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沖縄(一般)

2019/11/02

【沖縄・首里城炎上】首里城はテーマパーク。が、しかし、単なるハリボテではない。

公開:2019-11-02 13:16:37  最終更新:2019/11/12 8:00

首里城の建物の大部分が焼失しました。

このエントリーの目的は、焼失直後の様々な反応について記録として残しておくものです。

 

■「これで世界遺産ではなくなってしまう」!?

ブログ主が火災に気付いたのはテレビのニュースですが、その時はまだ消火中で、ニュースでは炎上する首里城を悲しげに見守る人達の姿を映していました。また、消火後は周辺の住民へのインタビューが幾つか流れ、「沖縄のシンボルが...」、「県民の心の支えが失われた...」というような悲しみの声と共に「これで世界遺産ではなくなってしまう」という男性の声がありました。

「えっ?」と思いました。

首里城の部分はその土台というか遺構部分のみが世界遺産です。(城壁も世界遺産ではない。)

首里城は他の遺構群と共に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として2000年(平成12年)に世界遺産に登録されましたが、ブログ主もその時に新聞記事で、「あれ?いつの間にお城が建ったの?」と思い、「建物は世界遺産ではないのだ」と気付いたので、沖縄の人なら当然知っていると思ったのです。(復元した建物でも忠実に再現されたものなら文化的価値が認められる。)

すると、チャンネル桜の「沖縄の声」(ネット番組)でも、キャスターの方が、殆どの沖縄県民は建物が世界遺産になっていると思ってると仰っていたので、ニュースでの男性の発言もなるほどと思いました。

以下は、この火災の後に知った(調べた)ことですが、

 

@david_villa_07_

知らない人が多かったので。
上に建ってる建築物は殆ど世界遺産では無く、戦時中に焼失した首里城の跡が世界遺産。
1、2枚目の石垣の遺構がそれ。
正殿の一階からガラス越しに見れた。
今回焼失した正殿などは70cm位底上げされて、その上に建ってる。
戦前の消失前の正殿などは国宝だった。

午前8:12 · 2019年10月31日

 

Syuri01

 

上のツイートに遺構の広範囲な画像がありますが、となると、正殿の地下以外は埋めてしまったことになりますが、それは世界遺産登録の妨げにはならなかったのか、あるいは、他の遺構群で十分だったのかも知れません。

そこで、首里城公園の公式サイトを見てみたのですが、驚くことに、世界遺産となった遺構については全く言及がないのです。そして、外観からは分かりませんが、正殿を取り囲む建物はカフェであったり、土産物店でした。(どちらも北殿)

それでは、そもそも、この首里城の再建はどんなコンセプトだったのでしょうか?

その前に、まずは、近年の歴史を振り返ってみます。

 

■廃藩置県後の首里城の変遷

今回の火災では沖縄戦での破壊ばかりがクローズアップされますが、それ以前に創建以来3度焼失しています。

廃藩置県(1871年)より遅れること数年、冊封体制にあった清と関係を清算するため、沖縄県の設置は1879年の琉球処分によってなされ、首里城に駐留した明治政府軍により改造されたそうです。本来なかった場所に窓が作られたり、壁が取り払われるなどしたそうです。(現代ビジネス『「世界遺産」は期待されすぎ!? 岩と虚構で成り立つ「首里城」、定番スポットの光と影  』岡本亮輔氏)

その後は主のいなくなった城は荒廃します。また、沖縄は明治以降財政が悪化、大正14年には政府に「植民地並みの特別会計を」と陳情する程財政が逼迫し、当時の首里市の市議会は首里城の取り壊しを決定します。

(画像は昭和20年の米軍の航空写真:左側の「ロ」の形の建物は尋常小学校だそうです。)

 

Syuri03

 

これを救ったのは東京帝国大学教授の伊東忠太(1867~1954年)らで、正殿の背後に琉球尚家の祖である源為朝と歴代王を祀る「沖縄神社」を創建、拝殿は正殿を利用しました。これにより、古社寺保存法の対象とし、国の予算が利用できるようになりました。

その後(1925年/大正14年)、国宝に指定され、国宝保存法の制定で国により保全されることになりました。名目は沖縄神社の社殿。昭和2年(1927年~)から7年の間に補強工事が行われました。(この項、惠隆之介氏の説明とAERAの記事【※3】、首里城公園のサイトより)

そして、戦火による焼失後は跡地に米軍によって大学が建てられていました。

 

■首里城は歴史テーマパーク

琉球大学の跡地利用という位置づけだと言うことが、後述する岐阜女子大学のサイトに書かれています。(再建プロジェクトの中心となった高良倉吉教授の言葉)

 

そのことによって琉球大学が国立大学になりまして、キャンパスが狭いというので、首里城の跡に置かれたキャンパスから、現在の新しいキャンパスを求めて移転するということになり、琉球大学が移った後に、その場所をどのように使いますかという跡地利用検討というものが始まっていって、実は私はそのときから深くかかわったというわけです。
検討委員会が何度も開かれましたけれども、結論は、首里城の建物の復元を含む歴史公園として整備したらいいじゃないかというようなことに決まりました。誰が考えても、結論はそのようにしかならないわけですね。

 

■戻されなかった「沖縄神社」

なお、戦後移された沖縄神社は公園には戻されなかったそうで、現在では公園から1kmほど離れたところに小さな祠で祀られたままです。

 

20191101_chsakura_okinawajinja

 

 

■首里城はフィクションだが単なるハリボテではない

ブログ主は「心の支え」だったという人達を否定するものではありません。個人の感情は様々だからです。

実は、火災の報を聞いて真っ先に調べたのは、再建された首里城とはどんなものであったかということです。すると、再建プロジェクトに関わった人達の苦労の跡が分かり、ここで初めて首里城の焼失を惜しいと思いました。焼失した建物は考証や調査、宮大工【※2】や職人とも協力した研究の成果なのです。

資料が少なく、米国公文書館でカラー写真が見つかった(2014年)のは正殿再建(1992年)後のことだったようです。

 

Syuri02

 

Wikipediaの情報ですが、復元の為に屋根瓦の色を老人に聞いても、赤から黒までバラバラだったそうです。恐らく、御一新(明治維新)の後は関心もなかったのでしょう。こちらの那覇市歴史博物館のサイトでかなり解像度の高い写真が見られますが、ボロボロです。

この再建は「三度目の火災の後再建された1715年(正徳5年)から1945年(昭和20年)までの姿を基にしている」とのことで、その当時は「薩摩藩から2万本近い原木を提供」されたそうです。

とかく、中国風のケバケバしい色が話題にされますが、瓦の色はともかく、ブログ主の目には、正面の柱などは朱色が塗られていたように見えます。

【2019/11/12追記】2019/11/11放送のチャンネル桜『沖縄の声』で「友寄絵図」(ともよせえず/明治14年)というのを知りました。首里城全体を俯瞰した絵なのですが、御庭周辺のみをクローズアップしたのが下の図です。

 

20191111_okinawanokoe_tomoyoseezu

 

前述のように、沖縄の廃藩置県は1879年(明治12年)だったので、この図は琉球王府時代を表していると言えます。この絵を見ると、正殿は玄関のみ朱色に塗られています。奉神門を見ても一部に「赤」い絵の具を使っているところを見ると、それ以外の薄い赤茶に塗られている部分は「赤」では無かったのでしょう。

また、昭和4年(1929年)に撮影された、正殿の前で空手の演武をしている写真(下図/Wikimediaより)を見ると、窓と窓の間の柱の色は濃くなっています。それで、改めて米国公文書館の写真を見ると、柱には朱色が残っているように見えます。恐らく、部分的に朱色を使ったというのが正しいのかも知れません。

 

Karate ShuriCastle

 

正殿の前の灯籠が神社である事を物語っています。

 

再建プロジェクトについて詳しくは、

 

 

に書かれていますが、城内に植える木一つとっても、写真では正確な樹種が分からず、土を掘り起こして発見した根からガジュマルと判定したり、それはそれは地道な作業です。

とは言え、資料が乏しく、前述の現代ビジネスによると、復元された首里城にはかなりのフィクションがあるといいます。

 

もちろん、復元首里城は学術的にも精密な考証を経ている。しかし、あくまで学問的想像力に基づく再構成だ。たとえば正殿の建物は18世紀初頭の資料を元に設計されたが、そこに置かれた国王の椅子は15世紀頃の王の肖像画を元に製作された。本来、同時に存在することのなかったものが組み合わされており、復元首里城はブリコラージュ作品とも言える。

 

また、再建当時、中国風が強調された姿に批判的な意見もあったようで、再建プロジェクトでの考証に疑問を感じる他の専門家も少なからずいるようです。

 

正殿以外の他の建物の内部はほとんどコンクリート製です。沖縄サミットの会場として使われましたが、再建プロジェクトは「歴史的建造物の再現」と「現代的な利便性」のバランスを取るのに苦労したのではないでしょうか。

 


https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191031/k10012158501000.html
首里城火災 焼失した7棟は
2019年10月31日

20191031_nhk_syuri01

首里城公園管理センターなどの発表によりますと、今回の火災では首里城の最も中心的な建物の「正殿」をはじめ「北殿」や「南殿」、「書院・鎖之間(しょいん・さすのま)」、「黄金御殿(くがにうどぅん)」、「二階御殿(にーけーうどぅん)」、それに、「奥書院(おくしょいん)」の7棟が焼けました。(中略)


琉球王国の象徴「正殿」

国王が執務した「正殿」は漆が塗られた朱色の壁が特徴の高さ15メートル余りの木造3階建ての建物で、平成4年に復元されました。(中略)

そのほかの建物

北殿は外観は木造ですが、高さおよそ9メートルの鉄筋コンクリートの建物で、九州・沖縄サミットで各国首脳を招いて開かれた晩さん会の会場となりました。

南殿・番所は、外観は木造ですが、高さおよそ11メートルの鉄筋コンクリート2階建てで、資料の展示スペースとして活用されていました。

奉神門は、外観は木造ですが、高さおよそ10メートルの鉄筋コンクリートの建物で、正殿のある御庭に入る際の最後の門となっています。

このほか、書院・鎖之間は木造平屋、黄金御殿と二階御殿は鉄筋コンクリートと木造を組み合わせた造りになっています。

2000円札の絵柄となった守礼門は(しゅれいもん)、御庭から200メートル以上離れた場所にあります。

 

 

首里城をイデオロギーや政争に利用するな

最初に消失直後の県民の声をご紹介しましたが、SNS等を見ていると、なにやら不穏な声も散見されます。そこで早速、沖縄を愛する保守の方々からは「政治利用するな」という声が上がっています。

そもそも、平成の再建の当時からこのような声があったそうです。(篠原章氏ブログ『首里城燃ゆ』2019/10/31)

 

高良先生はしばしば、「復元作業の過程で左翼陣営の人たちから、“支配と搾取と奢侈の象徴である王族の城など復元しても無意味だ”と批判された。“そうじゃないんだ。大工や職人を中心に当時の琉球の大衆が身につけていた技術と文化の結晶が首里城なんだ。たんなる支配・搾取・奢侈の象徴などではない”といってもなかなか理解されなかった」と語っておられた。ぼくは高良先生この言葉に感動を禁じえなかった。

 

また、沖縄は本島でさえ地域差があり、現在は那覇市の一部ですが、「首里」はまた別の意識があるそうで、特に離島の方にとっては、重税に苦しめられた歴史があるので、左翼で無くとも、「圧政の象徴」というイメージがあるのだそうです。(人減らしの歴史を物語る場所もあります。)

今回もすかさず再建の話が出てくると、保守の間からも、理由は様々ですが、再建するなという意見やセンチメンタリズム全開の論調への批判が出始めました。一部をご紹介します。(下記ブログはどちらも『沖縄の声』キャスターの方)

 

 

10月31日11月1日放送の『沖縄の声』でも、焼失は残念としながらも、首里城を「琉球独立運動」や「中国の属国化」の道具にするなという警鐘を鳴らしていました。

そう。首里城礼賛は「琉球王国の美化とそれを潰した明治(日本)政府」という沖縄特有の歴史観に繋がりやすいのです。沖縄では、「島くとぅば」と言って、本来地域毎に異なる方言を統一して「琉球民族」を意識させる教育を行っています。(なにやら、「アイヌ」と似た流れ)

極端すぎる意見でいちいちリンクは貼りませんが、「政府が再建したら、益々沖縄の基地負担を押しつけられるから、いっそのこと中国にでも頼ろう」というツイートも見かけました。これは“左翼陣営”の声。

11月1日の虎ノ門ニュースでは出演者の須田慎一郎氏が、「国の方針に逆らいながら金を無心する沖縄県」に対して多くの人が感じているであろう気持ちを想像して『(国民の)モヤモヤとする気持ち』と表現していました。

前述の篠原章氏はブログでイベント利用の多さに苦言を呈されていました。

 

ただ、正殿や隣接施設を利用しての祭りが多いことは気になっていたし、今年の2月1日から首里城有料区域の管理者が国から県に移行したことについても不安は感じていた。(中略)歴史的建造物がほとんど残されていない沖縄県において、復元されたものとはいえ唯一の歴史的建造物といってもいい首里城にかかる負担がちょっと大きすぎるのではないか、と感じていた。

 

沖縄タイムスなどは早速、『首里城火災で政府与党、異例のスピード対応 選挙苦戦の沖縄で、県民の理解を引き出したい思惑か』(2019年11月3日)と穿った見方の記事を書いていますが、玉城デニーが早々に“物乞い”【※3】をしておいて、なんという言い草。

 

実際に、火災は首里城祭の最中で、火災がなければこの後、ロウソクやライトを使ったイベントと冊封の儀式(三跪九叩頭礼)のイベントが行われるはずでした。

次に再現されれば5度目の再建となるのですが、SNSで情報発信が容易くなった現在では一筋縄ではいかないようです。

 

どうやら、今後何百億もの国税が注ぎ込まれそうなので、国民の一人として意見を言わせて貰うと、次は「高価なおもちゃで遊ぶな」、「遊ぶなら外(中庭以外)でやるか、中でやるならディズニーランドのようなハリボテで十分」と言いたいです。

 

今回知ったのですが、首里城は本来はイヌマキの木【※4】で造られていたそうです。マキというのは日本では宮殿や寺社に使われることは少ないと思いますが、沖縄の気候には適した建材なのだそうです。

しかし、沖縄には既にイヌマキはなく、仕方なく県外から木材を調達したとのことですが、NHK(BS1)のニュースで、台湾から輸入した台湾ヒノキだと知りました。父親がヒノキを売ったという業者の方が「父の最後の仕事だった」と残念そうに語っているのを聞いたからです。一部は鹿児島と宮崎から調達したイヌマキを利用しましたが、今では入手困難だそうです。

ブログ主は一時、最後の宮大工と呼ばれた故・宮本常一氏に興味を持ち、様々な本を読んだり、実際に奈良に出かけて薬師寺や法隆寺を見学(拝観)したり、ビデオも購入したりするほど熱心だったので知っているのですが、薬師寺再建のためのヒノキは最早国産のものの調達がコスト面でも難しく、台湾ヒノキを使うことになりました。業者を見つけるのも簡単では無かったのですが、そんなに立派なお寺を建てるためならと承諾してくれた業者が見つかり、宮本棟梁が1本1本選びました。

その後、台湾では伐採制限が掛けられ、間に合って良かったという話を読んでいたので、首里城のためにヒノキを売ってくれたと知って少し驚きました。

せっかく売ってくれた貴重なヒノキを30年で灰にしてしまったのです。

歴史公園の整備もつい最近まで続いていました。再建するにしても国はホイホイとお金を出すのではなく、県民も再建プロジェクトに関わった方達の苦労を思い遣ったり、その費用の重みを噛みしめるのが先だと思います。

良心的な県民ならどれほど恥ずかしく思うでしょうか。

 

* * * *

 

【※1】 AERAの記事


https://dot.asahi.com/aera/2019110100086.html?page=2
首里城焼失に復元事業の権威が落胆 「沖縄伝統木材の調達が困難か」
2019.11.1 18:20

(前略) 1912(明治45)年、首里城内に小学校(当時尋常高等小学校)が建てられると、荒廃した正殿が倒壊すると危険との判断から取り壊しが検討された。この動きを止めたのが、東京帝国大学教授の伊東忠太(1867~1954年)たちだ。1923年に沖縄で文化調査を行っていた伊東らは、正殿の取り壊しが間近に予定されていることを知り、内務省に保存の重要性を訴え、取り壊しの中止を要請。この電報が届き、取り壊しは寸前で回避された。

 当時、文化財保護法は制定されておらず、城は1897年制定の古社寺保存法の対象外だった。このため、伊東たちは正殿の背後に沖縄神社を新たに建て、正殿を神社の拝殿と位置付けることで国の予算で修復できるよう取りはからった。

 その後、正殿は国宝に指定。1929年制定の国宝保存法に基づき国の責任で保全されるようになった。しかし、1945年の沖縄戦で焼失。戦後、58年に守礼門が復元され、86年には国が国営公園整備事業として首里城の復元を決定した。

(中略)戦災で沖縄には巨木がほとんど残っていなかったため、前回の復元時は主に台湾産のヒノキを取り寄せた。ほかに、沖縄の特色を少しでも出したいとの思いから、沖縄で「チャーギ」と呼ばれるイヌマキ科の伝統木材を一部で使用したという。ただ、これも沖縄では調達できなかったため、鹿児島県と宮崎県で探し、沖縄へ運んだ。しかし今では、九州南部でも確保は困難だという。

■地元の職人に技術を継承

一方で前回より有利な点もある。復元のための図面などの資料がそろっていることに加え、建築や彩色を担う職人が沖縄の地元で育っていることだ。復元事業の当初は、宮大工や漆職人を本土から招いていたが、長期にわたる事業の間に地元の職人に技術が継承されているという。

「これは首里城の復元に長い時間をかけてきたおかげかもしれません(笑)。だから今度は、技術的なことは地元の人たちで十分対応できるはず。そこは安心材料です」(鈴木さん)

10月31日朝に首里城焼失のニュース映像をみたとき、鈴木さんは「俺は30年間、何をやってきたんだろう」と落胆したという。だが、未来に宝を残す、タスキをつないだ一人であることは間違いない。

 

 

【※2】 福井新聞記事


https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/964728
首里城復元した宮大工ら言葉失う
福井の職人、全焼に「ショック」
2019年11月1日

 沖縄戦災復興の象徴とされた首里城復元工事の中心を担ったのは、福井県の宮大工たちだった。職人の技が惜しみなく注がれた首里城が全焼した10月31日、正殿の屋根が焼け落ちるテレビ映像を目の当たりにした宮大工は「あまりにもショック」と肩を落とした。

 復元に携わったのは藤田社寺建設(福井県永平寺町)。越前大仏の建設に台湾ヒノキを使用していたことから、同じ木材での復元を目指す正殿工事の要として白羽の矢が立った。1992年の完成まで、10人を超す精鋭が3年以上現地に滞在。現地の宮大工と汗を流した。

 当時、副棟梁として図面や施工管理を担った山本信幸さん(61)は「当時としては木造建築最大級の復元工事。地元愛の強い沖縄の県民性もあり、ものすごい重圧だった」と振り返る。そうした中、心魂を注いで一大プロジェクトを成し遂げただけに、正殿が焼け落ちる映像に「あまりにもショック。言葉を失った」と肩を落とした。その一方、「一から復元に携わった人間として少しでも役に立ちたい」とも語った。

 首里城一帯の復元は2018年まで続き、藤田社寺建設は正殿に隣接する御殿などの工事も担った。三浦博之社長(62)は「来年には傷んでいた正殿の柱を入れ替える予定だったのに…」とショックをあらわにし、棟梁の近藤克昭さん(40)は「再び復元するには10年、20年を要するかもしれないが、早く元通りになってほしい」と願った。正殿復元に合わせ現地で採用された沖縄出身の與那原幸信さん(53)は「セキュリティーが厳しかった正殿で、どうして火が出たのか不可解」と話した。

 

【※3】 産経記事


https://www.sankei.com/politics/news/191103/plt1911030012-n1.html
首里城復元費、振興予算と別なら「県民安心」 玉城沖縄知事
2019.11.3

沖縄県の玉城(たまき)デニー知事は3日、焼失した那覇市の首里城復元に必要な経費について、沖縄振興予算とは別枠での措置を求める声が与党内で上がっていることについて「そのような話で政府が決定していただけるのであれば、この上ないことだ。多くの県民も安心するだろう」と述べた。那覇市内のホテルで記者団の質問に答えた。

 玉城氏はまた、「首里城の件に関しては政府としっかり協力してやっていきたい」と語った。沖縄の本土復帰50年にあたる令和4年までにまとめる首里城再建計画を検討する枠組みに関しては「国の動向とうまくリンクできるように、カウンターパートの県として動けるようにやっていきたい」と説明した。

 首里城復元経費をめぐっては、公明党の斉藤鉄夫幹事長が2日に「沖縄予算に圧迫が加わらないような形でやるべきだ」と述べていた。政府は3年度まで沖縄関係予算3千億円台を確保するとしているが、今回焼失した正殿など7棟は前回復元時に約73億円を投入している

 これに先立ち、玉城氏は県功労者表彰式典に出席し、「一刻も早い首里城の復元に向けて全力を尽くしてまいる」と語った。

 

 

【※4】 FNN記事


沖縄にゼロからイヌマキの森を作る。首里城を守るためにできることとは?
<SDGsのランナー>高良倉吉さん
2018年9月1日

  • 沖縄県の首里城に必要な樹木イヌマキ
  • 1992年の復元作業で調査をすると沖縄に1本も無かった
  • 将来の修復で使うため、25年前から地道な植樹作業を続ける

(以下略)

 

 

  


 

 

 

 

2019/10/10

【沖縄】玉城デニーの公金横流しスキャンダルの中心人物、徳森りま氏、台湾に高飛びか!?

以前のエントリー『沖縄のタマネギ男爆誕!玉城デニーと万国津梁会議、新外交イニシアチブ、公共事業を私物化か』に書いたように、県の公共事業を受託した業者「子供被災者支援基金」の沖縄事務所と委託側である県の関係者や、本来は第三者である「万国津梁会議」のメンバーが、契約前日(5月23日)に前祝いをしていた証拠の写真をきっかけに、今、沖縄では蜂の巣をつついたような大騒ぎになっています。

そして、渦中の人物の一人、徳森りま氏を議会に参考人招致することを決定(決議の際は「与党=デニー側」は退席)したところ、連絡が取れない状態だったのですが、実は、9月30日付けで「子供被災者支援基金」を退職していることが判明しました。

そして、最新の情報では台湾に行ってしまったそうです。

しかし、公共事業の契約はそのままとのこと。

 

主な登場人物(団体)は下の図のような相関関係があります。(沖縄自民党の県議・島袋大氏らが記者会見した際のパネルより)

 

20191004_okinawatimes04

 

5月23日の宴会の写真(←クリックすると表示されます)

 

徳森りま氏、だけでなく、例えば新外交イニシアチブの代表の猿田佐世氏など、名前で検索すれば幾らでも情報が出てきますが、彼女は普天間飛行場辺野古移設の県民投票など、反基地活動家として玉城デニーをバックアップしていた人物で、私設秘書と呼んでもいい人間です。

万国津梁会議のメンバーも、沖縄の方ならお馴染みの反基地活動家のようです。

外連(けれん)の島・沖縄――基地と補助金のタブー』などの沖縄のタブーに切り込んだ著書がある篠原章氏のサイトから一部を引用させて頂き、ご紹介します。

 


「業者との癒着」写真で浮上した玉城デニー知事の守護女神「徳森りま」をめぐる疑惑
2019/10/07

徳森氏は、元山仁士郎氏と共に、知事候補にいちばん遠いところにいた玉城デニー氏を知事に擁立する動きの中心にいた人物である。つまり、徳森氏がいなければ玉城氏は知事になっていなかったということだ。

徳森氏の曾祖父はペルー移民、父の代にいったん沖縄に戻ったが、小学校低学年まで南米で過ごし、その後大学・大学院まで沖縄で教育を受けている。卒業後、南米での交流事業に2年間参加し、帰国してからは世界のウチナーンチュ大会や島ぐるみ会議の事務局などで働いてきた。「多様性の尊重」や「沖縄の自己決定権の尊重」という立場から辺野古埋め立てに反対する。玉城知事の信頼は絶大で、徳森氏が要請する会合(飲み会も含む)やイベントには最優先で参加するという。知事公室が把握していない外部での活動の大半は徳森氏によるブッキングだといわれている。フジロックフェスティバルもその1つだ。徳森氏の差配に知事公室の業務が追いついていないという。

 

なお、上に提示した画像(パネル)では「當間嗣基」となっていますが、おそらく正しくは「当真嗣基」で、玉城デニーの娘婿です。

 


https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/369724
知事特別秘書 当真氏を任命
2019年1月9日

(無料公開部分のみ引用)

 玉城デニー知事は1日、日程調整などを担う特別秘書に、元会社員の当真嗣基氏(32)を任命した。 当真氏は1986年5月生まれ、沖縄市出身。専門学校尚学院国際ビジネスアカデミー卒。当真氏は玉城知事の娘婿。 翁長雄志前知事の特別秘書を務めた岸本義一郎氏は12月28日付で辞職した。

 

更に、2019年06月22日付の朝日新聞『論座』サイトの記事を読むと、むしろ、玉城デニーを県知事に選んだ側に徳森りま氏がいることが伺えます。

 


多様性が発展させる民主主義 「新時代沖縄」をつくるポジティブパワー
徳森りま NGO「ちむぐくるアクション」発起人

 大学院を修了後、「島ぐるみ会議」という沖縄の市民団体に事務局スタッフとして関わり、名護市・辺野古へ座り込みに行く市民らの支援や、故・翁長雄志前県知事が国連人権理事会へ参加した際の随行サポートを行った。

(・・・)

 翁長知事が亡くなって数日が過ぎた後も、知事選の候補者選考は一向にまとまらず県民は気を揉んでいた。そうした中、「辺野古」県民投票の会代表の元山仁士郎さんやSEALDs RYUKYUで活動していた後輩から、一緒に会って話をしたいと声をかけられた。数人程度の集まりだと考えていたら、予想に反して20人弱にまで膨れ上がった。そうして集まった10~30代のメンバーで、これから自分たちが沖縄を守るためにどうしたらいいか、どんな政策が必要か、誰を知事にしたいかを、とことん話し合った。

 実は、2018年春に翁長知事のがんが明らかになった時に、市民の間では後継者候補として当時衆議院議員だった玉城デニー氏の名前がささやかれていた。しかし、政党や組織からなる「調整会議」の人選関係者の間で彼の名前が議論されることはなかった。そのことが頭の片隅にあった私は、集まりの中で事情を話してみた。

 はじめは、「玉城デニーって誰?」「僕は安室奈美恵ちゃんが知事になったほうがいいと思う」などと話していたメンバーだったが、(・・・以下、会員のみ)

 

今回の件を沖縄メディアは「(業者との)癒着」と表現しているようですが、反基地活動家が玉城デニーを利用した「横領」事件ではないでしょうか。

沖縄タイムスなどが珍しく玉城デニーに冷たいのも、元々、“軽い神輿”として選んだだけだからでしょう。「タマネギ男」と書きましたが、玉城デニーは「パペット」です。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

2019/10/03

沖縄のタマネギ男爆誕!玉城デニーと万国津梁会議、新外交イニシアチブ、公共事業を私物化か

公開: 2019-10-03 08:27:17  最終更新: 2019/10/05 5:50 

首都圏では全く報道されていないのではないかと思いますが、今、玉城デニー沖縄県知事が「タマネギ男」状態になっています。いや、沖縄だから「島ラッキョウ男」と呼ぶべきか。

 


【このエントリーの要点】

  • 沖縄県の公共事業を受託したのはペーパーカンパニーの疑惑(沖縄県内事務所は応札時、徳森氏1名のみ)。
  • 公共事業の契約日前日に玉城デニーを含む利害関係者で前祝い?
  • 玉城デニーの反基地全国キャラバンは「新外交イニシアチブ」(ND)が受託。その住所は徳森氏の会社と同じ。
  • 公共事業の選定を行う「万国津梁会議」のメンバーはNDと重複。
  • 沖縄タイムスも批判的記事

 

下は沖縄の良心『八重山日報』の記事です。

 


http://www.yaeyama-nippo.co.jp/archives/9117
契約前に受注業者と会食 自民、玉城知事を追及 県議会
2019/10/3

 玉城デニー知事が、自ら設置した「万国津梁会議」の支援業務を受注した団体の関係者と契約前日に会食していたことが9月30日、県議会の一般質問で明らかになった。

 10月1日の一般質問で照屋守之氏(自民)は「受注する側がじかに連絡して知事と会っている。発注者と受注者の癒着ではないか。世間的に許されない」と追及した。

 玉城氏は「契約日は知らなかった。プライベートで参加した」と釈明。会議を所管する文化観光スポーツ部の新垣健一部長も「予算執行は、部内決済で完結している。契約については知事に報告していない」と答弁した。
 契約の受注先が内定したのは5月17日、問題とされた会食は5月23日、契約日は同24日だった。玉城氏によると会食には県職員も同席し、時間は1時間ほどだったという。

 自民党の中川京貴会長は議会の調査権行使を要求したが、新里米吉議長は県当局の答弁に問題はないとして拒否した。

 照屋氏は万国津梁会議の支援業務の受注団体が、玉城氏が県外で米軍基地問題を訴える「トークキャラバン」の委託も受けていることを疑問視。玉城氏を支える国会議員が団体の評議員を務め、辺野古基金からも予算が流れていると指摘し「政治団体に等しい。県が1043万円で委託するのは許されるのか」とただした。

 池田竹州知事公室長は辺野古基金から寄付金があったと認め、余剰分は返還されていると反論した。委託業者は公募で選定し、必要な審査を通過したと説明した。

 維新の當間盛夫氏は団体について「知事の訪米で役割はあったか」と質問。池田氏は「昨年の知事訪米で、(団体は)関係していない。今月の訪米は県のワシントン事務所が対応する」と返答した。

 

少し、複雑なのですが、沖縄県の公共事業を受託した企業を巡る疑惑が2つあります。

まず、有識者による委員会(万国津梁会議/ばんこくしんりょうかいぎ)を経て公共事業を受託した企業との問題。そして、 ②玉城デニー知事が行っている反基地全国キャラバンやフジロックフェスティバル参加の実働部隊、一見関係ないこの2つの事業のキーパーソンが徳森りま氏という人物で、反基地活動に公費が流れているという疑惑です。徳森氏は実は翁長雄志前県知事時代から関わっており、沖縄ではデニーの実質的な秘書とも呼ばれている人物です。

 

玉城デニーの万国津梁会議の公共事業収賄疑惑

「万国津梁会議」とは、沖縄県のHP「平成31年度 万国津梁会議設置等支援業務の企画提案募集について」によると以下のような目的で設置された第三者の有識者委員会です。公共事業の選定を行うという立場上、透明性が求められます。メンバーについては後述します。

 


沖縄21世紀ビジョンの基本理念及び5つの将来像を実現し、新時代沖縄を構築するために、更なる政策の推進が必要であり、有識者等から意見を聴くため「万国津梁会議」を開催し、効果的な議論等を促すための万国津梁会議設置等支援に係る業務を行う。

 

この問題を厳しく追及したのは自民党の県議です。下はNHKのwebニュースの動画のキャプチャ。(アナの服装から沖縄ローカル記事と分かります。)

 

20190930_nhk01

 

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上の画像にも写っていますが、正式契約の前日に玉城デニー沖縄県知事を初め、受託者、秘書(玉城デニーの義理の息子)や県職員、会議の委員と共に宴会をしている写真が県職員のSNSにupされました。(現在は削除)

 

20190524_tamaki

 

こちらの写真はもう少し顔がよく分かります。

 

経緯。(琉球新報記事より)

20191003_ryukyu_bankokusinryo

 

公共事業の具体的な内容は不明ですが、に1社のみ応札(何故か他の応募者は辞退)したため随意契約で落札(受託契約:2407万7千円)。この団体は県外の団体(一般社団法人子供被災者支援基金/住所:山形県寒河江市大字寒河江内の袋24番地の6)で沖縄の事業所の設立者は同法人の鈴木理恵氏、職員は徳森りま氏1名のみの事務所があるだけで、事務所の設置は2019年1月14日。設置以来、公共事業の受託実績はゼロです。

しかも、沖縄に開設された団体名は「万国津梁会議設置等支援業務スタートチーム」で募集の少し前に設立されたので、まるで事業を請け負うために設立されたようなものです。

(下の画像は大山たかお那覇市議のYouTube動画より)しかも、住所の場所は古いアパートの一室。この部屋が後述する新外交イニシアチブの沖縄事務所と同じです。

 

20191002_ooyama01

 

ここで、山形県の子供被災者支援基金についても振れておくと、HP(http://kodomohisaisha.org/about/)の概要によると、以下のスタッフで、住所で地図を検索すると、畠に囲まれた民家です。

  • 代表理事: 鈴木理恵
  • 事務局長: 早坂信一
  • 監 事: 東田秀美
  • 相談役: 谷瀬未紀

 

県側の弁明によると、宴会に参加した県職員は受発注に関係ない部署だから倫理規定に抵触しないということですが、宴会の画像で分かるように、最高責任者の玉城デニーや委員会メンバー、受託業者とあってはもろに利害関係者であり、どう見ても「前祝い」の宴会です。特に、これが受託業者の接待であれば大問題です。

 

【2019/10/04追記】沖縄タイムスの記事の画像で確認できました。

 

20191004_okinawatimes01s

 

主な登場人物(団体)は下の図のような相関関係があります。(沖縄自民党の県議・島袋大氏らが記者会見した際のパネルより)

 

20191004_okinawatimes04

 

 

万国津梁会議のメンバー

琉球新報の記事でご紹介します。

 


https://ryukyushimpo.jp/news/entry-919863.html
万国津梁会議の委員にマイク・モチヅキ氏、野添文彬氏ら5人就任 米軍基地の整理・縮小に向け議論
2019年5月17日 12:10

20190517_ryukyu_member

(左から)ジョージワシントン大学のマイク・モチヅキ准教授、沖縄国際大学法学部の野添文彬准教授、東アジア共同体研究所の孫崎享氏、国際地政学研究所の柳沢協二氏、琉球大学人文社会学部の山本章子講師

 玉城デニー知事は17日の定例会見で、人権や平和などを議論するため新たに設置した万国津梁会議の委員にジョージワシントン大学のマイク・モチヅキ准教授、沖縄国際大学法学部の野添文彬准教授、東アジア共同体研究所の孫崎享氏、国際地政学研究所の柳沢協二氏、琉球大学人文社会学部の山本章子講師の5人が就任したことを明らかにした。
 
 第1回目の会議を5月30日に開催する。年度内に4回議論し、国内の米軍専用施設の7割が集中するなど沖縄が置かれている厳しい状況を踏まえ、米軍基地の整理・縮小に向け議論する。委員の意見は県の政策に反映させ、日米両政府に基地の整理縮小を求める論拠として活用することも検討する。

 玉城知事は「新時代の沖縄を構築するために有識者に自由に意見を述べていただき、県の施策に反映させていきたい」と述べた。【琉球新報電子版】

 

 

新外交イニシアティブ(ND)と公共事業受託業者の関係

下の大山たかお那覇市議のツイートをご覧下さい。

全国キャラバン事業とは、玉城デニー県知事が全国を回る反基地活動です。脳天気にギターを弾いて反基地の歌なんかを唄っています。

これの実働部隊が新外交イニシアチブ(ND)と呼ばれる団体で、公費が支出されています。そして、NDと万国津梁会議の事業を受注した業者が同じ住所ということです。

 

 

以下は依田啓示さんのツイートです。

 

 

下の画像は「新外交イニシアチブ」のHPから印刷(PDF化→画像化)したものですが、メンバー(初期メンバー?)はこのような人物。ここに今は鈴木理恵氏や徳森りま氏が加わっていることになります。つまり、万国津梁会議もNDも子供被災者支援基金も皆同じ穴の狢。

 

20191003_nd01

 

マイク・モチヅキ氏は万国津梁会議のメンバーでもありますね。屋良朝博氏は玉城デニー辞職に伴う補選(沖縄第3区)で当選した衆議院議員ですが、米軍基地の近くで風船を飛ばして事故を起こそうとしていた活動家です。(こういうのを当選させてしまうのは沖縄県民のダメなところですが...)

 

【2019/10/04追記】沖縄タイムスでさえ玉城デニーを庇わない

上に書いたことと重複しますが、沖縄タイムスでさえ玉城デニー県知事を擁護しない記事を書いているので、情報として引用しておきます。

 


https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/479369
「癒着を疑われるのも当然だ」会食問題で識者 就任1年、デニー知事に火種
2019年10月3日

 玉城デニー知事の重要政策「万国津梁会議」の支援業務を受託した業者と知事の関係を巡り、野党の沖縄・自民が疑惑の追及を強めている。契約前日の業者との会食が県職員倫理規程に違反する疑いや、業者の関係者が知事の政治活動の支援者であることを指摘。知事は「問題ない」との認識を繰り返しているが、自民側は一般質問終了後も常任・特別の両委員会などで、追及を続ける構え。4日に就任1年を迎える玉城県政の火種となりかねない。(政経部・仲村時宇ラ)

◆野党は追及を強める

 県は有識者の意見を聞く「万国津梁会議」で、会場設営、委員の日程調整などを担う業務の公募を4月12日に開始した。同17日の説明会に6社が参加。5月10日に締め切り、共同企業体1社から応札があった。

 県は5月17日に選定委員会を開き、同日に内定を通知、同24日に契約を締結した。問題の会食は前日の23日に開かれた。

 共同企業体は山形県の「子ども被災者支援基金」が代表で、県内の旅行代理店など3社と計4社で構成。この基金は1月に沖縄事務所を設置した。知事は事務所の女性職員から昨年9月の知事選で、支援を受けたことを認めている。

 知事は契約前日に、女性職員や基金代表との会食に、県職員3人と参加。自民県議は「山形から代表者が来て一緒に飲食し、万国津梁会議の話が出なかったとは信じられない」と批判する。

◆沖縄事務所の住所が同じ

 業者の選定や契約の最終決裁者は文化観光スポーツ部の統括監で、知事に報告はなかったという。知事は「全く知らなかった。私的な会食だった」と否定した。

 県職員倫理規程は「県民の疑惑や不審を招くような行為の防止」を目的に、利害関係のある関係業者との会食などを禁じている。一方、職務に関係のない友人らとの会食を除外する。

 金城弘昌総務部長は、特別職の知事は倫理規程の適用対象でないとし「あくまで友人との私的な会食」と強調。職員3人も文化観光スポーツ部の所属でないため「職務と関係がない」と述べ、いずれも規程に抵触しないとの見解を示した。

 自民側は、知事のもう一つの重要政策「全国トークキャラバン」の業務を新外交イニシアチブ(ND)に委託したことにも注目。NDの代表は玉城知事と面識があり、NDの沖縄事務所と、会食で問題になった基金の沖縄事務所は同じ住所だ。

 自民側は「知事が親しい関係者に委託したか、職員が知事の意向を忖度(そんたく)したか。公金支出の在り方として問題だ」と主張している。

◆疑われても仕方がない

 江上能義琉大・早大名誉教授の話 以前からの知り合いが県の業務を受注し、玉城デニー知事がその契約以前に会食していたとなれば、癒着を疑われるのは当然で、あまりに不用意だ。知事は行政の長として疑いを掛けられるような行動は避けるべきだ。

 事業には公金が使われている。知事と関わりがある業者に委託が集中していると疑われている以上、業者選定の経緯と理由を具体的に説明する必要がある。

 知事は会食時、契約について「知らなかった」と答弁しているが、親しい知り合いだ。翌日が県事業の受注契約だとすれば、会食中にその話が出たと考える方が自然で、疑われても仕方がない。

 もちろん県の契約は膨大で、そのすべてを知事が把握しているわけではない。ただ、万国津梁会議は知事の重要政策でもあり、その契約について知らなかったでは済まされない。

 

このテーマの次の記事: 【沖縄】玉城デニーの公金横流しスキャンダルの中心人物、徳森りま氏、台湾に高飛びか!?

 

 

 


 

 

 

 

 

2019/10/02

【ハンセン病“家族”訴訟】反基地活動の化けの皮がはがれたハンセン病“家族”訴訟

沖縄のハンセン病“家族”訴訟原告団がとうとう正体を現しました。

以前のエントリー『【ハンセン病訴訟の不都合な真実】ハンセン病の家族訴訟は沖縄「反基地活動」とリンクしている』でご紹介したとおり、米軍統治下の家族訴訟を言い出しました。

また、“家族”も、甥や姪、孫まで金を払えと言い出しています。もう、韓国の自称徴用工訴訟と同じ様相を帯びています。

そして、この原告団の弁護士に賠償額の一定割合の報酬が支払われることを見過ごしてはなりません。惠隆之介氏によると、彼等の合い言葉は「沖縄は良い稼ぎ場所」なのだそうです。沖縄県民の「被害者意識」を利用して、騒音訴訟などの原告が集めやすいからです。

安倍政権が、厚労省の言い分を無視して参議院選挙前の人気取りに行った愚かな判断のせいです。

【ハンセン病“家族”訴訟】一度の謝罪と賠償金では終わらせへんで~』に書いたとおり、賠償だけで無く、「人権啓発」利権まで求めているので、同和利権とも同じ構造です。

 


https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191002/k10012108501000.html
ハンセン病患者家族の新たな補償制度 最終的な補償額が焦点に
2019年10月2日 5時52分

ハンセン病患者の家族への差別被害を認めた集団訴訟の判決を受け、政府は新たな補償制度をめぐり、補償額を判決以上に増額し、対象も拡大する方針を固めました。ただ、原告側とはなお折り合っておらず、最終的な補償額が焦点となります。

ハンセン病患者の家族への差別被害を認めた集団訴訟の判決では、1人当たりの賠償額が元患者との関係に応じて異なっていて、弁護士費用を除き、差別を受けたという認識がある元患者の親子や配偶者は130万円、きょうだいは50万円などとなっています。

これを受けて、政府は新たな補償制度をめぐり、原告側の意向や過去の事例などを踏まえ、それぞれの補償額を判決以上に増額する方針を固め、原告側との協議で具体的な額を提示していることが、関係者の話で分かりました。

また、補償の範囲も判決以上に拡大し、元患者のおいや、めい、孫も同居していたことを条件に対象に加えるほか、元患者本人への賠償を命じた判決が確定したあとの平成14年以降に被害があった家族や、アメリカ軍占領下の沖縄で被害を受けた家族も含める方針です。

ただ、原告側は「補償額が不十分だ」としていて、なお折り合っておらず、最終的な補償額が焦点となります。

政府は2日、ハンセン病の差別解消のための「協議の場」を設け、人権啓発や名誉回復に向けた具体策についても議論を本格化させることにしています。

 

アイヌ利権といい、この政権は、日本を破壊しようとしているのでしょうか。

 

 

  


 

 

 

2019/09/06

【ハンセン病“家族”訴訟】一度の謝罪と賠償金では終わらせへんで~

ブログ主の覚え書きとして。

 


https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190906/k10012066641000.html
山下法相 ハンセン病で人権の啓発活動取り組む
2019年9月6日 14時15分

ハンセン病患者の家族への差別被害を認めた集団訴訟の判決を受け、山下法務大臣は元患者の家族らと面会し、人権の啓発活動に取り組んでいく考えを示しました。

山下法務大臣は6日午前、法務省で元患者の家族ら原告側と面会し「患者の皆様のみならずご家族の皆様にも、本当に筆舌に尽くしがたい差別、偏見、ご苦労をおかけしたことに胸がつぶれる思いだ」と述べ、政府として改めて謝罪しました。

そのうえで、山下大臣は「二度とこういうことがあってはならないと思うので、人権啓発活動をやっていきたい」と述べました。

これに対し、原告団団長の林力さんは「この問題に対する社会の偏見や差別の現状は、何一つ変わっていない。訴訟を契機に、日本が人間の尊厳を大切にする国になるよう、さらに尽力してほしい」と述べました。

そして、偏見や差別の解消に向けた施策を実施し、当事者と継続的な協議の場を持つことなどを盛り込んだ要請書を手渡しました。

 

同和、アイヌと同じ構造。

詳しくは、こちらのエントリーを。『【ハンセン病訴訟の不都合な真実】ハンセン病の家族訴訟は沖縄「反基地活動」とリンクしている

 

 

  


 

 

 

2019/07/26

【動画】篠原常一郎氏がチュチェ思想について解説

ブログが観た動画の覚え書きです。

 

【ch桜北海道】[特別番組]「チュチェ思想とアイヌ問題のズブズブの関係」[R1/7/24]

キャスター:小野寺まさる(元北海道議会議員)
◇篠原 常一郎(ジャーナリスト・元日本共産党国会議員秘書)

 

番組はチャンネル桜の『チャンネル北海道』の枠ですが、大半はVTRで、この動画の少し前にチャンネル桜『Front Japan桜』で放送された内容です。最後に、小野寺氏が北海道議の時にこの件で高橋はるみ北海道知事を追及しているVTRも紹介されます。

 

タイトルは「チュチェ思想とアイヌ問題」となっていますが、篠原氏は、北海道だけではなく沖縄についても語られており、また、韓国・文在寅政権が何故あのように異常なのか、ということもこれで分かるかと思います。

普段なら、動画の内容をまとめるのですが、あまりにも際どい話なので、恐ろしくてテキスト化できません。

 

この動画をご覧になって、動画の中で伏せられていた名前を知りたいと思われる方は、篠原常一郎氏のYouTubeチャンネルをご覧下さい。チャンネルはペンネームの古是三春(ふるぜみつはる)で登録されています。(ちなみにTwitterの登録名もこちらの名前)

 

古是三春チャンネル: チュチェ思想拡散の著名人!

 

日本ではチュチェ思想(主体思想)、韓国ではチュサッパ(主思派)。

文在寅を支えているのは彼等で、既に政権には半分近くがチュサッパで占められ、「徴用工裁判」の判決を出した大法院の裁判官は多数派です。沖縄に韓国から来て活動している団体もこれ。(cf. ブログエントリー『【沖縄】「平和オモニ会」が「北朝鮮への制裁を解除せよ!」のパフォーマンス。この団体の正体は?』)

 

 

ところで、昨日、フジテレビソウル支局に3名の侵入者がありましたが、その正体は「金正恩称賛団体」だと、朝鮮日報が報じています。チュサッパですね。別のソースによると、彼等が行動を起こした理由はフジテレビの平井文夫解説員の「文在寅の弾劾しかない」という発言だそうです。この記事に出てくる団体名などは覚えておいた方がいかも。

 

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/07/26/2019072680011.html
フジテレビソウル支局に押し掛けたのは金正恩称賛団体
記事入力 : 2019/07/26 10:00

反日ブームに便乗し勢力拡大

 25日午後4時半ごろ、ソウル市麻浦区上岩洞のMBC(文化放送)社屋に入居するフジテレビソウル支局に大学生3人が押し掛けた。うち1人は「ろうそく政権文在寅(ムン・ジェイン)政権の転覆を主張するフジテレビソウル支局は直ちに閉鎖しろ」と叫んだ。別の1人はフジテレビのロゴと旭日旗が描かれた紙を破り、3人目はその模様をフェイスブックで生中継した。大学生らは「直ちに謝罪し、この地を出ていけ」と叫び、警備員ともみ合った末、約6分後に支局外に退去させられた。この様子は親北朝鮮傾向のインターネットメディア「自主時報」が真っ先に伝えた。

 大学生らは韓国大学生進歩連合(大進連)に所属している。先月北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長による政治を「愛と信念の政治」と表現し、「(金正恩は)北朝鮮の全ての住民に大きな支持を得ている」などといった発言を繰り返した「金正恩国務委員長研究会発表大会」を開いた団体だ。韓日の対立局面を迎え、過激な反日デモも繰り返している。今月初めには明洞にある三菱重工業の系列企業で座り込みも行った。これに対し、「青年党」はフェイスブックで「我々の心を代弁する大学生が有り難い」などと激励した。青年党のキム・スグン共同代表は金正恩のソウル訪問を歓迎する「偉人出迎え歓迎団」の団長だ。

 韓国国内の親北・利敵団体は国民的は反日ムードに便乗する形で過激な行動に出ている。

 連邦制による統一、在韓米軍撤収、国家保安法廃止などを主張する「6・15共同宣言実践南側委員会」は8月15日、親北・反米・反日集会を一度に行う。光化門広場では民族統一大会、日本大使館前では安倍政権糾弾行動、米国大使館前では反米デモを予定している。


 韓国大法院が利敵団体と認定した祖国統一汎民族連合(汎民連)南側本部も8月14、15の両日、平和統一、反米闘争、日本の経済報復糾弾を同時に主張する集会と行進を行う。両団体の幹部は共通していることも確認された。

 22日に釜山の日本総領事館に侵入して行われたデモも親北団体のメンバーが関与した。当時は大学生6人が釜山市東区草梁洞の日本総領事館図書館から庭に入り、「日本の再侵略の野心を糾弾する」「経済挑発を糾弾する」などというプラカードを掲げた。彼らは「反日行動釜山青年学生実践団」を名乗った。

 警察は同団体が親北団体「キョレハナ」と密接な関係にあるとみて、具体的な関連性を調べている。キョレハナは昨年11月、ソウルで初等学生(小学生)から金正恩訪韓を歓迎する「ソウル市民歓迎団」の加入申請書を受け付けた団体だ。総領事館デモ隊のうち1人は釜山キョレハナの所属だった。

 国民主権連帯は今月9日午後、ソウル市汝矣島の国会前で「日本政府の肩を持つ親日先導役・自由韓国党を解体しろ」という記者会見を開いた。国民主権連帯は6団体の連合体で、主軸は「民権連帯」だ。公安当局は民権連帯について、2010年に大法院から利敵団体に指定されて解散した「南北共同宣言実践連帯」を継承した団体だとみている。

 大進連はフェイスブックに「日本の経済攻撃討論資料集」を掲載した。資料集の文章10本のうち4本は自主時報、国民主権連帯など親北傾向の団体によるものだ。3本は青瓦台のチョ・グク民情首席秘書官がフェイスブックに掲載した反日傾向の投稿だ。

 専門家は親北団体の相次ぐ反日攻勢を「大義名分確保を通じた勢力拡張の動き」と分析している。高麗大統一外交学部の南成旭(ナム・ソンウク)教授は「親北への国民の拒否感が大きい状況で相対的に国民的な共感が得られる反日に比重を置き始めた」と分析した。

 

 

  


 

 

 

2019/07/21

【ハンセン病訴訟の不都合な真実】ハンセン病の家族訴訟は沖縄「反基地活動」とリンクしている

公開: 2019-07-21 10:03:41  最終更新: 2019/07/26 12:48

ブログ主が最近見た動画の覚え書きです。

 

【沖縄の声】拙著『沖縄県民も知らない沖縄の偉人』いよいよ出版/ハンセン病訴訟に見る悪の三位一体(弁護士、学者、地元紙)[R1/7/19]

惠 隆之介(沖縄支局担当キャスター)
金城 テル(沖縄支局担当キャスター)

 

先日、ハンセン病のご家族が差別を理由に国を提訴した裁判で、国が上告を断念というニュースがありました。

この件で、ブログ主は、元患者ならともかく、その範囲も差別の程度も量的に捕捉できない「家族」に対しての補償はどうなのだろう?と思っていました。

鳥取訴訟との整合性の問題もあります。

 

Hansen01

 

もちろん、ハンセン病患者の方に差別があったことは確かで、また、日本の医療ではハンセン病に関する認識が遅れていて隔離政策の解除が遅れ、差別を助長した、というのは想像できるので、この上告断念という安倍総理の決断は好意的に迎えられたと思います。

また、たまたま、朝日新聞が一面で「上告」という大誤報をやらかしたことがあり、ネットではその話題で持ちきりとなり、この裁判の内容そのものについて議論される機会が失われました。

 

しかし、やはり裏がありました。

この訴訟は沖縄の反基地運動と
連動していました。

 

まず、原告の4割(約250人)は沖縄出身者で、原告の内20人はインチキだと判明して除外されたそうです。そういう変な原告が現れることからしておかしな訴訟だと想像されます。

事実は、反基地運動の弁護士や学者が被害者意識が蔓延している沖縄県民を焚きつけて原告を募ったものです。(成功報酬はどれほど手にしたんでしょうかね...)

【2019/07/26追記】惠隆之介氏の発言内容を書き取り、追記しました。)

 

【惠隆之介氏の発言】

昨年の5月19日に「第14回ハンセン病市民学会総会交流 集会 in 沖縄」というのがあり、上手くこの連中がムードを盛り上げた。

その時に基地問題とハンセン病問題が共通するのは、国民の不安を煽り、社会的少数者に特別な負担や犠牲を強いる社会構造だ。無関心や無知、黙認が差別構造を維持している。」と、ハンセン病家族訴訟西日本弁護団と米軍基地爆音訴訟の神谷誠人弁護士が発言している。

次に琉球大学森川恭剛教授が「沖縄ではハンセン病の隔離が始まる以前、恐ろしい伝染病と宣伝しながら、療養所が設けられなかった。」と発言。

自分達(ブログ主註:当時の沖縄県民)が反対したくせに、今頃になってこんな事を言っている。

「1938年に設立された施設が旧来のテンドウ(?聞き取れず)と評価を受けていたことで社会が隔離政策に反対の声を上げにくかった。更に、日本軍が患者管理を強化、戦後、米軍が更に強化した。」と、自称、沖縄ハンセン病隔離政策歴史研究家(が言っていた)。

こんなことして国から金をとるわけです。

これも僕はやらせだと思うのですが、この時、沖縄ハンセン病回復者の会の共同代表されている平さんという方が挙手して、「国は私たちを社会から排除し、療養所でも人間扱いしなかった。米軍基地問題でも沖縄県民を日本人と認めていないようだ。国益のために県民を犠牲にしている」と語った。

これ、反基地集会じゃないですか。ハンセン病患者の復権と言いながら。完全な反基地活動と沖縄差別運動の一環です。

 

試しに「ハンセン病市民学会総会・交流集会」で調べて見ると15回(今年)は沖縄県の宮古島で開催されたようです。

 

以下、番組での惠隆之介氏の語る上記以外の「ハンセン病訴訟の不都合な真実」をご紹介します。

  • 沖縄でのハンセン病発生率は日本ワーストで、全国平均の22倍以上。ハンセン病患者は「クンチャー」と呼ばれて忌み嫌われ、家から放逐された。つまり、加害者は家族。
  • 家族から棄てられた患者は洞窟などに身を寄せ合って暮らしていたので宣教師等が私費で施設を造り、貞明皇太后(大正天皇の后)が金一封を下賜された。これを政府が昭和12年買い取り、国営の施設とした。
  • 施設でハンセン病患者が亡くなっても家族は遺骨すら引き取らないので、納骨堂がある。それを今となって国に金を請求。

 

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  • 当時、ハンセン病に関する日本の医療は遅れていたので、施設でも日本の医師は防護服を着ていたが、空気感染しないことを知っていたアメリカ人医師は普通の格好をしていた。
  • ハンセン病の誤解を解こうと尽力したのは米軍の軍医、スコアブランド博士で、患者の肩を抱いて見せたりもした。しかし、県民は軍医をキ○ガイ扱いした。

 

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  • 博士の呼びかけでハリウッドからの支援も届き、患者には最先端の薬が投与され、1日3千カロリーの食事も与えられた。また、当時の沖縄では庶民はゴザで寝ていたが、患者には布団が支給され、患者は「天国」だと喜んでいた。
  • 今、国を批判している沖縄のメディアだが、差別を助長していたのはまさしく沖縄メディア。ハンセン病が空気感染するかのような記事や早急なる患者の隔離を訴える社説を書いていた。

 

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  • 上記のように、沖縄のハンセン病患者は施設ができてからは手厚い看護を受けており、特に米軍には世話になったくせに、今度は米軍統治期間の補償まで求めようとしている。

 

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ご参考迄に、惠氏の著書『沖縄よ、甘えるな!』の一部をご紹介します。

 

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「ハンセン病」=差別という固定観念で、今回の上告断念についてはなかなか批判しにくいのですが、米軍統治期間の補償を求める裁判でも起こせば、国民も気付き始めるのではないでしょうか。

 

なお、番組の中で惠氏が仰っていましたが、今、続々と本土から沖縄へ弁護士が移籍してきているそうです。彼等は異口同音に「沖縄は稼ぎどころ」と言って、住民に訴訟を持ちかけているそうです。

基地の爆音訴訟では、「7万円の訴訟費用を出せば、その倍以上の補償金が貰える」などといって原告を募り、弁護団は3億以上の利益を得たそうです。(ブログ主のTwitterに情報を寄せて下さった方によると、その原告も本土から移住した「市民」なのだそうです。)

 

【2019/07/27追記】

その後、安倍総理が官邸に原告を招いて謝罪をしました。そして、ブログ主は原告の発言を注視していたのですが、「これで終わりではなく、第一歩だ」とか、下のNHKの記事のように、何やら、人権教育だの啓発だのを言い出しています。これは、「家族」の意思というよりは、「○○を支える会」とかそういう団体の裏にいる人権活動家が利権を狙っているのでしょう。

 

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こういう人も登場してきました。

 

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2019/06/24

【沖縄】沖縄には「戦争マラリア」という不思議な言葉がある

ブログ主がこの「戦争マラリア」という表現を知ったのは、チャンネル桜『沖縄の声』でキャスターを務められている江崎孝氏が説明されているのを聞いたからですが、下の記事(八重山日報)を読むと、変なロジックが組み込まれていることに気付くでしょう。

 

20190624_yaeyama_malaria

 

「日本軍の指示で住民がマラリア有病地帯に強制疎開させられ」とありますが、この表現では、まるで、日本軍がそこにマラリアが蔓延しているのを知りながら、無理矢理移動させて殺したという印象を受けないでしょうか。

「強制疎開」というのも非難が込められていますが、普通に考えたら、疎開させた先で不幸にもマラリアが蔓延して命を落とされた方がいた、と想像します。

江崎氏はこの「戦争マラリア」という言葉をしばしば批判していますが、沖縄では良心的な新聞と言われる八重山日報でもこうなのですから、他の沖縄メディアは推して知るべしです。

 

本州というか、ブログ主の住む首都圏ではメディアの戦争特集はせいぜい8月15日の前後ですが、沖縄では4月(1945年)の米軍上陸から8月までずっと「反戦キャンペーン」が続くのだそうです。

日本中から沖縄を護るためにやってきて戦い、亡くなられた方への敬意を教えられず、こうした報道を幼い時から見せられて「被害者意識」のみを植え付けられる沖縄の子どもは不幸です。

 

 

【沖縄の声】香港長官、逃亡犯条例改正案を事実上廃案に!『沖縄』明日は我が身/『沖縄慰霊の日』を政治ショーにするな[R1/6/14]

出演: 恵 隆之介(ジャーナリスト・沖縄支局担当キャスター)、金城 テル(沖縄支局担当キャスター)

 

この番組では対照的な2人の校長が紹介されます。

自分は早々に疎開して教え子を戦場に送り込み、その消息を尋ねることもしなかった志喜屋孝信(しきや こうしん)校長とひめゆり学徒隊の野田貞雄校長。

 

  

 

20190623_chsakura03

 

なお、惠氏が言及した「島田知事」というのは戦争末期、米軍上陸の直前の沖縄に「俺が行かなんだら、誰かが行かなならんやないか」と言って本土から赴任した島田叡(しまだあきら)県知事のことです。前任者のせいで沖縄県民の疎開が進まなかったと言われていますが、島田知事が派遣されたのも、前任者が口実をつくって県外に逃げてしまったからです。

 

上の動画は途中からのURLを提示しましたが、前半では、沖縄の看護教育に尽力したワーターワース女史やその教え子の話題が語られます。

 

20190623_chsakura02

 

 

  


 

 

 

【沖縄】「慰霊の日」を政治利用する玉城デニー知事。総理のスピーチに野次を飛ばす人達とは...

23日は沖縄県では「慰霊の日」とされ、総理を始めとした閣僚も出席しての一大イベントになりますが、近年は「政治ショー」や「プロパガンダの場」に堕ちています。

翁長知事の時代から、「追悼」とはほど遠い政治アピールの演説となり、その合間には拍手や指笛がいちいち起こり、安倍総理のスピーチでは野次や怒号が飛び交うというのが恒例になってしまいました。

ただ、それが「一般的な沖縄県民」なのか?というとそうではありません。これを見て、「沖縄県民の民度が低い」と県外の人間に思わせることは、分断を図る輩の「思う壺」でもあるのです。

 

指笛というのは、本土の人には理解しにくいのですが、「ひやかし」や「嘲笑」ではなく、「声援」や「(味方への)鼓舞」の意味があるようです。これを知ったのはスポーツの試合で、そういうシーンで使われるからです。(ただ、これは沖縄の方も、県外人には前者のようにとられるということは知っておいた方がいいかも知れません。対戦相手のファンは「侮蔑」と勘違いすることが多いので。ネットを見ない方には伝わらないと思います。)

 

ブログ主はネット中継(ニコ生)とNHKの中継を同時に見ていたのですが、ネットは淡々と映像を流すだけに比べ、NHKは男性アナウンサーのポエムのようなナレーション。今年は、何故か、前回の翁長知事の映像に始まり、「その遺志を受け継ぐ玉城デニー知事」云々、そして、その映像は辺野古の埋立地に土砂を投入する映像と、「追悼」そっちのけでプロパガンダを垂れ流していました。

追悼式典に出席された自民党・和田政宗参議院議員がツイッターで現場から情報を流していましたが、首相に対して野次が飛ぶと、近くの席の男性が「沖縄の恥だ」と呟いていらしたそうです。

そんな現地の声を産経新聞が取材していました。

 

https://www.sankei.com/politics/news/190623/plt1906230029-n1.html
沖縄「慰霊の日」続く政治利用 「祈りの場なのに…」
2019.6.23 19:57

 23日に沖縄県糸満市で開かれた沖縄全戦没者追悼式は、さながら政治集会の様相を呈した。玉城デニー知事が米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設に関し「県民の圧倒的民意に寄り添い、辺野古が唯一との固定観念にとらわれず県との対話による解決を強く要望する」と述べると、会場には拍手と指笛とともに「そうだ」「よーし」との声が飛び交った。

 安倍晋三首相も出席した式典で知事が政治的要求を突き付ける「平和宣言」は、翁長雄志(おなが・たけし)前知事の在任時から繰り返されてきた。今回は玉城氏が知事に就任して初の式典だったが、「慰霊の日」を政治利用する悪弊は断ち切れなかった。

 玉城氏による「県民の圧倒的民意」の誇示も政治的思惑が垣間見える。2月の県民投票では辺野古移設への反対が投票者数の7割以上を占めたが、投票率は52%だった。有権者の6割以上は反対しておらず、評価は必ずしも定まっていない。

 会場の一部では、式典が始まる前から異様な怒声が飛び交っていた。
 「安倍は帰れ! 辺野古新基地建設は許さん! 憲法改悪許さんぞ!」
 「お前らが帰れ!」

 公園入り口には首相の到着を待ち構えるようにマスクやサングラスで顔を隠した「市民」ら数十人が陣取った(※)。それに反発する団体との間でやじの応酬が続いたが、首相は既に別の入り口から会場入りを済ませていた。

※ブログ主註: 式典に訪れた自民党・和田政宗参議院議員がツイッターに画像をupしていましたが、このような人達だそうです。

 

 

 式典会場では、県職員らがプラカード掲示などの示威行為の禁止を呼びかけ、目を光らせたためか、中盤まで静かに進行した。ただ、首相があいさつを始めると、「帰れ!」「恥知らず!」「辺野古を止めてから言え!」などのやじが相次いだ。

 これも翁長時代からの光景だ。浦添市の無職男性(80)は取材に対し「首相は沖縄の米軍基地を縮小するといいながら、やっていることが違う。首相に県民の思いを直接伝えられるのは式典しかないから、やじも仕方がない」と一定の理解を示した。

 しかし、厳粛な式典を妨害する行為だととらえる出席者は少なくない。

 糸満市の遺族会幹部(81)は「みんな慰霊のために来ているのに邪魔している」と眉をひそめた。同市の高校1年の女子生徒(15)は「やじを飛ばすと、会場の人がやじに耳を傾けてしまう。亡くなられた方々に祈りをささげる場所なので、おかしい」とあきれ顔だった。

 休暇を利用して式典に初めて参加した三重県菰野町の男性(36)は「隣の人が大声を上げたせいで、首相の言葉が頭に入ってこなかった。式典に参加した子供たちに見せられない光景だった」と苦笑した。公園にいた派遣社員の男性(25)は「やじを飛ばすのは一部の基地反対の活動家に過ぎないですよ」と冷ややかだった。

 県がこうした行為を黙認しているわけではない。式典会場には「大声等をあげる場合は退席してもらいます」と書かれた看板も置かれた。実際にやじを飛ばした出席者には、関係者が退去を促した。

 だが、肝心の玉城氏の態度は、はっきりしない。玉城氏は式典後、記者団に「戦没者の御霊(みたま)に哀悼の誠をささげる式典なので、静謐な中で式典が行われる方が望ましい」と述べつつ、こう付け加えた。

 「参加されている方々にはそれぞれの思いがある。そういう思いを持っていらっしゃるのかなと感じた」
(杉本康士、奥原慎平)

 

 

なお、メディアが沖縄戦を語るときによく使う「20万人の犠牲者」とか「県民の1/4が犠牲に」という紋切り型の表現は、よく沖縄の保守の方が否定をしています。ブログ主は具体的なソースを示せないので、チャンネル桜の『沖縄の声』などで聞いた話と断りますが、交通事故死者などをかき集めて数字を作ったそうです。

これは想像ですが、「20万人」というのが意味のある数字なのではないかと思います。

ホロコーストの犠牲者数は一般に「20万人」と言われますが、”南京大虐殺”の犠牲者も20万人、”従軍慰安婦”の犠牲者も20万人(と主張)です。

 

下は、糸満市摩文仁にある「平和の礎」の刻銘に関する一つの証言ですが、刻銘者は今でも毎年増えています。

メディアは統一教会系なのですが、発言機会が少ない沖縄の保守の方の寄稿文がよく掲載されるので、ブログ主はチェックしています。

 

https://vpoint.jp/okinawa/138790.html
「平和の礎」刻銘戦没者は水増し、発案者の上原正稔氏が指摘
2019/6/22(土)

あす沖縄「慰霊の日」

 23日は組織的な沖縄戦が終結した日。沖縄県は、沖縄戦全戦没者追悼式典を正午、糸満市摩文仁の沖縄県平和祈念公園で開く。戦没者名を刻んだ糸満市摩文仁の「平和の礎」に、2019年度は新たに42人が追加刻銘され、刻銘者総数は24万1566人となった。そのうち、沖縄県出身者は約15万人に上る。

 「平和の礎」発案者で戦争ノンフィクション作家の上原正稔氏はこのほど、県庁で記者会見を開き、「平和の礎に刻まれている刻銘者の過半数は沖縄戦と関係のない人々で、沖縄戦で亡くなった県出身者は5万5千人程度。意味もなく、県民の犠牲者を増やす嘘はやめてもらいたい」と訴えた。

 平和の礎は、「世界の恒久平和を願い、国籍や軍人、民間人の区別なく、沖縄戦などで亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ記念碑『平和の礎』を太平洋戦争・沖縄戦終結50周年を記念して建設する」という趣旨で1995年に建設された。

 県出身者の刻銘対象は、①満州事変に始まる15年戦争の期間中に、県内外において戦争が原因で死亡した者②45年9月7日以後、県内外で戦争が原因で1年以内に死亡した者――と規定されている

 沖縄県生活福祉部は96年、沖縄戦犠牲者は20万656人と発表。総務省もこの数字を採用している。

 戦後、国は、軍人・軍属の遺族を支援するための「戦傷病者戦没者遺族等援護法」で、民間人までも「戦闘参加者」と位置付け、約5万6千人の沖縄県民が援護の対象となった(※)。上原氏は、この数字をもとに、「嘘の申請をした人を差し引けば、県民の犠牲者は5万5千人を上回ることはない」と断言した。

※ブログ主註:大田実中将「沖縄県民かく戦えり」

 また、戦前の昭和19年の人口と戦後の昭和21年の人口を勘案して、一般県民の約9万4000人が犠牲になったと推計されていることについて、上原氏は「戦前に本土や台湾に疎開してしばらく帰らなかった人が多いことが一切考慮されていない乱暴な数字だ」と批判。離島の粟国村を例に、「満州事変から戦後までの粟国村出身者を刻銘した結果、沖縄戦における20人弱の戦没者が601人に膨れ上がっている」と指摘した。

 上原氏は今年3月、県議会に正しい戦没者数を把握するよう意見書を提出。5月には、政府宛てにも同様の意見書を提出した。

 (沖縄支局 豊田 剛)

 

 

  


 

 

 

2019/06/21

【沖縄】遺族の願いも無視して米兵絡みの事件を政治利用する反基地活動家

今年4月に、沖縄で米兵が日本女性を殺害した後自殺するという不幸な事件がありました。

殺人事件は許されるものではありませんが、所謂「男女の無理心中」事件で、ご遺族は事件直後から「政治に利用して欲しくない」と語っていました。

しかし、その願いも空しく、今月初めに、「米海軍兵による女性殺害緊急追悼・抗議集会」が開催され、そして、20日には、頼まれても以内のに「抗議実行委員会」(亀谷長久共同代表)が日米両政府に抗議する決議文を玉城デニー県知事に手交、日米両政府に抗議をするそうです。

口を開けば「人権、人権」と騒ぐ彼等ですが、自分達のイデオロギーのためなら、他人の人権など全く顧みることはありません。

 

https://www.yaeyama-nippo.co.jp/archives/7618
「県民の人権蹂躙されている」 米兵の女性殺害で決議文
2019/6/21

4月に北谷町で発生した米海軍兵による女性殺害事件を受け、抗議実行委員会の亀谷長久共同代表(北谷町議会議長)らが20日、県庁に玉城デニー知事を訪ね「県民の人権は蹂躙(じゅうりん)され続けている」として、日米両政府に抗議する決議文を手渡した。在沖米軍の撤収も求めた。

 決議文は賛同する53団体の連名。共同代表には糸数慶子参院議員らが名を連ねた。日米両政府には、被害者遺族への謝罪と補償、継続的なケア、事件全容の公表と再発防止策、県には被害者支援窓口の強化を要求した。

 玉城知事は「国際法に明るい人や国際結婚に詳しいNPOに間に入ってもらうなど、ケアできる所に光を当てていく」と述べ、県として対策を講じることを強調した。

 参加者は「米兵による事件や事故の被害者の多くが泣き寝入りしている」「裁判になった場合、米軍関係者が出廷しないことが多い」などと訴える声が上がった。

 亀谷共同代表は「実効性のある回答が得られない。知事の力を借りたい」と述べた。

 

【関連記事】

 

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/411201
娘の死を、政治の道具にしてほしくない… 遺骨を抱えホテルを転々 父の悲痛な叫び
2019年4月20日 19:34

 沖縄県北谷町のアパートで米海軍兵の3等兵曹(32)が住人の日本人女性(44)を殺害後に自殺したとみられる事件から20日で1週間。被害女性の父親(74)は「遺族がどれほどの悲しみの中にいるか、話さなければ伝わらない。この痛みに触れてほしい」と、本紙に思いを寄せた。(社会部・篠原知恵、中部報道部・勝浦大輔)

◆5時間以上かけて沖縄へ

 被害女性は、もともと東北地方の出身。13日明け方に事件に巻き込まれた。

 実家の父親が一報を受けたのは、その日の午後9時すぎ。翌日、5時間以上かけて一人で来県し、そのまま16日に火葬に臨んだ。友人たちの計らいで、娘はいつもの彼女らしい洋服に、普段通りのメーク。娘の子どもたちと、静かに見送った。

 「本当はすぐにでも遺骨と一緒に古里に帰りたい」。でも、県内の親族の下にいる娘の子どもたちが気掛かりで、今も遺骨を抱えて県内のホテルを転々とする。

◆この悲しみ知ってほしい

 告別式はしなかった。事件現場となった女性宅の鍵は警察から渡されたものの、足を踏み入れられない。

 娘の死を、政治の道具にしてほしくはない。国の問題でなく、人と人の問題だと思うから。「これから孫たちの心のケアをどうすればいいのか。遺された私たちが悲しみに打ちひしがれているこの現実を、ただ知ってほしい」

 

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-920864.html
黒いシャツ・リボンで参加を 北谷米兵女性殺害で抗議集会 6月2日に北谷町で 500人規模
2019年5月19日 10:14

 【北谷】北谷町で4月に発生した在沖米海兵隊所属の海軍兵による女性殺害事件を受け、「米海軍兵による女性殺害緊急追悼・抗議集会」が6月2日午後3時から同町桑江のちゃたんニライセンターカナイホールで開かれる。同センターで18日にあった準備会で開催を決定した。事件への抗議と再発防止などを日米両政府などに求める決議文を採択する方針。

 500人規模の集会を目指す。テーマカラーは黒で、衣服などに黒いリボンを着けたり、黒いシャツを着用したりするよう呼び掛ける。町内外の各団体で集会の実行委員会を組織し、参加団体も募る。野国昌春北谷町長や玉城デニー県知事らにも出席を求める。参加者らのリレートークも開催する予定。

 開催を呼び掛けた「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表の高里鈴代さんは「責任追及や原因究明、被害に遭っている子どもたちのサポートがしっかりされる社会になっていくため、しっかり声を上げていく」と強調した。

 

 

  


 

 

 

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