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【国際】朝鮮人日本兵

陸軍特別志願兵を中心に

2022/04/07

【朝鮮人日本兵】朝鮮人陸軍特別志願兵の真実 3.陸軍特別志願兵【鄭安基博士】

前回のエントリーでは朝鮮の「学徒志願兵」に関する鄭安基博士の考察をご紹介しました。彼らは戦後、保身の為に「志願」を「強制」と言い換え、抗日を脱走の口実に使って、民族主義歴史学と野合し、「反日民族主義歴史観」の形成と拡散に決定的に寄与したというのが鄭博士の見解です。

一方、今回ご紹介する「陸軍特別志願兵」に対しては真逆の評価で、朝鮮戦争に韓国国軍の中心となったのは彼らであり、戦後は真のエリートとして活躍しました。

予め何点か補足を書いておきます。

 

【陸軍特別志願兵の選考過程】

志願者→(1次選考)→【適格者】→(2次選考)→【入所者】陸軍特別志願兵訓練所で6ヵ月の訓練→(3次選考)→【入営者】二等兵

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▲「채널fujichan」(チャンネル・ふじちゃん)の「陸軍特別志願兵」シリーズの動画をキャプチャして追記。画像の右下は金柄憲(キム・ビョンホン)所長と鄭安基(チョン・アンギ)博士

「郡」は「市」と並んで「道」の管轄下に置かれる自治体なので、村から合格者が出る事は自慢だったそうです。

 

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彼らは卒業後約2週間の東京視察があり、行く先々で歓迎を受けたそうです。

応募資格は身長160cm以上が基準でしたが、倍率が高く基準が上がった為、朝鮮人志願兵の平均身長は175cm〔日本人兵士の平均は160cm〕で、「巨人部隊」と呼ばれました。戦争からの生還者は、解放後、大韓民国のエリートでした。

 

【朝鮮時代の身分制度】

記事中に『常民』という身分が出てきますが、李氏朝鮮王朝時代には、良民(両班、中人、常民)と賤民(奴婢、白丁)に分けられていました。中人は医療や翻訳などに従事する技術者で、常民は大多数を占める農・工・商人。

陸軍特別志願兵に応募する者は長男以外の農家の出身が多かったという。満州軍官学校募集に血書志願して、それが新聞記事にもなった朴正煕大統領も貧しい農家の5男2女の末子。

日本統治時代になり表面的には身分制度は無くなりましたが、地方ではその習慣が残り、『醜い韓国人』の著者、朴泰赫氏(1928年生まれ)は、子供の頃、身分の低い者が両班の家の前を屈むようにして通り過ぎたり、両班の家の庭で使用人が叩かれているのを見たと書いています。

社会的地位の高い軍人になることは、常民にとっては "一発逆転” のチャンスだったのでしょう。

 

* * * *

https://www.mediawatch.kr/news/article.html?no=253760
日帝時代の陸軍特別志願兵、彼らは果たして誰なのか!

陸軍特別志願兵… 植民地時代、日本に忠誠を誓う「帝国の尖兵」だったが、植民地支配からの解放以降は新しい祖国大韓民国に進忠保国する「祖国の干城」〔干城:干(たて)と城との意。国家を守る武士・軍人。〕
登録 2018.12.02 15:53:10

【チョン·アンギ·元高麗大学校研究教授(経済学博士)】

日本の植民地時代、陸軍特別志願兵とは、1938~44年に植民地朝鮮において施行された特別志願兵制によって養成された朝鮮人出身の日本軍兵士のことをいう。

▲〔画像省略〕日本統治時代の陸軍特別志願兵の観閲式。 写真出所=1938年12月1日付毎日新報

 

従来の韓国近現代史は、日帝時代の陸軍特別志願兵を日帝の広範囲で徹底した強制動員の受身体にすぎず、血と肉を支えて日本と天皇のために忠誠を尽くした民族の反逆者と見なしてきた

しかし、1937年に勃発した日中戦争の最中、朝鮮人が陸軍特別志願兵を志願するということは、死に物狂いであった。 彼らは果たして誰なのか。 自分の権利と生命まで日本に任せるほどの無気力で他律的な存在だったのか。

昭和13年2月、日本陸軍省は勅令第95号「陸軍特別支援兵令」を公布した。 特別志願兵制は、これまで日本の兵役法の適用から排除されていた朝鮮人を対象に志願兵役を付与する日本の植民地初の軍事動員だった。

志願者条件は満17歳以上、普通学校卒業以上、身長1.6メートル以上の朝鮮人男子なら、誰でも応募できた。 しかし、だからといって志願者全員が陸軍特別志願兵に選ばれるわけでもなかった。 道知事、朝鮮総督府、朝鮮軍司令部が実施する身体検査、学科試験、面接試験という3次にわたる厳選主義選抜選考をパスしなければならなかった

▲〔画像省略〕植民地時代の陸軍特別支援兵の訓練·教育シーン。 写真出所=写真週報第22号(内閣情報部19380713-2)

▲〔画像省略〕1938-43年陸軍特別志願兵制選抜選考と推計

 

陸軍特別志願兵制は定員1万6500人に対して志願者80万3317人と、約49倍の熾烈な競争率を記録した。 これら志願者の大半は「普通以上の生計」を営む中農の次男たちだった。

中農層は、前近代の両班(ヤンバン)出身の上流層と違って出世志向性の強い常民出身であり、家計の経済力拡充とともに子どもの近代教育にも力を入れてきた躍動的な朝鮮人階層だった。 朝鮮人出身の志願者の中でも約72%を占めていた韓半島以南の青年にとって、陸軍特別志願兵は郷村社会の身分差別からの脱出であり、身分洗濯のための立身出世の近道であった。 そのため血書志願はもちろん、数年にわたる再志願も躊躇しなかった。

第2次朝鮮総督府選考試験に合格した合格者はいわゆる「皇国臣民の道場」と呼ばれた陸軍兵志願者訓練所(現在の陸軍士官学校花郎隊)に入所した。 6ヵ月にわたる入所生の生活は、午前6時から午後10時まで、学科教育、精神教育、内務生活で構成されたきめ細かい網だった。

陸軍兵志願者訓練所は、体と心で忠軍愛国を実践する兵営生活のコピー版であり、非国民を国民に包摂改造する、いわゆる「国民づくりの工場」だった。 ここで彼らは近代社会に適応する時間、身体、言語の厳格な規律化とともに能力主義に基づいた「軍隊的平等性」を経験し、「精強な帝国の尖兵」として鍛えられた

1939年5月の日中戦争に参戦した陸軍特別志願兵は、当初の予想とは異なり抜群の軍事的力量を発揮した。 彼らの日中戦争参戦は、商務精神で充満した朝鮮人の軍事的資質と朝鮮人の国民性を試す歴史的な舞台であった。

1943~45年、彼らはニューギニア、ビルマ、フィリピンなどアジア太平洋戦争にも動員された。 特に、朝鮮軍第20師団所属の陸軍特別支援兵は釜山港から約6000km離れた遠いニューギニア戦線に派兵された。 彼らは日本人戦友とともに、人間の接近を許さない熱帯密林、海抜3~4000メートルの高山地帯、広大な湿地帯を飛び回りながら孤軍奮闘した。 彼らは普及まで途絶えてしまった極限の戦場環境と生物学的限界を突破しなければならない凄絶な生存闘争の最中、自らを悪魔化させる徹底した人間性破壊を経験した。

陸軍特別志願兵は、日中戦争とアジア太平洋戦争を経て、専門的な軍事知識と豊富な実戦経験を積むことができた。 透徹した国家観、軍人観、私生観を内面化した。 彼らは日本人兵士よりも勇敢で壮烈に戦死し、朝鮮人の気概と度胸を見せるため、臨戦無退の精神で戦争に臨んだ。 このような精神と決断こそ、家族と同族を守ることだと確信したからだった。

終戦後、彼らは1946年以降、軍事英語学校など様々な軍事学校を経て、大韓民国初級将校に任官された。 元陸軍参謀総長を歴任した張昌国将軍の証言と同様、彼らは「命令に対する絶対的服従、任務完遂の強い責任感と忠誠心」で武装した「まともな商務集団」だった。

▲〔画像省略〕陸軍特別志願兵出身者たちは日本軍で近代性を規律化し内在化する。 写真出典=写真週報第22号(内閣情報部 19380713-1)

▲〔画像省略〕東京駅で査閲する陸軍特別志願兵


朝鮮戦争期、彼らは第一線部隊長として兵力と火力の劣勢にもかかわらず、金日成の南侵企図を阻止·粉砕するのに抜群の軍事的力量を発揮した。 戦争の全体の流れまで変えた英雄たちだった。

彼らは、新しい祖国大韓民国を守ることに躊躇いもなかった。 代表的な人物は春川(チュンチョン)大捷のイム·ブテク将軍、梨花嶺(イファリョン)の不死身ハム·ビョンソン将軍、洛東江(ナクトンガン)戦線機械-安康(アンガン)戦闘のソン·ヨチャン将軍などだった。 彼らの勇戦奮闘は漢江防御線と洛東江防御線構築、そして国連軍参戦のための絶体絶命の時空間を確保するのに決定的な役割を果たした。 それで彼らは1950-60年代に大韓民国陸軍60万大軍を号令する陸軍参謀総長、合同参謀議長、国防長官になることができた。〔この段落の人名は機械翻訳ママ。後ほど調べて、漢字名が分かれば追記します。

彼らは植民地時代、日本に忠誠を誓う「帝国の尖兵」だったが、解放後は新しい祖国、大韓民国に進忠保国する「祖国の干城」だった

彼らは20世紀「戦争の時代」に生まれ、ナポレオンのような偉大な軍人になろうと日本軍に身を投げた。 彼らは、生まれながら日本の臣民であり、それも参政権と兵役義務も欠如した「2等国民」だった。

彼らは「売国奴」という偏見と差別を克服し、「まともな商務集団」に成長した。 彼らは1948年、新生大韓民国の建国とともに国際共産勢力から大韓民国を守り、「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれる大韓民国成就の基礎を築いた立役者だった

彼らは今日、韓国の一部の反日種族主義が強調する「反民族行為者」だったのかもしれないが、1945年解放以降は自由人の共和国大韓民国の自由と人権を守護するのに犠牲と献身を厭わなかった「真の愛国者たち」だった。

[「植民地時代の陸軍特別志願兵、彼らは誰なのか」 (第17回国家経営フォーラム/ チョン·アンギ博士)]

 

 

  


 

 

 

 

2022/04/06

【朝鮮人日本兵】朝鮮人陸軍特別志願兵の真実 2.日本植民地時代の学徒志願兵、記憶と忘却の政治史【鄭安基博士】

前回のエントリーで聯合ニュースの朝鮮人学徒兵の記事(2018.01.22)と共に、「彼らの証言が80年代に左派民族主義歴史学と結び付き、反日種族主義歴史観の形成と拡散に大きく寄与した」という鄭安基(チョン・アンギ)博士の批判を簡単にご紹介しました。

聯合ニュースの記事には2018年によって朝鮮人学徒兵に関する報告書が発刊されたとも書かれています。

今回はこれを批判する『メディアウォッチ』の鄭安基博士の寄稿文を機械翻訳でご紹介します。なお、この記事とほぼ同じ内容の動画が、『李承晩TV』の「11. 学徒志願兵、記憶と忘却の政治史!」〔日本語字幕付き/無し〕として公開されていますが、この章は日本語版『反日種族主義』からは除外されています。

 

予め補足を加えると、記事の前半で、まず、数字の誤りについて指摘しています。これは、在日韓国人の故姜徳相滋賀県立大学名誉教授の『朝鮮人学徒動員―もう一つのわだつみのこえ』(岩波書店、1997年)の誤った数字に依拠している為だと鄭博士は動画で説明されています。

また、ここでは「学徒志願兵」が出てくるので、"植民地” に於ける兵役について時系列を整理しておきます。〔反日種族主義』や産経新聞「『台湾 日本人物語』統治時代のの真実(45)」、Wikipedia『台湾人日本兵』を参考

朝鮮では1938年(昭和13年)から43年(昭和18年)まで陸軍特別志願兵制が実施されます。朝鮮の場合、最初の志願兵の半数は北支に赴きますが、「一般兵に伍して〔=肩を並べ〕何等遜色なき武勲を立てており」〔19年度版『朝鮮事情』〕と評価されます。台湾では、遅れて1942年(昭和17年)4月から陸軍特別志願兵制度が導入されます。〔産経の記事は、戦場が中国であったため、同じ民族と戦う事に配慮したのでは?とという推測〕 続いて1943年(昭和18年)に朝鮮と台湾で海軍特別志願兵制度が導入されました。この年、学徒志願兵制度も導入されています。徴兵制は、朝鮮では1944年(昭和19年)、台湾では45年(昭和20年)に施行されています。

記事及び動画によると、学徒志願兵は立身出世の近道で、特に士官〔将校〕になるコースでもあったので自主的に応募したが、元々が "おぼっちゃん” なので軍隊の訓練になじめなかったり、士官コースからの脱落で悲観して脱走した、と言う事のようです。訓練地や入営先が中国だったのも脱走を容易にしました。そして、独立後、志願を強制と言い換え、抗日を脱走の口実に使って、保身と美化に走った、というのが実態のようです。

記事中に代表的な元学徒兵の名前が出てきますが、試しにこれらの名前や「朝鮮人 学徒志願兵」で検索すると、彼らの証言〔「1·20同志会」回顧録〕が数多く日本語化されている事に気付きます。「慰安婦問題」や所謂「徴用工問題」のように政治問題にまで発展していないので日本人が気付かないだけで、日本人の歴史観にも影響していると思われます。

 

* * * *

https://mediawatch.kr/news/article.html?no=253746
日本植民地時代の学徒志願兵、記憶と忘却の政治史
原文:일제시대 학도지원병, 기억과 망각의 정치사

学徒志願兵出身者たちこそ、今日の韓国社会で反日種族主義という惨憺たる精神文化と反日強迫観念の精神世界を加工した張本人たち。

登録 2018.11.27 12:18:54

【チョン·アンギ·元高麗大学校研究教授(経済学博士)】

2018年1月23日、行政安全部は「日帝による朝鮮人学徒志願兵制度および動員部隊実態調査報告書」を発表した。

この報告書は高麗大学校韓国史研究所が行政安定部過去史関連業務支援団の研究を受けて行ったものだ。 報告書は、太平洋戦争期に朝鮮人学徒4,385名が日本軍に入隊したことについて、「支援を装った強制動員」と見なす一方、日本軍を脱走して独立軍に身を投じた学徒志願兵を独立有功者と認定して叙勲·献唱することを主張する

▲〔画像省略〕行政安全部は「日本による朝鮮人学徒志願兵制度及び動員部隊実態調査報告書」


同報告書がさらに当惑し、不便な点は、学徒志願を大韓民国の独立運動にまで格上げしなければならないという歴史政策の必要性を力説しているという事実だ。 果たして学徒志願は、日帝の欺瞞による強制動員であり、民族意識で充満した独立運動だったのか。

報告書は学徒支援適格者6,203人のうち4385人が日本軍に入隊したと主張している。 しかし、報告書は学徒志願兵の志願と選抜の実情を総体的に漏らし、志願者をすぐ入隊者とみなすなど、荒唐無稽な内容ばかりだ。 具体的な事実関係はともかく、報告書の主張のように4,385人の入隊者を除く1,818人の志願忌避者、あるいは拒否者の存在は何を意味するのか。

また、別の資料によると、学兵志願は受付期限を超えた非公式の熱烈な志願者とともに、徴兵検査忌避者、志願不適格者も数え切れないほどだった。 当時、京城帝大〔現ソウル大学〕で学徒志願を拒否し、自ら徴用学徒を志願した徐明源によると、「1次身体検査の後、2次に行くのに締め切りを過ぎてしまい、行かなかった。 締め切り日を過ぎて徴用に行けばそれまで。」と堂々と証言している。〔下線部分は動画の字幕を参考にしたが、それでも意味が分かりにくい。

学徒志願兵は入営とともに3ヵ月の哨兵教育を終え、幹部候補生を志願して日本軍将校に変身することができた。 日本軍将校になることは、当時朝鮮人青年たちの悲願であり羨望の対象であったし、経済的安定とともに社会的地位を保障する立身出世の近道だった。 そのため、当時は学徒志願は「千載一遇の機会」とも言われた

幹部候補生合格者は候補生の集合教育と予備士官学校、そして見習士官を経て日本軍初級将校に任官した。 幹部候補生合格者は高い戦死率を記録した南方戦線派兵も猶予された。

そのため幹部候補生選抜選考は61.3%に達する熾烈な競争率を記録し、真夏の暑さの集合教育で防毒マスクを着用した10kmの完全軍装を完走する超人的な精神力を発揮した。

報告書で「独立闘士」にまで化ける脱走者は、兵営生活の不適応と幹部候補生の脱落悲観、南方戦線派兵による死の恐怖のためだった。 幼い頃から手に一滴の水もつけずに金枝玉葉に成長した彼らにとって、日本軍の生活は苦役そのものだった

1920年前後に生まれた学徒志願兵の出身者は当時2,400万人の朝鮮人の中で当代最高の出世志向の高等教育を受けた少数の幸運児であり、恩恵を受けていた。 彼らは1950~80年代、韓国社会における政治、経済、社会、文化の各界各層において有力者層を形成した。

代表的な人物は、ジャーナリストの張俊河(チャン·ジュンハ/장준하))氏をはじめ、高麗(コリョ)大学総長の金俊燁(김준엽/キム·ジュンヨプ)氏、野党政治家の李哲承(イ·チョルスン)氏、韓国人初の枢機卿の金寿煥(김준엽/キム·スファン)氏、陸軍参謀総長の張都暎(장도영/チャン·ドヨン)氏、朴正熙大統領の最後の秘書室、金桂元(김계원/キム・ゲウォン)氏。彼らは自らの社会的地位と影響力を発揮し、当代の時代精神を規定した。

金寿煥枢機卿は、代表的な学徒志願兵出身の一人だ。 金寿煥枢機卿をはじめ20世紀初めに生きた人物としては、時代がそうだったようにアイロニーとパラドックスが繰り返された人生は避けられなかった。 大韓民国建国後、彼らが自分たちの生活を合理化するために反日種族主義と反日強迫観念を育てたことも、やはりアイロニーとパラドックスと言わざるを得ない。

▲〔画像省略〕金寿煥枢機卿は、代表的な学徒志願兵出身の一人だ。 金寿煥枢機卿をはじめ20世紀初めに生きた人物としては、時代がそうだったようにアイロニーとパラドックスが繰り返された人生は避けられなかった。 大韓民国建国後、彼らが自分たちの生活を合理化するために反日宗竹主義と反日強迫観念を育てたことも、やはりアイロニーとパラドックスと言わざるを得ない。


彼らは忠良な皇国臣民の記憶と立身出世の出世欲、より平安な軍隊生活、命知らずの赤裸々な欲望を忘れていた。 代わりに、日本を「公共の敵」として「民族の十字架を背負った若い知識人」あるいは「祖国の光復(クァンボク、独立)を早めるために永特に献身した民族の闘士」というとんでもない記憶だけを再生産し、社会化させた。

「志願の自発性」という学徒支援の羞恥心が自らの心性を歪曲し、意識·無意識の世界までも拘束してしまった。 彼らの記憶と忘却の政治性は20世紀後半、民族主義歴史学と野合し、「反日民族主義歴史観」の形成と拡散に決定的に寄与した。

彼ら学徒志願兵出身者は、日帝の欺瞞と扇動に乗る馬鹿馬鹿でもなかったが、強制動員の被害者独立闘士でもなかった。 彼らは、生まれてから日本国民であり、幼年期以来、徹底した皇民化教育を受けて成長した空前絶後の世代だった。

彼らは赤裸々な欲望を天皇に対する忠誠心と愛国心できれいに包み込むこともできたが、国家命令に対する服従、忠誠、犠牲の尊さも早くから体得した「忠良な皇国臣民」または「国家主義精神世界」で汚された親日世代だった。

彼らは朝鮮人最高の有力者と資産家層の息子として生まれ、幼年期から裕福な生活と自由奔放な学生生活を送った自由な魂の代名詞で、親日エリートを代表する「帝国の協力者」だった。 彼らの存在こそ、20世紀の帝国主義植民地のどこでも実施されたことがなかった1944年徴兵制が植民地朝鮮で実施された社会的条件だった。

これまでの行政安全部の報告書は、政府が乗り出して学徒志願兵の歴史を歪曲し、彼らのとんでもない記憶と神話を歴史化することに率先することを求めた。 親日エリートを代表するこれら学徒志願兵を独立有功者にまで顕彰しろとは、まことに荒唐無稽で当惑する注文に違いない。

歴史は決して取り返しのつかない当代の人々の苛烈な選択だ。 この点を考慮すれば、政府が特定の理念と物差しで時代と歴史を裁断できるという傲慢と偏見を捨てなければならない。 歴史は歴史家の専門領域であり、決して政府が乗り出すことではない。

これは、現政権があれほど「積弊」に追い込んで断罪しようとする前政権の二の舞だ。 また他の巨悪と積弊を積むことだ。 昨今の大韓民国は、自国の歴史を捏造・歪曲して後世の魂を盗むようなとんでもないことに国力と時間を浪費するような暇な21世紀を生きているわけではない。

断言するが、これら学徒志願兵出身者は今日の韓国社会で反日種族主義という惨憺たる精神文化と反日強迫観念の精神世界を加工した張本人であることは明らかだ。

 

  


 

 

 

 

2022/04/05

【朝鮮人日本兵】朝鮮人陸軍特別志願兵の真実 1.韓国人の『共通の記憶』

朝鮮人日本兵については今までメモを書き溜めていますが、これも少しずつブログに整理していこうと思っています。

 

下の記事は「朝鮮人に兵役義務を」と訴える朴春琴代議士。当時の朝鮮人エリートは、兵役や納税の義務もなく、参政権も無いという “二等国民”の朝鮮人の地位を向上させ、日本人と同等の権利を得たいという要求がありました。彼らは、朝鮮人という民族を意識しつつ、「日本国民」になろうとしていたのです。

 

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▲朝鮮人に対する兵役義務や志願兵制度の実現を国会で訴え続けていたのは衆議院 東京府四区選出の朝鮮人議員 朴春琴で、この記事の3年後、昭和13年2月26日に朴春琴の請願により朝鮮人に対する陸軍特別志願兵制度が実現されることとなった。※昭和10年〔1935年〕2月6日付け 釜山日報〔六衛府さんのツイートより拝借しました。〕

 

しかし、日本政府は朝鮮人の能力を低くみていたため、彼らの徴兵には消極的で、ようやく1938年に陸軍特別志願兵制度、1943年に海軍特別志願兵制度が導入されます。彼らは約50倍の競争率を勝ち抜いたエリートでした。そして、60年代~80年代、大韓民国の礎を築くのに貢献します。

 

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▲「채널fujichan」(チャンネル・ふじちゃん)の「陸軍特別志願兵」シリーズの動画をキャプチャして追記。画像の右下は金柄憲(キム・ビョンホン)所長と鄭安基(チョン・アンギ)博士

 

彼らの志望動機や特別志願兵の詳細については追々見ていく事にしますが、戦後、つまり、朝鮮の解放後は志願者達はどのように身を処したのでしょうか? 

韓国に於いては、彼らは「民族の反逆者」であったはずですが、特に学徒志願兵が「志願の名を借りた強制」だったと自己保身を図ります。そうしないとしかたがない面はあったと思いますが、『反日種族主義』の共著者の一人で、「陸軍特別志願兵、彼らは誰なのか!」の章を執筆された鄭安基(チョン・アンギ)博士によると、元学徒志願兵の証言は、その社会的地位からくる影響力が80年代に左派民族主義歴史学と結び付き、反日種族主義歴史観の形成と拡散に大きく寄与したのだそうです。中には「脱走して、独立運動に身を投じた」と称して、後に独立有功者とされた者もいるそうです。

そして、結局これが朝鮮人日本兵に対する今日の韓国人の『共通の記憶』となりました。

 

今回のエントリーでは、韓国人の『共通の記憶』(韓国人として "正しい” 歴史)がどのようなものかがよく分かる記事〔原文韓国語を機械翻訳〕をご紹介します。〔聯合ニュースの日本語版記事:太平洋戦争期の朝鮮人学徒兵 4385人が「強制動員」=韓国政府調査 ※但し韓国語版より短い。〕

 

* * * *

https://www.yna.co.kr/view/AKR20180122034100004
日帝学徒兵4千人余りの強制動員の実態が明らかに…。政府報告書を初めて発刊
記事入力 2018.01.22. 午後12:00 記事原文スクラップ

「ショーシャンク」顔負けの脱出事例も…。「お腹が痛い」行軍を抜け、教官を追い出す金俊燁 〔キム・ジュンヨプ/김준엽/ヨプは「火」偏に「華」)先生

▲〔画像省略〕1944年1月、学徒兵入営を扱った朝鮮総督府機関紙「毎日新報」(行政安全部提供=聯合ニュース)

 

(ソウル=聯合ニュース)イ·テス記者=1940年代、日本が「学徒志願兵」という名目で韓国の学生と青年4385人を太平洋戦争に強制動員した具体的な事実が政府報告書を通じて公開された。

行政安全部(行安部)は22日、太平洋戦争に動員された朝鮮人青年の被害実態調査内容を盛り込み、政府では初めて真相報告書を発刊したと明らかにした。

今回の報告書は、行安部過去の事業業務支援団と高麗大が昨年10月から12月にかけて行った真相調査の結果を盛り込んだものだ。 学徒兵制度施行の背景、動員規模、部隊配置の実態、生存者回顧録、日本軍部隊名簿など学徒兵動員の被害実態をあまねく扱った。

行安部は「これまで学徒兵として動員された朝鮮人は4385人と推定されただけで、具体的な資料がなかった」とし「今回の報告書は被害実態を総合的に究明する上で重要な資料になるだろう」と説明した。

報告書によると、学徒兵は専門学校以上の卒業者を対象にした軍人動員制度で、1943年末、欺瞞的な志願と選考手続きを経て動員された。

報告書は学兵動員対象者として指摘された計6千203人のうち、70%に当たる4385人が軍人として選び出されたとし、これは実質的な強制動員だと指摘した。 学徒兵を拒否した青年たちは軍需工場などに送られた。

▲〔画像省略〕学徒兵を扱った朝鮮総督府機関紙の毎日新報[行政安全部提供=聯合ニュース]

 

動員された学徒兵は1944年1月20日、日本軍部隊に入営後、訓練を受けて各地に配置された。 半分ぐらいは日本、30%ぐらいは中国戦線、残りは韓半島内に残留したことが確認された。

調査陣は当時、「陸軍特別志願兵臨時採用規則」をはじめ、総督府機関紙「毎日新報」、学徒兵出身者の集まり「1·20同志会」の回顧録、韓国光復軍·独立有功者名簿、朝鮮人強制連行真相調査団名簿、日本軍部隊名簿などを幅広く調べた。

その結果、学徒兵のうち、日本軍を脱出して光復軍に参加した人が43人、独立有功者褒賞を受けた人が71人と確認された。

行安部は「今回発掘された資料の中には戦線配置以後、脱出して光復軍など所属として独立運動を展開した人 の記録も相当数含まれている」とし「今後、独立有功者褒賞の根拠に活用されるだろう」と期待した。

▲〔画像省略〕学徒兵から脱出した故キム·ジュンヨプ先生を探すために日本軍が作成した捜索図面[行政安全部提供=聯合ニュース]


調査陣が探した日本軍名簿には、命をかけて日本軍を脱出した学徒兵の事例も詳しく書かれている。

平壌出身の故キム·ジュンヨプ先生(元高麗大学総長)は1944年1月20日に入営し、中国安東と上海館を経て歩兵として徐州に配属された。

彼は、初年兵教育を受けた同年3月、行軍前日に腹痛を訴え、教官から内務班にとどまるよう命令された。 しかし同日「腹痛にも行軍に参加する」と明らかにしてはその日の夜、部隊を出てきた。

翌朝、点呼で金先生が見当たらなかったので、日本軍警備隊長は大々的な捜索に乗り出した。 周辺の警備隊も情報を聞いて彼を探しに出る一方、密偵まで中国に送って金先生の行方を探った。

しかし日本軍は結局、彼を見つけることができず、書類上では「生死不明」となったが、金先生は韓国光復軍に合流した。

平安北道朔州が本籍の故張俊河(チャン・ジュンハ)先生も1944年7月、中国徐州から脱出して自由の身となったと記録された。 彼も光復軍として活動して解放を迎えた。

行安部は「花のような青年を戦場に駆り立てて犠牲にした日本が韓国に及ぼした強制動員被害を事実通り正確に突き止めなければならない」とし「今後、真実究明に積極的に乗り出す」と伝えた。

報告書は、国家記録院のホームページ(www.archives.go.kr)で誰でも見ることができる。

 

 

  


 

 

 

 

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