【世界地図】日本海を「朝鮮海」、日本を「大日本」、太平洋を「大日本海」と表記した地図について
「X」で、韓国人(?)が「東海を『朝鮮海』と表記している日本地図」として下の画像を提示していました。
日本海を「朝鮮海」、日本を「大日本」、太平洋を「大日本海」と表記した不思議な地図で、「江戸」は東北にあるし、... ブログ主は、最初、捏造だろうと思ったのですが... 。
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この地図の説明は後回しにして、実は、日本では江戸時代の一時期、そのような表記の地図が作られていました。〔下図〕
上の画像は、江戸時代の天文学者である高橋景保(たかはし かげやす)の『新訂万国全図』(文化17年:1820年頃)の地図で、全体像は「国立公文書館」のサイトで閲覧できます。
高橋景保... シーボルト事件(1828年)で死罪になった人物です。
彼の時代、世界地図を日本語化する過渡期でした。
影響を与えたのは、イタリア人のマテオ・リッチという、明国で布教をしていたイエズス会宣教師の地図で、この時代の... 例えば「太平洋」は「寧海」・「静海」などと呼ばれており、どちらも穏やかな海という意味で、後に「”太平” 洋」に落ち着きますが、世界地図の海などの呼称が定まらない時期でした。
詳しいことは、『大日本海 : 日本地理学史の研究』(鮎沢信太郎 著/京成社出版部/1943)の「大日本海 太平洋を大日本海と改称するの説」を読んでいただければ良いのですが、現代の「大西洋」を「大東洋」、一部を「小東洋」と呼んでいた時期もあったそうです。
そして、著者によると、この名称の定まらない海を「大日本海」と名付けたのは高橋景保が最初だと言います。
これで、江戸時代に「大日本海」や「大日本」が地図に現れることは分かったものの、それでは冒頭に掲げた地図は何かと言うと...
韓国でこの地図が広まったのは、2011年頃で、「東海を『朝鮮海』と表記した日本の古地図発見!」などと、韓国メディアが報じた事がきっかけです。以下、『世界日報』(세계일보)の記事をご紹介します。
https://www.segye.com/newsView/20110503005424
동해 ‘조선해’ 표기 日 고지도 발굴
東海を「朝鮮海」と表記した日本古地図が発掘
2011-05-09
キム・ムンギル韓日文化研究所長「1835年…公開地図中最古」
現在の東海を「朝鮮海(朝鮮海)」、日本東側の海を「大日本海(大日本海)」と表記した19世紀初頭の日本古地図が発掘された。日本が過去に東海を日本海ではなく朝鮮海と表記していたことが確認され、東海の名称を巡る議論において日本の主張の説得力を弱める根拠として活用される見込みだ。
日韓問題の専門家であるキム・ムンギル日韓文化研究所長は、最近日本の古書店で入手した東海を朝鮮海、日本東側の海を大日本海と表記した日本の古地図を3日に公開した。この地図には「フランス人が作成した地図を入手したところ、外国語で表記されていたため、日本の漢字で(表記を)修正した」という地図の説明文と共に、制作年が1835年と明記されている。地図は、韓国と日本を含む西半球と、ヨーロッパ中心の東半球の2つの部分に分けられている。
キム・ムンギル韓日文化研究所長が3日に公開した19世紀初頭の日本古地図。東海が「朝鮮海」、日本東側の海が「大日本海(大日本海)」と表記されている。
キム所長は「古地図には製作者表示はないが、ミノサカ・ソゴ(箕作省吾)という日本人であることは間違いなく、これまで公開された朝鮮海表記の古地図の中で最も古いものと思われる」と述べた。彼は「フランス人が作成した地図を修正した」という地図の説明について、イタリアのイエズス会に所属し、フランス宣教団の一員として中国で宣教活動を行ったマテオ・リッチが1602年に描いた地図を指すものだと、学界では理解されていると伝えた。マテオ・リッチが描いた地図をミノサカが参照したとの説明だ。
キム所長は、日本だけでなく韓国、中国などの古地図128点を調査した結果、東海が朝鮮海と表記された地図が80点、東海と表記されたものが20点、日本海と表記されたものが11点程度だったと述べた。しかし彼は「日本海表記の地図はすべて1905年の日露戦争前後に作成された地図」であり、「日本が日露戦争を契機に朝鮮海を日本海と表記し、独島を侵略する意図が込められているように見える」と明かした。
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冒頭の地図の全体図は、Googleの画像検索で韓国のオークションサイトに見つけましたが、全体的には雑な造りで、出品者も、以下の様に日本語でも説明をつけています。
作者・作製年不明であるが,解説の末尾で,「天保6年(1835)のフランス人原図による」と述べる両半球図である。この原図については不詳であるが,本図自体が描く大陸の海岸線はかなり簡略化されていることから,「大衆向け」に作製され,販売された世界図であったと思われる。それは,穿脚・長脚・長臂・不死国,女人国,小人国に言及する上部の解説にも表れている。これらの異域は,マテオ・リッチ系世界図や西川如見『華夷通商考』(1695)にもみられ,庶民向けの世界図・世界像を構成する重要な要素であった。
この地図をどういう目的で売ったのかは分かりませんが、珍し物好きの人が購入したのでは?と想像します。
これを入手したキム・ムンギル韓日文化研究所長が、”バッタ物” (安物、まがい物)だということを隠して、大発見!とばかりにマスコミに宣伝したのではないでしょうか。
















































































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