最新情報

  • 2021/01/02
    ブログを更新しました。
    2018/04/30
    冷やし中華...じゃなかった、Twitterはじめました。

このサイトに関して



当サイトご利用上の注意

  • 記事へのリンクはご自由になさって結構です。
    但し、画像等、記事内のコンテンツの無断転載、画像への直接リンクによるまとめサイト等他サイトへの転載は固くお断りします。

    2019/04/14現在、コメント欄の認証方法やNGワード設定等、時々変更しています。メールアドレスの入力が求められる場合、とりあえずメールアドレスの形をしていれば(@の前は適当でも)OKです。

    上記に関し、詳しくは下記バナーから「当サイトについて」をお読み下さい。

    コメントは承認無しで掲載されますが、ココログの仕様で投稿されたコメントが画面に反映されるのにはしばらく時間が掛かります。ご了承下さい。



    このブログの趣旨など。コメント欄はゲストブックとしてご利用下さい。


    記事についてご不明な点などはメールでは回答しかねますので、各記事のコメント欄にお願いします。




特設コーナー

  • Banner_wuhanvirus2

    banner_kunimori01


















外部サイト(その他)

  • 台湾の名前で東京オリンピック参加を!署名活動


    憲法改正を実現する1,000万人ネットワーク 美しい日本の憲法をつくる国民の会









管理人ポータル

大師小同窓会関連












  • 画像を提供、あるいはオリジナル写真を貸して下さる方は管理人までご連絡ください。


我が町!大師の情報

  • 大師の歴史・町名の由来

各種ノウハウ集



私家版スクラップブック

  • ブログ主の個人的スクラップブック集です。

    100円ショップの木箱やディスプレイケースなどを利用したドールハウスのまとめページです。

    メンテナンス中のため一時アクセスを制限しています。

友達の輪・お薦めSHOP

  • CHITIのボディデザイン
    魅せるボディデザイン/カラダ作りの本質とは!?
    川崎市在住のインストラクターが近隣のスポーツ施設や公園・ご自宅でのパーソナルトレーニング受け付けます。




    かわさき楽大師

    ファッション・雑貨の店 「+R」

    ヘアーサロンE'(イーダッシュ)


【国際】韓国一般

2021/02/23

【韓国】韓国の素晴らしい幼児の情操教育(白目):「オックスフォード英雄」シリーズ

LEGOのパクリのようですが、面白いおもちゃがあったので記録として。

なお、このシリーズは「옥스포드 영웅」(オックスフォード 英雄) で画像をググると他にも色々出てきます。

なんか、OXFORDというメーカー名(ブランド名?)もヤバそうな気がしますがw

 

ハルピン列車・セット(伊藤博文と安重根セット)

20210223_oxford01

フィギュア・セット(テロリストセット)

右上から時計回りに、金九、 安重根、警察?、柳寛順、尹奉吉、らしい。

 

20210223_oxford02

 

(柳寛順は独立闘士ということになっているが、現在、出回っている写真は本人かどうか確認できず、架空の人物)

  

  


 

 

 

2021/02/22

【韓国】盧泰愚大統領、金泳三大統領、共に日本統治時代の日本人教師に感謝

2月19日に放送されたチャンネル桜沖縄支局の番組で、盧泰愚(ノ・テウ)大統領(第13代)と日本人教師とのエピソードが紹介されました。大統領就任後のインタビューで日本人教師の思い出を語り、それがきっかけとなり、青瓦台にその恩師ご夫妻を招待したという話です。

この件に関して調べていたら、たまたま金泳三大統領(第14代)も同様に日本統治時代の日本人教師に感謝していたという記事が見つかりました。

韓国では、日本統治時代は「日帝強占期」などと呼ばれ、教室でハングルを話すと教師が日本刀で脅したとか、いかに日本人が悪辣な支配をしたかが教えられています。しかし、日本統治時代を経験し、その後、大統領までなったこの二人だけが偶然素晴らしい日本人教師に出会ったのでしょうか?

この2人以外にも、第15代・金大中大統領も、産経の黒田勝弘記者に、日本時代、日本人の先生が国語の授業で、生徒たちに石川啄木の「東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」という有名な短歌の感想文を書かせたところ、1等賞になって大いに褒められた、というエピソードを話したそうです。(2018.10.23『【緯度経度】金大中時代の苦い思い出 黒田勝弘』)

 

以下、覚え書きとして、記録しておこうと思います。

 

【沖縄の声】米軍、尖閣戦闘に向けて猛訓練中/総理!どうして中国に物が言えない/沖縄一括交付金』活用による自助努力を!、etc...[桜R3/2/19] (リンクは37:07辺り~)

出演:
惠 隆之介(ジャーナリスト・沖縄担当キャスター)
のはら みなえ(沖縄担当キャスター)

 

19880516_noteu01

 

上の写真は1988年5月16日に青瓦台で撮られたものです。

盧泰愚少年は小学校3年の時に熊本県出身の佐藤彰先生と出会いました。

大統領就任後、亜細亜大学の中村均先生がインタビューし、盧泰愚大統領は自分の最高の恩師は日本人の佐藤彰先生だと語り、それが新聞記事に載りました。それを当時、倉敷で暮らしておられた佐藤氏の目に留まり、連絡を取って、再開の運びとなったそうです。

以下は番組での惠氏の解説をほぼそのまま書き取ったもの。

 

1988年5月16日、大統領就任間もない盧泰愚大統領は、恩師・佐藤彰先生と45年ぶりに対面し、往時を偲んだ。再開したときの佐藤先生は69歳、盧泰愚大統領は56歳。韓国では5月15日は「恩師の日」だが、たまたま日曜日だったので、一日ずらして5月16日に公式に招待した。

盧泰愚大統領は二宮尊徳と犬養毅(いぬかい・つよし)を尊敬していた。なぜ二宮尊徳を尊敬していたかというと、佐藤先生の肝いりで小学校の校庭に二宮尊徳の銅像が建てられたからだ。現地の小学生は敬服してその像を仰いでいたらしい。

佐藤先生は昭和13年(1938年)に慶尚北道の大邱(テグ)公山小学校に赴任、その翌年の14年に盧泰愚少年が入学してきた。盧泰愚少年は幼くして父親を事故で亡くして非常に生活が困窮していたが、それを知った佐藤先生は色々と支援していた。また、佐藤先生は厳しくてよく(盧泰愚少年を)叩いたそうだ。

(以下は、再開したときの盧泰愚大統領と佐藤彰先生とのやりとり。)

大統領「私の魂は佐藤先生に培われました。先生は、『俺は日本人だ、お前は朝鮮人だ』というような、そんな小さな考えで我々を育てて下さったのではない。自分の子供として、あくまでも情熱を持って教えて下さいました。」

先生「確かに、私はあなたたちを自分の子供のようなつもりで、無我夢中になって、怒りもし、泣きもし、叩きもした。どうぞそれを許して下さい。

大統領「いや、私達は先生に叩かれることによって愛情を感じていたのです。先生の怒りは、私達の中の悪に対する怒りであったことをみんな知っていました。自分のかわいい子だったら、叱り、叩くことさえあります。」

佐藤先生は嘗て教壇に立った公山に立ち寄ったところ、嘗ての教え子達が集まって歓迎会をしてくれたらしい。教え子達はそれぞれ自分の名前を言いながら抱きついてきた時は本当に感激したと(佐藤先生は)言っている。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

以下は、第14代大統領・金泳三(キム・ヨンサム)氏の訃報の際の産経の記事ですが、金泳三大統領は在任中、有名な「鉄杭神話」(日帝が韓国の『気』が正しく流れないよう、鉄杭を埋めたとして、それを国家事業で掘り起こした)を作りました。また、朝鮮総督府の建物を、『気』を妨げると言って壊した人物です。彼は敬虔なクリスチャンだったらしいのですが、韓国人にとって「風水」はそれ程染みついているものなのでしょうか。

 

https://www.sankei.com/west/news/151122/wst1511220044-n1.html
金泳三元大統領の日本人恩師、韓国人も分け隔てなく扱った
2015.11.22

 22日に死去した韓国の金泳三元大統領を、戦前に韓国慶尚南道で教えた日本人恩師がいた。韓国人も日本人も分け隔てなく扱ったという。平成7(1995)年11月に大阪でアジア太平洋経済協力会議(APEC)が開催された際、金氏は大阪・河内長野市の長男一家を招いて朝食をともにした。

 当時の記事は、こう伝えていた。

* * *

 APEC大阪会議出席のため来日した韓国の金泳三大統領は20日朝、帰国を前に大阪市内のホテルで、日本植民地下の旧制中学時代の恩師の長男一家と朝食をともにした。

 この恩師は、韓国慶尚南道忠武市で1942年(昭和17年)から2年間、旧制中学の教頭として大統領を教えた佐賀市出身の故渡辺巽さん。大統領と朝食をともにしたのは、その長男で大阪府河内長野市の公務員、公也さん(53)一家。

 巽さんは韓国人と日本人を平等に扱い、金大統領ら韓国人の生徒も自宅の官舎に招いたという。当時、公也さんは生まれたばかりだった。金大統領は当時の巽さんの教育方針に深く感銘し、巽さんが帰国した後も手紙のやりとりを続けたが、16年前、巽さんが74歳で亡くなって以降、音信が途絶えた。

 今春、金大統領が日本の報道陣に「遺族を捜してほしい」と呼びかけたところ、公也さんが名乗り出たため、日本での対面が実現した。

 朝食会には大統領夫妻と公也さん、妻の千尋さん(50)、大学生の娘2人が出席した。

 大統領は「お父さんは厳しい面と優しい面を持つ方でした」と振り返り、公也さんは「父も喜んでくれていると思います」と再会を喜んだ。

 

以上。

 

  

  


 

 

 

2021/02/15

【韓国】「恥をかかされた」国立日帝強制動員歴史館

朝鮮日報の記事で興味深い言い回しがあったので、覚え書きとして。

記事自体はそれ程興味があるものではありません。韓国で国立博物館を様々な尺度で点数付けをしたら、基準未達のものが6つあったという内容。

まずは記事のご紹介です。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2021/01/16/2021011680019.html
記事入力 : 2021/01/16 16:56

【独自】「国立」の名が恥ずかしい七つの国立博物館
文体部が36カ所を評価、日帝強制動員歴史館などに「基準未達」判定

 韓国国民の税金で建設・運営されている国立博物館のうち、7カ所が「基準未達」であることが判明した。

 文化体育観光部(文体部。省に相当。以下同じ)は昨年、「2020年国立博物館評価認証制度」を初めて施行した。その結果、「国立日帝強制動員歴史館」など7カ所の博物館が点数未達で認証を受けられないことが14日までに明らかになった。韓国国内に50ある国立博物館のうち、登録後3年が経過した36カ所が評価対象だった。

 韓国の保守系最大野党「国民の力」の金睿智(キム・イェジ)議員室が文体部から受け取った資料によると、未達の博物館は国立日帝強制動員歴史館(行政安全部)、国立テコンドー博物館(文体部)、国立租税博物館(国税庁)、地図博物館(国土交通部)、国立警察博物館(警察庁)、空軍博物館(国防部)、戦士博物館(国防部)だ。大部分は政治の論理や世論に押されて建てられたり、政府部処(省庁に相当)が広報用として作ったりした博物館だ。なお評価対象36カ所のうち、国会憲政記念館、国立関税博物館、海軍士官学校博物館は現在リモデリングの最中で、対象から除外された。(中略)

 この歴史館ブログ主註:国立日帝強制動員歴史館は2017年に「フェイク写真」を展示し、日本の右翼団体に恥をかかされた前歴もある。朝鮮人強制動員被害者だとして展示していた写真が、実は日本人の写真だったのだ。野外追慕塔に刻まれた、骨と皮だけの労働者の写真も、朝鮮人徴用被害者ではなく1926年に北海道開拓の過程で「奴隷労働」に苦しんだ日本人だと判明(1926年9月9日付、旭川新聞)してあたふたと展示物を取り換えた。歴史学者のB氏は「日本人も訪れる場所なのだから、こういう博物館ほどファクトが正確であるべき。それを検証する専門人材がいないというのが最大の問題」と語った。(後略)

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

この「恥をかかされた」というのは、原文(韓国語)を機械翻訳してもそうなったので、原文の直訳なのでしょう。

韓国語では自然な表現なのかも知れないのですが、日本人には違和感があります。

朝鮮日報の日本特派員は、日本語に訳したときに、不自然だとは思わなかったのでしょうか?

普通は「恥をかいた」ですよね。

尤も、日本語でも「恥をかかされた」と言うときはあります。

それは例えば、「人前で大声で叱責され、恥をかかされた」とか、「(歌が下手なのを知っているくせに)歌を強要されて恥をかかされた」のように、相手に対する非難が込められる場合です。

 

  

  


 

 

 

2021/01/31

【韓国】韓国人「対馬は韓国のもの」の根拠とは?

竹島の件が韓国で話題になると、NAVER(日本で言えばYahooニュース)等の記事のコメント欄に、「我々も対馬の領有を主張しよう」という意見が書かれ、それに「イイネ」が多く押されます。

あまりにもこれを頻繁に見かけるので、何を根拠に言っているのだろうと思って調べたところ、岡本隆司 ・京都府立大学文学部教授の書かれた記事がWedgeInfinityのサイトに見つかりました。 以下、一部を引用します。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/3107
盗難仏像返還差し止め
対馬も「我が領土」
慕華侮日の韓国
2013年8月26日

岡本隆司 (京都府立大学文学部教授)

(前略) では、なぜ対馬を韓国が領有することになるのか。そこには歴史が関わる。最も古いものでいえば、15世紀に朝鮮王朝が対馬に遠征した、いわゆる「応永の外寇」というのが、その根拠の1つだったりする。しかし大きく作用しているのは、江戸時代の長期的な情況だろう。

 江戸時代といえば、朝鮮通信使がたびたび来日し、日・朝が善隣の関係にあったといわれる時代。その同じ時期、最も朝鮮半島と交流の密だった対馬が頻繁に送った使者は、釜山の居留地につくと、必ず朝鮮国王に見立てた位牌に拝礼をしていた。これを「肅拜(しゅくはい)の儀」という。

 右の図がそれを描いたもの。対馬の人々はこの儀式をやらなくては、釜山で居住生活することが許されなかった。対馬が自分たちに属していた、という韓国の根拠は、このような慣行にある。

韓国や中国が持つ世界観「華夷秩序」

 当時、君主のところに臣下が挨拶にいく儀礼を「朝貢」といい、中国王朝と周辺国との間にあった慣行である。朝鮮王朝も中国の明朝・清朝に大がかりな朝貢を行っていた。

 朝貢をすれば、臣礼をとったに等しい。その国なり君主なりは、朝貢を受ける側の下位につくことになって、「藩属」とよばれる。したがって朝鮮王朝は、中国の「藩属」「属国」だった。その朝鮮からみれば、自国の王に拝礼した対馬は「藩属」にあたる。(後略)

 

20210131_tsushima01

「東莱府使接倭使図」屏風・「草梁客舎」

「草梁客舎」は対馬人居留地の一施設。その内部中央に朝鮮国王の位牌「殿牌」が置かれ(写真では、左手中段の建物の中央の屋根の下に配置)、まわりに朝鮮側の関係者が居並ぶ。対馬側の関係者は、離れた位置でその「殿牌」を跪拝している。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

応永の外寇とは、「応永26年(1419)朝鮮王朝の大軍が対馬を侵略した事件。日本の海賊集団倭寇に悩まされ、その根拠地とみて来襲したものとされる。」(広辞苑)で、元寇(1274年、1281年)以来の高麗軍の侵略ですが、これによって対馬が高麗のものとなったわけではありません。

これより古く、朝鮮の三国時代、朝鮮半島の南部は倭人が支配しており、対馬は交通の要所となっていました。白村江の戦い(663年)後、日本側は新羅や唐の侵略に供えて九州や対馬に水城(※みずき/土塁・水濠)を築き、防人を配置するなどしており、それが前述の侵略にも役立ちます。

 

※日本書紀に「天智(てんち)三年(664) 対馬嶋(つしまのしま)、壱岐嶋(いきのしま)、筑紫国(つくしのくに)などに防(さきもり)と烽(とぶひ)を置く。また、筑紫(つくし)に、大堤(おおつつみ)を築きて水を貯えしむ。名づけて水城という。』とあります。その意味は対馬、壱岐、筑紫の国などに防衛のために兵士を派遣し、通信手段のためにのろし台を設置した。また、筑紫に大きな堤防を築いて、水を貯えさせた。水城という名をつけた。となります。(福岡県大野城市のサイトより)

 

上の文章によると、シナ同様に中華思想の朝鮮との貿易は「朝貢」の形式をとっており、対馬からの使者もそれに倣った儀礼を行っていたという。

岡本教授の文章を続けて読むと、“「属国」「藩属」というタームはその最たるもので、朝貢儀礼を行う国と、近代国際関係で主権を失って従属した存在とが、まったく同じ字面で表現された。”と書かれており、対馬と朝鮮の関係は前者なのですが、韓国人は後者だと考えているのでしょう。

おそらく、清と朝鮮のような関係しかイメージできないのだと思います。

明が衰退し、後金(後に清)が台頭し、朝鮮に属国となるよう求めますが、これを拒み、丙子胡乱と韓国では呼ばれる「丙子の乱」で徹底的に打ち負かされます。これで過酷な朝貢を科せられるのですが、その内容は、とても交易と言えるものではなく、屈辱的な条件での従属を強いられます。(Wikipedia『丙子の乱/戦後』の項参照)その有名な例が、女性を貢ぎ物として捧げる「貢女」です。

「朝貢関係にあっただけで宗主国の領土」という理屈なら、朝鮮(韓国・北朝鮮)は中国のものになるはずですが、敢えて韓国人の理屈を想像すれば、“朝鮮は(日清戦争で日本によって)清から独立したのに対し、対馬はそうした経緯も無く、現在日本が領有している”ということなのだと思います。

韓国人は、日本政府(明治政府)が「中国の琉球を無理矢理編入した」と思っているようですが、これでその謎と教え諭す際のポイント(友好関係か属国かの違い)が分かりました。

 

 

  


 

 

 

2021/01/27

【朝日新聞】新大久保駅で亡くなった李秀賢さんの母が日本批判!? 人の死を利用するメディア

昨日(2021年1月26日)は新大久保駅でホームから転落した人を助けようとして亡くなった韓国人留学生・李秀賢さんとカメラマンの関根史郎さんの20年目の命日でした。

ここでは、半年程前に李さんの母親にインタビューした朝日新聞の記事と対照的な読売新聞の記事をご紹介します。

と言っても、朝日新聞の記事は有料で、一部しか読めません。(下図)しかし、朝日の記事を引用した韓国紙『中央日報』の記事でその内容が伺えます。

 

20200622_asahi01
(有料記事)https://www.asahi.com/articles/DA3S14521026.html

 

https://s.japanese.joins.com/JArticle/267310?sectcode=A10&servcode=A00
「義人」故李秀賢さんの母親「日本は真摯な気持ちで謝り、韓国は徴用賠償を防いでほしい」
2020.06.22 16:31

2001年、東京の線路に転落した日本人を助けようとして亡くなった李秀賢(イ・スヒョン)さんの母親の辛潤賛(シン・ユンチャン)さん(70)が強制徴用と慰安婦問題に対する誠意のある謝罪を日本政府に求めた。

辛さんは22日付の朝日新聞とのインタビューで「日本は元徴用工や元慰安婦らを傷つけたことを認め、真摯(しんし)な気持ちで謝ってほしい」と語った

あわせて「真摯な気持ちというのは、公式の記者会見で準備された原稿を読むようなものではない」とし、「例えば、息子の命日に事故現場に来た日本人女性が色紙にしたためた言葉のような、人間味が感じられる行動であってほしいと思う」と話した。

辛さんは「私が知っている日本人と日本の政治家の態度には差がありすぎて、戸惑っている」と厳しい忠告をした。韓国政府に対しては「日本企業が元徴用工らに損害賠償する事態を防いでもらいたい」とし「(1965年の請求権協定によって得た日本の経済支援は)韓国政府が国の発展のために使った。それを韓国人が我も我もと要求したら、収拾がつかなくなる」と話した。

また「韓国では昨年、日本統治が朝鮮半島の近代化に貢献したという視点に立つ『反日種族主義『がベストセラーになった」という記者の質問に「日帝時代は政治的には誤りだが、結果として朝鮮半島の経済を発展させたとの指摘も完全には否定できないと思う」と話した。あわせて「多様な考えに触れることが大事」とし「韓国人のなかに、日本に対する被害者意識があるのは事実だが、触れ合えば触れ合うほど、互いの心の中にしまっている考えも知ることができる」と付け加えた

辛さんは「(息子の)事故が起きるまで、私は日本を訪れたこともなく、歴史認識問題などでは日本人に反感を持つ、ありふれた韓国人だった」とし「事故の後に大勢の日本人と会ったお陰で、本当に中立的に物事を見られるようになった」と話した。その中で、日本にも韓国にも足りない点があることに気づいたと話し、互いの意見に触れることの大切さを強調しした。

続いて「韓国と日本は隣同士」としながら「断絶など決してできない。互いに、色々な人と付き合いを続けていくべき」と強調した。

辛さんの息子である李秀賢さんは26歳だった2001年1月26日、東京のコリアンタウンである新大久保駅で、線路に転落した日本人男性を助けようとして線路に降りたところ、列車にひかれて命を失った。

 

中央日報は自分では全く母親に取材しておらず、朝日の記事を丸パクリしてるだけなのですが、韓国のメディアにはよくあるパターンです。

この記事では全く触れていませんが、李さん(母親)は、息子に対する見舞金を原資にして日本に留学する学生へ奨学金を贈っています。(後述)

 

この記事から想像できるのは、朝日新聞が李潤賛さんの息子の死にかこつけて取材し、母親に日本批判をさせたのだと思います。

ただ、興味深いのは、李さんが、「現実の日本人」と「歴史の中の日本人」のギャップに戸惑っていることが読み取れます。(李さんは「政治家」と発言していますが、根本的には歪曲された歴史と日本人像が原因だと思います。)

70歳(インタビュー当時)では、おそらく1950年生まれ(韓国では数え年)で、日本統治時代は経験しておらず、彼女の頭の中の「日本人」は、報道によって形成されたものなのでしょう。

ある意味、政府の反日政策の被害者だと思います。

 

朝日は1月21日付『Asahi GLOBE+』では『新大久保駅事故から20年 最悪の日韓関係、「亡くなった韓国人に合わせる顔ない」の声』と、ここでも李秀賢さんにかこつけたインタビュー記事を書いていますが、インタビューの対象は元駐日韓国大使の李俊揆氏で、以下のように冒頭に事故に触れているだけで、あとは、一般的な日韓関係の話題です。

 

――事故から20年が経ちました。

恥ずかしい気持ちになるばかりだ。李秀賢さんの殺身成仁(身を捨てて仁をなす行為)によって生まれた両国民間のお互いを思いやる心を育てられず、現在のような最悪の韓日関係を作り上げてしまった。本当に李さんに合わせる顔がない。

――なぜ悪化してしまったのでしょうか。

最も重い責任は、両国関係発展のための意思と能力が不足していた両政府と政治指導者にある。(以下略)

 

李さんの死をダシに使っているだけですね。

 

最後に、読売新聞の記事をご紹介します。

なお、今年の命日には産経新聞が同様の記事を書いています。(『日韓交流の絆、継承 新大久保駅事故20年 アジアからの留学生を支援』)

 

20201024_yomiuri01

 

20201024_yomiuri02

 

こういう方を、朝日の記事は「反日韓国人の李さん」に仕立ててしまったわけです。

 

  


 

 

 

2021/01/02

【書籍】『朝鮮雑記 日本人が見た1894年の李氏朝鮮』

この本は、本間九介ペンネーム「如囚居士」)という人物が1894年4月から6月にかけて『二六新報』という日刊新聞に連載した朝鮮事情(連載終了後書籍化)を現代語に直したものです。その際、日本近代政治思想史を専門とするクリストファー・W・A・スピルマンという歴史学者が監修し、『朝鮮雑記 日本人が見た1894年の李氏朝鮮』とサブタイトルが付けられ、スピルマン博士による解説が付せられています。

後述しますが、この本が書かれた1894年というのは非常に象徴的な年です。

 

20210102_chousenzakki01
『朝鮮雑記 日本人が見た1894年の李氏朝鮮』表紙
イラストは本間九介による

 

この『朝鮮雑記』(1894年=明治27年)とイザベラ・バード韓国ではビショップ婦人と呼ぶようです)の『朝鮮紀行』(1898年=明治31年)、荒川五郎の『最近朝鮮事情』(1906年=明治39年)と併せて読めば、朝鮮末期、即ち、日韓併合直前の朝鮮事情は大凡理解できますが、この3冊の性格は若干異なります。

 

 

イザベラ・バードは謂わば物見遊山の旅行記、荒川五郎の本は朝鮮に住む(予定の)日本人のための現地生活ガイドのようなもの。しかし、本間九介は、現代風に言えば新聞の特派員として、体裁はコラムのような形式で朝鮮の習俗などをユーモラスな文章でリポートしながら、時折、政治状況や経済状況を考察したり批評しています。それは、「朝鮮を先進的な日本の援助のもとで独立させ、東アジア全体に近代的な秩序と文明をもたらす」(スピルマン博士の解説より)という「アジア主義」の思想が根底にあるからです。

確かに、彼は「開化人」として所謂“上から目線”で「未開」な朝鮮人の風習や生活習慣を小馬鹿にしています。例えば、「市街の不潔」というタイトルのコラムでは、「不潔は、朝鮮人のパテント(専売特許)だろう。」という文で始まり、腐った食物も意に介さずに食べることや、家が粗末なこと、衛生観念に乏しいことなどを書いています。

しかし、一方で、朝鮮人がこのような惨めな生活をしているのは、中央政府の事大主義と改革を受け入れない李氏の保守主義や、役人が腐敗し、賄賂が横行する社会システムのせいだと同情したり、属国意識が抜けずに気概のない朝鮮人に憤慨し、世界情勢を知らない朝鮮人を、しばしば「井の中の蛙」と言っています。また、依然としてシナ(清)の影響下に置かれている状況や、朝鮮政府が顧問として日本人ではなく、アメリカ人やフランス人を招聘している事に対し、何故我が国はもっと積極的に朝鮮に関わらないのかと日本政府を批判したりしています。

従って、この本の価値は、彼の考えを述べた最終章の「清国の野心 朝鮮の懦弱 日本の無為」(懦弱:なまけて弱いこと。いくじのないこと。進取の気性のないこと)と、スピルマン博士の解説にあると思っています。

 

なお、この本は『朝鮮雑記 日本人の朝鮮偵察録』(조선잡기 일본인의 조선정탐록)というタイトルで韓国語訳もされています。(2008年06月16日出版) ネット書店のレビューを見た所、10段階評価で7.7と、思ったよりは高評価でした。(この項、後述)

 

ご存知の通り、伊藤博文(1841~1909)は、併合には消極的で、朝鮮の真の独立や開化は朝鮮人自身で成すべきと考えていました。つまり、これが当時の日本政府の方針であり、福沢諭吉も当初は同じ考えで、朝鮮の改革派の若者を庇護していました。

これら主流派と比較すると本間九介はかなり急進的ですが、彼の言動を通して、この時代の日本人が「世界におけるアジア」、「アジアにおける日本や朝鮮」という広い視野で状況を捉えて、朝鮮の自立を望んでいたことがよく分かります。もちろん、その根底には日本の国益があるのですが、「アジアの権益を虎視眈々と狙う欧米列強」、「依然として朝鮮への影響力を及ぼし続ける清」、「清の脅威」、「日本の朝鮮における権益」等々、これらが朝鮮を舞台に渦巻いていた時代でした。明治維新を成し遂げたこの時代の日本人、特に知識人は、現代の平和ボケした日本人とは異なり、日本を取り巻くアジアや世界の情勢には鋭敏でした。

一方、朝鮮人はと言うと、これもある種の「平和ボケ」...。この言葉が適当かどうかは分かりませんが、一部の知識層を除き、多くの人々が一握りの支配階級に生殺与奪を握られている状態を受け入れていました。いくら本間九介が不甲斐ないと憤ったり、義侠心に駆られていても、それ以外の世界を知らない層が大半だったので、そういう意味で安定した社会でした。

 

そして、当時の朝鮮人の対日観はどうかというと、非常に反日的でした。これは、『(小)中華思想』、『華夷秩序』によるものが大きいのでしょうが、秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)に対する恨みもあるようです。

何故か、彼らは朝鮮が大勝したと思っていたようですが、この時の戦乱により、朝鮮全土が焦土と化したことを非常に恨んでいるということを本間九介は度々書いています。(実際には、秀吉の目的は明であり、その通り道の朝鮮は“焦土”とされるほどに抵抗してはいなかったのですが。

日本人からすると、「それでは元寇(1274年、1281年)はどうなんだ」と言いたくもなりますが、とにもかくにも、16世紀から延々と日本を恨み続けていたのは事実であり、朝鮮人(韓国人)の「反日」は戦後教育によるものよりもっと根深いということを知りました。そしてこの反日感情は、この本が書かれた時代、何かの折に必ず吹き出すのです。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

さて、この本が書かれた1894年という年ですが、朝鮮の改革を目指して1884年にクーデター(甲申政変)を企てるも失敗した金玉均(キム・オッキュン)が殺された年(3月28日)であり、甲午農民戦争=東学党の乱が始まった年(1月11日~翌3月29日)、日清戦争(7月25日~翌4月17日)が勃発した年でもあります。つまり、朝鮮が最も不安定な時期でした。

 

もう少し補足します。

朝鮮末期は李氏第26代国王の高宗(1852年7月25日 - 1919年1月21日)の実父で摂政の大院君と高宗の妻の閔妃(びんひ/ミンピ)の一族との対立と高官の派閥争いに明け暮れ、事大主義(自主性を欠き、勢力の強大な者につき従って自分の存立を維持するやりかた)により、その時々で周囲の国を利用していました。

大院君がまず権力を握ると王権強化と攘夷に努めますが、1860年代から欧米列強が通商を迫り始め、1875年の江華島事件の結果日朝で結ばれた江華島条約により朝鮮が開港すると、閔氏一派が権力を握ります。日本の援助を受け、軍隊の近代化を図りますが、財政出費がかさみ、旧軍人への俸給が滞ったことから、1882年、兵士の不満が爆発して反乱(壬午軍乱)が起こり、この騒乱は反日感情を引き起こし、日本公使館襲撃事件にまで発展します。背後には大院君がおり、再び大院君が権力を握ります。日本も軍を出しますが、この騒乱を制圧した清が影響力を強め、大院君を拉致し、清は袁世凱を送り込んで朝鮮の実権を握ります。

一方、政治に不満を持ち、日本の明治維新のような改革を目指した金玉均や朴泳孝(ぼくえいこう/パク・ヨンヒョ)等の開化派は1884年にクーデター(甲申政変/甲申事変)を起こしますが、事大党(伝統を守って宗主国たる清国への臣属を主張した保守派)に与する清の派兵を許し、クーデターは失敗に終わります。金玉均は日本に亡命しますが、後に閔氏の刺客により、1894年、上海で暗殺されます。遺体は朝鮮に運ばれて切り刻まれ、これを知った福沢諭吉は朝鮮に見切りを付けて脱亜論を唱えます。

甲申政変鎮圧の際、清国の軍隊によって日本人居留民が殺されたことから、日清の対立が深まり、1885年、伊藤博文と李鴻章が全権大使となり、天津条約が結ばれ、この条約で、両国の朝鮮駐屯軍を撤退すること、以後朝鮮へ軍隊を派遣する必要ある時は両国互いに通知することなどを取り決めます。これが日清戦争の伏線となります。(本間九介はこの天津条約により朝鮮は独立したと考えており、その後も影響力を持ち続ける清に不満を持っていました。)

この間も欧米列強により朝鮮の権益が奪われていき、1894年の甲午の年、朝鮮南部を中心に農民戦争(甲午農民戦争)が起こります。これは東学(土着の宗教や儒教・仏教・道教を折衷した新興宗教で西学=キリスト教に対する)の信徒を主体とし、「反侵略・反封建」の性格を持った反乱です。本間九介や朝鮮の独立を支援しようとする日本人居留民は東学党を親日だと勘違いし、これを支援しますが、彼らは日本も敵視していました。

閔氏政権はこれを鎮圧するために清に出兵を要請、これを日本は天津条約違反として日清戦争(1894~95年)に発展します。

1895年10月8日、閔妃が暗殺されます。これは、一般には、「日本公使三浦梧楼の陰謀により1895年10月8日、日本守備隊および日本人壮士に惨殺された」(広辞苑)とされますが、まず、日本人だけでは閔妃を識別できたのかという疑問があり、朝鮮人の間でも閔妃を除外しようとする勢力が少なくなかったこと等から、日本人が首謀者だとしても朝鮮人の協力があったと考える方が自然です。そして、それどころか、実は閔妃は生き延びて、ロシアに逃れたという説(※)もあるようです。

 

※「친구 ともだち」さんの動画

動画主さんは、新たな資料がロシアから出てきて、これが事実だと言います。それなら何故、日本人の歴史家はこれを取りあげないのか不思議に思いますが、今更、異説を唱えても韓国の反日に火を点けるだけなので、やる気が無いのでしょうか。

 

日清戦争における日本の勝利により、下関条約(1895年4月17日)で清に朝鮮の独立を認めさせ(第1条)、高宗を皇帝として大韓帝国が成立すると、開化派はこれを記念して「迎恩門」(シナの使者を三跪九叩頭礼で迎えた屈辱的な門=沖縄の守礼門のようなもの)を壊して独立門を建てます。しかし、日本に対して三国干渉(仏、独、露)が行われると、王は今度はロシアに事大します。その元凶である閔妃が下関条約の半年後に暗殺(?)されると、高宗はロシア公館に亡命して(露館播遷/俄館播遷)引きこもります。ここから、日露戦争(1904~05)で日本はロシアと戦う羽目になっていきます。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

上記は主に日本が関係する部分を中心に1894年に至るまでの経緯を簡単にまとめたものですが、どのような感想を持たれるでしょうか?

韓国の歴史教科書では、高宗は「改革君主」とされているそうです。(これが、李栄薫博士らの唱える『植民地近代化論』に対して、“既に朝鮮末期には資本主義が萌芽していて、日本がいなくても朝鮮は自力で近代化できた”、というファンタジー理論に繋がります。)

 

日本は余計なお節介をしすぎたのかもしれません。そして、望み通り、清の属国のままであれば、今頃、中国の一地方か、独立国のままで北朝鮮のような生活をしていたかも知れません。

 

無知な安重根が伊藤博文を暗殺しなければ、福沢諭吉の言葉に従っていれば...

そう思わざるを得ませんが、歴史に「IF」はありません。現代の韓国人が日本を恨むのなら、それは感情の問題だからとやかくは言いません。しかし、理不尽な言いがかり(慰安婦問題、徴用工問題)は、日本側(反日日本人や朝鮮総連)が火付け役とは言え、毅然とした態度で望むしかありません。旭日旗などに対する子供じみた嫌がらせに対しても同様です。

歴史認識は利害関係のある二国間では一致することはないでしょう。しかし、願わくば、韓国人には歴史を捏造せずに、「朝鮮=善、日本=悪」という結論ありきではなく、起きたことを客観視できる理性を持って欲しいと思っています。そして、16世紀から西欧のアジア侵略の野心(cf. 1596年、 サンフェリペ号事件)を知っていた日本人と、知らない朝鮮人(韓国人)とでは自国史の視野が異なるのはしかたがありませんが、せめてアジアくらいには視野を広げないと、自国の置かれていた立場は理解できません。

これを改めるのは韓国人自身でしかできません。これが必要ないと考えているなら、日本人は、よく喩え話で言われるように、「回覧板だけは回すお隣さんの関係」として静観するしかありません。

ただ、現在、一部の理性的な韓国人が、「慰安婦関連法」(=元慰安婦を「被害者」と定義づけている)撤廃活動や反日銅像(慰安婦像、徴用工像)撤去を求める活動を行っています。慰安婦問題と徴用工問題は韓国が歪曲している歴史の内、最も「ほころび」が出やすい問題であり、歴史認識を正すきっかけになる可能性があります。

年末には『売国奴高宗』という本も出ました。どうやら、「日本=悪」という立ち位置は変わらない本のようですが、ファンタジー歴史ドラマで李氏朝鮮を美化している韓国にあって、ようやく、自国のダメな歴史を論じることができるようになったようです。(今更かよwという気がしないでもありませんが。)

この本の読者は別に日本との関係を良くしたいのではなく、左派の洗脳から自分を解放するためでしょう。しかし、それでいいのです。我々はもはや本間九介になる必要はないのですから。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

『朝鮮雑記』の原書は国立国会図書館のデジタルアーカイブで読むことも可能です。但し、語句が難解で、読むのに苦労するかと思います。現代語訳版は語句の解説(※印で章末にまとめて解説している他、括弧書きで意味の説明あり。)があり、すらすらと読むことができます。

ブログ主は電子図書版(Kindle)で読みましたが、紙の本への拘りがなければ、文中の※印をクリックすると注釈に飛び、戻るボタンで本文の元の位置に戻れる他、語句をドラッグで範囲指定して辞書(デジタル大辞泉)を引いたり、ラインマーカー(4色)でマーキングできたりと便利で、また、電子図書はページの概念が無いので、ページ幅を自由に変えたり、文字の大きさも変えることができます。(1ページに入る文字数がそれによって変化する)

『最新朝鮮事情』はおそらく国立国会図書館のデジタルアーカイブ、つまり原書でもあまり苦労なく読めるでしょう。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

韓国語版『朝鮮雑記』について

この項、書きかけ

 

  


 

 

 

 

2020/12/29

【韓国】なぜ未だに文在寅が3割以上の支持率を集めるのか?―理念では無く怨念の抗争だから―【朴斗鎮先生の解説】

最近、文在寅大統領の支持率の低下(35~38%台)が報道されています。下は“数字が操作されている”ことで有名なリアルメーターの調査結果ですが、盛っているとしても36.7%だそうです。

とは言え、あれだけ失態が続く(コロナワクチン確保の失敗、不動産政策の失敗、検事総長罷免に関する批判、etc.)にもかかわらず、3割以上の支持率があることは日本人には不思議に思えます。韓国人はバカなのか?と。

この疑問に対する朴斗鎮(パク・トゥジン)先生の説明が非常に腑に落ちるものだったので、メモしておきます。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

以下は、直近の支持率調査

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2020/12/28/2020122880016.html
文大統領の支持率 36.7%で再び最低=不支持は59.7%
2020/12/28

【ソウル聯合ニュース】韓国の世論調査会社、リアルメーターが28日に発表した文在寅(ムン・ジェイン)大統領の支持率は再び就任後最低となった一方、不支持率は60%に迫って最高を更新した。

 調査はニュース専門テレビ局YTNの依頼を受け、21~24日に全国の18歳以上の2008人を対象に実施された。

 文大統領の支持率は前週より2.8ポイント下落し、同調査で就任後最低を記録した今月第2週と同じ36.7%となった。不支持率は2ポイント上がった59.7%で、過去最高を更新した。

 支持率と不支持率の差は23.0ポイントに広がった。

 今回の調査には新型コロナウイルスワクチン確保の遅れを巡る論争、李容九(イ・ヨング)法務部次官のタクシー運転手暴行事件、卞彰欽(ピョン・チャンフム)国土交通部長官候補の過去の問題発言、文大統領の息子・ジュンヨン氏への芸術支援金支給を巡る波紋、チョ国(チョ・グク)前法務部長官の妻、チョン・ギョンシム東洋大教授の一審実刑判決など、相次ぐ悪材料が影響を与えたとみられる。

 一方、政党支持率は最大野党「国民の力」が前週より2.2ポイント上昇の33.8%となった。与党「共に民主党」は1.3ポイント下落の29.3%で文政権発足後、最低となった。両党の支持率の差は今年9月の国民の力の発足後、最大となった。

 「開かれた民主党」の支持率は6.5%、「国民の党」は6.4%、「正義党」は4.4%だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

冒頭1:30辺り~解説があります。

以下、朴斗鎮先生の説明要旨をまずご紹介します。

 

日本人が韓国の政治を見るときに、日本と同じような見方をするのは誤り。韓国と日本が戦後、自由民主主義の道を歩んだという「器」の部分は同じだが、内実は全く異なる。まず、韓国は自分の力で独立を勝ち取った国ではない。だから、歴史を偽造する動機が高い。

また、1945年以降の歴史は「左」と「右」の勢力の血みどろの戦いがあった。戦後、李承晩が韓国に入ったとき、最大の勢力は朴憲永(パク・ホニョン)の勢力、即ち共産勢力だった。同じ国民、民族同士、殺し合いの歴史だった。朝鮮戦争然り、「保導連盟」を作り、“アカ”を弾圧した。だから、理念闘争ではなく、“怨念”闘争なのである。

「怨念」で政治をしているから、韓国の「左」は北と手を結んで権力を取ろうとしている。

学生運動が盛んなときにチュサッパ(主体思想派)が言ったのは、北と手を結ばないと現在の主流派を倒すことができない、ということだった。この集団が今の文在寅の周囲の集団。

だから、保守と左派の間には妥協する接点がない。食うか食われるかの世界。こういう政治だから韓国の大統領は最後は監獄に入る。

これを理解しないとならない。

(李相哲先生:是々非々ではないですよね。)

3割ほどの文在寅のコアの支持者は、この「怨念」を持った人たちの子孫。だから、文在寅が良かろうと悪かろうと絶対に支持する。保守に権力を取られたら自分達は生きていけないと思っている人達。だから、30%という岩盤が存在する。反対側(保守)もまた30%の岩盤があった。

韓国政治は朴槿恵弾劾前までは30対30の岩盤の戦いで、残りの40%をどちらが取るかで勝負が決まってきた。ところが、朴槿恵弾劾で保守の30%の岩盤が崩れた。

こういう特殊な政治環境なので、理屈ではない。理念の対立ではなく怨念の対立なのである。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

さほど解説はいらないとは思いますが、蛇足ながら補足をすると、とかく日本人には評判の悪い李承晩ですが、韓国国内では反共の立場から「アカ」との戦いをしており、それが済州島四・三事件麗水・順天事件になります。

そして1950年の朝鮮戦争勃発の際には保導連盟事件という左派の報復が起こります。

日本人からするとあれだけ反日の李承晩が韓国国内で(特に左派から)必要以上に貶められているのはこのためです。親日派を弾圧した李承晩ですが、途中でこれをやめたため、「積弊清算」をやり遂げなかったと批判されると、基本的には右も左も「反日」の韓国人なので、反論できません。仮に反論したくとも、したが最後「親日派」のレッテルを貼られます。

以前もご紹介したことがありますが、『日本帝国と大韓民国に仕えた官僚の回想』(任文桓著)の朝鮮戦争のくだりでは、地上戦の恐ろしさもさることながら、自国内で、誰が敵で誰が味方か分からない恐ろしさが描写されています。人工的な38度線の南側も“赤く”染まっていたのです。

そして、朴槿恵弾劾の時には、保守の岩盤が崩れて、一部の政治家が弾劾賛成に転じます。ここから、現在に至るまで保守の迷走が続き、2020年4月の総選挙の直前に朴槿恵前大統領が獄中から保守派に向けてメッセージを出しましたが、これでも一枚岩になれずに野党は惨敗しました。

現在、韓国の野党はポピュリズムに走り、その政策も与党・共に民主党とさほど変わらなくなっています。

次期大統領候補として(本人が出馬表明をしたわけではありませんが、)ユン・ソクヨル(ユン・ソギョル)検察総長が人気No.1となり、それに与党系が続いても、野党系からはめぼしい候補者の名前は挙がりません。

ユン・ソクヨル検察総長を野党が担げるかどうかというのは、彼が捜査の中心でなかったとしても、朴槿恵に対する検察の捜査があまりに杜撰だったことで、これまたどうなるか分かりません。

 

  


 

 

 

 

2020/12/25

日本のラーメンのルーツはシナの経帯麺・伝来は南北朝時代/ついでにキムチの起源の話

ブログ主の覚え書きとして。

読売新聞(2020年9月30日付け文化面)にラーメンの歴史について書かれており、近年の研究で、日本への伝来は南北朝時代(1336~92年)まで遡れるという内容でした。

新横浜ラーメン博物館のHP、「日本のラーメンの歴史」には、

1488年: 日本初の中華麺「経帯麺」が食べられた。この麺にはかん水が使われており、このレシピは現代のラーメンの麺とほぼ同じであった。

と書かれていますが、これより古い文献が見つかったことになります。

ラーメン(中華麺)は上に書かれているように「かん水」(「かん」は木偏に「見」、中華そばをつくる時に小麦粉にまぜる、炭酸ナトリウム・炭酸カリウムなどのアルカリ性の水。鹹水とも)が使われていることがポイントのようですが、記事によるとこのルーツは1300年代のシナの百科事典『居家必要事類(きょかひつようじるい)』にある経帯麺とされます。

製粉技術に関しては、鎌倉時代の1241年に臨済宗の僧・円爾(えんじ)がシナから持ち帰った史料に、水車や石臼を組み込んだ水力式製粉機の図面が載っているそうです。

新たに経帯麺の記述を発見したのは、芳澤元(はじめ)明星大准教授で、南北朝時代の禅僧の漢詩集に、そのものズバリ「経帯麺」と題した漢詩がありました。

「棒下横身頭不回」(のし棒の下、身を横たえ、振り向くことがない=麺の生地)

「看佗平展也奇哉」(平たく伸されるところを見よ、これまた見事なものだ)

という内容だそうで、これを書いたのは後醍醐天皇の息子とされる禅僧・龍泉令淬(りょうせんりょうずい)。

先にご紹介したラーメン博物館の見解は、そば研究家・稲澤敏行氏の調査で、足利義満由来の京都の禅寺の僧の日記『蔭涼軒日録』によるものだそうで、『居家必要事類』で経帯麺のことを調べて、その後、来訪者に振る舞った記述があるそうです。

経帯麺の調理法(スープとかタレ)についてはよく分かっていないようですが、『居家必要事類』には「かけ汁は任意」と書かれており、南北朝~室町時代の文献や絵図には冷や麦をを醤油味のたれ味噌や辛子などで食べた記録があるそうです。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

上記のことを書くために少し古い新聞記事を引っ張り出したのは、実は最近の中国と韓国との間のキムチ論争(記事後述)を見たからです。

ラーメン(中華麺)に関しては「かん水を使った麺」という定義で経帯麺にそのルーツを認めているわけですが、どうも、キムチ論争では、「塩漬けの野菜」(=「沈菜」チムチェ=キムチの語源)としているから、こういう単純な定義では、古い文献のあるシナに軍配が上がるのです。

KONESTというサイトの「キムチの起源と変遷1」によると、

漬物類の歴史は古く、中国最古の詩集「詩経」(紀元前8~11世紀頃成立)には、「きゅうりで菹(チョ)を漬ける」という一節が登場。菹が漬物の一種であったことがうかがわれます。また、後漢末期の辞書「釈名」では、菹を「野菜を塩漬けにした乳酸発酵食品」と説明しており、キムチの原型とも言えるものがこの頃から食べられていたことが推測できます。キムチは漢代(紀元前3~3世紀)に朝鮮半島北部の楽浪郡を通じて韓国にもたらされたと見られていますが、これを決定づける資料はなく、未だ明らかになっていません。

とあり、キムチの特徴である発酵食品という定義でも、中国には後漢末期に文献がありますが、韓国では、同サイトによると、

韓国の文献上、キムチに関する記録が最初に登場するのは、高麗時代に著された李奎報(イ・ギュボ)の詩文集「東国李相国集」(1241)です。ここではキムチ漬けが「塩漬(ヨムジ)」という言葉で表現されていますが、当時は野菜を塩で漬けた白キムチ(ペッキムチ)や水分の多い水キムチ(ムルキムチ)でした。

と、13世紀になります。

まあ、文献の古さで競えば、宗主国様に敵うはずが無いのですから、朝鮮の漬物のルーツは「菹」であると認めた上で、後述する記事の「泡菜(パオツァイ)」(Wikipediaによると四川の漬物)とは別個に進化したことを示す証拠を見つければいいのに...と思ったけど、あればとっくに出しているでしょうから、無いんでしょうねw

きちんと歴史を調べずにいつも「起源」だけを主張するから、こういう目に遭うのです。

そして、キムチと聞いて思い浮かべる唐辛子の粉をまぶした白菜キムチは、唐辛子そのものが朝鮮半島に伝来したのは16世紀、結球する白菜は19世紀と、比較的最近のこと。

よく、唐辛子は秀吉の朝鮮出兵によってもたらされたという記述を目にし、この証拠を提示しているものは見たことがないのですが、一応、韓国でも文禄・慶長の役(1592年、1596年)で伝わったというのは「通説」にはなっているようです。

 

  

おそらくこの騒動があるからでしょうが、中韓米大使のハリス氏が「#originalKimchifromKorea」というハッシュタグを付けて、キムチを食べたことをツイートしていました。

 

 

そうしたら、あれだけ、ヒゲが日本の朝鮮総督のようだとかなんとか言って批判していたのに、もう絶賛の嵐w

単純な奴らだw

 

朝鮮日報

http://www.chosunonline.com/svc/auth/index_login.html?contid=2020120980260&code=news
「キムチは三国時代に中国から伝来」…議論に再び火を付けた中国
2020/12/09 20:28

 中国のポータルサイト、百度(バイドゥ)のオンライン百科事典「百度百科」が、中国メディアの過去のネット記事を引用して「韓国のキムチは三国時代に中国から伝わった」と紹介し、論争が予想される。

 百度百科は「ウィキペディア」と同様に、登録されたユーザーたちが内容の登録や編集に参加する形で運営されている。

 中国国営メディア「グローバルタイムズ」の9日付記事によると、百度百科はキムチの「起源論争」の項目で、2013年に新華社通信のオンライン記事を引用して上記のように紹介した。しかし百度百科はこれに関する文献など具体的な資料は提示していない。

 百度百科は、キムチを中国の塩漬け野菜「パオツァイ(泡菜)」の一種として紹介した。実際に中国ではキムチを「韓国パオツァイ」と呼ぶこともあるという。

 グローバルタイムズの中国語版姉妹紙「環球時報」は先月末、パオツァイが国際標準化機構(ISO)の標準認証を受けたというニュースを「韓国メディアの憤怒、キムチ宗主国の恥辱」というタイトルで報じ、キムチ論争を巻き起こした。

 グローバルタイムズはこの騒動について「誤訳が原因」だとした上で「韓国のドラマや映画が中国に大量に流入し、中国人の中にはパオツァイが韓国から入ってきたと勘違いしている人も多い」という中国のネットユーザーの意見を紹介した。

 

 

  


 

 

 

 

2020/12/18

【YouTubeの検閲】どうやらYouTubeでは「朝鮮人」はNGワードになっているらしい

今回の『湿TV』さん(日本在住の韓国人Youtuber)の動画のお題は「韓国では『朝鮮人』が侮蔑語である」です。

 

 

この動画の中で、韓流アイドル(モンスターXというグループのメンバー)が日本のラーメン屋でラーメンを食べているセルフ動画をが紹介されます。正確には、その動画を扱ったJTBCという反日放送局のニュース映像です。(画面左上の映像)

 

20201217_chousenjin01

 

ニュースは、背後にいた客(日本人)がタレントを「朝鮮人」と言って侮蔑した、という内容です。これを見た韓国人の批判コメント(SNS?)も紹介されます。

しかし、この映像を見たある夫婦(妻が日本人)が、クレームのメールを送りました。

実際に、日本人客が発している言葉は、「北朝鮮人...インド人...金正恩可哀想」と断片的に聞き取れるからです。(そもそも、その日本人は、近くに韓流アイドルがいたことを知ってたんでしょうかね?w)

後日、JTBCは訂正するのですが、その訂正のしかたが面白い。

「実は、隣の日本人は実際にはこう言っており、どうやら高度な政治的な会話をしているらしく、嫌韓ではなないらしい」という内容の訂正をした後、メールを寄せてくれた夫婦への感謝の言葉で終わるのです。謝罪の言葉は一切ありません。

湿TVさんは「謝ったら、そこから攻められるから」だと説明しています。

悪質な切り取りは日本のメディアもよくやるので、これに対しては日本人も偉そうなことを言えませんが、そもそも、韓国のニュース番組が、「日本人が『朝鮮人』と言った! 嫌韓だ!」と反日を煽ることに驚きです。

 

さて、ここからはYouTubeのコメント欄の話ですが、私が、「朝鮮人」という言葉そのものは侮蔑語でも何でもないこと、Korean Peninsulaは「朝鮮半島」だし、キムチは嘗て「朝鮮漬け」と呼んでいたし、1948年の北朝鮮と大韓民国成立以前のKoreanは「朝鮮人」としか呼びようがないこと、日本語での「韓国人」と「朝鮮人」の使い分け、等を説明しようとしたのですが、何度書いても即消されるか、コメントが保存されても、アカウントを変えて見るとそのコメント(※)は見えません。

YouTubeの検閲です。

試しに、「テスト。李氏朝鮮は約500年続いた」と書くと、これはOK。しかし、「テスト。李氏朝鮮時代の朝鮮人は貧しい暮らしをしていた」は消されます。(投稿した後、コメント一覧を更新すると消えている。)

どうやら、「朝鮮人」はもはやNGワードのようです。

なぜか、「テスト。朝鮮民族は偉大だ」も消されました。

そう言えば、動画主さんも「朝鮮人」や「嫌韓」の韓国語はピー音で消しています。

そのままでは動画をupできないのでしょう。(それでも、広告は付かないようです。)

 

※このコメントは英語で書いて単語を韓国語と日本語で書いたのですが、10時間後くらいにどなたかが「イイネ」を押して下さったのを確認したので、一次的に保留されていたようです。同様の内容を日本語で書くと消されます。

I'm Japanese.
In Japanese, people who came from the Korean Peninsula before 1948 are called "朝鮮人" (조선인).
Korean people who acquired South Korean citizenship after 1948 are called "(在日)韓国人"〔(재일)한국인〕 and another people are called "(在日)朝鮮人"〔(재일)조선인〕.
The peninsula where both Korean live is called "朝鮮半島" (조선반도).
It is natural to call your language "朝鮮語"(조선 말), but we are FORCED to call the language "韓国語"(한국 말) or "ハングル" (한글), because Koreans who live in Japan dislike the word "朝鮮" (조선). Lately, we call Koreans who live in Japan "在日コリアン" (재일 코리안) because of the same reason.

 

 

 

  


 

 

 

2020/12/04

【韓国】親日認定された曾祖父のことで公式謝罪しなくてはならない国

李承晩TVの最新の動画「인물이야기 : "외증조부의 친일을 사과합니다."」(【機械翻訳】人物物語:「母方の曽祖父の親日をお詫びします」)。

自動字幕+機械翻訳で観たので詳細は不明ですが、コメントやweb記事(記事後述)で大凡の内容は掴めました。

俳優のカン・ドンウォン氏が、母方の曾祖父が李鍾萬(イ・ジョンマン)という親日人名辞典に掲載されている人物だということがネットで知られ、事務所がその記事を削除するよう依頼をしたことで炎上。結局、本人が謝罪したということが2017年にあったそうです。

李承晩TVでは、日本統治時代に鉱山王として知られた李鍾萬は、むしろ学校を建てたりした篤志家で、親日行為と言っても大したことはないという事を説明しています。

 

その親日行為の中でも馬鹿馬鹿しいのは、日本軍の慰問袋用に千ウォンを寄付したということで、韓国基準では「親日」になってしまうのでしょうが、問題は、「慰問袋」というものを韓国人は知らず、「慰安婦部隊の創設のために寄付した」と勘違いされたことです。

 

バカスwww

 

カン・ドンウォン氏は李鍾萬が曾祖父であることを隠していたわけではなく、むしろ、誇っていたのではないかと思います。(下記、カン・ドンウォン氏のWikipediaより引用)

 

母方祖母の先祖に独立有功者がいる[1]。母方の曽祖父・李鍾萬(イ・ジョンマン、1885-1977、蔚山出身)は日本統治時代の朝鮮で鉱山業の大同鉱業株式会社を創業、朝鮮最大の金鉱といわれた長津鉱山開発権を確保し、鉱山王と呼ばれた[1][2]。さらに、小作人に割安で土地を貸し、30年後には無料にするプロジェクトを掲げた財団法人大同農村社を設立したほか、私立大同工業専門学校(朝鮮総督府所轄。のちの金日成総合大学工学部)、大同出版社、大同鉱山組合などを設立した[2]。戦後は北朝鮮に渡り、鉱山開発に関わり、最高人民会議代議員も務めた[1][2]。愛国的起業家として金日成に評価され、没後は資本家としては唯一平壌の愛国烈士稜に埋葬された[2]。韓国では民族問題研究所の『親日人名辞典収録者名簿』に掲載されていることで、日本統治時代の曽祖父の親日的行為を批判されたカン・ドンウォンは、「恥ずべき過去」であったとして2017年に謝罪した[1]。

 

実際に、朝鮮総連系の『朝鮮新報』では彼を「美しくお金を使う人」と称賛している記事がありました。

http://korea-np.co.jp/j-2010/06/1006j0730-00001.htm
李鍾萬-植民地下の夢と現実- 大同コンツェルンと実業家

 今年は朝鮮が日本の植民地となった年から100年目になる。植民地というと暗い生活空間を思い浮かべがちであるが、当然のごとく民衆には夢があり日々の喜怒哀楽がある。そして、そこにはヒーローもいた。

美しくお金を使う人
李鍾萬

 人生七転び八起きという。文字どおり、いやそれ以上に植民地時代にあらゆる事業に手を染めては失敗をくりかえし自身の夢を実現するために奮闘した人物がいた。

 1937年5月12日のことである。ソウルで「大同鉱業株式会社」創立の記者会見が行われたが、そこに参加した記者たちはあっと驚く話を聞くことになる。それは会社の事業とは別に50万円(現在の約50億円)を投じて「財団法人大同農村社」を設立するというもので、具体的には会社の土地を小作人に収穫の3割で貸し、30年後には無料とする、さらに小作人は自治会を結成し教育・衛生・文化全般の問題を決定するというものであった。

 この夢のような構想を語った人物こそ朝鮮実業界に彗星のごとく登場し、人々から「美しくお金を使う人」と賞賛された実業家・李鍾萬であった。(以下略)

 

北朝鮮の方がまともとはw

 

それにしても、一部の勘違いはあるとはいえ、こうして一人の人をよってたかって叩く韓国社会は恐ろしいものがあります。

もちろん日本でも「炎上」はしばしば起こりますが、あるキーワード(この場合は「親日」)だけに反応するなどということは起こらないでしょう。前述のように、むしろ称えられる部分の方が大きく、韓国社会に於いて、少なくとも「賛否両論」があってもいいはずです。

 

最後に、尹致昊(ユン・チホ)という、日本統治時代の知識人の語録をご紹介します。(カイカイ反応通信『韓国人「韓国人を完全に見抜いていた朝鮮の政治家ユン・チホの語録をご覧ください」』より)

 

  • 「韓国人は10%の理性と90%の感情で生きている」
  • 「韓国人たちは頭が空っぽなのに、優秀なふりをしたくて体が熱くなる」
  • 朝鮮人の特徴は、人がモンソクマルイ(人をむしろに巻まいて袋叩きにする刑)をされると、その人について調べようともせず、みんな一緒に無条件で袋叩きにする。私がもしそのような声明書を発表すれば、デモが鎮静化するどころか、むしろより刺激を与えて逆効果になる」
  • 「韓国人たちは、自分の過ちを認めるよりも意地を張って弁明に汲々とする。それでこそ自身のメンツ、自尊心が保たれると勘違いしている」
  • 「自分と違うものを認めない者たちが民主主義国家を経営するだと?」
  • 「弱者は、果たして善良なのか?」

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

http://ekr.chosunonline.com/site/data/html_dir/2017/03/05/2017030501647.html
カン・ドンウォン「曽祖父めぐる騒動でショック…反省と謝罪」
2017/03/05 22:20

 俳優カン・ドンウォンが母方の曽祖父に関するインターネット上の記述の削除を要請したことについてコメントした。また、曽祖父に対する自身の考えも語った。

 カン・ドンウォンは3日に曽祖父に関する記述の削除を要請して騒動になって以降、初めてコメントしたものだ。カン・ドンウォンは5日、所属事務所YGエンターテインメントを通じ、「曽祖父をめぐる騒動」について次の通り説明した。

 カン・ドンウォンは「曽祖父に関連して物議を醸したことをおわびいたします。母方の祖母が独立有功者の子孫なので、母方の曽祖父に対する美談を自然と受け入れていました」として説明を始めた。

 カン・ドンウォンは曽祖父の親日派騒動について「混乱したし、ショックも大きかった」と言った。そして、曽祖父の間違った行動を正確に認知しておらず、皆さんに謝罪すると述べた。

 カン・ドンウォンは「私も俳優である前に大韓民国の国民の一人として、間違った歴史を正さなければならないし、再びそのような恥ずかしいことが繰り返されてはならないと考えてきました」と語り、曾祖父の恥ずべき過去を知ることになり、今回の件で歴史についてさらに勉強し、反省します」と重ねて謝罪した。

 カン・ドンウォンは2007年にあるメディアとのインタビューで、自身の母方の曽祖父が李鍾万(イ・ジョンマン、1885-1977)であること公表していた。李鍾万は韓国・蔚山出身で、日本による植民地支配時代に大同鉱業株式会社の社長を務めた。植民地支配からの解放後(日本の終戦後)には自ら北朝鮮に渡り、北朝鮮の最高人民会議代議員を務めた人物として知られる。

 

  


 

 

 

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

同窓会・同窓生便り 我が町 【cocolog】 cocologの楽しみ方 【cocolog】 新システム対応 【cocolog】FC2拍手ボタンを記事に貼る方法 【cocolog】Request URI too Largeエラー 【cocolog】webページの活用 【cocolog】アクセス解析・SEO 【cocolog】カテゴリの管理 【cocolog】ココログにfaviconを設置する方法 【cocolog】マイフォトの活用 【cocolog】今更きけないココログ 【cocolog】画像の管理 【cocolog】知っていると便利なHTMLテクニック 【IT】 パソコン・インターネット一般 【IT】win10 【IT】win8/win8.1 【IT】 Excel条件付き書式 【IT】 Excel/Word一般 【IT】Excel/Wordでお絵かき 【IT】Excel/Wordで画像の背景を透過させる 【IT】@niftyマイキャビ 【IT】フリーソフト 【IT】CANONプリンタ MG7130 なんちゃってドールハウス1 なんちゃってドールハウス2 ┗ 【HowTo】塗料・塗装道具 ┗【HowTo】クリヤーボンドの希釈 ┗【HowTo】クリヤー系ボンドの違い ┗【HowTo】ボンド水 ┗ 【HowTo】テーブルの作り方 ┗ 【HowTo】レンガ壁の作り方 ┗ 【HowTo】椅子の作り方 ┗ 【HowTo】畳の作り方 ┗【HowTo】100均フォトフレームで壁掛けドールハウスを作る ┗【HowTo】100均フォトフレームで飾り台を作る ┗【HowTo】template Maker ┗【HowTo】ミニチュア製作に役立つWord/Exceのテクニック ┗【HowTo】筆の洗浄 ┗【HowTo】資材・塗料の整理 ┗ 【テーマ別】『大草原の小さな家』シリーズ ┗【テーマ別】『ローラの小さな家』を作る ┗【テーマ別】ハロウィン ┗【テーマ別】クリスマス ┗【テーマ別】クラインガルテン ┗【テーマ別】八百屋(greengrocer) ┗【テーマ別】公園のカフェ ┗【テーマ別】朝食・モーニングセット ┗【テーマ別】木骨の家/ビアハウス ┗【テーマ別】パン屋 ┗【テーマ別】田舎のパン屋(1) ┗【テーマ別】正月 ┗【テーマ別】節分 ┗【テーマ別】端午の節句 ┗【テーマ別】夏の風物詩 ┗【テーマ別】中秋の名月 ┗ 【道具】ノコギリ・カッティングガイド ┗【道具】おもちゃの機織り機 ┗【道具】デジタルスケール ┗【道具】パイプカッター ┗【道具】ピンバイス、ミニドリル ┗【道具】ヘッドルーペ ┗【道具】リューター ┗【道具】粘土工作の道具 ┗【道具】粘土用ニス ┗【道具】撮影ボックス ┗【素材】スイーツデコソース ┗【素材】スチレンペーパー、スチレンボード ┗【素材】ダイソー樹脂風粘土、その他粘土 ┗【素材】デコモール ┗【素材】ドールハウスでよく使う木材 ┗【素材】フローラルテープ ┗【素材】ミラーシート ┗【素材】モデナペースト ┗【素材】レジン ┗ 【ドールハウス関連書籍レビュー】 ┗ 【分野別】家具 ┗ 【分野別】キッチン用品 ┗ 【分野別】食器・容器 ┗ 【分野別】ソーイング・手芸 ┗ 【分野別】本・雑誌 ┗ 【分野別】 庭・ガーデン ┗ 【分野別】ガーデン小物・ファニチャー ┗ 【分野別】植木鉢・コンテナ ┗ 【分野別】植物 ┗ 【分野別】おせち料理・和食 ┗ 【分野別】洋食・中華 ┗ 【分野別】和菓子 ┗ 【分野別】洋菓子・パン ┗ 【分野別】飲み物 ┗ 【分野別】野菜・果物 ┗ 【分野別】その他食品 100円ショップで見つけたもの 【プチ工作】100均アイテムリメイク 【プチ工作】牛乳パック・日本酒パックで簡単カルトナージュ 【プチ工作】未分類 外国語の学習 【生活】大掃除・中掃除・小掃除 【生活】地デジの対策 【生活】災害/東北関東大震災関連 【生活】金融・投資・税金 【生活】豆知識・その他覚書 【野鳥観察】バードフィーダー(鳥の餌台) ガーデニングっぽい何か (´-`).。oO(ブログ主のつぶやき) 【マスコミ・メディア】 【毎日新聞】チャイナウォッチ 【国内政治】 テロ等準備罪 【国内政治】 加計学園問題 【国内政治】 加計学園問題(愛媛県文書) 【国内政治】 加計学園問題(文科省メモ) 【国内政治】森友問題 【国内政治】IR 【国内政治】外国人労働者 【国内政治】一般 北海道(アイヌ問題) 北海道(一般) 沖縄・裁判(その他裁判) 沖縄・裁判(孔子廟裁判) 沖縄(ハンセン病問題) 沖縄(一般) 沖縄(基地問題) 沖縄(歴史) 沖縄(首里城火災) 【国内】その他国内問題 【国内】あいちトリエンナーレ 【歴史戦】一般 【歴史戦】尖閣諸島・竹島・日本海・北方領土 国連の実態 【国際】北朝鮮一般 【国際】北朝鮮拉致問題 【国際】徴用工問題 【国際】慰安婦問題(挺対協・正義連) 【国際】韓国・反日種族主義 【国際】韓国・輸出管理 【国際】韓国一般 【国際】韓国(金正恩のリムジン密輸) 学園浸透スパイ事件とその時代 【国際】中国 【国際】台湾(一般) 【国際】台湾人日本兵戦後補償請求訴訟 【国際】その他 憲法9条・改憲 皇室制度 【政治】未分類 武漢肺炎・新型コロナウイルス 【社会問題】 龍田小・中のAmazon欲しい物事件 【社会問題】その他 【電力・エネルギー問題】 test temp スポーツ 住まい・インテリア 文化・芸術 旅行・地域 映画・テレビ 書籍・雑誌

counter since 2018/12/25

  • Flag Counter

    FLAG Counterのロゴをクリックすると、更に詳しい分析結果が表示されます。
    ココログのアクセス解析よりは少ない数字になるようです。
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
2021年3月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

sponsored link


ドールハウス工作おすすめ参考図書

カテゴリー

無料ブログはココログ