東亜日報(1921年3月4、5日社説)「ああ、日本の友よ」
前回のエントリーで『東亜日報』の記事をご紹介して思い出した社説です。
これは、韓国人ブロガーの『My Identity』さんのブログエントリーで知ったのですが、この方は古い資料... 中には日本の国立国会図書館データベースから見つけた資料を翻訳したりして、日本統治時代の真実を伝えていらっしゃいます。
ここで紹介される社説の背景としては、1919年の万歳事件(3.1独立運動)を機に、それまでの威圧的な「武断政治」から「文治政治」へと朝鮮統治の政策を改めた事があります。
この社説は、「確かに我々の生活は良くなったが、それでえばるな。我々は言論の自由がもっと欲しいのだ!」という趣旨ですが、それが社説に書ける程には言論の自由はあったという事でしょう。
原文は漢字ハングル混じり文ですが、My Identityさんが全てハングルに書き起こしていらっしゃるので、それをお借りして機械翻訳すると、社説は以下の様に始まります。
https://blog.naver.com/quixcha/223733599883
ああ、日本の親旧〔※親戚と友〕よ、私たちに心の中に積もった話を胸が痛くて辛い心情を十分に吐露させなさい。 あなたは私たちの敵でもなく、凶悪な人でもない。 私たちはあなたの胸にも暖かい正義の火が燃え、あなたの目にも美しい涙があることを確実に信じる。 あなた達の中から西郷隆盛のような正義の偉人が出て、四十七士のような義人が出てきたではないか?
ああ、 私たちは石童丸〔※いしどうまる:伝説の偉人〕の話を聞く時に泣き、幼い正行〔※楠木正行〕の話を聞く時にも泣いて歎服〔※たんぷく=感服〕する。
明治維新の歴史を輝かせた大久保利通は誰で、明治憲政史を輝かせた板垣退助は誰か? 私たちの胸の中で走る生命の糸があなたの胸の中でも走っていることを私たちは知っている。 それで私たちはあなたを友達と呼び、手を取り合って私たちの痛い心を打ち明けて話そうと思う。
ここまでは日本人への共感を示す為のもので、いよいよ本題に入ります。
ああ、日本の友達よ、私たちに遠慮なく話せるようにしなさい。
日韓併合後のこの10年間、あなたは総督府が私たちに何をくれたと思うか?
私たちは率直に話す。 このすべては朝鮮人が当時の総督政治に対して不平を持っていたためであり、不平の爆発を防ごうとしたためだ。 しかし、燃える火を襟で隠すことができ、流れる水を手で防ぐことができるのか? この不平は結局爆発してしまった。 (3·1運動のこと)それでは、あなたの考えでは朝鮮人が実に恩知らずであり、「餅をもらい、踵を上げてその人を叩く者」〔※原文:떡을 얻어먹고 발꿈치를 들어 그 사람을 치는 자〕なのか? もしあなたがこのように考えるなら、私たちは再び議論する余地がないと思う。
「餅をもらい~」は「餅を貰ったくせに蹴飛ばすような恩知らず」、「恩を仇で返す」という意味でしょうか。現代の韓国人と通じるような気がします... w
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記事の引用はこの程度にして、My Identityさんの感想を機械翻訳で引用します。
彼/彼女は、将来もし南北が統一した場合、この社説に書かれた様な不満を北朝鮮の人々が抱くのでは無いかと考察しています。
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この社説は1921年3月4日~5日に発刊されました。 東亜日報が創刊されてほぼ1年になる時点で出たこの社説は、言論の自由と出版集会結社の自由の要求、そして人権保護を唱えています。 これはまるで現代新聞のように感じられるほどの民主的な要求を含んでいますが、韓日併合からわずか10年ほど経った時点で、こうした要求が新聞社説で公開されたという事実自体が朝鮮統治のすごい成果だと思います。
また、社説は日本の統治成果を認めながらも、日本人が朝鮮人の性情を正しく理解していないと批判しています。 つまり、道路と鉄道を置いてご飯さえ食べさせてくれればすべてが解決すると考える態度に対する不満を表しています。 本文では総督をはじめとする為政者たちの意図と成果を認めるが、「依然として『人』として生きようとする苦痛を感じる」と書かれています。 これはわずか10~20年前に過ぎない大韓帝国時代には想像すらできなかった高次元的な政治的欲求で、当時の朝鮮人の非常に変化した意識水準を反映しています。
時代を変えて現代の大韓民国を考えてみると、いつか北朝鮮と統一をすることになる時、私たちが1920年代当時の日本の立場になることもありうるという気がします。 統一後、韓国の人々と政府は裸で飢え、抑圧されていた北韓住民のために生活水準を隔世の感があるほど高めてくれるでしょう。 しかし、北韓住民はそのような恩恵や措置によってすべての不満がなくなり、韓国の人々や大韓民国政府を称賛し、感謝ばかりしているのでしょうか? 私は違うと思います。 上記の社説の内容のように、ほぼ同じようなことが北韓で起こるのではないかという気がします。 もしかすると、不満によって3·1運動と似たような騒擾事態が統一後、北韓で起こる可能性もあります。 その点で、この社説は現代にも適用される良い反面教師になることができます。
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