【植民地】韓国人の考える『植民地』(식민지)のニュアンス【韓国統治は「併合」か「植民地」か】
日本人の間でも議論がありますが、韓国語で『植民地』(식민지)と言えば、「帝国主義的支配、征服、資源収奪、文化同化」という否定的な意味でしか用いられない様です。
現代日本人でもそういう理解の方の多いと思うので、それを批判するつもりはありません。実際に、当時の日本政府も用語には苦労した形跡があります。西欧による東南アジアの植民地支配を批判する立場で、新たに獲得した領土である台湾や朝鮮(半島)をどう呼ぶか... 。
これは、以前のエントリー、『韓国統治は併合か植民地というおかしな議論』でも論考しましたが、漢字を使う現代日本人でも個人によって解釈の異なる『植民地/殖民地』という用語について、韓国人ブロガーの『My Identity』さん... ご本名は차경환(チャ・ギョンファン)さんと仰るらしいのですが... 、この方が韓国人読者向けに『植民地』(식민지)という用語の意味、特に併合期でのこの用語の意味を解説していらしたので、ご紹介したいと思います。
ブログ主にとっては、韓国人に対してはどの様に説明するのが効果的か、或いは、説得力があるのか?... 興味の対象はそれです。
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일본통치시대 식민지 용어의 의미 (日本統治時代の植民地用語の意味)
◆植民地(식민지)の意味
植民地の辞書的定義は漢字で植える「食(植)」、民「民」で「民を植える」、すなわち人を移住させて定着させる行為を言います。 英語では 'Colony' です。
※上記の赤字の文字「食」は機械翻訳を敢えて訂正しなかったのですが、ハングルの「식(シッ)」という文字は... 、ハングルは日本語の平仮名の様に表音文字なので、漢字の「食」、「植」等の様々な漢字の音を表します。日本人が「ショク」という表記/発音を聞いても意味が分からないのと同じですが、たまたま翻訳ツールが「食」と訳しました。
もしかしたら、韓国人は「식민(シッミン)」から、「民を食べる」=「民を貪(むさぼ)る」という意味を連想しているのかも知れません。
実際に、このブログエントリーのコメント欄に、
>「植樹の日」の「식(植)」の字と同じなんですね。 初めて知りました。
原文: 식목일에 식(植)자와 같은 거군요. 처음 알았습니다.
というコメントがありました。
以下、My Identityさんのブログの紹介を続けます。
伝統的定義では
本国とは異なる地域に自国民を移住させて定着させる行為。
移住した地域で経済的開拓活動をしたり、政治的影響力を行使することを含みます。
現代的定義は(国際政治·歴史学的脈絡で):一国が他の地域や民族に対して政治的·経済的統制を拡張し維持する政策または慣行をいい、これは帝国主義的支配、征服、資源収奪、文化同化などを含む場合をいいます。 例えば、メリアム·ウェブスター辞書は植民主義(colonialism)を「外国国家や民族による支配」または「植民地を獲得し維持しようとする政策」と定義します。
植民地の初期の意味は、単なる移民と定着を意味する中立的な用語でした。 例えば、古代ローマのコロニアは軍事的前哨基地または農業定着地を意味しました。
これが近代以降: ヨーロッパ帝国主義の膨張とともに、植民地支配と従属の意味に拡張されます。
現代韓国語での「植民」という言葉は、だいたい他国の支配、従属、抑圧という否定的な意味で理解されています。
したがって、「植民」または「植民地」という単語は、伝統的に単純な移住と定着を意味することもでき、現代的な政治的支配と従属の構造を内包した概念としても使用することができます。
それでは、日本統治時代、日本帝国はこの用語をどのような意味で使っていたのでしょうか?
と、これ以降、当時の日本語での意味を新聞記事などによって、「植民」は「移民」程度の意味で、「植民地」という言葉は「拓殖地」程度の意味である事を解説していらっしゃいます。
しかし、かと言って、当時の日本の人々が「植民地」という言葉に抵抗が無かったのかというと、そうではなく、帝国議会の朝鮮人国会議員である朴春琴が、「植民地という言葉を使わないで欲しい」と、国会で演説しています。 「朝鮮デ生マレタ日本人ハ、植民地トイワレルコトヲ、一番嫌ッテ居ル」と。 〔帝国議会議事速記録集 第67回(昭和9年12月至昭和10年3月)〕
『My Identity』さんはこうした事例を紹介して、下記のように結論づけています。
結論として、日本統治時代、日本帝国は公式に植民地という用語を伝統的な意味での開拓(拓殖)または移民の意味として使用しました。 しかし、当時も否定的な意味の現代的植民地の意味も混在していたため、1934年以降、本土の内地を除く日本帝国の地方は、既存の植民地という用語の代わりに、各地方の名前に取って代わられたといいます。
したがって、この時の用語を現代的な意味で解釈して代入し、当時の日本帝国が朝鮮を植民地支配した証拠と提示することについて、漢字成語では堅江部会といい、過去の事件や概念を現在の価値や概念として解釈する誤りといい、これを学術的には歴史主義的誤り(Historicism Fallacy)と呼びます。
ブログ主は『殖民地』という単語を「行政用語」と以前説明し、차경환(チャ・ギョンファン)さんは「技術用語(technical term)と呼んでいますが、基本的には同じ事です。
「特別会計」の対象地域である行政地域を、(日本政府は、躊躇いながらも... )「殖民地」と呼んだだけに過ぎません。
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차경환(チャ・ギョンファン)様、貴ブログに直接コメントができないため、ここでお礼を言わせていただきます。ありがとうございます。
以前から日本語と韓国語の違い... むしろ、その違いが微妙なるが故に、相互理解の限界を感じていましたが、結局、歴史認識の問題は、韓国語ネイティブの方が、韓国人に分かるように説明してあげないと理解されないのです。
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