が襲われたと書かれています。例えば「下」(20コマ目)には「三 人心安定に対する措置」として、以下の様に書かれています。

二日以来、朝鮮人に対する流言蜚語盛んに行われ、一般鮮人の身辺が頗(すこぶ)る危険に迫っていたから、及ぶべきだけ彼等を一定の場所に収容して之(これ)を保護し、また、鮮人中不良分子の不法行為がないでもなかったが、多数の鮮人は決して不逞行動をなすものにあらざることを、張り紙・メガフォンにて宣伝し、遠く東北近畿地方にも部員を派遣して災害地の真相を伝え、世上〔=世の中〕喧伝する所の多くは流言蜚語であることを明らかにした。流言取り締まりに関する緊急勅令発布を見るに及んで、その取り締まり方針に関して、詳細に各地方長官に通牒し、その異議を開明した。また、新聞紙その他の出版物でこれら流言を敷衍〔(ふえん):広め及ぼす〕し、その他公安を害するものは、その都度之が(これを)発売頒布を禁止し、あるいは庁府県に、人心の安定に関する措置を講ずべきように移牒〔(いちょう):管轄のちがう他の役所に文書で通知すること〕するなど、あらゆる方法を執った。特別要視察人その他の容疑人物については、この際あるいは巧みに宣伝運動をなすの虞(おそれ/恐れ)なきを保()し難いので、特に厳密なる注意を払い、彼等をして混乱に乗じて不逞または不穏の行動に出ずる隙なからしむることに努めた。

 

これを読むと、当局は早々に朝鮮人の保護に動いたことが分かります。「上」(171コマ目)によると、「習志野に収容して保護を加えたるもの3,075名の多きに達した。」という記述があるので、一定の場所とは習志野の避難所のようです。

また、おそらくチラシのようなもので流言飛語を広げた者もおり、新聞も加担していたようです。

一方、朝鮮人とは限りませんが、監視対象となっている人物にも目を光らせていました。社会運動家であり無政府主義者の大杉栄とその妻、伊藤野枝〕が殺害された甘粕事件が有名です。

この事件の正当性は別として、大正時代は、「大正デモクラシー」などという美名で隠そうとしても、アナーキー(無秩序)な時代だった感は否めません。こういう時代背景は抑えておく必要があると思います。

※『青鞜』のメンバーであり、『青鞜』を潰した女性。余談だが、彼女のWikipediaの「大杉栄」の項を読むと、この時代の言論人のアナーキストぶり、性の奔放さの一端が分かる。〔現代の似非フェミニストを彷彿させる。〕

  

ところで、前述の内閣府の報告書の「第1節 流言蜚語と都市」によると、被害者が日本人か在日朝鮮人〔朝鮮系日本人だが、ここでは「内地に住む」という意味で便宜上こう記す。〕かは分かりませんが、「不逞鮮人と誤認して」とか「鮮人と誤認して」被害にあった事件が多数あります。後者は被害者は朝鮮人ではないのですが、相当数朝鮮人が襲われたと言わざるを得ません。上記引用部分にも、震災と関係無い東北地方や近畿地方でも朝鮮人が危険にさらされたようです。言い方を変えれば、それだけ日本人が朝鮮人を恐れていたと言う事になります。

 

20230815_earthquake04

 

2.なぜ、朝鮮人がターゲットにされたのか?

 2.1.在日朝鮮人の急増

後述しますが、朝鮮総督府は前年(1922年)から朝鮮人の渡航手続きを緩和し、朝鮮人は無審査で内地に来られる様になっています。恐らく、これで、今まで日本に来ていた朝鮮人、例えば留学生のような人々とは違った種の朝鮮人も多く入り込んだのだと思われます。

 

20230815_earthquake07

 

”大虐殺” があったのなら、何故1924年も変わりなく在日朝鮮人が増えているのでしょうか?

 

 2.2.朝鮮人による犯罪

そして、全く彼等による犯罪が無かった訳ではありません。

下記資料は「国立公文書館 アジア歴史資料センター」の『大正12年 公文備考 変災災害附属 巻12』の1つ、『一般雑件 其の2(7)』からの一部転載ですが、放火、強盗、強姦、殺人という罪状で立件された朝鮮人犯罪です。

 

20230815_earthquake06

 

 2.3.特高も警戒していた在日朝鮮人

また、下記は内務省警保局保安課『特高警察例規集』から転載ですが、「六、朝鮮人労働者募集に関する件依命通牒」として、大正12年5月14日付け「内務省警閣第三号」(警保局長より各庁府県長官宛て)を掲載しています。関東大震災の3ヶ月半前です。

 

 

簡単に言えば、前年12月に内地渡来に必要な「旅行証明書」制度を廃止したこともあり、変な輩が入り込んでくるので、当面、朝鮮人の団体募集を控えて下さい、という通達です。下に、分かりにくそうな所を補って文字起こししました。

近時朝鮮人の内地に渡来するもの漸次増加し、殊に客年〔=昨年〕12月に朝鮮総督府に置いて旅行証明書制度を廃止したる以来の増加著しく、内地経済界不振の際とて、彼等鮮人の多数は就職難苦しみ、浮浪無頼の徒を生ずるの傾向あるのみならず、往々にして社会運動および労働運動などに参加し、団体的行動に出でん〔=出よう〕とする傾向の特に著しきものあり、尚、内地人の間にも各種の紛擾を頻発する等、将来種々の問題を醸成する虞〔(おそれ)=恐れ〕あるを以()って、朝鮮総督府と教義を遂げ、自由渡航および団体募集に対してはかなり之(これ)を阻止する方法を講ずることに協定致し候所〔(そうろうところ)=致しました所【謙譲表現】〕、朝鮮総督府に於いても爾後〔(じご)=それ以来〕朝鮮人の団体募集は当分かなり之を許可せざる方針をとり、極めて少数の者または全然弊害なしと認むる元あるいは已()むを得ざる〔=やむを得ない〕場合に対しては予め当省〔=内務省〕と協議の上、許否を決することと相成り候については、貴管下に於ける朝鮮人労働者募集出願に対しては、当分の間、右の趣旨により十分ご調査の上、その必要無しと認めらるものに対してはかなり鮮地に於ける労働者募集の出願を阻止するの方法を採られ候様〔=とって下さります様〕、お取り計らい相成り度、此段〔(このだん)=上記/前述のこと〕依命および通牒候也〔そうろうなり=いたす次第です

 

「内地経済界不振」と書かれており、このような世相であれば、日本人も不景気で不満が溜まっていたと思われ、その矛先が朝鮮人に向かった可能性もあります。

 

3.震災復興でボランティア活動をした朝鮮人

下は日付は分かりませんが、復興に献身する在日朝鮮人を報じる記事です。〔詳細は別エントリー参照

 

 

まずはここに出てくる「相愛会」とは何かというと、内鮮融和の運動をしていた団体です。こうした団体は他にもありますが、中でも「相愛会」はその代表的な団体です。〔※詳細後述

下は前回のエントリーでご紹介した『大正震災志 下』P.574-575の再掲ですが、緊急の避難先として相愛会の建物が使われた他、一般の避難所が閉鎖された10月下旬/末以降、残留を希望する朝鮮人がここに身を寄せています。

Pp574_575

 

※「内鮮融和運動」や「相愛会」について、『世界大百科事典』を引用している『コトバンク』から、以下、孫引きします。

(内鮮融和運動とは)... 日本国内でも在日朝鮮人の急激な増加に対応し,各種の内鮮融和運動が展開された。なかでも,1921年に内務官僚の支持によって設立された相愛会や,関東大震災後に設立された知事を会長にする大阪府内鮮協和会,兵庫県・神奈川県の内鮮協会は官主導の内鮮融和団体で,在日朝鮮人労働運動と対立しながら活動した。

(朴春琴は)…慶尚南道の生れ。1910年代末期に渡日,20年李起東らと労働者の相互扶助団体相救会を組織,21年前朝鮮総督府警務局長丸山鶴吉の支援を得て親日融和団体相愛会に改組し副会長となる。32年東京本所区の在住朝鮮人を基盤にして,衆議院議員選挙に立候補して当選,朝鮮人としてはじめての代議士となる。

 

 

* * * *

 

以前ご紹介した前田日明さんのご一族のような、併合直後に日本に移住したり、日本に留学したりと、比較的恵まれていて、日本人として生きようとした朝鮮人が初期は多かったのでしょうが、1919年の万歳事件以降、民族意識が高まって独立運動をするために日本に来たり、金儲けに来ただけの朝鮮人が増えていたところに関東大震災が起きた事の悲劇...のような気がします。

 

 

  


 

 

 

2023/08/15

【関東大震災】朝鮮人6000人虐殺説を検証する

公開:2023-08-15 00:06:33  最終更新:2023/08/15 7:27

関東大震災は1923年(大正12)9月1日午前11時58分に発生しました。つまり、今年は100年目の年に当たり、韓国側でも色々と動きがあるようです。(要するに「謝罪と賠償」w)

流言飛語等による殺人があったのは事実ですが、それに関しては次回補足説明することとして、主に以下の3種類の犠牲者数が知られています。

  • 「内務省」公表:248
  • 「弔慰金」対象者:832(死亡原因問わず
  • 「独立新聞」(上海臨時政府):6,661

 

在日コリアン等が主張する6,000人という数字は、朝鮮人が独自に調査し、上海臨時政府の機関紙「独立新聞」に掲載された6,661人を根拠にしていると思われます。

 

それでは、当時、国内にどれ程の朝鮮人〔当時は朝鮮も国内ですが、以降、便宜的に「在日朝鮮人」と表記〕が住んでいたのか?、彼等に対する救援体制はあったかのか?という事が気になります。今回は基本的な情報と、震災当時の具体的な国内朝鮮人の状況をまとめておこうとおもいます。

 

◆震災当時の在日朝鮮人数

下の表は『岡山大学経済学会雑誌16(4)』(1985)より、『震災復興期の東京府下朝鮮人労働者に関する人口・職業分析』(松本俊郎 著)より引用&加筆しました。

 

20230814_earthquake01

 

20230814_earthquake02

1920年の在日朝鮮人数30,149人が25年には129,870人と、10万近く増えています。

1923年の正確な数字は分かりませんが、10万人弱、9万人ほどでしょうか〔80,015人と判明。後述〕。同じく県別の数字も分かりませんが、1925年の関東7府県在住の朝鮮人数は在日朝鮮人総数の約15%〔20,335÷129,870×100〕なので、同じ割合を採用すれば、13,500人程度となります。〔1920年の割合は9.9%

仮に関東地方だけで6,661人が ”虐殺” されたとすると、13,500人の約49%に当たります。

このような大惨事が起きたとすると、翌年(1924年)の在日朝鮮人数が急増して10万人を突破しているのは不自然だと思わないでしょうか?

しかも、後述しますが、震災後2ヵ月ほどの間(~10月末)に、震災地から一旦、6,335人が帰鮮しているので、関東地方の在日朝鮮人は一時的にほぼゼロになったことになってしまいます。

【追記】※別の資料(Ⅷ 外国人労働者 日本帝国における移住朝鮮人労働者問題)によると、1923年の在日朝鮮人総数は 80,015 。〔データ出所:田村紀之「内務省警保局調査による朝鮮人人口」『経済と経済学』〕関東在住の朝鮮人の割合を15%と仮定すると、12,000人程度。

  

◆震災直後の朝鮮人の動向

そう言えるのは、『大正震災志』(大正15/1926年)の「下」に記録されているからです。

震災直後、警視庁や日本政府以外に主に在日朝鮮人の保護手配をしたのは、朝鮮総督府の東京出張所でした。朝鮮半島内では、帰鮮する朝鮮人の為に日本赤十字の朝鮮支部愛国婦人会が入り口となる釜山でケアをしました。

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先に10月末迄の帰鮮者数だけ挙げておくと、

  • 震災地からの帰鮮者: 6,335人 〔留学生:1,602、労働者:4,516、その他:217〕
  • 震災地外からの帰鮮者: 22,108人 〔留学生:177、労働者:20,942、その他:989〕

となります。〔後掲の【P.572-573】参照

 

震災直後に関東から6千人以上が帰郷したのですから、2人に1人が殺害されるような大規模な虐殺があったとしたら、その話が全く朝鮮内に伝わらないはずがありません。

 

以下、『大正震災志 下』を提示します。

この本は、主に、日本各地(朝鮮、台湾等を含む各県、団体)や諸外国からどのような支援があったのかが書かれており、国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能です。「第四十六章 朝鮮総督府」は303コマ目~306コマ目迄〔pp.570-577〕です。

 

【P.570-571】ここでは主に、救護体制や支援物資の確保について述べられています。

Pp570_571

 

【P.572-573】「第九 帰鮮朝鮮人の救護」として、釜山に救援事務所を設置したことや、朝鮮に戻った人数が書かれています。

>〔現代語表記〕 災害地及び各府県より帰来する朝鮮人救護の為に ... 慰問・診療・食糧の給与及び船車の無賃輸送をなし、また、旅費なき者に旅費を支給し、且つ、一身上の措置につき縷々の指導を与えた。

「被災地より帰鮮者 六、三三」は、六、三三五の誤植。


Pp572_573

 

【P.574-575】前項の続きとして、学生の転学を支援したり、「第十一 総督府東京出張所の救護施設」として、被災地の朝鮮人(学生、労働者)に対する救援活動の内容が書かれています。学生に対しては督学部という部署が主に面倒を見、労働者に関しては一般の避難所(収容所)にいる者を適宜移動させたり、帰鮮の面倒を見ているようです。救援活動は10月末まで、約2ヵ月間行っています。

Pp574_575

 

朝鮮人学生にして、震災地所在の中等学校および専門学校に在学するものにして、朝鮮内同種の学校に転学希望者に対しては、便宜取り計らう事とし、10月末日転学を許可したる者、中等学校203名、専門学校117名、計320名に及んだ。

学生の救護については、東京主張所、之に当たり、督学部焼残建物3棟に90名を収容し、なお焼け跡にバラックを建てて宿舎とし、その他、食堂・炊事場・洗面所用バラックを建てた。

労働者の救護、9月中旬において習志野収容者3,200人は、陸軍当局において救護し、目黒収容者617人は警視庁において救護し、この他各警察署において救護せる者900人、相愛会に収容せる者300人、督学部に120人(学生)長白寮に60人(学生)、その他の建物に2,30人ないし60人を収容し、区役所および篤志家において給養し、間接に警察署において保護せる者600人内外、合計5,800余人である。

9月19日、東京市より明治神宮外苑バラック9棟を借り受け、陸軍および各警察署にて間接に救護しつつあった市内各所に散在せる労働者一千人を収容する事となし、且つ、労働可能者は日本橋救護所に、老幼婦女病者、帰鮮希望者は青山救護所に収容した。〔その他、移動等あり

帰鮮については、朝鮮内の治安関係上、9月28日より開始

 

【P.576-577】前ページからの続き。被災地と朝鮮からの安否問い合わせに対応したことが書かれており、最後に、企業等からの寄付状況が記されています。

Pp576_577

安否通報、朝鮮在住者の家族または近親者に対して、罹災者の安否通報をなすべく、新聞広告をなし、罹災者の需(もとめ)によりて、朝鮮内に通知すると共に朝鮮内居住者の依頼に応じて安否調査を行いたるが、その取り扱い件数は10月末日迄に8,734件であった。

罹災朝鮮人に対する同情、特に罹災朝鮮人に対し、金品を寄贈したるものは、東洋拓殖株式会社の金2万円、金3千円(米代)、朝鮮銀行、殖産銀行の各1万4千円、兼二浦三菱製作所〔※兼二浦(けんじほ):現 北朝鮮黄海北道の松林市の日本時代の呼び名。港湾都市・鉱工業都市〕の金7千円、三重県 諸戸静六〔もろと せいろく(実業家)〕の金3千円、福岡県旭硝子株式会社の金2千4百円と物品、漢城銀行東京支店の金1千円をはじめ、第一師団・海軍省に、東京市その他個人より団体よりの寄贈物品は多数に上った。

 

次回へ続く

 

  


 

 

 

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