【関東大震災】李承晩政府が1950年代に作成した「被殺者名簿」の289人
掲題の名簿は2013年に在日韓国大使館が移転をする際に発見されたもので、『百年歴史』さんのブログによると、1952年12月と言う朝鮮戦争のさなかに李承晩大統領が命じて調査されたのだそうです。
あまり重要視されない名簿ですが、当エントリーでは、この名簿の情報を整理することにします。
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名簿には震災犠牲者と3.1独立運動(1919年)の犠牲者が掲載され、このうち、関東大震災の犠牲者は289人との事です。
この数字があまり注目されないのは、震災から30年近く経っての調査なので正確性が無い事(北朝鮮では調査不可能)、特に韓国側としては数が少ないからでしょう。韓国では一般的に、震災直後に上海臨時政府の『独立新聞』が発表した6661人という数字が定説となっており、これより少ない数字に訂正する必要性がないからかも知れません。
関東大震災関係の情報の ”保管庫” とも言える『そよ風』ブログでは、2023年10月01日付けブログで扱っていますが、西村直登氏の「関東大震災朝鮮人犠牲者名簿の生成」という論文を引用して、「震災名簿」179人、「3.1名簿」23人という数字を明らかにしています。
この179人という数字は、ブログ内に貼られた論文の一部画像(表)の下の注釈によると、被殺日時が1919~1930年であれば関東大震災時に死亡とする、良く意味が分からない数字です。
そうなると、下のe_takaquさんのポストも、さもありなん。
韓国大使館で発見された震災虐殺被害者名簿
— e_takaqu (@ETakaqu) October 1, 2023
日本震災時日本人に被殺された朴再根さんのケース
(檀紀)4251年8月12日に憲兵に銃殺
1918年で震災の5年前・・・ https://t.co/IhiPW26Jue pic.twitter.com/2mXqGprHVc
韓国政府は名簿発見の1年後くらいから調査に乗り出し、2015年1月に第一次発表を行いました。34人分の聞き取り調査が終了した様です。
https://www.yna.co.kr/view/AKR20150117046900004?input=1195m
관동대지진 피살자 명부 첫 검증…21명 희생 확인
2015-01-18 05:46
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20150118000200882?site=lang_jp
関東大震災時の朝鮮人虐殺名簿 第1次検証結果発表=韓国
2015.01.18 10:40
〔前略〕韓国の政府機関「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者ら支援委員会」は同日、2013年に東京の韓国大使館が移転する際に発見された日本による植民地支配時代の関連資料のうち、関東大震災において虐殺された朝鮮人の名前と住所、殺害当時の状況を記した「日本震災時の被害者名簿」について、第1次検証結果を公表した。
それによると、名簿に収録された289人のうち18人について、震災時に虐殺されたことが確認された。また、調査の過程で名簿にない3人の被害事実が明らかになり、計21人の犠牲者が確認された。〔中略〕
昨年1年間で34人について調査した結果、21人が犠牲者と確認された。12人については追加調査が必要として結論が保留され、1人は無関係との結論が出された。
関東大震災当時、日本軍や警察、自警団などにより虐殺された朝鮮人は6000人とされており、名簿に収録された犠牲者数とはかけ離れている。ただ、政府が作成した文書という点で意味が大きい。〔後略〕
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この名簿について、『百年歴史』さんは最近のブログでも取り上げていらっしゃいます。
冒頭部分をお借りして、機械翻訳でご紹介します。
https://m.blog.naver.com/PostView.naver?blogId=kantertube&logNo=223989973174&navType=by
관동대지진 조선인 피해 관련 논문 비판 및 수정·보강 요약
関東大震災における朝鮮人被害に関する論文の批判及び修正・補強の要約
2025年8月31日 17:43
以下は本論文に基づき、李承晩政権当時の面単位全数調査内容と地震前後の国勢調査結果などを考慮し、新たに整理した内容である。
📌関東大震災における朝鮮人被害に関する論文の批判及び修正・補強要約
1. 日本政府発表(1923年11月15日)
死亡233名、重傷15名、軽傷27名。
ただしこれは「地震当時の死者」の範囲に過ぎず、虐殺被害者だけを意味するものではない。
火災、建物崩壊、単純な行方不明までを含む。
当時の通信断絶・行政麻痺により、正確な被害規模を即時把握することは不可能であった。
2. 李承晩政府調査(1940年代後半)
日本発表を単純引用したものではなく、面単位の対面調査を通じて遺族・被害者陳述を収集。
調査結果:約210名の被害者記録。
※289人の内、210名分の調査が済んだという意味だと思われる。
このうち2/3は死因不明、
残りが「虐殺」被害の陳述。
つまり、正確な数値というよりは**「被害陳述の集合」**に近い。
日本政府の数値とほぼ一致したのは、両集計が結局「数百人単位の被害」という現実的な範囲に収束したことを示唆。
3. 『独立新聞』報道(1923年9~12月)
上海で発行された臨時政府機関紙。
被害者数報道の推移:
10月13日:6千~7千人、
11月10日:数千人、
12月5日:6,661人、
12月26日:21,600名。
出典は「留学生会調査」「外国人証言」など。
しかし実際には現場へのアクセス不可、遺体による国籍判別不可能。
したがってこれは実証調査というより政治的・宣伝的推定値に過ぎない。
4. 学界と教科書記述
韓国学界は1980年代以降本格的研究開始。
韓国教科書・百科事典は大部分『独立新聞』の6,661名を定説のように採用。
北朝鮮は1980年代以降2万3千余名虐殺説を定説化。
しかし実証的根拠は乏しく、政治的・民族主義的色彩が強い。
5. 日本政府の自国民集計と示唆点
日本政府でさえ自国民被害規模を確定するのに数ヶ月~数年を要した。
1924年:約10万人水準で「近似値」として整理。
1930年頃:約105,000名で「最終確定値」を確立。
したがって朝鮮人被害をわずか3ヶ月で『数千~数万人』と確定したとする主張は物理的に不可能。
『独立新聞』特派員や留学生会といった民間身分が日本政府より迅速かつ正確に被害規模を把握したとする主張も成立し得ない。
外国人の証言も同様の限界に縛られている。






















































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