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2024/04/14

【日本統治時代】朝鮮の1936年の児童遊技場、解放直後の道路/台湾の日本統治時代の橋

下は『百年歴史』さんの動画です。1936年の児童遊技場で遊ぶ子供達が映っています。

 

일제강점기 조선의 어린이들 - 음향효과 볼륨업 Japanese Subtitle.

 

音声はBGMのみで、ナレーションや字幕はありません。できればYouTubeで視聴して、「高評価」ボタンも押して下さる様、お願いします。

 

* * * *

続いては、『百年歴史』さんのブログをご紹介します。画像を1枚お借りしました。〔下記ブログ内に他の写真もあり

 

20240414_korea01

 

ブログ冒頭には、

朝鮮戦争が行われていた時期に撮影された写真たち。
ある米兵が個人的に撮影したものを、先日韓国に寄贈して公開されたものです。
都市基盤施設に注意しながら写真をご覧ください。

とあります。

 

1945年に解放されて、1948年に大韓民国の成立。その2年後には朝鮮戦争が始まるので、ほぼ解放時の状態と言っても良いでしょう。

道路や歩道が驚くほどきれいです。

ちなみに、京城(ソウル)で初めてのアスファルト舗装は1921年、南大門通りの170間(1間=1.818mなので、310m程)だそうなので〔〕、写真の当時、朝鮮総督府前の道路などは既にアスファルトが敷かれていたかと思います。

※『百年歴史』さんYouTubeのコミュニティ投稿によると1921年7月12日付『東亜日報』記事

上掲の写真を含む他の写真がどのように公開されているかは分かりませんが、百年歴史さんが仰るには、日本統治時代の、例えばインフラ整備が為されていた事が分かる様な画像はわざと(?)画質を悪くしていたり、小さな画像でしか公開されていない事が多いそうです。 

 

* * * *

これを見て、最近台湾で話題になった日本統治時代の橋を思い出しました。

地震による落石で1972年に造られた橋が落ちたにもかかわらず、日本時代(1930年)に造られた橋はビクともしなかった、と言う様に報道された橋です。

 

20240414_taiwan01

 

もちろん、たまたま落石の被害に遭わずに済んだから無事だったとも言えます。

面白いのは、上の画像の囲みの写真を見ると、地震前は草木に覆われて、存在自体が忘れられていたようで、台湾人も、地滑りによって古い橋が忽然と現れたので驚いたとの事です。

当局が調査したところ、強度もさほど問題無いとされ、多少の補強工事を施して、臨時の迂回路として時間帯を限定して使用されているそうです。小型車のみ通行可ですが、それでも、これ以外の迂回路は無いので重宝しているそうです。

 

20240414_taiwan02

 

  

朝鮮の道路、台湾の橋、それだけでなく、両地に残っている日本統治時代の建造物を見るに、当時の日本人が造った物がどれほど堅牢かがわかります。

それに引き換え、最近は...。嘆かわしい限りです。

 

* * * *

下は会員向け〔※無料会員登録要〕の産経のコラムです。

 

百年老橋とは前述の橋の事ですが、ナポイ劇場というのは?

記事によると、 ウズベキスタンの首都タシケントにそびえる壮麗なオペラハウス「ナボイ劇場」は第二次大戦後、旧満州で旧ソ連軍の捕虜となった約400人の日本人部隊が建設に携わったものだそうです。

1966年4月に起きた大地震にもビクともしなかったので、以来「地震が起きたら日本人の造った建物に逃げ込め」が国民の合言葉になった、という事が書かれています。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

2023/12/16

【中国人お断り】台湾人も協力。迷惑中国人YouTuberを撃退した方法とは【西太后】

公開:2023-12-16 10:44:48  最終更新:2023/12/16 15:02

今年の9月頃に、新宿のある居酒屋が「中国人へ 当店の食材は全て福島県産です」という看板を店の前に出したのを中国人YouTuberが店で揉めている様子を配信し、話題になりました。丁度、福島原発処理水の海への放出を巡り、中国人の反日感情が高まり、(中国国内かららしき)イタズラ電話が市役所などに殺到していた時です。

今回、東京の東中野にある中華料理店が、中国人の入店を断る旨の張り紙を出したところ、同じYouTuberが再び配信し、それがきっかけとなり、他のYouTuberも来たり、店に嫌がらせの電話がひっきりなしに掛かったり、口コミ情報に低評価が書き込まれるなど、同じような事が起きました。

念の為書いておくと、YouTuberの傍若無人な振る舞いに怒る中国人も多かったようです。

また、このYouTuberも、元々迷惑系YouTuberという訳ではなく、たまたま反日動画が好評だったので〔=アクセス数が増えて収益になる〕、調子に乗っているようです。

 

ちなみに、前者の店は、普段から日替わりのお薦めなどを書く黒板にジョーク交じりの事を書いているので、それもちょっとした時事ネタだったそうです。

後者は、店主の奥様が病気の為、現在中国で流行っているマイコプラズマ肺炎を気にしての物だそうです。〔X情報

事の是非は兎も角、ここでは撃退方法と顛末を書いておきます。

 

事態を知った台湾の方が、入口に、「8964」(天安門事件は1989年6月4日)等の天安門事件を連想させるもの、プーさん(習近平を揶揄する象徴)、香港独立を支持するもの、更に「台湾独立」〔〕を掲げておくと、台湾人のお客が行くと、「X」で助言しました。

※中華人民共和国からの独立では無く、中華民国体制からの独立を意味し、現状維持派の台湾人も当然、中国による「併呑」には反対だが、中国は「台湾独立」派をより強硬な立場と見なす。

 

結果、このような張り紙を貼ったようです。〔この後、もっと増えていました。

 

20231216_meiwaku_youtuber

▲拡散されている画像で、どなたのオリジナルかは分かりませんが、お借りします。

 

これがどのように効果を発揮したのかと言うと、YouTuberが店を映すと、この張り紙も映り込む為、このYouTuberに反発する中国人が「政治的理由で通報」してくれ、動画が削除されたのだそうです。

これらのメッセージは、基本的には中国共産党を批判する内容であり、中国人そのものを侮蔑する訳ではないので、良い方法だと思います。

また、この件を知った有志がお店に食事に行き、料理を宣伝しました。

 

これらの事は店が単独ではできない事ですが、今後このような事態になったら、SNSで助けを求めれば、皆が協力して助けてくれるのですから、勇気を持って相談して欲しいと思います。

 

なお、店が特定の客の入店を断る事を禁じる法律は無いそうで、基本的には「店の権利」です。民法第521条に規定する「契約の自由」に基づき、店の営業にとってふさわしくないと考えられる客に対しては、店側の裁量で入店拒否できるというのが一般的な考え方、だそうです。

ただし、障害者の入店を拒否する場合には障害者差別解消法に抵触するので注意する必要があります。

また、旅館業に関してはカスタマーハラスメント(迷惑客による嫌がらせ)対策として、12月13日より『旅館業法』が変更されました。

 

【追記】この件が台湾のテレビでも紹介されたようですw

 

20231216_meiwaku_youtuber02

大いなる妙手!入口に8964と香港独立、台湾独立を貼り、
日本レストランが「小粉紅」を撃退
台湾人が巧妙なトリックを思いつき騒動を巻き起こし、ネット有名人を店から排除

機械翻訳ですが、上のようなことが書いてあるようです。

「小粉紅」というのは、直訳すると「ピンクちゃん」だそうですが、Wikipediaによると

中華人民共和国における1990年代以降に生まれた若い世代の民族主義者のこと。 この語は「ピンクちゃん」という意味で、1990年代以降に生まれた世代は、「未熟な共産主義者」であり「完全に赤く染まっていない」という意味で中国語で小粉紅とよばれる。

のだそうです。

 

20231216_meiwaku_youtuber03

 

以下、関連記事等を貼っておきます。

 

* * * *

https://shueisha.online/newstopics/159370
集英社オンライン:<処理水放出>『中国人へ 当店の食材は全て福島産です』と看板に書いて炎上した飲食店店主が「ジョークだった」と心情を告白。一方、日本在住の中国人からは「普通に魚食べてます」の声も

2023.09.02

なぜこの居酒屋は、このような内容が書かれた黒板を掲示したのか。8月31日、店主が取材に答えた。
「あの看板は、ちょうど福島の処理水放出のニュースがあった翌日の25日に立てかけたんだけど、ちょっとした俺のジョークだったんだよ。あそこの看板には日替わりでジョークを交えたカキコミをしていて、その日も軽い気持ちで『当店の食材は全て福島県産です』って書き込んだんだけど、そんなの嘘に決まってるじゃん。あれは、俺がよくやる時事ネタのひとつだよ。...

***

https://www.recordchina.co.jp/b925392-s25-c30-d0052.html
Record China:「中国人お断り」の日本の店に中国人が相次ぎ迷惑行為
2023年12月14日

東京都内の「中国人お断り」の店に中国人男性が突撃する動画が物議を醸したが、また別の中国人男性が同店を訪れる動画をSNSに投稿し、論争となっている。

「油頭四六分」の名で活動する中国人インフルエンサーが先日、都内の中華料理店に中国人や韓国人の入店を拒否する貼り紙が貼られていることを問題視。店に入り、店員を問い詰める動画が物議を醸した。「油頭四六分」は「中国人の入店拒否は違法だ」と主張し警察に通報するも、最終的に警察官からその場を離れるように促された。

騒動が物議を醸す中、13日には別の中国人インフルエンサー「東瀛小野亮」が同店を訪れる様子を撮影した動画を投稿。「東瀛小野亮」は閉店中の同店を訪れ、シャッターをたたきながら「ドア開けて!ドア開けて!おい!おい!」などと叫び、札束を投げつけて「中国人を入れないのか?」などと声を上げた。

この動画に中国のネットユーザーからは「よくやった」「店をぐちゃぐちゃにしてやれ」などと称賛する声がある一方で、「マジで中国人の恥さらし」「やめてくれないか。これは誇れることではなく恥ずかしいこと。あなたの散財とヒステリーは中国人を代表するものではない」「振る舞いがうそくさい」「再生数を稼ぎたいだけ」といった批判の声が多かった。

また、「なぜ店が開いている時間に行かないのか」「店が開いている時に同じことをしてみてくれないか」「この前の彼は少なくとも店に入って批判したが、君は何がしたいんだ」などとツッコミを入れるユーザーも少なくなかった。

「油頭四六分」の動画が物議を醸して以降、複数の中国人が同店を訪れて迷惑行為を繰り返している。

 

 

  


 

 

 

2023/09/17

【台湾】飛虎将軍だけではない、台湾で神として祀られた2人(3人)の日本兵

『チャンネル桜』台湾チャンネルで知った話を覚え書きとして記録しておきます。

台湾で祀られてる日本軍人は、「飛虎将軍」の杉浦茂峰少尉は比較的有名ですが、その飛虎将軍廟から直線距離で9km程北に、2人の日本兵のご神体が祀られた廟があるそうです。そこには、神像こそありませんが、もう一人の日本兵も供養されています。

詳しくは下の動画を見て頂きたいのですが、そこで廟を管理する地元の方は2人の名前すら知らずに昭和29年(1954年)以来廟を建てて供養し続け、昨年末、移転を機会に建て直したそうです。

 


【台湾CH Vol.489】感動秘話!日本少年兵を祀る廟が台南に今も / 映画『KANO』ゆかりの地 [R5/9/16]

 

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▲「飛虎将軍」こと杉浦茂峰少尉

 

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▲「台南市 日本將軍廟」でGoogleMapを検索すると「本将軍前大士殿」が見つかる

 

日本将軍前大士殿」ではなく「将軍前大士殿」と呼ばれるのは、国民党政権下の反日政策で、「日本」というのを隠したからではないかと言う事でした。

 

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▲もう一体、「水流仙姑」という女性の神様も祀られている。

 

廟を管理しているのは「溪埔寮安宮」〔※字幕ではそうなっていたが、検索すると「西港區溪埔寮安宮」が見つかる〕という道教の寺院だそうで、2人の日本兵も道教の形式で祀られているのだと思います。

 

今回、キャスターの永山英樹氏が「溪埔寮安漢宮」に行って、そこに保管されている多くの日本語の資料を読んで分かったのは、神像が祀られているのは、大原泰雄と繁田稔という若くして亡くなった飛行兵で、最後の訓練フライトで米軍の艦載機P-47に撃墜されたのだそうです。昭和20年(1945年)2月10日の事でした。

 

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▲日本大将軍と日本二将軍像

 

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もう一人、同じ日に亡くなった谷山利之という方は写真のみが飾られているそうで、この方のおじさんが台湾に住んでいたので、写真を奉納して供養していたそうで、今でも廟の中にその写真があります。

 

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永山氏がこの廟を探すつもりで調べていた所、たまたま台湾のメディア『聯合報』が廟の完成を報じていたそうで、何か「縁」を感じたそうですが、そこには ”谷山さんと杉浦さん(飛虎将軍)が祀られている” と書かれていたそうで、恐らく、地元の人に取材して記事を書いたのでしょうが、本当に誰が祀られているのかも分からずに供養してくれていたわけです。

溪埔寮安漢宮に保管されている資料は日本語で書かれていたので読めなかったようですが、今回の旅で永山氏が資料を読み解いて、地元の方も事実を知ったと喜んでいたそうです。

 

【参考】永山秀樹氏の9月6日付けFacebook投稿

 

* * * *

なお、この話題とは関係ありませんが、『中央フォーカス』社に、澎湖島で旧暦7月に外国人軍人の霊を慰める行事がある事を知ったので記録しておきます。

https://www.cna.com.tw/news/aloc/202309100164.aspx
澎湖首推中元普渡盟軍桌 促尋大航海時代記憶
2023/9/10
https://japan.focustaiwan.tw/travel/202309110004
離島で鬼月の行事 外国人軍人の霊を供養 日本人には精霊馬捧げる/台湾
2023/09/11

(澎湖中央社)離島・澎湖県の馬公市で10日、旧暦7月の鬼月の伝統行事「盟軍卓」が行われた。かつて戦争で命を落とした外国人軍人の霊を慰めるために供え物を用意する行事で、日本人向けには精霊馬などが捧げられた。

澎湖は台湾海峡の東に浮かぶ。大航海時代から世界との交流が始まり、さまざまな貿易が盛んに行われた。だが、波風が強く、船の沈没事故も多かった。

市内にはオランダ統治時代に建てられた要塞の遺跡がある他、日本統治時代に馬公港で沈没した旧日本海軍の防護巡洋艦「松島」の犠牲者を慰める慰霊塔や清仏戦争で殉職したフランスの軍人の記念碑が設置されている。軍艦「松島」は日清戦争で連合艦隊旗艦として活躍したが、1908(明治41)年4月、遠洋航海を終え馬公港に寄港する際、火薬庫の爆発により沈没した。

この日、日本やオランダ、フランスの料理人が腕を振るい、それぞれの国の料理を作った。日本の料理人はナスとキュウリで精霊馬や精霊牛を作り、殉職した将兵をもてなした。

旧暦7月は「鬼月」と呼ばれ、先祖や無縁仏の魂があの世からこの世に戻るとされる。今年は8月16日から9月14日まで。台湾には鬼月にごちそうを用意し、無縁仏の魂をもてなす風習がある。

 

 

  


 

 

 

2023/06/13

【台湾】台湾の高校や小学校で日本統治時代をどのように教えているか

以前、たまたま調べものをしていたら、台湾の某高級中学校(日本の高等学校に相当)の「歴史」科目のPDFテキストを見つけました。

テーマは「日本統治時代の経済発展」で、下はその内の「要点整理」と「基礎建設」のページをJPG化したものです。漢字なので大凡の意味は掴めるかと思います。

Files001
Files002

人口調査や土地調査事業、鉄道の敷設など、朝鮮でも似た様な事をやっていた訳ですが、韓国では、これらは全て「収奪のため」にされています。

 

更に検索したら、小学生向けの動画も見つけました。

内容は上記と殆ど同じですが、その動画には「日本の植民地経済の功罪」もまとめられていました。〔國小社會 日治時期的經濟發展

 

20230613_taiwan_text

 

翻訳ツールで読んでみると、下記の様に書かれているようです。

👍功:

  • 鉄道路線の拡充、米や砂糖の増産、郵便や通信サービスの普及などにより、台湾の人口は増加した。
  • また、経済の進歩は社会の安定をもたらした。

👎罪:

  • 経済的な恩恵のほとんどは、日本人あるいは日本人のためのものであった。
  • 総督府の規制や制限の多くは、台湾の人々の権利を失わせる結果となった。政府の多くの法律や制限は、台湾の人々の権利の喪失を引き起こした。

 

朝鮮もこれと同じようなものでしょう。

韓国でこのように併合時代を教えられる日は来るのでしょうか...

 

 

(´・ω・`)無理だな(確信)

 

 

  


 

 

 

 

【台湾】台湾の都市伝説「騎龍観音」の謎、60年ぶりに解明

数週間前の台湾メディアの記事に『「騎龍観音」、東京国立近代美術館で展示 台湾でかつて流行 注目集める』〔※記事後述〕というものがありました。

下の、東京国立近代美術館のFacebookの投稿を見て、多くの台湾人が驚いた、という話です。

 

20230613_kannon01

 

これが面白かったので、覚え書きとしてブログに書き留めておきます。

 

東京国立近代美術館が投稿した画像が台湾人を驚かした理由とは...

台湾では1960年頃に下の様な写真が出回り始め、これが、本物の観音様が降臨した写真だという都市伝説があったからです。つまり、上の原画を見て初めて、台湾人は「騎龍観音」の写真の謎を知ったのでした。

 

20230613_kannon02

 

確かに、元々の絵が写実的なので、それを写した写真を見て、現実に現れた観音様を写したものだと信じるのも分かる気がします。

以下は『台湾中央フォーカス・日本語版』の記事です。

 

* * * *

https://japan.focustaiwan.tw/photos/202305255001
「騎龍観音」、東京国立近代美術館で展示 台湾でかつて流行 注目集める
2023/05/25 17:23:32

東京国立近代美術館で展示されている原田直次郎の「騎龍観音」〔※中国語Wikipedia:騎龍觀音像〕。これを告知するフェイスブックの投稿が台湾から注目を集めた。この絵はかつて台湾で流行し、「都市伝説」として記憶している人が多いためだ。

龍の背に乗った観音菩薩が描かれたこの絵は、洋画家だった原田が1890年に手掛けたもので、2007年には重要文化財に指定された。

台湾では1960年代から80年代にかけて流行したとされる。「水害の際、観音菩薩が上空に現れた」「パイロットが撮った写真に観音菩薩が写り込んでいた」などとして宗教団体が広めたとみられる。大量に印刷されて出回り、著作権を巡って裁判にかけられたこともある。

同美術館の投稿には繁体字で「台湾では多くの人がこの絵を知っている」「家の近くにあるベジタリアンの麺店の壁にかかっている」「台湾で展示してほしい」などのコメントが寄せられた。

※中国語版関連記事:日本美術館展畫作 八七水災觀音顯靈傳說起源
2023/5/24 21:23(5/24 22:06 更新)

* * * *

 

上記記事で「水害」とあるのは、「八七水災」〔※中国語Wikipedia〕と呼ばれる1959年の大水害だそうですが、この時に大肚溪〔大肚河〕の上空に観音菩薩が顕霊したと、ある宗教団体が言い出し、その噂が写真とともに広まったのだそうです。そして、現代でもお札かご神体のように祀っている人がいるので、台湾人にとっては馴染みのあるものだそうです。

 

台湾の宗教事情を調べてみた所、2005年の米国中央情報局の調査では、仏教:35.3%、道教:32.5%、その他民間信仰:10%、キリスト教:3.9%...。中央研究院社会学研究所が2019年に発表した調査では、台湾の伝統的な民間信仰を実践している人が49.3%、仏教が14%、道教が12.4%、無宗教が13.2%となっているようです。

この内、道教は現世利益を求める宗教で、日本でも関帝〔※関帝廟の関羽〕が有名ですが、他にも媽祖(まそ:航海・漁業の守護神)や福禄寿など、その姿が具体的にイメージできる神々を持つ多神教です。〔※Wikipedia:道教の神

下は媽祖像ですが、どこか観音像にも似ています。

 

馬祖南竿鄉媽祖宗教園區之媽祖巨神像
出典:Wikipedia

 

日本人も台湾人も、「縁起物」が好きな所が似ている様に思います。

 

原田直次郎と騎龍観音について興味がある方は、山田五郎氏が『山田五郎 オトナの教養講座』の「【原田直次郎】油絵でなぜ観音様を描いた?【明治の洋画家シリーズ第2弾】」という動画をどうぞ。

キリスト教のマリア像にも繋がるのだそうです。

個人的には、この記事のお陰で、この動画に辿り着いた事が最も大きな収穫でした。

 

 

  


 

 

 

 

2023/05/25

【台湾】神様として祀られた日本人巡査【義愛公】

Twtterで台湾の方があるニュースをツイートされており、サムネイルの画像には浴衣を着たお祭りのような様子が映っていました。

記事のタイトルは「影音/日本巡查變台灣神明 東石舉辦義愛公開基百年祈安巡禮大典」。

字面でもだいたい意味は分かりますが、「日本の巡査が台湾の神様に」、 「開基百年大祭」のような事が書かれています。

そこで調べたら、下の記事が見つかりました。

現在も慕われる日本人巡査――「義愛公」を考える
2020.07.25

片倉 佳史
台湾西部の沿岸部。ここに「義愛公」(ぎあいこう)と呼ばれる祭神が存在する。祀られているのは一人の日本人警察官である。今回は日本統治時代に起こった悲劇と奇跡、そして、台湾の「文化景観」としての義愛公を見つめてみたいと思う。

 

義愛公として祀られているのは森川清治郎(もりかわせいじろう)巡査で、集落の「守護神」とされているそうです。

森川清治郎は1861年、神奈川県に生まれた。本籍地は久良岐郡戸太町字戸部266番地(現在の横浜市西区)。1897(明治30)年に台湾へ渡ったとされる。巡査となったのは同年5月4日で、6月3日には台南州に赴任し、打猫(現在の民雄)、大埔林(同じく大林)、新巷(同じく新港)などを経て、1900(明治33)年8月に東石の鰲鼓(ごうこ)派出所に着任した。

当時、台湾統治の末端は警察官が担っていた。治安の維持のみならず、衛生管理や各種命令の伝達、政策の執行など、多くの職務を兼ねていた。さらに、農業指導、道路の補修や敷設に伴う労役管理、各種調査、職業訓練、浮浪者の収容などもあって、多忙を極めていた。

副瀬村は半農半漁の寒村で、住民の大半が文盲だった。森川は教育の重要性を強く感じていたようで、廟に「寺子屋」のような書房を設け、自らが教師となって読み書きや算術を教えた。

また、栄養状態が悪く、疫病が蔓延(まんえん)しやすい土地だったので、衛生観念を人々に植え付けることを不可欠と考えたようである。病に罹(かか)る者がいれば、薬や医者の手配をし、時には、森川自身が治療にあたることもあった。

 

1902(明治35)年、村人に溶け込んでいった森川巡査に悲劇が起こります。ある事がきっかけで森川巡査は自殺してしまうのです。〔詳しくは上記記事をお読み下さい。〕 そして20年経ちました。

 

1923(大正12)年の2月初旬、台湾南部に流行性脳髄膜炎が蔓延した。台南一帯を恐怖に陥れ、南は麻豆、新化、北は北港からと、猛威は徐々に副瀬村に迫ってきた。

同年2月7日、保正〔※警察の補助員〕を務めていた李九という者の夢の中に、黒マントを羽織った巡査が現れた。〔...〕

夢の中で、巡査は「生水や生ものに注意せよ」と語ったという。そして、いくつかの場所と具体的な予防策を伝えた。翌朝、李九はすぐに村民を集め、指示に従って対策を施した。すると、病魔はこの集落を避けるように沈静化したという。

 

村人はすぐに黒マントの巡査は森川巡査だと分かり、死後もなお村を愛して守ってくれていると感謝して神像を作って祀ったと言う事です。

 

20230524_morikawa

 

 

こういうのを読むと、韓国人(朝鮮人)と台湾人の違いは何だろう...と考えざるを得ません。

韓国の反日映画などでは、日本人巡査が悪く描かれていたり、国語の教科書には下のような作品が掲載されていたりします。

 

20230535_korean_text

 

歴史教科書ではなく、国語の教科書というのがミソで、文学作品としてなら史実でなくとも問題ありません。こうやって反日を刷り込んでいるようです。しかし、この本によると、40%は朝鮮人警官で、警察官は人気の職業で羨望の的だったそうです。

 

恐らく、警察官は小うるさい存在であり、怖くもあったのでしょう。上記本によると、警察官は朝鮮人の間で人気の職業で羨望の的で、40%は朝鮮人警官だったそうですが、戦後、民衆の怒りの矛先が警察官に向けられ、暴走した民衆に襲われたりしたそうです。襲われるのは朝鮮人の警察官の方が多かったとも書かれています。

 

それにしても、朝鮮半島に赴任した日本人と台湾に赴任した日本人とで、それ程差があったのでしょうか。

以下は以前のエントリーに書いた物の再掲です。

* * * *

ブログ主の手元に『日本帝国と大韓民国に仕えた官僚の回想』(任文桓・著)という本があります。

著者は1907年生まれなので、普通学校の時(12歳)に3.1〔※1919年の3.1独立運動〕を経験しています。彼は「万歳運動」を良いことだと考え、友人と3人で太極旗を作り、小高い丘の上で何度も万歳を叫んだところ、刑事がやって来て警察署に連れて行かれます。警察署長は3人に自分の名前と父親の名前を黒板に書くように命じます。3人は、父親の名前を自分の名前より高い位置に書きました。すると、それを見た署長は笑いだし、「教育が行き届いている。帰って宜しい。」と、許してくれました。それから数日後、学校の校長が3人を呼び出し、「警察署長が褒めていた」と言って、飴玉をくれたそうです。

* * * *

 

小さな良いエピソードがあっても、そんな事を口に出せない雰囲気の中で忘れ去られてしまったのかもしれません。

 

 

  


 

 

 

 

2023/04/24

【台湾・朝鮮】1933年(昭和8年)に朝鮮を視察した台湾人【キムチわさび動画】

1933年10月4日、台湾から3名の視察団が朝鮮に向け出発しました。『キムチわさび』の動画で紹介される記事〔下図〕はその日の『台湾新民報』に掲載されたものです。

 

20230424_19331004_taiwan

 

台湾が記録した本当の朝鮮 /대만 학자가 목격한 진짜 조선(2023/04/23)

 

オリジナルの新聞記事画像は中央研究院臺灣史研究所のサイトにありますが、その記事と、彼らが朝鮮見たものを2023年1年10日付けで『中央廣播電臺』(台湾国際放送)が韓国語で紹介しました。〔上記サイトには視察中の3人の写真もあります。

キムチわさびさんの動画は、正確に言えば、その台湾国際放送の記事を紹介するものです。〔記事後述

Wikipedia『台湾の歴史』によると、1933年当時は、日本国内で大正デモクラシーが勃興する時期に台湾でも地方自治要求が提出され、... 台湾議会設置請願運動となって展開された。しかし、これが実った時期は、日本統治時代末期の1935年であった。この1935年に地方選挙制度が施行されるようになり、台湾においても地方選挙が行われ地方議会が開かれることとなった。 という時期で、彼ら3名は所謂民族運動の活動家で、台湾の自治権を拡大するための参考に、朝鮮の実情を視察に訪れました。

 

普通なら、彼らが朝鮮で見た事、即ち、日本の朝鮮統治の実情を視聴者に伝えるだけでしょうが、キムチわさびさんの動画は、台湾人の地に足の付いた民族運動を伝えるのが目的です。

一国がそのまま併合(実際は併呑)された朝鮮と、清が日本に割譲した台湾とでは国民の感情や意識も異なるのは当然ですが、原住民が主体とは言え日本に激しく抵抗した台湾人が、その後は概して理性的に権利拡大運動を行っていたという事が朝鮮とは異なる、という趣旨です。

但し、朝鮮人でも、「今は実力を蓄える時期」という現実的な運動家もいました。そういう人々は「親日家(=売国奴)」の一言で片付けられ、歴史に埋もれてしまっているだけです。

 

以下、台湾国際放送の記事を機械翻訳でご紹介します。

 

* * * *

https://kr.rti.org.tw/radio/programMessageView/programId/28/id/3398
1933年台湾3人の朝鮮訪問
2023年1年10日

前略〕昭和8年の1933年10月、台湾の楊肇嘉(1892-1976)は、葉榮鐘(1900-1978)、葉清耀(1880-1942)とともに釜山を皮切りに大邱、京城、金剛山、元山、盛興、平壌まで計13泊14日間朝鮮の主要都市を訪れました。

日帝治世下で台湾の地方自治と文化発展を念願し、積極的に実践した楊肇嘉は1930年8月に「台湾自治連盟」を設立し、台湾と日本を行き来しながら活発に活動していました。 3年後の1933年、台湾総督府内務局長の小濱淨鑛(1886~1948)は、楊肇嘉に、自分が朝鮮の地方自治の実情を調査するために朝鮮を直接視察し、台湾でも近いうちに朝鮮で行う方法を模倣して実施することを暗示する話を伝えました。 すると、楊肇嘉は朝鮮で実施している地方自治制度が気になり、直接調査する必要性を感じ、台湾自治連盟第13回理事会議で葉清耀、葉榮鐘とともに朝鮮を直接訪問し視察することを決定します。 同年10月3日に台中を出発し、4日に基隆で客船瑞穗丸に乗って台湾を出発した3人は、10月8日に釜山を皮切りに京城を経て平壌まで朝鮮の主要都市を訪れました。

楊肇嘉をはじめとする台湾3人の朝鮮訪問の目的は明らかでした。 朝鮮の地方自治制度を他山の石とし、台湾の地方自治制度の設立と発展に役立てるものです。 楊肇嘉とともに朝鮮を訪問した葉榮鐘は、自分の日記で次のように述べています。 「台湾が朝鮮より先に植民地になったにもかかわらず、学校制度、帝国大学設立、地方自治制度、徴兵制実行など政治制度設立の側面では主に朝鮮がリードし台湾は遅い。 今回の視察の目的は、朝鮮の先進経験を研究するためだ」と。

3人は10月8日日曜日、釜山に到着しました。 慶尚南道内務部長の官邸を訪問し、慶尚南道議会議員を歴任した金章泰(キム·ジャンテ,1886-1956)と対談しました。 同じ日、釜山発の汽車に乗って大邱に行った3人は大邱の夜の街を散歩し、当時大邱が釜山よりずっと賑やかだという記録を残しました。 それとともに商業地区には日本人が多いが、朝鮮人も少なくないとして、朝鮮人の購買力がかなり高い印象を受けたと記しています。

翌日の10月10日、彼らは大邱発の夜汽車に乗って京城に向かいます。 翌朝7時に京城に到着し、午後に日刊紙『東亜日報』社長の宋鎭禹(ソン・ジンウ、1890-1945)と会います。 『東亜日報』だけでなく『京城日報』や日本の新聞『大阪朝日』や『大阪毎日』新聞の京城支局も訪問、当時の朝鮮の主要マスコミ各社を訪れ、主要人物に会いました。 12日の夕方には東亜日報社長の宋鎭禹がこの3人を連れて明月館に行き、妓生の歌や踊りを観戦したという記録もあります。 1903年に開業した明月館は宮廷料理を民間に披露した料理店であり、様々な部類の主要人物が活動していた食堂でした。 先週ご紹介した舞踊家の崔承喜(チェ・スンヒ)も当時ここの常連だったと言われています。

13日には『東亜日報』の職員の助けで朝鮮人が直接経営する京城の中央高等普通学校と京城紡織株式会社を訪れました。 翌日の14日には永登浦の方に移り、農家数戸を直接訪問して農民の実際の生活も探訪しました。 15日夕方、京城発金剛山行きの汽車に乗って北へ向かいます。 18日午前まで金剛山で登山し、九龍の滝、海金剛、金剛山の4大寺院である神渓寺などを訪れたということです。 金剛山には一度も行ったことのない私が1930年代、台湾人の陳述と記録を通じて金剛山の姿を描いてみることができて面白いです。 葉榮鐘は自分の日記で、同行した楊肇嘉が太った体格から金剛山への登山を苦しまれており、海金剛〔巨済島 海金剛(ヘグムガン):韓国名勝2号に指定されているは想像していたほどそんなに良くないなどと率直な心情を残したりもしました。

18日に汽車で金剛山を出発して到着した元山の朝鮮人市場ではとても汚くて貧しい朝鮮人たちを見て、19日には成興から京城に向かう汽車の中では朝鮮人である江原道知事の威厳を見て驚いたということです。 最後に20日に開城を発ち平壌入りした彼らは道庁に行き、財務部長や地方課長と会い、平壌所在の商工会議所の朝鮮人副会長とも対談し、妓生学校、貧民村も訪れました。

楊肇嘉、葉榮鐘、葉清耀は朝鮮の主要都市を訪れ、各地方都市の政界の要人から朝鮮の庶民の日常まで、同じ植民地であった朝鮮の側面を隅々まで視察したことが分かります。

朝鮮視察に関して楊肇嘉は次のように述べています。 朝鮮の主要人物や民間の自治団体は、地方自治を獲得するために訪れた隣国台湾の「闘士」を温かく歓迎し、自分たちは法案制定から細則を実施し、実際に各界各層に漏れなく適用する具体的な業務を学ぶことに余念がなかった。朝鮮視察を終えた楊肇嘉は、すぐに日本の東京に行き、中川健蔵(1875-1944)当時の台湾総督と小浜浄鉱内務局長に報告し、日本の首相、斎藤実(1858-1936)にも報告しました。しかし、残念ながら、日本の陸軍省は、台湾の地方自治はまだ時期尚早であるとして、すぐに許可を与えませんでした。 同年11月、楊肇嘉は台湾に戻り、「朝鮮自治制度考察報告書」を作成し、台湾の人々も参考にできるようにし、翌年5月に自分が設立した「台湾自治連盟」を日本の東京に本部を移転し、日本国内の台湾人の積極的な参加を促し、日本政府を刺激しようとしました。

当時、台湾地方自治制度の設立に情熱を注いだ両者は朝鮮だけでなく満州国、フィリピンなどの成り行きでリアルタイムで注目しました。 そんな中、彼らの朝鮮訪問が歴史的に重要な理由があります。 1930年以前、台湾の主要日刊紙『臺灣日日新報』に掲載された朝鮮関連記事は、主に「コメ輸出競争者」「抗日運動」「暴動」「暴民」などの否定的な側面が多かったです。 そのため、朝鮮を助力者とした台湾知識人の態度はかなり注目する必要があります。

朝鮮訪問を終えて翌年の1934年5月、再び日本に行った楊肇嘉は、日本に台湾同胞の数が急増しているのを発見し、東京報知新聞社大講堂で日本在住の台湾人1000人余りを集めて「台湾同郷会」の開会式を開催しました。 そして日本に留学中の台湾音楽家、江文藝、高慈美などを招待し、彼らを連れて同年8月に郷土訪問演奏会を行うことにします。 1933年秋、釜山を皮切りに京城を経て平壌まで朝鮮を巡回し、朝鮮の地方自治を視察した楊肇嘉は翌年夏、台湾の主要音楽家たちを率いて台北、台中、台南など台湾の7都市を巡回し、各都市の主要公会堂で音楽会を行いました。

参考文献

  • 葉榮鐘, 《葉榮鐘日記。 上冊》, 臺中市: 晨星發行, 2002, 65-69。
  • 楊肇嘉, 《楊肇嘉回憶錄。 二》, 臺北市 : 三民書局, 1970, 275-280。
  • 黄善美「日本による植民地時代台湾知識人に映った朝鮮」、「中国語中文学」73、2018、339-361。

 

 

  


 

 

 

2023/04/15

【台湾】桃園神社を巡る論争【忠烈祠の隣に日本の神社を作っちゃったw】

台湾の本省人〔戦前から台湾に住んでいた人達〕と中国人〔=外省人:戦後、中国本土から台湾に移住してきた人とその子孫 ≓ 国民党〕のイデオロギーの対立がこの桃園神社に現れていたので、覚え書きとしてエントリーします。

まず、桃園神社は台湾北部、現在の桃園市にあり、性格に言えば、日本統治時代に建てられた神社の姿が良く保存されているというだけで、神社ではありません。旧桃園神社と呼ぶべきでしょう。

拝殿は戦後、忠烈祠に変わりました。日本で言えば護国神社や靖国神社ですが、国民党の視点で中華民国のために殉職した軍人などを祀る場所、即ち、抗清、抗日がコンセプトになっています。

 

桃園神社 拜殿

忠烈祠にする際、取り壊す予定もあったそうですが、あまりにも立派な施設が残っているので保存を望む声が多く、「唐風の建物だから」、「負の遺産でも残すべき」などと説得して、そのまま使われたそうです。

境内には、鳥居や狛犬だけでなく、神馬の像などが良く保存されています。

 

桃園神社銅馬一景

 

繁体字のWikipediaによると、2016年から修復工事が行われ、その後、桃園忠烈祠及び神社文化公園(桃園忠烈祠暨神社文化園區)とされ、民間にその活用方法を委託していた所、社務所の建物に日本から神様をお呼びして、神社に作り替えてしまいました。

 

20230415_touen01

 

2022年9月に北海道の鳥取神社から御魂分けをしてもらい、大国主命、天照大神、豊受大神を祀ったと言う事です。

台湾人のこの屈託の無さには日本人も驚くばかりですw

どこぞの国と違って台湾人は神社が好きで、絵馬を奉納する事も大好きなのだそうです。それで、絵馬の奉納場所を作ったり、回廊に風鈴を飾ったりして、台湾にいながら日本を体験できる場所として、それまで1日10人も訪れなかった公園に平日900人、休日5,000人の訪問客が来るようになり、文化活用としては大成功でした。

 

20230415_touen02

 

元々、台湾の忠烈祠は上述のような性格のものなので、多くの台湾人にとっては関心の無い場所だったからです。

しかし、神社自体は台湾にもキリスト教の教会があるように問題は無いのでしょうが、よりにもよって忠烈祠の隣に...と言う事で、おそらく、国民党支持者(外省人)には不満だったのでしょう。昨年末の選挙で国民党の市長に代わると、今年3月に「御魂は日本に返した」と発表しました。〔但し、本当に正式にそのような儀式をしたのかどうか、微妙な問題なので曖昧にしているようです。〕

内容は理解できませんが、『不滿?桃市府急送走天照大神!神社觀光景點! "善"意識形態?【台灣最前線 重點摘要】2023.03.14』という討論番組も放送されたようです。

 

現在は、神社らしい飾り付けは取り払われています。

 

ついでに書くと、先日、民主党の蔡英文総統の米国等への訪問に当て付けるように、国民党の馬英九元総統が中国を訪れ、国民党ゆかりの場所以外に多くの反日施設も訪れました。

 

20230415_touen03

 

この訪問で馬英九元総統は「和平奮闘/振興中華」と揮毫をしました。これは孫文の言葉から取ったそうで、「台湾と中国は共に平和のために協力し、中華を盛り上げよう」という意味だと説明したそうです。統一派のスローガンです。

しかし、署名に「中華民国」という国名はありません。中国では禁句だからです。また、「百十二年三月廿八(28)日」という日付は本来は「民国百十二年」(中華民国暦)なのですが、「民国」とう文字も書きませんでした。国民党が如何に中国(中華人民共和国)に媚びているかがよく分かります。

 

* * * *

【参考】※台湾chの動画は余り長期間は公開されていない(削除される?)のでご注意下さい。

 

 

  


 

 

 

2023/02/27

【一つの中国】台湾は中華人民共和国の一部と認めている国は何カ国?

JBpressに興味深い記事が掲載されました。”「台湾は中国の一部」という『一つの中国』、全面受け入れしている国は少数派” というタイトルの記事です。

中国が主張する「一つの中国原則」は以下のような三段論法です。

  • ①世界にはただ一つの中国しかない
  • ②台湾は中国の不可分の一部
  • ③中華人民共和国は中国を代表する唯一の合法政府である

 

③は明確です。中華人民共和国建国1949年10月1日〕後、中華民国と共に「(大陸も台湾も自国の領土と主張する)2つの中国」ができてしまった事で、1971年、一般に「アルバニア決議」と呼ばれる国連総会決議2758で ”蒋介石の政府を追放し、中華人民共和国を国連の『中国』における唯一の合法的代表とする” 旨の決議がなされたからです。

国連総会決議2758:Restoration of the lawful rights of the People's Republic of China in the United Nations. 「国際連合における中華人民共和国の合法的権利の回復」) 

国連総会は、国連憲章の原則を思い起こし、中華人民共和国の合法的権利を回復させることが、国連憲章を守り、かつ国連組織を憲章に従って活動させるためにも不可欠であることを考慮し、中華人民共和国政府の代表が国連における中国の唯一の合法的な代表であり、中華人民共和国が国連安全保障理事会の5つの常任理事国の1つであることを承認する
中華人民共和国のすべての権利を樹立して、その政府の代表が国連における中国の唯一の合法的な代表であることを承認し、蔣介石の代表を、彼らが国連とすべての関連組織において不法に占領する場所からただちに追放することを決定する

 

Wikipedia「一つの中国」によると、蒋介石は「アメリカや日本から「二つの中国」を検討するよう説得されても、反発し続け」、「アメリカのリチャード・ニクソン政権は、「中国代表権と安全保障理事会常任理事国の地位を放棄して、一般の加盟国として国連に残る」という道を蔣介石に勧めた。しかし蔣介石が妥協しなかった(あるいはアメリカの最後通告の後に妥協を決断したが、遅過ぎて間に合わなかったとの説もある)」と、妥協しませんでした。

 

国連憲章には「中華民国」という言葉が残っていますが、これは中国が引き継いだと認識されています。同様にソヴィエト連邦もロシアが引き継ぎました。

国連憲章 第5章 安全保障理事会
第23条
1.安全保障理事会は、15の国際連合加盟国で構成する。中華民国、フランス、ソヴィエト社会主義共和国連邦、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国及びアメリカ合衆国は、安全保障理事会の常任理事国となる。総会は、第一に国際の平和及び安全の維持とこの機構のその他の目的とに対する国際連合加盟国の貢献に、更に衡平な地理的分配に特に妥当な考慮を払って、安全保障理事会の非常任理事国となる他の10の国際連合加盟国を選挙する。

 

ここまで、主に以下の動画やサイトを参照しました。

 

①や②は中国の言い分ですが、これを認めている国がどれくらいあるのか?という調査について書かれたのがJBpressの記事で、筆者は譚璐美(たん ろみ)というノンフィクション作家の方です。

最初にアメリカの例を挙げると、「米中共同声明」(1978年)で、③については「recognize(承認)」。①、②については中国側の立場を「acknowledge(認知する)」と表現して、曖昧にしています。日本も1972年の「日中共同声明」では「承認」/中国の立場を「十分理解し尊重する」と表現を使い分けています。

 

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https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/74092
「台湾は中国の一部」という『一つの中国』、全面受け入れしている国は少数派
世界各国の公文書を分析して分かった、多くの国がとっている曖昧戦略
2023.2.26(日)
譚 璐美

中国政府は長年にわたり台湾は中国の一部だとする「一つの中国」原則を展開し、世界の180カ国がそれを承認していると主張している。

ところが最近、国立シンガポール大学の政治学系の庄嘉頴副教授が世界各国の公文書を分類・整理したところ、「一つの中国」原則を全面的に受け入れている国はわずか51カ国だけであることが判明。残りの国々は国情に応じて異なる認識を示していることがわかった。

◇「承認する」としている国が51カ国

中国政府が主張する「一つの中国」原則とは、三段階論からなる。(1)世界にはただ一つの中国しかない、(2)台湾は中国の不可分の一部、(3)中華人民共和国は中国を代表する唯一の合法政府である、という主張だ。

だが、いくら中国が強硬に主張しても、世界中の多くの国々は自国の国情に合わせて曖昧に受け入れ、独自解釈しているのである。

博訊ネット(2023年2月19日付)によれば、庄嘉頴副教授はまず、世界各国の公文書にある「一つの中国」原則に対する表記を比較検討し、それを10パターンに分類した。最も多かったパターンは、「一つの中国」原則を認め、中華人民共和国は唯一の合法的な政府であり、台湾は中国の一部である(不可分の一つの省である)として「recognize」(承認する)という用語を使用している国が51カ国あったが、決して中国がいうように180カ国ではなかった。

* * * *

 

ここまでは分かりやすいのですが、この後に挙げられる国の数を合計しても残りの約130カ国になりません。〔合計111カ国〕 が、以下にそのまま引用しておきます。恐らく、庄嘉頴副教が調査対象にできた国の合計が162カ国(51+111)しか無かったのでしょう。正直に言って、51カ国というのは侮れない数字のように思えます。

  

さらに残りの約130カ国を9パターンとして、そのうち7パターンでは、中国政府の合法性を承認しつつも、必ずしも台湾に対する主張を受け入れているわけではないことが判明した。

7パターンの表記には、「中華人民共和国が台湾を中国の一部であると主張している」ことを「acknowledge」(認知する)と表現した国が9カ国あり、また、同主張を「take note of」(注記する、留意する)と表現している国が9カ国。「understands and respects」(理解し尊重する)と表現している国が9カ国。中国の主張を「respects」(尊重する)とだけ記した国が2カ国あった。

庄嘉頴副教授の分類によれば、その他の41カ国は台湾の主権について明確に言及せず、また27カ国は、中華人民共和国を唯一の合法的な政府だと承認せず、台湾の主権についても言及していない。さらに14カ国に至っては台湾と友好国であり、「中華民国を承認し、台湾の主権を認める」と表記していて、中華人民共和国と国交を持っていない。

 

次回、もう少し日本政府の立場をまとめておこうと思います。

 

 

  


 

 

 

2022/08/24

【一つの中国】中国が「台湾は中国の一部」の根拠とする『アルバニア決議』は曲解であり嘘

公開:2022-08-24 11:07:03  最終更新:2022/08/24 16:00(興梠一郎教授の解説動画を追記)

8月10日、中国〔中華人民共和国、以下混乱を避けるため「中華人民共和国」〕は22年ぶりに「台湾白書」を発表しました。以下、NHKの記事より一部引用します。

 

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https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220810/k10013763631000.html
中国 台湾統一で白書 “平和統一方針堅持も武力行使放棄せず”
2022年8月10日 19時23分

台湾情勢をめぐって緊張が高まる中、中国政府は、台湾統一に関する白書を発表し「平和統一」を目指す基本方針を堅持するとしながらも、武力行使は放棄しないとして、アメリカなどを強くけん制しました。

中国政府で台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室などは10日、「台湾問題と新時代の中国統一事業」と題する白書を発表しました。

白書では「台湾は中国の一部だという歴史的、法的事実に疑いの余地はない」としたうえで「われわれは、歴史上のどの時期よりも祖国の完全な統一という目標に近づき、その実現に向けた自信と能力を持っている」と強調しました。

そして「『平和統一と一国二制度』が、台湾問題の解決に向けた基本方針であり、国家統一を実現する最良の方式だ」とする一方で、「武力行使の放棄は約束しない」としています。〔以下略

* * * *

 

ここで、「台湾は中国の一部だという歴史的、法的事実に疑いの余地はない」としていますが、この根拠としているのは、1971年10月25日に採択され第26回国際連合総会2758号決議,通称「アルバニア決議」です。

しかし、これは国連に於ける「China」の代表が誰か〔どの政府か〕を「中華人民共和国」だと決議したもので、台湾の帰属問題とは全く関係がありません。決議文には「台湾の『た』の字」も出てきません。いずれにせよ、中華民国〔蒋介石の政府〕はこれに抗議して国連を脱退しましたが、興梠一郎教授によると、国連憲章では未だに常任理事国は「China」となっているそうです。〔Wikipediaでは「国連憲章の記載は未だに、中華民国が国連安保理常任理事国である」と書かれている。

【追記】興梠一郎公式動画:【台灣海峡危機】台湾は中国の一部か?〜「アルバニア決議」の謎(2022年8月24日)

 

たまたま、昨日(8月23日)のBSフジ『プライムニュース』でこの部分を論じており、『チャンネル桜』の「台湾ch」でもしばしば説明されます。よい機会なので、覚え書きとしてメモしておきます。

以下、アルバニア決議を悪用した中国の欺瞞を論破するのに、「台湾ch」キャスターの永山英樹氏のブログより該当箇所をお借りします。

中国の周恩来首相が起草し、アルバニアなどの国々が提出した国連総会第2758号決議(アルバニア決議)が採択された背景には、国連での中国の代表の座を巡る二つの政府が争いがあった。
一つは国連発足以来、中国代表権を有していた中華民国政府だ。1949年には国共内戦で敗れ、非領土である台湾へ逃亡する所謂亡命政権となった訳だが、冷戦下で主に米国に擁護され、議席を維持し続けていた。
もう一つは1949年に成立し、実際に中国を統治する中華人民共和国政府だ。
第2758号決議とは、この中華人民共和国政府を「中国唯一の合法政府」と認め、中華民国政府の国連からの追放を決めたものだったが、中華民国の亡命先である台湾を中華人民共和国の領土とまで認定するものではなかったのである。

台湾の国連加盟を妨げる中国の主張を論破する(付:国連総会第2758号決議及びWHO総会第25・1号決議の全文)

 

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◆台湾ミニ歴史解説

ここで言う台湾とは台湾本島とそれに所属する「国」〔←ここでは敢えて国と呼びますが、政治的なまとまりを持った国家を形成していませんでした〕ですが、常に他者の支配下に置かれてきました。

シナ大陸〔現在、中華人民共和国がある辺りの土地〕に於いては、明朝〔1368~1644〕は澎湖諸島ぼうこしょとう:台湾島の西方約50kmに位置する台湾海峡上の島嶼群〕こそ版図に入れましたが、海禁政策を採り、大陸からの海外渡航を禁じていました。

16世紀にヨーロッパ諸国が交易を求めて東洋に進出すると、オランダやスペインが台湾島の一部を占拠し、貿易の拠点とすべく城を築きますが、1642年にはオランダがスペインを追い出します。〔オランダは大陸から大量の漢人を労働力として招き入れ、平地に住む原住民は徐々に混血が進み、平埔族(へいほぞく)は消えてしまう。

シナでは清朝〔1616~1912〕が明を滅ぼしますが、これに抵抗したの鄭成功(ていせいこう)で、台湾からオランダを追い出し、台湾を拠点にします。近松門左衛門の「国性爺合戦」の国姓爺(こくせんや)とは鄭成功の事です。清は鄭氏を打倒しますが、台湾を「化外の地」〔教化が及ばない所、野蛮人の地〕と呼び、領有するつもりはありませんでした。しかし、戦略的な重要性から、1684年に康熙帝が台湾領有の詔勅を下します。

台湾支配には相変わらず消極的でしたが、1871年に「牡丹社事件」と呼ばれる、琉球(沖縄)の宮古島の住民が台湾に漂着し、54名が原住民に殺される事件がありました。ここで、明治政府は清に賠償金を求めますが、台湾の住民は化外の民だとして拒んだため、1874年に西郷従道を指揮官として台湾に派兵して南部を占領してから、清と交渉し、賠償金をせしめます。〔ここで重要なのはむしろ、清国が間接的とは言え、宮古島住民を日本人として認め、琉球を日本だと認めた事。〕これがきっかけで、清は台湾の統治政策を強化します。

そうこうしている内に日清戦争(1894~95年)が勃発します。その結果、下関条約で清は台湾を日本に割譲して、それ以降、日本の統治下に置かれることになります。この時、台湾の官僚などが抵抗し、1895年5月25日に「台湾民主国」の成立を宣言しますが、清は既に割譲した後だと関知せず、日本は武力による支配を決意、5ヵ月に及ぶ戦闘が繰り広げられます。〔乙未戦争(いつびせんそう)〕 ついに台湾民主国は瓦解しますが、日本軍の戦死者は250名、これに対して台湾側は1万4千名が戦死します。〔←ここが台湾と朝鮮の違い

ところで、中華民国、中華人民共和国がそれぞれ祝う『双十節』(十月十日)という記念日があります。これは辛亥革命(1911年)の始まりである武昌蜂起を祝うもので、清が滅ぼされ、シナ大陸を異民族から韓民族が取り戻した事を祝うものです。〔但し、清を倒したのは中華民国政府

1945年の日本の敗戦及びその後のサンフランシスコ講和条約〔1951年9月サン‐フランシスコで調印、翌年4月28日発効〕で、台湾は日本から切り離されました。台湾の帰属問題が曖昧なまま、国民党軍が占領軍として台湾に進駐します。占領軍と言えば聞こえは良いのですが、国民党(中華民国)は、第二次世界大戦の戦勝国とは言え、中国共産党との国共内戦に破れてシナ大陸での領土をほぼ失い、台湾に逃げ込んだ形です。

中華人民共和国は、1949年10月1日に成立します。

この項、歴史REAL『台湾と日本人』、各種辞書参照

 

 

さて、ここまで長々と書いてきましたが、この台湾の歴史のどこに中華人民共和国に従属した歴史があるというのでしょう?

* * * *

 

◆中華人民共和国や日本のメディアが使う「台湾独立」の言葉に注意

中華人民共和国は ”台湾は自国の一部” という立場なので、「中華人民共和国からの台湾独立」を意味しますが、台湾人は「(公式にはシナ大陸を自国の領土と主張し、南京に首都を置く『中華民国』の占領からの)台湾独立」を意味します。

この意味では、蔡英文総統は「現状維持派」、頼清徳(らい・せいとく)副総統はより積極的な「台湾独立派」ですが、どちらも、台湾は既に独立主権国家であるという考えです。

台湾は中華人民共和国に従属しているわけではないので、中華人民共和国の言う意味での「台湾独立」はあり得ないのです。

 

  


 

 

 

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