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2019/12/15

【書籍】『日本帝国と大韓民国に仕えた官僚の回想』任文桓(イム・ムナン)著-(2)朝鮮戦争

掲題の本はだいぶ前に読み終わっていたのですが、文中、理解できなかった部分を調べていたので、続きを書くのに時間が経過してしまいました。(→前回のエントリー

今回は著者が経験した朝鮮戦争について書き留めておこうと思います。

 

朝鮮戦争

著者の経歴については次回あらためて書きますが、1935年(昭和10年)、日本で東京帝大法学部を28歳で卒業すると拓務省に採用され、同年、朝鮮総督府への出向を命じられます。ここで終戦を迎え(45年/昭和20年)、米国統治、大韓民国成立(48年/昭和23年)と経験、その2年後の1950年6月25日に突如北朝鮮が38度線を越えて南進を開始します。

「突如」と書きましたが、動乱の1年前の1949年6月8日には駐韓米軍の全員撤収を発表し、国民が不安視する中、さっさとこれを完了します。また、5ヵ月前の1950年(昭和25年)1月12日にアチソン国務長官が発表した、いわゆるアチソンラインを知って、韓国人は孤独感にさいなまれていたようです。

アチソンラインとは米国の安全保障は日本、沖縄、フィリピンを結ぶラインというもので、韓国は枠外に置かれたからです。

 

* * * *

 

この本を読む前は、同じ民族による戦争と言っても単純に北朝鮮と韓国の戦争と考えていたのですが、正しくは、同時に韓国国内の内乱でした。これは、同じ地上戦と言っても例えば沖縄戦とは異なります。

大韓民国は成立時点から多くの共産主義者を抱えていたので、北朝鮮の南進に呼応して彼等も同胞を襲います。

考えてみれば、48年には済州島四・三事件 が起きていました。この事件に関する記述は、立場によってバイアスがかかりすぎているのですが、一つの説としては「共産主義者の暴動」です。

新政府も、最終的には李承晩と中国に逃れていた臨時政府のメンバーが手を組むのですが、そこに落ちつくまで、共産主義者の一派も加わり、覇権争いを行っていました。

 

著者は家族と別れて約90日間の逃避行を行うのですが、その間、出会う人間が「どちらの側」であるかを見極めないとならないのです。

例えば、後家さん(未亡人達)が北の側につき、「右翼人狩り」のようなことを率先して行いました。著者はこのことを、儒教社会にあって再婚が許されなかった後家は社会の変革を求めていたのだろうと想像しています。

また、ある集落に逃げ込んでも、そこが共産主義者の村ではないかと疑心暗鬼になります。ある集落ではたまたま共産主義者は1件のみで村八分のようになっていたので安全でした。

共産軍がソウル市内に入ってくると「右翼人」の自首が奨励されます。自首すれば許されると宣伝して、それに応じた者達は結局北に連れて行かれてその後の行方知れずになります。

 

ここで少し詳しく時系列を追うと、李承晩大統領は27日未明には密かに漢江を渡り、ソウルの南に位置する水原市に逃亡します。そして、28日の午前2時半には漢江橋が爆破され、多くのソウル市民が川の北側に取り残され、ソウルを占拠した共産軍の手に落ちます。

本来は市民の避難を考慮して、橋の爆破は28日の朝と命令されていたのに、軍の責任者が慌てすぎて夜中に行ってしまったと書いていますが、朝なら朝で、避難する人でごった返している橋を落としていたのではないかと思います。27日の時点で、大統領はソウルにいて首都を死守しているという虚報を流していたのですから、数時間の猶予では手際よく市民が避難することは不可能だったでしょう。

橋が爆破されていることさえ知らない市民が車で橋を渡ろうとして、次々と切れた橋の先で川に落ちていく光景が目撃されています。

結局李承晩は8月20日には釜山に首都を移すのですが、9月15日にマッカーサーの仁川上陸作戦があり、28日にはソウルを奪還し、李承晩も韓国軍に北進命令(38度線突破)を出します。

恐らく、90日間の逃避行とはこの辺りまでの出来事だと思うのですが、本の中ではここから53年7月の休戦協定までの戦争の状況は語られません。実際には10月20日には平壌を占領するも、中共軍の参戦により、翌年の1月4日には再びソウルが奪われるのですが。

 

1953年(昭和28年)、著者はすでに官職は退いていて朝鮮商船の社長となっている時に8年ぶりに日本を訪れ、友人知人と旧交を温めます。

その時に6・25、即ち朝鮮戦争のことを説明するのですが、理解して貰えません。そこで、こう結論づけて話を切り上げたと、その時の言葉を書いているので、一部をご紹介します。

「東京空襲のときには空さえ警戒しておれば良かったので、地上の人間には分裂も敵もいなかった。地上の人間同士は信じ合っていた。ところが自由と共産との戦争が地上で繰り広げられると、人間社会が不信の渦巻きの中に投げ込まれ、長く苦しい時が刻まれていく。なにしろ街角で知人に会うのが一倍怖いという哀れな人の世の中になる。密告が怖いからだ。(以下略)」

 

* * * *

 

これを書くに当たって、『「ひとりがたり馬渕睦夫」#17 朝鮮半島問題とは何か?① 朝鮮戦争に見る近代史の真実』を再度視聴してみましたが、この戦争は不思議な点が多く、韓国国内ではどのように総括されているのだろう?と思います。

馬渕大使が仰るように、アチソンラインの発表は北に対して「南進」しても良いというサインのように思えるし、中共軍を指揮していた林彪には米軍の作戦が筒抜けだったと言います。国連軍を指揮したマッカーサーは、「勝てる作戦」を本国から拒否されました。そして、大統領はアメリカの息の掛かった李承晩。仕組まれた戦争である可能性が大なのですが...

 

次回、著者が新政権で接した李承晩大統領について書くとともに、この本の感想のようなものを述べたいと思います。

 

 

 

 

  


 

 

 

2019/12/05

【旭日旗問題】韓国語で日本の主張を発信している在日韓国人のYouTuber

ブログ主も最近知ったのですが、韓国語で日韓の歴史問題などを解説して下さっている在日コリアンの方がいらっしゃいます。

ゆんばん(윤방)さんと仰り、YouTubeチャンネル名は『Oldman tube ゆんばん윤방』です。

スタンスは右でも左でも無く、また、日韓問題には中立ですが、あまりにも韓国(政府)などがデタラメな情報を発信しているので、誤解に基づいた「反日」を正そうと動画で発信して下さっています。

 

どうか、チャンネルの登録や各動画への「イイネ」、コメントなどで応援して差し上げて下さい。

 

プロフィールのようなものは動画の発言から知ったものなので、もし、誤解があったら訂正して頂きたいのですが、父上が韓国人、母上は日本人で、国籍は韓国のようです。若い頃に韓国に留学され、韓国語が話せるため、基本的には韓国語で様々な話題を発信されています。(Live配信は日本語でチャットに来る韓国人のために時折韓国語を交えます。)

upされている動画のタイトルは、日本人が見ると(日本からアクセスすると?)日本語になっていますが、韓国人が見ると韓国語になるように設定されているそうで、YouTubeのお薦め動画などから流入してくる韓国人も増えているそうですが、当然、誹謗中傷のコメントも受けています。

 

さて、最新の動画は『旭日旗』問題でした。(リンク先は動画)

短い動画(5分弱)ですが、語られているのは、①ナチス・ドイツとは事なり、日本はユダヤ人を救った側であること、②旭日デザインは縁起の良い伝統的な意匠であること(大東亜戦争に限って使われたものではないこと)、③韓国人は旭日旗を攻撃するが、朝日新聞の社旗などは批判せず、つまり、味方には批判しないというダブルスタンダードであること、④韓国以外の国は旭日旗に文句を言わないこと、等を説明されています。

もし、この説明に加えるとしたら、⑤韓国はヘイトスピーチに「旭日旗」利用しているだけであり、それはせいぜい10年程前に始まったこと、くらいでしょうか。つまり、「レイシズム」によるものということです。

他の国の人からすれば、韓国が官民を挙げて、このようなあからさまな「ヘイト」をするとは想像の範囲外なので騙されてしまうのでしょうから、「韓国とはそういう国なのだ」とアピールしないとダメだと思います。

 

下の画像はよくSNSで観かけるもので、もちろん無駄とは言いませんが、上記①~④(あるいは⑤)と共に伝えないと、「言葉足らず」なところがあります。

 

Risingsun_is_not_hakenkreuz

 

一番下の図ですが、大政翼賛会のシンボルマークは戦争(戦闘)において使われたものではありません。一方、ナチス党旗(Nazi Swastika)の意匠は、第三帝国下にあっては国旗でもあり、海軍旗でもあったので、仮にナチス・ドイツと日本を同一視するなら、日章旗(=日の丸)でもあり、旭日旗(≈海軍旗)でもあったことになります。根本的に「ナチス・ドイツ」と「連綿と続く日本」とは異なるのだという説明が必要です。

 

ついでに書くと、旭日デザインは大漁旗などに使われている縁起の良いもの、という説明だけでは不十分で、それはハーケンクロイツ(鍵十字マーク)そのものは、日本で寺に使われる「卍」と同じもの(ヴァリエーション)、即ち、吉祥の印でしかないからです。

日本語のWikipedia『ナチス・ドイツの国旗』には「白い円はアーリア人を表し、その中のハーケンクロイツ(スワスチカ)は、幸運の印であるとしている。 」と書かれていますが、少し前に読売新聞に書かれていた説明は若干異なり、「左卍=インドで、インド・アーリア民族、即ち白人を表している」とありました。

 

なお、下の画像はSNSで出回っているマンガ仕立ての説明。(サイズが大きいのでTwitterに上げてリンクさせています。)

 

reising_sun

 

 

  


 

 

 

2019/12/01

【光州月桂洞古墳群】韓国にある「倭系」古墳とは

2019/11/20付読売新聞に「韓国南西部『倭系』古墳を歩く』という記事がありました。

韓国云々というより、日本人の歴史として興味深いので備忘録として記事にしておきます。

 

取りあげているのは光州市にある「月桂洞古墳群」で、この辺りには前方後円墳が点在しているとのことです。

以前のエントリーで百済(4~7世紀/663年、白村江の戦いで滅亡)時代の『陵山里古墳群』について、棺材に日本にしか産しないコウヤマキが使われていることを書きましたが、光州市に日本の古墳文化後期に現れる前方後円墳があるということは、『倭』の影響を受けた、というよりは日本人の祖先が住んでいて、日本(現在の九州や中国地方)との間で行き来をしていたと考える方が妥当ではないかと思います。

 

下の画像は記事にブログ主が地図を追加してコラージュしたものです。地図中の赤丸が光州広域市にある「月桂洞古墳群」で、地図にピンクの色づけをしたところは全羅南道ですが、光州市はその中にあるものの、光州広域市として独立しています。

地図には百済の『陵山里古墳群』や『武寧王陵』、記事中に出てくる『金山里古墳群』も書き込みました。ここからは2014年に鳥や人物などを象った『形象埴輪』が韓国で初めて出土され、石が敷かれた墳丘にも『倭系』の特徴が現れているということです。



 

20191120_yomiuri_zenpokoenfun01

 

話を『陸山里古墳群』(と『宋山里古墳群』)に戻すと、これらがあるのは全羅南道の北、現在の「忠清南道」という行政区で、全羅南道と併せて、『三国時代』の百済があった辺りです。三国時代の三国とは百済、新羅、高句麗ですが、朝鮮半島の南部には古代に『伽耶(かや)=任那』という国があり、ここに任那日本府という軍政府が置かれていたと歴史では習います。

シナの歴史書である『三国志』「魏書」東夷伝には、三国時代の前の三韓時代が書かれていて、そこには、下記のように書かれています。(cf. 東夷伝条=『魏志倭人伝』・・・卑弥呼の記述がある)

 

韓在帶方之南,東西以海爲限,南與倭接,方可四千里。有三種,一曰馬韓,二曰辰韓,三曰弁韓。辰韓者,古之辰國也。馬韓在西。
— 『三国志』卷三十 東夷伝 韓条

【現代語訳】韓は帯方郡の南にあり、東西は海を限界とし、南は倭と接し、四方は四千里ばかり。韓には三種あり、一に馬韓、二に辰韓、三に弁韓。辰韓とは昔の辰国のことで馬韓は西にある

 

任那日本府という語感からは出先機関のような印象を受けますが、朝鮮半島の南の一部は「倭国」であり、古墳から、更に百済にも日本人が住んでいたと思われます。

 

記事中、よく分からないのは、「月桂洞古墳群の築造時期、周囲は『馬韓』と呼ばれ、百済と倭(日本)が支配を競った」という部分です。馬韓は百済に統一されたのではなかったですか?
  

【※記事1】


https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG26H6L_W4A221C1000000/
韓国で形象埴輪出土 日本の祭礼伝わった可能性
2014/12/26付

【ソウル=共同】韓国南西部、全羅南道の咸平にある5世紀後半から6世紀前半に造られた古墳で、鶏などをかたどった形象埴輪(はにわ)の破片が出土したと、発掘に当たった地元の全南文化財研究所が26日までに明らかにした。

同研究所の依頼で破片の写真を見て確認した花園大の高橋克寿教授によると、韓国では円筒埴輪の出土例はあるが、形象埴輪の出土が確認されたことはない。北朝鮮領内で発見の情報もなく、朝鮮半島初の出土確認とみられる。

形象埴輪は葬送時の儀礼など古墳を巡る祭礼、祭祀(さいし)に関わる場面を表したと考えられており、日本で行われていた祭礼の形式や他界の観念が伝わっていた可能性があることを示す発見だと高橋教授は指摘している。

破片は「金山里方台形古墳」で見つかった。鶏の頭や首、羽の部分で、馬形と人形の埴輪の一部の可能性がある破片もあった。ほかに円筒埴輪や瓦形土器、中国由来の磁器も出土した。

全南文化財研究所の李釩起責任研究員は「中国大陸と朝鮮半島、日本の間で交流が盛んに行われていたことを示している」と話している。

 

 

  


 

 

 

【直球】ハリー・ハリス駐韓大使「文在寅の周囲って従北左派ばかりだってほんと?」

崔碩栄氏のTwitterより。

9月にハリス駐韓米国大使が韓国与野党議員たちと非公開面談をしたときの質問が今になって漏れ、話題になっているとのこと。

ハリス:文大統領が従北左派に囲まれているという記事があったが、本当なのか?

与党議員:その話は止めましょう

 

ハンバーガーの件と言い、すっとぼけたおっさんだなw

 

以下、Google翻訳。

http://www.donga.com/news/article/all/20191129/98601249/1

ハリス "文大統領、従北左派に囲まれている"発言論議
入力2019-11-30 03:00 修正2019-11-30 03:00

9月に与野党議員の会合で「そのような話ができるようだ"と述べ
、当時與議員"やめよう」のテーマ変え
美大使館「プライベート面談... ノーコメント"


ハリーハリス駐韓米国大使(写真)があることが必要国会議員たちに会った席で"ムン・ジェイン大統領が従北左派に囲まれているという話があるようだ」と発言したことが一歩遅れて知られて論議がおきている。

複数の国会関係者によると、ハリス大使は今年9月に自由韓国党ギムハクヨン議員が会長を務めた大韓民国の未来の革新フォーラム所属の与野党議員10人余りに会った席でこのような発言をしたと伝えられた。当時ハリス大使の言及に与党議員が「そのような話はやめよう」として話題を変えたし、参加者は伝えた。駐韓米国大使が与野党議員たちに会った席で、大統領周辺人物の理念偏向性に関する話を取り出したのは異例だ。

4つ星将軍である米太平洋司令官(現、インド・太平洋司令官)を務めた後、駐韓米国大使に、昨年赴任したハリス大使は最近の韓米防衛費分担金特別協定(SMA)の交渉局面でも議員に会って大幅引き上げを要求する発言を繰り返し「非外交的である」という懸念を山がある。この論争について駐韓米国大使館のスポークスマンは、「我々は、非公開で行われた外交関連議論にはコメントしない」とし「面談前に合意された(対話がプライベートという)原則を遵守しようとする」と述べた。

 

 

  


 

 

 

2019/11/30

【書籍】『日本帝国と大韓民国に仕えた官僚の回想』任文桓(イム・ムナン)著-(1)創氏改名

掲題の本は、たまたま知って興味を持ち読み始めたのですが、実際にとても面白いです。

まだ1/4程しか読んでいませんが、気付いたことをメモするつもりで記事にします。それは『創氏改名』(1940年/昭和15年)についてです。但し、「創氏改名は実は朝鮮人が望んでいた」などということを書く意図はありません。そんなことは恐らくあちこちに書いてあると思うからです。

ここで取りあげるのは、何故、『創氏改名』が日本統治時代の“悪政”のシンボルのように使われるのかを理解するヒントのようなものを発見したからです。

 

その前に、この本について簡単に説明します。

以下はAmazonの商品説明より。

 

16歳で日本に渡り、苦学の末、高文試験に合格し、東京帝大を卒業。朝鮮総督府に行政官として勤務。戦後は李承晩政権下で農林大臣をつとめた著者が、波瀾にみちた半生を、被害・加害者史観にとらわれることなく生き生きと描く。〝植民地世代〟が残した最も優れた回想録!(『愛と民族』一九七五年、同成社刊を改題・復刊)
内容(「BOOK」データベースより)

 

著者が生まれたのは日韓併合(1910年/明治43年)の3年前の1907年(明治40年)で、日本で進学するために友人と2人で日本に来たのが1923年(大正12年)です。官製留学のようなものではないので、最初は京都で人力車夫と牛乳配達をしながら予備校に通う生活をします。「被統治民族」という意識はあり、反骨精神は棄てていませんが、商品説明にもあるように、決して被害者意識にとらわれたものではありません。

この本に特徴的なことは、著者自身を「彼」あるいは「バウトク」(子供の頃の愛称)と三人称で書いていることで、また、描写がとても生き生きとしていて、まるで小説のように読むことができます。

今後も、関心を持ったトピックがあれば、ブログに書き留めていくつもりなので、本書の紹介はこの程度で切り上げ、本題の『創氏改名』について書くことにします。

 

 

任(イム)少年が最初に働いた工場で、呼び名をどうするか、ということになり、「任」の日本語の音読みは「ニン」なので「ニンどん」(京都なので「~どん」なのでしょう)と呼んでみたところ、おかみさんからどうも語呂が悪いと、「『ジンどん』にしなはれ」と申し渡され、必死に抗弁するエピソードが書かれています。

それは、「ジン」では「仁」になってしまい、姓が変わるからという理由です。

結局、「ジンどん」にされてしまうのですが、韓国では何か誓いを立てるとき、「もしその誓いに背いたら姓を変える」という表現があるそうです。

儒教の影響で、男系による万世一系を大事にする韓国社会だからだそうで、「姓を変えるのは犬畜生にも劣る」のだそうです。

日本では跡取り息子がいない場合、養子を取ることは珍しくありませんが、韓国ではあり得ないと書いています。

これを読んで、後世、日本統治時代を「悪」とする印象操作には『創氏改名』はうってつけのものだったのではないかと思いました。

『創氏改名』は「姓」を奪うものではありませんでしたが、同じ朝鮮人でも立場や家柄によって受け止め方は異なったのではないかと思います。ちなみに著者はこれを批判しています。

 

日本人が他国の習慣をとやかく言うのは避けるべきですが、李氏朝鮮ではいかに儒教(朱子学)により生活ががんじがらめになっていたかは韓国人自身が様々な形で書いています。

例えば、『日本の中の朝鮮紀行』(著:金 声翰)という本は東京帝大法学部で学んだ著者がジャーナリストとなって韓国の『京郷新聞』に連載(1984年)した文をまとめたもので、言葉の端々に「反日」が隠せないでいるのですが、『日本と韓国人』という章では、朱子学を「精神的な荒廃だけにとどまらず、現実の物質社会の破壊をも引き起こした」と言い、朱子学の厳格性によって支配されたために「産業、経済は萎縮し、国は貧困におおわれた」と書いています。

江戸時代の朝鮮通信使も、日本に来ながら日本から持ち帰ったものは「サツマイモ」くらいで、日本から何かを学ぼうとはせず、専ら関心があることは日本人の振るまいが儒教の礼節に適っているかどうかのみでした。(ブログエントリー:【書籍】『朝鮮通信使の真実』(石平著)/現代韓国に通じる『侮日・反日』と『精神的勝利法』

一方、日本は、と言うと、著者は「妥協」という言葉を用いていますが、「柔軟性」とか「受容力」のような意味合いで使っていて、例として「神仏習合」を挙げています。また、同じように儒教を取り入れながらも「科挙」は日本の実情に合わないと取り入れなかったり、西洋文物に接しても、受け入れはするが、日本独自のものは捨てず、その結果、科学技術の先端に立ち、東洋思想の研究でも先頭に立つ、と、褒めながらも悔しさを滲ませています。

84年頃の日韓の経済格差を覚えている人は理解できるでしょうが、そこに、「嘗ては文化的に上だったのに」という意識が加わるのですから、著者のような教養人ならその『恨』は相当なものだったと思います。(『恨』についてはこちらのエントリー参照。「恨み」とは異なる感情です。)

李氏朝鮮の時代、と言っても、いつ頃の話かは分かりませんが、朱子学の中でも「礼論」(礼節に関する理論)が支配しており、例えば、兄弟が諍いを起こすと兄弟不和の罪で火あぶりにされたり、寡婦が再婚すると、人の道に外れたとして奴婢にされてしまう、という世界だったそうです。

以前のエントリーで日本統治時代に出された『断髪令』について書きましたが、これも親から貰った身体に傷を付けるという理由で儒教の「孝」に背くことであり、断髪した息子を見て自殺した親までいたそうです。但し、田舎の人達はもう少し鷹揚で、「お父さんの髪がさっぱりした」と後々までも母親が喜んでいたことを書いている韓国人もいます。(『醜い韓国人』(著:朴 泰赫)/ブログエントリー:【書籍/儒教文化】『醜い韓国人』(朴 泰赫著)/なぜ、韓国人は頭を丸めて抗議する?

こうしてみると、とことん価値観の違う人達(だったの)だな、と思います。

 

ついでに、ここまでで興味深いエピソードをいくつかご紹介しておきます。

『日本帝国と~』の著者はこの本を1975年、60代後半で出版していますが、その当時は釜山に住んでいたそうで、その理由が面白いのです。

電機屋でテレビを改造して貰えば日本のNHKが観られたからで、相撲や大河ドラマ、歌番組を観ていたそうです。一緒に観ていた次男も自然と日本語を覚え、大河ドラマ『国盗り物語』(1973年)の豊臣秀吉と家康のやりとりを見て家康が嫌いだと言ったりしていたそうです。

これに続いて山岡荘八の小説『徳川家康』にも言及していますが、そう言えば、獄中の朴槿恵元大統領が『徳川家康』を読んでいると、少し前に記事で読んだのを思い出しました。

そこで調べて見たら、韓国語のWikipediaによると、韓国語タイトルは「大望」というそうで、こんなことが書かれていました。(Google翻訳/一部ブログ主が翻訳を訂正

「韓国では1970年に大望(全12巻)というタイトルで翻訳著作物の原著許可のない出版を許可していた当時大韓民国の著作権法に基づき、海賊版が出版され、ベストセラーとなり、2000年に徳川家康(全32巻)というタイトルで再翻訳された。」

朴槿恵氏が読んでいたのは正規版でしょうが、著者は海賊版を読んでいたのでしょう。

 

 

  


 

 

 

2019/11/28

UCLAのトンデモ教授ジャレド・ダイアモンド「日本人の祖先は紀元前400年前に来た韓国人」w【Jared Mason Diamond】

Twitterで拾ったネタです。せっかく調べたのでブログにメモしておきます。

韓国のテレビ番組にUCLAで社会科学部地理学科を教える(Wikipediaより)ジャレド・ダイアモンド 教授が出演し、日本人の祖先は紀元前400年前に韓国(朝鮮半島)から渡ってきた韓国人と発言したというのです。

その番組の内容を報じた記事(Google翻訳-一部、固有名詞の訳を訂正)したものを転記します。

 


https://entertain.v.daum.net/v/20191127232202191
銃・病原菌・鉄」著者「日本人の祖先は韓国人」(チャイナはクラス)
2019.11.27。23:22
[テレビデイリーファンソヨン記者]「銃・病原菌・鉄」の著者のジャレド・ダイアモンドが現代日本人の祖先が紀元前400年前韓国人だと説明した。

 

20191127_jtbc_jared_diamond

 

27日夜放送されたJTBC教養番組「チャイナはクラス」では「銃・病原菌・鉄」の著者、ジャレド・ダイアモンドが出演して韓国の成長と危機、さらに全世界の危機と未来について話を交わした。

ジャレド・ダイアモンドは「現代日本人が北海道アイヌ人の末裔であり、朝鮮半島の農業技術を学んだ理論は偽りである。日本人はこの理論を信じたいことだ。しかし、正しい理論は、日本に移住した韓国人が農業を始め、現代日本人はその移住韓国人の子孫という説である」と述べた。

パネルのホン・チンギョンが「その言葉は、日本人の祖先が韓国人ということか」とドゥェムルオトと、ジャレド・ダイアモンドは「イエス(Yes)」と即答した。

彼は「韓国人が日本人の祖先という科学的証拠が多い。考古学的な証拠も多い。墓、瓶、鏡などである」と説明した。韓国の初期鉄器遺物が日本先史時代の遺物が類似していること。彼は「紀元前400年前、日本の農作物、動物たち、農業技術の両方韓国から来た」とし「遺伝的に見ても日本人は韓国人と最も近い。九州の日本人はほとんど韓国人だ。韓国人が紀元前400年前の閨秀に移住し、多くの子孫を産んで北に進出したのだ」と付け加えた

ジャレド・ダイアモンド は、「私は在職する米国UCLA大学で、このような講義をする日本人学生は気持ち悪いならない。「私たちが学んだことが間違っていた。韓国人の子孫だなんて」と嫌っている。試験時答案を書く嫌う」とし「しかし、幸いなことに、証拠が続いてくる。日本の遺伝学者たちの研究でも明らかになっている」と述べた。

[ティブイデイルリファンソヨン記者news@tvdaily.co.kr /写真提供= JTBC]

 

紀元前400年前というと、恐らく、「朝鮮半島から弥生人が来て、日本に稲作を伝え~」という説のことを言っているのだと思いますが、日本の歴史教科書にはまだこの説が書かれているとは言え、まがりなりにも科学者(進化生物学者、生理学者、生物地理学者)でこのレベルとは...

訳が変ですが、日本人の学生にこのことを教えると嫌がるらしいことが分かります。が、反論もできんのかい!

 

しかし、ブログ主は知らなかったのですが、ジャレド・ダイアモンド氏は日本語に翻訳された著作もいくつかあり、それなりに権威がありそうなのに、何故、韓国のテレビ番組で、こんな説を披露するのだろうと思ったら、韓国語に翻訳された『銃・病原菌・鉄』の商品ページを見て分かりました。

Yes24というネット書店の商品ページに書かれていた内容紹介です。

 

なぜいくつかの民族は、他の民族の征服と支配の対象に転落してしまいか。なぜ先住民はユーラシア人によって淘汰されてしまいか。なぜ各大陸のに文明の発達速度に差が生じたのか。「人間社会の様々な文明はどこはじめか?」という疑問を明快に分析し、1998年にピューリッツァー賞を受賞した本。2005年12月、新たに改訂新版が出版された。

進化生物学者の再レッドダイヤモンドは、銃と病菌と金属が歴史に与えた多大な影響について分析する。一度狩猟採集段階を越えて農耕をするようにされた社会は、文字と技術、政府、制度だけでなく、邪悪な病原体と強力な武器も開発することができた。そのような社会は、病気や武器の助けを借りて、他の民族を犠牲にさせ、自分たちの生活の基盤を新たな地域に拡大した。過去500年間、ヨーロッパ人が行った非ヨーロッパ人の征服は、このような過程を劇的に示し例だ。

今回発刊された改訂新版には、特に「日本人はどこから来た」という論文を載せて、現代の日本人の祖先が誰なのかを追跡する。彼はこの論文では規模は明らかではないが、韓国人の移住が明らか現代日本人に多大な影響を及ぼしたという方の手を挙げてくれていて興味深い読まれる。

 

ちなみにこの『銃・病原菌・鉄』(1997年)は日本語訳が2000年に出ているようです。〔倉骨彰訳『銃・病原菌・鉄――1万3000年にわたる人類史の謎(上・下)』(草思社, 2000年)〕そして、上に書かれているように、どうやら改訂版にこの説を加筆したようですが、その後の研究は目にしていないのでしょうか?

 

なお、JTBCというのは朴槿恵前大統領の共犯とされた崔順実(チェ・スンシル)被告のタブレットに工作したメディアで、虎ノ門ニュースの映像を勝手に使って極右番組などと紹介したテレビ局です。

もう一つ疑問なのは、韓国人は、そもそも「韓国人」(韓民族?)はどこから来たと思っているのでしょうか?

日本人は日本人のルーツだけでなく日本語のルーツには昔から興味があり、最新の遺伝子研究(Y染色体ハプログループの分析)では、少なくとも日本人と韓国人の男性は別の人種であることが分かっています。

まさか、13世紀末に書かれた「檀君神話」を信じていて、初めから“韓民族”なるものがいたと思っているのでしょうか? 歴史的に見ても半島は何度も大陸側からの侵略を受けており、遺伝子的にもそれが現れています。
 

 

  


 

 

 

2019/11/26

【韓国】韓国人の『恨(ハン)』とは何か?・「ハン」と「恨(うらみ)」、「オルバルダ」と「正しい」

最近、崔碩栄氏が興味をかき立てるテーマを提起してくれました。(アカウント名にツイートのリンクを貼ってあります。)

 

崔碩栄
@Che_SYoung

韓国を「恨の文化」として説明されることをよく見るが、韓国生まれ育ちの私としてはそれがよく分からない。もちろん、内部の人より外部の観察者の目が鋭く時もあるが、あまりピンと来ない🙄

 

私たち日本人は、特に韓国人が日本語で書いたものを表面的に理解してしまいがちです。それは、なまじ漢字で書かれると、単語の意味がずれていることに気付かないからでしょう。

もっとかけ離れた言語、例えば英語から翻訳したものなら、そのニュアンスまでを考えて理解しようとします(=翻訳者が工夫します)が、韓国(語)に関してはそれがなおざりになりがちかも、と考えるきっかけになりました。

 

そのいい例が「オルバルダ」=(道徳的に)正しい=です。

これについては以前、『【産経】韓国はなぜ約束守れない/「春秋の筆法」とは』で書いたのですが、簡単に言えば、日本では「約束を守ることは『正しい』」と考えるのに対し、韓国では「その約束が“道徳的”に正しくなければ反故にしてもいい」という考えです。

これを裏付けてくれるツイートをご紹介します。

 

RUKA feat.Maa
@Rukafeat_m
韓国人が言う올바른 역사 인식(正しい歴史認識)。日本語では正しい=嘘偽りなく事実であるという意味もあるが、韓国語の正しい(올바르다)は道理にかなっているという意味であり、事実かどうかは関係ない。道理というのは文化の違いで異なる為、彼らの世界で正しいとされることが「正しい」となる。

 

Orubarada

 

 

「オルバルダ」については後ほど続けるとして、「恨=ハン」と「恨(み)」について。

これは日本人が「いつまでも『恨み』を抱く韓国人」と短絡的に捉えがちですが、例えば、『帝国の慰安婦ー植民地支配と記憶の闘い』を著して、“元慰安婦の名誉毀損”だと訴えられた朴裕河氏がこのように説明しています。

 

朴裕河
@parkyuha
そもそも、「恨」とは復讐心とは程遠い感情です。悲しさを発することができず胸に溜め込んでしまうような状態のことです。基本は恨みではなく悲しさで、ため息で、抑制です。なんだかでたらめな解釈がまかり通っているようですね。

 

また、呉善花(オ・ソンファ)氏は以下のように書いています。

 

日本では怨恨の「怨」も「恨」もだいたい同じ意味で使われていると思う。しかし韓国の「恨」は、韓国伝統の独特な情緒である。恨は単なるうらみの情ではなく、達成したいが達成できない自分の内部に生まれるある種の「くやしさ」に発している。それが具体的な対象をもたないときは、自分に対する「嘆き」として表され、具体的な対象をもつとそれがうらみとして表され、相手に激しく恨をぶつけることになっていく。(『恨と火病と疑似イノセンスと― 異常な反日行為と心の病』より)

 

「悲しみ」や「嘆き」が中心となる概念ということですね。

ただ、なぜか『恨』について日本人に伝えようとしている韓国人は女性ばかりなのです。例えばこの人も。→『恨の国・韓国 (祥伝社新書)』金慶珠 (著)

少なくともブログ主が読んだ、韓国人男性によって書かれた本では『恨』に言及していません。冒頭の崔さんも男性です。

以下、少し長いのですが、Amazonより『恨の国・韓国 』の内容(「恨」の説明)を引用しておきます。

 

韓国語で「ハン(han)」とは、本来「ひとつ(one)」のことを意味します。完全な結合体のことで、「ひとつ」であるとともに、究極的にはまた、「すべて」を意味する概念です。 この「ハン」が崩壊するとき、韓国人の心は混乱し、挫折してしまいます。 そのときの、言うにいわれぬ感情・情緒を恨(ハン)と呼びます。 恨はただの恨みではなく、韓国人の理想を追求する感情、ものごとのあるべき姿を追い求めようとする意志。同時に、そうではない現実に対する嘆きや悲しみです。 悲哀の恨もあれば、怨恨の恨、現棒(ブログ主註:願望?)の恨もあります。この感情を理解できないと、韓国と韓国人はけっして理解できないと、著者は考えます。 けれども、日本人がそれを理解するのは容易ではありません。結局のところ、わからないのです。 日本人の和、韓国人の恨。この二つの相反するキーワードを論じ、「韓国がわからないのは理由がある」ことを検証していきます。 恨は韓国社会の各所に根強く存在しています。各章で具体的に見ていきます。あわせて、これから先、恨がなくなることはあるのかどうか、考えていきます。 日本人は水に流すけれど、韓国人はけっして水に流さない。歴史問題に象徴される相互不信の根本を探ります。

 

  

ここで「オルバルダ」に戻ると、ブログ主は短いやり取りですが、朴裕河氏とTwitterで言葉を交わしたことがあります。(リプライとリツイートが混在しているので、流れが分かるように時系列に並べました。後ほど各ツイートにリンクを貼ります。)

 

朴裕河
@parkyuha
9月28日
植民地支配が問題であったことを「法に違反する」として糾弾する考え方に私は賛成しません。法に頼らずとも問題を考えるツールはいろいろあるし、むしろ様々なことを見逃すことになるからです。

上記ツイートは別の方への返信で、ここでブログ主が下記のように口を挟みました。

大師100
@Daishi_hundred
返信先: @parkyuhaさん
失礼ですが、法律や憲法を遡及して適用することに、そもそも議論の余地はなく、あってはならないことなのですが、韓国の方はそれを理解していないように思われます。例えば、売春が合法だった時代の売春婦や斡旋業者を、現代の価値観で「売春は良くない」からと後世に罰することなどあり得ません。

朴裕河
@parkyuha
慰安婦問題に対する不法論にも私は賛成しませんが、そのことを問題視する考え方はそんなに単純なものではありません。


大師100
@Daishi_hundred
返信先: @parkyuhaさん
問題視というのは感情の問題です。
感情で法律を適用する韓国の司法、それをおかしいと思わない国民は、先進国では韓国くらいでしょう。
しかし、先生のような知識人がそのような認識であると知ったのは収穫でした。ありがとうございました。

朴裕河
@parkyuha
感情で動くことも多いですが(そしてそのことがそれ自体で非難されるべきことだとも思いませんが)、
併合不法論は20年前から自説を唱えた人がいて、それが受け止められてのことです。つまり知識人の問題なのです。今日はここまでにしましょう。まだ食事前なので。^_^

大師100
@Daishi_hundred
9月28日
返信先: @parkyuhaさん
ご丁寧に返信、ありがとうございました。感謝致します。

 

最後はやんわりと切り上げられてしまいましたが、話が微妙に噛み合わないのが分かるかと思います。

短文でのやりとりで、これだけで朴氏を評価(判断)するつもりもなく、また、ブログ主が朴氏の真意を理解していないのかも知れませんが、「過去の歴史的出来事への評価が後世に変わったとしても、それは国内の問題で、約束(二国間の協定)を破る理由とはならない」というブログ主の主張は理解されなかったように思います。

しかし、これも、朴氏が(母国語ではない)日本語で書いているせいかも知れないと、今回のことは考えるきっかけになりました。

 

 

  


 

 

 

2019/11/19

18世紀、済州島では日本語を話していた/司馬史観

前回のエントリーを書くために『日韓2000年の真実』(名越 二荒之助著)の朝鮮通信使の項を読んだのですが、そこに面白い記述を見つけました。

前回、日朝の関係修復後、釜山に造られた「草梁倭館」(1609年~)という領事館のような場所で交易を行っていたと書きましたが、朝鮮語の通訳として長く対馬藩に仕え、1723年、8代将軍吉宗の時代に毛利藩に転じた松原新右衛門という人物が、当時の朝鮮について書き残しているそうで、以下のような記述があるそうです。

 

九州の五島の先に済州島というのがある。この島の住人は、たいてい日本語を用い、日本の歌などをうたっている。今は朝鮮の領土となっているが、もともと日本から来たものが多く住んでいる。

 

と。

これを発見したのは作家・評論家の故大宅壮一氏だそうです。(サンモニに出演されている大宅映子氏の父上)

調べたところ、『炎は流れる』という全集に収録されているようです。(恐らく、『大宅壮一全集 第26巻 炎は流れるⅢ』の「日・韓併合の舞台裏 憎み合ってもわかれることのできない運命共同体の関係」辺りかと。)

古代の朝鮮には日本人が渡っていたことも分かっており、弥生時代から飛鳥時代には半島の南部に日本人が住んでいたので、済州島に日本人の子孫が住んでいても不思議ではないのですが、18世紀になっても日常的に日本語を話していたということに驚きます。済州島は古代には耽羅(たんら、ちんら)という国で独自の文化を持っていて、日本とも関わりが深かったのですが、15世紀には李氏朝鮮の支配下で同化されたということです。

 

松原新右衛門は、他にも色々書き残しているそうで、例えば、前述の「草梁倭館」については、「敷地は500間(900m)×300間(540m)あり、100間四方の大饗応場がある。そこには日本人がいつも500人くらい住んでいた。」のだそうです。

他にも、「朝鮮では、子供がいたずらをすると『倭奴来(日本人が来た)』と言う。日本人に対する恐怖がそれほど深く頭に染みこんでいる。」、「朝鮮には砂糖がない。」等々。

 

近世になっても済州島に日本人(「日本文化人」?)が住んでいたことは、領海という観念がなかったので、長州や博多の漁師は朝鮮沿岸に出漁していたし、逆に、朝鮮の漁民も日本に漂着していたので、この辺りの住民はこうして行き来、あるいは住みついていたのかも知れません。

 

関連記事:『百済の陵山里古墳群の棺は日本にしかないコウヤマキで造られていた/発掘調査は日本統治時代

 

ところで、現在、読売新聞『時代の証言者』(日経で言うと『私の履歴書』のような連載)で中西進氏(「令和」の考案者)のインタビューが連載されていますが、たまたま、今日のコラムでは「『憶良は渡来』司馬さん援軍」というタイトルで、中西氏が「山上憶良渡来人説」を発表した時のことを語られていました。歴史学者や国文学者から批判されたが、司馬遼太郎氏は支持してくれた、という内容でした。

学術的な議論は全く読んでいないので、それについては何も言いませんが、奈良時代に朝鮮半島から来た「渡来人」の中にはもともと日本人の子孫もいたのかも知れませんね。

なお、ここで言及されている「司馬遼太郎の応援」ですが、これが「朝鮮は兄の国」という『司馬史観』全開なのでご紹介します。

「私は憶良に何か、爛熟した場所から出てくる人生の感じ方、もしくは逆に長い歴史を持つ文明社会のなかからしか出てこない、何かを感じていたのです。(中略)渡来して来たのではないかと説を読んでいますと、ひじょうに目からうろこが落ちた。」(『日本の渡来文化』中公文庫より)

 

 

  


 

 

 

 

2019/11/18

【書籍】『朝鮮通信使の真実』(石平著)/現代韓国に通じる『侮日・反日』と『精神的勝利法』

公開:2019-11-18 09:06:10  最終更新:2019/11/20 10:31

2017年10月に「朝鮮通信使」に関する資料が『世界の記憶』(Memory of the World)に登録されました。(記事後述)

念のために書いておきますが、『世界の記憶』であって、どこにも「遺産」という言葉は入っていません。これは資料の保護とアクセスしやすさを目的にするもので、その資料が本当に歴史的価値があるのか、あるいは真実なのかということは、これを決定する委員会は単に文書管理の専門家なので判定できません。2015年に中国が申請した「南京大虐殺文書」が登録されたことがいい例です。おまけに、「南京大虐殺文書」は公開すらされておらず、アクセシビリティ(accessibility)も担保されていないのです。

いい加減、ユネスコなどに権威を求めるのはやめたらいいと思いますが、「資料の保護」という意味では登録することは無駄ではないのでしょう。

 

さて、ブログ主は、このニュースで久しぶりに「朝鮮通信使」という「歴史用語」があったことを思い出しましたが、それ以来忘れていました。それを再び石平氏の新刊のタイトルで思い出したのです。

それは、『朝鮮通信使の真実 江戸から現代まで続く侮日・反日の原点』 (WAC BUNKO 313/2019/11/4) というタイトルで、副題からも分かるように、日本に来朝した朝鮮通信使達が、大阪や京都、江戸などを旅して、その繁栄と壮麗さに驚きながらも、散々悪態をついている屈折した心境にスポットを当てて書いたものです。

「水車」を見て驚いたり、宿舎で「蚊帳」を見て驚いたり、前述のように繁栄した大都市を見て感嘆しながらも、日本の自然や日本人を侮辱する言葉を日記に書き付けているという事が、著者は、現代まで続く「侮日・反日」の原点と見なしています。

新書版のボリュームなので、朝鮮通信使の全容を掴むことはできませんが、このような切り口は著者ならではで、面白い視点だと思います。

 

著者は日記での「憂さ晴らし」を魯迅の『阿Q正伝』に見られる『精神的勝利』の手法だと考察しています。

『阿Q正伝』における『精神的勝利法』については著書の中でも説明されていますが、ここではブリタニカ国際百科事典の説明などを元にご紹介します。

この本は1921~22年に発表された魯迅の小説で、日雇い農民阿Qは辛亥革命(※)に憧れるが、最後は強盗犯として革命軍に銃殺されます。彼は愚かで力も無いのに自尊心だけは強く、例えば、相手が弱そうだと思うと喧嘩をふっかけますが、たいていは負けます。しかし、「負けてやったのだ」と考えて優越感に浸り、その優越感が崩れると「自分で自分を軽蔑できた」と大人物になったと思い込みます。『精神的勝利法』、『面従腹背』、卑屈と傲慢の二面性など、封建社会の奴隷の典型的人物で、当時の国民性を鋭くえぐった本です。
※辛亥革命:1911年辛亥の歳に武昌に挙兵し、清朝を倒した中国の民主主義革命。12年1月孫文が臨時大総統に就任して共和制を宣言、中華民国が誕生。

 

では何故、李氏朝鮮における高位高官である使節団が阿Qのような奴隷根性に満ちているかと言えば、彼等は、日本に『朝貢』にやってきたからです。将軍にお目見えするときは「四拝半」と呼ばれる屈辱的な儀式を行わなくてはならず、自尊心が傷つけられました。

朝鮮では空理空論を唱えて生産性のない両班か下層の奴婢の社会に分かれていたので(ごく一部、医者などは中間層)、職人のような技術職は蔑まれていたため、中産階級のような精神はなかったのではないかと思います。支配者として搾取する側か、搾取される側かの2種類の人間によって構成されていたためです。

一方、日本には武士や農民以外には町人層がおり、豊かな町人文化を育んでいました。

 

『朝貢』と書きましたが、これは朝鮮(韓国)ではまた別の見方がなされているようで、例の如く、「高度な文化を伝えてやる」為に日本に行ったと説明されているようですが、その儀礼(四拝半礼)や、家康が祀られている東照宮へ参拝させられたりする事からも分かるように、明らかに朝貢であろうと著者は言います。そこでまた悔し紛れに東照宮をけなすのです。

実際に、朝鮮からは200年間に渡り、将軍代替わりごと12回来朝しているものの、日本からは1609年に国交回復を祝うため、日本から300余人の使節団を送っている他は一度も使節団のようなものは派遣されていません。

朝鮮通信使の人数は少ないときで300、多いときには500名にも及び、これを大阪から東海道を、案内役などを含めた3千人もの人数を道中させ、ある意味見世物にするのですから、江戸幕府の威光を知らしめるのに格好のものだったでしょう。これと同様なことは琉球に対しても命じていました。

 

画像は朝鮮通信使とは関係ありませんが、沖縄県那覇市の城間幹子市長が2017年に中国・福州市の名誉市民を贈られたときの使節団だそうです。朝鮮通信使の絵図はネットで見られますが、似たようなもので、見世物そのものです。

 

20170116_shiroma

 

ここでふと、大学受験に使った参考書を見てみました。『要点整理 日本史』(第3刷:昭和54年(1979年)2月1日)です。

すると、面白いことに気付きました。

 

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「来朝」という言葉は、単に「来日」の意味もありますが、「外国・属国の使者などが朝廷へ来て礼物を献上すること。」(デジタル大辞泉)という意味もあります。そこで、同参考書の他のページを見てみると、例えば、フランシスコ・ザビエルは「来日」、ペリーなら「来航」のように書き分けています。

朝鮮通信使が世界の記憶に登録された頃に、「友好使節」と、対等な立場であるかのような表現で、現在はそのように認識されている様ですが、この参考書が書かれた当時、歴史界、少なくともこの本の著者は「来朝」という言葉をわざわざ使っていたのです。

同時期にブログ主が使っていた山川出版の『日本史用語集』でも「朝鮮通信使④():朝鮮の慶賀使節。1605年に日朝和議なり、07年に来朝。以後将軍代替わりごとに来朝。12回に及ぶ。」と書かれています。

 

※ ④というのは、当時13種類の歴史教科書の内、4社の教科書に記載されているという意味で、ブログ主の記憶では「あまり重要度は高くないが、レベルの高い試験には出るかも知れないので要注意」という歴史用語です。ちなみに、上の画像にもある、明と行っていた『出会貿易』は⑤です。

 

ああ、この頃から朝鮮人はこうだったのだ、と納得できる楽しい本です。

 

上に、現代の韓国では「朝鮮通信使は高度な文化を伝えてやるために派遣された」という認識だと書きましたが、通信使もそのつもりで来日したのかも知れません。しかし、日本の方が遙かに進んだ技術があることを目の当たりにしました。それを阿Qばりの『精神的勝利法』で精神の平衡を保つところなど、現代韓国人と少しも変わりません。

 

朝鮮通信使の目的としては、ブログ主の個人的見解では、秀吉の朝鮮出兵で互いに抱いた猜疑心を払拭するため、双方とも「下心はない」ことを確認し合うことが大きかったのではないかと思います。それは、第8回(1711年)の接伴役となった新井白石が「一方的に敵情視察されている」と警戒しており、和睦から100年経っても決して気を許してはいないからです。この辺りは現代のお花畑の政治家とは異なります。

 

* * * *

 

以下、『日韓2000年の真実』(名越 二荒之助著)という本から少し補足します。

この本の著者(編者)は日韓の歴史教科書のすりあわせを行う協議会に参加され、第1回の日韓(韓日)教育文化協議会では「和して同ぜず」の精神で、韓国側の「挺身隊と慰安婦を同一視」する発言を訂正したりしています。比較的韓国に対しては優しい立場で書かれた本ですが、この本の良さは「歴史秘話」が豊富なことです。

 

石平氏の著書にも書いてありますが、そもそも日朝和議は対馬の宗氏(うじ)が望んだことで、そのために、「国書偽造事件」も起こしています。

公正を期すために書くと、対馬と朝鮮の関係は対馬が朝貢する立場でした。(このことから、韓国では「対馬は韓国の領土」などという歴史の捏造がなされるのでしょう。

 

朝貢は確かに屈辱的なのですが、実際は朝貢する側の方が見返りが多いのです。それは、琉球を独立国のように偽装してまで薩摩藩がシナとの貿易を行わせ続けたことからも分かると思います。

では、対馬はどのように貿易を行ったかというと、1609年に釜山に造られた10万坪の敷地を持つ「草梁倭館」(領事館のようなもの)で行われました。朝鮮通信使によって日本が書物などを入手したことは日本側のメリットではあったでしょうが、実際は、釜山でも様々な書物を手に入れることができました。

領事館から1.5里より外に出ることは禁止されていたにも関わらず、朝鮮で出版されている書物は悉く持ち帰り、それ(漢文)に送り仮名や返り点をつけた本を日本で出版、多くの人が研究したそうです。これを書いているのは金聲翰氏という、日本統治下の韓国で生まれ東京帝大で学んだ韓国人作家で、日韓の「学習熱」を比較した文章の中で紹介されています。

一方の朝鮮通信使は日本から書物を持ち帰ることはしませんでした。漢学では自分達の方が上だと無視したとしても、それ以外の事にもさほど関心を持たなかったそうです。

金氏も石平氏と同様、朝鮮通信使は日本の都市や商工業には興味がなく、彼等の関心事と言えば、日本人の言行が朱子学の礼法に適っているかしか興味が無かったと書いています。唯一の例外は農業に興味を持ち、対馬からサツマイモを持ち帰ったそうです。(『日本の中の朝鮮紀行』)

金氏は「(礼法に適っていないと見ると、)自分達と直接関係が無ければ笑い、関係があるものは無理強いしてでも正さずにはすまなかった」と、石平氏と同様のことを書いています。

 

前述のように、朝鮮通信使の接待は、第8回(1711年)の接伴役となった新井白石の意見によって改革されます。

毎回、宿泊費や接待費、土産物に百万両の経費がかかったそうで、一方、朝鮮側の経費は30万両程度だったそうです。

 

白石曰く、「第一にお金がかかりすぎること、朝鮮が通信使を送ってくるのは武力では適わないから文章の上手いものを送ってきて恥を雪(そそ)ぐ狙いがある。日本の使節は漢城には行けないので一方的に敵情視察をされる。また、朝鮮は信義に薄い国だ。秀吉が出兵したときは明に助けて貰いながら、明が清に攻められたときには援軍を一兵も送らなかったではないか。」(

 

※これは『国書復号記事』に書かれているようです。こちらのブログ記事より該当部分を引用させて頂きます。

夫朝鮮 狡黠多詐 利之所在 不顧信義 蓋穢貊之俗 天性固然
(現代語訳)朝鮮人というのは狡くて人を騙す、利があれば信義など顧り見ない人々である。 しょせん「穢貊-わいばく」な野蛮人だ、こうした性格はうまれ持った天性である。

 

彼は将軍と朝鮮の三使節が面接をするときに将軍の座を一段高くしたり、接待の食事の質を制限したりしました。

これに反対したのが、対馬藩の外交を担当していた雨森芳洲(1668~1755)で、この人物は石平氏の著書にも登場しますが、誠意を持って朝鮮通信使をもてなしたにも関わらず、石平氏の言葉を借りれば「ヘイト」されています。

雨森芳洲は新井白石に反論して、

「朝鮮人は詐(いつわ)りが多いと言うが(ブログ主「多いぞ。」)、詐りが多くてどうして国が成り立ってゆこうか。(「それが成り立ってるんだよなあ。」)外国との交際は『誠心』を持って接することである。」と言っています。

 

現代と同じような議論を18世紀にもしていたわけですね。

但し、この二人の激論の中心は将軍(征夷大将軍)の称号をどうするか、という問題です。

それまでは「大君」(これは英語にもなり、「tycoon」となりました。※)だったのですが、この言葉は朝鮮では次期国王(=皇太子=世子)以外の王子の呼称だったので、「日本国王」と呼ぶべきだというのが白石の意見で、これに芳洲が反発して議論になったのだそうです。

 

※ ty・coon / taIkúːn / (変化形の発音 tycoons )
【日本】
[名] [C]
①(実業界・政界の)大物, 実力者, ボス
▷ a business [media, newspaper, property] tycoon
実業界の大物[メディア王, 新聞王, 不動産王].
②[or T~] 大君, 将軍《徳川将軍に対する外国人の呼称》.

ジーニアス英和辞典 第5版 (C) Taishukan, 2014-2015
 

 


https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22913440R31C17A0MM0000/
「朝鮮通信使」「上野三碑」が世界記憶遺産に
2017/10/31 10:07

国連教育科学文化機関(ユネスコ)は31日(日本時間)、歴史的価値の高い文書などを対象にした「世界の記憶」(世界記憶遺産)に、江戸時代の朝鮮王朝が派遣した外交使節「朝鮮通信使」に関する資料の登録を認めたと発表した。群馬県高崎市の古代石碑群「上野三碑(こうずけさんぴ)」も登録が決まった。

審査を行った国際諮問委員会(IAC)の勧告を受け、ボコバ事務局長が78件の登録を承認した。「世界の記憶」の日本国内登録は計7件となった。

国内ユネスコ委員会が推薦した第2次世界大戦中にユダヤ人を救った岐阜県出身の外交官、杉原千畝の資料「杉原リスト」は登録されなかった。

朝鮮通信使は朝鮮国王が徳川将軍家に派遣した使節団。対馬(長崎県)や江戸を経て、徳川家康が祭られる日光東照宮(栃木県)まで、一行が通った地域に外交文書や行列の様子を記した絵などが残っており、日韓の関係自治体や民間団体が共同で計333点の登録を申請していた。


また上野三碑は飛鳥、奈良時代(7、8世紀)に現在の群馬県高崎市に建てられ、国の特別史跡に指定されている山上碑、多胡碑、金井沢碑の総称。681年建立の山上碑は完全な形で残る石碑としては国内最古とされる。いずれも漢字で刻まれ、東アジアの文化交流を示す遺産として同市などが申請した。

記憶遺産を巡っては前回審査の2015年、中国の「南京大虐殺」関連資料が登録されたことに日本政府が反発。制度の改善を求めてユネスコ分担金の支出を一時凍結した。ユネスコは次回の19年審査から、事実関係や歴史認識で見解の相違がある案件は、関係国からの意見聴取の手続きを導入するなど、審査の見直しを決めている。

 

 

  


 

 

 

 

2019/11/14

【韓国】脱北者を強制送還。レーダー照射事件の目的も見えてきた?

昨日(11月13日)のBSフジ・プライムニュースで櫻井よしこ氏が言及していたので知っている方も多いかと思いますが、船で脱北したと思われる北朝鮮人を韓国政府が板門店で北に引き渡すということが起きました。

櫻井氏も昨年の自衛隊哨戒機へのレーダー照射事件と関連付けて話されていたのですが、ブログ主も同様なことを感じたので、覚え書きとしてメモしておきます。日本とは直接関係ないとは言え、あれだけ曺国(チョ・グク)氏のスキャンダルを報じていたのですから、文在寅政権のスキャンダルとして報道しないのも不思議な気がします。

現在、韓国では反文在寅デモに加え、この件も政権批判のネタになっているようです。

ブログ主はたまたま第一報を見ていたのですが、その時は、脱北者(?)2名は、「北に戻れないと自殺する」と言ったので引き渡したという説明で、そもそも、北に戻されたら粛正されるのは目に見えているので、この説明も納得いかなかったなのですが、その後、新たにこの2人が16人を殺害した犯人だと報道されました。(もう1名いたが、自ら北へ上陸と説明)

また、この強制送還は当初公表されず、議会でスマホを操作している国家保安室第一次長のスマホをメディアがズームで撮影、そこに北への送還を指示しているメッセージがあったので発覚しました。

もし、殺人事件が本当なら、そのことをどのように知ったのか?と考えると、この強制送還事件は、北朝鮮と打ち合わせをしてのでっち上げであり、措置ではないかと思われます。(どこの記事で見たのかはっきり覚えていませんが)船は消毒して証拠隠滅してしまったということも読みました。

この事件は、昨年のレーダー照射事件も、一部で囁かれたように、「脱北した要人を北の依頼で拿捕したのではないか」という疑惑により信憑性を与えるものだと思います。瀬取りという説もありましたが、貨物船でもなく、瀬取りをするような船には見えず、この時も、異常なスピードで生存者を北に引き渡していました。

韓国では「北の住民も韓国民」と憲法で謳われているそうで、仮に殺人犯であろうと保護する義務があり、北に強制送還したことは「人権蹂躙」であると在外公館から批判されているそうです。少し前には脱北した親子が餓死したという事件があり、数ヶ月前から、脱北者への支援が薄くなっているという報道もあります。

 

以下、初期の報道の内容ですが、より正確な情報なので『統一日報』(在日コリアン向けの新聞)のweb記事を引用しておきます。

 


http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=86678&thread=01r04
脱北船員を秘密裏に北送
司法主権放棄との批判噴出
2019年11月13日

 韓国政府は7日、東海上で北韓限界線を越えた船舶の乗組員2名を、板門店から北韓へと追放した。問題は、彼らが韓国に亡命する意思を示したにも関わらず、政府は「犯罪者追放」と言わんばかりに北韓へ強制送還した点だ。憲法上、北韓住民であっても亡命の意思を示せば韓国国民として対処するというこれまでの慣例を無視した形だ。今回の措置に対し、政府が憲法違反及び司法主権を放棄したとの批判の声が高まっている。(ソウル=李民晧)

  亡命の意思を示す北韓住民を北送(追放)したのは、南北分断以来初めてだ。

統一部は同日午後に臨時の会見を開き、2人の北韓住民を北送したことについて「2日、イカ釣り船が東海北韓限界線(NLL)を越えた。船内で仲間の乗組員(漁夫など)16人を殺害した凶悪犯を北韓へ追放した」と明かした。

政府の発表によると、殺人犯は当初3人だったが、うち1人は船が北韓の金策港に戻った際に下船。残り2人は、関係当局による合同尋問調査中に亡命を求めたという。

犯罪者であっても、亡命の意思を示した者については国内の司法手続きに則り、調査と裁判を経て処罰を決定すべき事案だ。極刑であれ無期懲役であれ、韓国司法部の判断に委ねるべき部分だ。犯罪捜査の究明と併せ、これに連動して国内での厳密な法的・制度的検討が必要な事案だと指摘される所以だ。

しかし、政府が2人を秘密裏に強制送還しようとしたことが判明。北韓の乗組員を北送した事実が明かされたきっかけも偶然の産物だった。7日、国会に出席した青瓦台国家安保室の金有根1次長の携帯電話メッセージをメディアのカメラが捉え、公開されたのだ。メッセージには、板門店の共同警備区域(JSA)大隊長(中領)が金次長に送った送還計画が書かれていた。その中には「北の乗組員らが送還に反発して自害する危険があるため、赤十字社の関係者ではなく警察がエスコートする予定」「今回の送還について、国家情報院と統一部間の見解はまだ整理できていない。午前中に追加で検討する予定」との内容が含まれていた。

現役の軍将校である中領が青瓦台安保室に直接報告したということは、政府のシステム及び軍隊の指揮系統が崩壊していることに他ならない。また、セキュリティが脆弱な携帯電話のメッセージで保安事項を報告することも問題として指摘される。

鄭景斗国防部長官はこの日、国会国防委員会全体会議に出席し、北の乗組員2人の北送について「メディアの報道を見て知った」と語った。

国防部はさらに中領が送ったメッセージ内容について、メディアで公開される前に鄭長官が把握していたかとの質問に対し「(船舶曳航など)軍事的措置の状況については長官が報告を受けていた。北韓住民については、軍事措置ではなく国防部の報告事案ではないと判断した」と明かした。

もしこの件をメディアのカメラが捉えていなければどうなっていたか。秘密裏に北送し、事後報告の形をとっていたであろうことは明らかだ。

今回の事件に対し「韓半島の人権と統一のための弁護士団体(以下韓弁)」は「明白な憲法に反する措置。憲法によると、北韓住民であっても我が国の国民だとしている。本人が韓国の実質的管轄範囲内に入り亡命の意思を示せば、当然韓国国民として受け入れ、本人が犯した罪に対しては憲法の推定無罪の原則に則って韓国で司法権を行使しなければならない」と主張した。北韓離脱住民法第9条には、「殺人など重大な非政治的犯罪者は保護対象者として決定されない場合がある」という規定がある。韓弁側はこれに対し「この条項は脱北者の定着支援金など保護による恵沢を付与しない場合の根拠に過ぎない。亡命の意思を示した者の受け入れを拒否して追放、強制送還する根拠には成り得ない」と主張した。即ち、北韓離脱住民法は脱北者が受けられる支援の恵沢を排除できるという趣旨であり、犯罪捜査と処罰までを放棄せよとの意味ではないというものだ。
今回の件で韓国は、北韓に逆利用される余地を与えたとの指摘もある。反体制支持者が脱北してきた場合、犯罪者として北韓から送還を求められたら応じるという悪しき前例を作ったからだ。北韓は今も、脱北者を「犯罪者」「反逆者」「拉致された者」などと主張し、送還を要求している。

一方、北韓離脱住民法第8条(保護決定等)は、統一部長官が脱北者保護の可否を決定する場合は脱北者対策協議会の審議を経るよう規定されている。3日間の政府調査と部署合同会議の末に追放を決定した過程で、実際に協議会での審議が行われたかどうかを疑問視する声も多い。北韓にこびへつらうため、政権は主権すら放棄しているという批判が高まっている

 

 

  


 

 

 

 

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