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【国際】徴用工問題

2022/04/11

韓国「反・反日派」の知識人に相次ぐスラップ訴訟

日本でも慰安婦問題で櫻井よしこ氏や西岡力教授、加計学園に関する朝日新聞の報道問題では小川榮太郞氏など、言論封殺が目的と思われるスラップ訴訟〔※〕がありますが、訴訟好きの韓国ではそれ以上に、真実を訴える方々が訴訟を起こされています。

日本と異なり、韓国では反訴も盛んなのですが。

※スラップ(英: SLAPP、strategic lawsuit against public participation)とは、訴訟の形態の一つであり、特に民事訴訟において「公的に声を上げたために起こされる」加罰的・報復的訴訟を指す言葉である。 口封じ訴訟、威圧訴訟、批判的言論威嚇目的訴訟などとも訳される。

現在、慰安婦被害者法の撤廃を求めて活動されている金柄憲(キム・ビョンホン)所長は保坂祐二〔韓国に帰化した反日教授〕から起こされた裁判が3件係争中で、『反日種族主義』の共著者、李宇衍(イ・ウヨン)博士は慰安婦問題以外にも慰安婦像や徴用工像の作者夫婦から名誉毀損で訴えられています。

金柄憲所長の場合、昨年出版された『赤い水曜日』が、係争中の為だと思いますが、出版社の販売停止基準に該当したとかで、返品されてしまいました。

 

20220410_red_wednesday
午後2:30 · 2022年4月10日のツイートをキャプチャ

 

「徴用工像は日本人がモデル」と発言した李宇衍博士とその他数名に対して作家夫婦が起こした裁判では、既に刑事裁判では被告側が勝訴していますが、民事では被告側に異なる判決が出て、キム・ソヨン弁護士〔元大田(テジョン)市議〕への訴えは棄却されたのに対し、李博士と朱東植(チュ·ドンシク)元編集者、チェ·ドクヒョ人権ニュース代表等は損害賠償の支払いを命じる判決が地裁で出されました。

李宇衍博士によると、「平和の少女像」と名付けられた慰安婦像は既に百数十体設置され、次は徴用工像で夫妻が儲けようとしてた所、モデルが日本人と言う事を曝露されて像の依頼が無くなった為に恨まれているのではないかという事です。

 

▼李博士が代表として率いている反日銅像の真実究明共同対策委員会の徴用工訴訟募金口座。

KB국민은행〔KB国民銀行〕
반일동상 공대위〔反日銅像共対委〕
491001-01-326551

 

以上、以下の記事を参考に書きました。

  

 

  


 

 

 

2022/04/05

【佐渡金山】『戦後日本における朝鮮人戦時労働研究史』(山本優美子氏報告)

3月23日に開催された学術セミナー「佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態」〔発表者一覧〕より、山本優美子氏(なでしこアクション代表)の発表内容を『メディアウォッチ』の記事よりご紹介します。〔[일본 역사인식문제연구회 세미나] 사도금산에서의 조선인 전시노동 실태 (3)/[日本歴史認識問題研究会セミナー] 佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態(3)〕

 

山本優美子なでしこアクション代表のプロフィール:上智大学外国語学部比較文化学科卒業。 「なでしこアクション」代表であり、「慰安婦の真実」国民運動幹事長、国際歴史論戦研究所所長。

 

山本優美子先生の報告「ILO条約の解釈について 戦時労働は強制労働条約違反なのか?」は以下の5つのパートに分かれています。

 

  1. 強制労働を主張する側~ILO条約違反の根拠
  2. ILOの構造~条約勧告適用専門家委員会と年次報告書
    2-1 基準適用監視機構 条約勧告適用専門家委員会[5]
    2-2条約勧告適用専門家委員会年次報告 
  3. 年次報告の分析~労働団体からの情報を反映
    3-1 初めて戦時産業強制労働が取り上げられた1999年版報告書の内容
    3-2 2001年版以降
    3-3 1946年外務省報告「ファイン労務者就業事情調査報告書」について
  4. 日本政府の問題~強制労働に反駁しない
  5. 結びと今後の動向  

 

概略としては、ILOの条約勧告適用専門家委員会〔加盟国政府や労働団体、経営者側からの報告書を受け、毎年年次報告を作成。拘束力は無いが、必要に応じて勧告を出す組織〕が、左翼労働団体の報告を受け、1999年に初めて日本政府に対して「戦時中の大規模労働者の徴用は強制労働条約違反と考えている」という勧告を出しました。日韓の労働組合は、その勧告を "錦の御旗” のようにして、「佐渡金山の戦時労働は『強制労働条約違反』だ」と主張しています。

1999年の勧告を受けた日本政府はきちんとした釈明をせずに、「損害と苦痛を認め、遺憾と反省を繰り返してきた」と回答しました。その後も労働団体から報告書が提出され続け、日本政府は同様の説明に終始している為、同じ勧告が出続けている、という事のようです。

なお、1996年度版報告書に『慰安婦問題』が取りあげられたのが最初との事です。

 

▲【西岡力】日本の左翼と北朝鮮の「連携」【WiLL増刊号】2022/04/05〔山本優美子さんの報告に関する説明は5:24~

 

* * * *

補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ

佐渡金山のユネスコ世界遺産登録に反対する側は、朝鮮人の戦時労働が国際労働機関(ILO)の強制労働条約違反だと主張する。 その根拠として、ILOの条約勧告適用専門家委員会(以下、委員会)が年次報告で日本の条約違反を認めたためであるという。 したがって、朝鮮人労働者が働いた佐渡金山も強制労働条約違反に該当し、ユネスコ登録には適していないと彼らは主張する。

委員会の年次報告はILO公式サイトのデータベース[1]で閲覧できる。 筆者は実際に当該報告書には何と書かれているのか、1994年版から2022年版までを調べてみた。

1996年版報告書では初めて慰安婦問題が取り上げられ、1999年版では初めて戦時産業強制労働(Wartime industrial forced labour)としての中国人および朝鮮人徴用労働者(conscripted labourers)問題が取り上げられた。 その後、戦時の慰安婦と産業強制労働の2つの問題が絡み合い、強制労働条約違反で20年以上扱われている。

委員会には労働団体が情報を提供している。 年次報告書の「委員会見解」欄には労働団体からの情報が反映されている。 労働団体は「中国人および朝鮮人が強制労働を強いられ、過酷な環境で賃金ももらえず、多数が死亡したが、これは奴隷労働だった」という情報を委員会に送った。 これに対して日本政府は強制労働説や奴隷説に対しては反論せず、日本政府が謝罪と反省を繰り返したという説明を続けてきた。

国連で最初にあるNGOが、「日本軍慰安婦は強制連行された性奴隷」と問題を提起した時も、日本政府は反論しなかった。 それによって「性奴隷説」が広く伝わり、現在は国連をはじめ全世界に「性奴隷性奴隷説」が広がっている。 佐渡金山の強制労働説もこの構図と非常に似ている。

 

1.強制労働を主張する側~ILO条約違反の根拠

本年2月16日、ソウルで行われた東北アジア歴史財団主催学術セミナー「日本の佐渡鉱山世界遺産登録強行に伴う対応と展望」で発表された論文のうち、次のような一文がある。[2]

ILOの条約勧告適用専門委員会は、平成11年〔1999年〕3月の「年次報告書」で日本の強制労働条約違反を既に認めており、次のように主張している。 「本委員会はこうした悲惨な条件の下で行われた日本の民間企業のための大規模労働者の徴用は強制労働条約違反と考えている」(下線は山本由美子のもの)


• 下線部は1999年版報告書のP130にある。 原文: "The Committee considers that the massive conscription of labour to work for private industry in Japan under such deplorable conditions was a violation of the Convention."

• 強制労務条約上で「徴用の労務」は条約違反に該当しない。 「第2条2項強制労働とは、処罰の脅威によって強制され、又は自ら任意に申し立てたものではないすべての労働である。 (a)純粋な軍事的性質の作業に対して強制兵役法によって強制される労務などは含まれない。」[3]

•日本政府は、令和3年、4月27日の閣議決定[4]において、「『募集』、『官斡旋』及び『徴用』による労務については、いずれも強制労働条約上の『強制労働』には該当しないと考えられ、これらを『強制労働』と表現することは適切ではないと考える」とされた。

• さて、なぜ委員会は1999年版報告書で(強制労働を)取り上げたのか? なぜ強制労働条約違反だと言ったのか。 「このような悲惨な条件(under such deplorable conditions)」とは何か

▲〔画像省略〕日本政府は、平成33年4月27日の閣議決定を通じて、「『募集』、『官斡旋』及び『徴用』による労務については、いずれも強制労働条約上の『強制労働』には該当しないと考えられ、これらを『強制労働』と表現することは適切ではないと考える」としている。 写真は関連国内JTBC放送局の報道。

 

2. ILOの構造~条約勧告適用専門家委員会と年次報告書 

ILO加盟国187カ国

- 「条約」(Convention)190 ⇒ 法的拘束力あり 日本国の批准条約数49
- 「勧告」(Recommendation)206 ⇒ 法的拘束力なし。
- 「オブザベーション/見解·所見·意見」(observation) ⇒ 法的拘束力なし。 委員会年次報告書に反映される内容。 委員会のオブザベーションは、国際的に権威のある専門家による審議の結果として採択されたもので、一定の政治的、社会的重みを持っている。

[※下記[資料1]を参照。 委員会年次報告は図の④]

 

2-1 基準適用監視機構 条約勧告適用専門家委員会[5]

• ILO加盟国の条約および勧告の適用状況を審査する委員会である。

• 任期3年の20人の委員。様々な国籍の高名な労働法、国際法、国際人権法などの専門家(大学教授、裁判官、実務家)で構成されている。

• 加盟国は批准した国際労働条約の履行状況を原則として5年ごとに、そして8つの核心条約および4つの主要条約については3年ごとにILO事務局に報告しなければならない。

 

2-2 条約勧告適用専門家委員会年次報告  

• 委員会は毎年11月から12月にかけて約3週間ジュネーブILO本部で会議。 加盟国政府から提出を受けた膨大な量の報告書、そして労使団体から受けた意見(コメント)を審査し、批准条約の適用状況について国及び条約ごとに見解(オブザベーション)をまとめた後、2-3月に年次報告書を発表する。

• 報告書は、5~6月に開かれる政府·労使·三者からなる総会[※資料1図の⑤]の審議資料として用いられる。

厚生労働省国際課によると、

• 労働団体は特別な資格や審査がなく、労働団体なら誰でも意見を出すことができる。

• ILOに送った日本政府発の報告書及び労働団体の意見書は、省(外務省又は厚生労働省)から公表されない。

• 日本人委員は日本の審査には関与しない。

 

3.年次報告の分析~労働団体からの情報を反映

条約勧告適用専門家委員会年次報告書1994年版~2022年版にある我が国の強制労働条約(第29号日本批准1932年)の適用についての委員会の見解を調査し、慰安婦問題が初めて取り上げられた1996年版から委員会に意見を寄せた労働団体を表にまとめた。 [※資料2]

報告書には委員会の見解の土台になった情報と、意見を提供した労使団体名、日付および主要内容が書かれている。 政府の報告内容と日付も記述されている。

 

3-1 初めて戦時産業強制労働が取り上げられた1999年版報告書の内容

• 労働団体からの情報 

-全日本造船機械労働組合:韓国で70万人、中国で4万人が強制労働に徴用され、鉱山、工場、建設現場で働いた。 過酷な労働環境で多くの人が死んだ. 日本人と同じ条件だというが、賃金は(日本内の人より)少なかったり、あるいは支給されなかったりすることもあった。
-東京地方労働組合評議会:1946年に外務省報告「華人労務者就職事情調査報告書」によると、過酷な労働環境と残忍な扱いで17.5%から28.6%が死亡しているという。

• 日本政府の見解 

-植民地支配により韓国が受けた損害と苦痛を認め、遺憾と反省を繰り返してきた。-戦争において中国人に及ぼした深刻な被害問題を強く意識してこれを表明してきた。
-中国と韓国、両国との友好のために努力してきた。
-戦争補償については1965年日韓基本条約、1972年日中友好条約で法的な解決が完了した。
-両国に経済援助をしてきた。

• 委員会の見解 

-日本政府は1946年の「外務省報告書」の一般的な内容について反論せず、それぞれの国に援助をしたとだけ記している。
委員会側は「このような悲惨な状況で、日本の民間産業のために動員された大規模徴用は協約違反だと考えている」
- 政府間援助だけでは被害者救済として適切ではない。
-「慰安婦」と同様、委員会が日本政府に被害者の救済を命じる権限はないが、日本がこのような過去の行動について責任を取り、被害者の期待に応える措置を講じてほしい。

▲〔画像省略〕「強制労働」の概念は最近、新疆ウイグル人権問題にも浮上している概念だ。 核心は特に、一国内で地域や民族の間に明確な差別的労働があるかどうかだ。 写真は関連YTN報道。

 

3-2 2001年版以降
 
• 委員会の見解

-補償問題については国際条約(両国間条約、サンフランシスコ条約など)で法的に解決されたという日本政府の見解は正しい。
- 委員会には両国及び多国間国際条約の法的効力(個人補償)に対して決定する権限はない。 ただ、労働団体から多くの情報提供を受けている。 (→したがって取り上げざるを得ない)
- 裁判経過等を含め、日本政府の対応に関する情報を求める。
- すでに長期間扱ってきた問題なので、今後の会議では扱う必要がないことを望む。 同一の見解が繰り返されている。

日本政府の説明は、最初の1999年度版から同様の内容を繰り返している。 委員会の戦時産業強制労働に対する認識は相変わらず「強制労働条約に反する」という意見そのままだ。

• 労働団体からの慰安婦と強制労働に対する情報は素材が枯渇することはない。 国連での特別報告や人権条約委員会の勧告、日本で起きた数多くの強制労働裁判や慰安婦裁判、韓国での裁判や最高裁判所の判決、日韓合意など、様々な情報が追加され、日本政府に対する批判とともに毎年委員会に提出されてきた。

 

3-3 1946年外務省報告「ファイン労務者就業事情調査報告書」について

昭和21年(1946年)3月1日、外務省管理局が作成した。 華人労務者[6]がいた日本全国135カ所の工場、鉱山、土建事業所、港湾などの事業所の報告をまとめたものだ。 計5冊、648ページだ。 外務資料館に写本が保管されている。

報告書の要旨には、次のように書かれている。「ファイン労務者が移入した現地の諸港から乗船し、各事業所に就労した。 送還時に日本国の諸港から乗船するまでに発生した死者総数は6,830名であり、移入総数38,935名に対して実に17.5%という高い死亡率を教示している。

 

4. 日本政府の問題~強制労働に反駁しない

• 1999年版報告で初めて委員会が強制労働問題を提起した時、日本政府の説明は間違っていた。 「反省し、謝罪した。 法的に解決した」と述べれば、委員会は日本政府が誤った行為をしたと見なすだろう。 つまり、強制労働を認めるのと同じである。

• 労働団体が情報提供してきたように、本当に奴隷扱いをしたのか。 強制連行して強制的に労働させたのか。 --当時、日本の一部だった朝鮮半島での徴用、募集、官斡旋とは何か。 「和人労務者」とは何か。 --それぞれどのような契約があり、労働条件と環境はどうだったのか。 慰安婦問題で言えば、そもそも慰安婦とは何か。 公娼契約の延長だった慰安婦と慰安所の契約関係はどうだったのか。 ところが、このような問題から、日本政府側の説明は報告書には皆無である。

• 委員会は慰安婦、中国および朝鮮人労働者は皆強制的に連行され過酷な環境で奴隷のように働き、賃金もまともにもらえずに多くの人が死んでいったため強制労働条約違反とみている。 日本政府から反論がなければ、委員会はそのように理解せざるを得ない。 国連での慰安婦説が広がったのと同じ構造をしている。

• 委員会が報告書で主張するのはあくまで見解(オブザベーション)に過ぎない。 委員会は条約の有権的な解釈をする権限がなく、またその見解は加盟国を拘束するものではない。[8]

• 報告書には、既に長期間取り上げたこれらの問題は繰り返す必要がないとの専門家の見方も存在する。 言い換えれば、適当に済まそうという意味だ。 さらに、日本政府ですら、委員会で扱う問題ではないと主張している。

•基準適用委員会(総会委員会)の三者審議においても、我が国の戦時強制労働及び慰安婦について審議されたことはない。

▲日本の韓国に対する謝罪を代表する政治家、河野洋平氏と村山富市氏。 彼らは一時は韓国で高い評価を受けたこともあるが、韓日両国の過去史の真相は不明瞭にしておいて「謝罪」と「友好」にだけ執着し、韓日関係をむしろ悪化させた人たちで、今日では批判的評価も受けている状況だ。 写真は過去、彼らの安倍晋三首相批判の記者会見に関する聯合ニュースのテレビ画面。


5.結びと今後の動向  

• 最初の疑問点について判明した点

- なぜ委員会は1999年版の報告書で初めて強制労働に言及したのか? → 「労働団体から情報を受けたからだ」
-なぜ委員会は強制労働条約違反だと言ったのか?→「日本政府が否定も反論もしなかったからだ」
-「このような悲惨な条件(under such deplorable conditions)」とはどういう意味か。 →「強制労働に遭い、約束された賃金を受け取れなかった、過酷な環境で残酷な取り扱いにより多くの人が死んだということだ。」

•日本政府は、民間の研究成果も活用して、強制労働条約違反ではなかったという歴史的事実を、資料に基づいて丁寧に説明すべきである。 専門委員たちは法律の専門家だ。 理解できないわけがない。

• 慰安婦に対し"心からお詫びと反省の気持ちを表明"してきた日本政府は、2019年版報告で初めて韓国労働団体の意見に反論し強制連行を否定した。 「韓国労働団体韓国労働組合総連盟(FKTU)と全国民主労働組合総連盟(KCTU)の共同見解に回答する。 日本政府は、1990 年代初めから慰安婦 問題について本格的な事実調査を実施しており、上記研究において政府が特定できた文書において、軍と政府当局による慰安婦の強制連行は確認されていないことを指摘する。「[9] こうした反論は問題が提起された最初の段階で主張すべきだった。

• 今後も労働団体が委員会に情報及び意見を提供すれば、年次報告書で戦時強制労働問題がまた取り上げられることは明らかだ。佐渡金山の件に関しても、韓国の労働団体が情報や意見を提供する可能性は排除できない。 そうした時、日本政府はこれまで続けてきた「反省している」というような答弁をしてはいけない。

• ILO担当は厚生労働省国際課が行っている。 歴史認識問題は彼らの専門分野ではないだろう。 外務省や民間の研究機関との情報共有と連携体制が必要と考えられる。

 


脚注

[1]Reports of the Committee of Experts on the Application of Conventions and Recommendations
1932 ~ 2017年版 http://www.ilo.org/public/libdoc/ilo/P/09661/
2018年版~ https://bit.ly/34ujKqU

[2] 韓国 ソウル 2022年2月16日/東北アジア歴史財団主催学術セミナー「日本の佐渡鉱山世界遺産登録強行による対応と展望」
発表1 「佐渡鉱山世界遺産登録に関する趣旨と経過、最近の動向を中心に」 (小林久忠強制動員真相究明ネットワーク事務局次長) https://bit.ly/3q3zAjI

[3]強制労働に関する条約(第29号)https://www.ilo.org/tokyo/standards/list-of-conventions/WCMS_239150/lang-ja/index.htm

[4]内閣衆質204第98号 令和3年4月27日
衆議院議員馬場伸幸君提出「強制連行」「強制労働」という表現に関する質問に対する答弁書
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b204098.htm

[5]条約勧告適用専門家委員会
https://www.ilo.org/tokyo/events-and-meetings/WCMS_423760/lang--ja/index.htm

[6]「華人労務者内地移入に関する件」昭和17年11月27日内閣決定

[7] 「中国人強制連行事件に関する報告書第3編強制連行及び殉難状況」(中国人連行事件に関する報告書第3篇)
(発刊:中国殉難者名簿共同作成実施委員会 1961年4月)P340

[8]内閣重質169第61号平成20年2月19日
衆議院議員細川律夫提出ILO専門家委員会報告書に関する質問への回答書 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b169061.htm

[9]原文「条約勧告専用専門委員会年次報告2019年版」P222
In its response to the joint observations of the FKTU and the KCTU, the Government also indicates that it has conducted a full-scale fact-finding study on the “comfort women” issue since early 1990’s, and that the “forceful taking away” of “comfort women” by the military and government authorities could not be confirmed in any of the documents that the Government was able to identify in the abovementioned study.

* * * *

[資料1]〔図省略〕

※専門家委員会 = 条約勧告適用専門家委員会 Committee of Experts on the Application of Conventions and Recommendations

総会委員会=基準適用委員会 Conference Committee on the Application of Standards

※ The regular supervisory process

https://www.ilo.org/tokyo/standards/supervisory-bodies/lang--ja/index.htmをもとに日本語版を作成

 

【資料2】〔表省略〕

ILO条約勧告適用専門委員会年次報告書1996年版~2022年版

我が国の強制労働条約(第二十九号)の適用について委員会に意見を提出した労働団体


• 労働団体における日本名不明の場合は原文をそのまま記述している。

対角の罫線は報告書に記載のなかった年度


補足-労働団体について

• 韓国の労働団体

- 韓国全国民主労働連合総連盟 The Korean Confederation of Trade Union (LCTU)

- 産業別組合 (産業組織を含む)+現代グループ労組協議会、大宇グループ労組協議会) 968,000人 (2018年)

- 韓国労働総連盟 Federation of Korean Trade Unions (FKTU)

- 産業別組織(産業労組5、産業労連21)(2014年9月現在) 933,000人(2018年)

• 日本労働組合総連合会 – 慰安婦、強制労働問題は委員会が審議する問題ではないという立場

• オランダ労働組合連盟 – 慰安婦問題に対する意見

• 首都圏移住労働者ユニオン – 外国人技能実習生制度に関する意見


 

【佐渡金山】『戦後日本における朝鮮人戦時労働研究史』(黄意元メディアウォッチ代表取締役報告)

3月23日に開催された学術セミナー「佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態」〔発表者一覧〕より、黄意元(황의원/ファン・ウィオン)メディアウォッチ代表取締役の発表内容を『メディアウォッチ』の記事よりご紹介します。〔[일본 역사인식문제연구회 세미나] 사도금산에서의 조선인 전시노동 실태 (6)/[日本歴史認識問題研究会セミナー] 佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態(6)〕

 

黄意元先生プロフィール: 韓国のメディア批評誌メディアウォッチ代表取締役。 1977年、韓国大邱生まれ、韓国鉄道大学卒業、韓国放送公社(KBS)視聴者委員、大韓医師協会漢方対策特別委員会諮問委員、科学中心医学研究院院長、研究真実性検証センターセンター長などを歴任した。 学術および科学分野を扱ってきたジャーナリストとして、十数年前からは特に韓国メディアの反日風土問題を批判し、公論化してきた。 韓国内の代表的な反日団体である挺対協との訴訟でも勝訴した経歴がある。 出版人として慰安婦問題、徴用工問題の真実を明らかにする本を韓国で翻訳·出版することにも力を注いでいる。

 

黄意元先生の報告書は以下の6つのパートに分かれています。

韓国内における日本佐渡金山世界遺産登録反対運動の実態

前書き

  1. 韓国政府と与党、自治体
  2. メディアの報道
  3. 学界、研究界
  4. 民間団体

結びの言葉

 

ジャーナリストとしての視点で、韓国国内の動きをレポートした感じの論文ですが、「結びの言葉」には日本人や日本政府へのメッセージが込められています。韓国国内で歪んだ歴史観を正そうと努力している人達にとって、日本政府の "弱腰” 外交は何とも歯がゆいものなのでしょう。

 

* * * *

補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ

前書き

2022年2月1日、日本岸田文雄首相が率いる日本の内閣は佐渡金山をユネスコ世界遺産に登録を推進することに決定した。 これに韓国政府は直ちに反発し、大統領府は2月3日、官民合同タスクフォースを構築し、全方位的な対応策を講じると明らかにした。 民間領域でも登載反対を図る関連のセミナーが開催された上、一部の左派団体は街に出て日本政府を糾弾し、謝罪を求める集会を開いた。 韓国でもいわゆる歴史戦を正面突破するという決意を示しているのだ。

韓国で反日問題、そして徴用工の問題と関連して、このような官民合同反対運動は前例がないわけがない。 2015年端島のユネスコの登録を阻止するため、当時、韓国政府と左派市民社会は国内外に総力戦を繰り広げたし、甚だしくは登載が確定された後も映画や芸能を通じて、歴史的事実を巧妙に歪曲するプロパガンダをしている。端島への登録確定が行われても韓国政府と左派市民社会はこの徴用工の問題に対する執着を止めなかった。

今回の佐渡金山への登録問題と関連しても、やはり韓国政府と左派市民社会はさらに緻密で組織的な反対運動を展開するものとみられる。 日本側がみて、最近韓国で相対的な親日と見られる政権と政権交代が実現することはしたが、すでに議会でも少数派というぜい弱性を持っている新政権はいくらでも'反日'に依存するポピュリズム政治を展開する危険性があることを認識しなければならない。

▲〔画像省略〕最近MBC放送局は9時ニュースデスクを通じて、日本社も鉱山の問題で韓日間の歴史戦争が避けられないという報道を出した。

 

1.韓国政府と与党、自治体

今年1月28日(日本文化庁が佐渡金山ユネスコの推薦を決定した日)、韓国の外交部は相星駐韓日本大使を招致して強い遺憾と抗議の意を伝え、「強制労働の痛い歴史を蔑ろにしたまま、佐渡鉱山を世界遺産に登録しようとする試みを直ちに中断せよ」と要求した。 それから6日後には、大統領府関係者(通常のスポークスマンや国民疎通秘書官、または秘書室長)が記者たちとの席で"関係機関と専門家で構成された官民合同タスクフォースを中心に対応しつつ、国際社会とも積極的に協力していく"と説明した。

2月2日には韓国で議席数2/3を占める与党の共に民主党も「日本政府が日帝強占期強制動員と労働搾取と我々の先祖たちの怨念がこもった残酷な人権蹂躙の現場を世界文化遺産に登録するとは、嘆かわしい」、「過去の植民地支配に対する痛切な反省を表明した1998年『韓日共同パートナーシップ』の精神を否定し、日本の侵略で被害を受けた韓国国民を侮辱する蛮行」という立場を明らかにした。 登録推進を撤回するということだ。

2月10日には文在寅大統領もマスコミとのインタビューで佐渡金山に対して直接立場を表明した。 文大統領は「歴史問題の本質は人類普遍的価値である人権の問題であり、問題解決のためには被害者が受け入れられる解決策がなければならない」とし、「何よりも歴史の前で真摯な姿勢と心が最も重要だ」と付け加えた。 これも事実上、登録推進撤回を要求する立場と考えればいいだろう。

中央政界の動きに注目すべきは、与党が主導権を握っている地方議会でも相次いで立場を表明したことだ。 まず、光州市議会が2月11日、先発走者として「佐渡鉱山登載推進中断要求決議案」を採択した。 続いて木浦(モクポ)市議会、世宗(セジョン)市議会、昌原(チャンウォン)市議会、ソウル江北区(カンブクグ)議会、全州(チョンジュ)市議会が順に同じ内容の決議文を出した。

現在、日本では、大統領選挙期間中に韓日関係改善の意思を明らかにした尹錫悦(ユン·ソクヨル)当選者にそれなりに希望を抱いており、5月に尹当選者が大統領府入りすれば、登録反対運動が多少緩和されるものと期待しているようだ。 ただし、これは「希望的観測(wishful thinking)」に過ぎず、緊張感を緩めたり油断したりする瞬間、韓国では取り返しのつかない反撃の波に巻き込まれかねないという点を認識する必要がある。

当初、尹錫悦当選者は、政治入門前まで一度も韓日両国の懸案である歴史問題に立場を明らかにしたことがない人物だ。 彼はこの問題で確固たる信念を持っている人物ではない。 彼は、選挙期間中にはむしろ「元慰安婦」とされた李容洙と単独面談を行い、「日本の謝罪を引き出す」と約束するなど、反日ポピュリズム政治を予告する行動を見せたが、これは甚だしくは歴代で最も反日的と評価される政治家である李在明(イ・ジェミョン)候補も見せなかった行動だ。 このような行動が、今後尹錫悦政権が支持率を下げるなど、危機がある場合はいくらでも繰り返される可能性がある。

尹次期大統領の重要外交ブレーンは、金城漢(キム·ソンハン)元外交部第2次官だ。 鳩山首相も「強制徴用の現場だった佐渡鉱山の世界文化遺産登録を目指す動きも懸念される」という立場を日本の新聞とのインタビューで明らかにしていることにも注目すべきだ。

▲〔画像省略〕尹錫悦と李容秀の面会は、在野保守右派の知識人たちの目にも深刻な憂慮を生むことにした。 写真はチョウソクニュースタウン主筆の関連映像コラムサムネイル。

▲〔画像省略〕慰安婦法廃止国民行動キムビョンホン代表はユンソクヨルと李容秀の出会いと関連して抗議1人デモをした。

 

2.メディアの報道

日本文化審議会の佐渡金山推薦の決定が公開された1月28日、韓国代表メディア会社であるKBS、SBS、中央日報、連合ニュースなどその他のメディアがこの事実を一斉に報道した。 推薦が発表された当日だけを40個以上の関連記事が殺到し、特に韓国の代表的な左派メディアであるハンギョレが社説を通じて、一連の決定を強く批判した。

ハンギョレは社説で「再び強制動員の歴史の現場を文化遺産に登録しというのは実に厚顔無恥なことがないことはできない」、「韓日関係が、ただでさえ悪化した状況のなかの使徒鉱山への登録をめぐって『第2の軍艦島事態』が起きれば、両国関係改善はますます遠のく」とし、一歩の譲歩がない意見を出した。

これを追うように、東亜日報(22.01.18)、朝鮮日報(22.02.02)、京郷新聞(22.02.12)、釜山日報(22.03.05)、韓国日報(22.03.09)など、主要新聞ら全員が「日本は佐渡鉱山の暗い側面を表した『すべての歴史(full history)』を反映しなければならない」、日本政府を責めることに焦点を置いたコラムを掲載した。

放送報道も相次いで放送された。 特に、韓国の国営放送であるKBSは1月27日と28日の2日間にわたって、佐渡鉱山単独報道を編成した。 日本現地の池鍾益(チ·ジョンイク)特派員は、佐渡鉱山の坑内を取材した後、所轄主任補と新潟県世界類似登録推進室長ともインタビューを行った。 放送で「韓国政府がもっと積極的に動かなければならないのではないか」というアンカーの質問に、池鍾益特派員は「佐渡鉱山に強制動員の被害者が朝鮮人しかいなかったという。 さらに、軍艦図とは異なり、研究や調査がほとんどなされていないため、国際社会の協力を引き出すことは容易ではないという予測も可能だ。 私たち取材陣が現地で確認したように朝鮮人名簿や証言者などを確保し、強制性を立証できる資料を急いで準備しなければならない」と答えた。

一方、韓国の代表通信社である連合ニュースは日本の歴史認識問題研究会が『新潟日報』に掲載した佐渡金山に関する意見広告を「右翼団体の扇動」と露骨的にこき下ろす記事を出したこともある。 この記事は矢野秀喜「強制動員問題解決と過去清算のための共同行動」事務局長の主張を一方的に引用し、意見広告を猛非難する内容だ。

韓国メディアの佐渡金山に関する報道は、韓国歴史学界の「強制労働」説をそのまま代弁し、1次史料や現地住民の証言には徹底的に背を向けているのが特徴だ。 口に合う学者と知識人を選んでインタビューしたり、選別された資料だけを公開するやり方で、極度に歪曲された報道をしているのだ。

問題は、このような体系的な選別および偏向報道だけが集中しているため、韓国人が日本の関連立場が正確に何なのか把握する方法がまったくないという点だ。 その意味で、今後、日本側でも韓国を対象に、一応日本の立場をありのままに正直に伝える、小さくても堅い広報チャンネルを構築する必要があるように見える。

▲〔画像省略〕韓国の主流メディアによる報道だけを見ると、佐渡鉱山はアウシュビッツを彷彿させる場所だ。 しかし、佐渡鉱山の現場は私たちが常識的に知っている強制労働の現場ではないことを指摘する数多くの証言と資料があるが、韓国の主流マスコミはこのような証言と資料に対してはその存在さえ韓国国民に知らせていない。

 

3.学界、研究界

韓国学界と研究界の動向も調べる必要がある。 日帝強制動員被害者支援財団は1月27日、「佐渡鉱山強制動員歴史歪曲」をテーマにユネスコ登録推薦決定以前にすでにセミナーを開催している。 当日、韓国ではこの問題で学界で最も強い発言権を持つチョン・ヘギョン日帝強制動員·平和研究会代表研究委員とカン・ドンジン慶星(キョンソン)大教授が提案を受け持ち、彼らを含む4人の専門家が討論に参加した。

チョン・ヘギョン代表研究委員は著書「貪欲の地、三菱佐渡鉱山と朝鮮人強制動員」(2021)で「佐渡鉱山の朝鮮人強制労働者は1200人に達し、塵肺後遺症で死亡した人も少なくなかった」と述べている。 この本は現在、韓国内のベストセラーになっている。

北東アジア歴史財団も2月16日に開かれた「日本の佐渡鉱山世界遺産登録強行による対応と展望」学術セミナーを通じて日本政府に対する厳しい批判を行った。 北東アジア歴史財団は、今年1月(三菱佐渡鉱山)と3月(世界遺産の登録条件と日本の行動)に2度にわたって報告書を発刊した。

これらの動きのほかに、徐景徳(ソ・ギョンドク)、保坂祐二のような事実上の活動家としての性格を帯びる「反日学者」の動きも注目すべきである。 3月1日、誠信女子大学の徐景徳教授は、佐渡鉱山の世界遺産登録反対を訴える署名運動を開始し、これは現在、各種SNSやメディアを通じて広まっている。 今後、世界的な有力メディアに関連広告を掲載し、多言語映像などを制作·配布する計画だと明らかにした。

保坂祐二世宗(セジョン)大学教授も連日、さまざまな総編やYouTube放送に出演し、強い口調で日本を批判している。 鳩山首相は今年初め、連合ニュースとのインタビューで、「一定期そのものが不法だ」という前提で、佐渡鉱山の朝鮮人労働者は「徴用」ではなく「強制労働」であるという論理を展開した。 オバマ大統領は、インタビューで、来年7月までに極右との歴史戦争が始まったと断言したと断言した。

 

4.民間団体

最後に、韓国の民間領域における関連活動についても考察すると、 サイバー外交使節団を標榜する国粋主義団体のバンク(VANK)は、先月末から佐渡鉱山登録反対キャンペーンを発足し、多方面で登録阻止運動の先頭に立っている。 バンクは「グローバル広報5大プロジェクト」に着手し、今後、国内の小中高校で特別授業推進、英語広報サイト構築、ホロコーストセンターでの思悼金山歴史歪曲広報などを推進することにした。

左派団体である全国民衆行動、そして普段慰安婦に対する宣伝·扇動を続けてきた正義記憶連帯(旧挺対協)も、3·1節を迎え、日本政府の登録決定を糾弾し、謝罪を求める集会を開いた。

一方、済州島所在の北東アジア生物多様性研究所は先月18日に「王桜プロジェクト2050」を公式発足させ、今回の登録問題と関連して一種の抗議運動をしている状況だ。 主な事業は2050年までに国内に試載された日本産桜(ソメイヨシノ)をすべて伐採して在来種の「ソメイヨシノ」に変えるということだという。

次期ユネスコ審査票決が実行されるまで、このような市民団体の広範囲な反日運動が予想される。

▲〔画像省略〕東京五輪を放射能五輪と罵倒した前歴で有名な国粋主義団体「バンク(VANK)」は、今回の佐渡鉱山問題でも狂信的民族主義の広報を続けている状況だ。

▲〔画像省略〕バンクのほかにも、ソウル興士団など反日市民団体が佐渡鉱山のユネスコ登録に反対する動きを見せている状況だ。

 

結びの言葉

今回の日韓歴史戦争は2015年7月、「明治日本の産業革命遺産」の後半戦と言っても過言ではない。

端島のユネスコ登録状況を振り返ってみる必要がある。 端島に関するユネスコへの採決が行われる1カ月前、尹炳世(ユン・ビョンセ)韓国外交部長官(当時)は岸田文雄外相との会談で、韓国政府も「百済歴史遺跡地区」のユネスコ登録を推進しているだけに、互いに協力することで合意している。 日本は約束を守り、韓国側の遺産は満場一致で無事可決された。 しかし、日本の出番が近づくと、突然韓国は遺産の描写に「強制労働」という表現の追加を要求した。 そして日本の外務省はやや和らいだ「労働を強要された」(forced to work)という言葉で、一方では致命的な妥協に同意してしまった。 これは忘れたころに出てくる日本のいわゆる「腰抜き」〔←腰抜け、腰砕け?の対処が初例のエピソードといっていいだろう。

日本は、自国の真実の前でひとまず堂々としていなければならない。 真実はひとまず差し置いて、「真実」ではなく「友好」を最善に置く日本の韓国への態度は、韓国と日本、両国の望ましい未来のためには決してよくないことを認識すべきである。

日本は、端島の登録はどうであれ成功したと、また韓国に相対的な親日政権が発足したからといって緊張を解いてはならない。 日本人が理解しやすい歴史的事例を挙げると、1615年のある春の日、大阪の戦いを終えて一安心していた井伊直孝に徳川家康は「勝利した時こそ、兜の紐を締めなければならない」と助言したことがあるという。

日本が真実の前で一歩退くか、または友好という大義に屈服する態度を取った瞬間、「韓国」、正確には「韓国の嘘勢力」が容赦なく「反撃の刃」で「韓国と日本の真実勢力」の士気をくじいてしまうだろう。

冒頭で述べたように、韓国のうそ勢力は、すでに日本側の歴史戦争の宣戦布告を受諾した。 もはや韓国と日本の真実勢力が断固とした立場を固め、あの攻撃に立ち向かう番だと考える。

 

  


 

 

 

 

2022/04/02

【佐渡金山】『戦後日本における朝鮮人戦時労働研究史』(長谷亮介氏報告)

3月23日に開催された学術セミナー「佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態」〔発表者一覧〕より、長谷亮介氏(歴史認識問題研究会研究員)の発表内容を『メディアウォッチ』の記事よりご紹介します。〔[일본 역사인식문제연구회 세미나] 사도금산에서의 조선인 전시노동 실태 (4)/[日本歴史認識問題研究会セミナー] 佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態(4)〕

記事は日本語で書かれた報告書をメディアウォッチの吉田健二氏が韓国語に訳したもので、それをブログ主が再度機械翻訳で日本語に訳しているので、原文とは異なります。人名などの固有名詞は記事本文に括弧書きで記されているので、それに倣いました。

 

長谷亮介先生プロフィール:熊本生まれ。 熊本大学文学部歴史学科卒業、法政大学大学院博士後期課程修了後、歴史認識問題研究会所属。 現在同研究会研究員。 共著として、西岡勉編集の「朝鮮人戦時労働の実態」(一般財団法人産業遺産国民会議、2021)

 

長谷亮介先生の報告書は以下の5つのパートに分かれています。

 

  1. 佐渡金山に関する一次史料
  2. 先行研究の内容
  3. 先行研究の内容整理と一次史料の確認
  4. 坑内作業の配置と珪肺発症率
  5. 1次史料に記載された朝鮮人労働者の姿

 

「一次史料」と、「一次史料を部分的に参照しながらも、後年に当時を回想したり、研究者の主観が入った学術研究」を分けて内容を検討しています。後者には「新潟県史」と「佐渡・相川の歴史」が属し、執筆時点には「朝鮮半島出身労働者=強制連行」というバイアスがかかっているようです。

  

* * * *

補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ

1.佐渡金山に関する一次史料

現段階での佐渡金山に対する1次史料は、以下の6点が確認できる。

平井栄一編集「佐渡鉱山史 第2」(1950年)、
②佐渡鉱業所「半島労務管理について」(昭和18年6月)、
③日本鉱山協会「半島人労務者に関する調査報告」(昭和15年12月)、
④「帰国朝鮮人に対する未払い賃金債務などに関する調査結果(朝鮮人の在日財産調査報告編に収録)、及び「経済協力と韓国105·朝鮮人に対する賃金未払い債務調査(韓国105·朝鮮人に対する調査)」、
⑤「朝鮮人煙草配給名簿」、
⑥「特高月報」記載の使徒に関する記事


①と②についての説明は、先の西岡力の発表でもなされているので省略する。 ③は、日本鉱山協会が国内の主要鉱山84カ所を対象にした調査で、朝鮮人労働者の処遇などが記されている。

④は戦後の朝鮮人の未払い賃金等に関する調査と供託に関する公文であり、佐渡欽山については「帰国朝鮮人に対する未払い賃金の債務等に関する調査」が残されている。 当該調査には1,140人分の23万1千59円59銭が記されているのみである。

⑤は佐渡鉱業所が管理していた相愛寮(4施設)と社宅に居住していた朝鮮人の名簿。 これは1943年及び1945年、会社がたばこを支払う過程で作成され、一部分ではあるが、リストに朝鮮人463名の氏名、生年月日、異動に関する情報などが記されている。

⑥の「特高月報」には、戦時中に佐渡金山で起きた朝鮮人争議事件3件、逃避事件が5件記されている。

(*編集者注:佐渡欽山に関する一次史料とされる資料は、△平井栄一編集「佐渡鉱山史第2」(1950年)、△佐渡鉱業所「半島労務管理について」(1943年6月)の2点を除き研究者によって多少異なる。 たとえば、西岡力が一次史料として分類していた、相川町史編纂委員会編集の「佐渡相川の歴史·通史編·近現代」(1995年)に収録された、前佐渡鉱山労務課員の杉本奏二の証言を、本論文の執筆者である長谷亮介氏は一次史料から除外している。)

▲〔画像省略〕平井栄一編集『佐渡鉱山史 其ノ二』

 

2.先行研究の内容

佐渡金山の朝鮮人労働者を考察した先行研究で代表的なものは、1988年に新潟県で発行された「新潟県史 通史編8·近代3」(以後「新潟県史」)、そして1995年に相川町で発行された「佐渡 相川の歴史·通史編·近現代」がある。 前者には「強制連行された朝鮮人」という項目が含まれ、1939年から実施された募集時期から朝鮮人を強制連行したと説明している。 その他にも、佐渡鉱業所が朝鮮人労働者に対して民族差別を加え、強圧的な契約更新をしたり、朝鮮人を削岩と運搬など危険な業務に従事させたと主張する。 このような主張は、②の「半島労務管理について」に基づいている。

後者も朝鮮人が強制連行されたと説明しており、佐渡鉱山労務課の杉本奏二の証言を根拠に、日本人坑内労務者のうち、硅肺症を患う人が多く、若い日本人は続々と軍隊に徴用され、朝鮮人募集を開始することになったと述べている。

個人の論文としては、長澤秀長沢秀)、佐藤泰治などの論文があり、2000年に発行された『新潟国際情報大学情報文化学部紀要』第3号に掲載された広瀬貞三の「佐渡鉱山と朝鮮人労働者1939~1945に掲載されている。 この論文は先に紹介した一次史料以外にも、当時の新潟県の新聞、長澤秀、佐藤泰治などの先行構図も参照し、佐渡金山における朝鮮人労働の実態を考察している。 広瀬貞三は論文で、朝鮮人労働者が民族差別を受け、強制労働をしてきたと結論づけている。

広瀬貞三が主張する民族差別とは、「佐渡哀川の歴史」と同様、「半島労務管理について」を参照しつつ、削岩や運搬のような危険な坑内労働に従事する労働者の割合が日本人より朝鮮人の方が高かったことに関係する。 また、労務課の杉本奏二の珪肺症に関する証言を引用して、(朝鮮人募集は)労働力保全だけでなく、日本人の珪肺症感染を防ぐ目的もあったと考察した。 この点に関し、広瀬貞丈は1944年に佐渡鉱業所の珪肺を調査した斎藤謙の「珪肺病の研究的試験·補遺」を引用し、珪肺発症の原因となる粉塵の平均吸引量が削岩、運搬、支柱業に従事した人に多かったことを紹介している。 これらの職種の割合が高かったのは朝鮮人であり、この記録は朝鮮人を対象に調査したものであると広瀬貞三は考察している。

また、朝鮮人の賃金に関しては、以前農民出身の朝鮮人は「請負制度下の給料が日本人に比べて不利であり、道具費などが控除されたため、手元に残る賃金は極めて少なかっただろう」と述べている。 朝鮮人が2-3年の労働契約を結んでいたのは事実だが、佐渡鉱業所は強制的に契約を更新させたと主張し、これを強制労働の証拠として掲げた。

 

3.先行研究の内容整理と一次史料の確認

以上、先行研究に関する簡潔な説明をしたが、重要な点は朝鮮人強制連行に関する具体的な考察がなされていなかったという点である。 「新潟県史」は1939年に開始された募集から1944年に開始される徴用までを何の問答もなく「強制連行」と断定し、学術的考察は一切行われたことがない。 これは1965年に朴慶植(パク・ギョンシク)が「朝鮮人強制連行の記録」(未来社)を発刊したことを契機に募集から徴用までを「強制連行」と規定し、これが十分な検証もなく日本の学界の「常識」となってしまったことが大きな原因であろう。

しかし、強制連行を否定する1次史料は多く残っている。 たとえば、佐渡金山と同じ三菱系の直島製錬所の募集状況を記した石堂忠右衛門の手記(所長:林えいだいの編集)『戦時外国人強制連行関係史料集Ⅳ上巻』(明石書店、1991年)に、〔以下は手記のタイトル〕「採用に落ちた朝鮮人」(昭和15年3月20日)、「代理応募者」(同年3月26日)、「朝鮮人のまるで『学生が修学旅行に行くような気分』の様相」。 このような内容が強制連行関係史料集にも収録されていることから、当時の「強制連行」説の根拠がいかに薄弱であったかが分かる。

さらに、「新潟縣史」の「強制連行された朝鮮人」の部分を執筆した著者は佐藤太治で〔記事原文ママ。佐藤泰治とは別人?〕あった。 佐藤太治は朴慶植(パク・ギョンシク)が設立した在日朝鮮人史研究にも投稿したことがあり、彼も「強制連行」説の支持者であったことがうかがえる。 つまり、中立的な第三者が執筆した県史ではなかったのである。

▲〔画像省略〕「佐渡相川の歴史」


一方、「佐渡会川の歴史」で注意すべきは、一次史料と証言の内容が混在している点である。 文書で残っている当時の史料と一定の歳月が経った後、記憶に依存する証言とは内容の乖離が生じる可能性がある。 実際、本書で杉本奏二は1945年3月の最終募集時点で「総数1200人」が佐渡鉱山に来たと述べている。 しかし、1次史料である平井栄一の「佐渡鉱山史 其ノ二」には1,519人と記されている。 300人の誤差は大きい。 他にも、杉本奏二は最初の募集開始時期を1939年2月としているが、平井英一の著書や『半島労務管理について』では、1940年2月と記述されている。 杉本奏二が正確に当時の状況を記憶して発言したかどうか検証が必要だろう。

また、佐渡欽山で発生した朝鮮人争議事件の原因については、「労務者や労働課職員の一部に極端な差別意識を持った者がかなりいた」とし、当時の労務担当者が回想したとの記述がある。 ただ、実際に誰がこのような主張をしたのか、重要な情報が欠陥している。 それを主張したのが杉本奏二本人であれば、確かに彼の名前を書いていただろう。 したがって、「当時の労務担当者」という人は杉本奏二とは別人であろうし、仮名の人物の回想を無批判に受け入れることは危険である。

 

4.坑内作業の配置と珪肺発症率

先行研究が1次史料を用いて佐渡欽山を強制労働の現場と判断した根拠は、「朝鮮人の坑内作業配置」と「珪肺症」が代表的である。 まず、削岩と支柱などの作業に朝鮮人が多く割り当てられたことが差別であったかどうか検討する。

杉本奏二は珪肺症について話しているが、根本的な問題は日本人男性が次々と軍隊に徴用されて起きた人手不足だ。 そして、その空白を朝鮮人男性が埋めたのが全てだ。 さらに徴兵以前に行われた満州への移住政策により新潟県の人口は減少した。 山川出版社の「新潟県の歴史」(1998年)では、新潟県から中国の満州国に送られた集団開拓団送出は1937年から1945年5月まで1万2,600人以上であり、これは全国で5位の送出数だったという。 また、佐渡金山の岩盤は硬く、落盤の危険は少なかった。 佐渡島の伝統芸能「やわらぎ」とは、退石〔?固い鉱石が和らぐようにを祈願する神事芸である。

珪肺症に関して広瀬貞三は、朝鮮人労働者を対象にした論文を調査を通じて考察しているが、実際に斎藤謙の論文を読んでみると、珪肺症の第一段階(第一期)に至るまで少なくとも4年11か月を要すると書いている。 朝鮮人は契約によって2年から3年までしか働いていなかった。 契約を更新したとしても5年間勤続した者は少数であったと考えられる。 一方、1953年に発行された「新潟医学会雑誌」に掲載された丹野清喜の論文「珪肺症の精神機能について」では、珪肺症に重症化するのは珪肺症の第2期からであり、珪肺症第1期は作業負荷を加えた場合以外では、正常人と明らかな違いは認められないとされている。 [表1]からも分かるように、勤続年数を考慮すると対象となったのは朝鮮人ではなく日本人であったとみるのが妥当であろう。

さらに1954年に丹野精機は「職種別の稼働年数によって調査した珪肺発生率及び進田図」(所収:「新潟医学会雑誌第68年第9号」)を発表し、珪肺症の原因である粉塵環境と罹患率の関係性はないと断言した。 丹野精機は1951年に佐渡と推定される鉱業所(S鉱業所)の協力を得て、削岩、運搬、支柱作業が粉塵を最も多く吸引する環境と認めた。

[表1]〔表省略〕斎藤謙「珪肺症の研究知見·補遺」(「北越医学会雑誌第59年第6号」)(1944年)による珪肺発症までにかかる研修(論文を基に永谷亮介が表で作成)

[表2] 〔表省略〕丹野清喜「職種別稼働年数に基づいて調査した珪閉発生率及び進田図(職種別勉強年数寄見 タルテ転生率)」に掲載されている「坑内各職種稼働年数別罹患率(1)」(新潟各職種稼働年数別罹患率)、「新潟医学会誌85年第2号」(1995年第2号)、「新潟85年第2号」

坑内の各職種稼動年数別の羅患率(p.852)
A:瞬索がんの経験者群
B:純運搬又は純運搬若しくは運搬持株職種経験者群
C:坑内その他の職種としての機械、保線、雑役及び職員

 

しかし、たとえ粉塵が多い環境であっても、坑内作業の勤続年数に比例して珪閉症罹患率も高くなると主張している。 [表2]を見ると、たとえ削岩夫でも5年以内の勤務であれば重症という珪肺症2期に至る確率は7.9%であったことが分かる。

これで、削岩、運搬、支柱に朝鮮人が多く割り当てられたことは、民族差別を証明することではない。 また、強制労働も断言できない。

 

5.1次史料に記載された朝鮮人労働者の姿

賃金が手元にほとんど残っていないという主張に対しては、西岡力が先に反論した。 本報告書で紹介した③日本鉱山協会の「半島人労務者に関する調査報告」では、1940年7月の平均賃金が66円77銭と記載されている。 3年後の「半島労務管理について」には、80円を超えたと記載されていることを考えると、朝鮮人は十分な賃金を受けていた。 この点は「特高月報」記載の逃避事件でも明らかである。

1942年11月分の賃金と食糧に不満を抱いた朝鮮人4人が、逃走の援助を依頼するため同僚に130円を渡したと記されている。 1人当たり30円以上の金銭を所持していたことで、逃走後の交通費や食糧費を考慮するとさらに多くの所持金を持っていた可能性もある。 また、1943年2月分でも同じ動機で女性の朝鮮人労働者4人が逃走援助のため75円を渡したという。 そして朝鮮人は劣悪な環境から生命を守るために逃走したのではなく、より良い職場に移動したかったのだ。

契約の強制的更新により帰郷できなかったとの主張に関しては、⑤の朝鮮人年初配給名簿の中から満期帰郷に伴う異動届出が確認された。

日本歴史認識問題研究会が入手した史料には、1945年4月22日に作成されたもので、契約満期で帰郷した朝鮮人11人の名前が書かれている。 終戦直前にもこの程度の人員が帰郷できた点を勘案すれば、以前にも帰郷した朝鮮人が存在していた可能性がある。 さらに、当該異動申告書には帰郷者全員に10日分のタバコを支給したと記録している。 当時のタバコは貴重品であり、それを快く支給された朝鮮人を奴隷労働者と表現することが、果たして適切なのか。 「半島労務管理について」では、契約更新者には奨励金が与えられ、これは勤続奨励金に相当な効果があったことを明記している。

結論からいうと、一次史料を読んでみると、佐渡欽山は強制労働の現場ではなかったことがわかる。

画像省略〕[写真] 日本歴史認識問題研究会が入手した第三相愛寮の朝鮮人労働者11人の満期帰郷に伴う異動申告

 

  


 

 

 

 

2022/04/01

【佐渡金山】『戦後日本における朝鮮人戦時労働研究史』(李宇衍博士)3.朝鮮人動員は『強制連行』だったのか?

公開:2022-04-01 17:22:10  最終更新:2022/04/02 15:06(追記)

3月23日に開催された学術セミナー「佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態」〔発表者一覧〕より、李宇衍(イ・ウヨン)博士(落星垈経済研究所研究委員)の発表内容を『メディアウォッチ』の記事よりご紹介します。〔[일본 역사인식문제연구회 세미나] 사도금산에서의 조선인 전시노동 실태 (5)/[日本歴史認識問題研究会セミナー] 佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態(5)〕

 

前回のエントリーの続きです。

この部分では、佐渡金山の例も見ながら、「戦時中の朝鮮人動員は『強制連行』だったのか?」というメインテーマが論じられます。この後、更に個別の用語についての説明がありますが、次回に回します。→【追記】「官斡旋」の実態の説明、労災や賃金、争議、珪肺症の発生、栄養等に関する統計的な分析があり、細かい話になるので、これらが個別に問題になった場合に取りあげる事とし、ここでは割愛します。

 

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補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ

朝鮮人動員は「強制連行」だったのか? 募集と官斡旋は、時には役場〔「面」の役所〕や駐在所の行政的支援があったが、朝鮮人と日本企業の関係は基本的に契約であった。 契約は朝鮮や日本事業場到着後に締結された。 朝鮮において総督府官憲が威圧を行使し、日本行きを強要した事例が官斡旋でしばしば発見されるが、それを正面から拒否したり、朝鮮内から逃亡したりするなど、朝鮮人が日本行きを受け入れない時、日本企業や総督府がそれを法律的に強制する方法はなかった。 これとは異なり、徴用は法律的制裁を伴い、その概念自体がそうであるように強制的な動員である。 すなわち、徴用の場合「強制動員」と言うことは同語反復で自明な事実だが、募集と官斡旋の場合、威圧を「強制動員」と規定することはできない。

▲〔画像省略〕「強制労働(forced labour)」は、戦時や事変及びその他有事の「徴用」を例外とし、公権力による制裁及び処罰の脅威の下に非自罰的労働行為として定義されている。 写真は関連英文版ウィキペディアの項目。

 

朝鮮人の動員を「強制労働」と言えるのか。 韓国と日本の左翼勢力は、国際労働機関(ILO)が1932年に公布し、日本も同年に批准した「強制労働に関する条約(Forced Labour Convention)」に基づく際、朝鮮人の戦時動員は強制労働であり、日本はこの条約に違反したと主張している。 しかし、戦時労働は共同体と国家の存続に関わるものなので、強制労働に該当しないという解釈も強く台頭しているだけでなく、韓国がこの協約を批准したのも2021年2月のことであり、それだけ各国の事情によってその解釈と適用が変わってくるという現実を認めなければならない。

「強制労働に関する条約」と関連して、さらに重要な問題としたいのは、法律や条約に規定した概念と歴史的事実との関係の問題である。 これらの概念がいかなるものであれ、それが歴史という客観的現実を変えることはできない。 それにもかかわらず、左派勢力が上記協約の「強制労働」の概念にとらわれ、韓国と日本の国民をその概念で拘束しようとしている。 その理由は客観的な歴史的事実ではなく、「強制労働」という概念がすでに形成されている歴史の主観的・集団的・イデオロギー的な「イメージ」、つまり支配的な過去の歴史像を自由な市民に強要するためである。 したがって、戦時労働動員が「強制労働」なのかどうかという問題については、やはり歴史的事実を明らかにし、従来の歪曲した虚構と戦うことが最も基本的な課題となる。

朝鮮人の戦時労働者の労働を「強制労働」と言うことはできない。 まず、募集と官斡旋はその性格が契約関係であり、したがって契約期間が明記されている。 佐渡鉱山において1940年に朝鮮人を募集する際の契約期間は3年だったが、ほとんどの事業所では2年の契約だった。 日本企業は、労働力不足により契約期間が終了した朝鮮人が契約を更新し、期間を延長するよう、故郷訪問、奨励金の支給、賃上げ、家族招待など、様々なインセンティブを提供した。 一部では契約の延長を強要したと主張するが、それも法律的強制手段を備えておらず、契約期間という面でその約束を頻繁に違反したのは朝鮮人側であった。 企業にいかなる賠償もしないまま任意で事業場を離れる逃亡がおよそ40%に達したからだ。 契約期間終了後、帰還や再契約を決定する権限と自由は朝鮮人にあり、交渉力も朝鮮人の方が大きかった。

日本企業で勤労に怠るだけでなく、「集団行動」に集中した朝鮮人を「不良」するために朝鮮に強制送還したり〔、家事があったり、契約期間を延長した勤労者に「一時帰郷」することを許したが、多くの人は帰社しなかったことも、「強制労働」であるという主張と両立できない。 当時、工場労働者や事務職労働者より高い賃金を支払い、病気などによる欠勤許可など、労働の自由が保障され、佐渡鉱山の朝鮮人を含めて酒色雑技が問題になるほど日常生活は自由だった。 日本政府と企業は、朝鮮人の労働生産性を最優先にしていたため、少なくとも規則·制度というレベルでは、労働、勤労環境、衣食住において、日本人と朝鮮人を差別することはなかった。 労働時間終了後や月3~4回の休日の外出も自由だった。 「鉄条網を張り巡らした塀」や「望楼」、朝鮮人の労働や脱走を監視する「銃を持った軍警」があった例は一つもない。 朝鮮人の「強制労働」は、神話を耳にする。

※421人が様々な理由で佐渡鉱山を離れており、1943年5月末には584人の朝鮮人労働者が残っていた。 離れた理由も整理されている。 死亡10人、逃走148人、公傷送還6人、死傷者30人、不良者25人、一時召喚72人、戦死130人となった。〔西岡力教授の報告書より〕

  

朝鮮人の戦時労働動員が行われた1939~45年に日本に渡航した朝鮮人は約240万人である。 しかし、日本企業と政府が戦時動員で連れて行ったのは約72万人に過ぎなかった。 約168万人が戦時動員の開始とともに大きく開かれた渡航の門を開いて日本に移住し、その大半は金儲けのための数年の短期労働移民だった。 日本行きの規制が著しく弱まり、日本国内の労働力が極度に不足したため、統計に入らない多数の密航者も存在したが、その数は不明である。 当時、日本ではこのように戦時動員と関係なく、金儲けのために日本に来た労働移民者を「自由労働者」とした。

▲〔画像省略〕北海道の炭鉱で朝鮮人労働者に200~300ウォン〔〕の大金を前払して募集した、という当時の東亜日報の記事。 同記事には、朝鮮人労働者が2年間の契約期間などの採用契約を破り、都市に脱出して建築雑部などとして働くという内容もある。

 

同期間、戦時動員で来日した72万人のうち、約25%が募集、40%が管斡旋、35%が徴用方式を経た。 募集は基本的に自由意思によるものであり、官斡旋と徴用でも約4割が逃走して自由労働者となったので、戦時労働者のうち55%(25%+75%*0.6)が自由意思を貫いたのである。 官斡旋や徴用で来日したが、戦時動員を高所得の職に積極的に受け入れた者(契約を延長した者や契約期間終了後に他の事業場に就業した者など)も少なくなかったが、その数はまだ不明である。 結局、保守的〔←控えめ?に推論しても戦時労働者の45%、すなわち約32万人が自分の意思と関係なく日本に移動したのだ。

240万人のうちの32万人で、1939~45年の朝鮮人日本移住の性格を規定することはできず、208万人を中心に置くしかない。 さらに、佐渡鉱山の例からも分かるように、1939年9月以前にすでに日本に移住した朝鮮人労働者がいた。 住友鴻之舞金山の例から分かるように、彼らが戦時労働者の指揮·管理において重要な役割を果たし、佐渡鉱山を含めた他の事業場でも同様であったであろう。 これら208万人以上の自由労働者と32万人の戦時労働者が互いに無関係な存在ではなかった。 両者は日本の労働市場で共存し、時には同じ事業場で働いた。 逃亡は、戦時労働者が自由労働者となるルートであり、戦時労働者を雇用する事業場は、地上労働や相対的高賃金のようなより有利な条件の下にある自由労働者の存在を意識しなければならなかった。

全体的に見て、この期間は韓国史上初めて最短期間に自由労働移民が爆発的に展開された時期であり、その主体は広くなった経済活動の領域を開拓した自由海外移民者と規定することができる。 1870年代から第1次世界大戦に至るまでの間、いわゆる「第1次世界化の波」の中で行われた国際移民と解放以後に展開された韓国の国際移民が、まさにこの時期に始まったのである。 たとえその形態が植民地的、戦時的ではあったが、基本性格は海外移民だった。 「植民地的」とは、移民が支配国日本の規制の下に行われ、移民者は「2等国民」の待遇を受けた事実をいう。 1937年以降、朝鮮人の日本渡航政策は急変し、朝鮮人の移住はそれに規定された。 「2等市民」は「2等」である朝鮮人に対する民族差別の可能性を言うが、一方では朝鮮人が外国人や戦争捕虜ではなく日本の「国民」としての権利と義務を持っていたことを意味する。 朝鮮人は「徴用」の対象になったり、「自由な逃亡」を選択することもできたというのが彼をよく表している。

戦時中の朝鮮人移民が「戦時的」であったとは、労働移民が戦争という特殊な状況の中で行われ、就業の自由が制限される場合、すなわち朝鮮人の戦時労働者を相手に炭鉱や鉱山のように朝鮮人が忌避した職種が優遇·強制される状況も存在するようになったという事実を指す。 同時に戦争という状況は移民の可能性を大規模に短期間に急速に拡大する結果をもたらした。 日本人男性の大規模徴集によってもたらされた労働力の不足から、朝鮮人に対する待遇は市場均衡ではなく、日本政府や企業の経済外的政策に決定され、これは逆説的に植民地被支配人民が彼らの人的資本水準を上回る厚遇を受けている状況をもたらした。 戦時移民は、このように一見して矛盾する複雑な様相で展開した。

1939-45年に行われた日本への朝鮮人の移動を「海外移民の植民地的·戦時的形態」ととらえ、戦時労務動員もその一環として理解することを提案する。 佐渡鉱山の世界遺産登録という問題も、日韓両国の国民がそのような観点から共感し、受け入れなければならないだろう。

 

  


 

 

 

 

【佐渡金山】『戦後日本における朝鮮人戦時労働研究史』(李宇衍博士)2.佐渡金山の朝鮮人労働者の実態

3月23日に開催された学術セミナー「佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態」〔発表者一覧〕より、李宇衍(イ・ウヨン)博士(落星垈経済研究所研究委員)の発表内容を『メディアウォッチ』の記事よりご紹介します。〔[일본 역사인식문제연구회 세미나] 사도금산에서의 조선인 전시노동 실태 (5)/[日本歴史認識問題研究会セミナー] 佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態(5)〕

 

前回のエントリーの続きです。佐渡金山での朝鮮半島出身労働者の実態が語られる部分で、比較的短めです。出典(論拠)は論文の最後にまとめて挙げられていますが、本文中に番号等の注釈はありません。

この部分の後、再び、「朝鮮人動員は『強制連行』だったのか? 」という、この論文の核心部分に続きます。

 

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補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ

他の事業場と同様、佐渡鉱山でも、1944年9月以降の徴用労働者を含めて、朝鮮人労働者に賃金が正常に支払った。 強制貯蓄、勤労所得税、健康保険料、年金保険などを控除(差し引き)し、残りを朝鮮人に渡したが、その項目は日本人労働者と同一で、貯蓄を除けば控除額は大きくないので、朝鮮の家族に送金したり現地で使用するなど、自ら決めることができた。 共済項目で日本人と最も大きな差が出るのは、貯金だが、その理由は、日本人と違って朝鮮人には家族がいない単身労働者が非常に多く、彼らは貯蓄できる余力が日本人家族扶養者よりはるかに大きかったからだ。

佐渡鉱山が朝鮮人に支払わなかったり、支払えなかったりして法務局に供託した金額(佐渡鉱山の場合、1人平均203円)、またその他三菱ともう一つの巨大財閥である三井系列会社の供託金額を1945年頃の月給(佐渡鉱山の場合、平均100円以上)と比較すると、その金額は1~2か月の月給に当たるので、大変な高額であったとはいえない。 その理由は、第一に、逃亡者又は終戦後に急遽帰還した者にあっては、精算すべき金が小額であったために放棄したために逃亡し、又は終戦後は精算を待たずに急いで帰国したことである。 第二に、労働者に引き渡されずに控除された金額は、それを放棄する個人の立場では、これまで正常に受け取ってきた賃金に比べていずれにせよ少額であった。 したがって、供託金をもって賃金を支払わない強制労働の根拠としたり、体系的かつ大規模な搾取の根拠とすることはできない。

佐渡鉱山を含め、戦時に日本に渡った朝鮮人の住居(寮の使用料、社宅の場合は賃貸料、浴場などの共同施設は無料または市場価格よりはるかに低かった)、主食(米、麦、豆類、その他)とカロリーの摂取は朝鮮に残っている農民より良好であった。 終戦直前、朝鮮人と日本人の食糧と献立は同じだったが、朝鮮人は日本人よりは大食であったため、それにより朝鮮人の立場では食事量が相対的に不足し、香辛料(唐辛子、ニンニクなど)が提供されず、不満を招いた。 終戦直前、凶作と米軍爆撃によって流通体系が円滑に作動できなくなると、朝鮮人は日本人と同様に食糧不足で困難を経験した。 その後、日本に渡った朝鮮人と朝鮮にいた農民の生活水準を体系的に比較する研究が必要である。〔←この部分は機械翻訳では分かり難い。論文の最後にカロリー摂取量を比較しているのでそのことか?

▲〔画像省略〕山の頂上がピース型に窪んだ佐渡鉱山の象徴「道遊の割戸」

 

佐渡鉱山は他の朝鮮人を動員した事業場に比べて家族と生活する者が多かった。 戦争以前から労働移民に来た朝鮮人、1939年以降、展示労務動員とは関係なく、日本に渡って就職した移民者たちが多かったためであるものと推測される。

佐渡鉱山をはじめ、戦時中に朝鮮人が行った事業場において、朝鮮人が日本人に比べ死者や重傷者が多いのは、特別な民族差別があったからではなく、事業場の労働需要と労働供給が一致した結果に過ぎない。 すなわち、健康な壮青年の日本人は軍隊に徴集され(海外にいる日本軍は1937年=95万人、43年=358万人、44年=540万人、45年=734万人だった。 戦時末期には20~40歳の男性の60.9%が軍にあり、200万人が死亡した)、朝鮮人が青年として健康だったため、坑内労働に配置された結果である。

佐渡鉱山の場合、他の事業場に比べて争議がはるかに少なかった。 1940年の動員の開戦後、朝鮮人集団行動は計3件だったが、その原因は寮で支給される食事量の不足、作業用品のレンタル費用、賭博で警察に通報された同僚を"救出"するための事件だった。

佐渡鉱山の朝鮮人逃亡者の割合は、他の事業場に比べてはるかに低い。 展示労務動員された労働者多数が逃走するのは、朝鮮内でも同様だった、また、朝鮮人に比べてははるかに低い割合だったが、日本人ももかなりの規模に達する。

逃亡は「朝鮮人の抵抗」とは言えない。 彼らは、朝鮮人の約60%が動員された炭鉱や佐渡鉱山のようなその他の鉱山で地下労働をすることを忌避しただけだからだ。 事業所で働いて逃走する者はもちろん、旅行費用をかけずに安全に日本に渡航する方法で労務動員を利用した者、すなわち福岡など日本に到着するやいなや逃亡したり、大阪、京都、東京など途中の大都市で、あらかじめ連絡しておいた朝鮮人ブローカーの助けで逃走したり、契約期間終了後に帰還費用を会社から受け取った後に逃亡した者、家族は帰還させ、自分だけを逃走した者など、すべてが朝鮮に帰還せず、日本国内の保守や労働環境がもっと良い場所から戻ってきた。 これら逃亡者を探し出すための日本政府の特別な政策や手段は発動されたことがなく、摘発されても月給の20-40%に当たる罰金に処されただけで、最大の処罰は朝鮮への送還だった。 また、軍需工場や戦争施設を建設する現場でも、この逃亡者を喜んで高賃金で雇ったが、これらの事業場も現金が非常に豊かであったが、労働力が極めて不足していたためである。

佐渡鉱山でも1945年8月15日の終戦後に他事業場に就業していた逃亡者の多くが本来の事業場に帰社したが、これは他事業場と同様に佐渡鉱山側から逃亡者にも朝鮮への帰還費用を支給したためである。

 

 

  


 

 

 

 

【佐渡金山】『戦後日本における朝鮮人戦時労働研究史』(李宇衍博士)1.日本統治時代の朝鮮人労働者の動員方法

3月23日に開催された学術セミナー「佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態」〔発表者一覧〕より、李宇衍(イ・ウヨン)博士(落星垈経済研究所研究委員)の発表内容を『メディアウォッチ』の記事よりご紹介します。〔[일본 역사인식문제연구회 세미나] 사도금산에서의 조선인 전시노동 실태 (5)/[日本歴史認識問題研究会セミナー] 佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態(5)〕

論文のタイトルは「1940~5年 佐渡鉱山朝鮮人労働者の移住、動員、勤労環境、及び日常生活―『強制連行』・『強制労働』論批判―」です。

李宇衍(イ・ウヨン)落星垈(ナクソンデ)経済研究所研究委員プロフィール:韓国全羅南道光州生まれ。成均館大学で、李氏朝鮮後期以降の山林とその所有権の変遷に関する研究で博士学位を受けた。 米ハーバード大学訪問研究員、九州大学客員教授、落星垈経済研究所研究委員を歴任した。 著書に『ソウルの中心で真実を叫ぶ』(日本語翻訳版:扶桑社、2020年)、共著で、李栄薫編集『反日種族主義』(日本語翻訳版:文藝春秋、2019年)、李栄薫編集『反日種族主義との闘争』(日本語翻訳版:文藝春秋、2020年)など。

 

長いので、3回くらいに分けてエントリーするつもりです。

やはり、韓国人が、頭の中では韓国人相手に説明する事を想定して書いているので、「日本統治時代の朝鮮人労働者の "動員”」=「強制連行」(韓国人の言う「強制徴用」)のイメージを払拭する事に重点を置いているように思います。

今回は、一般論の部分を翻訳しますが、西岡力教授の発表内容を訳した『【佐渡金山】『朝鮮人戦時労働と佐渡金山』(西岡力教授研究発表)1.朝鮮人の戦時労働の全体像』と併せて読まれたら良いかと思います。

 

▼下の画像は以前ブログ主が作成した『戦時動員概念図』

Wartime_laborer_v13

 

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補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ

戰時期も鉱山への朝鮮人移民と動員に対する韓国と日本のマスコミ報道と先行研究においては、全て非専門家や、または"専門家"と自任する研究者が1965年に出版された『朝鮮人強制連行の記録』を書き写した(copy and paste)に過ぎない。

『朝鮮人強制連行の記録』の著者〔朴慶植(パク・ギョンシク)、未来社〕は、日本の朝鮮総連の朝鮮大学教員として、この本を著述した目的が韓日国交回復を阻止するためだったことを隠さなかった。 彼は、朝鮮人を日本に連れて行った過程は"奴隷狩り"、つまり「強制連行」であり、日本での労働は"奴隷労働"、つまり「強制労働」だったと主張した。

実際朝鮮人を動員する方法は「募集」、「官斡旋」及び「徴用」の三つがあったが、△「募集」は日本で会社の職員が来て、農民たちに公示し、文字通りの意味として募集すること、△「官斡旋」は、募集と同一するものの、面〔「市」の下の行政区画、日本の「町村」〕と駐在所が日本から派遣された募集担当者を法律的規定なく、行政的に支援すること、△「徴用」は、法的強制(応じない場合、1年以下の懲役や100円以下の罰金、参考までに1939~45年にソウルコメ1石の卸売り価格が38~47円だ。 〔キムナクニョン・パクキジュ・パクイテク・チャミョンス編(2018)、『韓国の長期統計II』(p.822)〕

ただし、徴用も令状の発付から始めて,その受領、身体検査、検査結果の通知を経て合格者が所定の場所と時間に出頭するまで約1ヵ月の時間が所要される法律的手続きを踏んで行われるものであるだけに、"家で寝ている”ところや、"畑で働いている”ところを、"連れて行った" という記憶は事実と違う。 これは、朝鮮戦争での「街頭徴集」(令状なしに学校の前、家や道で強制的に徴兵)を植民地期の戦時動員と混同することに起因すると見られる。

※「街頭徴集」(街頭徴兵)の実例は過去にエントリーしています。→【韓国】朝鮮戦争時の『街頭徴兵』の実例

▲〔画像省略〕朝鮮人労働力の現況調査に使用された朝鮮総督府の労務資源調査表。

 

1939年9月以降の「募集」とは異なり、1942年2月以降の「官斡旋」という朝鮮人の動員方法は、1940年朝鮮総督府の「労務資源調査」に基づく。 官斡旋による動員において、朝鮮人の対応とそれに伴う「強制性」の程度が非常に多様であったのは、それを強制する唯一の規則であり、動員方法と応じない者に対する処罰を規定する法律がなく、ただ日本から渡ってきた会社の労務課の職員と朝鮮の面書記、駐在所の警察が朝鮮青年を行政的に広報、勧誘、または強制したためである。

佐渡鉱山には、1939年9月、日本政府による戦時労務動員と1940年2月佐渡鉱山側による朝鮮人募集以前から朝鮮人がお金を稼ぐために日本に渡って就職した出稼ぎ労働者が存在した。 これらは、戦時労働者たちを指導・管理する役割をしたのだ。 戦時動員は大きな範囲(日本政府の立場では違うけど)、企業の立場では労働力不足に対する対策であり、朝鮮人には朝鮮半島域外への労働力移動、移民という性格を持つ。 こう見ると展示朝鮮人の日本行きは大きな範囲で解放以降の海外移民と連続的な性格を持つ

 

 

  


 

 

 

 

【佐渡金山】『戦後日本における朝鮮人戦時労働研究史』(勝岡寛次氏報告)2.「朝鮮人強制連行の歴史」が佐渡金山史や相川史に与えた影響

3月23日に開催された学術セミナー「佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態」〔発表者一覧〕より、勝岡寛次氏(歴史認識問題研究会事務局長、明星大学戦後教育史研究センター)の発表内容を『メディアウォッチ』の記事よりご紹介します。〔[일본 역사인식문제연구회 세미나] 사도금산에서의 조선인 전시노동 실태 (2)/[日本歴史認識問題研究会セミナー] 佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態(2)〕

 

藤岡寬次先生の報告は以下の5つのパートに分かれており、今回は3以降の章をまとめてを扱います。


  1. 「強制連行」という言葉は、80年代以降に一般化した
  2. 在日朝鮮人運動史研究会と「在日朝鮮人研究」〔1と同じエントリーに掲載
  3. 状況を一変させた「新潟県史」と「相川町史」の「強制連行」記述
  4. 「強制連行派」も認めた朴慶植のミス
  5. 官民共同で「歴史の事実」を明らかにしたい

  

「新潟県史」や「佐渡・相川史」は一次史料的要素もあるが、後世の、思想的にバイアスがかかった人間も執筆している。『朝鮮人強制連行の記録』(1965年)の著者、朴慶植(パク・ギョンシク)が設立した「強制動員真相究明ネットワーク」が韓国側と連携している、という内容。

  

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補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ

3 状況を一変させた「新潟県史」と「相川町史」の「強制連行」記述

この状況を反転させたのが「新潟県史」(通史編8(近代3)、新潟県、1988年)の記述だ。 そこには「強制連行された朝鮮人」(第4章第2節5)という項目が含まれ、「朝鮮人強制連行と新潟県」という小見出しで次のように断言している。

「昭和10年に実施された労務動員計画は、名称上は"募集"、"官斡旋"、"徴用"と変化しているが、朝鮮人を強制連行した事実では同質であった」(782頁)

この項目を執筆したのは佐藤泰也で、(本の執筆者一覧、878頁)佐藤泰也は朴景植を師匠と崇める在日朝鮮人研究会の会員で、師匠の「朝鮮人強制連行」説に基づいてこれを作成したものと考えられる。 しかし、募集、官斡旋、さらには一定の強制性を持った徴用さえ、当時の国際法に照らして強制連行とは言えないことは明白だ。

▲〔画像省略〕「新潟県史」計37冊。古書籍を扱う三月兎之杜で公開した写真。

 

このような明白な虚偽事実が「新潟県史」という公的刊行物に掲載されたことは大きな問題であったが、これが今日まで続く佐渡金山の朝鮮人強制連行問題の起点になっている点も指摘すべきである。

 

「新潟県史」に引き続き、佐渡金山のある相川町史「佐渡相川の歴史」(通史編近現代、相川町、1995年)も「朝鮮人労務者の動員」という小見出しで、県史の記述を踏襲して次のように書いている。

「戦争中、多くの朝鮮人が鉱山で働いた。 昭和14年に始まった労務動員計画は、名称は募集、官斡旋、徴用へと変化したが、朝鮮人を強制連行した事実においては同質だった」(「新潟県史」近代編10)。

また、

「昭和17年1月に県内に連行されたのは1,708人で、最も多かったのが佐渡鉱山の802人(小沢有作編集『近代民主の記録』、10 在日朝鮮人)だった。 (中略)佐渡鉱山の非正常な朝鮮人連行は戦時産業金国策から始まり、敗戦でやっと終わる」(679-684頁)

 

このように相川町史は「新潟県史」を踏襲し、「新潟県史」は朴慶植の「朝鮮人強制連行の歴史」を踏襲しているので、朴慶植の本、「新潟県史」、そして「相川町史」は一蓮托生の関係にあると言っても過言ではない。

 

4.「強制連行派」も認めた朴慶植のミス

一方、強制連行という用語は、「強制連行」派の間でも強い批判を受けている。

例えば、朴慶植の後継者とされる金英達氏は、強制連行という用語の問題点を指摘し、真っ向から批判している。

"「強制連行」は、その定義が確立されておらず、人によってまちまちに解釈して受け入れられている。 (中略)その実質や程度について共通理解が確立されないまま強制連行という言葉だけが一人進み、まるで特定の時代の特定の歴史現象を指す歴史用語であるかのように使われているところに混乱の原因がある。 

したがって、「強制連行」という語を用いる者は、それぞれあらかじめ用語の定義と範囲を明確に示さなければならない。 ただし、この場合、朝鮮人の日本渡航は一斉に「強制連行」と定義する者もいれば、国民徴用令によって徴用された朝鮮人労働者だけが「強制連行」という者もいるだろうし、あるいは日本人も含めて法的強制力によって戦争に駆り出された者も皆「強制連行」と主張する者も出てくるだろう。 こうなると、おそらく百家争鳴の状態となり、さらに混乱するのではないかと思われる。

そこで筆者の提案では、戦争中の朝鮮人に対する強制的な戦争動員については総称として「戦時動員」という用語を使い、その戦時動員の中で具体的な現象の一つである暴力的な動員については「強制連行」という概念を再構成してみたらどうかと思う。

(金永達『朝鮮人強制連行の研究』金永達著作集Ⅱ、明石書店、45-46頁)

 

このように金英達は、朴慶植が最初に使った「強制連行」の概念が曖昧で、様々な混乱が生じていることを認め、戦時動員という言葉を提案した。

しかし金永達氏が早くに殞命〔死去〕したこともあり、「強制連行」をめぐる議論は今日さらに混乱したといっても差し支えない。 そして「新潟県史」や「相川町史」が募集・官斡旋・徴用を一斉に「朝鮮人を強制的に連行した事実においては同質」と認めたことが混乱をさらに煽った最大の例として挙げられる。

 
 
5.官民共同で「歴史の事実」を明らかにしたい

朴慶植の学説を1990年代の運動レベルで支持した団体が「朝鮮人および中国人強制連行、強制労働を考える全国国民集会」であった。 2005年以降は「強制動員真相究明ネットワーク」(共同代表:庵逧由香飛田雄一)がその役割を担い、これらは佐渡金山問題に関して韓国と密接に連携し、運動を展開している。

▲〔画像省略庵逧由香は立命館大学文学部教授で朝鮮近現代史などを専攻しており、徴用工、慰安婦問題で日本左派の典型的な立場を明確にしている。 飛田雄一理事長は神戸学生青年センター理事長で、同じく在日朝鮮人などを専門とする日本の左派だ。

 

例えば、韓国の東北アジア歴史財団は2月16日、「日本の佐渡鉱山世界遺産登録強行への対応と展望」という学術セミナーを開催したが、最初の提案者は強制動員真相究明ネットワーク事務局次長の小林久公だった。

小林久公氏は、「佐渡鉱山の世界遺産登録に関する趣旨と経過、最近の動きなどを中心に」というテーマで発表し、その中で次のように述べた。

「現在の岸田総理大臣も安倍氏と同様に胸に青いバッジをつけているが、その歴史認識、価値観は歴史的事実に基づいたものではなく、虚構を事実に捏造して自己満足するだけだ。 この価値観は「人類全体のための」遺産という世界遺産の価値観とはかけ離れたものであり、世界遺産を自身の遺産に変質させている。」

 

北朝鮮による拉致被害者救出を忘れないという象徴である青いバッジを日本首相が胸につけたことについて、「その歴史認識、価値観は歴史的事実に基づいたものではなく、虚構を事実として捏造し、自己満足するだけだ」と躊躇なく断言している。 「歴史的事実に基づかず、虚構を事実として捏造している」のは果たしてどちらか。

 

強制動員真相究明ネットワークは、1月25日に緊急声明を発表し、そこでは次のように主張している。

佐渡山のユネスコ世界遺産登録に関連して、日本政府は22年1月21日の記者会見で、「佐渡島の金山に対する韓国側の主張に対して、日本は全く受け入れられない」(木原官房副長官)と述べ、日本は昨年末、韓国外交部に抗議したと発表しました。 「日本政府は、韓国側の主張である戦時朝鮮人強制労働を公式に否定したのです。 (中略)日本の総力戦体制下、戦時労務動員政策によって朝鮮半島から日本に約80万人が強制動員されたことは歴史的事実です。 佐渡鉱山が強制労働の現場だったという韓国側の主張も事実です。 それを「独自の主張」なので「受け入れられない」という姿勢は、強制労働の歴史を否定することです。 日本政府は歴史を否定せず、これを機に強制労働の真実を認めなければなりません。 韓国側の批判を問題視するような対応は間違っている」。

 

「歴史的事実」、「強制労働の真実」というが、彼らが言う歴史的事実とは、朴慶植が半世紀前に書いた「朝鮮人強制連行の歴史」を金科玉条のように振り回すだけで、実は歴史的事実の裏づけが全くない主張だ。

そのような主張に対しては、今日の韓国の学者たちからも異論が噴出しており、彼らは一部の日本人学者が主張している「強制連行」説、「強制労働」説を全面否定している(「反日種族主義」「反日種族主義との闘争」)。

本日も、韓国の発表者から、このような趣旨の反論があると聞いており、期待している。 日本は何が歴史の事実かを判断し、韓国側の不合理な主張に対しては、日本は官民一体となって「歴史戦争」をしなければならない。 そして、この闘争において、我々の主張に同意してくださる韓国の方々までいらっしゃって、心強い。

一緒に手を携えて、歴史の事実を明らかにしていきたい。

 

  


 

 

 

 

【佐渡金山】『戦後日本における朝鮮人戦時労働研究史』(勝岡寛次氏報告)1.「朝鮮人強制連行」説が一般化した経緯

3月23日に開催された学術セミナー「佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態」〔発表者一覧〕より、勝岡寛次氏(歴史認識問題研究会事務局長、明星大学戦後教育史研究センター)の発表内容を『メディアウォッチ』の記事よりご紹介します。〔[일본 역사인식문제연구회 세미나] 사도금산에서의 조선인 전시노동 실태 (2)/[日本歴史認識問題研究会セミナー] 佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態(2)〕

 

藤岡寬次先生プロフィール:広島県生まれ、早稲田大学大学院博士課程を修了し、明星大学前後の教育史研究センターで勤務した。 現在、麗澤大学国際問題研究センター客員教授を務めている。 著書に『韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する』(小学館文庫、2001)、『安倍談話と朝日新聞 慰安婦問題と南京事件はいかにして捏造されたか』(双葉社、2015)、共著で、西岡力編集の『朝鮮人戦時労働の実態』(一般財団法人産業遺産国民会議、2021)などがある。

 

藤岡寬次先生の報告は以下の5つのパートに分かれており、今回は「1.「強制連行」という言葉は、80年代以降に一般化した」「2.在日朝鮮人運動史研究会と「在日朝鮮人研究」」を扱います。〔3~5は次エントリーにて〕


  1. 「強制連行」という言葉は、80年代以降に一般化した
  2. 在日朝鮮人運動史研究会と「在日朝鮮人研究」
  3. 状況を一変させた「新潟県史」と「相川町史」の「強制連行」記述
  4. 「強制連行派」も認めた朴慶植のミス
  5. 官民共同で「歴史の事実」を明らかにしたい

 

1960年代~1980年代末までの在日朝鮮人研究の流れ。

60年代以前は在日朝鮮人は出稼ぎ労働者という認識。→1965年に在日朝鮮人の朴慶植(パク・ギョンシク)が『朝鮮人強制連行の記録』を書く→1980年代半ば以降に「朝鮮人強制連行」説をマスコミが流行させ、→現在でも、朴慶植の後継者、即ち強制連行肯定派が学界の主流を占める状態、という内容です。

 

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補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ

1.「強制連行」という言葉は、80年代以降に一般化した

今日では「強制連行」という用語が一般的に使われているが、この用語は戦時にはなかった言葉だ。 したがって、「強制連行」という表現の根源、そして使用することになった経緯については、それ自体が研究対象になる可能性もある。

「強制連行」という言葉が戦時に使用された「徴用」という表現を代替することになったのはいつからか。

鄭大均教授によると、「朝鮮人強制連行」という言葉が初めて使用されたのは1960年と言っているが、(『在日・強制連行の神話』、文春新書、2004年)、後世に及ぼした影響に換算すると、朴慶植(パク・ギョンシク)が1965年に書いた『朝鮮人強制連行の記録』(未來社)という本が歴史認識問題の観点から「朝鮮人強制連行」の起源といってもよさそうだ。「強制連行」問題を一つの運動で推進してきた人たちにこの本は一種のバイブルであり、今日も金字塔として高い評価を受けている。

 

▲日本は朝鮮総連系の朴慶植(パク・ギョンシク)が1965年度に書いた『朝鮮人強制連行の記録』(未來社)は、「朝鮮人強制連行」という神話を拡散させた本と名指されている。

 

しかし、この本によってすぐに「強制連行」という歴史認識が一般化したわけではない。 事実「強制連行」という用語が一般化したのは1980年代以降だ。 筆者は朝日新聞のデータベースで「強制連行」という言葉が出現する頻度を、中国人慰安婦と朝鮮人慰安婦それぞれについて調査したことがある。 「朝鮮人強制連行」がマスコミに盛行し始めたのは1980年代半ば以降だと明らかになった。

一方、朝鮮人強制連行に関する研究文献を見ると、1950年代から60年代までは「強制連行」論が主流をなしていなかった。 森田芳夫が指摘したように、日本に来た朝鮮人の多くは出稼ぎに来て、より良い生活のために日本内地に来たという常識的見解が主流だった。 朴慶植の「朝鮮人強制連行の歴史」は、このような通念に対するアンチテーゼ(Antithese)として登場し、1970年代から1980年代にかけては「強制連行派」が学界の主流となった。

これに対し、「強制連行」の学説を批判する文書は、朴慶植氏が「強制連行」の概念を主張した1965年以降、四半世紀全くなかった。 「強制連行」説に異議を唱えた文献が現れたのは、日本では1990年代以降のことである。 強制連行や強制労働を批判する保守学者の文書は、量的に見ても強制連行肯定派が出した文書の10分の1にもならず、これは今日も変わっていない。 (拙稿『朝鮮人·中国人「強制連行」運動史』、西岡力編集『朝鮮人戦時労働の実態』一般財団法人産業遺産国民会議,2021年)

つまり、朴慶植の「朝鮮人強制連行の歴史」に端を発する強制連行肯定派が学界の主流を占める状態は今日も続いている

 

2.在日朝鮮人運動史研究会と「在日朝鮮人研究」

朴慶植は1976年に「在日朝鮮人運動史研究会」を組織し、同研究会の機関誌「在日朝鮮人史研究」誌は彼を師とする数多くの研究者を輩出してきた。 佐渡金山の「強制連行」問題もこうした流れの一部に挙げられる


▲〔画像省略〕「在日朝鮮人史研究」誌は、近年までも活発に学術誌を編纂している。 写真は東京都古書籍商業協同組合ホームページに公開された関連2017年版「在日朝鮮人事研究」の47号の表紙。

 

平たく言えば、新潟県内の朝鮮人「強制連行」「強制労働」問題を扱った文献のほとんどが「在日朝鮮人史研究」誌に発表されたのである。

例えば、次のような文献がそうだ。

  • 資料「佐渡鉱業所半島労務管理について」、「在日朝鮮人事研究」12号、1983年
  • 佐藤泰治「新潟県中津川朝鮮人虐殺事件」、「在日朝鮮人史研究」15号、1985年
  • 橋本裕子「新潟県における朝鮮人労働運動」、「在日朝鮮人事研究」17号、1987年
  • 長澤秀「新潟県と朝鮮人強制連行」、「在日朝鮮人事研究」19号、1989年


このような文献はすべて(最初のものは一種の資料なので例外と言えるが)朴慶植の「朝鮮人強制連行の歴史」を受け入れ、その問題意識を新潟県の歴史現象にそのまま引きずってきたというのが共通している。

長澤秀の「新潟県·朝鮮人強制連行」では、佐渡金山について、「昭和17年頃までは、当該鉱山が県内の朝鮮人強制連行数の半分以上を占めていた」(6ページ)と主張しているが、一方では、次のように述べ、研究の蓄積がほとんどないことを指摘している。

「新潟県での朝鮮人強制連行について「新潟県史」(新潟県編集、1970~)や各市町村史はほとんど言及していない。 また、一般研究も最近始まったばかりで、成果は微々たるものである。」(1ページ、注(2))


1980 年代末時点では上記のような研究状況であった。

 

  


 

 

 

 

2022/03/31

【佐渡金山】『朝鮮人戦時労働と佐渡金山』(西岡力教授研究発表)4.韓国の専門家、鄭恵瓊氏の「強制労働」説検討

3月23日に開催された学術セミナー「佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態」〔発表者一覧〕より、西岡力教授の発表内容を『メディアウォッチ』の記事よりご紹介します。〔[일본 역사인식문제연구회 세미나] 사도금산에서의 조선인 전시노동 실태 (1)/[日本歴史認識問題研究会セミナー] 佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態(1)〕

西岡力教授の報告書は以下の4つのパートに分かれており、今回は「4.韓国の専門家、鄭恵瓊(チョン・ヘギョン)氏の「強制労働」説検討」のみ扱います。

 

  1. 朝鮮人の戦時労働の全体像
  2. 佐渡金山の朝鮮人戦時労働
  3. 新潟県と相川町の「強制連行」記述について
  4. 韓国の専門家、鄭恵瓊(チョン・ヘギョン)氏の「強制労働」説検討

 

ここでは、鄭恵瓊氏の主張、即ち韓国側の主張に対して反論していますが、鄭氏の主張は日本の左派研究者である広瀬貞三氏の2000年度論文「佐渡鉱山と朝鮮人労働者1939~1945」 に大幅に依拠しています。〔リンク先はPDF

慰安婦問題にしてもそうですが、韓国側に一次資料は殆どありません。結局、日本にある資料(史料)を元に反日日本人学者が論を展開し、その "学説” を根拠として韓国人学者が主張するという構図なのです。

以下、西岡力教授の発表内容です。

  

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補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ

4.韓国の専門家、鄭恵瓊(チョン・ヘギョン)氏の「強制労働」説検討

現在、韓国の日帝強制動員·平和研究会代表研究委員である鄭恵瓊氏は「日帝強制動員被害者支援財団」で研究員として長く勤め、戦時動員に関する調査研究を続けてきた。 韓国側の強制労働派を代表する研究者と言える。


▲〔画像省略〕JTBCニュースルーム2019年8月27日付報道[ファクトチェック]「強制徴用はなかった」国連まで行った「反日種族主義」?が伝えた鄭恵瓊研究委員の発言。 強制労働を主張している鄭委員も、基本的に拉致のような強制連行、奴隷狩りがあったということは否定していることが分かる。

▲〔画像省略〕慰安婦問題と関連して、国内の代表的な性奴隷説派と言える聖公会(ソンゴンフェ)大学の姜成賢(カン·ソンヒョン)教授も、慰安婦に対する強制連行や奴隷狩りがあったことを明らかにする文書の根拠はないと明らかにしている。 写真は22年3月1日付で放送されたKBS「時事企画窓」「粘り強い親日」の放送場面。〔ちなみに、この教授の慰安婦問題関連講座が受講希望者が少なく、3年目にして閉講w→メディアウォッチ(2022.03.15):[단독] 성공회대 강성현 교수 위안부 관련 교양수업, 정원 부족으로 폐강

 

鄭恵瓊氏は2019年12月に「日帝強制動員被害者支援財団」から学術研究用役報告書「日本地域炭鉱·鉱山造船人強制動員実態-三菱鉱業㈱佐渡鉱山を中心に-」(以下【鄭①】という。)を出版した。

また、同財団が1月27日に開催した学術セミナー「日本の世界遺産登録推進佐渡鉱山と強制動員歴史の歪曲」では、「資料を通じて見た"佐渡鉱山"朝鮮人強制動員の実態」(以下【鄭②】という)という報告書を発表し、セミナーの資料集にもこれを掲載した。

鄭恵瓊氏は、日本の左派研究者である広瀬貞三氏の2000年度論文「佐渡鉱山と朝鮮人労働者1939~1945(「新潟情報大学情報文化学部紀要」2000年3月に掲載、以下【広瀬】)に大々的に依存している

 

筆者が分析した結果、鄭恵瓊氏は「強制労働」説の根拠として、以下の1~13を掲げている。

  1. 日本人の珪肺感染を防ぐために朝鮮人を動員した。
  2. 危険な坑内労働は朝鮮人が担当した
  3. 請負制度(成果給与制)は朝鮮人に不利だった。
  4. 控除が多く実収は僅かだった
  5. 契約終了後も継続就職させた
  6. 逃走が多かった
  7. 動員された朝鮮人の証言
  8. 佐渡では戦時動員政策が実行される前から強制動員が行われた
  9. 募集も一種の強制動員
  10. 募集、官斡旋、徴用ともにILO条約違反
  11. 朝鮮人の死亡率が高かった
  12. 供託された労働の対価は受けられなかった
  13. 賃金、待遇や支給方法を雇い主が一方的に決めた


このような主張は、基盤の事実関係からして、曖昧で簡単に反論できる内容であったり、概念の整理もできていないのが大半だ。 筆者が簡単な反論を寄せながら、以下1~13を紹介する。

一方、このうち1~5は、最初から広瀬貞三の論文に記載された主張をほぼ丸写しである。 日本人左派研究者の主張が韓国を牛耳っているという筆者の主張がこれを通じて立証できる

また、広瀬貞三は研究者として、それでも慎重な表現を使っているにもかかわらず、鄭恵瓊氏は荒っぽい断定的な口調で広瀬貞三の主張を引用している。 例えば、広瀬貞三は、1で「もしそうであれば」と留保を置いており、3、4では「考えられる」として断定を回避して記述している。 しかし、鄭恵瓊氏はそうした部分をすべて削除し、まるで事実のように書いている。


▲〔画像省略〕一定期の徴用問題と関連し、国内で反日左派の視点を代表する鄭恵瓊氏は、日本の左派研究者である広瀬貞三の2000年度論文「佐渡鉱山と朝鮮人労働者1939~1945」の論旨を大挙借用して強制労働説を主張している。

 

1.日本人の珪肺感染を防ぐために朝鮮人を動員した

「佐渡鉱業所が朝鮮人『募集』を実施した理由について、当時の労務課員は「内地人坑内労務者のうち、珪肺患者が多く、出光成績が円滑でなく、内地の若者が続々と軍隊に徴兵されたため」としている。 もしこれが事実なら、単に労働力不足を補うのではなく、日本人の珪肺感染を防ぐ目的があったということになる。」(7頁)(下線は西岡勉。 以下同じ)

【鄭①】「日本人の珪肺感染を防止し、徴兵による人員問題を解決するため、二つの理由で朝鮮人を動員したことが分かる。」(96ページ) (以下、鄭恵瓊報告書【鄭①】韓国語版のページ数。

西岡力教授の反論は「」で箇条書きにしています。以下同。

  • 広瀬貞三は「もしこれが事実なら」と留保しているが、鄭恵瓊は初めから断定をしている。
  • 「相川町史」に収録されている募集担当者の杉本奏二氏の証言を踏まえている。 杉本奏二氏の証言は最初の募集時期の記述が不透明であることなどを考慮すると信憑性に欠ける。
  • 事業所には、珪肺感染を防ぐために防塵対策を施した病院もあった。 珪肺は一般的に5年以上、粉塵を持続的に吸い込んだ場合に発病し、朝鮮人労働者の多くが珪肺に感染したという事実は確認されていない。

 

2.危険な坑内労働は朝鮮人が担当した

【広瀬】「朝鮮人の割合が高かった分野は、「運搬夫」、「磐岩夫」、「外部運搬部」、「支柱部」であり、主に坑内労働である。 日本人の割合が高かったのは「その他」、「工作夫」、「雑夫」、「製鉱夫」である。 日本人が100%担当する「その他」分野は選鉱婦を意味する。 これにより、運搬部、削岩部、地主部など危険な坑内労働を朝鮮人が担当していたことが分かる」(10ページ)。

【鄭①】「朝鮮人は磐岩夫と運搬夫、外運搬夫など技術を求めずに危険な仕事が多数を占めている」(99ページ)

  • 成果給の賃金支払いのため坑内工の報酬が高まり、これは他官罰〔?←原文「타관벌」が朝鮮人労働者にも利益だった。


3.請負制度(成果給与制)は朝鮮人に不利だった。

【広瀬】「かつて農民だった朝鮮人にとって技術が求められる"請負制度"は日本人に比べて不利だったと思われる」(11頁)

【鄭①】「農民出身の朝鮮人に機能を要求する請負制度は、日本人に比べ不利にならざるを得なかった」(101頁)

  • 広瀬貞三は「思われる」としているが、鄭恵瓊は「ということだ」といい、やはり初めから断定している。
  • 平均月収は80円以上、最高月収は200円を超える月もあったので不利だったとは言えない。


4.控除が多く実収は僅かだった


【広瀬】「賃金から労働に要する道具費用などが差し引かれたため、実際に残る賃金は極めて少なかったと考えられる。」(11頁)

【鄭①】「賃金が労働に要する道具費用等で控除されたので、実際に手に入った入金額は一部に過ぎなかったことである。」(101頁)

  • 広瀬貞三は 「考えられる」としているが、鄭恵瓊は「だということだ」と断定している。→史料的根拠がない。 日本窒素江迎炭鉱では、平均月収100円、手取り42円(李宇衍氏が執筆した「反日種族主義」第一部 7章 90~91頁)


5.契約終了後も継続して就職させた

【広瀬】「募集」期間は当初3年であったため、佐渡鉱業所では1942年1月から「募集」期限が切れる朝鮮人が次々に出始めた。 佐渡鉱業所の方針は,有無を問わず「いずれにしても全員就労を継続すること」とされている。 「その後、それぞれ朝鮮人の現地家庭の状況、病弱者等の帰線または一時帰線を余儀なくされた者については、朝鮮現地の官辺および管轄警察署と妥協し、適時送還する」とした。 佐渡鉱業所では「継続就労手続きを修了した者には、適当な時期に各個人に表彰状と相当の奨励金を授与」することにより、朝鮮人の就労「持続」を図った。 これらの事実は、"募集"の形でありながら、実態は強制労働であったことを如実に表している」(12頁)

【鄭①】「昭和14年2月に割当募集で佐渡鉱山に入り、3年の期限を満たした鉱夫たちは、昭和17年1月に期限を満たしたので故郷に帰ることができた。 しかし鉱山側は「全員継続就労」方針を定め、「朝鮮現地の家庭事情や兵役者など一部一時帰船がやむを得ない場合は、朝鮮現地の官庁や警察署と協議の上、送還」することにした。 一部一時帰選対象者でない場合は帰ることができないことを意味した。 「継続就労手続き修了者に対しては、適当な時期に個人表彰と相当する奨励金を授与」する方法により、朝鮮人を佐渡島に縛っておいた。 帰りたくても思い通りに帰れない状況、まさに強制だ」(111ページ)。

  • 強制ではなく利益誘導だ。 褒賞金の付与、家族移住可能、朝鮮児童のための専門教師の配置があった。 1,500人が動員されたが、終戦時には1,000人しか残っていなかったため、500人は就労を継続していなかった。

 

6.逃走が多かった

【広瀬】「朝鮮人は逃亡を通じて自分の健康と生命を守るしかなかった。 前述の表2のように、1940年2月から1943年6月までの3年4カ月の間に逃亡者は148人となり、全体の14.8%に達した。 1939年2月、第1陣の朝鮮人は佐渡に来る前に「下関と大阪に到着した後、逃げた人が多かった」(14ページ)。

【鄭①】「ならば朝鮮人はなぜこのように脱出を試みたのか。 そして会社側は、警察と職業紹介所などきめ細かい索出システムを稼動して逮捕したのか。 この点が、強制動員否定論者たちの主張と相違点だ。 2019年現在、一部の経済学者は「朝鮮人の強制動員はなかった」「朝鮮人は自由な就職をし、金を稼いだ」という主張を出版物や個人放送を通じて広めている。 ところが強制動員否定論者が主張する「自由な状態の朝鮮人たち」はいつも脱出を試み、会社と日本公安当局は脱出者を捕まえようと努力した。 鴻舞鉱業所でも佐渡鉱山でも羽島鉱山でもどこでもあった。 逮捕した脱出未遂者にはリンチと暴行を加えた。 書類には「逃走」と記載している。 退社ではなかった。 常識的に見て、自由な状態ではありえない現象だ。 それは人身的拘束、強制的状態に置かれていることを意味する事例だ」(52ページ)。

【鄭①】「[表16]において'逃走'という項目が見られる。 逃走率は非常に高い。 島主が入山前後のどの過程で行われたかは分からない。 一般的に強制動員被害者の「脱出」は、副官連絡船に乗って日本に到着する前、朝鮮で最も多く行われた。 佐渡島が島であることを考えると、入山後は難しかったと思われる。 上記の「逃走」事例を立証する事例ではないが、1939年2月、第1陣が入山した当時は「下関や大阪に到着した後、逃亡した者が多かった」という。 前述したように「退社」ではなく「逃走」という意味は、朝鮮人鉱夫たちが勝手に現場から離れることができなかったことを意味する。 強制性を立証する代表的な事例だ」(97ページ)。

  • 募集途中で逃げる人がいたので、逃亡の理由を過酷な勤労環境のためとはいえない。 よりよい待遇を求めて転職目的の逃走が多かった。

 

▲〔画像省略〕鄭恵瓊研究委員の学術研究報告書「日本地域炭鉱·鉱山造船人強制動員実態-三菱鉱業(株)佐渡鉱山を中心に」は、鄭研究委員本人にもそうであり、国内学界における強制労働説を代表する著述の一つだ。

 

以上のとおり、1~6は、広瀬貞三氏の主張を鄭恵瓊がそのまま用いている。 特に1~5は、広瀬論文の主張を【鄭①】にほぼ丸写ししている。 ただし,広瀬貞三氏は,1で「もしそうであれば」と留保を付し,3,4で「考えられる」と断定を避けて記述しているが、【鄭①】ではその部分がすべて削除され,あたかも事実であったかのように断定されている。

 

以下、7~13は、広瀬貞三の論文にない主張で、鄭恵瓊が独自に強制労働の根拠として挙げている。


7.動員された朝鮮人の証言

【鄭②】「『強制連行の文書があるなら出せ!』日本軍慰安婦被害問題をめぐる攻撃に常に抜けない加害者側の捜査だ。 彼らは「実証」という名分の下、「被害者は公的文書を残せない」という点を弱点とし、攻撃の口実として活用する。 このような戦略は、ホロコースト否定論者が行っている方法でもある。 「ナチスがホロコーストを実行したならヒトラーの命令が残した文書がなければならないが、そんな文書は一通も発見されなかった」というふうだ。 被害者は公的文書を残すことはできないが、記録を残すことができる。 そのうちの一つは韓国政府が生産した記録で、もう一つは経験者の口述だ」(26ページ)

【鄭①】「1919年12月20日忠南論山郡で生まれ、1940年11月使徒に動員されたイム·テホが主人公だ。 1997年9月に亡くなるまで神奈川県川崎市に住んでいたイム·テホは1997年5月に亡くなる直前に長くない口述を残した。 この口述は現在、唯一の佐渡鉱山生存者の口述記録だ。 (朝鮮人強制連行真相調査団『朝鮮人強制連行調査の記録-関東編』柏書房 2002年)」(81頁)

朝鮮日報(韓国語)2022.01.20:「佐渡鉱山の価値を認められたいのなら、歴史歪曲を止めるべきだ」→日本語版の記事は2chまとめで読める。

  • 疑問点が多く信憑性が低い。

【鄭①】「イム·テホは"自由募集"と聞いて行ったが、現地で"徴用"と分かったと言ったが、根拠は明らかにしなかった。 イム·テホが動員された1940年11月に入山した朝鮮人の鉱夫たちはすべて「割り当て募集」という経路で動員された。 イム·テホの話術は「自由な状態の労働者」だと思っていたが、「強制的な状態の労働者」という意味だったのだろう。 法的な経路は割り当て募集だったが、被害者が体感する強制動員は'徴用'であったことが分かる」(81ページ)

  • 徴用は1944年9月から始まった。 40年11月の時点では募集だった。 鄭恵瓊の解説は説得力に欠ける。

「飯場から働くところまでは歩いて1時間半もかかったが、平坦な道ではなく、上り下りに苦労した。」(80ページ)

  • 現地調査の結果、朝鮮人寮と作業現場の距離は歩いて30分もかからないことが分かった。

【鄭①】「毎日のように落盤事故がある」(80ページ)

  • そんな記録はない。

【鄭①】「彼も地下で作業中にハシゴ(足場)が落ちて大怪我を負って九死に一生を得た。 地下から外に運び出されるまでは意識があったが、それ以降は意識を失った。 気がついたのは病院ではなく、飯場の寝床だった。 腰を強く打って起き上がれず、病院にも行けず、10日ほど横になったまま過ごした。 やっと起き上がれるようになると、また職場に戻らなければならなかった。 病気になっても2日以上は休めないのに、10日も働かなかったので、これ以上働かないということは決して許されなかった」(80~81ページ)

  • 労働者不足のため朝鮮人労働者を募集したものであるから、労働力を確保するためにも病院に搬送しない理由はない。 佐渡鉱山所の資料によると、1ヵ月間、数日しか働かない朝鮮人労働者もいたことが分かった。


8.佐渡では戦時動員政策が実行される前から強制動員が行われた

【鄭①】「沙島鉱山は"朝鮮人動員開始"に先立ち、1939年2月から朝鮮人動員を開始した。 その理由は、使徒鉱山側が朝鮮人を請負制度に従って動員しようとしたためである。 佐渡鉱山では政府当局が政策を出す前から強制動員が行われていたのだ」(117ページ)

  • 「相川町史」に収録されている杉本奏二氏の発言を踏まえているようだが、彼の発言は佐渡鉱山所の史料が否定している。


9.募集も一種の強制動員

【鄭①】「割り当て募集は強制動員ではないか。 強制動員に該当する。 当局が実施した強制動員は人的·物的·資金動員で、人的動員は労務者と軍人·軍属·日本軍慰安婦被害者がいる。 割当募集は労務者の動員経路の一つである。 したがって当然、強制動員に該当する被害類型である」(96~97ページ)

  • 前述のとおり根拠の希薄な古い学説である。


10.募集、官斡旋、徴用ともにILO条約違反

【鄭①】「1938年国家総動員法という法的根拠に基づいて総動員システムを設け、帝国、日本のすべての領域を対象に人的·物的·資金を総動員した。 アジア太平洋戦争を遂行するために、日本は自ら批准した国際労働機関の労働協約29号を違反したのだ。」(97ページ)

  • ILO第29号条約では、戦時労働動員は強制労働に含まれないと規定されている。


11.朝鮮人の死亡率が高かった

【鄭①】「10人の死亡被害は、当時の日本地域の炭鉱と鉱山労働者の死亡率と比較すると高い割合である。 第2章第2節でも述べたとおり、我が国全地域における朝鮮人労働者の死亡率は0.9%(1939.10~1942.10基準)であり、」(97頁)

  • 1,005人中10人は1%、平均である0.9%とほぼ類似している。


12.供託された労働の対価は受けられなかった

【鄭①】「佐渡鉱山の朝鮮人1,140人の供託金額231,059円59銭である。 この記録は二つを意味する。 一つは、少なくとも1140人の朝鮮人が強制動員されたという点である。 もう一つは、彼らの給与と貯蓄、各種保険金を支払わずに供託したという点だ。 しかも、供託記録には個人的な情報がなく、個別性も確認できない。 朝鮮人鉱夫たちが貯蓄通帳にお金が貯まることを期待し、希望を持っていた労働の代価はどこに渡ったのか分からない」(103ページ)。

  • 請求権協定で解決済み。 韓国政府が2度にわたって滞った給与や貯蓄などを返した。


13.賃金、待遇や支給方法を雇い主が一方的に決めた

【鄭①】「賃金の受け取りや賃金のやりすぎは強制性とは関係がないという点だ。 戦時体制期の労働者たちは労働者ではなかったからだ。 日本の国家権力が制定した法により、資本家と契約関係により労働条件を確保し、又は労働者権利を主張することができなかった。 そのため、賃金をはじめとするすべての待遇は、働く者が一方的に決め、支給方式も一方的に運営した。 にもかかわらず、2019年現在、国内の強制動員否定論者は、賃金を受け取ったという点を強制性を否定する根拠として提示している。 当時の体制と時代状況に対する理解が不十分な主張だ」(103ページ)。

  • 合法的な戦時労働動員であり、強制労働ということはできない。

 

 

  


 

 

 

 

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