【日程残滓】大邱市達城公園のカイヅカイブキは伊藤博文が植えた?
元『朝鮮日報』記者の朴鍾仁(パク・ジョンイン)氏の新着動画より、『[박종인의 땅의 역사] 256. 대구 달성공원 가짜 향나무의 비밀』(大邱達城公園の偽のイブキの秘密)。
上の画像が問題のカイヅカイブキ(貝塚伊吹)ですが、これは、あるブログが「伊藤博文が植えた」と書いた事でろくに検証もされずに既成事実化されてしまったものだそうです。
1909年1月に大韓帝国最後の皇帝となった純宗が朝鮮を巡幸し、その時に伊藤が植えた... という事になっています。
根拠らしきものはあるにはあります。河井朝男という人が書いた『大邱物語』という大邱市にまつわるエピソードを集めた本にそのように書かれているそうですが、これ以外に記念の植樹をしたという記録は一切無いのだそうです。
調べてはいませんが、当時の新聞記事にも出てこないのでしょう。
実は、朴鍾仁氏の動画の内容(説明)は、既に2018年に『聯合ニュース』が記事にしたものとほぼ同じでした。 〔記事後述〕
ここで言いたいのは、朴鍾仁氏が記事の内容をパクったとかいう事ではありません。
実はその記事は何故かweb上から消えているのです。
恐らく、「伊藤博文が植えたカイヅカイブキというのは信憑性がない」という検証記事は都合が悪かったのでしょう。
以下、way back machine(魚拓)に保存されている記事を機械翻訳でご紹介します。
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https://web.archive.org/web/20180708053456/http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2018/07/08/0200000000AKR20180708022100005.HTML
"가이즈카향나무는 향나무 일종…일본 특산종 아냐"
「貝塚息吹はヒノキの一種…日本の特産種ではない」
2018/07/08 11:57
キム・ジョンウォン啓明大学教授、『精神文化研究』に論文掲載
「達城公園のイブキ、伊藤が植えた木だという主張も虚構」
ガイヅカイブキは、朝鮮統監府初代統監を務めた伊藤博文が1909年1月、大邱の達城公園で大韓帝国皇帝純宗と共に記念植樹を行った後、日本帝国が各地に植えた日本特産種として知られている。
現在も一部の市民団体は、こうした話を根拠に、達城公園や国会などに残っているガイヅカイブキを除去すべきだと主張している。
啓明大学のキム・ジョンウォン教授と、同大学院で博士課程を修了したイ・ジョンア氏は、韓国学中央研究院が発行する学術誌『精神文化研究』の最新号に掲載された論文「日本植民地時代のカイヅカイブキの実体」の中で、カイヅカイブキに関する俗説のほとんどが虚構であると明らかにした。
論文の筆頭著者であるキム教授は、まずカイヅカイブキの語源と特徴を検証した。日本ではカイヅカイブキを「貝塚伊吹」と呼ぶが、これは横浜近郊の貝塚遺跡や同名の姓に由来する名称であるとキム教授は説明した。
同教授は「貝塚伊吹は、北米とヨーロッパに支店を置く横浜の種苗商の目録に1928年に初めて登場する」とし、「それ以前には貝塚伊吹という樹木名は存在せず、開花期に日本でイブキが造園樹として積極的に利用されるようになったことで生まれた商品であると推定される」と主張した。
その上で、「日本統治時代の朝鮮半島の植物資源に関する数多くの記録には、カイヅカイブキは登場しない」とし、「韓国でカイヅカイブキが造園樹として広く知られるようになったのは、1970年代半ば以降である」と強調した。
キム教授は、生物学的特徴という観点からも、カイヅカイブキを日本の特産種と断定するのは難しいと補足した。
同教授は「イブキには針葉と鱗葉という2種類の葉の形があるが、カイヅカイブキは針葉がほとんどなく、鱗葉でできた豊かな炎のような形の個体を選別して商品化したものだ」とし、「貝塚伊吹は単なる商品〔※園芸品種〕に過ぎず、本質的にはイブキそのものである」と力説した。
カイヅカイブキは単にヒノキの一種であり、ヒノキにまつわる歴史は、日本よりも韓国の方が悠久であるというのがキム教授の見解だ。
彼は、達城公園にあるカイヅカイブキが1909年に伊藤博文が植樹した木だという主張の穴も分析した。
伊藤博文がガイヅカヒノキを植えたという話は、河井朝雄が1930年に著した『大邱物語』に伝えられている。ところが、当時達城公園の経営と美化を担当した三輪如鉄〔※みわ にょてつ〕が1911年に出版した『朝鮮大邱一班』には、この逸話はない。
これについてキム教授は、「記念植樹日とされる1月12日は厳寒期であり、根が傷ついた状態で新しい場所に移植された木は、厳しい寒さにさらされれば必然的に枯れてしまう」とし、「仮に伊藤博文が木を植えたとしても、1911年には存在していなかった可能性が高い」と強調した。
続いて「『大邱物語』の原典には『当日、達城公園へ御行幸され、陛下ご自身が記念樹を植樹され、伊藤公の記念植樹もあったが、今日その痕跡を見出す術がない』という文章があるにもかかわらず、翻訳書には省略されていた」とし、「2000年代以降、個人のブログで誤った内容が初めて紹介された後、あたかも事実であるかのように広まった」と説明した。
金教授は結論として、「現存する達城のカイヅカイブキの古木2本は、純宗と伊藤の記念植樹とは何ら関連性を見出すことができない」とし、「さらに、記念植樹が行われたとされる時期である1909年には、カイヅカイブキという植物は存在すらしていなかった」と批判した。
同教授は「史跡復元に伴う老木の除去や移植には、対象植物に対する厳格な生態社会学的考証が必要だ」とし、「閉鎖的な排他主義の便乗を排除することは、史跡復元における極めて重要な課題だ」と提言した。
* * * *
植物名は適切な翻訳をするのが難しいのですが、「가이즈카 향나무」を機械翻訳すると「カイヅカヒノキ」になります。貝塚伊吹は「ヒノキ科ビャクシン属イブキ(=柏槙:ビャクシン)の栽培品種の1つ」なのですが、ここでは「カイヅカイブキ」としました。
柏槙またはカイヅカイブキは本来高木ですが、特にカイヅカイブキは剪定して住居のフェンス代わり(目隠し)によく使われます。
葉を刈り込むことで様々な形に作りやすいからか、日本統治時代には学校のシンボルツリーとして植えられ、これが戦後... と言うか、この記事が出た頃によく「日程残滓」として、切るの切らないのと話題になっていました。
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/06/07/2019060780057.html
朝鮮日報: 学校のシンボル「カイヅカイブキ」は親日残滓、一斉伐採の危機 /済州
019/06/07 11:01
>韓国全土で「教育系親日残滓(ざんし)清算」作業が行われる中、各地の学校で混乱が起こっている。左翼系の市民団体「民族問題研究所」が編集した「親日人名辞典」に基づき、全国教職員労働組合(全教組)や複数の市民団体が「親日派が作った校歌を変更せよ」「記念碑を撤去せよ」などと各学校に要求し、左翼系の教育監(教育委員会に相当する教育庁のトップ)がこのような動きを後押ししているからだ。ある学校では日本産のカイヅカイブキ(貝塚伊吹)が学校を象徴する木になっているが、これも現地の教育庁は「日程残滓」として撤去しようとしている。...
仮にこれが本当に純宗と伊藤博文が記念に植えた木だとしたら、同様に議論になっていたでしょうが、2018年のこの聯合ニュースの記事で収まったのだと思います。
しかし、記事は削除された... 。
せっかく良識的な記事が出ても定説が覆されない... これが韓国です。
なお、この事は『My Identity』さんもブログにお書きになっています。
대구신사 大邱神社 1913
2021. 3. 16.
>* 木の年齢を測定した結果、それぞれ150年、180年ほどで、当時の純宗の年齢30代と伊藤博文の年齢60代が一致するそうです。 (当時は記念植樹を行う際に植樹者の年齢と木の年齢を合わせるそうです) しかし、その時は年間で最も寒い1月であり、ヒノキはそのような寒い天候で新たに植樹するとほぼ100%死ぬという科学的根拠があるため、これらの木が特にそうであるとは断定できず、年間で最も寒い1月の小寒の厳寒に健康も良くなかった純宗と高齢の伊藤博文が凍りついて硬い地面で植樹を行ったということ自体が常識的には納得しがたいです。
>このような確認されていない説を根拠に、単に日本に対する憎悪に基づいて達成公園周辺に植えられたガイズカの香木をすべて伐採しようという、いわゆる歴史専門家の専門家たちの信じられない新聞寄稿やブログの文章を見ると、嘆かずにはいられません。 まさにこのような考え方のために、大邱市内の大きな歴史的価値を持つべき多くの近代的な建物が無理やり撤去され、壊されてしまいました。
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