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【歴史戦】尖閣諸島・竹島

2018/10/07

【尖閣】米ペンス副大統領、尖閣諸島に懸念を表明

ブログ主の覚え書きとして。

 

Remarks by Vice President Pence
on the Administration’s Policy
Toward China

Beijing is also using its power like never before. Chinese ships routinely patrol around the Senkaku Islands, which are administered by Japan. And while China’s leader stood in the Rose Garden at the White House in 2015 and said that his country had, and I quote, “no intention to militarize” the South China Sea, today, Beijing has deployed advanced anti-ship and anti-air missiles atop an archipelago of military bases constructed on artificial islands.

中国の船舶が日本の施政下にある尖閣諸島周辺を日常的に巡回するなど、中国政府はかつてないほどの力を行使している。 そして中国の指導者は2015年にホワイトハウスのローズガーデンに立ち、南シナ海を軍事化するつもりはないと言いながら、今日、人工島に建設した軍事基地に先進的な対艦・対空ミサイルを配置している。

 

上は尖閣諸島に言及したパラグラフのみ引用。(タイトルのリンク先に全文)

4日、トランプ政権の対中国政策について演説したもので、軍事面のみならず、不公正な商慣行や知的財産の盗用、アメリカの選挙に対する介入など、様々な具体例を挙げて中国を厳しく批判。

下はこれを報じる産経の記事。

 

http://www.sankei.com/world/news/181005/wor1810050003-n1.html
ペンス米副大統領「尖閣は日本の施政権下」 中国政策演説、中間選挙への干渉を非難
2018.10.5 00:54

 【ワシントン=黒瀬悦成】ペンス米副大統領は4日、ワシントンの政策研究機関でトランプ政権の中国政策に関し演説した。ペンス氏は、「中国は尖閣諸島(沖縄県石垣市)の周辺で恒常的に監視活動をしている」と指摘した上で「尖閣諸島は日本の施政権下にある」と強調し、東シナ海や南シナ海で覇権的な進出姿勢を強める中国に対抗していく姿勢を打ち出した。

 ペンス氏は、南シナ海で9月末に「航行の自由」作戦を実施していた米駆逐艦に中国の艦船が異常接近したことにも言及し、米国が国際法で認められた全ての場所で「自由に航行し飛行し続ける」と表明した。

 ペンス氏は、中国が11月の米中間選挙で共和党の勝敗を左右する重要州で干渉を画策していると強調。対中貿易の不均衡是正に向けて中国製品に制裁関税をかける政策を推進するトランプ大統領が1期で退任するのを画策した動きであるとの認識を示し、「中国は米国の内政に干渉しようと、これまでにないほどの力を行使している」と訴えた。

 また、中国が米国内で反中的な中国人留学生を対象に「嫌がらせ行為」などを展開する一方、中国に批判的な研究機関にサイバー攻撃を仕掛けたり一部の米学者にビザを発給しないなど、「学問の自由を侵害している」と非難した。

 台湾情勢に関しては「一つの中国」原則を踏まえた政策を今後も尊重するとしつつ、「台湾で確立された民主体制は中国の国民により良い道筋を示している」と指摘。米国として台湾の体制を擁護していく姿勢を打ち出した。

 ペンス氏はその上で、「中国がトランプ大統領の米国第一主義を挫折させようとしているが、大統領は決して屈することはない」と強調した。

 同氏はまた、韓国との自由貿易協定の改定に続き、「日本とも歴史的な自由貿易協定の交渉を近く始める」と語った。

 

 

 

 


 

2018/04/02

【尖閣諸島】中国政府がぐうの音も出なかった資料とは-明時代、中国人は尖閣への航路さえ知らなかった

今回は、尖閣諸島に関する大変分かりやすく興味深い動画をご紹介します。

説明して下さるのは『尖閣諸島に関する資料の委託調査報告書』の28年度版で特別研究員として参画されている石井 望(いしゐのぞむ)長崎純心大学准教授で、動画はチャンネル桜の『沖縄の風』です。資料は内閣府の領土・主権対策企画調整室のサイトに掲載されています。

中国政府の尖閣は中国の領土だという主張への反論というだけでなく、授業を聴いているようで、しかも、説明している石井先生があまりにも楽しそうなので、観ていてこちらも楽しくなります。

 

 

【沖縄の声】特番!いしゐのぞむが語る~尖閣の歴史と領有への道~[H30/3/31]

平成30年3月30日金曜日に放送された『沖縄の声』。本日は、特番といたしましてゲストに長崎純心大學比較文化學科準教授のいしゐのぞむ氏に尖閣諸島の歴史について詳しく解説いただきます。
※ネット生放送配信:平成30年月3月30日、19:00~
出演:
   ボギーてどこん(ジャーナリスト・沖縄支局担当キャスター)
ゲスト:
   いしゐ のぞむ(長崎純心大學比較文化學科準教授)

* * *

内閣府 領土・主権対策企画調整室 尖閣諸島に関する資料の委託調査報告書

 

【参考】- 尖閣480年史 - いしゐのぞむブログ 480 years history of Senkakus

 

 

 

 

石井先生が動画の中で紹介しているこの報告書は「調査の目的・概要」に書いてあるように、あくまでも内閣官房が外部委託して作成された報告書で政府見解とはしないという弱腰なものです。

 

株式会社ストリームグラフは、特定非営利活動法人沖縄平和協力センター(以下、OPAC)の指導・協力のもと、平成28年度、内閣官房領土・主権対策企画調整室の委託に基づき、「尖閣諸島に関する資料の調査事業」を実施した。(中略)

 なお、本調査は1年間という時間的制約の下で行われたため、必ずしも包括的なものではない。また、本報告書に記載する内容及び本事業における資料の収集及び選定は、研究委員会の助言を踏まえて研究チームが実施したものであって、政府の見解を表すものではない

 

しかし、石井先生の説明を聴けば、2005年のロッテvs.阪神の日本シリーズ(総得点33-4)どころか100-0くらいで日本が中国に対して圧倒的な勝利を収めていることが分かる貴重な資料であり、先生が動画の中で示される資料も、報告書には正式採用されていないとは言え、尖閣諸島が日本の主権領土であることを十分納得させてくれるものです。

動画や資料をご覧になれば分かることですが、ブログ主のインデックスとして、更には多くの方の目に留まって貰いたいので、文字や図にして記録しておくことにします。

 

まず、動画の解説を1枚の図(地図)にまとめると下のようになります。

 

20180330_senkaku01

 

【歴史的背景】1609年以降、琉球は薩摩藩(島津家)が支配権を掌握し、幕藩体制に組み込まれていましたが、当時、明(みん)朝は朝貢国の中でも琉球を厚遇していおり、琉球は高い収益を挙げていました。その利権を握りたい島津家は琉球を疑似国家として存続させ、明との冊封(さくほう)関係を維持していました。(百科事典マイペディアより要約)

【石井望先生説明の概略】

この明-琉球の関係からも分かるように、琉球からは年に1度、朝貢のために東西航路(海道)を通って福州との間を行き来していましたが、福州の中国人(以降、便宜的に中国人と表記)が琉球に来ることはめったにありませんでした。そして来るときには、航路が分からないため、馬祖列島(ばそれっとう)の端で琉球の水先案内人と交代し、中国人は彼らに導かれてやって来たのでした。

また、江戸時代にはこの海域に台湾などからの海賊船が多く出没していたため、オランダの船が長崎に入るために北上する時、台湾の最北端で、海賊でないことを示す旗を揚げる決まりになっていました。

このことから、馬祖列島の東側、台湾の北側は日本(薩摩藩)が制海権を握っていたことが分かります。

この春、天皇皇后両陛下が日本の最西端である与那国島に行幸されました。与那国から南北に線を引くと尖閣諸島はすっぽりと日本側に入ってしまいます。

 

 

報告書の6ページ(6枚目)に書かれていることは、尖閣に上陸した最古の記録が日本人(琉球人)であることを示す資料です。(手書きの文献を1970年代に活字にしたもの)

 

20180330_senkaku02

 

 

【読み下し文】

「…(九月)十七日、天氣まさに晴れ、高山を看得たり、猶ほ地名を知らず(後に聞く、此の山、俗に「魚根久場島」(=尖閣=よこんこばしま/古くは「いをこんこばしま」 「いを」は魚の古語)と呼ぶなり。十八日、駛()せて該山の下に到り灣泊し、用水を汲まんと欲すれど、並びに泉の湧く無し。一連三日、彼の處に風を候す。忽然として暴風大いに作(お)こり、抛つ所の碇索、ことごとく海浪に磨斷せらる。船隻、風に隨ひて海洋を漂蕩し、船上の人數頻りに神佑を求む。幸ひに二十三日に至り、又た遠く高山を看る、二十四日、漸く其の山に近づく。只だ看る山上に一個の人有り(此の人、八重山島の奉公人、安里仁屋なり)、手を舉げて船を招く。又た五六人有り、旗を搖らし港を示す。即ち船人をして高聲に其の地名を問はしむるに、答へて曰く「與那國島」と。…」

 

これだけ読んでも説明がないとよく分からないのですが、これは琉球王国の具志川家十二世・向鴻基(しょうこうき)という人物が薩摩上り(のぼり)といって、薩摩の殿様のところに行くときに船が流されて尖閣に辿り着き、3日間停泊し、水を探す。ということが書いてあります。「駛(は)せる」とは「速く行く」という意味だそうですが、重要なのは「水を探す」ということ。これが上陸を意味するということです。

これ自体は報道もされましたが、その時一時限りで忘れられているので、石井先生が報告書に入れることを強く要請して加えられた資料だそうです。この資料を見つけたのは國吉まこも氏だそうですが、この記述に気づいたのは石井望先生です。

なお、この記述が発見されたとき、中国政府はノーコメント(無反応)だったそうです。

 

また、それまで、尖閣諸島への最も古い上陸記録は1845年でイギリス人とされていましたが、これですらこの記録の原文を読むと「八重山のパイロット(水先案内人)」に案内されたと書いてあり、当然、その時に水先案内人も上陸したことが想像され、航路を知っていたのですから、それ以前に尖閣に行っていてもおかしくありません。

この時に日本人の存在が消されてしまったのは井上清という学者が40年前に中国と組んでそのように喧伝したからだそうです。

 

これ以降、動画で紹介される資料はほとんどが報告書には収録されていませんが、尖閣が日本の領土だというのに十分説得力のあるものです。

 

例えば下は中国政府が中国最古の記録として1534年に尖閣諸島へ行き来してた証拠として出してくる資料の前段の部分ですが、

 

20180330_senkaku03

 

これは1533年の記録で、書いてあるのは、 「琉球国の進貢船(朝貢船)が来て喜んだ。海道を諳(そら)んぜず(=航路は知らない) 。琉球船がもう一隻来てまた喜んだ(又喜)。善き操船遣看針通事(水先案内人)が中国側30人に加わってくれることになり、また喜んだ。」と、喜びっぱなしなのです。

中国はこれを隠し、この翌年の釣魚台(尖閣)を通る記録のみ示しているのだそうですが、こんなに大喜びしているのでは隠したくもなるでしょう。

この後に紹介された資料も悉く琉球人に案内された記録ばかりです。

下は、別の資料で、やはり明時代の中国人が琉球人の水先案内人に頼っていた証拠。

 

 

20180330_senkaku04

 

多分、これらの資料を突きつけられると中国政府はぐうの音も出ないので、“琉球人は日本人ではない”、“琉球は無理矢理日本に併合され、琉球人は少数民族だ”という運動にシフトしたのだと思います。

 

それにしても、日本政府が“及び腰”過ぎて情けなくなります。山口二郎に6億円も科研費を支給するならこういう研究にこそ支給しろと言いたいです。

 

 

 

 


 

2018/02/20

【竹島】ルフトハンザ機内の航路を示す地図に「独島」→「竹島」に訂正

先週の虎ノ門ニュース(2018/02/14、ケント・ギルバート氏、半井小絵氏出演回)で半井(なからい)さんが、知人が機内で見つけたという「独島」表記の地図について報告されていました。(リンクはYouTubeの該当箇所)

下はそのキャプチャです。

 

20180214_toranomon_takeshima

 

ご出演時、既に、外務省に連絡済みということでしたが、それが訂正される運びという記事が産経webニュースに掲載されていました。

 

2018.2.20 05:56更新  産経ニュース

ルフトハンザ航空の旅客機で地図上に「独島」 乗客の指摘で修正

 ルフトハンザドイツ航空旅客機(羽田-ドイツ・ミュンヘン間)の座席に備え付けられた映像・音響(AV)機器の航路を示す地図上で、竹島(島根県隠岐の島町)が韓国呼称である「独島」と記載されていたことが19日、わかった。

 同航空は乗客らの指摘を受けて、1月中旬ごろから機器のソフトウエアの修正を進めており、全機器に順次反映される見通しという。(以下略)

 

地図上で独島と記載された経緯については確認中だそうです。

 

それにしても、半井さん、GJ!

 

「座席に備え付けられた映像・音響(AV)機器」とあるので、ビジネスクラスでしょうか。ブログ主は最近乗っていないのですが、ヨーロッパに旅行するときはなるべくルフトハンザを使うのですが(単純にドイツ語を話したいから)、座席の前方、壁に掛けられたディスプレイに、映画などをやっていないときに表示される地図にこのような表示がなされるのは観たことがありません。多分、成田からだとこの辺りの地図が大写しになることはないからだとは思うのですが。

 

そこで、ふと気になって、オーストリアで買ってきたドイツ語の日本のガイドブックを確認してみました。

当然のことながら、領海表示とともに正しい表記でした。TAKE-INSELNの「INSELN」は島(Insel)の複数形です。

 

20180214_toranomon_takeshima02

 

海外に行ったとき、地図などは確認する必要がありますね。

 

【追記】第一回 東京「竹島の日」記念大集会動画(平成30年2月15日)

 

 

【領土問題】第一回 東京「竹島の日」記念大集会[桜H30/2/20] (2018/02/19 に公開)

2月22日の「竹島の日」を前に、啓発のため、都内で開かれた記念大集会の模様。(平成30年2月15日:憲政記念館会議室)

 

 

 


 

2018/01/27

【領土・主権展示館】 (2) 竹島の歴史と各種資料/韓国の教科書における竹島 【日本固有の領土】

前回に引き続き、政府が作成した資料から竹島の歴史をまとめました。これは、1月25日に日比谷公園内の市政会館内にオープンした「領土・主権展示館」を広める意味で書いています。

「領土・主権展示館」及びこのエントリーの参考資料は前エントリーを参照して下さい。

 

takeshima01

 

 

 

 

目次

  1. 外務省公式動画『竹島について』
  2. 竹島の位置
  3. 竹島は日本固有の領土
  4. サンフランシスコ平和条約(1951年9月)
  5. 一方的な李承晩ラインによる不法占拠と日本漁船の拿捕
  6. 竹島関連年表
  7. 【参考】韓国の歴史教科書における竹島

 

外務省公式動画『竹島について』

1分26秒の短い動画です。

 

 

前回のエントリーを書いてから知ったのですが、外務省のサイトに『日本の領土をめぐる情勢』というページがあり、

 

トップページ > 外交政策 > その他の分野 > 日本の領土をめぐる情勢

 

に、『竹島』のページがあります。動画はそこに貼られているもので、竹島に関する情報はそちらの方が詳しいかと思います。 『動画』のコーナーには他にも尖閣諸島関連として、以下の動画が掲載されています。

 

 

尖閣諸島について

アジア太平洋地域における中国の海洋活動と日本の対応

尖閣諸島の歴史

 

尖閣諸島の位置

竹島は、日本本土から約211 キロメートル離れた日本海南西部に位置し、東島(女島)と西島(男島)の2つの島と、その周辺の数十の小島から成る島々の総称で、単独の島ではありません。これらを合わせた総面積は約0.20 平方km となっています。

 

takeshima02

 

竹島は日本の固有の領土

竹島は、日本本土から約211 キロメートル離れた日本海南西部に位置し、東島(女島)と西島(男島)の2つの島と、その周辺の数十の小島から成る島々の総称で、単独の島ではありません。これらを合わせた総面積は約0.20 平方km となっています。

各種の地図や文献から、日本では、竹島について古くからその存在を認識していたことがわかります。17 世紀初めには、日本の町人は幕府の許可を得て、鬱陵島(うつりょうとう)に渡る際、竹島を航路の目印として、またアシカなどの漁獲地として利用していました。

さらに、1900 年代初期、島根県の島民から、アシカ猟事業の安定を図る声が高まり、政府は、1905(明治38)年1 月、閣議決定で竹島を島根県に編入し、同年2 月22 日、島根県知事は、この旨を告示しました。

 

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サンフランシスコ平和条約(1951年9月)

サンフランシスコ平和条約においても竹島は明確に日本の領土として扱われています。

戦後、1951(昭和26)年9 月に署名されたサンフランシスコ平和条約では、日本は朝鮮の独立を承認するとともに、放棄すべき地域に「済州島(さいしゅうとう)、巨文島(きょぶんとう)、鬱陵島(うつりょうとう)を含む朝鮮」が規定され、竹島を日本が放棄すべき地域に含めませんでした。

これに先立つ同年7 月、韓国は米国に対し、「日本が放棄すべき地域に竹島を加えて欲しい」と要求しましたが、米政府は、8 月にラスク国務次官補発の書簡で、竹島は朝鮮の領土として扱われたことはなく、また、かつて朝鮮によって領有権の主張がなされたとは見られない旨を回答し、韓国側の主張を明確に否定しました。

このように、竹島は、歴史的にも国際法上も明らかに我が国固有の領土です。

 

一方的な李承晩ラインによる不法占拠と日本漁船の拿捕

竹島が韓国により不法占拠されていることをご存じですか?

1952(昭和27)年以降、韓国は、いわゆる「李承晩( りしょうばん(イスンマン)) ライン」を国際法に反して一方的に設定し、そのライン内に竹島を取り込みました。

 

takeshima04

 

その後、ライン内に出漁した日本漁船が韓国側に拿捕される事件が相次ぎ、日本側には死傷者(※)も出ました。1953(昭和28)年7月には、竹島周辺で海上保安庁の巡視船が韓国官憲によって銃撃されました。

韓国は現在に至るまで、竹島に警備隊員などを常駐させ、宿舎や監視所、灯台、接岸施設等を設置するなど、不法占拠を続けています。

 

 

※このことは平成18年5月16日付 自民党『領土に関する特別委員会』(委員長 石破 茂)でも報告されています。(資料はWikipedia『李承晩ライン』内に記述されていますが、そのソースとして上記文書のwebキャッシュ-いわゆるweb魚拓-がリンクされています。)以下、一部転載。

* * *

1952(昭和27)年4月28日直前の1月18日、「大韓民国隣接海洋の主権に関する李承晩大統領の宣言」を行い、竹島を含む水域に一方的な主権宣言を行い、いわゆる「李承晩ライン」を設定たことに端を発している(「李ライン」は日韓基本条約が締結された1965年6月22日まで継続。ライン設定前後から拿捕された日本漁船328隻、抑留された船員3929人、死傷者44人)。

 

竹島関連年表

17世紀初め 江戸幕府公認の下、日本人が竹島でアシカ猟やアワビ漁を開始。(資料1)

1896年4月15日 日本が日本海及び朝鮮半島沿岸の海図を刊行。(資料2)

1905年1月28日 閣議決定により竹島を島根県に編入。

1908年8月4日 日本が近代的測量法による竹島の実測図を世界で初めて作成。 (資料3)

1951年9月8日 日本が放棄すべき地域に竹島を含まないサンフランシスコ平和条約に日本が署名。

1952年1月18日 韓国が国際法に反して、日本海上に一方的に「李承晩ライン」を設定し、漁業管轄権を主張するとともに竹島をそのライン内(韓国側)に取り込む。

1952年4月28日 サンフランシスコ平和条約が発効。竹島が日本の領土であることが確認された。

1953年7月12日 竹島で不法漁業に従事していた韓国漁民に対し、竹島から退去するよう要求した。日本の巡視船を韓国官憲が銃撃。

1954年6月 韓国が警備隊を竹島に常駐させ、竹島を不法占拠。

1954年8月 竹島に常駐する韓国の警備隊が、日本の巡視船を銃撃。

1954年9月25日 日本が韓国に対し、竹島の領有権に関する紛争を国際司法裁判所に付託することを提案(1回目)。

1954年9月30日 韓国が近代的測量法による竹島の実測図を作成。(資料4)

1954年10月28日 韓国が国際司法裁判所への付託を拒否。

1962年3月 日韓外相会談の際に、日本が再度、竹島問題について国際司法裁判所への付託を提案した(2回目)が、韓国が拒否。

2012年8月10日 韓国の李明博大統領(当時)が竹島に上陸。

2012年8月21日 日本が改めて韓国に国際司法裁判所への付託を提案(3回目)。

2012年8月30日 韓国が国際司法裁判所への付託を拒否。

 

 

【参考】韓国の歴史教科書における竹島 -『韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する―歪曲された対日関係史』 より-

ここで政府作成の資料を離れて、2001年7月に出版された『韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する―歪曲された対日関係史』 (小学館文庫) 文庫についてレビューも兼ねて書いておくことにします。

だいぶ前に読んだ本ですが、改めて竹島の章を読みました。

最初にこの本が書かれた背景を少し説明をしておくと、この本が出版された当時は、しばしば日本の検定済み歴史教科書に対して韓国(のみならず中国からも)訂正要求がなされていました。当時(金大中大統領政権下)は韓国は国定の教科書一種類しかなく、日本でもその翻訳が出版されました。この本の韓国教科書からの引用はその翻訳本を底本としています。

その後は検定教科書も導入されていたようで、朴槿恵(パククネ/2013年2月25日- 2016年12月9日)時代に国定教科書の一律導入を目指しましたが失脚により頓挫しています。

 

前述の本は当時特に訂正要求の多かった扶桑社の『新しい歴史教科書』の指摘された部分を韓国の教科書と読み比べるという形式で、韓国教科書の誤りを指摘する場合は、その根拠となる図書名も記されています。

 

【韓国の歴史教科書における竹島】

独島は鬱陵島に付属する島(①)で、早くから我が国の領土して連綿として伝えられてきた(②)。朝鮮初期に流民を防ぐため、鬱陵島に住む人を本土に移住させ、一時的に政府の管理がなおざりになったことがあったが、我が国の漁民達が漁をする拠点として引き続き活用してきた。

朝鮮の粛宗ブログ主註:スクチョン、しゅくそう/在位:1674年 - 1720年/李氏朝鮮の第19代国王の時には、東莱に住む漁民安龍福がここに往来する日本漁夫を追い払い、日本に渡って独島が我が国の領土であることを確認させたこともあった(③)

その後も、日本の漁民達がしばしば鬱陵島付近に不法に接近して魚を捕ることがあったが、政府はここに我が国の人々の移住を奨励し、官庁を設置して独島まで管轄するようにした(④)。しかし日本は露日戦争中に独島を強制的に彼らの領土に編入してしまった(⑤)

赤字: 著者が誤りと指摘する箇所/丸数字は便宜的にブログ主が挿入)

 

この箇所は日露戦争(韓国では「露日戦争」)の記述の最後に唐突に出てくるそうです。(当時の)日本側の歴史教科書には特に竹島についての記述がないようで、これに相対する日本側の記述は提示されていません。(歴史で扱うような大事件が起きたわけでもないので当然ですが。

以下は、著者の反論です。

 

①韓国が独島と呼ぶ竹島は鬱陵島とは90km離れており、二島の間には水深2000m以上の海溝もあり全く別個の島。竹島は日本大陸棚の延長線上、鬱陵島は朝鮮半島の大陸棚の延長線上にある。

②朝鮮側文献に初めて独島なる名称が現れるのは1906年(明治39年)

③安龍福は“日本漁夫を追い払った”のではなく、領海侵犯をして日本に拉致されたのが正しい。江戸幕府は対馬藩を通じて韓国側に抗議している。安龍福は朝鮮に戻って「江戸幕府から鬱陵島を朝鮮領として認める書き付けを受けたが、対馬藩に取り上げられた」と証言したとされるが、(現在の竹島は、日本において幕末以前は「松島」と呼ばれ、現在の鬱陵島が「竹島」と呼ばれていたため)韓国側が安龍福の証言を誤解したと思われる。

④“官庁を設置して”とあるが、韓国の古地図に竹島は存在せず、官庁を置いていた文献もない。②にあるように当時は竹島を知らなかったのだから、官庁を設置できるはずもない。

⑤事実は、(『竹島は日本固有の領土』の章に書いたように)当時竹島でアシカ猟をしていた漁師に要請されて、他国の千両の形跡がないことを確認して竹島の領有並びに島根県への編入を閣議決定した。

 

③の安龍福の件は「竹島一件」と呼ばれているそうで、前述の自民党『領土に関する特別委員会』報告書(リンク先はキャッシュ)にも経緯が書かれています。

 

この本は十数年前の本なので、現在は両国とも記述内容は変わっているかとは思いますが、この本を読むと、韓国の反日の根底にある歴史観がよく分かります。歴史観と書きましたが、自国と周辺国との関係の捉え方、考え方と言った方がいいかと思います。

朝鮮(便宜的にこう呼びます)の歴史を語るときにキーワードとなるのは「事大主義」です。

事大主義とは「自主性を欠き、勢力の強大な者につき従って自分の存立を維持するやりかた」を言いますが、長い間中国(これも本来はその時々の王朝名で呼ぶべきですが、便宜的に中国と書きます)の属国であり続けることで、言ってみれば“虎の威を借る狐”のようなものです。

正確には冊封(さくほう)と言って、中国の天子から爵位を与えられるわけですが、これにより中国が「大中華」なら自分達は「小中華」であり、大中華を中心とした序列で他国を見下すために、彼らの論理では日本はさしずめ「弟分」になるわけです。

日本は遣隋使(日本側の記録では推古天皇時代の607年・608年に小野妹子(おののいもこ)ら、614年に犬上御田鍬(いぬかみのみたすき)らと計3回だが、中国側の記録では600年にも派遣されている。6回派遣されたとする説もある。【広辞苑第6版】)を送っていた頃、既に「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す」という書き出しの信書を渡して、日本の統治者が自らが天子を名乗って対等の立場で接していますが、韓国は実際の立場はどうであれ、「小中華思想」から脱却することなく近現代を迎えてしまいました。

現代になって歴史教科書を書く際、と言うか、歴史を研究する際、過去の歴史を客観的に見つめなくてはならないはずですが、(多分、その努力はしたのでしょう。)直視に耐えなかったのではないかと思います。そしてその結果ファンタジーをどんどん創り出していったのだと思います。

日本は、かつて中国に対して朝貢していたことも、半島経由で大陸の優れた文化を学んだことを恥ずかしいこととは思っておらず、そのまま受け取りますが、これが韓国の歴史教科書にかかると、「中国からの干渉を受けながらも関係を続けた」になり、「日本に~を教えて“あげた”」になる訳です。

多分、今も変わっていないであろう韓国人の思考方法を知る参考になる本としておすすめします。

 

なお、この本は韓国の歴史教科書と同じ分量を割いて中国の歴史教科書についても論じており、更に著者と韓国・中国識者との対談、更に資料編として扶桑社の『新しい歴史教科書』に対する抗議内容とそれに対する検討結果をまとめたもの掲載されています。

 

 

 

 


 

2018/01/26

【領土・主権展示館】 (1) 尖閣諸島の歴史と各種資料 【日本固有の領土】

公開: 2018/01/26 00:23  最終更新: 2018/06/18 14:56  

2018年1月25日 領土・主権展示館オープン

2018年1月25日、政府は領土・主権展示館が東京の日比谷公園の一角にある市政会館にオープンさせました。島根県・竹島と沖縄県・尖閣諸島の関連資料を常設展示し、「日本固有の領土」であると国内外に訴えるのが狙いだそうです。

 

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入館無料。開館時間は午前10時から午後6時までで、土、日曜、祝日と年末年始は休館

市政会館は、1929(昭和4)年10月19日、日比谷公園の南東の一角に日比谷公会堂とともに誕生しました。塔時計と茶褐色のタイル張りの外壁をもつクラシックな建物は、日比谷のシンボルとして親しまれています。

名称: 公益財団法人 後藤・安田記念東京都市研究所

所在地: 東京都千代田区日比谷公園1番3号

後藤・安田記念東京都市研究所公式サイト: https://www.timr.or.jp/index.html

※2018/06/08付産経新聞によると、東京・四谷の駅前再開発事業に伴い、建設中の複合ビルに移転し、展示内容も大幅に拡充するとのこと。これまで展示が無かった北方4島関係の資料、竹島や尖閣のジオラマ、シアターも併設予定。

 

 

 

 

しかし、検索したところホームページも見当たらず、そこに展示されている資料にweb上でアクセスすることができません。

国内外にアピールするなら、資料へのアクセシビリティ(accessibility/近づきやすいこと、わかりやすさ, 利用しやすさ)をもっと重視すべきだと思いますが、検索していて、外務省のサイトに、平成29年(2017年)3月15日から3月31日に開催された「尖閣諸島と竹島の史料に関する企画展示」(内閣官房・外務省共催展示 )が見つかりました。

 

尖閣諸島と竹島の史料に関する企画展示

 

全く無いよりはましとは言え、PDFでは検索にもかかりにくく、気軽に閲覧することはできません。

そこで、これらの資料をテキストに起こしておこうと思い、2回に分けてブログに掲載することにしました。

今回は「尖閣諸島」で、次回、「竹島」についてまとめます。

 

その前に...

このエントリーを書いている間に早速韓国側が資料館の閉鎖を要請してきたようです。coldsweats01

 

領土展示館開設 韓国政府が批判の声明=日本公使呼んで抗議も

2018/01/25 17:56

【ソウル聯合ニュース】韓国政府は25日、日本政府が東京都内に独島の領有権などを主張する「領土・主権展示館」を開設したことについて、「わが固有の領土である独島に対する不当な主張のために展示館を設置したことに強く抗議し、即刻の閉鎖措置を厳重に求める」とする外交部報道官声明を発表した。

 声明は「日本政府は歴史的・地理的・国際法的に明白にわが固有の領土である独島に対する望みのない試みを直ちに中止し、正しい歴史認識が韓日関係の根幹ということをあらためて考えなければならない」と強調した。

 韓国政府関係者によると、外交部はソウルの日本大使館の北川克郎公使を非公開で呼んで抗議。海外出張中の金容吉(キム・ヨンギル)東北アジア局長は同大使館の水嶋光一総括行使に電話をかけ、抗議の意を示した。

 在日韓国大使館も日本の外務省に抗議した。

 日本政府は「竹島問題および尖閣諸島を巡る情勢に関する資料などを展示する」として25日、東京都千代田区の市政会館に展示館を開設した。

 島根県など地方自治体が独島の領有権を主張する資料館などを設置したケースはあるが、日本政府が東京都心に常設の展示館を開設したのは初めて。

 韓国政府が論評より格上の措置となる声明を出しながらも、日本大使館の公使を非公開で呼んだことは、最近の両国関係の流れを勘案した対応との見方もある。韓国政府が旧日本軍の慰安婦問題を巡る両国合意の新方針を発表したことに日本政府が強く反発し、両国関係は冷え込んでいるが、安倍晋三首相が平昌冬季五輪の開会式に出席する意向を示したことで、両国が状況を安定的に管理する方向へ進むとの声も出ている。

 

目次

 

  1. 尖閣諸島の位置
  2. 尖閣諸島の構成
  3. 尖閣諸島は日本固有の領土
  4. サンフランシスコ平和条約(1951年9月)
  5. 沖縄返還協定(1972年発効)
  6. 突然の中国の領有権主張と挑発行為
  7. 尖閣諸島関連年表

 

 

尖閣諸島の位置

尖閣諸島は、沖縄本島から約410キロメートル、石垣島(いしがきじま)の北方約170キロメートル、与那国島(よなぐにじま)から約150キロメートル、台湾から約170キロメートル離れた東シナ海に位置しています。

 

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尖閣諸島の構成

尖閣諸島は、魚釣島(うおつりじま)、北小島、南小島、久場島(くばじま)、大正島(たいしょうじま)、沖ノ北岩(おきのきたいわ)、沖ノ南岩(おきのみなみいわ)、飛瀬(とびせ)などの島々からなっています。

 

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  • 魚釣島(うおつりじま): 東西に約3.5 km、南北に約2 kmの島で面積は 3.81 km²。島南側に海抜 200 - 250 mの急峻な崖が東西に横断している。最高部は標高362 m(奈良原岳)。
  • 北小島(きたこじま): 面積は 0.31 km²。
  • 南小島(みなみこじま): 面積は 0.40 km²。
  • 久場島(くばじま): 面積は 0.91 km²。
  • 大正島(たいしょうじま): 面積は 0.06 km²。
  • 沖ノ北岩(おきのきたいわ): 面積は 0.03 km²。
  • 沖ノ南岩(おきのみなみいわ): 面積は 0.01 km²。
  • 飛瀬(とびせ): 面積は 0.002  km²。

 

尖閣諸島は日本固有の領土

日本は、尖閣諸島が無人島であるのみならず、他国の支配が及んでいる痕跡がないことを慎重に確認した上で、1895年(明治28年)1月に閣議決定を行って沖縄県に編入しました。

これは、国際法上、正当に領有権を取得するためのやり方に合致しています。
その後、日本の民間人が日本政府の許可の下、尖閣諸島に移住し、鰹節工場や羽毛の採取などの事業を行いました。

 

1902年(明治35)12月 臨時沖縄県土地整理事務局製図 八重山郡大浜間切登野城村全図 〈複製〉

1899年(明治32)に沖縄県土地整理法が制定され、同法に基づき設置された臨時沖縄県土地整理事務局が、尖閣諸島において土地整理事業(測量及び地租改正)を実施し、同諸島の測量の結果、調製された土地整理図。同事務局は沖縄本島について1903年(明治36)、宮古・八重山諸島について1902年(明治35)に土地整理事業を完了した。【石垣市史編集室所蔵】

 

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なお、福建省の漁民が尖閣諸島の魚釣島近海で遭難した際には、日本人が救助を行い(※1)、1920年5月に当時の中華民国駐長崎領事から「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣諸島」と記載された感謝状(※2)が発出されました。

第二次世界大戦の前は、200人以上の住人が尖閣諸島で暮らし、税徴収も行われていました。また、現在においても、警備・取り締まりや国有地としての管理等が適切に行われています。

 

※1 1920年(大正9)2月17日付 川越壮介沖縄県知事より田中都吉外務省通商局長宛て公信地第一四五ノ三号

 

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前年12月、暴風で遭難し尖閣諸島に漂着した中国福建省の漁民31名を、日本人漁業関係者が救護し、石垣島まで移送の上、中華民国駐長崎領事との交渉の結果、台湾基隆を経て福州へ送還した経緯を、沖縄県から外務省へ報告した文書。

当時、尖閣諸島には日本人が経営する漁業事務所があり、30名以上の日本人従業員が在住しており、彼等が漂流民を救助したことが記されている。【外務省外交史料館所蔵】

 

※2 1920年(大正9年)5月20日付 尖閣列島遭難 中華民国感謝状 豊川善佐宛て(石垣市立八重山博物館所蔵)

 

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サンフランシスコ平和条約(1951年9月)

戦後、1951年(昭和26年)9月に署名されたサンフランシスコ平和条約(※1)において尖閣諸島は日本が放棄した領土には含まれず、日本の南西諸島の一部として米国の施政下に置かれました。南西諸島の一部は米国により射爆撃場として使用されていましたが、当時、中国はそれらの措置に一切異議を唱えておらず、逆に中国共産党の機関誌や中国の地図の中(※2)で、日本の領土とした扱われてきました。

 

※1 サンフランシスコ平和条約〈複製〉 (尖閣諸島・竹島の両方にかかる史料)
1951年(昭和26)9月8日調印。1951年9月8日、講和会議に出席した国のうちソ連など3か国を除く49か国の全権によって署名された。日本側は順に、吉田茂、池田勇人、苫米地義三、星島二郎、徳川宗敬、一万田尚登の各全権が署名。

この条約の第2条(a)では、日本が朝鮮の独立を承認するとともに、放棄すべき地域に「済州島、巨文島、鬱陵島を含む朝鮮」が規定されたが、竹島は日本が放棄すべき地域に含まれていない。

また、尖閣諸島は、同条約第2条(b)に基づいて、日本が放棄した領土には含まれず、日本の南西諸島の一部として米国の施政下に置かれた。【外務省所蔵】

 

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(参考)サンフランシスコ平和条約における竹島の取扱い

サンフランシスコ平和条約の草案に、日本が放棄すべき地域として「済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮」と規定されたことを知った韓国は、1951年7月、梁(ヤン)駐米韓国大使からアチソン米国務長官宛ての書簡を提出した。その内容は、「我が政府は、第2条a項の『放棄する』という語を『(日本国が)朝鮮並びに済州島、巨文島、鬱陵島、独島及びパラン島を含む日本による朝鮮の併合前に朝鮮の一部であった島々に対するすべての権利、権原及び請求権を1945年8月9日に放棄したことを確認する。』に置き換えることを要望する。」というものだった。

この韓国側の意見書に対し、米国は、同年8月、ラスク極東担当国務次官補から梁大使への書簡をもって次のとおり回答し、韓国側の主張を明確に否定した。

「・・・合衆国政府は、1945年8月9日の日本によるポツダム宣言受諾が同宣言で取り扱われた地域に対する日本の正式ないし最終的な主権放棄
を構成するという理論を(対日平和)条約がとるべきだとは思わない。ドク島、または竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐島支庁の管轄下にある。この島は、かつて朝鮮によって領有権の主張がなされたとは見られない。・・・」

これらのやり取りを踏まえれば、サンフランシスコ平和条約において竹島は我が国の領土であるということが肯定されていることは明らかである。

 

※2

senkaku05

 

沖縄返還協定(1972年発効)

1972年(昭和47年)発効のいわゆる「沖縄返還協定」でも、尖閣諸島は日本に施政権を返還する対象地域の中に含まれています。

このように、尖閣諸島は戦後秩序と国際法体系の中で一貫して日本領土として扱われてきました。

 

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突然の中国の領有権主張と挑発行為

1969年に国連の報告書で東シナ海に石油埋蔵の可能性かあることが指摘されると、それまで何ら主張を行っていなかった中国は、日本の閣議決定から76年後の1971年(昭和46年)になって、初めて尖閣諸島の「領有権」について独自の主張をするようになりました。

中国政府は、1992年に「中華人民共和国領海及び接続水域法」を交付した際に、「尖閣諸島を含むその付属諸島」は中国の領土に属すると一方的に制定し、さらに、2012年には声明を発表して、その中で魚釣島およびその付属島嶼(とうしょ)の領域基線を交付しました。

また、2013年には一方的に東シナ海上空に「防空識別区」を設定し、尖閣諸島空域があたかも「中国の領空」であるかのように表示をしました。2008年以降は継続的に中国政府の船舶が尖閣諸島周辺海域に派遣され、頻繁に領海侵入するなど、日本への挑発的行動を繰り返し(※)ています。

これに対し、日本としては、日本の領土、領海、領空は断固とした守り抜くとの決意の下、冷静かつ毅然とした対応を行うとともに、中国に対して厳重に抗議を行っています。

 

※下はPDF資料からではなく、海上保安庁サイトの『尖閣諸島周辺海域における中国公船等の動向と我が国の対処』より転載。

 

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尖閣諸島関連年表

 

1885年(明治18年)以降 沖縄県が尖閣諸島を現地調査し、どの国の支配も及んでいないことを慎重に確認。

1895年(明治28年)1月14日 閣議決定により尖閣諸島を日本の領土とする。その後、沖縄県の一部として支配。

1896年(明治29年)以降 明治政府の許可を得て、尖閣諸島の開拓を開始。

多くの日本人が尖閣諸島に居住し、漁業を中心に鰹節工場や羽毛の採集に従事。

1919年(大正8年)12月 尖閣諸島付近で遭難した中国人を日本人が救助。

1920年(大正9年)5月20日 日本人の救助活動に対し、中国が「日本帝国尖閣列島」と明記した感謝状を贈る。

1951年(昭和26年)9月8日サンフランシスコ平和条約に日本が署名。尖閣諸島は日本の領土として残る。

1952年(昭和27年)4月28日 サンフランシスコ平和条約が発効。

1969年(昭和44年)5月 国連が東シナ海に石油埋蔵の可能性ありと指摘。

1971年(昭和46年)6月 台湾が史上初めて公式に尖閣諸島は台湾の領土であると主張。

1971年(昭和46年)12月 中国が史上初めて公式に尖閣諸島は中国の領土であると主張。

1992年(平成4年)2月25日 中国が尖閣諸島を中国の領土とする国内法を制定。

2008年(平成20年)12月8日 中国公船が尖閣諸島周辺の領海に侵入。

2010年(平成22年)9月7日 尖閣諸島周辺の領海内で中国の漁船が日本の巡視船に意図的に衝突(中国漁船衝突事件)。

その後も中国公船が尖閣諸島周辺海域に出没。

2012年(平成24年)9月11日 尖閣諸島のうち民間人所有だった魚釣島、北小島、南小島を日本政府が取得・保有。

2012年(平成24年)9月14日以降 日本政府への所有権移転を口実とした中国公船による尖閣諸島周辺の領海侵入が激化。

2012年(平成24年)12月13日 中国機が尖閣諸島の領空を侵犯。

 

 

 

 


 

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