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【国際】韓国一般(歴史問題)

2023/01/27

【李舜臣】(1)日本海軍は敵将の魂に向かって祈りを捧げた【鮮于鉦コラム】

2022.11.16.付け『朝鮮日報』の鮮于鉦(ソンウ・ジョン)論説委員のコラムをご紹介します。

李舜臣に対する日本人の評価についてはここではあまり突っこまない事として別のエントリーで論じる事とします。実際、このコラムの骨子にはその事はそれ程重要ではありません。

朝鮮人が長らく忘れていた李舜臣の事を日本人の方が良く知っていて、むしろ、日本統治時代の民族史学者の文一平(문일평)が日本人が書いた李舜臣の研究書を朝鮮語に翻訳した為に朝鮮に逆輸入された、という事が前半に(長々とw)書かれています。

日本人は敵将であっても尊敬する人物には敬意を払うのに、韓国人は...と苦言を呈するコラムです。

 

* * * *

※日本語して多少不自然でも理解に問題が無ければ機械翻訳ママ。緑字はブログ主の補足

https://www.chosun.com/opinion/column/2022/11/16/XAJ32YF3HZEZ3LT3VQGMIT5DVE/
[船友情コラム] 日本海軍は敵将の魂に向かって祈りを捧げた。
鮮于鉦 論説委員
入力 2022.11.1600:00

ロシアのバルト艦隊の戦艦1隻が日本海軍の攻撃で沈没している。 〔画像省略〕当時、世界最強を誇っていたバルト艦隊が惨敗したことで、日露戦争の勝負は決まった。 韓国の鎮海湾から決戦のために出港する際、日本海軍将校たちが李舜臣将軍の魂に向かって祈ったという。 この時、日本海軍を率いた作戦参謀の秋山真之は海洋圏論の先駆者アルフレッド・セイヤー・マハンの弟子だ。

韓国近代史のミステリーの一つが「李舜臣の叙述」だ。 1795年の正祖(チョンジョ)王の李舜臣全書編纂から1908年の申采浩(シン・チェホ)の「李舜臣伝」連載まで、100年以上李舜臣の叙述は韓国では空白だった。 普通、韓国近代の出発を1876年に日本の侵奪が始まった江華島条約とみなす。 李舜臣は当時の状況で最高の時代的象徴だった。 ところが、亡国直前まで韓国で李舜臣は英雄として召喚されなかった。

コインの両面のように存在するミステリーが、日本近代の李舜臣の叙述だ。 日本の作家、司馬遼太郎は、いくつかの著書に、日本の海軍将校たちがロシアとの決戦のために出航し、李舜臣の魂に向かって祈りを捧げる場面を描写した。〔※〕 作家の想像ではなく事実だ。 日本のエリートの一部は李舜臣を研究し、尊敬した。 これを一つの動力として戦争に勝利し、結局韓国を併呑した。 韓国史で最も逆説的で悲劇的な場面だと私は思う。

※確かに司馬遼太郎はこのエピソードが好きだが、東郷平八郎がそう語ったというソースはない。

日本の19世紀李舜臣の叙述は二つの時期に区分できる。 伝記は金時徳(キム·シドク)教授、後期は金俊培(キム·ジュンベ)教授の研究で詳しく明らかになった。 彼らによると、懲毖録(ちょうひろく)〔が日本で〔翻訳されて〕刊行されてから50年余りの間、日本戦争小説で李舜臣は「朝鮮の英雄」として登場した。 この地位が19世紀後半「世界の英雄」に格上げされる。 李舜臣の叙事は文化現象から政治·軍事的現象へと幅を広げた。 これを主導したのが日本軍、特に日本海軍だ。

※『懲毖録』(ちょうひろく)は、17世紀前後に書かれた李氏朝鮮の史書で、著者は同王朝の宰相柳成龍。文禄・慶長の役を記録したもの。1695年、大和屋伊兵衛が京都で「2巻本」の『懲毖録』を訓読をつけて刊行した。これにより、日本側に文禄・慶長の役での朝鮮側の事情が伝わることになった。〔Wikipediaより〕

李舜臣を世界的英雄として記述した3冊の本。 日本陸軍系列機関紙が出版した「朝鮮李舜臣伝」は、日本による植民地時代、文一平(ムン·イルピョン/문일평によって韓国で翻訳·出版され、韓国人の李舜臣観念に大きな影響を及ぼした。 李舜臣を英国のネルソンに例えて世界的英雄に引き上げた初の著書だ。 帝国海軍史論と帝国国防史論は、日本海軍が軍事的側面で李舜臣を研究した本だ。 この本は日本海軍将校に大きな影響を与えた。 多くの海軍エリートがこの本で勉強し、李舜臣を尊敬するようになったという。

 

20230127_risyunshin01

 

李舜臣を「東洋のネルソン」に例えた賛辞は、1892年の「朝鮮李舜臣伝」に初めて登場する。 日本陸軍系列の機関紙が発行した本だ。 「李舜臣が豊臣秀吉の大遠征を絵の餅にした」と言った。 賛辞は日本海軍によって高まった。 後日、日本海軍中将に昇進した佐藤哲太郎は著書『帝国国防史論』で、「ネルソンは人格で李舜臣に比肩できない」とし、「匹敵する者はオランダのザ·ラウィッター(英国を破った海軍名将)程度だ」と述べた。 海戦研究に飛び込んだ動機に対しては「李舜臣の崇高な人格と偉大な功績が私の精神を激しく悟らせたため」と話した。 先立って海軍参謀の小笠原長成も著書「海上権力史講義」を通じて「李舜臣が海上権を確実に守っていたため、戦争の大要素が全て消滅し猛進していた陸軍も自ら孤立した」と話した。(以上、キム・ジュンベ〔김준배〕研究)〔←※現代の研究家〕李舜臣叙事が尊敬と賛辞から戦争史的研究へと進化した事実が分かる。

このような記述は韓国でかなり知られている。 これを引用する文には「敵国日本さえ尊敬せざるを得なかった英雄」〔という評価がたびたび伴う。 はにかんでしまうのだ。 しかし、これを超える重要な意味合いがある。

※そもそも、日本は朝鮮の敵国になったことはないw

米国の海軍理論家アルフレッド・マハンの海洋圏(Sea Power)論が19世紀末、世界を襲った。 「海を支配した者が世界を支配する」という言葉が理論を圧縮する。 このため、国家戦略を変えて帝国に成長した国が米国だ。 日本にも大きな影響を及ぼした。 日露戦争を勝利に導いた秋山真之が、マハンに師事した海軍参謀だ。 日本は海の戦略的価値に目覚めた。 陸軍中心の武力を海軍中心に変え、列強に跳躍するためにマハンの理論を日本戦争史に適用した。 ところが当時、日本には海軍英雄がいなかった。 そのため、敵将の李舜臣を連れてきて、反面教師のやり方で海洋権の価値を主張したのだ。 司馬遼太郎は日本が海洋圏論を内在化する過程について「黒飴を白飴にする精製作業」〔と話した。 李舜臣の叙事は漂白剤の役割を果たしたものだ。

※この言葉を調べた所、(瀬戸内海の水軍関係の「能島流海賊古法」なども好んで読んで,源平の時代からの戦術を勉強していた秋山真之に、)”同僚の海軍士官が笑いまして、「そんな古ぼけた本読んでるのか」といった。秋山は「いや、白砂糖というのは黒砂糖からつくられるものなんだ」と答えた”、というエピソードが『坂の上の雲』第3巻に出てくるらしい。

日本を知れば、韓国のミステリーも解ける。 当時、韓国は海を知らなかったし、知ろうともしなかった。 中国中心の狭い世界観に閉じ込められ、自国の近海さえ守れなかった。 陸軍英雄は満ちていても、海軍英雄を持つ国はごく少数だ。 海の近代的価値を知らなかったため、李舜臣の近代的価値も知らなかった。 そうするうちに抗日英雄の救国叙事まで日本に奪われた。 狭い世界観が作った悲劇だ。

 

画像省略〕日本の海上自衛隊が創設70周年を迎えて開催した国際観艦式で、韓国軍需支援艦「昭陽」(前列左)と日本護衛艦「出雲」(前列右)が並んで航行している。 観艦式に参加した韓国、米国、インドなど12ヵ国はすべてインド太平洋諸国だ。 /共同連合ニュース

韓日米が東海で合同訓練を行うと、野党代表は「親日国防」と攻撃した。 「独島前旭日旗訓練」と描写した。 韓国などインド·太平洋12カ国が参加した日本主催の観艦式の時も、韓国政界の論議は「旭日旗」だった。 韓国海軍が主催国の首脳に向かって敬礼した側に旭日旗模様の日本海上自衛隊の旗があったということだ。 ある野党議員は国会で旭日旗の模型を割る幼児的パフォーマンスまで行った。 韓国経済の航路は東海を越えて北極航路を突破し、欧州につながっている。 海洋安保の生命線はインド洋まで拡張された。 韓国は日本近海を通さず太平洋に渡ることは難しい。 その日の敬礼は国家の運命がかかった広大な海に向けたものだ。 しかし、彼らの目には旭日旗の文様だけが見えたのか。

日本海軍は決戦を控え、過去の敵将李舜臣の魂に向かって祈りを捧げた。 東洋人の側で西洋の帝国であるロシアに勝たせてほしいという祈りだったという。 胸の痛む歴史だが、勝利する者の行動はこのように違うのだ。

* * * *

  

言いたいことは最後の2段落なのでしょうが、韓国人にとって、李舜臣がどれ程大きい存在なのかが分かるコラムです。

これについては思いあたる事があります。韓国人は、外国からの評価を気にするのですが、とりわけ、日本人からの評価が気になるのです。(ある意味、日本人の分析や判断力を信頼している、とも言える。)

以前、韓国に出張した際に現地スタッフに聞いた話ですが、日本で「冬ソナ」や「ヨン様」ブームがあった時、韓国ではとっくにドラマは終わっていて、ヨン様は ”過去の人” だったのに、日本でヨン様ブームが起きたことで、また彼の人気が再燃したそうです。

韓国メディアが、「日本でK-ポップ/K-コスメ/K-フード...etc. が大人気!」という記事をしばしば書くのも、韓国人の自尊心をくすぐるのでしょう。

 

李舜臣に関しては、次回以降のエントリーで、もう少し論じてみたいと思いますが、現代韓国人が李舜臣をヒーローとするのは、朴正煕大統領がそのように祭り上げたからです。「作られたヒーロー」と言っても良いくらいです。

 

  


 

 

 

 

2023/01/10

【息を吐くように嘘をつく】VANK「テコンドーのルーツははテッキョン」キャンペーン開始

結論から言うと、『跆拳道』(태권도)は第二次世界大戦後に生まれたスポーツというのが正解ですが、まずは、韓国『ヘラルド経済』の記事を機械翻訳でご紹介します。

 

* * * *

http://news.heraldcorp.com/view.php?ud=20230109000555
"태권도 뿌리는 택견"…반크, 태권도 기원 논란
「テコンドーの根はテッキョン」…VANK、テコンドー起源論議
2023.01.09

  • テコンドー紹介サイト開設…テッキョンがテコンドー起源であると主張
  • 国際テコンドー連盟などは日本の「空手」起源を認める

サイバー外交使節団VANKがテコンドーを全世界に知らせるとして、開設した英語サイトにテコンドーの起源が紀元前の「テッキョン」にあると紹介し、議論を呼んでいる。

VANKは9日、テコンドー英語紹介サイト「世界のすべての人のための武芸」をオープンした。 このサイトでバンクはテコンドーの起源について「三国時代にテコンドーは『テッキョン』として知られた」とし「また高麗時代の記録には『手搏技』で壬辰倭乱まで続いた」と主張した。 続いて「日帝弾圧にもかかわらずテコンドーは秘密裏に知識を守ってきた武術師範たちによって栄光を取り戻した」と話した

バンクの主張とは異なり、テコンドーは日帝時代に日本の松濤館空手に起源を持つ現代武術だという説に重きが置かれている。

国際テコンドー連盟(ITF)もテコンドーが空手の影響を受け、崔泓熙(チェ·ホンヒ)〔※ホンは「さんずいに弘」〕総裁が1950年に創始した現代武術だと記述している。 テコンドーの元老でありテコンドーを世界的に大衆化させたことに寄与した故 李俊九(イ·ジュング先生)もやはりテコンドーの起源が空手を基本とするとインタビューで明らかにしている。

実際、テコンドーという名称を作って使い始めた崔泓煕と李元国(イ·ウォングク)は、いずれも空手を修練し、その後テコンドー道場を設立した人たちも空手と中国武術を修練した人たちだった。 李元国は後にテッキョンを接木したと主張したが、具体的にどのように接木したのかは根拠を提示できなかったという。

以後、実際に何人かの跆拳修練者がテッキョンとテコンドーを接木しようとする試みはあったが、これもテッキョンがテッキョンに起源を持つと見るには根拠が貧弱だというのが終論だ。

草創期テコンドーを修練した人たちは空手道着を着て修練してきており、帯の色によって段を分ける文化も日本から来ており、品揃えも空手の「型」から取った。

一方、世界テコンドー連盟(WT)はバンクと同様にテコンドーの起源が古代韓国固有武術に起源を持つと主張している。

* * * *

 

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以下、『韓国「反日主義」の起源』(松本厚治 著/2019年/草思社)から引用します。〔pp.390-391〕

跆拳道創生期の「五大基幹道場」の創設者はすべて日本で修行した空手家で、最長老の李元国は1926年に渡日、東京雑司が谷の道場「松濤館」に入門し、沖縄の人 富名腰(船越)義鎮〔※ふなこし ぎちんについて空手を学んだ。帰国後彼が京城〔※現ソウルに開いた道場「青濤館」は「松濤館」から一字をとったものである。〔※注釈省略

中略〕跆拳道を称するようになったのは、空手の演武を見て感心した李承晩大統領が、日本の武道と聞いて不快感を示した事がきっかけになっている。

韓国武道への衣替えにあたり中心的な役割を果たしたのは自身空手家であった崔泓熙陸軍少将で「跆拳」の名も彼が考案した。この呼称が正式に決まったのは、道場主や軍幹部、言論人などが出席した名称制定委員会の場で、1955年4月11日のことという。〔※注釈省略

 

注釈は詳細には提示しませんが、1990年に出版された『跆拳道哲学の構成原理』(金容沃 著/韓国語)に、崔泓熙がテッキョンやスパク等の遊技を武道に仕立てて跆拳道の源流を称した事が書いてあるそうで、1987年世界跆拳道選手権3位のケイプナー(Dr. Steven. D. Capener)も英文雑誌『KOREA JOURNAL』に同趣旨の論文を書いているそうです。

 

ところで、記事には2つのテコンドー協会が出てきます。戦後創設説を唱える国際テコンドー連盟(International Taekwon-Do Federation, ITF)と古代韓国固有武術と主張する世界テコンドー連盟(World Taekwondo, WT)です。

前者と同様、「日本国際テコンドー教会」のサイト『テコンドー物語』も戦後に創設されたという事が書かれています。

しかし、Wikipediaによると、オリンピックや国際大会を主催するのは後者なのだそうです。

では、国際テコンドー連盟がまともかと言うと、技の名前が「チョングン(重根)」〔安重根より〕、「チュチェ(主体)」、「サミル(三一)」〔3.1独立運動より〕、「トンイル(統一)」〔南北統一の決意を表す〕、といった具合に、キワモノ感が半端ないのですw

 

こういう社会で、論理的に議論をしようとしている李栄薫博士とか金柄憲所長とか、ホント、頭が下がりますわ。

 

 

  


 

 

 

2022/12/23

【江華島条約】江華島条約は不平等条約ではない、だと?

公開:2022-12-23 05:50:40  最終更新:2022/12/23 18:18(画像追加)

金柄憲(キム・ビョンホン)所長は元々韓国の歴史教育、特に歴史教科書の近代史の殆どが嘘である事を問題視して、その是正の為に活動されている方です。

以下の動画は元動画からの切り抜きで、ゆんばん氏が字幕を付けたもので、「江華島条約(1875年)は不平等条約ではない」という話を聞き手の方に説明されています。

 

不平等条約の嘘、강화도조약은 평등조약〔元動画:난장판 초등 검정 사회교과서

 

果たしてそうでしょうか?

まずは、動画が消されると困るので、動画の金柄憲所長の説明を要約します。

 

* * * *

ある教科書会社に質問した。なぜ、江華島条約が不平等条約なのか?と。 すると、答えられなくて、この部分を教科書から削除して、しばらくしたらまた復活した。

江華島条約にはこうある。「朝鮮国は自主の邦にして、日本国と平等の権を有せり。」 これが不平等であろうか? 不平等だという説明を読むと呆れる。 

まず、前提として、朝鮮は清の属国だった。それだと日本との条約は結べない。日本は ”大家” にあたる清と条約を結ばなければならない。

「釜山ほか二港の開港」... 江華島条約の目的は何か? 「貿易」だ。釜山だけでは足りないから、二港〔元山、仁川〕を追加した。

「日本が自由に測量する事を許可する」... これがまた「領土侵害」だと教えてるが、新しい港を開くには測量が必要なのに。

「日本人が開港場で罪を犯した場合は、日本の法律で裁判する」〔※治外法権〕。一見、不平等に見えるが、この後に、「朝鮮人が罪を犯した場合は朝鮮の官吏が裁判をする」と続く。裁判の管轄権の違い。なぜなら、日本には当時既に近代法が普及していたが、朝鮮ではまだ原始的な懲罰法だった。そんな原始的な裁判に日本人の預けることができなかった。今でも、(我々韓国人が)アフリカの原始的な法律に任せることができるだろうか? これは合理的な事なのだ。

* * * *

 

朝鮮が自主の国であった事と清の属国であった事は矛盾しません。

朝鮮人は、日清戦争後の下関条約(1895年)でも、「独立国家」であるという条文の表現に難色を示し、「自主の国」という表現になりました。これなら、属国の立場も自主的であるからです。実際、中国(明、清)は李朝の外交権までは奪わなかったのです。この部分が、韓国人が、日本が外交権を奪ったという理由で「侵略」だという所以です。

 

日本の中学・高校で歴史を学んだ日本人なら、これは立派な「不平等条約」だと思うでしょう。

例えば、日本国内で罪を犯した朝鮮人が日本の法律では無く、朝鮮の法律で裁判ができたのか?、朝鮮人が日本で測量できたのか? こう考えると片務的なのは明らかです。

実際に我々が日本史を学ぶ時、幕末に欧米列強と結んだ条約、例えば、『安政五箇国条約』(1858年7月)等は「不平等条約」だと習います。

当時も幕府が「勅許」を得ずに締結した事で批判が起こりますが、不平等だという理由は、例えば「治外法権」。これは、金柄憲所長が解説したことと同じ理由で、当時はまだ日本に近代的な法律が確立できていなかったのです。

 

2018年7月14日のフランス革命記念日に日本の自衛官がシャンゼリゼ通りをパレードします。

 

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これは、日仏友好160周年を記念して招待されたもの、即ち、不平等条約である日仏修好通商条約の締結を記念したものですが、日本人はこの堂々とした自衛隊に拍手を送ります。〔『パンドラの憂鬱:海外「ありがとう自衛隊!」 革命記念日パレードに参加した自衛隊にフランスから感動の声

  

念の為、『世界史の窓』というサイトから、江華島条約(日朝修好条規)の説明の一部を引用します。

1876年、日本が朝鮮に強要した不平等条約。朝鮮王朝はこれによって開国した。
 江華島事件の結果、1876年2月に日本の明治政府の圧力のもとで朝鮮王朝(李朝)の閔氏政権との間で締結された通商条約。江華条約ともいう。
 日朝修好条規に基づき、同年中に付則や貿易規則が調印されたがそれらを含めて朝鮮はこの不平等条約の下で開国することとなった。朝鮮側が認めたことは次のようなものである。 → 朝鮮の開国

  • 外交使節の首都派遣。
  • 釜山ほか二港の開港と自由貿易。 
  • 開港場における居留地の設定。 
  • 領事による居留民の管理。
  • 開港場における領事裁判権。
  • 朝鮮沿海の測量・海図作成の権利。
  • 開港場から四キロ以内への内地旅行、通商権。
  • 開港場における日本通貨の使用。
  • 朝鮮からの米穀輸出の自由。
  • 輸出入税の免除(無関税)。

 

どうですか? 朝鮮がこれと同じ事を日本で行えるというなら平等ですが、そうではないので「不平等」でしょう。

不平等条約なら不平等条約で、なぜ、そうせざるを得なかったのかという背景を理解する事が重要です。

 

ブログ主は、金柄憲所長を批判しているわけではなく、韓国人の歴史観が、事象をあるがままに因果関係で説明せずに、未だに道徳の観点から「善悪」の尺度を入れるから、こういう説明をせざるを得なくなるのです。

しかし、この論理では、ブログ主が指摘したように、「朝鮮人は同じ事を日本でできなかった」と突っこまれたら負けます。

 

日本人は、不平等条約を結ばざるを得なかった事を屈辱に思って反省し、国内法を整備したりして不平等条約の改正を目指します。一方、韓国人は何もせずに、後世になって、ただただ恨み事を言うだけ。

尤も、韓国では「歴史」ではなく「国史」なので、自国中心主義であり、歴史がイデオロギーを内包しているのですよね。これは右も左も同じ。

 

韓国人の中には、現代韓国人を「後朝鮮人」、左派を「左鮮人」、右派を「右鮮人」と、自虐的に呼ぶ人達がいます。右とか左とかの違いは些細なことであって、自分達は未だに「朝鮮人」だと言う自虐です。

韓国人がいつまでも「後朝鮮人」でいる限り、歴史を客観視などできません。

 

【追記】画像はブログ主が使っていた高校生向け日本史「要点整理」。右上の「条約締結」を見れば、幕末に欧米列強と結んだ条約なんて「不平等条約」ばかりです。100年以上経ってこんな事でネチネチと恨みつらみを言う日本人がいたら頭がおかしい。

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2022/12/22

【安重根】映画『英雄』に対する韓国人の反応-無知と欺瞞、どちらが罪深いだろうか?

韓国で安重根を描いた映画『英雄』が公開されたそうで、『朝鮮日報』にレビューが書かれていました。記事は長くて大した内容では無いので後回しにしますが、ブログ主はこの記事の韓国語版を探して、そのコメント欄を読んでみました。

 

朝鮮日報は韓国内の政治に関しては保守的〔尤も、日本に関する記事は、他のメディアと大差ない〕なので、朝鮮日報の記事に直接コメントを書くような韓国人は比較的理性的です。

そして、そのコメント欄は、安重根が本当は英雄でも何で無い事を知っているコメントが優勢でした。

そうです。日本人の多くは、韓国人が無知だから安重根を英雄視していると思いがちですが、韓国人は安重根に関する史実を結構知っているのです。その上で、黙っているのです。

一般人がネット記事のコメント欄に書くくらいなので、学者などは史実を知っているはずです。ブログ主が以前検索したところ、安重根が伊藤博文を誤解から暗殺した事を書いている記事を見つけられました。但し、ブログ主が使ったのはGoogle、韓国人はNAVERの検索エンジンを使いますから、フィルターがかけられている可能性は多いにありますが。

 

韓国人YouTuberの『キムチわさび』氏が、この映画『英雄』を取りあげていました。

 

反日英雄に熱狂する理由/안중근은 정말 당신의 영웅인가요?

 

だいたい上に書いたような韓国人の誤解を解く内容で、伊藤博文と安重根、どちらが朝鮮人のことを考えていたか?という話です。

動画の中で紹介される史料〔伊藤が、「朝鮮は朝鮮人の物だ」と考えていた事〕は、新渡戸稲造の『偉人群像』〔昭和6年(1931年)出版〕の「第二十七章 伊藤公」からの引用で、新渡戸稲造が伊藤博文の家を訪ねて聞いた話です。

オリジナルは国会図書館のデジタルアーカイブで公開されています。〔下記URLの162-170コマ あたり。

 

しかし、前述のように、実は韓国人の多くは薄々事実を知っているのです。

「無知な事」と「嘘だと知っていて黙っている不誠実さ」、どちらが恐ろしいと思いますか?

 

ブログ主は嫌韓を広めようとこういう記事を書いている訳ではないのです。

韓国人の大多数がどういう人達なのかを知らないと、韓国で嘘と戦っている方達がどれほど困難な道を選んだのかを知ることができないと思うからです。

以前、ブログ主は金柄憲(キム・ビョンホン)所長に対して、旧日本大使館前はともかく、それ以外の慰安婦像の所でデモをするならば、人通りの多い街中(まちなか)で街宣をした方が効果的なのではないか?と意見を伝えた事があります。慰安婦像は公園等の人通りの少ない所に建っている事が多く、周囲には殆ど人はおらず、その動画の再生回数も伸びないからです。

所長からは、デモをした事が正義連に伝わる事が目的だと、その時は、ブログ主にはあまり釈然としない説明が返ってきましたが、考えて見たら、街中で慰安婦の真実を伝えたら、命が幾つあっても足りません。

旧日本大使館前で、聞く耳を持たない人達相手にカウンターデモをする事も無駄では無いかと思った事もありますが、ある意味、正義連や反日行動を守る為に大勢の警察官がいるから一番安心してデモをできる場所なのです。

 

* * * *

https://www.chosun.com/culture-life/culture_general/2022/12/09/VNIPF4R5IZBPTOUOPMALTXCBLY/
1909년 하얼빈의 총성… 안중근도 관객도 숨을 죽였다
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2022/12/16/2022121680075.html
1909年、ハルビンの銃声…安重根も観客も息を殺した
2022/12/18 06:26

【映画レビュー】『英雄』
伊藤博文を狙撃した英雄の実話
『国際市場で逢いましょう』のユン・ジェギュン監督、8年ぶりの復帰作

 映画が始まると、そこは1909年2月のロシアの雪深いシラカバの森。安重根(アン・ジュングン)=チョン・ソンファ=と独立軍関係者らは祖国のために戦おうと誓い、断指をする。その血を集めて「大韓独立」と太極旗に書く。「われわれのときの声が、眠る森を覚ますように/暗いこの世を覚ますはず/忘れまい、きょうを」

 映画『国際市場で逢いましょう』(2014)で観客1426万人を集めたユン・ジェギュン監督が、8年ぶりに戻ってきた。ミュージカル映画『英雄』は、合唱「あの日を記憶して」で始まる。原作は、安重根義挙100周年に合わせて2009年にLGアートセンターで初演されたミュージカル『英雄』だ。ユン監督は、1909年にハルビンで伊藤博文を撃った安重根が、狙撃を図ったときから死刑判決を受けて死を迎える瞬間までの、最後の1年間をカメラに収めた。

 歌と物語。骨格はそのままだが、外見は異なる。ミュージカルが見せることのできない近景と遠景、裏話が目の前で展開する。母親・趙瑪利亜(チョ・マリア)=ナ・ムニ=と家族を残して故郷をたった大韓帝国義兵大将安重根は、ウラジオストクで禹徳淳(ウ・ドクスン)=チョ・ジェユン=、チョ・ドソン=ペ・ジョンナム=、劉東夏(ユ・ドンハ)=イ・ヒョヌ=、マ・ジンジュ=パク・チンジュ=と共に狙撃の準備をする。明成皇后に一時仕えたことのある宮女ソルヒ(キム・ゴウン)は、正体を隠して伊藤博文に接近し、「彼が間もなくハルビンを訪れる」という秘密情報を独立軍に伝えた。闇と雪を貫いて走ってくる汽車に、標的が乗っているのだ。

 独立軍は日本の警察に追われ、同志を失っていく。追撃の場面は張り詰めた緊張感を帯びているが、ギョーザ店で歌う「腹ぺこの青春」は喜劇的な中休みのようだ。ユン・ジェギュン監督らしく、ユーモアのコードは多少子供っぽい。しかし、皆が結末を知っているこの悲劇の重みを減らしてくれる役割を果たしている。同志の葬儀を挙げる教会で安重根が「祖国は一体、われわれにとって何ですか?」と独白するときの様子は、英雄ではなく苦悩する人間を見せてくれる。

 遂にハルビン駅に汽車が到着する。28歳の青年にして3児の父である彼は、歓迎の人波から抜け出し、拳銃の狙いをつける。バン、バン、バン! 伊藤博文が倒れるところで、時間は水あめのように伸びる。だが「大韓帝国万歳!」が聞こえ、恐ろしい法廷の場面が突進してくる。安重根が伊藤博文を狙撃した理由を堂々と明かすときは「誰が罪人か」という合唱がこだまする。趙瑪利亜は息子に死に装束を送り「命乞いをせず、国のためにそのまま死になさい」と手紙を書く。断言するが、このときの母の歌に、涙をこらえることはできないだろう。

 この映画は、今年の年末唯一の韓国産ブロックバスターだ。ジェームズ・キャメロン監督の『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』と1週間違いの12月21日に公開が始まり、正面からの勝負を選択した。113年前のウラジオストクを再現するためラトビアでロケを行い、ハルビンは陜川と平昌のセットで再現した後、視覚特殊効果(VFX)で形にした。歌は大部分、ライブで収録した。ミュージカルの舞台を踏んだ俳優チョン・ソンファの歌唱力と演技力はもちろん、画面いっぱいの安重根のクローズアップと対面できる。

 『英雄』は、胸の熱くなる実在の人物の物語だ。国を失った暮らしがどういうものか、見当をつけるのは難しいが、この映画はその悲劇を間接体験させてくれる。一部の場面では心臓が早鐘を打つだろう。2014年のセウォル号事件直後、『バトル・オーシャン 海上決戦』と李舜臣(イ・スンシン)が国民的無力感に染み入ったように、梨泰院雑踏事故を経験して英雄が恋しい時期という点は、ヒットの後押しになるとみられる。ただし、一般の観客がミュージカル映画の異質さを克服できるかどうかは未知数だ。

 安重根の首に縄がかけられる最後の瞬間、観客も息が止まる。死を超越するこの場面で安重根が歌う名曲「丈夫歌」は「丈夫が世に生まれ/大きな志を抱いたのだから/死すともその志を忘れまい/天に向かって誓ってみる」と続く。映画が終わっても耳に残り、忘却から覚めさせるメロディーだ。安重根の遺体はまだ韓国に戻ってきていない。未来を変えてくれる英雄を待ちながら、肝心の、こんにち韓国をかくあらしめてくれた英雄のことは忘れていた。

朴敦圭(パク・トンギュ)記者

 

 

  


 

 

 

2022/12/19

【韓国/書籍】韓国併合 大韓帝国の成立から崩壊まで(森万佑子 著/中公新書)

掲題の『韓国併合 大韓帝国の成立から崩壊まで』を読みました。

タイトルが示す通り、日清戦争の結果、李氏朝鮮が清から独立して大韓帝国と改称(1897年)してから、日本との併合(1910年)で消滅するまでの経緯を解説した本で、実際には、日清戦争の遠因となる「東学党の乱」(1894年)辺りから扱い、この間に「日露戦争」(1904~05年)も起こります。

この本のタイトルを見た時、今更韓国併合の歴史なんて〔←もう大凡知ってるという意〕と思ったのですが、下の記事を読んで、韓国の出版社から翻訳・出版のオファーが来ていると知り興味を持ち、新書版というボリュームなのでほぼ一日で読み終えました。

Wedge(2022/12/09):「韓国併合」を今問い直す意味とは何か?

 

上記記事には、

本書『韓国併合』(森万佑子、中公新書)は「まえがき」で、「なぜ日本の植民地になったか」という日韓の根本問題について書かれた一般向けの本はほとんどない、と記す。歴史学者による韓国併合についての日本の本は、1995年以降刊行されていない。

と書かれていますが、これは意外でした。

と言うのは、韓国と日本の近現代史を扱う本はこの数年で数多く出版されており、朝鮮独立から併合は当然論じられているからですが、確かに、日韓で論争になるのは主に併合後の日本統治のあり方についてのテーマが多いので、それ以前にスポットを当てて、歴史家としてその過程を詳細に解説したものはないのかも知れません。

また、日本側の視点だけではなく、著者は朝鮮(大韓帝国)側の視点との併記で、客観的に書いており、従って、例えば、ロシア南下の脅威はあくまでも日本側の都合であり、そうした事を排除すると、外交権など、徐々に主権を奪う日本のやり方は強引であり高圧的であり、一方、李王は改革など興味が無く、清の権威が失墜した後、明の正統な後継者になりたかったという朝鮮の姿が浮かび上がります。

日本側の「併合合法論」では主に国際法的な見地から語られますが、朝鮮人はどう感じていたのかという視点は省かれがちです。

この辺りは、日本側には、公式な記録のみならず政治家などの回顧録が豊富なので多角的に見る事ができるのに比べて、朝鮮側は日誌のような記録しか無く、そうした史料が断片的なので、心情などは著者が推測せざるを得ない部分もありますが。

 

「終章」では、日韓の様々な研究者による「併合を巡る論争」を取りあげます。それぞれに対し著者自身の評価は語られませんが、歴史家の立場として、やや、韓国側の ”肩を持つ”ような結論で終わります。

多くの朝鮮人が日本に支配に合意せず、歓迎しなかったことである。一方、細部まで逐次叙述される日本の史料から抽出される史実がある。それは、日本人が朝鮮人から統治に対する「合意」や「正当性」を無理やりにでも得ようとした

 

ブログ主は、仮にこの本を韓国人が読んだらどう思うかという事を想像してみました。

李氏朝鮮という国はひたすら中国に事大した国でした。

この本では範囲外なので語られませんが、朝鮮は1636年、清のホンタイジ清朝の第2代皇帝。太宗。ヌルハチの子。〕にボコボコにされて、時の王、仁祖は三田渡の壇上に座るホンタイジに三跪九叩頭の礼で屈服するという屈辱を味わい、その後は属国の地位に甘んじます。李氏朝鮮が平穏だったのは、これ以降、清に逆らわなかった為と、鎖国していたからです。

李王家は、自らを民族に最も近い民族と見なし、野蛮人である女真族の清を見下して、明が滅んだ後も明に忠誠を誓い、依然として華夷秩序に生き、明の正統な後継者は我が国が唯一〔=小中華思想〕とばかりに中華式の祭祀を行い続けます。大韓帝国と国号を改めても、高宗から譲位された純宗は、1897年、中華の皇帝の印である黄色い衣装で即位式を行います。今までの属国の身分では許されないことでした。とにかく、中華世界に回帰して行くのです。

この本の韓国語版を手に取って読もうとする韓国人なら、そうした事大主義の朝鮮を知っているでしょうから、ここで描かれる李王家の姿を見て、顔から火が出る程の恥ずかしさを感じるでしょう。李王家やその側近は、体面を重んずるだけで、民の事は考えていません。

この本で改めて日本人に対しては怒りを感じるかも知れません。併合不法論に我が意を得たりと思う韓国人もいるかも知れません。一方、朝鮮人自らの手では改革は成し遂げられなかった現実も思い知るでしょう。

ブログ主はこの本が朝鮮語に訳される日を楽しみにしています。

韓国人は、多少目覚めた韓国人でも、自分が信頼を寄せるYouTuberに「教えて、教えて」とせがむばかりで、自分の頭で考える事はしません。しばらくは、彼らは自分の頭で考える練習をする必要があります。この本は、その為の良い教材となる事でしょう。

 

  


 

 

 

2022/12/15

【李宇衍博士】朴裕河教授はどんな歴史と向き合っているのだろうか(4)日韓併合不法論

前回のエントリーの続きで、これが最後となります。

 

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補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ

http://www.pennmike.com/news/articleView.html?idxno=59223#reply

IV.「韓日併合不法論」の登場背景

第4、5章にも様々な注目すべき叙述がある。 第一に、「韓日併合不法論」が1990年代から初めて提起されたという事実だ。 韓国ではソウル大学のイ·テジン教授がこれを主張する本を1995年に発刊し、日本でも戸塚悦郎弁護士がこの問題を提起した。 戸塚氏は慰安婦問題を国連に持ち込んで1996年に人権委員会が「クマラスワミ報告書」を作成、採択するのに大きく貢献したが、評者から見れば「慰安婦問題のグローバル化」の先頭走者であり、現在の「慰安婦性奴隷説」の創始者だ。

著者の脚注を確認したところ、戸塚が「韓日併合不法論」を提起したのは1993年だ。 1993年、盧泰愚(ノ·テウ)元大統領は日本のマスコミとのインタビューで、「慰安婦問題は日本のマスコミが韓国人の反日感情に火をつけたことだ」と述べた。 韓国の「反日」は日本が始めたことだということだ。 日本の反日·左派「良心勢力」は慰安婦問題を急造して韓国に輸出し、互いに両国を行き来しながら共同活動を行い、国連、北米、欧州などの国際舞台に進出した。 「韓日併合不法論」も同様ではないか疑ってみるべきだ。

著者の紹介によると、戸塚は「韓日併合不法」を主張することで朝鮮-日本関係を植民地-宗主国関係ではなく「交戦国」関係に置き換え、それで国際法上合法行為と認められる戦時徴兵や徴用さえも不法行為と規定し賠償を要求できる根拠を提示した。 それと共に慰安婦制度を「強姦」ではなく、交戦国国民に対する「人道に反する罪」、すなわち「戦争犯罪」として治罪できる論理的前提を作った。

雲をつかむ論理だが、韓国の裁判所はこれを受け入れた。 2018年10月30日、最高裁は4人の韓国人が日本新日鐵住金を相手に起こした損害賠償請求訴訟で、被告が原告に1億ウォンずつを賠償せよと判決し、韓日関係を1965年国交正常化以後、最大の危機に追い込んだ。 この時、最も重要な判決論理が「日本政府の韓半島に対する不法植民支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的不法行為を前提とする強制動員」ということだ。

2021年1月8日、元慰安婦ペ·チュンヒ他11人が日本政府を相手取って起こした訴訟で、ソウル中央地裁が原告勝訴を判決する際も、「日本帝国の韓半島と韓国人に対する不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結した反人道的な不法行為」という論理が適用された。

今、韓国人は植民地末期の戦時動員をドイツのユダヤ人に対する反人倫的犯罪行為と似ていると考える認識·感情を持っている。 しかし、人々は自分のどんな考えがいつからどのように出てきたのかについては普通考えてみない。 著者はこのような考え方は2000年代に現れ始め、戸塚がかつて1990年代にこのような考え方を提起したという。

今も韓国人は「ドイツは謝罪して賠償したのに、日本はなぜしないのか」と話す。 ドイツ·ベルリンに慰安婦銅像を建てる時も、ドイツ人がユダヤ人に持つ罪意識に訴え、結局成功した。 朝鮮人をユダヤ人に比べるのは歴史的事実に照らしてみると、もちろん荒唐無稽なことだが、それはすでに国民の常識と情緒になってしまった。

著者は日本を「戦犯国家」と認識し、現存する軍事的脅威と見なす雰囲気も1990年代初めに慰安婦問題が突出した後のことだと説明する。 それまでは、さらに1965年の国交正常化当時でも漠然と「文化的侵略」を懸念する水準だったということだ。

評者は慰安婦や戦時労働者など歴史問題が共産主義全共闘世代の後に続く日本の「反日主義者」が自国内で体験した失敗による挫折から抜け出そうと韓国を犠牲にして日本に代わって韓国で自分たちの「理想」を具現してみようという欲望から始まったのではないかと考える。 徴用工など戦時労働者問題もまた日本で先に提起、研究され、日本留学生等を通じて韓国左派に伝播され、今も韓国と日本で彼らの連帯は強固であり、以後慰安婦問題が収まる時、彼らの団結と活動はより一層勢いを得ようとするだろう。

日本との「歴史戦争」に関連するいくつかの文章を書きながら、評者は「和解」〔〕を言ったことがない。 それは歴史的真実に基づかなければ思想の楼閣であり、いつでも再演するだろうし、韓国の反日種族主義には客観的条件と政治勢力の主導的役割にその原因があり、したがってそれを克服するためには研究者と市民運動家の険しい長期闘争と国民的教養の増進があってこそ可能だからだ。

※この本もそうらしいが、ブログ主が朴教授の日本のメディアへの寄稿文等を読んだ限り、結論はいつも「対話による和解」で、徒労感に襲われる。

韓国の反日種族主義は植民地時代から造成された。 小中華思想が助長した日本に対する優越意識と現実では、それに反する植民地としての劣敗感の組み合わせだった。 さらに遠くは壬辰倭乱〔※朝鮮出兵〕まで遡るだろう。 1980年代の経済的、政治的、国際関係上の成功が与えた自信は、慰安婦問題を契機に再び被害意識と優越意識の奇妙な組み合わせに発展した。 慰安婦 問題は韓国人の反日種族主義に油を注ぎ、日本歴史教科書、独島、旭日旗、戦時労働者問題が連鎖的に爆発した。

朴裕河教授のこの本は以上のような問題の展開過程を調べ、問題をどのように解決するかについて参照する価値のある重要な著書だ。 特に多くの日本人が彼女を支持しているので、彼らが現在の状況で何を問題にし、それをどのように解決すべきかを熟考するのにも非常に有益である。 韓日歴史問題と韓国の反日種族主義の形成と実態に関心を持つ市民に一読を勧める。

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【李宇衍博士】朴裕河教授はどんな歴史と向き合っているのだろうか(2)徴用工

前回のエントリーの続きです。

 

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補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ

http://www.pennmike.com/news/articleView.html?idxno=59223#reply

II.徴用が強制連行であり、死が日常化した状況だったのか?

第2章は著者〔※朴裕河教授がこれまで扱ったことのない徴用問題だ。 著者の考えは『朝鮮人強制連行』という本を出した東京大学の外村勝教授と似ているが、動員においては「強制連行が全くなかったわけではなく」、日本での労働と生活は「差別と暴行、謝罪と疾病による死が日常化」された状況だったと主張する

評者はそれに同意しない。 第一に、著者が言う「徴用」とは何を指すのか? 文字通りの徴用は1944年9月から実施され、25万~30万人が動員されたと推定されるが、朝鮮人労働者展示動員は1939年9月から「募集」と「官斡旋」、一般的に個人の自由意志による渡日という形で出発し、その人員は43万~48万人と考えられ、日本に行ったこれら展示労働者は計73万1千人余りであった。

多くの韓国研究者がこれら戦時労働者を全て応じない場合、法的処罰が伴う国家的強制動員、すなわち「徴用」と通称して事実を歪曲してきており、その結果一般韓国人は実態とかけ離れた「常識」を持つことになった。 著者の叙述では、これら73万人全員を通称するものと見られる。 それなら、これは既存の研究者たちと同じ過ちを犯すことになる。

日帝下で徴用は皆が強制連行だったという主張は事実と違う。 73万1千人余りの徴用者の中で43万~48万人は個人の自由意志により就職のために「自発的に」日本に渡り高い賃金を受け取って仕事をした。

2つ目は朝鮮人の労働と生活に対する叙述でアン·フェナム(1909~?)の小説『牛』と『火』を重要な資料として利用しているという点だ。 『牛』で徴用された朝鮮人主人公は自分を「牛」になったと考え、『火』では「48人中7人だけが生きて帰ってきた」という話が出てくるが、著者はこれをまるで実態にでもなるかのように叙述する。

「牛」や「奴隷」という自己認識や企業の朝鮮人に対する極めて劣悪な待遇は当時の資料が言うところと全く違う。 盧武鉉政府が6千億ウォンの「慰労金」を支給して作られた国家機関によって収集、採録された証言は政治的に深刻に歪曲されている。 慰労金支給前の彼らの回顧は「苦労はしたが生きていく上で良い経験になった」、「やはり新世界だった」という健康さが基本的な情緒だった。

死亡者数に関する話は統計的実態を深刻に歪曲する。 著者はSNSを通じて評者に答えながら「残りの41人が皆死んだという意味ではなく、日本に残った人も多いという意味」と話した。 しかし、これも事実ではない。 終戦と共に働き口を失った戦時労働者はほとんど全員朝鮮に帰ってきた。 1960年代に遂行された日本政府の調査によると、当時在日朝鮮人のうち戦時労働者出身は2%にもならなかった〔

※この調査は不明だが、朝日新聞の記事(1958年7月13日)によると、外務省の調査により判明したのは、当時の在日朝鮮人61万人の内、徴用工に該当するのは245人。

1958年7月13日付け朝日新聞

 

「差別と暴行、謝罪と疾病による死」という叙述に関連して、一つの数字を紹介したい。 1939~45年間、戦争と関係なく純粋な自由意志で日本に短期労働移民した朝鮮人が戦時労働者の2.3倍にあたる170万人だった。 朝鮮南部の20~30代の青年が260万人程度だったので、韓国史初の大規模移民が展開された歴史的事件だった。

彼らの中で多くの人が戦時労働者と同じところで同じ条件で仕事をして生活した。 戦時労働者とその他の労働者が共に仕事をする所であれ、あるいはその他の労働者だけがいる所であれ、朝鮮人がこのように入り混じった状況で戦時労働者だけに極悪な待遇をするということはありえないことだ。 戦時労働者の実態が著者が小説を利用して主張する通りならば、この他の労働者170万人は自ら奴隷になって死ぬことを志願したわけになる。

著者はアン·フェナムを「作家」、「知識人」と紹介するにとどまる。 ところがアン·フェナムは短い徴用生活の後に8·15〔※終戦と共に帰国した。 その直後には「朝鮮文学建設本部」と「朝鮮文学同盟」という共産主義文学団体の結成に小説分科委員長として参加した。 小説『牛』は1945年に、『火』は1946年に書かれた 彼は1947年に越北した後、6·25戦争中〔※朝鮮戦争中には「従軍作家団」として韓国に降りてきて同僚たちを率いて北に上がった後、1960年代に粛清された。 このような事実について著者は言及しない。

共産主義者の小説であり、だからその小説は無条件に信じられないと主張しようとするものではない。 第1次世界大戦から第2次世界大戦までの時期に世界共産主義者が取った戦略戦術を考慮する必要がある。 彼らは第1段階革命として、政治的には「反帝反ファッショ民族解放闘争」、組織的には「統一戦線」の構築を当面課題に設定し、この第1段階革命を急速に第2段階社会主義革命に発展させるという戦略を取っていた。 朝鮮共産主義者も同じで、日本は「帝国主義」、朝鮮人は牛や馬と変わらない「奴隷」として革命の主体勢力だった。

共産主義作家たちにとって文学は「革命のための宣伝扇動の手段」であり、共産主義文学運動の先頭に立ったアン·フェナムはこのような戦略戦術に忠実に小説を書いたのだ。 よく知られているように、共産主義革命家にとって革命課題の遂行は自分の存在理由だ。 彼が『牛』と『火』を書いたのは反日·反米·反帝国主義革命のためにその主体勢力である朝鮮人に闘争を宣伝扇動するためだった。 安会男は彼を随行することにむしろ純粋だった。 その日本が行った徴用について朝鮮人を相手に共産主義作家アン·フェナムがする"創作"が、宣伝扇動だったのは極めて当然のことだったということだ。 そこで「徴用の真実」が期待できるだろうか。

評者のこのような指摘に対して小説を利用しながら「想像力を育てることが先だ」という著者の返事を聞いて大きく驚いた。 先日、ある慰安婦研究者が「資料を越えて想像力を動員しよう」という話を聞いて本当に荒唐無稽な記憶がある

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続き

 

  


 

 

 

【李宇衍博士】朴裕河教授はどんな歴史と向き合っているのだろうか(1)反日感情

公開:2022-12-15 06:16:58  最終更新:2022/12/15 6:38

韓国の保守系ネットメディア『ペン&マイク』に、『帝国の慰安婦』の著者、朴裕河(パク・ユハ)教授の最新著書『歴史と向き合う』に対する批評を李宇衍(イ・ウヨン)博士が寄稿されました。

以前、Facebookに書かれたことをまとめたような内容で、当ブログでもそれはご紹介したので重複する内容ではありますが、改めてご紹介したいと思います。

かなり長い記事なので、数回に分けて機械翻訳でご紹介します。

 

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補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ

http://www.pennmike.com/news/articleView.html?idxno=59223#reply
[기고] 박유하 교수는 어떤 역사와 마주하고 있는 것일까?
[寄稿] 朴裕河教授はどんな歴史と向き合っているのだろうか

キム·ヨンサム〔※『反日種族主義』の「鉄杭神話」の項を執筆したジャーナリスト
初承認 2022年12月13日 14:17:31
最終修正 2022年12月13日 18:55

朴裕河教授の『歴史と向き合う』に対する李宇衍博士の批判的書評〔※リンク先は日本のAmazon商品ページ『歴史と向き合う 日韓問題──対立から対話へ』

[編集者注]世宗大学のパク·ユハ教授が発刊した『歴史と向き合う』について、イ·ウヨン博士がペンアンドマイクで書評を送ってきた。 この文で李博士は冷戦体制の崩壊が反日感情の根源ではなく、政界と運動圏の「反帝民族解放革命」戦略戦術が1990年代以後反日種族主義が激しくなる原因だと批判した。

パク教授はこの本で徴用問題と関連して強制連行が全くなかったわけではなく、日本での労働と生活は「差別と暴行、謝罪と疾病による死が日常化した状況だった」と主張した。 これに対してイ博士は法的強制力による徴用は1944年9月から1945年解放まで約25万~30万人に過ぎず、それ以前の1939年9月から個人の自由意志により金を稼ぐために日本に行った自発的移住者が43万~48万人だったという。 日本に行ったこれら戦時労働者は計73万1千人余りと推算されるが、彼ら全員が強制連行されたという主張は事実と合わないと批判した。 寄稿文のうち、タイトルと中間タイトルは編集陣がつけたものだ。

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本書は「第1章冷戦崩壊と韓日関係、第2章徴用問題、第3章慰安婦問題、第4章韓日併合、韓日協定、第5章歴史と向き合う方式」で構成されている。 1~3章それぞれについて、そして4~5章をまとめて、内容を紹介して感想を述べる。 もちろん紹介は評者(本人)の主観によるものであり、著者(朴裕河)の立場では不十分かもしれない。 しかし、すべての書評がそうだ。

 

I. 冷戦体制の崩壊が反日感情の根源?

第1章は慰安婦や徴用など歴史問題を中心に1990年代以後、韓国で「反日」が強力に台頭する現象と原因を叙述する。 事実、明確に把握することは難しいが、著者は社会主義圏が崩壊した後、これまで冷戦体制の下で抑圧されてきた左派勢力が噴出し、歴史問題でも議論を主導するようになったためだと見ているようだ。 もちろんあり得る論理だ。

しかし冷戦体制の崩壊が左派の反日が勢力を伸ばす背景になったのは事実だが、必然的な原因と見るには無理が大きい。 50年間、日本の植民統治を受けた台湾では、そのような現象は現れなかった。 また、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの多くの国が植民統治を受け、第二次世界大戦後に解放された。

約40年間韓国に滞在した産経新聞の黒田勝弘論説委員がちょうど今年韓国で出版した『誰が歴史を歪曲するのか』で同じ問題を提起した。 彼は経済成長、1987年民主化運動の成功、1988年オリンピックの成功的な開催を背景に韓国人に「自信」が生まれ、それが以後日本に対する「優越意識」に転化したと話す。 このようなアプローチも意味が大きい。

評者は反日を志向して利用しようとする「政治勢力」を追加で指摘したい。 失敗したものの、ここ数年間、民主党や左派勢力が見せた「反日キャンペーン」を知っている読者としては、当然この問題を思い出すことになるだろう。 1992年に発足した金泳三(キム・ヨンサム)政権〔Wikipedia:金泳三>「対日姿勢」の項参照は、3党合併という生まれつきの不純性を取り除くために「歴史立て直し」を掲げ、過去との断絶、そして1948年の大韓民国建国まで格下げし、1919年の臨時政府で大韓民国の正統性と起源を探そうとしたが、その核心的イデオロギーは反日民族主義だった。 彼は就任演説で「どの同盟国も民族より優れているわけではない」と述べた。

一方、1987年の電撃戦に成功した左派運動勢力は「朝鮮は一つだ」という民族統一運動で活動領域を拡張し、陣地戦を繰り広げ始めた。 1987年、「民主化運動」を主導した主事派は、米国を敵とする「反帝民族解放革命」の諸本領を訪れるようになったのだ。

左派女性運動界では、日本の「良心勢力」がかつて提起した慰安婦問題を偶然発見した後、予期せぬ国民的呼応に支えられ、それに「オールイン」する勢力が形成された。 彼らは「民族の受難」を象徴する少女慰安婦というイメージを散布し、韓国挺身隊問題対策協議会という膨大な組織に結集した。 評者はこのような政界と運動圏の戦略戦術が1990年代以降反日種族主義が激しくなる原因だと考える。

* * * *

続き 

 

【追記】ここで少しブログ主の経験を。

全斗煥(ゼン・トカン)時代〔1981~88〕、恐らく、ソウルオリンピックの1年ほど前だと思いますが、ソウル支店の韓国人スタッフ(女性)が優秀なので、研修という名目で東京本社への ”ご褒美旅行” をプレゼントした事があり、ブログ主の部署で預かりました。

当時は韓国と日本では物価の差がかなりあったので、昼食や夕食には彼女に払わせる事無く接待したので、部署の殆どの女性社員と親しくなりました。ある同僚が「韓国は反日なんでしょ?」と質問した時には、皆、それには触れないようにしていたので焦りましたが、彼女が申し訳なさげに短く答えたのは、「親戚には日本企業に勤めているとは言えない」と言う事でした。

ついでに言うと、ブログ主は彼女の真面目さや礼儀正しさから、韓国人に対して非常に良い印象を持ちました。尤も、後から考えたら、日本人に囲まれた職場で、日本式のマナーを身につけていた彼女が特殊だったのかも知れません。

この後、盧泰愚政権〔1988~93〕で民主化宣言。ここまでが軍事政権で、文民政権である金泳三政権〔1993~98〕へと続きます。

何が言いたいかと言うと、反日は金泳三政権以前からあったが、この記事は、それが露骨になったのがいつか?という議論だと言う事です。

 

  


 

 

 

2022/10/27

朝鮮王公族・関係者略系図

朝鮮王公族―帝国日本の準皇族』を読み始めた時に、登場人物を整理するために、本書にあった略系図にブログ主が名前の読み方などを書き込んだものです。

他の方の役に立つかも知れないのでブログでシェアします。

 

20221027_rike

 

「★」印を直系と表記していますが、世嗣(世継ぎ)の意味です。

高宗の後継者は純宗ですが、アヘン入りのコーヒーを飲んだ事で虚弱となり、早々に異母弟の李垠(り・ぎん/イ・グ)が次期後継者として皇太子となりました。

この図から分かるように、李王家は、赤坂プリンスホテルで客死した李玖(り・きゅう/イ・グ) が子が無かったために途絶えてしまいました。

傍系の李堈(り・こう/イ・ガン)が子だくさんだったので、その子孫はご存命ですが、正統な世嗣は日本に帰化して李家とは関わりを持っておらず、韓国にいる子孫が「李王朝」ごっこをしているようです。

李玖の伯父・義親王李堈の孫にあたる李源が養子に指名され[16]、李家を継ぐことが全州李氏大同宗約院にも承認されていたが、李源の伯母で女帝を主張する李海瑗や叔父の李錫との間で係争となっている。〔Wikipedia:李玖より

 

参考:朝鮮王朝末期の王室について 〔駐横浜大韓民国総領事館HP〕

  

  


 

 

 

 

2022/10/22

『朝鮮王公族―帝国日本の準皇族』(新城道彦 著)が韓国語に翻訳されて出版

前回のエントリーでもご紹介しましたが、『朝鮮王公族―帝国日本の準皇族』は2015年に発刊された本で、以下、中公新書の同書の解説を引用します。

1910年8月、日本は大韓帝国を併合した。最大の懸案だった皇帝一族の処遇については、王族・公族の身分を華族より上に新設し、解決を図った。1945年8月の敗戦まで、男子は軍務に就くなど、皇族同様の義務と役割を担う。異民族ながら「準皇族」扱いされた彼らの思いは複雑であり、日本に忠誠を尽くす者、独立運動に関与する者など多様であった。本書は、帝国日本に翻弄された26人の王公族の全貌を明らかにする。

 

併合前後から始まり、日本の皇族並の待遇で迎えられた朝鮮王公族が併合下の朝鮮や日本でどのように過ごし、そして戦後(解放後)、その地位を剥奪されてどのように身を処したのかが、新書なのでコンパクトに纏まっています。

この本が『反日種族主義』の著者の一人、李宇衍(イ・ウヨン)博士の翻訳で、『조선 왕공족』(報朝鮮王公族)というタイトルで韓国で10月5日に発売されました。〔リンク先は韓国のネット書店の商品ページ

ブログ主はこの本を数年前に購入したのですが、併合前後以降の「王公族個々人の動向は、必要な時に参照すれば良いや」と、わりと雑な読み方をしていたので、韓国で出版されたと知って、もう一度、「韓国人がこれを読んだらどう思うだろうか?」という視点でざっと読み返してみました。

改めて思うのは、

  • 併合に関して日本政府は、他国から国際法違反と批判されないように気を使っていた。
  • 日本政府は朝鮮王公族を皇族に準ずる破格の待遇で扱っていた。
  • 但し、一国に2人の ”皇帝” がいる事はまずいので、肩書、国葬(李太王、李王)などの扱いには相当苦心していた。
  • 一方、李完用等、朝鮮人の官僚達は「朝鮮」という国を、たとえ形式的であっても存続させようと日本政府と必死に交渉していた。

と言う事です。

 

国民の力の鄭鎮碩(チョン・ジンソク)非常対策委員長の発言で、日韓併合に注目が集まっているこのタイミングで出たのは、偶然とは言え、良いタイミングだと思いました。

 

この本は個々の王公族の動向に重点が置かれているため、歴史的な事柄は背景程度に比較的あっさりと書かれています。

韓国語の書評(出版社レビュー)を読むと、やはりその点が物足りないらしく、以下のような記述がありました。〔誤字の訂正以外は機械翻訳ママ

韓日それぞれの国家的、民族的自尊心の問題を越え、客観的で中立的な見方が残念な部分もある。 ハーグ密使事件(1907)後、高宗の皇帝譲位を圧迫し、「社稷を重しと為し、君を軽しと為す」と言った李完用(イ·ワンヨン)の言葉(43ページ)で、「社稷」は果たして王室の家門だけを意味し〔意味するのではなく?、国を意味するのではないだろうか。 高宗と純宗大葬の日の3·1万歳運動(1919)と6·10万歳運動(1926)を単なる「騒擾」とみなすことができるだろうか。 そして韓国には陰で陽で独立運動に加わったほぼ唯一の王室人物として知られている義王(義親王)李堈〔りこう/イ・ガン〕を反骨·浮浪児〔日本語の本での表現は「無頼」。実際に素行が悪かった〕のように記述したものなど、日本人の立場で決心して書いただけに、今後もまともに熾烈でより生産的になれる論争の種も本は豊富に盛り込んでいる。

 

「社稷は果たして王室の家門だけを意味するのではなく、国を意味するのではないだろうか」は、ブログ主も同意します。しかし、家産国家〔領土と人民と財産とを君主の私的な家産として扱うような国家〕であった朝鮮は近代国家の体をなしておらず、王家=国だったので、朝鮮人貴族達が王族の肩書きや葬儀の形式などに拘ったのは王家の家門を存続させるためでもあり、日本の中に形式だけでも国を存続させる事でもあったと、ブログ主は理解しました。

 

3.1や6.1は、首謀者はともかく、民衆が暴れたのは、ブログ主は、現代韓国の「BSEロウソクデモ」、「朴槿恵弾劾ロウソクデモ」同様、参加した多くの民衆は無知蒙昧で煽動されたとは思いますが、まあ、韓国人が納得いかない気持ちも分かります。憲法前文には「悠久な歴史と伝統に輝く我々大韓国民は、3・1運動で建立された大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗拒した4・19民主理念を継承し...」と書かれているのですから。〔但し、3.1運動と臨時政府は直接は関係なく、前文の歴史観がおかしいのですが。

 

李堈公に関しての独立運動家としての記述は、Wikipediaにも本書からの引用がありますが、以下のような記述に留まっています。

1919年11月、朝鮮独立運動組織「大同団(朝鮮語版)」が李堈に「金は出すから、朝鮮から出て独立運動の象徴となってほしい」と彼を騙し、上海に拉致しようとした。

利用されていた程度なのか、李堈がどれ程独立運動に熱心だったのか、ブログ主はこれ以上の知識は持ちませんが、韓国人が李堈に対するこのような扱いに不満があるなら、出版社レビューにあるように、論争をしたら良いと思います。

   

  


 

 

 

 

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