2020年4月29日(水)のBS日テレ『深層NEWS』で、日本でまもなく導入される新型コロナウイルス追跡アプリを取りあげていました。
中国はもちろんですが、韓国や台湾では早くからICT(情報通信技術/Information and Communicaion Technology)を利用した対策が取られています。シンガポールでもこれらの国とは異なるタイプのシステムでクラスター追跡を行っており、シンガポールタイプのシステムは各国の事情に合わせて設計・開発され、導入が進んでいます。
日本では、専門家会議も4月1日に公開した提言でICT利用を助言しており、政府は「テックチーム」と呼ばれる対策チーム(平将明IT担当副大臣=事務局長)を発足、6日に初会合を持ちました。
このITを利用した取り組みはクラスター追跡だけでなく、在宅勤務の支援など幅広いものだそうですが、番組では特に追跡調査にスポットを当てて取りあげていました。
海外の同様なシステムも扱っていたので、覚え書きとしてまとめておこうと思います。
日本で開発・導入しようとしているのは、「コンタクト・トレーシング・アプリ」(接触追跡アプリ)の一種で、スマホに搭載されたBluetooth(近距離無線通信規格の一種)という通信機能を利用したタイプです。5月中旬にリリースを予定されており、同様のアプリは先日オーストラリアが、近々ドイツが導入します。
下の図は番組を観て作成したイメージ図です。
このアプリをダウンロードすると、まず固有のIDが割り当てられます。そしてこのアプリをインストールしたスマホを携帯した人同士が接近すると互いに通信し合い、一定の距離と時間(1m以内で15分の接触)を同じ空間で過ごした相手のIDを暗号化してスマホ内だけに蓄積します。
例えば、喫茶店でたまたま隣り合わせた人が上記条件に該当したとすると、それぞれのアプリに相手のIDが記録されます。そしてその人が陽性と判断されると、保健当局で行動履歴を質問して濃厚接触者を追跡する代わりに、スマホのデータを取得すれば、その人が過去2週間に濃厚接触した人(ID)が分かるので、その人達に緊急地震速報のような感じの警告を通知するという運用方法だそうです。
スマホに記録されたIDは、恐らく2~3週間程経つと自動的に削除されるのだと思います。(番組では日数などは説明されていなかったように記憶) 元々、データはスマホ内のみに存在するのでビッグデータとして疫学調査に活用するのが目的ではありません。
このアプリの目的は、感染者からの聴き取りの時間を節約するだけでなく、通知を受けた人の行動変容を促すのが大きな目的(時差通勤、ルートを変える)だとのことですが、今のところ、「ここにご連絡を」というガイダンスをする予定だそうです。
これと同様なシステム(システム名称「COVITSafe」)が26日にオーストラリアで開始されましたが、日本と異なるのは、スマホのデータはサーバーに吸い上げられて保存(3週間)されることです。これにより保健当局は陽性確定者の許可を得ずに濃厚接触者を追跡されますが、日本の場合はその陽性者のスマホ内のIDリストを参照します。
COVITSafeでは、ダウンロードすると、まず名前や年齢層、郵便番号や携帯電話等の情報を登録しますが、日本の場合は、抵抗感を与えないように登録項目はこれより少なくするようです。
ドイツも、少し前に見たニュースで、データを分散サーバで管理することを決定、とかやっていたので、オーストラリア同様、保健当局がデータを管理するようです。
問題はこのアプリをどれほど多くの人がダウンロードするか、ですが、様々なインセンティブ(メリット)を付加する予定だそうです。ちなみに、オーストラリアでは国民の40%以上が目標で、初日(?)に244万人がダウンロードしたとのことでした。
韓国の様なシステムはまず台湾が公開していました。現状はどうなっているのかは不明ですが、いち早く「陽性確定者の行動経路を地図上に可視化」したのは台湾です。(その人が利用した地下鉄の経路などを可視化)
どちらかと言うと、追跡のためというよりは、「近所で感染者が動き回ったから気をつけろ」と警告するためのシステムで、韓国もこのタイプです。ユニークなのは、保健当局が公開している感染者の情報を使って大学生等がボランティアでアプリを開発・公開したことです。
では、なぜ韓国では感染者の詳細な情報を取得できるのかと言えば、2015年のMERSの教訓から2017年に法改正されて、保健当局が検察のような司法権限を持っているからです。
感染者からの口頭での聴き取りに加えて、クレジットカードや交通カードの利用履歴や携帯電話の位置情報、立ち寄り先の防犯カメラの映像解析が行われます。これにより、陽性者の行動は、4月24日付け読売によると、約10分のタイムラグで捕捉できるとのことです。
感染者が出ると、日本の緊急地震速報のような感じで「○○番目の感染者が発生しました」とスマホに通知が来て、名前は匿名ですが、クリックするとその感染者の行動履歴が見られるのだそうです。
このシステムは自宅療養者の行動監視にも利用されており、スマホを家に置いて歩き回っていたりすると、監視のための「リストバンド」を着けられるそうです。
こうした情報公開は効果がある一方で弊害もあります。韓国では必要以上に個人情報を公開したため、インターネット上でいじめなどの二次被害が報告され、少し公開情報を絞り、職場名などは非公開としたそうです。
韓国のシステムは、以下のようなプライバシーの問題を孕んでいます。
【2020/05/09追記】韓国で新たに陽性となった男性の立ち寄り先が公開され、そこが所謂ゲイ・クラブだったことが報じられてしまったため、ネットでの中傷(コロナと性的嗜好を結びつけての揶揄)が問題となりました。(FNN『性的少数者がターゲットに…韓国コロナ感染者動線公開で人権侵害』)
これを巡る議論では、防疫の観点から店名の公開については問題とされず、メディアが店を「ゲイ・クラブ」等と紹介したことが問題とされていることが興味深いです。また、このことから、韓国では「もし、自分が感染したら、行動経路や会った人が公開されてしまう」圧力を感じつつ生活しなくてはならない事が浮き彫りになりました。
日本やEUでは韓国のような情報公開は不可能です。
日本はEUと同じ基準で個人情報を保護する「EU 一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:GDPR)」(2016年5月24日発効)を批准していますが韓国はしていません。
法的に可能だとしても、何故このような監視システムを国民が受け入れられるのか?という疑問に、ソウルの支局長は「国民の間ではプライバシーよりも防疫の意識が強く、元々国民はID番号で様々な情報を管理されているので、抵抗感は少ないと思われる」と答えていました。
【関連記事】
カイカイ反応通信: フランスの文明批評家「韓国は防疫に成功したが非常に監視される社会」=韓国の反応
上の記事(韓国のyahoo掲示板のようなところに書かれた韓国人の反応を翻訳したもの)は、韓国のシステムの効果は評価しつつ、Bluetoothを使ったシステムでさえプライバシー保護の観点から反発の多いフランスから見た文化論を展開しています。(まあ、反応が面白いんですけどね。)
4月15日付産経によると韓国では感染経路はほぼ把握できているそうですが、これはアプリそのものの評価というより、保健当局の司法権限に近い強制力のたまものでしょう。
以下、4月15日付産経新聞の一部を添付します。

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