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【国際】韓国・反日種族主義

2021/01/23

【創氏改名】朝鮮人の名前と戸籍制度/朝鮮人に人間らしい名前を付けるように指導したのは朝鮮総督府

このエントリーは、前回のエントリー(『【湿TV動画】創氏改名の真実/창씨개명의 진실』)でご紹介した京都大学の『朝鮮人の名前とその歴史』という講義資料を読んで理解したことを纏めることが目的です。

最初に結論から書くと、以下のようになります。

 

朝鮮総督府は統治時代に日本の「イエ」の概念を朝鮮に導入し、それまであった戸籍を日本式に改めました。改名は規則の範囲内で自由(許可制)でしたが、日本風の名前は禁止しました。(1911年10月26日付け朝鮮総督府令 第124号『朝鮮人ノ性名改称ニ関スル件』/前回エントリー参照)

しかし、朝鮮人(当時は朝鮮系日本人)が日本風の名前を欲し、これを許可したのが1939年に官報で公示された創氏改名の「改名」です。同時に「創氏」(家族姓)をつけることを義務化しました。この2つの届出が1940年2月11日~8月10日の6ヵ月間と、同時に行われたので誤解されているわけです。(過去のエントリー『「創氏改名」について多くの日本人も勘違いしていること』参照)

この間、朝鮮人の名前については、様々な改革が行われました。併合以前との最も大きな違いは、奴婢も姓名を持てるようにし、戸籍から「身分」の記載を削除し、人間らしい名前をつけるように指導したことです。

  

以下、時系列に見ていきます。

 

1897年 光武改革による戸籍の作成(光武戸籍・新式戸籍)

光武(광무/1897年 - 1907年)というのは朝鮮の元号で、光武元年10月に国号を大韓帝国に改称します。(cf. 1895年(明治28)4月、下関条約→清に朝鮮の独立を認めさせ大韓帝国が成立。)

これによって行われたのが「光武改革」で、戸籍の改革も行われました。(この改革を持ってして「朝鮮は自力で近代化できた」という主張もあるが、実態はどうだったのかはリンク先のイザベラ・バードの批評を参照)

光武戸籍は図-3のようなもので、男系の先祖が記載されており、女性(妻)の名前はありません

『朝鮮戦争で生まれた米軍慰安婦の真実』(崔吉城著/ハート出版)によると、崔教授の母上は1898年(明治31年)生まれで、亡くなった時に戸籍を取り寄せたら、名前が無かったそうです。生前は「宅号」(出身地名+宅)で呼ばれていたと書かれており、上記を裏付けます。

 

1897_soushikaimei01
図-1

 

1897_soushikaimei02
図-2

「幼名」とは:(Wikipedia『朝鮮人の人名/伝統的愛称』より引用

子どもの死亡率が高かった庶民の間では、死の使いに気付かれることなく長生きすることを願って、子供にはしばしば幼名(ko:아명、兒名 )が与えられた[20]。これらの愛称はしばしば侮蔑的であり、今日では子供にはあまり使われない[21]。
結婚すると、女性は大抵は幼名を失い、出身の町を示す「テッコ」(택호、宅号)によって呼ばれた[20]。

 

1897_soushikaimei03
図-3:韓国・国立中央博物館より

図-3の解説引用:1897年(光武1年)11月に作成した江原道旌善郡臨渓面三里下臨渓洞第3戸、李元在の戸籍表である。旌善郡印が押されている。
 朝鮮時代に作成された、家族事項を記して申告する書類である戸口単子と事なり、甲午改革以後新たに作成された戸籍表であることが特徴である。
 戸主李元在は55歳、本貫は全州、職銜は幼学、生業は農業で、正月20日卯の時に出生したと記している。
 四祖(父・祖父・曾祖父・外祖父)をみてみると、父は容聖、祖父は柳、曾祖父は洙天、外祖父は全鎬で、本貫は旌善である。妻沈氏は45歳で、2月19日生まれである。子供はなく、この戸は夫婦2人だけで構成されていた。あわせて、二間の藁屋を持っていると記されている。

 

1909年、民籍法制定。日本の戸籍制度導入。

これにより、女性にも名前がつけられ奴婢も本貫(男系血族の祖先発祥の地名)と姓を持つことになります。戸籍に身分を記載することも廃止しました。図-4で「民籍編製への抵抗」とありますが、これはおそらく両班が抵抗したのでしょう。以下は、Wikipedia『韓国併合/身分解放』より引用)

 

統監府は1909年、新たに戸籍制度を朝鮮に導入し、李氏朝鮮時代を通じて人間とは見なされず、姓を持つことを許されていなかった奴婢、白丁などの賤民にも姓を名乗らせて戸籍には身分を記載することなく登録させた[38]。李氏朝鮮時代は戸籍に身分を記載していたが、統監府はこれを削除したのである。これにより、身分開放された賤民の子弟も学校に通えるようになった[38]。身分解放に反発する両班は激しい抗議デモを繰り広げたが、身分にかかわらず教育機会を与えるべきと考える日本政府によって即座に鎮圧された[39]。

 

また、1915年(大正4年)の官通牒240号では女性の名前のガイドラインが公布されます。

 

1909_soushikaimei01
図-4

 

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図-5

 

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図-6

 

1909_soushikaimei04
図-7

 

1911年(明治44年)日本風の名前の禁止(前回のエントリーより)

併合するやいなや日本風の名前を付ける者が現れたため、改名を許可制とし、日本風の名前を禁止します。

 

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図-8

 

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図-9

 

1925年(大正14年)朝鮮語固有語彙による命名の制限

 

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図-10

 

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図-11

 

「創氏改名」を話題にしたあるYouTubeのコメント欄で以下のようなコメントを見つけました。(機械翻訳ママ)身分の低い者の名前がどうだったのか想像できます。日本で在日朝鮮人の家族の元に生まれた李明博元大統領の父親の名前「ドクスェ」(덕쇠)がどんな語感なのか、ブログ主は韓国語が分からないのですが、惨めな名前だったのでしょう。韓国語のWikipediaによると1939年に「忠雨」と改名しています。

 

立場を変えてみよう。私が日帝だったら、あの未開の朝鮮人が私たちの偉大な日本人の名前を書くことを許さなかっただろう。したがって、創氏改名を非人道主義的とはいえない…。ところで日本が来る前は名前は両班(ヤンバン)だけ独占し、ほとんどの人は名前がなかった…ケトンイ、牛のフンイと呼ばれた…李明博(イ・ミョンバク)父の名がドクスェだったので、胸の痛い話だね。。。後で名前を変えたんだけどこれを戸籍洗濯したんだ…

 

1939年(昭和14年) 創氏改名

「イエ」の家族姓を義務化し、同時に、日本風の名前も許可しました。届出の実施は1940年2月11日~8月10日。(下記画像はWikimediaより直接表示)

 

Gazette of Government-General of Korea, 1939-11-10, page 1
図-12

 

 

  


 

 

 

 

2021/01/09

【湿TV動画】創氏改名の真実/창씨개명의 진실

韓国人Youtuber「湿TV」さんの新しい動画を観て、以前のエントリー『「創氏改名」について多くの日本人も勘違いしていること』で解説した『創氏改名』についてもう少し書いてみます。調べたら面白い記事が見つかったので。

 

 

『創氏改名』は1939年11月10日付けの官報で公布され、1940年に実施されました。

韓国では、女性は父親の姓を結婚しても名乗りますから、家族姓(氏/家族で共通した苗字)のようなものは無いわけで、動画では最初に「氏」と「姓」について説明しています。

『創氏改名』は実は「創氏」と「改名」の別々の制度であり、日本式の家族を単位とした戸籍制度を導入するにあたり、家族の「氏」(苗字)を付けること=創氏=を義務づけ、日本風の改名を許可(自由意志)したものなのですが、この2つの届出が1940年2月11日~8月10日の6ヵ月間と、同じ期間に行ったので誤解されています。(と言うよりも、誤解しやすいところにつけこんで、『創氏』と『改名』がセットだと、「反日」に利用されているのだと思います。)

そして、前述のエントリーでも説明したとおり、『氏設定ニ就テ御注意』という告知には、新たな「氏」を作るつもりがなければ、戸主の姓(夫の姓)を「氏」として戸籍に登録されるという説明されていました。(Wikimediaには丁寧に韓国語の対訳まで掲載されています。)

韓国では、日帝=悪というストーリーで、『創氏改名』はセットで強制されたものとされています。民族文化の抹殺だというロジックだからです。

そこで、動画に紹介されたブログには「創氏改名感謝状」なるものが登場します。

動画に出てくるブログはこちら(https://m.blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=dseco&logNo=140019987572)ですが、創氏改名の感謝状として掲載されている表彰状は軍隊への寄付にに対するものだったり、国民学校の生徒の皆勤賞だったり...。創氏改名とは全く関係ありません。現代の韓国人が漢字が読めないとしても適当すぎますw 金田クンもビックリしてることでしょう。

 

19111026_soushi04

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

さて、冒頭で言った面白い記事ですが、2003.12.19付け朝鮮日報の『日帝의 창씨개명 강요문서 발견돼 1940년 6월 "모든 가구 신청하게 독려"』(【機械翻訳】日本帝国の創氏改名強要文書発見 1940年6月、「全世帯申請するよう督励」)という記事で、以下に翻訳した内容をご紹介します。(翻訳ママ。原文は後述)

 

https://www.chosun.com/site/data/html_dir/2003/12/19/2003121970022.html
日本帝国の創氏改名強要文書発見
1940年6月、「全世帯申請するよう督励」
朝鮮日報 入力2003.12.1905:54

日帝が「創氏改名」を強要したという事実を示す資料が、日本人研究者によって大田の政府記録保存所で発見された。

京都大学の水野直樹教授(韓国近代史専攻)は18日、政府記録保存所で、日帝時代に釜山地方裁判所長が管内の機関長に対し、創氏申請率が低調だとし、住民全員の創氏申請を督励した事実が盛り込まれた行政文書を見つけた、と毎日新聞電子版が報じた

水野教授が発見したこの文書は、釜山地方裁判所長が1940年6月12日付で管内の市町村長宛てに送った例規文書で、設定督に励関する件」というタイトルが付けられている。

朝鮮人の創氏申請期間は1940年2月11日から8月10日までだが、申請受付から4カ月が過ぎても、全世帯の10%のみ申請し、一部地域には3%以下の地域もあることを指摘、7月20日までに全世帯が創氏申請を終えるよう督励する内容が盛り込まれている

水野教授は「当時、朝鮮総督府は"創氏改名は強制ではない"と繰り返し強調したが、申請率が低いことから申請率を上げるため圧力をかけ、これを批判する人を逮捕するなど異議を申し立てることは許さなかった。 創氏改名を強要した実態がわかる資料」と述べた。

日帝が民族抹殺政策の一環として推進した朝鮮人の創氏改名は、申請後3ヵ月が過ぎても創氏を申請した世帯は全体の7.6%である32万世帯に過ぎなかったが、その後申請率が上がり、最終的に全世帯の80%である320万世帯が申請を終えたことになっている。

韓国近代史を研究する宮田節子早稲田大学講師は「この文書は創氏改名が強制的に行われたことを示している。 朝鮮総督が強く希望すれば、地方の責任者が成果を上げるために競争する構図がよく表れている。 当時、朝鮮総督府は自らが「やや行き過ぎだ」ということを認めてはいたが、あくまでも「(行き過ぎたものは)末端に過ぎない」と述べたが、その意味からも貴重な発見といえる」と評価した。

最近、日本では6月に麻生太郎自民党政調会長(現総務庁長官)が「創氏改名は朝鮮人たちが願って行ったもの」と妄言をした後、各種右翼雑誌が麻生の妄言を擁護する記事を相次いで出している。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

前述のように「創氏」(家族の苗字の届出)は義務なので、期間内に申請するように督励したのですが、それを「創氏改名」を督励→強制したとすり替えて研究結果が発表され、毎日新聞がそのまま報じたようです。

記事中に出てくる「氏設定督に励関する件」という通達は後ほどご紹介します。

そして、記事に名前が出てくる2人の教授をググってみた所、Wikipediaにエントリーがあり、一部抜粋すると...

 

水野直樹

「日本の植民地支配を肯定的に評価しようとする日本学界の流れに対抗し植民地近代化論を批判してきた」として、韓国の全南大学校から後廣賞を受賞した[1]。八木晃介、上田正昭らと共に「朝鮮学校を支える会」の呼びかけ人も務めている[2]。

宮田節子

日本の朝鮮植民地を批判する立場で、自由主義史観研究会批判、新しい歴史教科書をつくる会批判[1]、日韓併合の不当を主張する「2015年日韓歴史問題に関して日本の知識人は声明する」[2] などのアピールや声明に名を連ねてきた。

 

(´・ω・`)・・・

 

公正を期するために書くと、確かに、組織単位(学校など)で、改姓を推進した例があるようで、動画の中にも幾つか「創氏改名は強制では無い」という新聞記事が出てきますが、このような記事を朝鮮総督府が出させたのはそのせいもあるかもしれません。

 

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画像は動画よりキャプチャ

 

「創氏」は、特に「改名」しなければ、自動的に戸主の「姓」が家族姓となったのですが、2つの申請受付期間が同じだったこともあり、「日本風に改名しない」家族の場合も、期間中にその意思を示さないとならなかったのかと思います。届出がない場合、本当に戸主の姓を家族姓にしていいのかどうか確認ができません。

なお、上記記事中の水野教授の資料(論文ではなく、プレゼン資料のような体裁のPDF『朝鮮人の名前とその歴史』)も京都大学のサイトに見つかりました。表紙の日付が2005年12月9日・16日となっているので、この内容の講義を2003年以来、毎年行っているのかも知れません。

 

◆『氏設定督励ニ関スル件』とは?

『氏設定督励ニ関スル件』の文面は上記PDFファイル(P.98―以下にキャプチャ)で読めますが、はっきりと、「7月20日までに全戸数の届出を完了するよう~」と書いてはありますが、「改名」については書かれていません。

にもかかわらず、水野教授はこれを持ってして、「創氏改名」を強要した証拠だと言ったわけです。

 

19400612_soushi01

 

◆本当は、朝鮮人は日本名を名乗りたかった

上記PDFには他にもこんな記述を見つけました。(P.72)

 

19111026_soushi03

 

日韓併合(1910年)するやいなや、日本風の名前に改名する者がいた、という『毎日申報』1910年9月9日の記事です。

すると、(P.73)

 

19111026_soushi01

 

1911年10月26日付け朝鮮総督府令 第124号『朝鮮人ノ性名改称ニ関スル件』では、姓名改称を許可制にし、日本人風の姓名を禁止しています。(「運用で」とあるのは、受付の際に担当者が紛らわしい名前を却下したのでしょう。)

ということは、

改名を強制する迄もなく、
日本風に改名したい人が大勢いたということでは?

 

次のページ(P.74)にはその理由が書いてあり、「日本人と朝鮮人の差別化」とか「朝鮮在住日本人の優位性・優越感」だと水野教授は位置づけています。

 

19111026_soushi02

 

日韓2000年の真実』によると、内地(日本国内)で、勝手に日本名を名乗った詐欺事件などもあり、満州事変(1931年、つまり創氏改名以前)の頃、満州には100万人ほどの朝鮮人がいたそうですが、禁止されていたにも関わらず、ちゃっかり日本名に改名していたそうです。

そこで、日本人と紛らわしい名前を1940年まで禁止したのですが、動画でも湿TVさんが仰っていたように、日本風の名前を禁止したら「差別だー」、許可したら「民族文化の抹殺だー」。

まあ、左翼なんてこんなものです。

 

◆時系列

最後に、時系列を纏めておきます。

1910.08.29 併合
1910.09.09 『朝鮮申報』朝鮮人(朝鮮系日本人)が勝手に日本名を名乗っているという記事
1911.10.26 朝鮮総督府令第124号「朝鮮人ノ姓名改称ニ関スル件」: ①改名を許可制にし、②日本風の名前を付けることを禁じる。(②は1940年まで続く)
1939.11.10 『官報』政令第19号(創氏)、第20号(改名)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Gazette_of_Government-General_of_Korea,_1939-11-10,_page_1.png
1940.02.11~08.10 届出期間

 

下は英語風に説明。

1910.08.29 annexation
1910.09.09 『朝鮮申報』Some Koreans changed their names to Japanese style names.
1911.10.26 government ordinance No.124(朝鮮総督府令第124号「朝鮮人ノ姓名改称ニ関スル件」): The government(朝鮮総督府/조선총독부)prohibited Koreans from changing their names to Japanese style.
1939.11.10 government ordinance No.19(創氏)、No.20(改名): The government ordered Korean to create a family name (no.19) and allowed them Japanese style names (no.20).
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Gazette_of_Government-General_of_Korea,_1939-11-10,_page_1.png
1940.02.11~08.10 application period

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

以下は記事原文です。

 

日帝의 창씨개명 강요문서 발견돼
1940년 6월 "모든 가구 신청하게 독려"
조선일보
입력 2003.12.19 05:54

일제가 ‘창씨개명(創氏改名)’을 강요했다는 사실을 보여주는 자료가 일본인 연구자에 의해 대전의 정부기록보존소에서 발견됐다.

미즈노 나오키(水野直樹) 교토대학 교수(한국근대사 전공)는 지난 8월 정부기록보존소에서 일제시대 부산의 지방재판소장(일본인)이 관내 기관장들에게 창씨(創氏) 신청률이 저조하다면서 주민 전원의 창씨 신청을 독려한 사실이 담긴 행정문서를 찾아냈다고 18일 마이니치(每日)신문 인터넷판이 보도했다.

미즈노 교수가 찾아낸 이 문서는 부산지방재판소장이 1940년 6월 12일자로 관내의 시·정·촌(市·町·村)장 앞으로 보낸 예규(例規)문서로, ‘씨설정독려(氏設定督勵) 관한 건’이라는 제목이 붙어있다.

이 문서에는 조선인들의 창씨 신청기간이 1940년 2월 11일~8월 10일까지이지만, 신청 접수 후 4개월이 지나도록 전체 가구의 10%만 신청하고, 일부 지역에는 3%이하의 지역도 있다는 점을 지적하면서 7월20일까지 모든 가구가 창씨 신청을 마치도록 독려하는 내용이 담겨있다.

미즈노 교수는 “당시 조선총독부는 ‘창씨개명은 강제가 아니다’라고 거듭 강조했지만, 신청률이 저조하자 신청률을 높이기 위해 압력을 가했고, 이를 비판하는 사람들을 체포하는 등 이의를 제기하는 것을 허용하지 않았다. 창씨개명을 강요한 실태를 알 수 있는 자료”라고 말했다.

일제가 민족말살 정책의 일환으로 추진한 조선인들의 창씨개명은 신청 후 3개월이 지나도록 창씨를 신청한 가구는 전체의 7.6%인 32만 가구에 불과했으나 그후 신청률이 점점 높아져 최종적으로 전체 가구의 80%인 320만가구가 신청을 마친 것으로 돼 있다.

한국근대사를 연구하는 미야타 세쓰코(宮田節子) 와세다대학 강사는 “이 문서는 창씨개명이 강제적으로 이뤄졌다는 것을 드러내는 것을 보여주고 있다. 조선총독이 강하게 희망하면 지방 책임자들이 성과를 올리기 위해 경쟁하는 구도가 잘 드러나 있다. 당시 조선총독부는 스스로가 ‘다소 지나치다’는 것을 인정하기는 했지만 어디까지나 ‘(지나친 것은) 말단에 불과하다’고 했는데, 그런 의미에서도 귀중한 발견이라고 할 수 있다”고 평가했다.

최근 일본에선 지난 6월 아소 다로(麻生太郞) 당시 자민당 정조회장(현 총무청 장관)이 “창씨 개명은 조선인들이 원해서 실시한 것”이라는 망언을 한 이후 각종 우익잡지들이 아소의 망언을 옹호하는 기사들을 쏟아내고 있다.

 

 

  


 

 

 

 

2020/12/15

【韓国・反日種族主義】日帝はご先祖様が自由に使っていた山地を国有化し「はげ山」に勝手に植林した!【植民地収奪論】

5ch(5チャンネル)で面白い記事を見つけたので、覚え書きとして。

記事は朝鮮日報の雑誌「月刊『山』」の記事で、雑誌自体は登山愛好家のための情報誌らしいのですが、特集記事として、登山のメッカ智異山(チリさん 지리산)国立公園はかつてははげ山だったのを、日本統治時代、国有林化して植林をしたということが書かれています。

しかし、面白いのは雑誌社の電話取材に応じた大学教授で、「ご先祖様がはげ山にしてしまったのは生活のためであり、これを現在の尺度で批判するな」、「日帝が植林したのは、植民地収奪の手段であり、その証拠に木材や生産した炭で金儲けしていたではないか」という、いかにも反日種族主義的韓国人らしいアクロバティックな日帝批判をしています。

 

以下、記事(和訳)の引用、その後若干の補足をします。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

http://san.chosun.com/site/data/html_dir/2020/11/24/2020112401633.html
朝鮮日報(韓国語)[フォーカス] 100年前地理、700m以下低地帯は禿山
2020.12.10

「母なる山」智異山(チリサン)の100年前の姿を調べた論文が発表された。11月16日、国立公園論文公募展で最優秀賞を受賞した<日帝強制占領期間、文献を中心にした智異山国立公園の時代的状況考察>だ。

論文の著者はパク・ソクコン国立順天(スンチョン)大学山林資源・造園学部教授で、日帝強制占領期間、植物学者、中井猛之進と帝国大学演習林関係者が記録した智異山関連文献4冊を翻訳して当時の状況を分析した。同論文によれば、100年前の智異山の姿は今の植生と全く違っていたという。

 

20201210_hageyama02
박석곤 교수(パク・ソクコン教授)
전공/학위(専攻学位):
조경수목, 환경생태/ 이학박사(造園樹木、環境生態理学博士)

 

不明瞭な政局が続いた朝鮮末期、山林管理がまともになされず、地域住民が堆肥や燃料、農機具材料などを得るために山林伐採を継続したからだ。東京帝国大学演習林報告書には1925年当時、智異山一帯の約70%が一時的あるいは永久的無立木地(木が殆どない山林)で、樹林を形成する場所は28%だったとある。

植物群落もやはり現在とははっきりと異なっていた。朝鮮総督府と九州帝国大学がそれぞれ1915年と1934年に作成した植生分布図と2018年国立公園公団精密植生図を比較するとアカマツ林は18.18%から7.29%に急減し、モンゴリナラ群落は11.87%から41.78%に急増したことが分かった。これは長く智異山圏が保存され、自然な森の遷移過程が進んだものと解釈される。

一方、当時記述された文献は「日帝強制占領期間、日本帝国大学が智異山に研究目的で演習林(現在の学術林)を設置し、造林事業を進めながら地域住民の焼き畑と山林伐採を禁止して山林保護に寄与した」と記述した。

 

20201210_hageyama01
日帝強制占領期間、徳坪(トクピョン)峰一帯の焼き畑の村。資料国立公園公団

 

しかし、パク・ソクコン教授は本紙との通話で断片的に解釈すれば日本帝国大学が智異山保全に尽くしたように見えるが、歴史的真実はそうではない」と一蹴した。

当時、智異山に演習林を設置した大学のうち九州帝国大学と京都帝国大学は関連学科の農学部がないのに演習林を設置した。これは明確に研究目的より経済的利益を創出するために演習林を設置したという意味です。実際に地域住民に演習林で伐採した木や生産した炭を販売した記録もある。つまり演習林は植民地収奪の手段だったという事だ。」

パク教授は付け加えて「今の定規で当時の地域住民たちの山林利用を判断してはならない」として「当時のご先祖に低地産地は保存対象でなく唯一の生計の手段だった。日本人たちは植民地支配層の認識で彼らをあたかも未開な環境破壊犯のように追い立てた」と話した。

演習林設置によって智異山で暮らしてきたご先祖は生活の基盤を失うことになった。私はこのご先祖と今の国立公園内部や近隣で暮らす地域住民が重なるとみている。過去の歴史を教訓にして地域民を管理対象でなく国立公園保全のための協力者として参加できるよう政府が出て助けるべきだと思う。」

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

京都大学百年史編集委員会編『【部局史編 2】第12章: 農学部附属演習林』(PDF)によると、農学部が設置されたのは1923年(大正12年)で、その14年前の1909年(明治42年)に、帝国大学の基本財産及び維持管理、そして林学に関する研究・教育の場として台湾総督府より山林の移管を受けて演習林を設置、1912年(大正元年)に朝鮮演習林、1915年(大正4年)の樺太演習林等を経てのものです。

つまり、農学部設置前ではありましたが、その準備期間とも言える状態で実績もあり、経済目的と演習を両立させるものです。また、当然の事ながら、育苗などは国費で行われていますし、はげ山からのスタートですから収益化するまでコストが掛かる。営林には間伐も欠かせず、炭作りはそれを有効利用するものです。

これに対して、パク教授は「明確に(・・・)研究目的より経済的利益を創出するため」と妄想で批判しています。

実に反日韓国人らしい妄想です。

 

「(はげ山にしたご先祖様を)未開な環境破壊犯のように追い立てた」と言っていますが、未開なのは朝鮮末期の社会システムに他ありません。

朝鮮では、古来より山野は「無主公山」と呼ばれ、地元住民による一種の入会権が認められていたため無断開墾は罪となら”なかったのだそうです。(Wikipedia『火田民』より/火田は日本で言う焼き畑)

「一種の入会権」とは書かれていますが、日本の「入会(いりあい)」とは、資源を保全しながら共同利用するためのルールがあります。しかし、そうしたルールがない日本統治以前の朝鮮では、住民は山で自由に薪用の木を切ったり、土地を持たない農民は勝手に焼き畑をして農地を作って生活していました。その結果が、前掲の写真の光景となります。

森林の「収奪論」については『反日種族主義との闘争』において李宇衍(イ・ウヨン)博士が「15 事実と逆である林野収奪論」で反論していますが、土地の所有権が明確ではなかった朝鮮時代は投資をせずに消費のみ行うため、資源を枯渇させてしまいました。

朝鮮総督府が真っ先にやったことは土地調査事業(1910~1919年)で、土地を測量し、私有地と公有地(国有地)とを分け、私有地の境界を明確にしました。上記本によると、これと並行して、山林の復興と林野調査事業も行っています。(明確では無いものの)林野の所有地らしき者を「固有林の縁故者」と呼び、事実上の所有者として扱い、彼らの権利を保護しました。そして、縁故者のいない林を国有林としたのです。

そこに国費を投じて(投資)、収益を上げるのは当たり前のことではありませんか。

おそらく、ここで問題となるのは小作人でもなく、土地を持たない「火田民」でしょう。朝鮮総督府は火田民対策を行い、解放した農耕地に移住させるという政策を行いますが、特に江原道(現在の38度線をまたいで日本海側に広がっていた道で、現在は北と南に江原道がある。北朝鮮側には観光で有名な金剛山がある。)には最後まで火田民が残り、韓国語のWikipedia『火田民』によると、1968年の「火田整理法」でようやく火田整理が終結したそうです。

このパク教授は、全体的には成功した土地改良事業を「断片的」とし、本来断片的である、「ルールが明確化されたことによる不自由」や「救済が遅れた人々」を持ってして否定をするという、いかにも「反日種族主義的韓国人」らしい批判をしているのです。

  

 

  


 

 

 

2020/11/08

【韓国】庚戌国恥(日韓併合)を象徴する写真「景福宮に掲げられた日章旗」の嘘

韓国では様々な捏造写真を使って反日教育が行われています。

国共内戦(中国の内戦)の写真を日本軍の蛮行の証拠としたり、最近では日本人労働者の写真を「朝鮮半島出身強制徴用労働者」として教科書に掲載したり...

こういうものは日本人の目に留まり、それなりに反論できますが、目立たない小さな捏造もあることが「湿TV」さんのこちらの動画(경복궁의일장기【景福宮に日章旗】)で解説されています。

 

20201106_keifukukyuu01

 

このYouTubeチャンネルの管理者は日本に在住している韓国人で、所謂「old comer」(在日○世)ではなく、new comerと呼ばれる、最近いらした方で、韓国語で韓国の反日病を批判する動画を発信しています。最近の動画は日本語の字幕をつけているので、日本人視聴者も増えたようですが、韓国人の方のコメントを読むと、真実を知っているのに、それを語り合う仲間がいない韓国人の避難場所のような印象を受けます。まるで、「王様の耳はロバの耳」(言いたいことを井戸に向かって叫ぶという寓話)というイソップ童話の井戸のようなものです。

 

問題の写真(景福宮に掲げられた日章旗)の詳しい解説は動画に譲りますが、1910年の「庚戌国恥」(日韓併合の恥辱)を象徴するものとして頻繁に使われるというこの写真は、実は1915年の「朝鮮物産共進会」の時のもので、併合後、主がいなくなって公園化された景福宮(王宮)を会場とした博覧会の一コマです。要するに、イベントだから日章旗を掲げているに過ぎないわけです。

それを、「併合すると真っ先に王宮に日章旗を掲げて我々に屈辱を与えた」という趣旨のプロパガンダに使っているとは知りませんでした。

 

20201106_keifukukyuu02
朝鮮物産共進会のポスター

 

ところで、「朝鮮物産共進会」は博覧会と書きましたが、「1915年朝鮮物産共進会の構成と内容」(李泰文)という論文(PDFファイル)に詳しく解説されいるように、主目的は併合後5年経っての統治の成果を内外に知らしめる為だとは思いますが、その内容を見ると、映画や朝鮮の伝統公演を含むショーがあったり、記念飛行(動画で解説されていますが、今で言うとブルーインパルスによる飛行ショーのようなもの)、宝探しゲームや福引きがあったりと、娯楽の部分も大きかったようで、前述の論文によると、来場者の内訳は以下の通りで、多くの朝鮮人(この時点では「朝鮮系日本人」)が見物に訪れています。

 

朝鮮物産共進会の入場客数

内地人 昼 206,039人 夜  93,502人
朝鮮人 昼 472,503人 夜 254,651人
支那人 昼  3,326人 夜  1,333人
外国人 昼  1,705人 夜   938人
無料者 昼  88,953人 夜  41,214人

総計 1,164,383名

 

なお、話が前後しますが、景福宮は秀吉の朝鮮出兵(文禄の役)で王が逃げ出した為、朝鮮人によって略奪・放火により焼失したものが、19世紀に再建されました。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

百年歴史さんという韓国人Youtuberがコミュニティページにこの博覧会を訪れた朝鮮人の感想を掲載して日本語訳も追加して下さいました。1915年11月の『朝鮮徽報』に掲載された文だそうですが、その一部をご紹介します。

- 咸鏡南道霊興郡虎島面長は、市政5年間、朝鮮の発展状況を共進会を通じて自ら目撃できたと述べ、驚きを禁じえなかったと話している。 殖産、工業その他の改良を要する分野が非常に多いが、我々は漁具の改良と湿田の排水方法を講じて韓電に改良することが急務と考えられ、自らこれを実行するとして現在計画中だという。

- 함남 영흥군 호도면장은 시정 5년 동안 조선의 발전상황을 공진회를 통해 친히 목격할 수 있었다며 이에 놀라지 않을 수 없었다고 하였다. 식산, 공업 기타 개량을 요하는 분야가 매우 많지만, 우리는 어구 개량과 습전의 배수방법을 강구해 한전으로 개량하는 것이 급선무라고 생각되며 스스로 이를 실행하겠다며 현재 계획 중이라고 한다.


- 医療器具と模型を見て、医術の進歩に驚かざるを得なかった。 これを韓医学の鍼灸術と比べてみると、天と地の差が感じられる。 従来の医術が浅薄だったために夭折した青年の中で、もしこれを早く知っていればよかったとため息をついた者もいる。

- 의료기구와 모형을 보고 의술의 진보에 놀라지 않을 수 없었다. 이것을 한의학의 침구술과 비교해 보면 하늘과 땅 차이를 느끼게 된다. 종래의 의술이 천박했기 때문에 요절한 청년 가운데 만약 이것을 일찍이 알았더라면 좋았을 것이라고 하면서 탄식한 자도 있다.

- 京城の衛生設備が完了しているのを見て驚いた。 至るところでその清潔さに感動したと言う者が少なくなかった。

- 경성의 위생 설비가 완료되어 있는 것을 보고 놀랐다. 이르는 곳마다 그 청결함에 감동했다고 말하는 자가 적지 않았다.

- 京城の朝鮮婦人が人々の視線を気にせず道を歩き、それぞれ業務に従事している状況を見て、これが文明の収入であり、新教育の結果だと実感した者がいるという。

- 경성의 조선 부인이 사람들의 시선에 아랑곳하지 않고 길을 걷고, 각기 업무에 종사하는 상황을 보고 이것이 문명의 수입이며 신교육의 결과라고 실감한 자가 있다고 한다.

- 朝鮮開国以来、これほど多くの人が集まったのは初めてだろう。 昔は一人でソウルに行くとたびたび強盗やその他の讒訴にあうなど、不意の災難に遭い、ソウル行きを恐れていた。 しかし、今は可能なところごとに警察機関が普及し、単身で旅行してもいかなる危険もないだけでなく、平和な宿泊を提供しており、共進会観覧者に対する警察の保護もきちんと行われ感謝を感じる。

- 조선 개국 이래 이처럼 많은 사람이 모인 것은 처음일 것이다. 예전에는 혼자 서울에 가면 왕왕 강도나 기타 참소를 당하는 등 불의의 재앙을 입곤하여 서울 가기를 두려워하였다. 그러나 지금은 가는 곳마다 경찰기관이 보급되어 단신으로 여행해도 어떠한 위험도 없을 뿐만 아니라 평안한 숙박을 제공하고 있고, 공진회 관람자에 대한 경찰의 보호가 잘 이루어져 감사함을 느낀다.

- 工業伝習所の製作品を見て、朝鮮人も実力を磨けば、そのような技術が得られるということに気づき感嘆した。

- 공업전습소 제작품을 보고 조선인도 실력을 연마하면 그러한 기술을 얻을 수 있다는 것을 깨닫고 감탄했다.

 

以前のエントリーで「3.1独立運動の真実」について書きましたが、韓国では憲法に建国の精神として謳われているこの独立運動は1919年に起こりました。朝鮮人は本当に朝鮮時代に戻りたかったのでしょうか?

 

 

  


 

 

 

2020/10/07

【韓国】韓国人も目を向け始めた「陸軍特別志願兵制度」

ブログ主の覚え書きです。

2020年02月25日に『忠誠と反逆』(サブタイトル:大韓民国創軍・建国と護国の主役、日本軍陸軍特別志願兵)という本が「趙甲済ドットコム」より出版されました。著者は『反日種族主義』にも執筆している鄭安基(정안기/チョン・アンギ)博士です。『反日種族主義』では「陸軍特別志願兵、彼らは誰なのか」という章を執筆し、最新刊の『反日種族主義との闘争』では、左記の論文に対する批判への反論を「陸軍特別志願兵の内と外」という章で展開しています。

この鄭博士の研究は徐々に保守系YouTuberによって注目され、語られ始めているとのことです。ブログ主がこれに注目するのは、慰安婦や徴用工のような、反日日本人や韓国人によって嘘を嘘で塗り固めた“定説”ができあがってしまったものと異なり、韓国社会が目を背けていたものであり、逆に反日日本人/韓国人の盲点ではないかと思うからです。“日本軍兵士が銃剣を突きつけて拉致した”という元慰安婦の証言の証言だけで成り立っている慰安婦問題と異なり、狭き門に朝鮮の若者が殺到したという事実は消せないからです。

常識的に考えて、朝鮮戦争で韓国国軍を率いることができたのは、帝国軍人として近代的な軍隊に従軍した韓国人です。しかし、韓国政府、特に文在寅大統領は、独立軍や光復軍どころか、北に行き南進の功績者となった金元鳳を韓国国軍のルーツだと称える演説をしたことがあります(6月6日『顕忠日』にて)。強盗か、せいぜいゲリラ戦のようなことしかしていなかった彼らが国軍のルールであるわけはないのですが、その「精神性」を重要視しているようです。(韓国にとっての敵国が日本だという事がこういうところにも表れています。)

ところで、ブログ主が韓国人のコメント(動画など)を見ていて気になるのは、比較的「親日」というか「反日種族主義から目覚めた人」でも、日本と朝鮮の関係を「支配者」と「被支配者」という観点で捉えていることです。確かにそれは事実ですが、朝鮮半島は日本の一部となり、そこに住む人々は(身分上、)「日本国民」であったとはなかなか考えられないようです。

鄭先生によると、朝鮮人が朝鮮人という「民族意識」が芽生えたのは、日本の統治によってとのことです。恐らくそうでしょう。しかし、朝鮮人は朝鮮人であると同時に「皇国臣民」になったのだと鄭先生は言います。

 

以下、何点かメモを記しておきます。

◇ ◇ ◇

【本の紹介】(ネット書店「KYOBO」より機械翻訳ママ)

「黒い歴史の生きている幽霊、これら6・25の真の英雄だった!」

趙甲済ドットコムは、朝鮮戦争勃発70周年を迎え、「6・25の真の英雄」である「日本軍陸軍特別志願兵」たちの活躍を扱った「忠誠と反逆」(592ページ、2万2000ウォン、趙甲済ドットコム)を発行した。サブタイトルは、「大韓民国創軍・建國(創軍・建国)と護國(護国)の主役、日本軍陸軍特別志願兵」である。

日本軍陸軍特別志願兵は、1938〜1943年の間に合計志願者80万人のうち1万8000人余りが選抜(競争率45.4対1)されて、日本軍兵士に訓練を受けて入隊した。これら中日(日中)戦争とアジア太平洋戦争を経て専門的な軍事知識と豊富な実戦経験を積んだ。透徹した国家観、軍人管、死生観を内面化した。1946年以来、これら複数の軍事学校を経て、大韓民国陸軍将校に任官した。これら米軍定期的に、建国期、6・25戦争期大韓民国の自由と人権を守るために抜群の軍事的力量を発揮した。ので、これら1950〜1960年代陸軍参謀総長、合同参謀議長、内閣伴う(首相)にまで常勝疾走することができた。

それにも陸軍特別志願兵出身者は、解放後、深い沈黙と厳しい忍從(人種)の歳月を耐えなければならいた。大韓民国はこれら親日派、民族反逆者、親日反民族行為育っ罵倒して攻撃した。「黒い歴史の幽霊たち」として扱われた。韓国社会は彼らの血と汗と涙がスミと青い夢を見た今の陸軍士官学校校正どこかこれらの痕跡を残してくれたり、記憶してくれなかった。

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◇ ◇ ◇

 

韓国ネットメディア「メディアウォッチ」の記事『韓国軍のアイデンティティを直視する勇気、ありますか?』新刊『忠誠と反逆』
原題:“한국군의 정체성을 직시할 용기, 있습니까?” 신간 ‘충성과 반역’ より一部引用。機械翻訳ママ

 

3.朝鮮人がさらに歓呼した陸軍特別志願兵制度…なぜ?

3.1万歳運動の後から施行された総督府の文化政策によるところもあるが、朝鮮の企業家やジャーナリストなどの社会指導層を中心に植民地支配国からの参政権獲得の試みが続いた。 そのような努力に支えられ、ついに1938年、日本陸軍省は朝鮮人の皇民化と兵力の資源化を目的として勅令第95号「陸軍特別支援兵令」を公布する。 陸軍特別志願兵制は、38年以前まで日本国戸籍法と兵役法の適用から排除してきた帝国臣民(朝鮮人)に対して兵役を付与する日本植民地初の軍事動員だった。

植民地の母国である日本政府のこのような決定は、窮極的に朝鮮を一つの国家体制に収れんするための試みであり、韓半島の人々を日本内の人々との差別をなくし、一つの国民というアイデンティティに持っていくためのものだった。 さらに参政権を付与することで朝鮮の自治権を認め、韓半島人に権利と義務を持つ近代的市民権者の資格を付与することでもあった。

このように施行された陸軍特別志願兵制は、道知事、総督府、朝鮮軍司令部が実施する3度にわたる厳格な選抜選考を経なければならなかった。 もちろん、その選抜選考で行く前も、豪州や親権者の同意と、富潤や邑·面長など、地域有志の身元保証が絶対的だった。 このように身元保証を受けて1938年から43年まで6年間志願した17歳以上の男性男性の数は80万3,317人だった。 全員普通学校以上を卒業した身長160センチ以上の丈夫な朝鮮青年たちだった。 特異なのはこれら支援者は最終的に選抜されて入営した後も家計経済力にこれといった影響がない「普通以上の生計を営む」中農層以上の子弟が大部分だったという点だ。

これら中農層は、前近代の両班(ヤンバン、貴族階級)出身の上流層と違って出世志向性が強い前近代の庶民出身で、日帝時代の家計経済力が大きくなり、近代教育にも力を入れてきたより躍動的な階層だった。 その子息、中でも次男が大勢支援したという点は、長者中心社会で次男の自我実現と成功への欲望が積極的に介入していることが分かる。 特にこれら志願者の72%は韓国出身で、日本による産業化が積極的に進められた北朝鮮とは異なり、韓国地域は郷村社会の時代錯誤的な反相差別、地主制による社会的矛盾、1939年に三男を襲った大韓髪の衝撃が大きく作用したことが分かる。 このため、身分上昇と出世志向的な中農層の子弟にとって、陸軍特別志願兵制度は郷村社会の旧習として残っている身分差別と社会的矛盾からの脱出であり、立身揚命の近道として作用した。 それだけに、浪人も辞さない男たちが続出したという。

このようにして6年間選抜された志願兵は、最終的な入営者が1万7,136人で、年平均45.9倍の熾烈な競争と選抜過程を経て2.13%だけが合格した。 最終的に選ばれた若い兵士たちは「皇国臣民の道場」と呼ばれる陸軍特別志願者訓練所に入所し、午前6時から午後10時まで学科教育、精神教育、内務生活に続く日本軍の兵営生活そのまま訓練所生活を送った。 彼らはこの過程を通じて近代社会に適応するための時間、身体、言語の規律化とともにいわゆる「軍隊式デモクラシー」を経験したという。 すなわち、生徒たちの個性、人格、自意識を否定し「軍隊式平等」を具現する人間性改造の火ぶたであり、またとない文化的衝撃の場が陸軍特別訓練所であり、その過程を通じて彼らは軍隊的規律と秩序、そして精神を体得しながら「帝国の尖兵」として生まれ変わった。

1939年5月、一期生から日中戦争に参戦した。 彼らの参戦は、滅私奉軍の尚武精神で充満した朝鮮人の軍事的資質と潜在力を見極める歴史的舞台に飛び込むことを意味した。 太平洋戦争が本格的に拡大し始めた1943年、朝鮮人陸軍特別志願兵たちは釜山港を離れ、5,000kmも離れた遠いパプアニューギニアをはじめとする南洋戦線とインドネシア、ビルマまで投入され、過酷な自然環境と連合軍という敵の粘り強い追撃、そして凄絶な生存闘争の中で理性だけでは抑制できない欲望、恐怖、狂気などの「悪魔化」を彷彿させる徹底した人間性破壊を経験しなければならなかった。 陸軍特別志願兵はこのように日中戦争とアジア太平洋戦争を経て、専門的な軍事技術と豊富な実戦経験を積み、透徹した国家観と死生観、軍人精神を内面化するに至った。 そして太平洋戦争が日本の敗戦で終わった中、生還者1万1,000人は1946年に米軍政で実施された軍事英語学校を皮切りに、正規軍事学校及び多様な将校養成システムを通じて大韓民国の初級将校として生まれ変わるに至った。

著者はこれらについて「『命令に対する絶対的服従、任務完遂の強い責任感と忠誠心』で武装した戦士集団」と評価する。 白善ヨプ(ペク·ソンヨプ)将軍もまた、「忍耐心が強く鍛えられた彼らは思想的に全く不安がなく、戦闘地位も抜群の能力を発揮した」軍事専門家だと評価した。 被植民地時代、彼らが帝国の軍人として体得した知識、経験、理念は、その後の大韓民国建国を支持し、新生大韓民国を転覆しようとする左翼勢力打倒の物理的土台であり、資産だった。

陸軍特別志願兵出身の存在感は、建国時期の左翼勢力の反乱鎮圧、そして1950年6月25日に勃発した韓国戦争期を通じてさらに大きく浮上している。 彼らは6.25戦争前の時期にわたって第一線部隊長としてスターリンが主導する南侵祈りを初戦に阻止・粉砕する軍事的力量を発揮する。 その代表的な人物が、まさに国軍第6師団第7連隊長のイム·ブテク中佐だ。 イム·ブテク中佐の7連隊は、北槐郡第2軍団の鋭鋒を春川(チュンチョン)鳳儀山(ボンウィサン)と昭陽江(ソヤンガン)一帯で撃破、退却させることで、漢江と洛東江(ナクトンガン)防御線を構築する時間と米軍および国連軍参戦のための絶体絶命の3日間を確保するのに決定的な貢献をした。

もう一人の志願兵出身者であるソン·ヨチャン将軍は、首都師団長として1950年の洛東江(ナクトンガン)戦線の機械·安康(アンガン)戦闘、1952年の首都高地·狙撃稜線の高地争奪戦、1953年の6.25戦争最後の一戦だった金城南東地区戦闘で、中国共産軍の7.13攻勢を粉砕するなど不屈の闘魂を発揮した。

梨花嶺の不死身、咸秉善将軍、第6師団第7連隊第1大隊長として鴨緑江の川辺の楚山までたどり着いた。 中国共産軍の包囲作戦を突破し、部下たちを率いて必死の脱出を敢行した金ヨンベ将軍、慶尚北道日月山(キョンサンプクト·イルウォルサン)戦闘の英雄朴ノギュ将軍、金星(クムソン)地区白岩山(ペクアムサン)戦闘の英雄朴ギョンウォン将軍ら、韓国戦争は、陸軍特別志願兵出身の指揮官が、なぜ祖国の干城であるかを確認する場でもあった。

 

◇ ◇ ◇

 

以下、関連動画を追記予定。

【動画】「백년역사CenturyHistory」チャンネルより

 

 

  


 

 

 

2020/09/26

【韓国】1939年の朝鮮総督府が作成した観光PR動画/YouTubeの検閲【 백년역사CenturyHistoryさんの動画】

ブログ主の覚え書きとして、最近見た動画と考えた事をメモしておきます。

下の動画は日本が朝鮮を併合(1910年)して約30年後に公開された観光PR動画らしいです。英語のナレーションが付いているので、海外に向けて広報するのが目的だったと思われます。

 

機械翻訳: [1939年] 日本がこの時期に光った朝鮮を世界に紹介する映像、朝鮮総督府鉄道局制作、朝鮮観光広報映像、南満州鉄道を利用した観光コースの一つとして朝鮮を紹介。

原題: [1939년] 일본이 때 빼고 광 낸 조선을 세계에 소개하는 영상, 조선총독부 철도국 제작, 조선 관광홍보 영상, 남만주 철도를 이용한 관광 코스의 하나로 조선을 소개.

 

この動画のup主さん「백년역사CenturyHistory」(「백년역사」は「百年(の)歴史」という意味のようです)は、韓国人向けに日本統治時代の正しい歴史を啓蒙する動画をupされているのですが、日本語が堪能で、一部の動画は日本語字幕を付けてくれています。

この方の動画が素晴らしいのは、丹念に資料(証拠)を探して、編集も上手で、見る者(韓国人)を十分に納得させることです。ちなみにナレーションはプロのような感じですが、本人ではないとのこと。

 

この手の動画をわざわざ観に来る韓国人は、既に「反日種族主義」の洗脳から解けている人が多く、コメントを読むと、それを再確認する為に動画を観ているような印象を受けます。

それでも、日本人向けに作られた動画(コメント欄が日本人のコメントで埋まっている)よりは、韓国人の感想や意見を知ることができるので、ブログ主はなるべく多く機械翻訳で読んでいます。

 

ただ、動画主さんの落ち度ではありませんが、YouTubeの検閲が特に厳しいのが困りもの。上記の動画でも、ブログ主が書いたコメントを含めて、日本語・韓国語を問わず、コメントがごっそりと削除されてしまいました。(この件は後述)

以下のコメントはブログ主が書いたものです。但し、今は削除されてありません。

 

◇ ◇ ◇

こんにちは。CenturyHistory様の趣旨は一貫していますね。朝鮮(半島)は日本統治時代、「日本の一部」だったと。

現代の日本人は、しばしば、日本統治時代を「植民地化」ではなく、「併合」だということに固執します。「植民地」には「搾取・収奪」というイメージがつきまとうからですが、CenturyHistory様が仰るように、当時の日本は、朝鮮半島を日本の一部と考え、文化財を日本の一地方の文化と考えたように、そこに住む人々(=朝鮮人)も日本国民と考えたのです。その行き過ぎた例が「神社への参拝」かも知れませんが、この点で、反日種族主義者が主張する「日本人による朝鮮の近代化は日本の利益のためであり、朝鮮人の幸福のためではない」というのは完全に誤りです。(朝鮮の人達も日本国民だったのですから)

映像の中で韓国の文化が残されていることに驚かれている方々がいらっしゃいますが、それは、日本人は「地方の文化」を大切にするので、当然のことです。もし、韓国の方々が日本にいらっしゃれば、地方の様々な文化が保存されていることに気付かれるでしょう。日本では明治維新以前から「民俗学」というものもありました。

よく勘違いされますが、沖縄(琉球)は古くから日本です。(沖縄の方言は日本語であり、中世の単語が残っている) 昨年、首里城が焼失しましたが、戦後、荒廃した首里城を沖縄県が取り壊そうとしているのを、国宝に指定(1929年)して、それを阻止したのは本土の研究者です。

◇ ◇ ◇

 

これを書いた背景には、韓国では「日帝が朝鮮の文化財を破壊し、朝鮮文化を抹殺した」という誤解があり、この方の動画を観た韓国人が、「それが嘘だとよく分かるね」といったコメントを多く書いているからです。

その誤解(捏造)の一例を挙げると、仏国寺の石窟庵という、洞窟の中に刻まれた石仏群があります。この動画ではありませんが、過去の動画で議論になっていました。韓国では、「あまりの素晴らしさに嫉妬して日本人がコンクリートで塗り固めて毀損した」というのが定説になっているようです。

 

Sekkutsuan01_before
発見当時の石窟庵(Wikipediaより)

 

Sekkutsuan01_after
修復直後の石窟庵

 

当時の技術ではコンクリートでの修復が最善の方法でした。仏国寺の建物も復元前はほぼ廃墟になっているのを日本人が復元しています。

 

Sekkutsuan02_bukkokuji_before
再建前の仏国寺(Wikipediaより)

 

李氏朝鮮時代は儒教が国教となり仏教は棄てられたという事実を踏まえれば、こうした有様になっていたのはある意味当然なのですが、韓国人にとっては、動画で(ビジュアル的に)知ることは新鮮で「目から鱗」なのでしょう。

このような動画に書き込まれた韓国人のコメントを見ると、日本統治下の朝鮮を、「植民地主義時代の欧米の植民地と同様のもの(収奪を目的とした統治)か、それ以上にひどい扱い」という先入観があり、これを払拭するには、まず、「朝鮮人は日本国民であった」ことを理解しないとならないのだと感じます。

と言うのは、この理解なしには、いくら日本統治時代にインフラ整備がなされ、近代化されたことを説いても、「日本の利益のためにやったこと」と反論され、そこで議論が終了してしまうからです。

上の写真のようなbefore/afterの写真を見て、自分で論理的に考えて気付く人もいるのですが、動画主さんが「石窟庵は日本統治時代には『日本の文化財』になったのです。自分達の文化財を自分で壊すのはおかしいでしょう?」という調子で小まめにコメントを返しているのを見て、日本人が考える以上に洗脳が強固なのだと感じます。

その洗脳を解くには、ビジュアル的な資料とともに根気強く論理的に説明する必要があり、それは主に韓国人自身によらないと、日本人では「何が分からないのか分からない」から難しいのでしょう。

 

YouTubeのコメント欄の検閲について

日韓の歴史問題をテーマとした動画では、YouTubeの検閲は顕著です。

なるべくセンシティブな単語は避けるようにして、内容も問題なさそうなのに、投稿した途端に消えたり、しばらくしてから消されることがしばしばあります。

後者は動画の管理者が消しているのかと思った時期もあったのですが、そうでもないようです。以下に、今回、この動画で目撃したことを書き留めておきます。

コメントを投稿してから1日ほど経って、一部(字句レベル)修正して保存しようとしたら、エラーが発生して消えてしまいました。その時に、総コメント数が一気に減ったのに気付いたので、ざっとコメント欄を見たら、直前まであった他の方の日本語のコメントもほとんど消えていました。

その後、動画主さんとコメント欄でやりとりして分かったのですが、2日ほど前にも韓国語のコメントが幾つも消えたそうで、当初はコメントを書いた人が自ら消したのかと思ってガッカリしていたそうです。

動画主さんが消したのではないと確信が持てるのは、ブログ主が書いたコメントに対する動画主の返信が即座に削除されるのを見たからです。返信コメントはメールでも通知されるのですが、コメント欄にはそのコメントが無いのです。そして動画主さんも、「書いても消える」と嘆くように書いていました。

今回はあまりに大勢が同時に被害に遭ったので、皆、おかしいと気付き、YouTubeによって消されたのだと共通認識をしました。

 

ところで、こうしたことがあるため、ブログ主はコメントを投稿する(=[コメント]ボタンを押す)前に、書いたコメントをコピーして保存しておきます。そして、コメントを書き込んだ時は、すぐに「並び替え」を「新しい順」で更新して、総コメント数のカウンターが増えるかどうか確認します。増えていればOKですが、増えていない時は投稿したコメントは検閲に遭ったと理解します。従って、書き込む前/後のコメント数はよく確認する必要があります。

場合によっては、保存したコメントを再度記入欄に貼り付けてから、問題がありそうな単語の一部を伏せ字にすると投稿できる場合もあります。

しばらくして消えるのは、もしかしたら、誰かが組織的にコメントを通報している可能性もあります。(コメントの右側にある「・・・」を縦にしたようなものをクリックすると「報告」できるようになっています。)

 

 

  


 

 

 

2020/09/24

【韓国】韓国人学者の直言「日本は資産10兆円を譲った」【文藝春秋】

『文藝春秋』9月号に『李大根/徴用工に日本が保証する理由はない〈韓国人学者の直言「日本は資産10兆円を譲った」〉』(聞き手・黒田勝弘)という李大根(イ・テグン)教授のインタビュー記事が掲載されました。

李教授はニューライト(新保守運動)安秉直(アン・ビンジョク)教授とともに落星台経済研究所を創設した方で、落星台経済研究所には『反日種族主義』の「徴用工(朝鮮半島出身労働者)」の項を担当された李宇衍(イ・ウヨン)氏が研究員として所属しています。

 

この記事は一部、web上でも『遂に現金化へ…「徴用工に日本が補償する道理はない」韓国人学者の直言』というタイトルで公開されており、全文を読みたければ、記事単体でも購入することができます。

以下は目次で、無料で読めるのは「日本は韓国を「収奪」したか?」の途中までです。

  • 協定内容を歪曲している
  • 日本が朝鮮に残した52億ドル
  • 韓国急成長を支えた帰属財産
  • 日本は韓国を「収奪」したか?
  • 没収した財産を韓国に与えた
  • スターリンは帰属財産を残した
  • 植林と教育に尽力した日本人
  • 政治に翻弄される日韓の歴史

 

李教授は韓国の一般的な歴史学者とは異なった主張をしており、2018年の所謂「徴用工裁判」の大法院判決も批判しています。2015年には敗戦時に日本人が朝鮮半島に残した「帰属財産」に関する総合的な研究書である『帰属財産研究』という本を上梓されています。

ブログ主が先日読んだ『反日への最後通告』(池萬元著)でもこの本について言及し、内容を要約していますが、終戦後、株式会社級の大部分は朝鮮人の元従業員などに安価で売り飛ばされたもので、今日の韓国の大企業はほぼ元は日本企業です。

 

 

上記本からごく一部をご紹介すると、

「昭和麒麟ビール」は当時の朝鮮人管理人に払い下げられ、現・斗山グループの「OBビール」に、「サッポロビール」は明成皇后(=閔妃)の姻戚に売り渡されて「朝鮮ビール」(→ハイトビール)に。「鮮京織物株式会社」は工場の生産管理責任者が譲り受けて「SKグループ」の母体へ...。

従って、もし、大法院判決で言うように、“不当な”日本統治時代に朝鮮人を働かせた新日鉄住金のような企業が「戦犯企業」なら、これらの企業も戦犯企業ではないでしょうか。

 

李 「帰属財産」は、終戦後に韓国に進駐し軍政を敷いた米国当局が定めた用語ですが、その後、韓国では反日思想の影響を受け、「敵産」と呼ばれています。終戦時、日本人は政府(総督府)や軍関連など公的な資産だけではなく、民間企業や家屋などの個人資産を含め、莫大な帰属財産を韓国に残したまま帰国させられました。統計資料によると当時の朝鮮半島全体での資産のうち、およそ80~85%が日本人の資産だったとされています。

黒田 日本製鉄だって朝鮮半島に莫大な資産を残しています。先生の本を読んで、日本製鉄からすれば、「われわれが韓国に置いてきた資産で補償すればいいじゃないか」という考え方もありうるのではないかと感じました。それにPOSCOだって70年代に新日鐵の協力で誕生した企業ですしね。過去の補償問題など韓国側で処理すればいいのであって、なぜ今さら日本に要求するのかおかしいと思うでしょう。

李 おっしゃる通りです。いまになって日本企業の財産を差し押さえて、それでもって徴用工に補償するというのは筋が通らない、とする主張は十分に理解できます。終戦後に接収された日本企業は2300社を超え、日本人が朝鮮半島に残した資産総額は米軍当局などの試算では当時の通貨で52億ドルです。工業化が進んでいた北朝鮮に29億ドル、南朝鮮(韓国)は23億ドルという内訳です。

 

記事のタイトルにある「日本は資産10兆円を譲った」の10兆円は「帰属財産」の額を現在の価値に換算したものです。

文在寅やその周辺の従属左派は、しきりに「積弊清算」をいい、李承晩大統領の時代に「親日派」を完全に精算しなかったことで李承晩を親日派呼ばわりし、また、財閥を親日派政権との癒着で成長したと批判しますが、本当に積弊清算をするつもりなら、現在の韓国経済の基盤はほとんど捨てないとなりません。「NO JAPAN」を叫びながら、捨てるものはせいぜいジェットストリームのボールペンとか、安価なユニクロの服の不買程度です。

web上でよく韓国人は「日帝時代のものは朝鮮戦争で破壊されたから、戦後の韓国経済には寄与していない」というようなことを嘯(うそぶ)いていますが、たとえ、建造物などが物理的に壊れたとしても、技術やノウハウといったソフトウェアは残ったはずです。こうしたものは金額には換算できません。

 

ブログ主は話の種にこの記事を購入してみましたが、有料部分に、李教授の『帰属財産研究』はメディアに完全に無視されたそうです。著者の写真も撮影してインタビューもしたのに、その記事はボツになっていたとのことです。

 

 

  


 

 

 

2020/09/22

【書籍】池萬元著『反日への最後通告』(ハート出版)を読んで【書評】

公開:2020-09-22 08:08:56  最終更新:2020/09/22 9:09

以前から気になっていた『反日への最後通告』(池萬元著/ハート出版)。〔原題『조선과 일본 - 한국인이 알수 없었던 진실』(朝鮮と日本-韓国人が知らなかった真実)〕

 

20200922_01

 

日本統治時代の話は(日本人向けには)語り尽くされていると思って後回しにしていたが、池萬元(チ・マンウォン/チ・マノン)博士の数々の発言(後述)を読んで、この本を読んでみたくなり購入。

 

 

慰安婦や徴用問題といったテーマでは『反日種族主義』と被る部分もあるが、システム工学博士でありMBAを取得された博士の視点は、経済学者である李栄薫教授等とはまた違ったものである。

この本は上記のような日本統治時代の事=所謂、植民地近代化論=も扱っているが、一貫するテーマは「日本人と韓国人の【精神性】の違い」であり、どちらかと言うと戦後から現代に至る日本と韓国との比較、特に「なぜ、戦後の荒廃から日本が現在の地位を勝ち得たのか(それに比べて韓国は...)」という事に重点が置かれている。おそらく、韓国人の「反日」の根底には「侮日」があると見抜いてのことだと思う。

池萬元博士が称賛してくれる日本人、特に日本の企業家と労働者の美徳は、日本人が現在もそれを維持しているか?と考えると、日本人がもう一度原点に立ち返るためにこの本から学ぶ点も多いと思う。

 

◇ ◇ ◇

 

李栄薫教授は韓国の「聖域」の一つである「慰安婦問題」に言及して韓国社会からバッシングを受けた。池萬元博士は、慰安婦と並ぶ韓国の別の「聖域」である「光州事件」の真実を追究したことから100件以上もの訴訟を起こされた。(光州事件については後述)

この件に関してはこの本でも扱っており、博士自身の身に起こった激しい攻撃は韓国社会の「病巣」の一端を見ることができる。

日本人がこの本を読む時は、これは韓国人に向けて書かれた本という意識を持たないと、いかに衝撃的な内容かが想像できないと思う。

この本は以下の7つの章より成る。

 

第1章 世界の中の朝鮮
第2章 外国人と内国人が見た朝鮮
第3章 滅ばざるを得なかった朝鮮
第4章 日本軍慰安婦と強制徴用
第5章 日本との決算
第6章 日本は学ぶことの多い国
第7章 韓国を牛耳る左翼勢力の専横的な歴史歪曲

 

第1章と2章では、韓国人がいかに「井の中の蛙」かということを韓国人に向けて突きつけている。特に第2章では、欧米人による「韓国(人)評」を多く引用し、韓国人の「自尊心」(メンツ)を徹底的に叩き潰す。そして、現代韓国人が英雄だの義士だのと称賛する朝鮮人(安重根を含む)が日本の偉人(伊藤博文、渋沢栄一、松下幸之助、etc.)と比べていかに過大評価、というより、間違って評価されているか、一方、「親日派」というレッテルを貼られた朝鮮人(尹致昊李完用等)が、いかに愛国者であり正しい事を言ってたのか、白日の下に晒している。

李氏朝鮮時代や日本統治時代の朝鮮に対する外国人の評価は、『反日への最後通告』を元に作成された下記の動画でも分かる。

 

『친구 ともだち』チャンネルの動画「外国人が見た日韓併合以前の韓国人の暮らし。第1部。
(この動画主は、元々韓国人向けだけに誤った歴史を正す動画を作成。恐らく、日本語訳を付けて紹介されて日本人の関心が高まったために日本語字幕を付けて発信し始めたのだと思われるので、「用日」韓国人とは区別する必要がある。)

 

第6章の「日本は学ぶことの多い国」では、韓国人が「日本は敗戦後、朝鮮戦争を利用して経済復興を成し遂げた(だけの国)」という韓国人の『侮日』を根底から覆すものである。

日本がみすぼらしいトランジスターラジオでアメリカ人に馬鹿にされながらも、徹底的なQC(品質管理)でアメリカの製品を凌駕する過程を韓国人向けに説明している。

この本は『反日種族主義』で「反日」の呪縛から冷めた韓国人を更に啓蒙する書だと思う。そういう意識を持って日本人がこの本を読むと、いかに衝撃的な本であり、タブーに挑戦したかがより理解できると思う。

 

◇ ◇ ◇

 

韓国に於ける「光州事件」の扱い

日本人にとっては、池萬元氏が韓国人にとってどのような存在かが気になると思う。

これを理解するには、日本人にはそれ程関心がない『光州事件』(5.18民主化運動)について、池萬元氏がどれほど満身創痍になりながらも真実を追究し、韓国人からの尊敬を集めているかを知らないと理解できない。

まず、『光州事件』について広辞苑を引くと、「1980年5月、光州市で、軍部による戒厳令拡大に反対する学生・市民を戒厳軍が鎮圧、武力衝突に発展して、多数の死者が出た事件。」と解説され、韓国民主化のための運動であったとしか言わないが、実態は北朝鮮の工作員が主導した共産主義者による暴動であり、しかし、それ以外の解釈をしようとすると池萬元博士のように100件以上もの訴訟を起こされることで、普通の韓国人は口を閉ざさるを得ない。池萬元氏のHPは政府によって閉鎖されても、反共で愛国的な韓国人は彼を支持している。

現在の与党は光州事件の公式評価について反論する者に対し懲役刑を下す法案まで通そうとしている事でも、この事件(暴動)がどれほど文在寅政権にとって「聖域」であるかが分かると思う。

ブログ主はこの本(原書)の評価を探して読んでみたが、実際に購入した読者はほぼ☆5つの評価を付けているのに対し、読まない者から低評価をつけられている。高評価の読者のコメントには「発禁になる前に購入した」というものまであった。

 

池萬元氏ほどの「韓国の知性」を20年近くにもわたって裁判で浪費していることは韓国にとって多くな損失であり、悲劇だと思う。

 

光州事件の首謀者達が北のスパイである証拠は数多く挙げられている。

 

 

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光州事件の公式評価について、韓国人が異を唱えられないことがどれほど異常なことかは、たとえば下記の洪熒(ホンヒョン)氏の動画でも分かる。

 

 

現在、韓国与党は光州事件の評価を覆そうとする者に対して懲役7年の刑を与える法律を成立させようとしている。(韓国の名誉毀損の刑罰は最高でも5年)

民主化運動という美名の元に、これに実際に関わったかどうかも関わらずに光州市(5.18補償委員会)が「光州5.18民主有功者」を選定して、恩給のような特権(特別支援金や就職の特権)を与えている事や、なぜか、政権が代わるごとに「有功者」の数が増えているのを見ると、有功者認定が利権となっていることが理解できるだろう。(本来、時間が経つにつれて減るはず)

 

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拾いものの画像にブログ主が追記

 

この有功者の選定は金大中政権の時に決定し、光州事件当時中学生だった者や他の地域の民主化運動家にも「有功者」の認定がされて特権を享受している。(証明書が発行される)

 

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【参考】

 

◇ ◇ ◇

 

おそらく、この本は池萬元博士がブログなどに書き溜めた文が元になっていると思われるが、ブログ主がこの本を読もうと思ったきっかけになった池萬元氏のコラム(実際に同書に収録されている)を紹介する。

 

「日本人たちは憎しみを学ぶことで昇華させた」

製造業や貿易業の仕事に携わる韓国人は、日本の悪口を言ったり憎んだりはしていない。日本から学ぶことが多いからだ。日本を知らない人だけが、過去という氷の棺の中に自分の魂を閉じ込め、日本なら無条件に嫌いだと言っているのだ。60年もの間憎しみ続けて我々に一体何の得があるというのか。我々は考えなければならない。

過去数千年の間、我々民族が同族同士の間で犯した蛮行の中に、日本以上に厳しい事例が果たして本当になかったのだろうか。日本が我々よりも野蛮なのか、そうではないのか、優秀だったか、醜かったか、今の日本人と韓国人を見れば、その違いをまざまざと知ることができる。日本人は今でも我々より、何倍も元気に暮らし、世界で最も尊敬される礼儀作法と信用力を持っている。もし、日本経済と韓国経済の間に万里の長城を築けば、被害は両国ともに生じるが、我々の被害の方がはるかに大きい。外国に行って日本人を罵れば、悪口を言ったものが除け者に合う。認めたくないだろうがこれは現実だ。

我々は日本よりも早く成長したがる。発展の原動力は、創造性と先進科学を収容する姿勢だ。憎しみからは絶対に創造性は生まれない。我々が今からでも考えなければならないのは、日本が米国から学んだ方法を学ばなければならないということだ。

健康薬品ひとつ作るにしても動物を相手に実験をする。人の命というのはそれほど尊いものであるからだ。ところが、米国は原子爆弾を作り、その実験相手に日本人を選んだ。日本人たちの自尊心がどれほど傷ついたことだろうか。放射能とは恐ろしい物質である。日本人たちは、その放射能を子どもの世代まで受け継がなければならないという現実に一体何を思っただろうか。おそらく、我々に原爆が落とされていたのなら、米国は今でも我々の不倶戴天の敵であっただろう。だが、日本人たちはその憎しみを学ぶことで昇華させた。日本人は自分たちより優秀な人の前にはひざまずく。このような姿勢を我々は持っていない。日本人は優秀な米国人から学び、学んで勝たなければならないと考えたのだ。

日本人は一方で、廃墟の地にブラシをかけ、もう一方では、こまめに米国に渡り、工場の門を外からのぞき込んだ。これは彼らよりも優秀な米国を学ぶためだった。米国人たちは、そんな日本人たちを蔑視した。「日本人は寝ても覚めても米国に引っ付くことしかできない。ドアを開けてすべて見せてやれ。」

1957年当時、ダレス米国務長官が、多くの日本群衆に向けて、米国の優越感を表現した。「親愛なる日本国民の皆さん!日本は技術面で永遠に米国と競争することはできません。日本は今、世界最高のハンカチと優れたパジャマを生産しています。なぜそのようなものを米国に輸出しようとしないのですか?」あえて米国を真似るとして、工場の門をのぞき込む見苦しい姿を蔑視したスピーチであったし、1957年に米国に渡ったみすぼらしいトランジスタラジオをあざ笑う言葉だった。

当時、米国は世界のGNPの54%を占めていた。ほぼすべての生産拠点が米国にあり、世界の新製品すべてが「MADE IN USA」だった。彼らは米国で作られていないすべての製品をゴミとして蔑視した。これをNIH症候群(Not Invented Here Syndrome)と呼んだ。

これらの侮辱を跳ね除け、日本人たちは米国から続々と先生たちを呼び寄せた。1950年には、あの有名なデミング博士を、52年に​​はジュラン博士を、54年にはピゲンバウム博士を招き、科学経営、システム管理、統計学的品質管理を覚醒させた。そして、日本は産業界のノーベル賞であるデミング賞(Deming prize)を制定した。日本が今日の品質ナンバーワン国に君臨するのは、米国人の師匠であるデミング博士の存在があったことを世界に示したものである。一方、我々自身を今一度振り返ってみよう。我々は今、外国を排斥する中、狭いナショナリズムに浸っている。我々なら、多くの国民を原爆で殺した敵国の人種、米国人を師匠とし、それを記念して産業界のノーベル賞と呼ばれるデミング賞なるものを制定することができるだろうか。

「米国を模倣しよう(Copy the West)」「米国に追いつく(Catch up with the West)」。日本人は米国を追い越すために情熱を注ぎ知恵を絞った。そして1980年代にはいよいよ日本が生産技術と品質管理で、米国を上回った。その時からしばらくは、米国が日本へ学びに通った。ダレス米国務長官の嘲弄まじりのスピーチから25年、1982年に自動車の米国人顧客満足度調査で、日本の自動車が上位1・2・3位を占めた。一方、米国車はわずかに7位であった。米国人が最も好きな車は米国車ではなく、日本車だったのだ。仕事に没頭し目標を捕らえる姿は美しくはないだろうか。「日本のやつら」がやったことだから、こんなことも見苦しいと見るべきなのだろうか。

日本だけ憎むのではなく、最近では米国を憎む人も増えてきている。優秀な人を見られない心や憎悪する心が、我々に何を持たらすのだろうか。我々よりも立派な人も敵で、我々よりも優秀な国も敵ならば、我々は誰から学び誰とともに生きていけばいいのか。

わが民族同士?外勢を憎み、国際社会に不当な理由を上げながら飢えに苦しむ住民を弾圧して殺す北朝鮮と手を取り合って生きなければならないというのだろうか。憎悪心をそそのかせば団結はできても発展はない。醜い人同士が手を握れば皆が醜くなる。我々が恐るべき対象は北朝鮮ではなく、憎悪心を学ぶ力に昇華させ米国と肩を並べた日本の人々である。我々は日本の学習方法を学ばなければならない。

昨日、自分が何を間違ったのかを問う人々は、昨日の間違いから知恵と教訓を導き出す。しかし、昨日の間違いが誰によってもたらされたのかを問う人々は、昨日の間違いを延々と繰り返すことになるだろう。

池萬元|2011.3.1

(カイカイ反応通信:韓国人「日本人たちは憎しみを学ぶことで昇華させた」より転記)

 

 

  


 

 

 

2020/09/05

【韓国】現代韓国人の祖父母の世代の話【ユン・ソインさんのYouTube動画のコメントから】

先日(9月2日)、虎ノ門ニュースの大高未貴氏の『ミキペディア』のコーナーでユン・ソイン(尹瑞寅)さんの動画が紹介されました。

ユンさんという方は、知日家でイラストレーター。韓国人旅行者向けに日本の習慣を説明した本も出されています。

 

 

現在はYouTuberとして、様々な動画、特に、「反日種族主義」を正すような動画を多くを発信しています。当然ですが、ユンさんに対する攻撃は多く、上にリンクを貼ったWikipediaを機械翻訳で読むと、誹謗中傷のようなことも書かれています。

2日の虎ノ門ニュースの内容は別途エントリーにするつもりなので、番組で流れた動画についてはそちらでご紹介することとして、ユンさんの別の動画に、自分のお祖父さんに聞いた話を披露していているものがあり、今回のエントリーでは、そのコメントが興味深かったのでご紹介します。

動画は「제가 직접 들었습니다」(私が直接聞きました)というもの。

ユンさん自身の発言は、しゃべり方が独特のテンポなので、「字幕自動生成→自動翻訳」ではほとんど意味が分からないのですが、この動画に触発されて、自分が祖父母などから聞いた話が多く書き込まれています。

例えば、

祖母:日本人達は本当に優しかった。工場では食事を提供され、春と秋には一緒にハイキング。日本の正月だけでなく、旧正月や秋夕にも休暇をくれた。

最後の一文は投稿者が自分を責めているのかな?

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祖母:「創氏改名」でつけた日本名は良かった。学校は良かった。先生や友達も良かった。

投稿者本人の言葉:本当にその時代を生きた方々の記憶を、むしろ経験しなかった世代が歪曲するアイロニー。

 

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上記画像のコメントの次のコメントには、「両班の家なので創氏改名を拒んだら、公立の学校に入れて貰えず、私立の学校に行った」ということが書いてあったけれど、それを信じるとすれば、創氏改名は強制では無かったけれど、奨励はしていたので、この人の祖先は、それを拒んだことで何か意地悪をされたのかも知れない。事実かどうは別として、両班は統治時代を良く思っていないらしいことが分かる。

他にも、「日本人は土地を奪わなかった。奪ったのは『赤』(共産主義者)だ」という証言もあった。

父方の祖父は高校で英語を習って、米国統治下では通訳を務めた。もう一人の祖父は志願兵となり、当時の話を武勇伝のように語った。

 

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多い例ではないが、赤枠のように、自分の「想像」(観念)を付け加える人もいる。

それと、「日本がやった悪いことは忘れてはならないが、無条件に反日するのはやめましょう」みたいなコメントはこの動画以外にもよく見かける。でも、その「悪いこと」の具体例が書かれる事は少ない。

最後は、「怒り調節障害」(ハンドルネーム)さんのコメント。(面白いw 「火病」かな?)


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あまり長文ではないものを選んだけど、こういった話が次々と披露されている。祖父母の話は聞いていても、学校で習った歴史に上書きされているようだ。

尤も、自分の周りで考えてみれば、祖父母が自分の孫がどんな歴史教育をされているのかなど、それ程関心は持たないだろうから、積極的には語らないのは普通かも知れない。また、7~8年ほど前には、「日本時代は良かった」と言って殴り殺された老人がいて、その加害者には大した懲罰も科せられなかったので、口をつぐんでいたのかも知れない。

いずれにしても、台湾のように、「学校で反日教育をしても家で祖父母によって矯正された」、ということは韓国では起こらなかった。

その他のコメントで印象に残っているのが、「慰安婦のお祖母さんだけが歴史の証人ではない」というもの。世間が求める証言、発言が許される証言が偏っているということ。

 

ちなみに、ユンさんは名誉毀損で訴えられて裁判中とのこと。

朴槿恵政権時に米価が下がって、農家がデモをしたところ、その内の一人(白南基氏)が放水車で倒れ、意識不明のまま数ヶ月後に亡くなるという事件があったのだけれど、その娘(これも活動家)が、父親が危篤状態なのにバリ島に遊びに行き、それをユンさんが風刺漫画にしたため。

 

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本人(娘)は自分でSNSにバリ島旅行の写真をupしているのだけれどね。

 

ちなみにこの事件を調べたら、日本のJA(農協)がかなり詳しく報じていた。(組合同士連携しているのだろう。)

9月1日に二審の判決があり、罰金700万ウォン(65万円くらい)。又聞きで確認していないけれど、「罰金」という表現が正確なら、刑事告訴されたということかな?

 

 

  


 

 

 

 

2020/09/04

【軍艦島】映画『軍艦島』の原作者が韓国の歴史歪曲プロパガンダを批判

朝鮮日報(韓国版)になんともタイムリーな記事が出ました。

9月1日、2日と、虎ノ門ニュースで「産業遺産情報センター」を批判する朝日や毎日の反日記者の件を取りあげ、当ブログでも前回のエントリーで1日の放送内容をまとめましたが、韓国でも当然、そのようなこと(=センターの展示を批判)が行われているのは想像に難くありません。

 

この記事は「産業遺産情報センター」の展示とは関係ないのですが、映画『軍艦島』の原作者が、ソ・ギョンドク誠信女子大学校客員教授(教授とは名ばかりで旭日旗模様に抗議したり、反日活動をしている)が、『軍艦島』に便乗して、NYのタイムズスクエアに日本人の炭鉱夫(軍艦島とは全く関係ない1961年に撮影された写真)の写真をつかった広告を出したり、映画『軍艦島』がきちんと考証をせずに演出したことは、却って、日本人に「韓国人は嘘つき」と反撃される口実になったという批判を記事にしたものです。

 

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徐 坰徳(ソ・ギョンドク)教授

 

この教授は、韓国でも、学者としての業績が認められているわけでもなく、単に「反日活動家」として有名で、それで資金を集めているだけだとは知られているようです。

 

原作と映画『軍艦島』とはどれほど違うのかは分かりませんが、映画のストーリーは荒唐無稽で、しかも、実在する軍艦島を舞台にしているのですから、ソ・ギョンドク教授の悪質なプロパガンダを別としても、日本人には到底許せるものではないのですが、少なくともこの小説家の批判は正論です。

 

調べたら、原作の作者は韓水山(ハン・スサン)という人物です。

この本は日本語訳されていて『軍艦島』(上・下)というタイトルで出版されていますが、Amazonの商品ページを見ると、

  • 注目の歴史遺産に秘められた朝鮮人徴用労働者たちの悲劇。
  • 地獄の海底炭鉱に拉致された男たちの苦闘を描く空前の大河小説。

とあるので、ソ・ギョンドク教授に対する批判は、「お前が言うな」と言いたくはありますが、取り敢えず、あまりにもタイムリーだったので、元記事をご紹介します。(翻訳は『KNC』さんのサイトからお借りしました。記事に対する日本人の反応については、リンク先をご覧下さい。)

 

* * * *

 

ハン·スサン、ソ·ギョンドク狙撃「日本が皮肉を言う口実を与えた」
小説軍艦も作家「韓国人はすべて嘘をつく」という抗議の言葉を提供
ペク·スジン記者
入力 2020.09.03 20:22

『軍艦島』を書いた小説家のハン・スサンが、日本の歴史歪曲だけではなく我々側の歴史歪曲も振り返るべきだとし、一部のメディアや学者が主張する『強制動員の朝鮮人122人死亡説』に反論した。 ハン・スサンは世宗(セジョン)大学校・国語国文学科教授で、27年間の資料調査の末に朝鮮人強制徴用者の悲劇を描いた小説、『軍艦度』でチェ・マンシク文学賞を受賞した。

ハン・スサンは季刊文芸雑誌の『大山(テサン)文化』秋号で、『軍艦島が泣いている – 我々の歴史歪曲3:いつまで竹槍の歌を歌わなければならないのか』というタイトルの文章を寄稿した。彼は、「122人の朝鮮人が軍艦島で死亡したという事実は合っている。しかし、122人が日帝による強制動員で死亡したと言えば問題が変わる」と書いた。死亡説の根拠として挙げた軍艦島住居者の『死亡確認書および火葬、埋葬許可証』をまとめた冊子も、『市民団体会員が軍艦島の内部を調査する過程で拾得したもの』ではなく、『匿名の人物によって提供されたもの』と主張した。

ブログ主註:122人死亡説は前回のエントリーで書いたように、長崎の「岡まさはる記念 長崎平和資料館」にある展示が元ネタらしいのですが、この小説家は、122人というのは「合ってる」と言いたいのでしょうか、それとも「根拠が無い」と言いたいのでしょうか?ちょっと分かりづらいのですが、次の文を読むと根拠が無いと言っているようです。数字は間違っています。

彼は、「この文書の重要性は、“122人の朝鮮人が死亡” ではない 」と言いながら、重要なことは「一桁の数字にとどまっていた朝鮮人の死亡者が、1944年は15人、1945年は17人に増加しているという点だ」と付け加えた。

 

また、ニューヨークのタイムズスクエアで流された『軍艦島の真実』の広告についても批判した。彼は、「ソ某教授という人が主導したこの映像物には、“The Island of Hell(地獄の島)” という字幕に続き、“120 killed(120人が殺害された)” という字幕が流れている」とし、字幕が出る際に背景として使われている写真に朝鮮人ではなく、日本人の鉱員が出ていると述べた。彼は、「稚拙でお粗末きわまりない “120 killed” と言いながら無理やり竹槍の歌を歌わせることで、“ほら見ろ。韓国人は皆嘘つきじゃないか” という抗議と揶揄する口実を日本に与えている。その真意が分からない」と述べた。

 

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ソ・ギョンドクがタイムズスクエアに出した広告
日本人炭鉱夫を背景に「120人が殺された」のキャプション

 

ブログ主註: この写真が日本人だというのは2017年に指摘されていて、ソ・ギョンドク教授は「ちょっとした勘違い」のような弁明をしているので、このことは韓国人でも知っている人は知っていると思われます。

カイカイ反応通信(2017年07月26日):韓国人「ニューヨークタイムズスクエアに掲載した軍艦島朝鮮人強制徴用者の写真、知ってみたら日本人だった」

 

炭鉱の壁に書かれているとされる『オモニ・ポゴシポ(母さんに会いたい)』、『ペガ・コパヨ(お腹が空いた)』という落書きも、プロパガンダ映画のために捏造されたものと主張した。ハン・スサンは2000年の福岡地域の新聞である西日本新聞の記事を証拠として提示し、1965年に朝鮮総連の団体が『乙巳年の売国奴』という映画を製作した際、捏造した落書きであると指摘した。彼は、「プロパガンダ映画のために捏造された落書きが我々の教科書にまで掲載され、幼い生徒たちの反日感情を増幅するアイテムになった」とし、「今の軍艦島には炭鉱の壁というものが存在しない」と批判した。

 

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記事の通り、この落書きは1965年に朝鮮総連が作った映画の小道具
それが、事実と認識され、映画『軍艦島』の演出に使われた

 

ブログ主註:この嘘も映画が公開された直後の2017年に指摘されているようです。

カイカイ反応通信(2017年07月27日):韓国人「軍艦島のハングル落書きの真実=映画の演出」

 

記事の引用ここまで。

* * * *

 

ブログ主は、元記事のコメント欄も読んでみましたが、ほとんど、盲目的な反日煽動に対して批判していました。また、いっこうに目を覚まさない国民に対しても怒っているようです。

尤も、こうした声がマジョリティかと言うとそうではなく、盲目的な反日をする韓国人は、そもそもこんな記事は読まないでしょう。

この記事を掲載した朝鮮日報だって、こうした個々の誤りは指摘しますが、大局的な「歴史観」は一般の韓国人と変わらないし、反日煽動的な記事をよく書いています。下に紹介するコメントでも、朝鮮日報が「産業遺産情報センター」を批判していたらしいことが分かります。

 

以下、コメントの一部をご紹介します。機械翻訳の日本語が分かりやすい部分をを選んだだけで、多くがこのような意見でした。(コメントの後の縦に並んだ数字は、上が「共感」、下が「非共感」/緑色の文字はブログ主註

少なくとも、毎日や朝日の記者よりはよっぽどまともです。

 

* * * *

 

ノ·サンチョル
2020.09.03 22:38:25
我が国の人々はみな小説家だ。 秋長官(法務長官)は小説を書いたが、ユン·ミヒャンは小説を書き、祖国(曺国/チョ・グク)は竹やり歌というパンソリが好きで、全国民はろうそく民主主義という小説を書くのに動員されている。 この地はフィクションとノンフィクションの戦国だ
330
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パク·ジョンシク
2020.09.03 22:05:39
主体思想派にとって真実は重要ではない。 扇動道具として価値があるかどうかが重要だ。 親日派、土着倭寇(親日派の蔑称)、元慰安婦ハルモニ全部、これらの政治的利益のための道具に過ぎない。 反日と言いながら、後ろでは日本のレクサス車に乗っているやつらだ。 「狂牛病の時は、米国に行って牛肉ステーキを食べた者だ。そんなやつらに煽動される国民が犬豚にすぎない。
425
8

強大種
2020.09.03 22:03:58
先日、朝鮮日報だけでなく、国内の大手新聞社の日本特派員が軍艦も展示会に行って取材した記事を載せた。 ほぼ妄言だの歪曲だのと…軍艦も映画を根拠に批判しているようだった。その記事が歪曲されていないか省みるきっかけになってほしい。 偽りの扇動で支持者を集めることはできるが、国際的には通用しない。 独島、従軍慰安婦、徴用工、収奪、6.25、4.3、5.18...等々、近現代史あるだけ学び、正しく教えるのが正しい。(6.25=朝鮮戦争勃発日〔最近は北が先に進攻したことをぼかしている〕、4.3=済州島事件、5.18=光州事件
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3

2020.09.03 21:57:31
ファクトが好きなKBS、MBC、SBS、YTNのやつら。 こういうファクトもちょっと放送してみろ。
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0

強大種
2020.09.03 21:55:57
「ある水産作家が反日種族主義の本を読んだのか」 とにかく正しいことを言ったから本当によかった。 偽りの歴史で国際的に恥をかかせる徐敬徳教授を戒めるのは本当にうまいことだ。
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金雲草
2020.09.03 21:47:43
ところが日帝時代に慰安婦募集広告が日刊紙に掲載されたという台それが事実でしょうか? そしたらおかしくなるって。
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金東鎬
2020.09.03 21:35:04
一人の教授、ムンパに叩かれるだろう。
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ペク·ミニョン
2020.09.03 21:33:21
ここでこのようにすれば、また達磨が土着倭寇と言いながら犬の群れのように飛びかかってくるのではないかと心配になります。
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