天安クルミ菓子の考案者は...
noteを更新しました: 天安名物クルミ菓子の元祖は...
韓国忠清南道の天安市名物に「クルミ菓子」(ホドゥグァジャ/호두과자)というものがあり、日本で言うと、クルミの形をした人形焼きとかもみじ饅頭のようなもので、中に餡とクルミが入っているそうです。
”植民地時代に日本人の菓子店で技術を習得した趙貴金氏が妻の沈福順と共に考案した”(←またこのパターンw)事になっていましたが、度々日本人が作った菓子が起源では?という疑問が提起され、とうとう民族問題研究所が調査に乗り出し、当時天安名物のクルミ菓子(くるみ焼き)を考案したのは志村松太郎という人物だと結論づけました。
志村氏は3.1独立運動当時、憲兵だったという余話まで出てきました。
2024年に書かれた記事に、過去に天安クルミ菓子の議論を集めていましたが、恐らく1983年に書かれたという下記の記述が真相でしょう。
①1983年、雑誌社「根の深い木」が発行した『韓国の発見-忠清南道』には、「広德面のクルミを原料に、植民地時代に日本人がお菓子を作って売り始めた。解放後、彼らの技術を受け継いだ人々が、鶴華クルミ菓子(학화호두과자)、三叉路クルミ菓子(삼거리호두과자)、能水クルミ菓子(능수호두과자)といった工場を設立し、製造を続けた」と記されている。つまり、日本人が始めたクルミ菓子を、解放後に韓国人が引き継いだということだ。この部分の執筆を担当したオ・ヒョンジュ記者は、2年間にわたり資料を集め、証言を聞き取った。しかしその後、「日本人が作ったクルミ菓子説」は姿を消し、「1934年の趙貴金が元祖説」が主流となった。
1983年頃ではまた戦前を知っていた地元民も多かったでしょうから、嘘はつけなかったのだと思います。
鶴華クルミ菓子店は未だに「1934年創業」を謳っていますが、韓国人に正直さを求めてもしかたが無いかと... 。
« 【韓国】「恨(はん)」、「恨を解く」とは | トップページ | 【甘えの国『韓国』】「韓国を助けなかった日本」、「役立たずの憎らしい日本」、「日本とドイツは韓国を裏切った」 »
« 【韓国】「恨(はん)」、「恨を解く」とは | トップページ | 【甘えの国『韓国』】「韓国を助けなかった日本」、「役立たずの憎らしい日本」、「日本とドイツは韓国を裏切った」 »



















































test

コメント