韓国人が学校で学ばない旧韓末の”タケノコ生活”
前回のエントリーの続きですが、内容は独立したものです。
米国にあるサイトの様ですが、『Internet Archive』に朝鮮総督府が英文で公表していた、朝鮮統治の実情を記した年次報告書が複数保管されています。
その中に「Annual Report On Reforms And Progress In Chosen ( Korea) 1935-36」という資料があり、興味深い一文を教えて頂きました。
以下はその142コマ目を一部訳したものです。
* * * *
※固有名詞(地名・鉱山名)で漢字が不明な場合は原文通りにしました。
朝鮮における各種の租借権。1896年4月、雲山地区の金鉱山が特別特許により初めてアメリカ人に租借されました。この租借に続き、京城の外国外交官たちは朝鮮政府〔※大韓帝国〕に対し同様の特権を要求しました。これらの要求に応じ、慶源と鏡城の鉱山はロシア人に、Kinjo鉱山〔錦城鉱山?〕はドイツ人に、InsanとSuian〔股山鉱山と遂安鉱山?〕鉱山はイギリス人に、Shokusan鉱山は日本人、Shojo鉱山はフランス人、Kosho鉱山はイタリア人、Kapsan鉱山〔甲山鉱山?〕はアメリカ人に賃貸されました。KegenとShojo鉱山の特権は操業開始前に無効化され、KinjoとInsanの鉱山は成果が不振のため放棄されました。ショウクサン鉱山は日本人との合弁企業として設立されました。ショウジョの鉱山は1930年4月にTaiyudo (Nurupi) 鉱山会社とTosoとKoganの2社に譲渡されました
***
【原文】concessions of various kinds in Chosen. A gold mine in the district of Unsan was first conceded to an American by a special charter in April 1896. Following this concession foreign diplomats in Keijo demanded similar privileges from the Korean Government. In compliance with these demands the mines in Keigen and Shojo were leased to Russians, the Kinjo mine to Germans, the Insan and Suian mines to Englishmen, the Shokusan mine to Japanese, the Shojo mine to French, the Kosho mine to Italians, and the Kapsan mine to Americans. The concession for the Keigen and Shojo mines was nullified before operations began, the Kinjo and Insan mines were given up on account of poor results. The Shokusan mine was incorporated as a joint enterprise between Japanese and foreigners. The Shojo mine was transferred to the Taiyudo (Nurupi) Mining Company and two other companies at Toso and Kogan in April 1930.
* * * *
上記は鉱山採掘権だけですが、『近代朝鮮の変革思想』(姜在彦 著/1973)によると、鉄道敷設権なども売却、更にWikipediaの『露館播遷』の項を見ると、更に多くの権益を売却した事が書かれています。
一八九六年三月 京仁鉄道敷設権 モールス(米)
同 四月 慶源・鏡城鉱山採掘権 ニスチンスキー(露)
同 四月 雲山金鉱採掘権 モールス(米)
同 七月 京義鉄道敷設権 グリーユ(仏)
同 九月 茂山・鴨緑江流域及欝陵島森林伐採権 ブリーネル(露)
一八九七年三月 江原道堂峴金鉱採掘権 ウォルター(独)
同 十月 釜山絶影島貯炭所設置問題(露)
同 十二月 仁川月尾島貯油所設置 スタンダード石油会社(米)
一八九八年二月 ソウル電気・水道施設権 コールブラン(米)
同 三月 韓俄銀行(露)
同 九月 股山金鉱採掘権(英)
同 九月 京釜鉄道敷設権(日本)
中でも、1896年9月にロシアが豆満江上流地域・鴨緑江上流地域・鬱陵島・茂山の森林伐採権を取得した事は、後の「龍岩浦事件」(1903年5月)の要因となりました。日露戦争(1904‐05)のきっかけの1つです。
そして、国の財政を顧みず外国資本を引き込む高宗の行動に危機感を募らせ... あくまでも日本側の立場からですが... 、第一次日韓協約(1904年8月22日)で財政顧問に目賀田種太郎(めがたたねたろう)を置き、その後第二次日韓協約、第三次日韓協約、そして併合(1910年)に至ります。
旧韓末(李氏朝鮮末期~大韓帝国)は自立して国を運営できる国ではなかったのです。
* * * *
ところで、このように ”タケノコ生活” をしていた大韓帝国を韓国の国史教科書でどう教えているかと言うと、”強奪された” とだけ教えているようです。
【地図以外を機械翻訳】
*鉄道敷設に関する韓国史教科書記述 (2011~2019年韓国史教科書)
⑤ 列強の利権侵奪
露館播遷〔※俄館露遷:閔妃暗殺後に高宗がリシア交換に亡命した事件。1年ほど引きこもっていた。〕後、列強は高宗の身辺不安を利用して多くの利権を奪っていった。露館播遷以前には清と日本が主に沿岸航行権、漁業権などの利権を奪取し、以降には日本、ロシア、フランス、アメリカなどが鉄道敷設権、鉱山採掘権などを相次いで奪い取った。
日本は京仁線敷設権をアメリカ人モールスから購入し、京釜線鉄道敷設権もロシアと競合して獲得した。この過程で政府は、日本と韓日両国共同経営を前提に京釜鉄道合同条約を締結した。この条約には、鉄道用地無償提供など日本にとって有利な内容が多かったが、鉄道労働者の大部分を韓国人で雇用し、韓国人企業や個人も株主となることができるという内容も含まれていた。その後、日本は京義線の敷設権もフランスから譲り受け、日露戦争後に軍用鉄道の名目で直接敷設した。
ちなみに、同時期の中国(清国)がどの様に西洋列強の支配下に置かれていったのか、もし、韓国人が世界史... せめて中国近代史を学んでいれば、自国がどの様な状況だったか理解できるでしょう。
尤も、韓国では歴史に ”善・悪” の評価を付けて教えます。歴史をありのままに理解するというのは難しいかもしれません。
« 【Internet Archive 】朝鮮総督府の施政報告書(英文) | トップページ | 【首里城火災】専門家「LED照明の延長コードのショートにより敷物から火災拡大か」 »
« 【Internet Archive 】朝鮮総督府の施政報告書(英文) | トップページ | 【首里城火災】専門家「LED照明の延長コードのショートにより敷物から火災拡大か」 »





















































test

コメント