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2024年8月の31件の記事

2024/08/31

韓国の教科書に異変?ー李承晩政権を「独裁」とせず、慰安婦問題を比較的あっさり書いた教科書が検定合格

韓国は現在では日本と同様に複数の教科書が出版社が教科書を作成し、検定に合格した物から各校が採択するシステムになっています。朴槿恵大統領の時に国定教科書の使用を目指していましたが、左派の反発で頓挫しました。

https://www.sankei.com/article/20161227-Z5GLI66WPRICRPKMVUONBN7PS4/
産経:朴槿恵氏肝煎りの国定歴史教科書が事実上頓挫、1年延期し選択制に
2016/12/27
韓国政府は27日、来年3月の新学期からの導入を目指していた中学・高校の国定歴史教科書について、来年度は希望校だけが使用することとし、2018年度からは従来の検定教科書と国定版を各校に選択させると発表した。朴槿恵大統領の肝煎りで進められてきた国定教科書の一律導入は事実上頓挫した。

 

今回、新たに検定に合格した「韓国学力評価院(한국학력평가원)」の教科書『韓国史2』について『ハンギョレ』が噛みついていたので、その記事を機械翻訳でご紹介します。

慰安婦に関する記述も従来の教科書に比べたら比較的あっさり書かれているようです。

 

* * * *

https://www.hani.co.kr/arti/society/schooling/1156153.html
[단독] 새 역사 교과서 필자 “일제 착취 안 해…만행인지 모르겠다” [영상]
【単独】新しい歴史教科書の筆者は「日本製搾取はしない···蛮行かどうかわからない」[映像]
2024-08-30

  • 小·中·高等学校歴史教科書検定結果
  • 李承晩に「独裁」の代わりに「長期執権」の叙述
  • 「慰安婦」被害、具体的な言及もしない

来年から使われる新しい中学校歴史·高等学校韓国史教科書検定結果が公開された。 今回初めて検定を通過した教科書で日本軍の「慰安婦」記述を縮小し、李承晩(イ·スンマン)元大統領を扱った部分でも「独裁」の代わりに「長期執権」という表現を使っていたことが明らかになった。 特にこの教科書の執筆陣の一人は、既存の韓国史教科書に対して「日帝強占期と民主化運動の歴史に対して露骨で低質な歪曲がなされている」と発言したことが確認された。

教育部は30日、2022改正教育課程にともなう小·中·高等学校検定教科書審査結果を官報に掲載した。 来年3月から初等学校3~4年生、中学校1年生、高校1年生に新しい教科書が使われる。〔中略〕

日本軍「慰安婦」については参考資料と「日本軍「慰安婦」問題を忘れずに記憶しなければならない理由を話してみよう」などの練習問題を提示し、本文には具体的な言及の代わりに「若い女性たちを中国と東南アジアなどに連れて行き、恐ろしい人生を送るようにした」と書いた。 東亜(トンア)出版社の場合、「日本軍『慰安婦』と歴史否定」というタイトルで、日本軍の慰安婦概念、関連した主要人物(金学順、ジャン・ラフ・オハーン、パク・ヨンシム)〔※〕、日本政府の立場の変化、日本の慰安婦歴史否定の世界化について取り上げ、2ページにわたって記述しているが、韓国学力評価院の教科書はこの部分の記述を最小化したものと見られる。

※金学順は最初にカミングアウトした元慰安婦(但し、母親に40円で売られた)、ジャン・ラフ・オハーンはスマラン事件、パク・ヨンシムは北朝鮮の慰安婦で、「臨月の慰安婦」として有名。

〔中略〕また、李承晩政府に対して「長期執権」と表現したが、「独裁政権」(해냄에듀/ヘネムエデュ)と書いた他の教科書との違いがうかがえた。〔中略〕

大韓民国政府樹立と関連した叙述で「民主主義」の代わりに「自由民主主義」の表現を使ったのは、尹錫悦政府になって用意された2022教育課程改正案により共通したものだ。 これに先立ち、盧武鉉政府では民主主義、李明博、朴槿恵政府では自由民主主義という表現を使い、文在寅政府では民主主義と憲法前文にある自由民主的基本秩序という表現を使った。

官報で検定結果が公開される前から、韓国学力評価院の正体を巡り色々な疑問が提起された。 教育界と歴史学界、歴史教師の間では「規模の小さい出版社がどうして多くの財源が必要な教科書を執筆できるのか」、「ニューライト性向の筆陣があるだった」という疑惑が提起された。 教科書執筆には一定規模の投資が必要で、ここに参加した出版社の売上規模は数十億~数千億ウォンに達する。 韓国学力評価院は2022年の売上が3億9800万ウォンであり、職員数は6人だった。

一部の執筆陣の過去の発言も教育界の疑問を膨らませた。 執筆陣として参加した釜山外大 地中海地域院〔※지중해지역원〕のペ・ミン教授は2022年歴史研究院が「学校教科書の歴史歪曲」を主題に開催したセミナーで既存歴史教科書に対して「歴史的事実自体を誤って記述している、すなわち歴史記述における誤り内容は至急修正されなければならない」と主張した。 また、日本による植民地時代搾取については「(既存の教科書は)朝鮮社会の中で両班集団と政府官吏によって受けた真の搾取については知らないふりで一貫する叙述をしたため、彼らは善良な韓国人が悪い日本人によっていじめられたという単純認識に捕らわれている」とし「日帝の支配政策は事実上搾取というよりは同化がその本質だった」と話した。

* * * *

 

以下の画像は当該教科書の「慰安婦」に関する記述。日本人から見れば歯がゆいですが、これが検定に通る為には現状では精一杯なのでしょう。

 

20240831_textbook01

 

韓国では「ニューライト」と呼ばれる、日本統治時代に朝鮮は経済的発展を遂げた(文明化した)という歴史観を主張する人達がいますが、彼らの活動の一つが教科書作りでした〔cf. 教科書フォーラム〕。彼らの地道な努力がまた一つ実を結んだと言っても良いのではないでしょうか。

 

  


 

 

 

 

2024/08/29

李承晩の1918年の住民登録カード(Registration Card)

韓国では併合期に韓国人の国籍が日本だったかどうかで未だ喧(かまびす)しいのですが、李承晩は1918年にアメリカで住民登録カード(正しくは「第一次世界大戦徴集カード」との事)の国籍欄に「Japan」と記入しています。

韓国人は「李承晩は『無国籍』を貫いた(キリッ」と言うのですが、アメリカでは日本人(コリア系日本人)と見なされていただけの話でしょう。

 

李承晩が自分で記入した住民登録カードが見つかったのは2013年です。

韓国人は衝撃を受けたようですが、それは前述の李承晩の定説と相反するからです。

李承晩にとっては日本国籍と書くのは不本意だったかもしれませんが、アメリカの当局は事務的に処理しただけでしょう。

 

* * * *

https://www.headlinejeju.co.kr/news/articleView.html?idxno=191188

ヘッドライン済州(헤드라인제주)

이승만 美체류시절 자필 국적표기 충격..."내 국적은 일본"
李承晩、米国滞在中に自筆の国籍表記に衝撃···「私の国籍は日本」
2013.10.05

初代大統領の李承晩(イ·スンマン)が米国滞在時代に国籍を日本と表記した文書が公開され、関心を集めている。
米国国家記録院と古文書保管サイト「エンシストリードットコム」(Ancestry.com)が公開した資料によると、1918年、李承晩元大統領の徴集書類に国籍が日本になっている。 このカードは李承晩(イ·スンマン)元大統領が直接筆記体で作成したもので、当時44歳だった彼は旧暦の誕生日(3月26日)とともに職業は「韓国学校校長」(Korean School Principal)、住所は「ハワイ」となっている。 今回発見された古文書の中には、1933年に李元大統領のニューヨーク入港記録をはじめ、連邦文書60件が発見された。 写真は李承晩の「第一次世界大戦徴集カード」。〔中略〕

これと関連してニューヨーク韓国日報は、この書類は「第1次世界大戦徴集カード(U.S. World War I Draft Registration Cards)」で、李承晩元大統領の「英語名」(Syngman Rhee)、「生年」(1875年)などと一致する連邦文書60件が発見されたと伝えた。〔後略〕

 

20240829_registrationcard

 

2018年と言えば、3.1独立運動も臨時政府もできる前です。少し前のエントリーで書いたとおり、1919年には独立の機運〔※〕が高まり、臨時政府が乱立しました。ソウル(漢城)には「漢城臨時政府」ができ、最終的には「上海臨時政府」と合併して李承晩が初代大統領となります。国号は「大韓民国」。李承晩はその後も漢城臨時政府の大統領と称していたそうですが、その1年前なので大韓民国はありません。強いて言えば「大韓帝国」なのですが、仮にそう書きたかったとしても、恐らくアメリカの当局はそれでは受け付けなかったでしょう。

李承晩は1897年、培材学堂在学中に高宗退位要求の檄文散布に加わり投獄され、1904年に特赦で釈放されるとすぐに渡米します。その時は大韓帝国です。韓国語のWikipediaによると、”1904年8月9日に釈放された李承晩は、その後、ミン・ヨンファン(閔泳煥)に会い、彼の密書を所持して米国大統領に会うために11月に渡米することにした。... 1904年11月4日、済物浦港〔※現 仁川港からアメリカに出国した。” とあります。

ということは、海外を転々としている間に国が無くなり、本人の意識では「無国籍」のつもりだったのでしょう。

 

ちなみに、「李承晩記念館(이승만기념관)」のサイトには「最後まで無国籍者の身分を維持した独立運動家」と題して以下の様な説明があります。

 

* * * *

李承晩は独立運動のために外国に出て、米国に帰るたびにいつも出入国に苦労した。 韓国が日本に強制併合され、李承晩も他の独立運動家のように無国籍者になったからだ。

1932年11月、上海臨時政府の金九主席は李承晩に全権大使としてジュネーブに行くことを懇願した。 李承晩は快楽して米国に行こうとしたが、再入国ビザが出なかった。 米国務省には、李承晩(イ·スンマン)を快く思わない官吏が多かったからだ。

李承晩は以前にもこのようなことでプリンストン大学の師匠だったウッドロウ·ウィルソンを訪ねたことがあった。 国務省の高官らが再入国の許可をしてくれないと言って取り持つことを頼むためだった。 ウィルソンはイ·スンマンに「簡単な方法がある」と言った。 米国市民権を申請せよということだった。 李承晩(イ·スンマン)は、「それは話にならない」と一言の下で断った。

李承晩(イ·スンマン)はウィルソン大統領が勧めても、米国国籍を最後まで得られなかった。

「大韓民国が独立すれば大韓民国の国民になるから」という言葉が彼の理由だった。

当時、徐載弼(ソ·ジェピル)、安昌浩(アン·チャンホ)、金九(キム·グ)、金性洙(キム·ソンス)ら独立運動家たちがみな米国籍、中国籍、ソ連国籍、日本国籍で暮らしていた時、李承晩はいつも無国籍者だった。 特に、共産、社会主義系列の独立運動家が中国籍、ソ連国籍を取得した点と大きく対比される。

李承晩の日記 中 - 1933年8月8日

「領事館に行くと、領事は食事に行っていなかった。 私は待っていた。領事が入ってくると、副領事と一緒に私のパスポートを見て、私が韓国人〔※한국인なのに日本のパスポートを拒否し、米国市民でもないのに米国のパスポートを発給された事実に非常に興味を持っているようだった。彼らは私のパスポートが多くの不便をもたらすので、外交ビザを発給してくれると言った…」(後略、英文略)

※原文は英語なので、Koreanと書いていると思われる。

フランチェスカ「大統領の健康」より

「米国務省はうんざりのあまり、私たちに米国市民権を発給してもらうように言った。 しかし、夫の答えは一様だった。 「朝鮮が独立しますので、お待ちください。その度に、私は夫の信念と、誰も犯すことのできない特有の威厳にいつも圧倒されていた。 この堂々とした無国籍者の夫と私がこれによって経験した苦難は、大韓民国建国の時まで続いた」

* * * *

 

李承晩に対してはアメリカは特別な配慮... 対日外交に利用できると思ったのかも知れませんが... アメリカのパスポートが発給されたようです。

ところで、李承晩の日記に気になる箇所があります。

「私がKoreanなのに日本のパスポートを拒否し... 」

つまり、日本に併合された韓国人は、本来は日本のパスポートを取るのが常識だと、少なくともアメリカではそう思われていたと本人も自覚していたのではないでしょうか。

 

 

  


 

 

 

 

2024/08/28

韓国人「歴史(集団的記憶)とは概念的な虚像であり、物質的実態で補完するものである」←それって捏造じゃんw

前回のエントリーで ”韓国では証拠に基づいた「事実」ではなく、観念によって「事実」が作られる” と書きましたが、それに関連したエントリーになります。

崔鍾徳(チェ・ジョンドク)元国立文化財研究所長という方が、『世界日報』(韓国語版)に興味深いコラムを書いています。

ブログ主にとって ”興味深い” というのは、韓国人の理論とか思考方法を探るのに良い記事という意味です。

 

* * * *

https://www.segye.com/newsView/20240826512842
[최종덕의우리건축톺아보기] 우리는 왜 조선궁궐을 복원하는가
[崔鐘悳の韓国建築を振り返る] 僕たちはなぜ朝鮮宮殿を復元するのか
入力2024.08.26 午後 11:14

  • 景福宮復元はソウルの根源復元
  • 国家発展に対する自信の表れ
  • 日帝に歪曲された歴史を正す
  • この時代の韓国人の正当な権利

朝鮮の宮殿は文禄·慶長の役と日本による植民地時代、日本によって徹底的に破壊された

解放後、韓国は植民地経済の収奪と韓国戦争の被害で過去を振り返ることができなかったが、1970年代以降、国の財政に息抜きができ、日帝によって歪んだ過去の建築環境、特に宮殿を復元しなければならないという共感が形成され、その出発点が1983年の昌慶宮復元だった。 1990年から始まった景福宮復元は、旧朝鮮総督府庁舎の撤去、光化門と月台〔※門や宮殿の前に延びる石畳/謁見場所の復元などを終え、依然として現在進行形だ。 光復節がある8月に、私たちはなぜ朝鮮宮殿を復元するのかを探ってみる。

朝鮮宮殿、特に景福宮を復元することは、ソウルの根源を復元することだ。〔中略〕

日帝によって毀損されたまま残された空き地と彼らがあちこちに建てた施設物だけが宮殿の庭を占めているならば、そこを訪れる人々の目には500年以上の朝鮮の歴史よりは36年日本による植民地時代の過去だけが目立って見えるだろう。 朝鮮の歴史的な雰囲気を感じるためには、それにふさわしい昔の建築物が必要であり、そのために宮殿の姿を見せる主要殿閣の復元が必要だ。

宮殿の復元は韓国人のアイデンティティを高めるものだ。 過去は私たちのアイデンティティに欠かせない要素だ。 昨日の私を知らなければ今日の私を知ることができない。 昔のものは私たちの記憶をよみがえらせ、私たちが誰なのかを教えてくれる。 個人レベルで私たちは各自の記憶を通じて自身が経験した過去を思い出すが、国家レベルでは国民が共に持つ「集団記憶」が国家の過去を規定する。 国家は多様な世代の数多くの個人で構成されているにも関わらず「集団記憶」が示す通り過去を眺めるためだ。 記憶は現在の時点で過去を眺めることなので、過去と現在が共にする。 記憶は過去と現在をつなぐ紐であり、社会の連続性と私たちのアイデンティティに必須だ。 個人の記憶が直接経験で形成される「実状」であることとは異なり、国民の「集団記憶」は先の世代から学んだ「概念的な虚像」であり、物質的実体で補完する必要がある。 この時、最も有効な手段が集団記憶と関連付けられる文化遺産だ。 宮殿の復元は韓国人の「集団記憶」を呼び起こす物質的な実体を作ることだ。 日帝が朝鮮宮殿を毀損したのは朝鮮人の「集団記憶」の物質的実体をなくし、朝鮮人のアイデンティティを抹殺しようとしたためだ。〔中略〕

宮殿の復元は韓国人の自尊心を回復する過程だ。 朝鮮が滅亡してから1世紀が過ぎたが、我々は依然として宮殿に畏敬の念を抱いている。 1970年代以降、経済成長で不動産開発への圧力が高まった時も、宮殿は例外だった。 日帝が昌慶宮に動物園と植物園を設置し、その名前まで「昌慶院」に格下げしたことを私たちは宮殿の尊厳性を傷つけたことであり、それはすなわち韓国人の自尊心を踏みにじったことだと考えた。 金泳三(キム·ヨンサム)元大統領は、彼の回顧録で「野党議員だった時代、日本の国会議員が自分の家に総督府の建物を背景に撮った写真をかけておいたのを目撃し、相当な侮蔑感と恥辱を感じた」と話した。 昌慶院を昌慶宮に復元し、旧朝鮮総督府庁舎を撤去して景福宮本来の姿を取り戻したことは、まさに傷ついた韓国人の自尊心を回復することだ。

傷ついた皮膚に傷痕が残るように、日本に蹂躙された過去もまた、韓国社会に深い傷痕として残った。 強盗に暴行されて壊れた顔を整形手術で治癒するように、日帝によって歪曲された過去を正し、今日の観点で望ましい過去を作っていくことは、現在を生きていく私たちの責務だ。 毎時代、歴史家が歴史を新しく書くように、私たちはこの時代の価値観と未来に対するビジョンで望ましい過去を創造する権利がある。 なかったことをもっともらしく操作するのではなく、数多くの過去の痕跡のうち、現在と未来のために望ましいことを今後明らかにするだけだ。 朝鮮宮殿を踏みにじった36年の日本帝国主義の痕跡を取り除き、500年以上花を咲かせた朝鮮宮殿を復元することは、この時代を生きる韓国人の正当な権利だ。

* * * *

 

日帝は朝鮮を ”暴行” したらしいw (どんだけ弱っちいキャラが好きなんだよ... )

それは兎も角、この人の考えでは、「李氏朝鮮が韓国人のアイデンティティ」だそうで、独立以来、李氏朝鮮に戻っていきつつあるのも頷けます。ブログ主が近代化されていない韓国人を揶揄して ”後朝鮮人” と呼ぶのはこの為です。

 

更に太字にした部分は韓国人の歴史認識を知るのに重要です。

  • 個人レベルで私たちは各自の記憶を通じて自身が経験した過去を思い出すが、国家レベルでは国民が共に持つ「集団記憶」が国家の過去を規定する。
  • 国家は多様な世代の数多くの個人で構成されているにも関わらず「集団記憶」が示す通り過去を眺めるためだ。
  • 個人の記憶が直接経験で形成される「実状」であることとは異なり、国民の「集団記憶」は先の世代から学んだ「概念的な虚像」であり、物質的実体で補完する必要がある。

 

個人レベルの記憶が当てにならないのはその通りですが、オーラル・ヒストリー(口伝えの記録)も多数集めたり、その時代を振り返った回想録や小説... 特に風俗小説は、フィクションとは言え、当時の雰囲気とあまりにもかけ離れていたらリアリティが無くなるので、当時の人々の振る舞いや考え方などを表しているはずで、韓国の場合は、日本統治時代を知っている人の口が長いこと塞がれていたために途絶えた記憶を再現するのに役に立つはずです。2014年に「日帝時代は良かった」と言った老人が殺されたのも有名な話です。

 

韓国「反日主義」の起源』(松本厚治 著)で著者が使っていたのは「public memory」(公共の記憶:公共の物として広く共有される歴史的記憶)という言葉でしたが、このコラムの筆者は「集団(的)記憶」と呼んでいます。そしてそれは実体験からくるものではなく「概念的な虚像」とも言っています。

そう。”李氏朝鮮時代は華やかで美しく、人々は幸せに暮らしていた” という虚像が彼らにとって ”正しい歴史” であり、「物質的実態で補完」(ex. 美化した宮殿の復元)をして ”これが事実だ!” となるのです。

記事には「昌慶宮」という宮殿に言及していますが、それでは、日韓併合の8年前(1902年)の昌慶宮はどんなだったかと言うと... 。

 

これです ↓ ↓ ↓

 

20220803_1902_seoul01

 

この場所は、純宗〔最後の大韓帝国皇帝〕即位後、朝鮮総督府が頼まれて動物園と植物園を作り、市民に公開しました。 殿閣は整備して博物館にしました。 民に対する王室の啓蒙活動だったのです。

 

20220803_zoo

記事では日帝が王宮を蹂躙した痕跡を無くして元通りにする様な事が書かれていますが、見栄えのする洋風建築は残しています。例えば昌慶苑の植物園。

 

↓ ↓ ↓ 

 

20240828_botanicalgarden

 

 

この、「集団的記憶」や「公共の記憶」、即ち「みんながそう思っているのだから事実」というのは、李栄薫(イ・ヨンフン)博士が言う『一致した意見が真実になる国』と同じです。

 

20240601_public_memory
▲崔碩栄 著 『韓国人が書いた 韓国で行われている「反日教育」の実態』より

 

 

  


 

 

 

 

尹錫悦大統領の人事/「日帝時代の先祖たちの国籍は日本」金文洙(キム・ムンス)氏の発言が物議

まずは『聯合ニュース』の記事です。

 

https://jp.yna.co.kr/view/AJP20240827000200882
植民地時代の国籍は「日本」 韓国閣僚候補が人事聴聞会で発言
2024.08.27

韓国の金文洙(キム・ムンス)雇用労働部長官候補は26日の国会人事聴聞会で、日本の植民地時代には国がなかったとした自身の過去の発言について、「(今も)同じ考え」とし、「国がつぶれたのに(韓国の)国籍があったのか」と述べ、当時の先祖の国籍は「日本」と答弁した。
金氏は2018年に行った講演で、「文在寅(ムン・ジェイン)大統領(当時)は、建国は1948年8月15日ではなく、(臨時政府が樹立された)1919年という変な話をしている」と発言していた。〔後略〕

 

Governor of Gyeonggi Province (6925480981) (cropped)

金文洙(キム・ムンス)氏

* * * *

 

「日本統治時代は韓国人(朝鮮人)の国籍は日本」、「建国は1948年」... こんな当たり前の発言で韓国の人事聴聞会が紛糾しています。

が、これは、日本統治時代を正当化するという理由で、韓国ではタブーなのです。

韓国では証拠に基づいた「事実」ではなく、観念によって「事実」が作られます。

 

韓国の場合、大臣(長官)はもちろん、その他の高位高職者は大統領が直接任命する代わりに人事聴聞会を受け、野党からの強い批判に晒されます。少し前も、「独立記念館」の館長にニューライト(新右翼)の人物を指名したことで、8月15日の光復節に光復会(独立有功者の子孫で作る既得権益団体)や野党が政府公式の式典をボイコットするなど、大統領が右か左かで役職者もガラッと変わるので、野党、この場合は左派ですが、は必死に抵抗します。

数字はうろ覚えですが、李相哲教授によると大統領に任命権限がある要職の数が100以上あるとかで、結局トップが人事を行うので、その下の、例えば官僚も入れ替わります。トップに誰がなるかは、ある意味、”生死を賭けた” 闘いなのだそうです。

『ハンギョレ』の記事からもう少し、尹錫悦大統領の人事をご紹介しますが、ハンギョレが発狂しているということは良い人事ですw

 

https://japan.hani.co.kr/arti/opinion/50784.html
【社説】歴史機関を掌握した「ニューライト」、歴史歪曲の整地作業なのか=韓国
2024-08-08

尹大統領はすでに、歴史関連の機関のトップにニューライトの人物たちを相次いで任命している。先月30日に韓国学中央研究院長に就任した東国大学のキム・ナンニョン名誉教授は、強制動員と「慰安婦」の強制性を公然と否定する主張を繰り広げた。3月に東北アジア歴史財団理事長に就任したパク・チヒャン氏は、就任記者懇談会で「日本が過去に対して謝罪していないという古い世代の認識を、若い世代に強要してはならない」という歴史の流れを無視した発言をした。国史編纂委員会のホ・ドンヒョン委員長と韓国学中央研究院のキム・ジュソン理事長もそれぞれ、朴槿恵(パク・クネ)政権の国定歴史教科書の編纂審議委員とニューライト系列の「教科書フォーラム」の運営委員として活動した人物だ。

尹大統領の対日外交は、国益と国民の自尊心を捨てたまま、日本の過去の歴史に対する責任を率先して払い落す自害外交の連続だった。今や歴史機関のトップまですべてニューライトで埋めている。いったい何をしようとしているのか。国民と歴史戦争でも行おうというのか。尹大統領は憲法精神を否定する行動をただちにやめよ。

* * * *

 

念の為書いておきますが、ニューライトと呼ばれる学者達は、日本統治時代の正当化ではなく、「日本統治時代に朝鮮が近代化した」と主張しているだけです。

もう一歩踏み込んで貰いたい所ですが、韓国の憲法が日本統治時代を不当なものと規定しているので、ここまでが限界かと... 。

 

最初の記事の金文洙(キム・ムンス)雇用労働部長官候補に話を戻すと、韓国語Wikipedia「김문수」によると、この方は大学を中退して労働運動に飛び込み、全斗煥政権時代には投獄もされたというバリバリの左派でした。しかし、その後、共産主義国の崩壊を見て共産主義の限界を知り転向した右派です。

京畿道知事を務めたこともあり、政界人としてのキャリアも立派で、左派の弱点も知り尽くしている理論派だけに左派には脅威なのです。

文在寅政権下で行われた2020年の総選挙では自由共和党という政党を立ち上げ、その教育委員長に『反日種族主義』の李栄薫(イ・ヨンフン)博士を迎えた〔※〕事でも分かるように、歴史認識は正しいはずです。

※櫻井よしこ氏の『言論テレビ』(2020.02.14)で聞いた話だと記憶。〔→ブログ記事

なお、この時の選挙では与党による『韓日戦』というキャンペーンに最大野党(右派)が乗せられてしまい、野党トップが「竹槍歌」(東学党の乱を象徴する抗日歌)を唄ったりして、櫻井よしこ氏など、この選挙を見守っていた日本の保守に頭を抱えさせました。案の定、野党は惨敗。「反日(親日)」を争点にしたら、右派が左派に勝てるはずがありません。

2022年には「文前大統領は金日成主義者で銃殺に値する」とまで言い、左派を激怒させました。 〔中央日報 2022.10.13

 

尹錫悦大統領が親日か用日かという議論はさておくとして、以前、李栄薫博士を呼んでレクチャー(内容は「李氏朝鮮時代」らしい)を受けたそうで、対日外交以前に、韓国内の ”認知の歪み” を正そうとしているのは確かだと思います。

 

 

  


 

 

 

2024/08/26

【愛されない共和国】反米・反日左翼を生み出したのは保守政権【ブライアン・マイヤーズ 著】

以前のエントリーの続きです。ここであらためて『愛されない共和国』(『사랑받지 못하는 공화국』)の著者、ブライアン・マイヤーズ(Brian Reynolds Myers)教授のプロフィールをご紹介します。

英語版Wikipediaの情報によると、教授は1963年生まれ。2001年から韓国に移住して大学で教鞭(高麗大学→東西大学国際学)を執っていますが、それ以前の80年代初頭~90年代前半に西ドイツに留学して北朝鮮文学を中心とした韓国学で博士号を取得。時折東ドイツを訪問し、朝鮮学校で英語を教えた経験もあるそうです。日本でドイツ語を教えていた事もあるとの事。

他の英語のサイトも幾つか見ましたが、恐らく左派系のサイトなのでしょう、”極右” のようなレッテルも貼られているようです。

本のタイトル、『愛されない共和国』とは韓国の事で、建国年を人前で言えない韓国人、国家よりも民族を愛する韓国人の事を意味し、半分ほど読んだ限りではこの本で一貫して指摘しているのは「国家意識の欠如」です。

今回のブログエントリーの範囲は以下の目次(韓国語からの機械翻訳)の赤字の部分ですが、ここではブログ主の興味ある部分のみピックアップしてご紹介します。

 

第1章 この本を書いた理由 5
第2章 歴史を整理しようとする韓国人 14
第3章 アメリカを信じすぎないように警告する 22
第4章 解放期に関する修正主義の神話を修正する 25
第5章 北朝鮮と第1共和国 43
第6章 北朝鮮と4・19 54
第7章 朴正煕の国家主義について 59
第8章 5-18に対する慎重な一言 67
第9章 全斗煥時代への思い出 70
第10章 北朝鮮学研究者への変身 74
第11章 民主主義といえばアメリカ人は投票箱、韓国人はデモを思い浮かべる 79 
第12章 国家より民族を優先した金泳三 88
第13章 金大中統治下の韓国への招待 93
第14章 ヤンキーの故郷 101
第15章 天安艦と延坪島 108
第16章 北朝鮮の3代世襲 115
第17章 文在寅候補の敗北 120
第18章 「独裁者の娘」 124
第19章 保守が見守る南北連合構築 132
第20章 結論 148

 

大統領で言うと、李承晩~朴正熙~全斗煥~盧泰愚の範囲ですが、盧泰愚大統領を軍事政権と括るのは誤りだと著者は言います。

それは、それ迄の政権と異なり北朝鮮との融和政策を急激に進めたこと。

大韓航空機爆破事件(1987年11月29日)から100日も経っていない時期に北朝鮮関連の禁止図書の解禁を行い、”南北関係を改善しようと必死だった盧次期大統領は、就任式まで待つことができず、1988年1月にすでに南北会談の開催を求めた” からです。〔pp.79-80〕

***

韓国には「86世代」または「運動圏」と呼ばれる人達がいます。「80年代の民主化運動に参加した60年代生まれ」という意味で、更にその運動の中心となった人達が運動圏で、政治のみならず、司法、労働、教育、メディアなどで主流になっていった世代です。日本の「60/70年安保闘争」に加わった人達や「全共闘」世代とも共通点はありますが、韓国の方がより社会への浸透度が高い様に思えます。また、70年安保闘争の世代と比較しても10歳以上若いので、当分権力を握り続ける事でしょう。

 

マイヤーズ教授によると、この世代を生み出したのが李承晩~朴正熙政権との事。

以下の引用は機械翻訳である事ご了承ください。

 

〔...〕 問題は相反する感情を同時に抱いている韓国人が依然として多いということにある。 韓米同盟を支持しながらも、核兵器を積んでおく北朝鮮に同調したり、南北連合を擁護しながらも、一種の保険をかけるように米軍が残っていることを望む中道左翼は、いわゆる従北勢力よりも韓国の安保に大きな問題になるかもしれない。 しかし、遡ってみると、そのルーツは自由民主主義の価値よりも民族主義を前面に押し出した保守政権から始まった

朝鮮戦争は、北朝鮮に対する韓国人の敵対感を高め、大韓民国に対する支持を強化した。 もし李承晩大統領がその時からでも国家精神涵養に本格的に乗り出したなら、その後の歴史の流れは非常に変わったかもしれない。 残念なことに、彼は代わりに自分を個人崇拝の対象にした。 彼の顔が描かれた1000ウォン札が戦争中に既に発行された。 休戦後、ソウルのあちこちに胸像や銅像が建てられ、1955年からはさらに彼の誕生日は全国民を総動員する大祝祭の日になった。〔...〕 南山の日本神社敷地跡に李承晩銅像を建てることを決めたことは、彼が依然として民族主義英雄として崇められることを望んでいたことをよく示している。 〔pp.48-49〕

 

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維新政権〔※朴正熙政権に「全体主義」というレッテルを貼ることについては議論の余地はないが、実は私は「国家主義」というレッテルもそれほど明確ではないと思う。 もちろん、国家主義を国家が経済や社会に積極的に介入すべきだという主張を理念として規定するなら、朴正熙が国家主義者だったとも言える。 彼が著述と演説で国家に対する忠誠心を弱めてきた儒教的家族主義の伝統をよく批判したこともまた確かだ。 にもかかわらず、第3共和国は教育と宣伝で李承晩政府が犯したのと同じ基本的な過ちを犯したと考える、すなわち、北朝鮮が絶えず転覆させようとする大韓民国を守るのに最も適した方法が民族主義を煽ることだと考えたという点だ。 そのため、日本との関係正常化のために努力している中でも、全国各地に李舜臣将軍の銅像を建て、建国大統領の李承晩の名誉を回復させる代わりに、独立運動家の金九(キム・グ)を民族の指導者として掲げた。 〔p.63〕

このすべての宣伝が、経済的には日本と緊密に協力し、軍事的には米国に依存する国家である大韓民国の正統性を傷つけ、米国と日本に堂々と対抗しようとする北朝鮮の魅力をさらに輝かせることは、子どもでも予想できる。 もちろん、政府は金日成政権を絶えず誹謗したが、一つの民族主義国家がさらに民族主義的な同族国史をけなすことは、大変難しいことだ。 〔p.65〕

結局、若年層を対象にした宣伝は、金日成を豚に、人民軍を猿に描写するなど、北朝鮮の同族性を否定する方向に努力を傾けるしかなかった。自認できる結果として、賢い子どもたちが高校に進学する前に、幼稚な反北朝鮮宣伝にうんざりし、反米、反日感情と国家に対する反感だけを抱いたまま大学に入った
〔p.65〕

朴政権が強化した集団主義精神も、不本意ながら運動圏に大きく役立った。 いわゆる主体思想派活動家だった閔庚宇(ミン・ギョンウ)学者は転向後に出した本「86世代民主主義」(2021)で次のように書いた:「運動圏は朴正熙と戦ったように見えるが、内面から流れる根の感情は朴正熙と同じように民族的、憂国的だったようだ。」(ちなみにここで憂国とは、共和国への愛ではなく、5000年前の祖国への愛を指す)。 〔p.65〕

主体思想派の ”ゴッドファーザー” だった北朝鮮人権運動家の金永煥(キム・ヨンファン)も同様の主張をし、維新時代に主体性という価値が持続的に強調されたことが彼を金日成の主体思想に脆弱にさせたと記憶した。〔p.65〕

* * * *

 

ここで韓国人を少し弁護すると...

著者も書いていますが、確かに1945年以降、南朝鮮~韓国に駐留した米軍人は素行が悪かったようです。そして、韓国人女性を慰み者にしている米軍を見て、あの韓国人がその屈辱を簡単に忘れるとは思いません。

著者は「韓国とは違ってNATO国家の政権は反米感情を常に落ち着かせようと努力した。」と書いていますが、NATO加盟国の国民と韓国国民に対する態度は同じだったのか疑問があります。そこには人種差別があったのではないか?... と。

また、アメリカ人の著者にとって米国史は1776年7月4日の独立宣言あるいはその前の独立戦争から始まるのだと思いますが、韓国人にとって、半万年はオーバーだとしても、”民族” の歴史をそう簡単に切り離せるものではないでしょう。

そして、韓国人が「国家意識」を持ったのはおそらく日本統治時代です。民族意識もこの時初めて芽生えたのかも知れませんが、その日本統治時代の記憶から、「国家主義」に帝国主義や軍国主義的な嫌悪感を抱くのではないかと想像します。それは、各種のコメント欄を見ても、日本の保守をすぐに軍国主義と結びつける傾向がある事に感じ取ります。

 

著者は第7章をこのように結んでいます。

私が保守にこのような話をすると、彼らは非常に不快に思い、すぐに話題を変えようとする。 左派だけが反米伝統を持っていると信じたいようだ。 しかし、現在の韓国の国家精神の不足を理解するには、軍事政権の民族主義から理解しなければならない。

 

この辺りはブログ主が ”我が意を得たり” と思う所です。慰安婦像の撤去運動をしている方に反日のルーツを指摘しても無視されますが... w

 

  


 

 

 

 

2024/08/24

在日同胞野球団

京都国際学園の優勝で、韓国人ジャーナリストの崔碩栄氏が以下の様なツィートをされていました。

 

崔碩栄 (@Che_SYoung)

50〜90年代には韓国の高校野球大会に「在日同胞」チームが参加していた。かつては張本勲氏も参加したことがあり、在日の高校生たちは夢を持って祖国の大会に挑んだ。
昔は日韓のレベル差は大きく圧倒的な強さを見せていた在日球児たちだが、思わぬ「祖国の洗礼」を味わうことになる。彼らを「よそ者」扱いした大会側の「おかしな判定」が続き、優勝目前で挫折するケースが多かったのだ(これは当時参加した選手たちが口を揃えて言ってる)。
昨日の試合で韓国の大統領、野党議員が祝辞を送るなど国全体がお祭りムードだが、それを見て私が苦笑いしたのはその昔話を思い出したからだ

午後4:53 · 2024年8月24日

 

20240824_baseball01

 

確かに、尹錫悦大統領が祝福するわ、外交部(外務省)はお祝いのメッセージを「X」に投稿するわで、ものすごいはしゃぎっぷりでしたw 韓国メディアの関連ニュースはいくつ見たことか。但し、戦前、つまり日本統治時代に朝鮮の学校が甲子園大会に出場していた事は伝えません。

 

それにしても、崔さんが言う「在日同胞」チームとの落差... 。

調べて見ると、同様の事が書かれている記事が見つかりました。鳳凰大旗というのは「鳳凰大旗全国高校野球大会」の事で、韓国版甲子園大会の事です。

 

https://m.news.nate.com/view/20240815n02348?mid=s01&list=recent&cpcd=
[봉황傳]④ 그라운드의 이방인
[鳳凰伝]④ グラウンドの異邦人
2024.08.15 07:00

〔前略〕1956年、韓国日報と大韓野球協会は在日同胞学生野球団母国訪問競技大会を開催した。 故国の要請に対し、在日韓国人社会は日本の高校チームでプレーしていた学生たちを中心に野球団を構成し、経費を調達するために毎年募金運動まで行った。 苦労して貯めたお金で母国を訪問した在日同胞野球団は、先進野球技術と野球装備をプレゼントした。 大会は1968年11回まで続いたが、1972年からは鳳凰大旗高校野球参加に形を変え、在日韓国人チームは1974年、1982年、1984年、鳳凰大旗で3回の準優勝を果たした。

しかし、故国の野球ファンの反応はいつも冷たかった。 「チョッパリと同じような韓国人」と冷遇するのが常だった。 日本でも厳しかった若い選手たちは、さらなる差別に心を閉ざした。 結局、選手を見つけるのが難しいという表向きの理由で、在日韓国人チームの母国訪問は1997年を以後に終わった。〔後略〕

 

これを読んで、某元プロ野球選手のエピソードを思い出し、記憶があやふやだったので調べて見ると、見つかりました。2006.08.09付けの『朝日新聞』に掲載された記事の様で、幾つかのブログにコピペされていました。

その内の一つから、該当部分をお借りします。

https://plaza.rakuten.co.jp/peace88/diary/200610120000/#goog_rewarded

94年夏。韓国・ソウルの東大門野球場に金城はいた。韓国の高校野球全国大会「鳳風大旗争奪大会」が開かれていた。「韓国の甲子園」と言われるこの大会に、日本から在日韓国人のチームが参加。3年生の金城も、その一員だった。

最初の試合で「おかしい」と感じた。観客からは自分たちへのヤジが飛び交う。ストライクとボール、アウトとセーフ。審判の判定は不利なものばかりのような気がした。

「勝たせるな」という空気が、球場を包み込んでいた。〔中略〕

「ぼくらは敵なんやな」。

初めて訪れた祖父母や父母、そして自らの「祖国」。日本を出発する時の高揚感が、急速に冷めていく。準々決勝で敗れると、猛烈なホームシックにかかった。

祖国のことを知ってほしい、好きになってほしい。堺市に住む在日本大韓野球協会会長の韓在愚(69)、そんな思いで選手を集め、毎年韓国ヘ連れて行った。審判ともめるのは毎度のこと。かつては観客から「パンチョッパリ(半日本人)」というヤジが絶えず、ツパをかけられる選手すらいた。

「これで、母国愛って生まれるのか」。

韓は自問した。年々、選手や資金集めが難しくなった。56年から始まったチーム派遣は、97年を最後に中断している。

 

* * * *

この在日同胞チームは『海峡を越えた野球少年』という映画(2016年8月20日公開)にもなっています。

但し、『KANO』のような、その当時を再現した映画ではなく、82年のチームを30年ぶりに集めて韓国プロ野球の始球式に登板して貰うという企画のドキュメンタリー映画のようです。

原題は邦題とは異なり『Strangers on the Field』(フィールドの異邦人)。前述の記事のタイトルと同じでした。一応、罵声を浴びたことなども紹介されているようですが、同窓会的な内容に纏められているようです。

 

ところで、今回初めて知ったのですが、産経の記事によると、京都国際学園というのは 「高校の生徒約140人(女子約70人)のうち、男子生徒の約9割に当たる61人が野球部に所属しているという〝超野球校〟だ」だそうです。しかも、『カイカイ反応通信』によると、韓国籍は3人。

 

スタートは民族学校だとしても、これに韓国人がはしゃぐのはちょっとどうなのよ... w とは思いました。

 

 

  


 

 

 

【東海?】京都国際学園の校歌について(情報整理)【トンデモ歴史観?】

まず最初に、京都国際学園の野球部に対しては優勝を祝福したいと思います。

その上で、少し情報を整理しておきます。

 

◆大韓民国よりも歴史が古い学校

開学は1947年。まだ大韓民国が建国される前なので、「京都朝鮮中学」という名でスタートし、1958年に「京都韓国学園」と改称。更に2005年に「京都国際学園」に改称し、一条校の指定を受けています。〔同校の「沿革」より

つまり、朝鮮総連系の朝鮮学校で無い事、校歌がいつ作られたのかは分かりませんが、朝鮮語で作詞されたなら日本海を「東海」と呼ぶのは自然であった事は理解します。

ちなみに、作詞は辺洛河氏、作曲は金瓊燦氏です。

 

20240824_kyoutokokusai03

 

 

◆「東海」→「東の海」という誤魔化しは学校側ではなくNHKらしい...

気になったのは校歌の字幕と共に表示された「日本語訳は学校から提出されたものです」という断り書き。

 

20240824_kyoutokokusai02

 

果たしてそうなのだろうか?と思っていた所、韓国の『毎日経済』(2021-03-24)に、NHKが訳したという韓国語の記事がありました。この年の春の選抜が京都国際学園の甲子園初出場でした。

https://www.asahi.com/articles/ASP1Y72C2P1YPLZB002.html
朝日新聞:京都国際 初の甲子園
2021年1月30日

20240824_kyoutokokusai04

 

https://www.mk.co.kr/news/world/9802062
"동해바다 건너~" 한글 교가, 日전역에 울려 퍼졌다
「東海、渡って~」ハングルの校歌、日本全域に響き渡った
2021-03-24

>甲子園の伝統に従って、1回が終わった後、両校の校歌が鳴り響き、試合が終わった後、京都国際高校の校歌が再び演奏された。 京都国際高校の校歌は「東海を渡って山都の地は聖なる先祖の昔の夢の場所」などで始まるが、NHKは「東海」を「東の海」と訳して字幕を出したNHKは「日本語翻訳は学校が提出したもの」と別途字幕で説明したが、学校側は校歌音源だけを提出し、日本語翻訳を提出しなかったと明らかにした

 

恐らく、学校も了解済みだとは思うのですが、少なくとも、学校側が単独で誤魔化そうとしたわけではなさそうです。実は、「東海」だけでなく、「韓日の」という部分も原文では「韓国(한국)の」なのに誤訳で誤魔化しています。それ以外の部分は意訳というか、校歌風の文語調に訳しているだけです。

 

◆敢えて批判するなら「トンデモ歴史観」

原文は以下の通りで、なるべく直訳すると次の様な日本語になります。

동해 바다 건너서
야마도 땅은
거룩한 우리 조상
옛적 꿈자리
아침 저녁 몸과 덕
닦는 우리의
정다운 보금자리
한국의 학원

東海 渡って
ヤマトの地は
神聖な私たちの祖先
むかしの夢の場所
朝夕の体と徳
磨く私たちの
仲睦まじい塾
韓国の塾


ここで、日韓の歴史認識問題に関心がある人は気づくはずです。

韓国人学者でも今は少数派となりましたが、好太王碑(広開土王碑)の碑文を曲解して、「百済や新羅が海を渡って倭に攻め入った」という解釈をする韓国人がいます。

本来は、「391年以来、倭が海を渡って百済や新羅を破り、臣民とした」なのですが、1972年、在日朝鮮人の学者の李進熙が日本にある好太王(広開土王)碑文の拓本が改竄されたものだと主張し、2006年に中国人学者が改竄されていない事を証明するまで、韓国側や在日コリアンは上記の様に逆に解釈していたわけです。〔下記記事参照〕

 

20060414_yomiuri_koutaiouhi

 

逆に言えば、在日朝鮮人が「日本人が改竄した」と言っていたという事は、正しく解釈したら韓国側に都合が悪い歴史だと知っていた事になります。

 

恐らく、校歌はその時代(2006年以前)に書かれたものだと思います。

京都国際学園に入学した生徒が校歌を学ぶ際にこの歪曲された歴史観を覚え込まされる方が問題です。京都国際学園の生徒さんには是非これを知ってほしいと思います。

 

◆韓国側もこの歴史観に気づいた?

以下は『スポーツソウル』の記事です。機械翻訳ママでご紹介しますが、この辺りが平均的な韓国人の歴史観です。

https://www.sportsseoul.com/news/read/1456075
동해 건너 ‘대한의 민족’ 부르짖던 교토국제고 日 여름 고시엔 정상 우뚝 “야구는 역시 기본” 증명
東海を渡って「大韓の民族」を叫んだ京都国際高校、夏の甲子園の頂上にそびえ立つ「野球はやはり基本」証明
2024-08-23

>このような場所で「東海を渡って大和の地は神聖な先祖の昔の夢の場所」として始まる韓国語の校歌を優勝チームの資格で歌うのは一度も見たことのない風景だ。 諸説(說)があるが、日本古代統一王国と呼ばれる大和政権は、百済や伽耶など韓半島の人々が日本に移住し、先進文化を伝播して建設した国家だという史料もある。 日本の明仁王が「旧桓武王の生母が百済武寧王の子孫だと続日本紀に記録されており、韓国と縁を感じる」と言ったことが韓日両国で大きな話題になった。

 

あの ”タマネギ男” ことチョ・グクも気づいたようです。

재일한국계 민족학교 교토국제고 학생 및 야구부 선수의 다수는 일본인이다. 그렇지만 학생들은 의미심장한 한국어 교가를 부른다. 이 학교는 1947년 재일 조선인들이 세운 학교로 오랜 동안 정식 학교 인가를 받지 못했다. 결승 진출 소식에 뭉클하다. '뉴라이트'들은 언급할 가치가 없고, 쿨한 자칭 '탈민족 좌파 국제주의자'들도 이 감정을 이해하지 못하거나 폄훼할 것이다. 교토국제고 필 우승!

機械翻訳:在日韓国系民族学校京都国際高校の学生や野球部の選手の多くは日本人だ。 しかし、学生たちは意味深長な韓国語の校歌を歌う。 この学校は1947年に在日朝鮮人たちが建てた学校で、長い間正式な学校認可を受けることができなかった。 決勝進出の知らせに胸が熱くなる。 「ニューライト」たちは言及する価値がなく、クールな自称「脱民族左派国際主義者」たちもこの感情を理解できなかったり卑下したりするだろう。 京都国際高校必優勝!

 

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最後に、『月刊朝鮮』の記事をご紹介して終わります。日本人も韓国人も、この記者のような冷静な見方をして欲しいと思います。

 

http://monthly.chosun.com/client/mdaily/daily_view.asp?idx=20104&Newsnumb=20240820104
교토국제고의 고시엔대회 우승,한일이 손잡는 미래 보여줘
'한국계 민족학교'의 성취라기보다, 한국인이 일본 사회에 녹아들고 일본 사회가 그들을 받아들인 결과

京都国際高の甲子園大会優勝、韓日が手を握る未来を見せてくれ
「韓国系民族学校」の成就というより、韓国人が日本社会に溶け込み、日本社会が彼らを受け入れた結果

2024.08.23

배진영(ペ・ジンヨン)記者

京都国際高校が日本の甲子園大会で優勝した。 京都国際高は8月23日、兵庫県西宮市の甲子園球場で行われた東京関東第一高と全国高校野球選手権大会(別名甲子園)の決勝で、延長10回勝負の末、2対1で勝利した。

記者のようなスポーツ門外漢も甲子園大会が日本で野球をする青少年たちがどれほど羨望する「夢の舞台」なのかは知っている。 甲子園大会優勝って、本当にすごい!

京都国際高校は広く知られているように、1947年に在日韓国人が建てた「京都朝鮮学校」が母胎となった学校だ。 「東海 渡ってヤマトの地は神聖な私たちの先祖の昔の夢の場所」で始まるこの学校の校歌は、そのようなアイデンティティ(正体性)をよく示している。

京都国際高校の活躍と優勝を報道した国内マスコミの報道は一様に「韓国系」「在日韓国系民族高等学校」という修飾語と共にこの学校の校歌の歌詞を紹介する。 まるで京都国際高校が、はるかな古代に海を渡って日本列島に進出し、大和原野を征服した祖先の偉業を再現していると隠喩したり、漫画「南伐」シーズン2を連想させるような感じがその根底にあると言えば、言い過ぎかな?

しかし、そのような「民族主義的」な見方が妥当なのかは疑問だ。 まず、京都国際高校はもはや韓国系学校ではない。 むしろ日本人学生数が多い「韓日共学」学校と見るのが正しい。 同校は在日韓国人の生徒数の減少を克服するため、学校の門戸を開放したためだ。 同校が1999年に野球部を創設したのも、生徒数を増やそうという苦肉の策だった。

京都国際高の野球選手選抜基準は「第一が賢さ、第二が根性、第三が誠実」という。 初期は晩年下位チームだったが、京都国際高はこのような精神を土台に成長した末、2020年代に入って着実に甲子園に進出し、新興野球名門として位置づけられた。 今大会決勝で惜敗した関東第一高の米沢貴光監督は、敗北後「残念だ」という言葉を何度も繰り返しながら「京都国際高の守備と強い精神力に押されて敗れた」と話した。

在日韓国人たちが作った学校として出発した京都国際高校の甲子園大会制覇は確かに快挙だ。 ただ、それを「東海 渡って~」で始まる韓国語の校歌を歌う「韓国系民族学校」の成就と見ることには同意し難い。

むしろ、今回の京都国際高校の優勝は、前世紀以来100年余りにわたって日本に渡った韓国人とその子孫たちがあらゆる困難の末に日本社会に成功的に溶け込み、日本社会が彼らを受け入れた結果の一つだと見るのが正しいだろう。 もちろん初期に在日韓国人が「朝鮮人」として軽蔑と差別を受け、まだ京都国際高校の韓国語の校歌に嫌韓感情を表わす日本人がいないわけではないがだ。

それでも「韓日共学学校」である京都国際高校の甲子園制覇は、韓国人と日本人が手を取り合えば想像以上の美しい結実を結ぶことができるということをよく示している。

韓国にも日本にも両国間の葛藤を助長することで食べていく者がいる。 しかし、京都国際高校の優勝は、そのような者たちの時代は終わりつつあることを、韓日がともに手を取り合えば、いくらでももっと素敵な明日を作っていけるということをよく示している。 それで「韓日協力を象徴する京都国際学院は今回の大会優勝で韓日両国国民に胸の奥に残る輝く感動をプレゼントした」というパク·チョルヒ駐日韓国大使の言葉がより一層胸に響く。

*追記) ちなみに、もし釜山の日系学校が母体となった国際高校が、亡国と解放と光復の月である8月に韓国高校野球大会で優勝していたら、彼らが日本語の校歌を歌っていたら、大韓民国社会は彼らを容認しただろうか?

 

 

  


 

 

 

2024/08/23

大韓民国が法統を引き継いだのは上海臨時政府では無かった

韓国の保守系ネットメディア『ペン&マイク』の元主筆の鄭奎載(정규재/チョン・ギュジェ)氏がFacebookに8月17日付で投稿されていた事をメモしておきます。

鄭氏によると、李承晩国会議長が1948年の国会開会式で述べた祝辞は以下の様なものであったそうです。

「〔... 〕この民国は己未年3月1日、韓国の13道の代表がソウルに集まって国民大会を開き、大韓独立民主国であることを世界に公布し、臨時政府を建設して民主主義の基礎を立てたのです。 〔... 〕今日ここで開かれる国会は、つまり国民大会の継承であり、この国会で建設される、つまり己未年にソウルで樹立される民国臨時政府の継承だから〔... 〕。」

 

現在の大韓民国憲法前文は以下の様に始まります。

「悠久な歴史と伝統に輝く我々大韓国民は、3・1運動で建立された大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗拒した4・19民主理念を継承し... 」

 

◆元々は「漢城臨時政府」を意味していた

現行憲法前文でいう臨時政府とは上海に設立された臨時政府なのですが、前述の李承晩の演説にある「韓国の13道の代表がソウルに集まって建設した臨時政府」は別の物、つまり、1948年に成立した大韓民国が法統を受け継いだのは漢城(元ソウル)にあった臨時政府=「漢城臨時政府」だということを意味します。

実は、臨時政府というものは乱立しました。

Wikipedia「大韓民国臨時政府」には以下の様な説明があります。

三・一独立運動後、独立運動の継続と拡大のため、内外各地で政府樹立の計画が進められていた。
当時、上海には多くの朝鮮人独立運動家が集結していたが、彼らは臨時議政院を設立し、李承晩を首班とする閣僚を選出、臨時憲章を制定し、1919年4月、大韓民国臨時政府の樹立を宣言した。同じころ、朝鮮半島では天道教系の大韓民間政府朝鮮民国臨時政府、ほとんど実体を持たない平安道の新韓民国京城の臨時政府シベリアに大韓国民議会など独立派の組織が樹立されたが、やがて上海の臨時政府に統合されていく[11]。1937年8月、南京において、韓国国民党(金九)・韓国独立党(洪震)・朝鮮革命党(池青天)などの韓国独立運動団体が合流して、臨時政府の基盤となる韓国光復運動団体聯合会が設立された。[2]

 

李承晩が言った「漢城臨時政府」とは「京城(現ソウル)の臨時政府」の事。鄭奎載氏はこれを指摘したのです。

李承晩はアメリカでロビー活動をしている時にはこの漢城臨時政府の大統領を名乗っていました。

 

◆1987年の憲法改正で上海臨時政府にすり替え

大韓民国憲法前文の韓国語版Wikipediaによると、1948年制定の大韓民国憲法前文は「3.1運動で大韓民国を建国し」となっていました。それが、1987年の改正で「3.1運動で建国された大韓民国臨時政府」と修正されていたのです。どちらも国際社会に認められる正式な政府では無いとは言え、李承晩の意図とは違うものになっていました。

 

鄭奎載氏はFBでこう仰っています。

私はいわゆる法統論争を馬鹿にしている。 安っぽい両班たちの系図論争、一種の「重箱の隅論争」と変わらないと思う。大韓民国以前の韓民族の法統的な淵源は、強いて言えば大韓帝国であり、朝鮮である。 これ以上、何の根と法統が必要なのか。 国民国家は、自らが成立させた政治共同体に対する集団の意志にすぎない。 血筋とは言えない。

35年の植民地と3年の軍政期を経て、大韓民国を成立させたこと自体が大きな歴史革命だ。 植民地の経験は、ひどく立ち遅れていた朝鮮が秩序整然と近代化に便乗する訓育過程であり 近代的秩序と社会構造が生成され移植される苦しい過程だったのだ。

そのような過程があったからこそ、大韓民国は近代化、産業化の驚くべき成果を成し遂げた。 もしそうでなければ、何が大韓民国を現在のような進歩的発展国家にするというのか。

日帝との本格的な軍事的葛藤と血を流す闘争を経なかったことが残念で残念な部分なのか。 私は、韓国戦争3年を前近代と決別する熾烈な内部革命の過程だったと考える。

 

鄭氏のこのような認識は ”日帝支配を正当化” する、所謂 ”ニューライト” の理論だと左派から批判されます。もちろん、保守を自認する韓国人からも。

北朝鮮が、嘘でも ”抗日パルチザンの英雄が建国した正統な国家” を自認しているので、大多数の 韓国人は自分達も ”正統性” が欲しい のです。現在の大韓民国が成立する過程に ”日帝による近代化” があってはならないのです。

 

最後に、ブログ主がこのように整理する手助けをしてくれた論文と該当箇所をご紹介します。

 

* * * *

https://nagoya.repo.nii.ac.jp/records/25681
『韓国臨時政府憲法文書における国家構想』( 國分典子 著/名古屋大学/2018-04-16)

Ⅲ.臨時政府の統合と臨時政府憲法文書における統治形態の変化

以上が、これまでのこの分野の研究である程度明らかになっている各地の臨時政府である。これらのうち上海の大韓民国臨時政府が呼びかけて、最終的には、統合臨時政府が成立し、臨時議政院によって 1919 年 9 月 11 日に全58 条からなる「大韓民国臨時憲法」(第 1 次改憲と呼ばれる 27))が制定された。

但し、「統合」といっても各地の臨時政府の足並みはあまり揃っていなかったようである。ロシアにあった大韓国民議会は 4 月 29 日に大韓民国臨時政府を「臨時承認」したものの、政府・議会をどこにおくかで統合交渉は困難に直面した。最終的には、国民議会から議員の 5 分の 4 が上海の臨時議政院に編入するという条件で国民議会は解散した 28)。一方、上海の大韓民国臨時政府が出した臨時憲章宣布文で、「臨時政府国務総理」とされていた李承晩は、上海臨時政府の呼びかけに答えず、漢城政府の大統領を自任していた。前述のように、「漢城政府」は 4 月 23 日に「ソウルで韓国 13 道の代表 25 人の名義により、国民大会の形式を借りて発表した臨時政府」であったが、組織的な実体があいまいな「ビラ政府」に過ぎなかったらしい。しかし、漢城政府の文書がアメリカの李承晩に渡り、かれがみずから漢城政府大統領を自任して外交・宣伝活動に乗り出し、漢城政府の「法統」を主張するようになった結果、李承晩との交渉過程で、大韓民国臨時政府は大統領制への変更を受け入れることになったのであった 29)

* * * *

 

アメリカで大統領制を見ていた李承晩は韓国でもそれに拘り、議員内閣制で決まっていた新政府を鶴の一声でひっくり返すのですが、臨時政府の時代から拘っていたのですね。

 

  


 

 

 

 

2024/08/21

【佐渡金山】産経新聞『正論』:「佐渡の金山」遺産登録の舞台裏【西岡力教授】

先日韓国から野党議員(+社民党の大椿ゆうこ議員)が佐渡の相川郷土博物館を博物館を訪れ、展示内容を批判しました。

https://jp.yna.co.kr/view/AJP20240819001700882
佐渡金山視察した韓国野党議員 展示物が不十分と指摘
2024.08.19
>野党「祖国革新党」の金峻亨(キム・ジュンヒョン)議員は会見で、「強制労働に関する展示空間の遺物というのは、事実関係も確認できない(朝鮮半島出身者が使ったという)弁当箱1点だけだった」として、「強制動員の内容が展示された相川郷土博物館の規模も小さく、朝鮮半島出身者関連の展示場は3階の隅にあった」と批判した。

>5人は▼朝鮮半島出身者の強制動員の真実明記▼強制動員の展示場所移転▼強制動員労働者の名簿公開――を要求するため、日本の外交当局関係者との面会を調整したが、実現しなかった。朴喆熙(パク・チョルヒ)駐日大使に対し、日本の外交当局に要求事項を外交ルートで伝えるよう要請したという。

 

名簿はあるのかもしれませんが、「『強制動員労働者』の名簿」は無いでしょうw

 

ブログ主も展示内容は気になっており、韓国のメディアも展示室の狭さ〔※〕などに不満を漏らしていたのですが、産経新聞の『正論』で西岡力教授がもう少し詳しく紹介されていました。以下、その部分を抜き出します。

※韓国の記事では「4坪」と言っていて、日本と同じ「坪」なら8畳間弱くらいですが、映像を見るとだいたいその程度でした。

 

20240815_mbc07jpg

 

https://www.sankei.com/article/20240821-YPECLIW4M5P45OF3YO4RHGEUWE/
<正論>「佐渡の金山」遺産登録の舞台裏 
麗澤大学特任教授・西岡力
2024/8/21
〔前略〕私は一次史料に基づく研究の成果として佐渡金山では朝鮮人の強制労働はなかったという見解を主張してきた。その立場からこの展示を評価すると、誤解を与えやすい表現が外交上の配慮の結果、一部入ったが、ギリギリ事実を曲げてはいない、と見る。
 「朝鮮半島出身者を含む労働者の出身地」「相川の鉱山労働者の暮らし」「労働者の戦時中の過酷な労働環境」という3枚の説明パネルは一次史料に基づき記述され、そのどこにも「強制労働」という言葉はない。
 一方で課題もある。「佐渡鉱山で働いた朝鮮半島出身労働者は、削岩、支柱、運搬などの危険な坑内作業に従事した者の割合が高かったことを示す記録が残されている」として1943年5月末の数字が表で示されているが、坑内作業をしていた内地の若い男性の多くが徴兵でいなくなっていたという背景説明がない。朝鮮人差別だとの誤解が生まれる恐れがある。
〔... 〕この調査報告〔※〕は全文が一次史料として写真パネルで展示され、それを読めば実態は理解できる。一次史料を紹介し、解釈は見る人に任せるという姿勢が展示には貫かれている。その点でギリギリ土俵を踏み越えてはいない。〔後略〕

 

この調査報告というのは、佐渡鉱業所がつくった「半島人労務者に関する調査報告」だそうで、恐らくこの事だと思います。(佐渡編はp.71~76)

国立国会図書館デジタルコレクション
日本鉱山協会資料 第78輯 半島人勞務者ニ關スル調査報告』日本鉱山協会/昭和13-17

 

正直に言って、日本人ですら読まないと思いますw

そもそも、相川郷土博物館の辺りは、金山を目的に来る観光客には観光の対象外の場所らしく、実際、嘗ての朝鮮半島出身労働者の存在を示す場所... 例えば独身寮(相愛寮)のあった場所などは草ボウボウで見捨てられた様な場所です。

下記の記事(有料部分)によると、言われている追悼行事も、

「予算が無いのでしばらく先の話になるのでは」(地元市議)

との事です。

https://www.sankei.com/article/20240818-466DVQBEMRJVJLMYJVXU2XDXUA/
産経:朝鮮半島労働者「日本人と同一待遇」記述なし 世界遺産「佐渡金山」展示 日韓協議で玉虫色の内容に
2024/8/18

 

 

  


 

 

 

 

2024/08/20

朝鮮/大韓帝国期の女性の名前考

前回のエントリーで朝鮮の女性は名前が無い(明らかでない)... 少なくとも族譜(男系中心の家系図)のような記録上には名前が記録されないというのを見ました。

これに対しては「名前はあったが記録されていないだけ」という反論が可能です。

しかし、実際には「幼名」... これは悪鬼のようなものに目を付けられない為にわざと汚い名前や酷い名前を付け、早婚の朝鮮では結婚すると「宅号」(テッコ:出身地名+”宅”)で呼ばれた為、まともな名前を付ける必要が無かったようです。

cf. Wikipedia:朝鮮人の人名#伝統的愛称

子どもの死亡率が高かった庶民の間では、死の使いに気付かれることなく長生きすることを願って、子供にはしばしば幼名(아명、兒名 )が与えられた[23]。これらの愛称はしばしば侮蔑的な名前や汚い名前が付けられたが、美しい名前や宝物のような名前をつけると真っ先にあの世に連れ去られてしまうので、無事に大人になることを願って悪霊も避けるような名前をつけたものであり、今日では子供にはあまり使われない[24]。
結婚すると、女性は大抵は幼名を失い、出身の町を示す「テッコ」(택호、宅号)によって呼ばれた[23]。

 

この、幼名にあまり良くない名前を付けるという習慣は日本にもあり、牛若丸のような「~丸」がそうです。

 

朝鮮女性が生涯を通じて「呼び名」はあったとは言えますが、まともな名前は無かった... 必要なかったと言えます。

現代の様な出生届もない時代なので、呼び名さえあれば十分だったのでしょう。

故 崔吉城教授(1940年生)の母(1898年生)も生前は宅号で呼ばれており、死去後、戸籍を取り寄せたら名前がなかったと本に書いていました。

崔教授は、「本来○○であるはずの母の名前が戸籍に記載されていない」という書き方はしていないので、母親が名前を呼ばれることはなかったのでしょう。

 

20240820_name

 

併合前の韓国統監府時代の1909年に「民籍法」を発布し、戸籍の整備に取りかかります。これが朝鮮(大韓帝国)で初めての近代戸籍「隆熙戸籍」で、この民籍法によって女性の名前を戸籍に記載することや奴婢も姓名を持つことが奨励されるのですが、実物を見ると、「妻」の欄にフルネームではなく単に「黄氏」と書いてあるものもあります。

1931年生まれで『あんなにあった酸葉をだれがみんな食べたのか』の著者名は朴婉緒(パク・ワンソ)なので、 この年代の方は小学校に入学する必要上、名前を持つ必要が出てきたのかもしれません。

 

誤解していただきたくはないのですが、1900年前後生まれの女性に名前が無いことを馬鹿にしているのでは無く、それで不便は無かったと言いたいだけです。そして、普通の(公式な)名前を持つ必要に迫られたのは民籍法が制定された以降で、その理由の一つとしては、女子も学校に通う様になったからでは無いか?... 即ち、日本統治によるものではないかと推論しています。

 

ちなみに、日本では戸籍代わりの「宗門人別改帳(しゅうもんにんべつあらためちょう)というものがあり、例えば、東京都清瀬市に残る安永3年(1774)4月の宗門人別改帳には女性の名前も記載されています。しかし、男性が伊之助とか新五郎とか漢字で書かれているのに比べ、女性はまつ、たつ、さき、とめ...などの平仮名二文字が多いようです。

ブログ主や同級生の祖母はだいたい明治末~大正生まれなのですが、思い出しても、トメとかイノとかスズみたいな、言ってみれば安易な名前です。子供の将来に願いを込めて漢字を選ぶなどという習慣ができたのはそれ以降でしょう。

朝鮮で「創氏改名」(1940年)を行った時、どうせ改名するなら良い名前を付けようと、姓名判断が大流行したので、日本国内でも遅くともこの頃の話だと思います。

 

 

  


 

 

 

 

2024/08/19

【両班】『韓国両班騒動記: ”血統主義”が巻き起こす悲喜劇』(1)朝鮮の「族譜」と日本の「戸籍」

最近読んだ本で面白かった『韓国両班騒動記: ”血統主義”が巻き起こす悲喜劇』(尹学準 著、2000/4/15、亜紀書房)から朝鮮(韓国)の『族譜』(一族の系図)に女性は記載されないという話をご紹介します。著者やこの本については後述します。

 

「わが家の族譜」という章から。

日本のフェミニストのリーダー格の女性から、朝鮮の夫婦別姓をうらやましがられて、「いや、実は朝鮮の女には名前さえ無い」とは言えなかったという事がかかれています。

 

 

ここに登場する申師任堂とは申氏の師任堂という号を持つ女性で、良妻賢母として尊敬され、5万ウォン札の肖像画になっている女性です。

この章で著者が言いたいのは、朝鮮は「男系中心の社会」という事。

著者の手元に『族譜』(家系図)が届いた時に娘達が憤慨するというエピソードがあります。

 

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これによると、著者の項には「子 学準、字 建相、壬申2月6日、配安東金氏」と、名前、字(あざな)、生年月日と続いた後に、安東金氏から配偶者を得たとあるのみで、著者の妻の名前はありません。

別の箇所で著者が書いていますが、戸籍の生年月日は1年くらい後の日付になっているそうで、著者は「どうせ、日本の奴らの戸籍なんてどうでも良いと思ったのだろう」と、出生届をちゃんと出さなかったの理由を想像しています。

良い悪いの問題では無く、日本は家族を中心とした戸籍、朝鮮では男系中心の族譜が大事 という事なのでしょう。

なお、日本統治時代に「創氏改名」(1940年)の「創氏」で、ファミリーネームを持たせ、日本の様な戸籍制度を導入しましたが、結局無くしてしまったという事は、朝鮮社会には合わなかったのだと思います。

従って、韓国の「夫婦別姓」は文化に根ざしたものであり、表面的な部分だけ見て韓国の方が進んでいるとか、人権意識が高いなどと考えるのは誤りです。

 

この本では族譜の売買についても説明されています。

まず、族譜の編纂事業が最も盛んだったのは17世紀の後半、粛宗朝(1674年9月22日 - 1720年7月13日)の頃の戦が無くなった安定した時代で、日本統治下の1930年代も族譜編纂ブームがあったそうです。

17世紀頃は族譜がない家門は自動的に常民に落とされ、常民は兵役の義務を負うなど不利益があるので、なんとか班列に加わろうと、官職を買ったり族譜を偽造しましたが、最も一般的な方法が、名家の族譜が編纂される時(およそ30~40年ごとに改纂)にその譜籍に加えて貰う事だそうです。両班に取っては稼ぎ時でもあるわけです。

「両班を売る」、「族譜を売る」というのはこういう事だそうです。

 

* * * *

著者の尹学準氏(1933年3月6日- 2003年1月12日)は両班〔※〕... ご当人は「インチキヤンパン」と仰ってますが... の出で、日本に密航して以来、長い間故郷に背を向けていましたが、望郷の思いも込めて『オンドル夜話』という朝鮮の両班を面白おかしく書いた本を出しました。これが知人に口コミで広がりコピーを回し読みされたりするようになり、是非韓国語でも... という話になった所、本に書かれた一門から抗議が来て大変だったそうです。

※【広辞苑】両班: (朝鮮語yangban)高麗・朝鮮王朝時代で、文官(東班)と武官(西班)との総称。のちに主として特権的な文官の身分と、それを輩出した支配層を指す。族譜に基づく同族意識が強く、儒教倫理の実践を重んじ、独特の生活様式と気風を生んだ。両班特権は1894年廃止。ヤンパン。

その騒動記も含めて新たに書いたのがこの『韓国両班騒動記』で、著者は記憶にある両班の風習を、知人に尋ねたり、調べたりしながら書いた形跡が認められます。それだけに、廃れゆく両班の風習を記録にとどめた貴重な本だと思います。

尤も、ブログ主、つまり日本人には実感が湧かない部分も多いのですが、それは現代韓国人にとっても同じ様で、韓国語版(양반 동네 소동기)のレビューには「難しい」を連発している読者もいました。両班の風習とは即ち儒教の風習なので、韓国社会にそれが根付いていると語るレビューもありました。

この本によると、両班は、まぁ、名家であるのは確かでしょうが、それは相対的なものであり、また、両班としての対面を保ち続けるのは大変な事の様です。 

また、この本で両班はその一族で村(班村)を作り、従って村全体が同じ姓、そして姓がまちまちの常民は集まって民村を作っていたという事を知りました。今でも両班意識の強い地域があるというのも頷けます。

 

下記は現時点でのWikipediaの略歴です。ここには書かれていませんが、朝鮮総連にもいらした時期があったようで、第一副議長だった金炳植(キム・ビョンシク)の出自が実は両班では無い事を暴露した人が金炳植からいびられて組織にいられなくなり、北へ行ったという話も書いてありました。本来、プロレタリア階級の方が偉いはずの朝鮮総連でも如何に「両班指向」が強いかという面白いエピソードです。

1933年3月6日、朝鮮慶尚北道に生まれる。1953年4月28日、日本への密航を試みるが[2]、巡視艇により発見され唐津[要曖昧さ回避]の警備救難署に留置される。しかし、警備救難署の留置所から脱走し[3]、岡山、京都などを転々とする。その後、1955年に明治大学第二部法学部に入学するが、プロレタリア文学を研究したいと思い、法政大学第二部文学部の3年次に編入学する。大学では小田切秀雄に師事し、1958年に法政大学を卒業する。卒業後、雑誌『鶏林』の編集に携わり、朝鮮商工新聞社に入社する。3年ほどで新聞社を辞めさせられ、法政大学、都立大学、早稲田大学などで非常勤講師として務め、文学書の翻訳などに携わり、『朝鮮文学』『季刊三千里』『朝鮮研究』などの諸雑誌に関わる。1976年に東京入国管理局に自首をし、収監され、保釈金により釈放される。その後、罰金3万円を支払い、特別在留資格が許可される。2000年に法政大学国際文化学部の教授に就任する。2003年1月12日に死去、69歳。

 

次回のエントリーに続きます。

 

  


 

 

 

 

2024/08/17

【釜山】ある中学校で、日本の植民地統治を正当化する動画を流したと大騒ぎ

毎年の事ですが、光復節を迎えると韓国全体が朝鮮時代に逆戻りして、国民が ”抗日活動家” になりますw

今年は『KBS』が光復節の深夜0時にオペラ『蝶々夫人』(←君が代をアレンジした曲が出てくる)を放映してクレームが来たりとか、この日に営業している寿司屋をSNSで告発したりとか、日本人投手の登板をキャンセルさせるとか... 端から見ていると馬鹿丸出しです。

下の記事もそういう趣旨なのですが、おやっ?と思ったのでご紹介します。

 

* * * *

“일제 덕에 개인 권리 강화”…부산 한 중학교 교육 영상에 발칵
ソウル新聞:「日帝のおかげで個人の権利強化」···釜山のある中学校の教育映像に大騒ぎ
2024.08.16

〔前略〕16日、釜山市教育庁は釜山南区のA中学校で14日午前、光復節関連映像教育を行ったと明らかにした。

当時、学校側はあるユーチューブチャンネルが製作した12分分量の映像を校内放送システムを通じて送出した。

全学年が同時に見た映像には日帝が旧韓末に朝鮮国民の衛生·医療·食糧問題を解決したという主張が盛り込まれた。

日帝が高等教育を初めて施行し裁判を受けられるようにするなど個人権利を強化したという内容もあった。

学生たちは、該当映像が日本による植民地時代と関連して偏向した内容を紹介したとし、直ちに反発した。

事情を聞いた保護者らも学校側に強く抗議した。

自主調査を行った学校側は「誤った教育」であったことを認知し、生徒たちに何度も謝った。

教頭は代表として謝罪文を載せ、学校側は16日午前、独立運動家と関連した映像3つも放映した。

学校側は、担当教師の映像教育計画を事前に確認できず、このようなことが起きたと教育庁に釈明した。

釜山市教育庁は「該当中学校に奨学士〔※指導主事〕を派遣し映像が教育に使われるようになった過程を調べている」として「学校側を相手にどんな措置をするかはもう少し議論が必要だ」と明らかにした。

* * * *

 

これ、教師達はうっかりと内容を把握していないで流したのだろうか?という疑問を持っていた所、その動画が分かりました。

日頃からしばしば(別に美化すること無く)日本統治時代の事実などを動画に纏めている方です。

 

 

内容はおおよそ記事に書いてある通りですが、軍国主義の批判をしたり、批判するならファクトで戦うべきだという様な言葉で締めています。

恐らく、この動画を選んだ教師は日頃からこの方の動画を観ているのでしょう。

なお、動画のコメント欄に動画主さん(호밀밭의 우원재)が書いたコメントによると、この動画は2020年に作った物で、報道されてからコメント欄も荒らされ、公開制限がかかったたそうです。恐らく、通報されたのでしょう。

 

今回の件を、こういう動画を子供達に見せた教師もいるという点を見るか、集団ヒステリーの様に攻撃する点を見るか...。

冒頭に日本人投手の登板日が抗議によって変わった事を書きましたが、過去には光復節の日に登板した日本人投手はいたのです。

ブログ主は、以前より反日する人は減った... 実際、世論調査などではそういう結果が出ていますが... 代わりに、未だに反日をしている人達が先鋭化していると見ています。

 

  


 

 

 

 

【安重根】韓国人のジレンマ【売国奴高宗】

以前、「【朝鮮日報】なぜ雑犯の処刑写真が殉国烈士追悼塔「義兵処刑像」にすり替わったのか?」というエントリーでもご紹介しましたが、『朝鮮日報』記者で主に李氏朝鮮時代末期の歴史認識の誤りを正す動画を配信している朴鍾仁(パク・ジョンイン)記者という方がいらっしゃいます。

このところ、彼が動画で批判しているのはソウル大学名誉教授の李泰鎭(イ・テジン)という、元国家企画委員長で韓国歴史学会の重鎮。

朴鍾仁氏は、朝鮮が国権を失った/日本に併合されたのは... 李完用等の所謂「乙巳五賊」(いっしごぞく)と呼ばれる ”逆臣” のせいではなく、大韓帝国皇帝の高宗の責任であるという『売国奴高宗』という本をお書きになりました。

一方、李泰鎭名誉教授というのは、ひたすら李氏朝鮮時代末期を美化し、韓国の子供達に反日の歴史観を植え付けてきた元凶の一人です。最近は『知識人 安重根』(지식인 안중근)という本を書いたそうで、この本で『売国奴高宗』を批判しているため、朴鍾仁氏は動画で反論しています。

最近では、安重根の寿衣(死装束)は母チョ・マリアの手縫いなどではないと、『知識人 安重根』の欺瞞を指摘し、批判しています。〔動画

 

ただ、一連の反論動画で、「安重根は美化などせずとも英雄である」とも仰っています。

これは『売国奴高宗』と矛盾しています。

朴鍾仁氏が「日韓併合」を悪だと規定し、その主犯が高宗だと言うのなら、安重根は立派な(?)従犯または共犯者です。

はっきり言って、安重根が韓国で英雄なのは、日本人の中でも位の高い伊藤博文を暗殺したからです。

実は、ブログ主はコメント欄に「安重根は伊藤博文を暗殺した以外に何を成し遂げましたか?」と書き込んだのですが何の反応もありませんでした。

 

ブログ主はタブーに挑戦する朴鍾仁氏を尊敬していますが、そんな彼でも安重根を批判(→客観的に評価)できないのが韓国知識人の矛盾であり限界です。

ここで言いたいのは、朴鍾仁氏への批判ではなく、韓国歴史界ではまだまだタブーが多く、歴史を客観的に評価するのは難しいという事です。

 

現在、韓国では、「併合時代は韓国人の国籍は日本だった」という趣旨の発言を過去にしただけで新任の独立記念館館長が批判の嵐を受けています。

残念ながら、これが韓国。

日本人は韓国や中国との歴史論争を「歴史戦」と呼びますが、韓国国内の「歴史戦」はもっと熾烈なのです。

 

 

  


 

 

 

 

2024/08/16

【安重根】「安重根の母親の『手紙』は日本人僧侶の捏造だった」【キムチわさび動画】

掲題の内容は以前にもご紹介したのですが、『キムチわさび』さんが動画で取り上げていたので今回、改めて取り上げます。

 

韓国では、安重根の母、趙瑪利亜(チョ・マリア)が獄中の安重根に手紙を送り、その手紙には「上訴などせずに、大義の為に死になさい」という趣旨の内容が書かれていたというのが定説になっています。また、死刑となる息子の為に手縫いの寿衣(死装束)を贈った事にもなっています。

しかし、どちらも嘘です。

事実は以下の通りです。

  • 安重根の兄弟が獄中の安重根に面会した事が3回あり、安重根に伝えた内容も報道されているが、そこには手紙など出てこない。
  • 手紙が創作されたのは『わが心の安重根』(斎藤泰彦 著/1994)
  • 上記本が2002年に韓国語に翻訳された際、原文にはない内容が追加された。→ これが一般に知られている「手紙」の内容。
  • 寿衣は56ウォンで購入した既製品。

更に朝鮮日報〔詳細は別途〕の記事によると、

  • 斎藤泰彦氏は安重根と看守の千葉十七の友情を記念する石碑がある宮城県の大林寺の住職で、安重根研究の都珍淳(도진순/ド・ジンスン)教授が2010年5月22日に大林寺で斎藤氏と会い真相を聞いた所、一部に創作があったことを認めた。
  • 斎藤泰彦氏は元朝日新聞記者である。
    ※宮城県図書館の『わが心の安重根』のデータには「1935年宮城県生まれ。東北大学文学部仏文科卒業。駒沢大学大学院人文研修士課程修了。朝日新聞記者を経て、90年より宮城県若柳町の曹洞宗大林寺住職。」と書かれている。

事が分かっています。

 

大林寺は韓国人観光客にとって一種の「安重根の聖地」になっていたようで、以前は道路に大きな案内板があったのですが、2019年9月、自民党の和田正宗議員の尽力で変更されました。

 

201909_anjukon

 

 

ただ、ブログ主がここで問題にしたいのは、2019年には既に「手紙は『わが心の安重根』に出てくるだけ」だと指摘する人がいて、2023年2月にド・ジンスン教授が『안중근의 어머니 조마리아의 <편지>와 <전언>, 조작과 실체』(安重根の母親チョ・マリアの<手紙>と<伝言>、創作と実体)という論文を発表し、朝鮮日報がこれを記事にしたにもかかわらず、拡散されないでいる事です。

恐らく、これからも、ミュージカルでは母の手紙が読まれ、母の手縫いの寿衣をまとった安重根が処刑されるシーンが演じられるのでしょう。

 

いくら韓国の学者が慰安婦や徴用工の真実を本に書こうと、水曜集会の近くで慰安婦の実態を叫ぼうと、無かったことにされているのと同じ事です。

一般の韓国国民には罪はないのですが、メディアが報じない為に新事実が伝わらないのです。

結局、彼らが欲しているのは ”英雄安重根の感動的なエピソード” であり、”悪辣な日帝に拉致された少女の物語” だからだと思います。

 

次回、『朝鮮日報』の記事をご紹介します。

 

 

  


 

 

 

 

【佐渡金山】韓国MBC記者が相川郷土博物館に来て「強制労働と書いてない!」と怒り心頭w

この記事はnote+に書きました。

https://note.com/daishi100/n/n7ddf34c77081

 

 

  


 

 

 

 

2024/08/15

【KBO】ファン「8月15日(独立記念日)に日本人ピッチャーを先発させるな!」

日本の独立リーグ(徳島インディゴソックス)出身で、現在KBO(韓国プロ野球)の斗山ベアーズに所属している白川恵翔選手という方がいます。KBOに行ったのは、当時別のチームの外国人助っ人が怪我をしたため、短期間の代替選手として獲得した為ですが、成績が良いので斗山が獲得してKBOに残りました。

その白川選手が先発予定の8月15日は独立記念日(光復節)だから、日本人選手なんかを先発させるなと一部のファンが騒いでいるそうです。もちろん、それを批判する人達も大勢いるのですが、自力で独立できなかった朝鮮人の業(ごう)というか恨(ハン)というのか... 未だにこういう独立運動をしているのが韓国人... いえ、後朝鮮人です。

 

* * * *

https://m.monthly.chosun.com/client/news/viw.asp?ctcd=F&nNewsNumb=202401100039
朝鮮日報:"광복절에 일본 용병 출전 반대" 두산베어스 팬들 '와글와글'

「光復節に日本人傭兵出場反対」斗山ベアーズのファン「わいわい」
2024.08.14.

〔前略〕14日、斗山(トゥサン)ベアーズの公式ソーシャルメディアなどには、15日の光復節に行われる試合に日本人の助っ人である白川恵翔(23)を先発出場させるなというネチズンのコメントが数百件以上あった。

白川は日本独立リーグ出身の短期代替外国人選手だ。 現在、斗山ベアーズの先発投手のローテーションから見て、光復節に先発出場する可能性が高い。

白川の先発出場に反対するネチズンたちは「実力は別として光復節に日本人選抜ない」「光復節に日本人選抜は見たくない」「白川が何か悪いことをしたわけではないが、国民感情上本当にちょっとあれだ」「光復節に白川が正しいのか」などの反応を示した。

一方、白川の先発出場は問題がないと主張するネチズンたちは「それなら白川を迎え入れた時からノージャパンと叫ばなければならなかった」「白川選手はダメだと叫びながらインスタグラムのフィードには大阪の写真、キーボードの愛国者たち」「(日本人の)後藤コーチも外せばいいのに」「日本国籍だといろいろと迫害されるこのようなことが人種差別だ」などの反応を示した。

白川の先発出場をめぐる議論は、各種オンラインコミュニティでも話題になった。 これと関連した掲示物が数十件以上掲載され、一部の掲示物は10万回以上の再生数を記録した。

ネチズンたちは「白川は野球選手に過ぎない。 スポーツはスポーツで見よう」「白川に何か罪があるのか? いくら光復節でもそうしてはいけない」「最近、白川の成績が良くないのに先発で登板させた後、失点をさせればもっと良いのではないか」などの反応を示した。〔後略〕

* * * *

 

斗山ベアーズの監督は元巨人の李承燁(イ・スンヨプ)、記事中に出てくる後藤コーチとは、同じく元巨人の後藤孝志 (ごとう たかし)。

 

 

  


 

 

 

 

2024/08/14

【愛されない共和国】第2章 歴史を整理しようとする韓国人【ブライアン・マイヤーズ 著】

先日のエントリーで韓国に長年住むアメリカ人のブライアン・マイヤーズ(Brian Reynolds Myers)東西大学教授が著した『愛されない共和国』という本をご紹介しましたが、この本を入手してみました。

スキャンしてPCのGoogleレンズで翻訳して読むという方法で少しずつ読んでいます。

 

前回、同じくアメリカ出身で韓国在住のコラムニスト、コリン・マーシャル(Colin Marshall)氏がこの本を紹介するコラムを引用しましたが、少し分かりづらい部分がありました。

私が10年前にマイヤーズに初めて会った時、彼が社会を大きく2つに分けることができると言ったことを思い出した。 ひとつは、人々が常に過去と未来を正確に認識している古代エジプトのような歴史意識が強い社会、もうひとつは、人々が契約書を作成するときに日付を書くこともなかった古代ギリシャのような歴史意識が弱い社会だと言った。 マイヤーズは、大学生たちも自国の歴史を一貫して説明することが難しい韓国を、歴史意識が弱い社会のカテゴリーに該当すると述べた。

 

この分類はドイツの哲学者オスヴァルト・シュペングラー(1880~1936)によるものだそうで、簡単に言うと、歴史を流れで捉え、記録を残した古代エジプト人、一方、古代ギリシャ人は年代記化せずに、教訓的な昔話(神話)を好んだという違いです。

どちらが優れているかという話ではありませんが、マイヤーズ教授によると、王朝実録を残した李氏朝鮮時代の両班達はエジプト的であったが、現代韓国人はギリシャ的だと言います。これは国史教科書に表れているのですが、その話の前に、海外から韓国に来た旅行者の感想、「なぜ古い建築物がないのだろう?」という言葉を紹介しています。

マイヤーズ教授によると、景福宮のような場所に立ち寄ると、古く見えないように常に新しくきれいに整備している努力が目につき、北京の紫禁城を比較するだけでも明らかな違いがある、と言います。

ブログ主はどちらも実物を見た事がないので良く分かりませんが、要するに ”古色蒼然” としたものが少ないのでしょう。

韓国に過剰に復元された建物がかなり多いのは、きちんと復元する技術が不足しているからではなく、古い建物も新品のように見えなければならないと考えるからだと思う」とも教授は述べています。

北朝鮮もそうだとして、万景台にある金日成の生家を例に出しています。

 

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▲画像はGoogle画像検索で見つけた画像をキャプチャしたもの

 

建てたばかりのように見える建物だけで無く、中に置いてある物も新品の様に見えるそうで、「欧米の観光客はこれらを見ながら笑いをこらえるのに苦労するが、北朝鮮の人たちにとっては全く違和感がないようだ」と言います。

そして、同じ文脈で、歴史の捉え方も「韓国人は年代順の必要性をあまり感じない様だ」、と。

学生に、出来事を年代順に並べよという試験を出すと、外国人学生の方が成績が良いのだそうです。

教授曰く、「西洋人が歴史を長い物語として捉えるのに対し、韓国人は歴史を様々な感動的な出来事の集合体として捉えているようだ。」。

更にこう続けます。

一般国民に日帝時代について尋ねると、ほとんどが3.1運動〔※1919年〕のような主要な出来事をよく知っているが、植民地化の大まかな過程についてはよく知らない。多くの歴史学者でさえも、歴史的な出来事を年代順に記述することにあまり関心がないようだ。ある段落で1987年を論じて、次の段落は1982年、その次の段落は1979年、そんな感じだ。多くの本では、章すらも年代順に並べられていない。例えば、朴正煕時代の章が李承晩時代の章の前に出てくる。

事件を年代順に整理できないというよりは、整理しないという方が正確だと思うが、これは年代にあまり重きを置かないからだと結論付けるしかない。歴史を単純ですっきりした小さな物語にまとめようとする欲求は、古代ギリシャ人の典型的な特徴であるように、韓国人の特徴でもある。

 

ブログ主は韓国の歴史教科書や歴史書を通して読んだことはありませんが、確かに彼らは英雄譚のような物語を好む様な気がします。

ネットで金容三(キム・ヨンサム)記者〔※元朝鮮日報の記者で『反日種族主義』の著者の一人や個人YouTuberの動画のコメント欄に「ようやく、背景が/繋がりが分かった」みたいなコメントを時々見かけるのは、恐らく、それ以前に学んだ歴史が、流れとか因果関係をあまり重要視していないからかも知れません。

 

逆に、韓国人が日本の歴史教科書を読んだら、客観的すぎて、出来事が時系列に並ぶだけで、面白みに欠けるのかも知れません。

日本の歴史教科書が出来事の羅列だと言うのは、中国人で経済アナリストの柯隆(か りゅう)氏も言っていました。中国の歴史教育は、そこ(出来事)から教訓みたいなものを学ぶ様になっているのだそうです。

 

以前、作家の百田尚樹氏が『日本国紀』を著した動機を、ケント・ギルバート氏から「アメリカの歴史教科書は読んだらアメリカを好きになる」と言われたからだと言っていました。

歴史教科書もお国柄が出るのですね。

 

この『愛されない共和国』については、また何か新たな ”発見” があったらブログに書くことにします。 

 

  


 

 

 

 

2024/08/13

【韓国の建国年】独立記念館の新館長「大韓民国の建国は1919年に始まり1948年に完成した」

先日のエントリーでブライアン・マイヤーズ東西大学教授の著書を取り上げ、「韓国人の10人中9人の韓国人が大韓民国がいつ設立されたかを知らない」という言葉をご紹介しました。

機械翻訳なので正確なニュアンスが伝わっていないかも知れませんが、「知らない」というよりは、答えがその人の政治性向を白状する事になるので「答えられない」、「答えにくい」事なのかも知れません。

 

韓国には日本の『紀元節』〔※1〕に似た『開天節〔※2〕という檀君の即位日(但し、良く分かっていない)を記念した祝日もありますが、一般的には1919年の臨時政府設立年か1948年8月15日の2つで論争があります。

※1 四大節の一つ。1872年(明治5)、神武天皇即位の日を設定して祝日としたもので、2月11日。第二次大戦後廃止されたが、1966年、「建国記念の日」という名で復活し、翌年より実施。〔広辞苑より〕

※2 檀君紀元の元年は西暦紀元前2333年。〔広辞苑より〕 韓国人が「半万年(の歴史)」と言うのはこの為。

 

掲題の「大韓民国の建国は1919年に始まり1948年に完成した」〔※〕という発言は、先日独立記念館の新館長に就任した金亨錫(キム・ヒョンソク)氏の発言で、持論なのか妥協なのかはよく分かりませんが、この方は韓国ではニューライト直訳すれば「新右翼」)と呼ばれる思想の持ち主で、館長就任すら左派から批判されているような人です。

韓国憲法前文に「悠久な歴史と伝統に輝く我々大韓国民は、3・1運動で建立された大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗拒した4・19民主理念を継承し... 」と書いてある以上、大韓民国の正統性は臨時政府によって担保されている事になり、無難な答えとも言える。なお、3.1独立運動と臨時政府の設立に因果関係はない。

 

実際、過去には「韓半島で1948年以前には、韓国の国民は存在せず、日本の国民だけが存在した」と発言〔記事後述〕したそうで、その事から考えると掲題の発言は左派に配慮したものでしょう。

なお、「ニューライト」というのは、一例を挙げれば、... 韓国左派的言い方をすれば、「日本の植民地統治を正当化する」様な人達です。日本統治時代に近代化されたという「植民地近代化論」を唱える人はその典型。

 

何が言いたいかと言うと、日本統治時代を客観的に評価する事さえ批判される国なので、慰安婦問題とか朝鮮半島出身労働者問題などを議論できるような状況では無い という事です。

 

最後にソースとなる記事を2つご紹介しておきます。

 

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https://news.mt.co.kr/mtview.php?no=2024081216012464583
マネートゥデイ:신임 독립기념관장 "일본 식민지배 옹호 안 해…광복회에 토론 제안"
新任の独立記念館長「日本の植民地支配を擁護しない···光復会に討論提案」
2024.08.12

>金館長は「建国は一朝一夕に行われたものではない」とし、「『大韓民国の建国はある時点で起きた出来事ではなく、かなりの期間にわたって行われた歴史的過程であり、1919年の上海臨時政府樹立から始まり、1948年の政府樹立で完成された』というのが私の見解」と述べた。

***

韓国語:https://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/1152701.html
2024-08-07
ハンギョレ:【社説】歴史機関を掌握した「ニューライト」、歴史歪曲の整地作業なのか=韓国
2024-08-08

光復会のイ・ジョンチャン会長が7日、「人事がこのようなやり方で進められるのは、龍山(大統領室)のどこかに日帝時代の密偵のような存在の影があるのではないか」と述べた。尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が前日、日帝の植民地支配を正当化してきた「ニューライト」といわれるキム・ヒョンソク「大韓民国歴史と未来」理事長を独立記念館の館長に任命したことについての発言だ。イ会長は5日に「憲法精神と歴史的正義に反する館長任命を中止せよ」と要求したが、尹大統領は翌日、任命を強行した。2月には独立記念館の理事に、日帝強制支配を美化した落星台経済研究所のパク・イテク所長を就かせた。独立記念館を日帝強占記念館にしようということなのか。ここまでくると、イ会長の「密偵」発言が誇張だとも言い難い。

キム新館長の任命を尹大統領に推薦した国家報勲部は「キム館長は、1919年の大韓民国臨時政府と1948年の建国節はいずれも重要だと主張してきた人物で、ニューライトではない」と主張した。しかし、キム館長は候補者面接で「日帝時代には国がなかったため、当時の韓国国民は日本臣民だった」とする趣旨の発言〔※〕をしたと、当然職(充て職)〔←ママ〕候補の審査委員だったイ会長が明らかにした。イ会長はキム館長が「大韓民国は1919年の臨時政府によって建国されたのではなく、1948年に建国された」という主張を展開したことも明らかにした。韓国憲法で規定された臨時政府の法統と主権を否定し、日帝強制支配に正当性を与えたのだ。このような人がニューライトではないというなら何なのか。

※ 日本の統治を ”不当な占拠” と見なす人達には到底受け入れられない。

尹大統領はすでに、歴史関連の機関のトップにニューライトの人物たちを相次いで任命している。先月30日に韓国学中央研究院長に就任した東国大学のキム・ナンニョン名誉教授〔※1〕は、強制動員と「慰安婦」の強制性を公然と否定する主張を繰り広げた。3月に東北アジア歴史財団〔※2〕理事長に就任したのパク・チヒャン氏は、就任記者懇談会で「日本が過去に対して謝罪していないという古い世代の認識を、若い世代に強要してはならない」という歴史の流れを無視した発言をした国史編纂委員会のホ・ドンヒョン委員長と韓国学中央研究院のキム・ジュソン理事長もそれぞれ、朴槿恵(パク・クネ)政権の国定歴史教科書の編纂審議委員とニューライト系列の「教科書フォーラム」の運営委員として活動した人物だ。

尹大統領の対日外交は、国益と国民の自尊心を捨てたまま、日本の過去の歴史に対する責任を率先して払い落す自害外交の連続だった。今や歴史機関のトップまですべてニューライトで埋めている。いったい何をしようとしているのか。国民と歴史戦争でも行おうというのか。尹大統領は憲法精神を否定する行動をただちにやめよ。

 

※1 『反日種族主義』の執筆者の一人。

※2 高句麗、渤海の帰属問題に関する中国の東北工程と日本の歴史教科書問題・竹島問題に対抗するために2006年9月22日に設立した[1][2]。〔Wikipediaより〕

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なお、8月15日の光復節では、政府の公式行事を野党や光復会などがボイコットし、独自の式典を開くそうです。

 

  


 

 

 

 

2024/08/12

【佐渡金山】キム・グァンソン氏「父は血を吐きながら逝った」

前回のエントリーで、『中央日報』が佐渡で働いた朝鮮人労働者の息子であるキム・グァンソン(김광선)氏をインタビューした記事をご紹介しましたが、このキム・グァンソン氏について調べてみました。

すると、「民族問題研究所」(민족문제연구소)のサイトの2022年12月16日付け記事に登場しているのが分かりました。強制動員特別展を開催し、遺族としてスピーチをしたようです。

もうひとつは、『JTBC』という中央日報傘下のケーブルテレビ局のニュースで、取材を受けていました。ちなみにこのJTBCというのは、朴槿恵大統領弾劾の一因となったタブレット端末をでっち上げた放送局です。つまり左派系のメディア。

インタビュー記事(動画)のタイトルは「血を吐いて亡くなった父...日本に良いことだけを書けばそれが歴史なのか」というもので、中央日報とのインタビューでも石肺(せきはい)がどうのこうの言ってましたが、ここでもその事を語っています。

 

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動画には父(金鐘元氏)の「保険証」(?보험 주)なるものが出てきます。保険証も兼ねていたのかも知れませんが、左側の頁は「異動申告欄」。作業場所が変わる度に書き込んでいったものらしく、上段には作業場や手当の記録。左端に3円70銭の手当が追加された記録がある。下段にはその管理者(使用者)の名前。

 

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ブログ主はよく見えなかったのですが、「X]で他の方が教えてくれたのは、右から、昭和15年(1940)6月1日に入所〔下段の確認印日付は15.10.3〕、昭和15年12月28日に異動、昭和18年3月30日に解用(解雇)だそうです。

もしかしたら、12月28日の異動は妻が来て宿舎が変わったのかも知れません。

ところで、動画に映った母親の遺影が別の写真の女性だと気づいた方がいます。

 

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▲キム・グァンソン氏の両親の遺影

 

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左側が遺影で、右の写真は終戦間際に佐渡から川崎に逃げた朴順任さん(後列右から3番目)が他の妻と一緒に佐渡に来た時の写真ですが、前列中央の女性はキム・グァンソン氏の母親のようです。

朝鮮人用長屋でご近所だったかも知れませんね。

 

* * * *

以下は民族問題研究所の記事。2022年に既に佐渡金山に言及している事に驚くかも知れませんが、実は2019年に日帝強制動員被害者支援財団が「日本地域炭鉱山朝鮮人強制動員の実態」という報告書をまとめています。

報告書のURLは過去のブログエントリーで:2022.02.03 【佐渡金山】「朝鮮徴用工」の写真の出典について

 

https://www.minjok.or.kr/archives/129821
연구소가 기획한 “사라지는 목소리들” 강제동원 특별전 열려
研究所が企画した「消えゆく声」強制動員特別展が開かれる
2022년 12월 16일

11月1日、民族問題研究所が企画した「消えゆく声、石炭と鉄に隠された歴史、そして犠牲者の物語」特別展が釜山国立日帝強制動員歴史館で開かれた。 今回の展示は日本政府が世界遺産に登録させた「明治日本の産業革命遺産」が無視する強制動員の歴史を被害者の声で再構成した。 日本政府が「世界遺産」として宣伝する日本近代化の成功ストーリーに隠された加害と被害の歴史を表わし、世界市民が記憶し保存しなければならない世界遺産の価値が何なのかを振り返るための席だ。

開幕式は展示を主催した日帝強制動員被害者支援財団シム·ギュソン理事長の挨拶で始まった。 植民地歴史博物館のユン·ギョンロ館長の祝辞に続き、佐渡鉱山被害遺族のキム·グァンソンさんが父親の強制動員被害をさらに記録し、残せなかった点が残念だという感想を明らかにし、この展示の大切さとともに粛然さを加えた。

展示は大きく2部構成になっている。 第1部では軍艦島など日本の産業施設に連行され強制労働をした韓国人被害者、中国人·連合軍捕虜、佐渡鉱山被害者の証言と強制動員の実態を裏付ける史料が展示された。 佐渡鉱山強制動員の歴史は、今回の展示で初めて公開される内容と資料だ。 第2部では日本の産業遺産登録をめぐる議論の中で「産業遺産情報センター」が伝える話と他国の「否定的世界遺産」の展示事例を一緒に展示した。

今回の展示には被害者遺族と国家記録院、国史編纂委員会、日帝強制動員被害者支援財団、国立日帝強制動員歴史館が強制動員関連所蔵史料を出品し、日本の岡正治記念長崎平和資料館、POW研究会、強制動員真相究明ネットワークなどの日本市民団体の積極的な協力で計190点余りの史料と写真資料などが展示された。 展示を企画した民族問題研究所の所蔵遺物と証言映像、日帝産業遺産関連史料イメージなども多数出品された。

特に、5つの映像ブースで紹介される証言映像は、強制動員の歴史の生々しい証言であり、被害者たちの最後の遺言でもある。 展示準備期間に証言映像に登場する被害者一人が亡くなった。 もう私たちが彼らが残した声に耳を傾け、その痛い歴史を記憶する時間だ。 今回の展示は12月16日まで行われる。

 

  


 

 

 

 

2024/08/11

【佐渡金山】元鉱山労働者の遺族「(父は)金を稼げるという話を聞いて徴用された」←???

8月8日付『中央日報』に、父親が徴用されて佐渡金山(鉱山)で働いたという男性のインタビューが掲載されていました。

記事全体は後述しますが、記事は以下の様に紹介しています。

キムさんの父、故キム・ジョンウォンさんは1912年に生まれ、金を稼げるという話を聞いて1940年に忠清南道論山(ノンサン)から佐渡鉱山に徴用された。父は当時、キムさんの母まで佐渡金山に連れて行った。その後、キムさんは1942年に佐渡金山で生まれた。

 

下図を見れば分かりますが、1940年はまだ企業が独自に募集をしていた時期で、キムさんの父親は28歳の時に応募して採用された事になります。徴用ではありません。しかも、妻まで帯同し、キムさんは佐渡で生まれたとの事です。

1938年4月に国家総動員法が成立し、1939年7月には内地で国民徴用令が施行されますが、朝鮮では施行されませんでした。しかし、同時期に、内地で不足する労働力を補う為に「朝鮮人内地移送計画」が立てられて、募集→官斡旋→徴用(1944年9月~1445年3月)が行われました。

 

▼下の画像は西岡力教授の論文を元に以前ブログ主が作成した『戦時動員概念図』

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※右端のコラムは内地「在日朝鮮人」数の推移を示す。

※左端のコラムが示す様に、韓国では「国家総動員法」(1938年)以降の出稼ぎ労働者や応徴者を全て ”戦時動員被害者”(所謂 ”徴用工” や ”強制動員被害者”)と呼んでいる事に注意。

 

以前、元日経新聞記者で韓国に駐在していた鈴置高文氏が「徴用だと合法的な戦時動員をイメージさせるから『強制徴用』なる言葉を使い出した」と、BSフジ『プライムニュース』で仰っていましたが、恐らく韓国人は『徴用』という言葉自体はそれ程ネガティブな意味を感じないのでしょう。韓国では今でも「徴兵」があるのですから、「徴用」が強制性のあるものだとは知っているはずですが、「戦時動員」くらいの意味で使っている様な気がします。

下は『日韓併合 韓民族を救った「日帝36年」の真実』(崔基鎬 著)から「徴用」について著者が書いている部分の抜粋ですが、「徴用に応募する」という感覚で書いている事が分かります。また、非合法的な「強制連行」に対して合法的な意味で「徴用」という言葉を使っている様です。

 

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以下、中央日報の記事を保存しておきます。

取材を受けたキムさんは、父親が石肺に苦しんだと言い、被害者アピールはしていますが、「強制徴用」とか「強制労役」などといったワードは記者が使っているだけで、本人は「強制かどうかをあえて問いただしてどうするのか」と言っています。

また、本人の直接の発言を引用したものではありませんが、「金を稼げるという話を聞いて1940年に忠清南道論山(ノンサン)から佐渡鉱山に徴用された」と書いてある所を見ると、恐らく、ご本人は父親が ”応募した” 事を知っているのでしょう。インタビューで「徴用」という言葉を使ったかどうかは分かりませんが、仮にそう言ったとしても、強制性は込められていないように思われます。

インタビューの内容は、いかにも韓国人が言いそうな事で、日本人にとっては不愉快ですが、佐渡での生活について全く語っていないのは不思議です。本人は幼すぎて記憶が無いとしても、両親から何も聞いていないとは思えません。インタビュアーも佐渡の話を聞かないはずがありません。

もしかしたら語ったのかも知れませんが、記事にはできない... つまり、それ程悲惨な話ではなかったからかも知れません。

 

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https://www.joongang.co.kr/article/25269295
[단독] 사도광산 유족 "끝까지 등재 반대, 도리는 아냐…추도식엔 참석하고 싶어"
2024.08.08

https://japanese.joins.com/JArticle/322183?servcode=A00&sectcode=A10

韓国の佐渡金山遺族「最後まで登録に反対するのは道理でない…追悼式には出席希望」
2024.08.08

〔画像省略〕2022年3月、忠清南道論山(ノンサン)の自宅で、佐渡鉱山に強制徴用された父、故キム・ジョンウォンさんの過去の写真を見ながら中央日報のインタビューに応じたキム・グァンソンさん。 ヨ・ソングク記者

「(佐渡島の金山のユネスコ世界文化遺産登録を)最後まで反対するのは道理でないと考える。(日本と)敵対しながら暮らすことはできない」。

父が日帝強占期に佐渡金山で強制労役をしたと明らかにしたキム・グァンソンさん(82)は7日、中央日報との電話で「過去は過去であり、現在は現在」とし、このように話した。先月27日、韓国を含むユネスコ世界遺産委員会委員国のコンセンサス(全体合意)で日本の佐渡金山が世界文化遺産で登録されたことについて、キムさんは「互いに譲歩するべきことはするものの、独島(ドクト、日本名・竹島)や第7鉱区問題などで我々が日本の譲歩を受けるべきことは受けなければいけない」と強調した。

 

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▲韓国語版記事よりキャプチャ

 

◆「日本はもう我々を抑圧できない」

キムさんは「私たちはもう与える側の国になったので、認めるべきことは認めることができる」と述べた。そして「尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が日本に行って和合しようとして(関係改善の)雰囲気が形成された」とし「日本はもう我々を抑圧できる位置でもなく、もうどこの誰も大韓民国を見下げることはできない」と強調した。

これに先立ち政府は「佐渡金山の『全体の歴史』を現場に反映すべきという国際記念物遺跡会議(ICOMOS)の勧告と世界遺産委員会の決定を日本が誠実に履行し、そのために先制的な措置を取ることを前提に、登録決定に同意した」と明らかにした。日本は登録決定前に佐渡金山付近にある「相川郷土博物館」に朝鮮人労働者関連の展示空間を設置し、追悼式を毎年開くことにした。

しかし日本は佐渡金山を世界遺産に登録しながら労役の強制性を確実には認めなかった。日本政府代表が「その間、世界遺産委員会で採択されたすべての関連決定とこれに対する日本の約束を銘記する(bearing in mind)」と明らかにしただけだ。ただ、在韓日本大使館側は先月31日、中央日報に「日本が『銘記する』と明らかにした『すべての決定と約束』には2015年の軍艦島登録当時に韓国人が『強制労役(forcd to work)』をした事実を認めたことも含まれる」と明らかにした。軍艦島登録当時に明らかにした強制性認定の立場を事実上継承するということだ。

 

◆「強制性を問いただしてどうするのか」との考えも

それでも日本の「強制性」脱落をめぐる論争は続いている。日本が佐渡金山登録当時に「強制労役」に関する発言をせず葛藤の火種を残し、新たに設置した展示館の展示物も明示的には強制性を認めていない。

これについてキムさんは「過ぎ去った歳月の中の強制かどうかをあえて問いただしてどうするのかという考えになる」と語った。

誰よりも動員と労役の強制性に対する日本の明示的な認定と謝罪を切実に望むのは遺族だが、苦労して築いた韓日関係改善の土台も重視する必要があるという趣旨だ。一方で、佐渡金山をはじめ強制動員の歴史全般を否定して歴史歪曲の形態を見せた日本に対する自暴自棄のような心境も感じられた。

 

◆「父は石肺…一生苦労した」

幼い頃だったが、キムさんは父が佐渡金山で強制労役をしたことで経験した苦痛を鮮明に記憶している。キムさんの父、故キム・ジョンウォンさんは1912年に生まれ、金を稼げるという話を聞いて1940年に忠清南道論山(ノンサン)から佐渡鉱山に徴用された。父は当時、キムさんの母まで佐渡金山に連れて行った。その後、キムさんは1942年に佐渡金山で生まれた。

キムさんは「父は佐渡金山でダイナマイトを爆発させて岩を砕く作業をしたが、石粉をあまりにも多く吸い込んで肺が完全にやられた」とし「そこで少し稼いだものの、肺に石粉がたまったことで(お金は)病院に全部払って家族は苦労しながら暮らした」と振り返った。実際、展示館には岩の砕くなど危険な作業に韓国人労働者が日本人より多く投入されたという内容が展示され、日本政府も登録直後の公開発言でこれを認めた。

ところが父の心身を壊した佐渡金山が世界遺産に登録されるという事実をキムさんは後に知ったという。キムさんは「誰も話してくれないので知らなかった」と語った。

登録されたこともすぐに把握していなかったキムさんは、追悼式と朝鮮人労働者関連の展示館に関する情報も政府から共有されていないと伝えた。キムさんは「追悼式を毎年開くなら一度くらいは出席したい。佐渡金山の現場も直接見ることができればいい」と話した。

 

◆遺族が包容力を見せても…「行動」揺らぐ日本

これに先立ち韓国政府は佐渡金山登録に関連し、日本が「言葉より行動」を見せたという立場を繰り返し強調した。強制性の表現はやや弱い部分があっても、追悼式と展示館運営という「確実な後続措置」を取ったという趣旨だ。展示物に明示的な強制性の表現はないが、韓国人労働者が朝鮮総督府の関与で徴用され、人身拘束状態で労働をした点を見せる証拠資料も含まれたのは事実だ。

しかし日本はこうした両国間の合意の精神を尊重しないような態度をすでに見せている。早ければ来月にも朝鮮人労働者追悼式が開かれる予定だが、その対象となる労働者名簿関連の追加資料を韓国政府と市民団体が1年以上も前から要請しているにもかかわらず公開していないのが代表的な例だ。日本が誠意のある措置を履行しない場合、未来志向的な両国関係を支持して大乗的な立場を見せたキムさんら徴用被害者の遺族にもう一つの傷を残すと心配される理由だ。

 

 

  


 

 

 

 

2024/08/10

【目くそ鼻くそ】北朝鮮が抜け駆けして単独で「跆拳道(テコンドー)」をユネスコ無形文化遺産に申請したそうですw

跆拳道(テコンドー)は、日本統治時代に空手を学んだ朝鮮の韓国の武道家達が、戦後、創始した武道です。「テコンドー」という名前をつけた日付(1955年4月11日)まで分かっています。

つい先日、南北が共同で世界文化遺産の登録を目指している事をお伝えしましたが、北朝鮮がこっそりと単独で文化遺産申請をしている事が分かりました。

南北共同でもずうずうしいのに、更に北朝鮮単独とはw

さすが同じ民族としか言いようがありません。

以下、『聯合ニュース』の記事です。

 

* * * *

https://www.yna.co.kr/view/AKR20240809110900007
북한, 유네스코 인류무형유산에 '태권도' 단독 신청
北朝鮮 テコンドーのユネスコ無形遺産登録を単独申請
2024/08/09 18:55

【ソウル聯合ニュース】北朝鮮が単独で、テコンドーの国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産への登録を申請していたことが9日、分かった。
 ユネスコの公式ホームページなどによると、北朝鮮は今年3月に「朝鮮民主主義人民共和国の伝統武術テコンドー」の無形文化遺産登録に向けた申請書をユネスコ本部に提出した。毎年3月末が無形文化遺産登録の申請書提出の期限となっている。
 韓国の団体、コリアテコンドーユネスコ推進団のチェ・ジェチュン団長は聯合ニュースの取材に対し「北が今年3月に単独で申請したと承知している」とし、「(北朝鮮主導の)国際テコンドー連盟(ITF)側と協議し、シルムのように南北共同登録を推進することにしていたが、単独で申請した」と述べた。また、南北共同登録に向けて韓国の国家遺産庁が乗り出すべきだと指摘した。

 朝鮮半島固有の相撲「シルム」は2018年に無形文化遺産に登録された。韓国と北朝鮮がそれぞれ登録申請書を提出したが、外交的努力により共同登録が決まった。無形文化遺産の南北共同登録はシルムが初めてだった。

 現在、北朝鮮の無形文化遺産としては「アリラン」「キムチ作り」「シルム」「平壌冷麺の風習」の計4件が登録されている。

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こういうのを「目くそ鼻くそ」と言います。

 

 

  


 

 

 

 

2024/08/09

【韓国】「国家精神が欠如した国」【ブライアン・マイヤーズ東西大学教授(国際関係学部)】

「X」で興味深いコラム(インタビュー記事)を教えて頂きました。

それは、『世界日報』に掲載された「韓国には『国家自負心』が、北朝鮮には『共産主義』がない」という記事です。

これを読んで、インタビューされたブライアン・マイヤーズ(Brian Reynolds Myers)東西大学教授の主張をもう少し知りたいと思って調べたのでブログエントリーとします。

このエントリーのタイトル「国家精神が欠如した国」はマイヤーズ教授の言葉から取ったものです。

 

このインタビューは「韓国(人)」を理解する為ばかりでなく、ブログ主も「国家」というものを考える機会になりました。

考えてみれば、日本人にとっては「日本」は「国家」と同義です。

世界史の年表を見れば、日本は古代... 少なくとも大和朝廷の成立 (最近は「ヤマト時代」のような用語を使うようですが... )から一貫して「日本」です。しかし、他の国はそうではありません。例えば China は、「国」が興っては滅び、興っては滅びの連続で、時には異民族による支配も受けます。

日本は島国という特徴もあって、基本的には国境の位置もあまり変わらず、権力と権威(天皇)が分離・並立していたので、権力者は入れ替わっても一貫して「日本」という国家を維持してきた希有な国です。

「日本人」も「(大和)民族」もほぼ同義です。(個人的な見解ですが、日本人が「大和民族」という言葉を使う時はやや観念的なもの... 科学的な話よりは精神的な世界の話... という気がします。)

こんな事を考えるきっかけとなった、①『世界日報』のインタビュー記事、②マイヤーズ教授の著書の説明と目次、③『東亜日報』のコラムを以下にご紹介します。

 

* * * *

① https://www.segye.com/newsView/20240802502376
“한국엔 ‘국가 자부심’이, 북한엔 ‘공산주의’가 없다” [정지혜의 린치핀]
世界日報:「韓国には『国家自負心』が、北朝鮮には『共産主義』がない」 [チョン・ジヘのリンチピン]
入力2024.08.03.午前6:03
チョン・ジヘ記者

韓国と北朝鮮の研究に精通しているだけでなく、韓国で過ごした時間だけでも約30年に及ぶため、韓国語にも堪能な外国人学者に会うのは珍しいことだ。 ブライアン·マイヤーズ東西大学教授(国際関係学部)との対話は、そのような点で興味深かった。

ブライアン・マイヤーズ教授は1963年生まれとの事。(滞在年数の割には ”老学者” ではない)

米ニュージャージー州で生まれ、バミューダと南アフリカで育ち、西ドイツのルル大学でロシア学修士号を取得した後、テュービンゲン大学で韓国学博士号を取得したマイヤーズ教授は、1980年代に初めて韓国と縁を結んだ後、2001年に高麗大学で講義を始め、韓国に滞在した。 4大陸の5ヵ国を流浪した末に定着した釜山は、今や彼にとって故郷のようなところになった。

韓国と北朝鮮についてそれぞれマイヤーズ教授が書いた2冊の本「なぜ北朝鮮は極右の国なのか」〔※原題:왜 북한은 극우의 나라인가〕、「愛されない共和国」〔※原題:사랑받지 못하는 공화국〕の内容を土台に私たちが見逃しやすい韓国と北朝鮮に対する本当の姿が何かを聞いてみた。 インタビューは先月23日、テレビ電話で行われた。

韓半島情勢に長い間関心を持ってきた外国人専門家の目で見た韓国は、国家に対する自負心〔※자긍심:翻訳では他に「誇り」〕が無く、驚くほどであり、北朝鮮は共産主義のない共産主義国家だ。 韓国の国家アイデンティティの不在が、国の腐敗や家族利己主義を煽る要素だという指摘は痛烈であり、軍隊を労働階級より優位に置く極端な血統主義国家である北朝鮮は、政治スペクトラム上、極右に属するという主張も否定できない。

このような南北で共通して現れる特徴は「強い民族主義」と「極端な集団主義」だ。 ただ、同じ民族主義でも非常に異なる特性を見せるとマイヤーズ教授は説明する。 北朝鮮式民族主義は統一を妨害する米国を敵にする一方、韓国の民族主義は植民地時代に閉じ込められている

共同体で孤立することを恐れる集団主義は、南北いずれも非常に強いため、「韓国であれ北朝鮮であれ、韓国人はプロパガンダにかなり脆弱なようだ」という分析も印象的だ。

韓米同盟にほとんどすべてのカードをかけた尹錫悦政府の外交政策に対しては「米国人の機嫌を取ろうと努力しすぎているようで心配だ」とし「もう少し積極的な『中堅国外交』を追求しなければならないと考える」と診断した。 彼の著書で繰り返し提起される内容は「米国を信じすぎてはならない」ということだ。

以下はマイヤーズ教授との一問一答。


- 北朝鮮を主体思想や共産主義国家とは程遠い国と診断した。

「(北朝鮮が共産主義国家という考えは)北朝鮮に対する従来の認識、誤ったアプローチが私たちを誤解させ続けているからだ。 北朝鮮がソビエト連邦(USSR)によって樹立されたのは事実であり、10年以上真剣に共産主義を追求したことも事実だ。 しかし、金日成主席は1950年代後半から遅くとも1967年には共産主義者を粛清した。

※Wikipedia『主体思想』より
>1950年代後半、金日成がマルクス・レーニン主義の彼自身の見解の構築を考えていた時に、首席思想相談役だった黄長燁が、この演説の「主体」がマルクス・レーニン主義の独創的な発展とみなせる事を発見し[11]、この概念を社会的に定義された信条として構築を開始した[3]との主張がある。1958年までに金日成が北朝鮮での支配を確立すると、この言葉は人民による彼への献身を示す目的で使い始められ、金日成やその一族の歴史や指導者としての正統性への美化など、個人崇拝が進められた[12]。

マルクス・レーニン主義は北朝鮮の教育やプロパガンダで重要な役割を果たせなかった。 北朝鮮は自らが宣言した通り、軍隊を優先する体制だ。 軍隊を労働者階級より優位に置き、極端な血統主義と民族主義を説く絶対君主制、政治スペクトルで極右にあるのが当然である。」

 

- 韓国で北朝鮮が極右だという主張は聞き慣れないが…。

「保守的な聴衆に北朝鮮は極右国家だと言ったが、その言葉を聞きたがらなかった。 講演が終わった後、年老いた一人が近づいてきて、『そう言えば人々が北朝鮮を恐れないので、必ず共産主義者だと言わなければならない』 と言ったことがある。 逆に、北朝鮮を同情したがる韓国の左派も当然、北朝鮮を極右だと考えたくない。 それを認めれば、李承晩(イ・スンマン)、朴正熙(パク・チョンヒ)、太極旗デモ〔※韓国の保守派、特に朴正熙を拠り所とする人達のデモ〕に至る韓国内の反北朝鮮関係者に対する否定的な見方を変えなければならないためだ」

 

- 韓国の「国家精神の欠如」について書かれていますが、韓国人としてその概念はかなり聞きなれないものでした。ワールドカップの街頭応援や反日感情のようなナショナリズムはとても身近なものですが。

「本で述べた国家精神は、大韓民国に対する誇りの事だ。 私が感じたのは、保守層を含む韓国人のうち、米国やフランス、ドイツ人ほど国家に対するアイデンティティが強い人はほとんどいない。 韓国人が胸に手を当てて太極旗を眺める時、愛国歌を歌う時もそうだ。 彼らのほとんどが感じているのは、共和国ではなく民族のようだ」

 

- それがどうして問題になるのか。

「韓国の国家精神の欠如は、安全保障に脅威を与えるほど深刻だと思う。国家に対する誇りがないことがこの国の腐敗に寄与し、社会学者たちが言及する家族中心主義、家族利己主義を呼ぶ要因だと見る。 南ヨーロッパの特定の国々を見ると、国家精神が低いほど、国民が自分を国家と同一視しないほど、腐敗が多く発生する。韓国がフランスやドイツのレベルで国家精神を強化すれば、国家安保に役立つだけでなく、一般国民の生活の質も向上するだろう。

ワイマール共和国がナチスに敗れた理由は、この国の民主的な市民が国家を支持しなかったからだ。だからナチスが簡単に占領できたことを忘れてはならない。」

 

- 南北の共通分母は強い民族主義のようだ。

「その点については同意するが、北朝鮮のナショナリズムは韓国のナショナリズムとは非常に異なる。北朝鮮のナショナリズムは常に統一を肯定的に見てきたので、それを妨害する米国を敵視している。これに対し、韓国のナショナリズムは植民地時代にまでさかのぼる。

北朝鮮住民たちは「米国製のスンニャンイ」(北朝鮮で米軍を卑下する蔑称)〔※直訳すると「山犬」〕から「ヤンキー植民地」(韓国)を解放するために犠牲を払わなければならないという信念で、極度の苦難の生活を受け入れた。一方、韓国の人々は統一が自分の生活水準を低下させると考え、統一を望まないと公然と言う。 北朝鮮の民族主義は、韓国の被害意識的なナショナリズムよりもはるかに真摯なものである。

〔※以下、北朝鮮の政治情勢なので省略〕

 

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② https://www.yes24.com/Product/Goods/124840058

ブライアン・マイヤーズ教授の著書『사랑받지 못하는 공화국』(愛されない共和国)

※この「共和国」とは大韓民国(the Republic of Korea)の事。

書籍紹介

2023年、北朝鮮が偵察衛星を搭載した運搬ロケットを打ち上げたとき、北朝鮮の指導者である金正恩は「わが共和国」〔※우리 공화국(ウリ共和国)〕の偉大な達成を称賛した。 一方、韓国がヌリ号3号を打ち上げたとき、ユン・ソクヨル大統領は「我が国」〔※우리나라(ウリナラ)〕が宇宙大国の仲間入りを果たしたと歓迎した。我が共和国」とは異なり、「ウリナラ」という表現は、特定の政治的または憲法上の共同体を意味するのではなく、韓民族とその古代領土を意味する。日本語の「ワガクニ」がこれに似た言葉である。

※「ウリナラ」という言葉を日本人が理解するには「我が民族」の方が適切かも知れない。

大統領のこの発言は私にとって驚きではなかった。韓国では、惨事や人権侵害のようなすべての間違ったことは常に国家のせいにされ、すべての成功と誇らしい業績は無条件に民族が成し遂げたものとして扱われる

この本は、このような国家精神の欠如がなぜ韓国の安全保障を脅かし、なぜ韓国の発展の障害となるのかを説明するための私の試みである。 読者は、アメリカ人、それも北朝鮮学を専攻したアメリカ人が韓国の現代史を扱うのは不当だと思うかもしれない。私自身も不足が多いことをよく知っている。それでも、この本が韓国の政治陣営のいずれにも関心がないこの問題に対する警戒心を少しでも呼び起こすことができればと願っている。

***

目次

第1章 この本を書いた理由 5
第2章 歴史を整理しようとする韓国人 14
第3章 アメリカを信じすぎないように警告する 22
第4章 解放期に関する修正主義の神話を修正する 25
第5章 北朝鮮と第1共和国 43
第6章 北朝鮮と4・19 54
第7章 朴正煕の国家主義について 59
第8章 5-18に対する慎重な一言 67
第9章 全斗煥時代への思い出 70
第10章 北朝鮮学研究者への変身 74
第11章 民主主義といえばアメリカ人は投票箱、韓国人はデモを思い浮かべる 79 
第12章 国家より民族を優先した金泳三 88
第13章 金大中統治下の韓国への招待 93
第14章 ヤンキーの故郷 101
第15章 天安艦と延坪島 108
第16章 北朝鮮の3代世襲 115
第17章 文在寅候補の敗北 120
第18章 「独裁者の娘」 124
第19章 保守が見守る南北連合構築 132
第20章 結論 148

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https://www.donga.com/news/Opinion/article/all/20240702/125739364/2
온당히 사랑받지 못하는 공화국[콜린 마샬 한국 블로그]
東亜日報:十分に愛されない共和国[コリン・マーシャル韓国ブログ]

※コリン・マーシャル(Colin Marshall)氏はアメリカ出身のコラムニストで「韓国要約禁止」〔原題:한국 요약 금지〕の著者

アメリカ人に韓国人の主な特徴を尋ねると、よく言われるのが「愛国心が強い」という答えだ。愛国心が多いアメリカ人は、韓国人の愛国心も似ていると考えるかもしれない。 しかし、アメリカ人が感じる愛国心と韓国人が感じる愛国心は同じものではないと主張するアメリカ人北朝鮮学研究者のブライアン・マイヤーズは、彼の新刊「愛されていない共和国」で韓国に関する衝撃的な事実を明らかにする。少なくとも10人中9人の韓国人が大韓民国がいつ設立されたかを知らないということだ。

釜山の東西大学で教鞭をとっているマイヤーズは、学生たちと話をする中でこの事実に初めて気づいた。 学生たちは「1987年から5000年前までの範囲で推測しているが、1948年という正解はほとんど聞かれない」という。アメリカ人である私も信じられない。しばらくして、マイヤーズの本を読んだ英国の教授である友人と彼の昔の弟子数人と一緒に夕食を食べた。友人は、韓国人であるその昔の弟子たちに、大韓民国がいつ設立されたのか聞いてみようと言いました。案の定、その質問に彼らはまるで私たちが月と太陽までの距離を尋ねたように言葉を詰まらせた。

タクシーに乗りながら、友人は60代後半のタクシー運転手にもその質問を投げかけた。 その運転手は「初等学校」で習ったようだが、今は記憶が曖昧でよくわからないと言った。 この会話を聞きながら、私が10年前にマイヤーズに初めて会った時、彼が社会を大きく2つに分けることができると言ったことを思い出した。 ひとつは、人々が常に過去と未来を正確に認識している古代エジプトのような歴史意識が強い社会、もうひとつは、人々が契約書を作成するときに日付を書くこともなかった古代ギリシャのような歴史意識が弱い社会だと言った。 マイヤーズは、大学生たちも自国の歴史を一貫して説明することが難しい韓国を、歴史意識が弱い社会のカテゴリーに該当すると述べた。

もちろん、韓国人は映画やドラマがよく脚色する遠い過去の話に慣れている。 しかし、大韓民国の近現代史については断片的な知識しかない。 マイヤーズの見解では、この近代歴史に対する無関心は、彼が国家精神と呼ぶ概念の不在と同じ事だ。 ほとんどの韓国人は国家精神がなく、大韓民国がいつ設立されたのか知らないだけでなく、2010年に北朝鮮が天安艦を沈没させ、延坪島を爆撃したことを気にしないという印象を与えたと彼は言った。常に間違いを犯すと言われる共和国より正当性で民族を優先する人々は、同じ民族である他の国がいくら無差別に攻撃しても、その国を敵と見なさない。

なぜ、誰が見ても明らかに北朝鮮より成功している韓国は、北朝鮮より国家精神を養えなかったのだろうか。本書は様々な理由を指摘しながら、韓国の左翼と右翼の両方に責任を問う。 左翼は北朝鮮の政治宣伝をあまりにも簡単に受け入れる傾向がある。そのため、完全な独立的なアイデンティティを確立することが妨げられる。これとは逆に、右翼は米国が常に韓国を守ってくれると信じているため、正当防衛の認識をしっかりと確立できていない。もし明日、朝鮮半島で戦争が再び勃発すれば、米国が助けに来るだろうが、万が一、米国が来ない、あるいは来られない必然的な日にも備える必要があるのではないか?

過去15年間、マイヤーズの北朝鮮に関する文章を丹念に読んできた私は、韓国に対する彼の分析も信頼できると思う。 彼を高く評価する理由の一つは、ほとんどの北朝鮮や韓国を観察する西洋人とは異なり、彼が韓国語を上手に話せるからでもある。彼は韓国を批判する外国人ではなく、韓国を深く愛し、韓国を心配する外国人として、韓国人と直接コミュニケーションしようと「愛されない共和国」をハングルで書いた。 またマイヤーズと同じく、韓国が今やアメリカよりうまく回っている国だと思う韓国通(connoisseur)である私もとても興味深く読んだ。

本を読んでいる間、私が韓国に住む10年余りの歳月の間、理解しにくかった経験を思い出した。 なぜ韓国人が韓国を他の国の非現実的な幻想と比較し、自国に対して否定的な視点を持ち続けるのかなぜ多くの韓国人が他の国に移民すると自ら国籍を放棄するのかなぜ昔よりずっと住みやすい韓国を「ヘル朝鮮」と呼ぶのか「国家精神の不在」という概念は、これらの質問の答えだけでなく、私が初めて聞いた韓国のジョークの意味も照らすことができる。 そのジョークは、夫が浮気をしていることを知った様々な国の妻の反応についてのものだ。ロシアの妻は夫を銃で撃ち、アメリカの妻は夫を訴え、韓国の妻は案の定政府のせいにする。

 

次回に続く

 

  


 

 

 

 

2024/08/08

【佐渡金山】8月15日、相川郷土博物館の展示に不満な韓国野党議員が抗議に来る模様

韓国の記事とその反応(読者のコメント)を訳して紹介する『カイカイ反応通信』というサイトで知ったのですが、8月15日に韓国の野党議員が佐渡に抗議に来るそうです。〔後述

実はあまりにも多すぎて紹介していなかったのですが、相川郷土博物館の展示に「強制徴用」とか「強制労働」と言った「強制」の明示的展示が無いことに不満を漏らす記事は毎日の様に出ています。

ただ、その多くは、展示批判にかこつけた政権批判... 日本に対して弱腰な尹錫悦政権を批判する内容が多いようです。

依然として多くの国民が同調する反日記事のついでに政権を批判するという ”一石二鳥” 的な効果を狙った記事です。

例えば、韓国の左派メディアの代表格の『ハンギョレ』が8月7日付けで掲載した風刺画を見たら一目瞭然でしょう。

 

20240808_sado01
▲機械翻訳をブログ主が追加

 

あのねぇ、韓国という国は、一歩でも譲歩したら、そこで終わりでは無く、そこから始まるのですよ。

 

少し上の図の補足説明をすると、「日米同盟下位パートナー」というのが象徴的です。

韓国左派の歴史観は韓国の保守、つまり1948年に成立した大韓民国の初期に権力を握った人達は、日本統治時代は日帝に上手く取り入った売国奴で、解放後は米帝にこびへつらった人達。親日派が親米派に変わっただけというものです。現在の尹錫悦政権も同じだ、という訳です。

保守の中でも歴史認識で日本に同調する様な(韓国人から見て)親日的な人達が「極右」と呼ばれるのはこの為です。要するに、日帝の ”ポチ” 呼ばわりをしているのです。

 

* * * *

元記事は『京郷新聞』の「[단독]야권 의원단, 광복절에 ‘일본 사도광산’ 항의 방문」([単独]野党議員団、光復節に「日本佐渡鉱山」に抗議訪問)。記事の翻訳をカイカイ反応通信さんから一部お借りします。

元記事: https://m.khan.co.kr/politics/politics-general/article/202408071412001#c2b
http://blog.livedoor.jp/kaikaihanno/archives/61706197.html
野党議員団、光復節に「日本の佐渡金山」抗議訪問=韓国の反応

光復節の15日、野党議員が最近ユネスコ世界文化遺産に登録された日本の佐渡金山を訪問する。彼らは日本政府に「強制労役」事実摘示と展示空間移転などを要求する予定だ。

共に民主党のイ・ジェガン議員、キム・ジュンヒョン、チョ・グク革新党のイ・ヘミン議員、進歩党のチョン・ヘギョン議員など4人の野党議員は15日、日本新潟県に位置した佐渡金山を訪れる予定だ。 今回の抗議訪問は私費で行われる。

彼らは訪問現場で佐渡鉱山展示内容に「朝鮮人強制労役」事実摘示、朝鮮人労働者強制労役関連展示空間場所移転、強制動員被害者名簿公開など3つの要求事項を明らかにする方針だ。現在、展示場は鉱山から2kmほど離れた「相川郷土博物館」に設けられたが、年間訪問客数も少なく接近性が劣るという指摘を受けている。〔以下略〕

 

 

  


 

 

 

 

【南京大虐殺】フランスのカーン記念館の”南京大虐殺”展示コーナー

フランスのカーン記念館(Mémorial de Caen/メモリアル・ド・カーン)とは第二次世界大戦とD-Day(ノルマンディ上陸作戦)に焦点を当てた戦争博物館ですが、そこには所謂 ”南京大虐殺” のコーナーがあり、フェイク写真が多く展示されています。

 

20240807_caen_nankin01

 

上の写真に「ぬまぼうず」氏のやり方を真似て説明をつけたのが下の画像。添付している写真がいつのものかは不明です。

 

20240807_caen_nankin02

 

ブログ主はこの展示を最近知ったのですが、実はこの展示に遅くとも2018年に気づいた方達が写真を検証し、直接博物館に抗議したり、国会議員にTwitterを通じて陳情した方達がいらしゃいました。

それについては別途整理する事にして、なぜこのような展示がなされているか、時系列に見ると...

 

◆2015年、「世界の記憶」に南京大虐殺が登録される

https://www.sankei.com/article/20160514-ZSO665BWQFIDXLE4J5OZCLQVLA/
産経:(中)なぜ中国は「南京大虐殺」を記憶遺産に登録しながら証拠開示を拒むのか? 「中国の旅」の影響なお
2016/5/14
>国連教育科学文化機関(ユネスコ)は昨年10月、中国提出の「南京大虐殺文書」を記憶遺産〔※〕に登録した。「大虐殺」を示す文書や写真などで構成されているとされるが詳細は明らかになっていない。中国が公開を拒んでいるためだ。

※ この記事の当時は「世界記憶遺産」と呼んでいましたが、英語表記は「Memory of the World」で、「遺産」という文字は無く、また、審査をする委員は文書保存の専門家で、登録物の内容までは責任を持っていない為、現在は「世界の記憶」と呼んでいます。

 

◆2016年、カーン記念館で南京大虐殺の展示、「世界の記憶」に登録後初

当時の報道を引用しておきます。ここに書かれている展示内容と現在の展示とでどれほど変わったかは分かりませんが、記事によると、博物館側がアジアに於ける第二次世界大戦の展示を企画し、中国側が提供した資料のようです。

 

https://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20161125/frn1611251500007-n1.htm
ZAKZAK:フランスで「南京事件」展 遺産登録後海外初、中国側主張に共感狙う
2016.11.25

 フランス北西部カンの「カン平和記念博物館」で、第二次世界大戦中の「南京事件」をテーマにした企画展が12月15日まで開かれている。中国が昨年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(記憶遺産)に関連資料を登録後、初の海外展示となる。欧米人の証言などを強調する内容で、中国の主張への共感を呼びたい狙いも垣間見える。 (カン 宮下日出男)

 

 ◆「残虐性」印象付ける

 カンでの企画展「1937南京大虐殺 南京の6週間」は10月23日に開幕し、中国の「南京大虐殺記念館」が提供した写真270点以上や文書などがパネル展示されている。会場には遺産登録を告知するパネルも設けられていた。

 会場では「犠牲者30万人以上」との中国側主張が改めて掲げられ、「日本軍に殺害された」とする遺体の写真のほか、2将校が日本刀で「百人斬り」を行ったとする当時の報道も展示された。日本兵から性的暴行を受けたとする若い女性や、「慰安所前に群がる日本兵」とする写真などもあり、日本軍の「残虐性」を印象付けようとしている。

 展示はまた、「共通の証人」と銘打ち、当時南京に滞在していた欧米人に焦点をあてる。記憶遺産に登録されたという16ミリフィルム映像を撮影した米国人宣教師ジョン・マギーについては「危険を冒して日本の戦争犯罪の証拠を記録した」と説明。関連とみられる短い映像も流されていた。

このほか、「虐殺」に関する証言が同様に遺産登録されたとされる南京大学の米国人教授マイナー・ベイツ、シーメンス社南京支社長だったドイツ人ジョン・ラーベら欧米人や、「虐殺」を伝える欧米メディアの当時の報道の紹介にも大きなスペースが割かれた。

 

 ◆「戦勝国」地の利活用

 カンは大戦中の1944年、連合軍を勝利に導く分岐点となるノルマンディー上陸作戦時の戦闘で町の大部分が破壊され、博物館は88年、その記憶をとどめるため開設された。「戦勝国」にとって象徴的な場所を活用しつつ、欧米人による南京での「正義と真実を守る」(展示記述)取り組みを伝え、中国の論拠の正当性を訴えているようでもある。

 博物館によると、欧州だけでなくアジアの大戦中の状況も伝えるため、中国側の交流先を探した際、記念館側が応じ、展示物の相互紹介を提案。2014年に協議がまとまり、今回の特別展が実現した。博物館の資料の展示会も今後、中国で開く計画という。

 

 ◆「真実かどうかは別」

 展示内容については、来館者に理解しやすいよう説明文の一部改訂を求めたが、中国側が基本的にすべて用意した。博物館のステファン・グリマルディ館長は産経新聞に、「(展示内容は)今の中国の視点であり、真実かどうかは別の話だ」と語った。

 館長は「虐殺の歴史には各国の見方があり、どうしても対立をはらむ。議論があるのは当然」とも強調。博物館は日中開戦80年にあたる来年、「集団犯罪」に関する国際シンポの開催を計画しており、日本の歴史家にも参加してもらい、議論する考えを示した。

 

この時点では一時的な企画展だと思われていたようですが、2018年にこの記念館を訪問されたらしい方がTwitterに投稿されていた事から、そのまま常設展になっていたと思われます。

 

  


 

 

 

 

2024/08/06

【世界文化遺産】韓国と北朝鮮が共同で跆拳道(テコンドー)を世界文化遺産に登録するそうですw

下記の記事全体は「複数国間で議論がある世界文化遺産」みたいな内容のコラムですが、この中にテコンドーの話題が出てきます。

 

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https://www.munhwa.com/news/view.html?no=2024080601032312179001
文化日報:경계 모호한 인류무형유산… 환갑잔치·장구춤·널뛰기 중국이 등재 ‘논란’[10문10답]
2024.08.06.

6. 유네스코 공동 등재 사례는

유네스코는 최근 공동체 간 교류와 협력 과정을 등재 기준으로 삼고 다국가의 공동 등재를 인정하고 있다. 지난 2018년 남북이 공동으로 등재한 인류무형문화유산인 ‘씨름’이 대표적인 사례다.

남북이 함께 등재한 첫 사례인 ‘씨름’에 대해 유네스코 무형유산위원회는 당시 “남북 씨름이 연행과 전승 양상, 공동체에 대한 사회적·문화적 의미에서 공통점이 있다”며 “평가기구가 남북 씨름을 모두 등재 권고한 점을 고려해 전례에 없던 개별 신청 유산의 공동 등재를 결정했다”고 설명했다. 최근에는 ‘태권도’의 유네스코 남북 공동 등재가 추진되고 있다. 지난 4월에는 코리아(KOREA) 태권도 유네스코 추진단이 공식 출범했다. 이 외에도 우리나라는 2010년 ‘매사냥’이 아랍에미리트 주도로 등재될 때 11개국 가운데 하나로 참여했고 2015년 ‘줄다리기’를 베트남·캄보디아·필리핀 등 4개국과 공동 등재하기도 했다.

機械翻訳:

6. ユネスコ共同登録の事例は

ユネスコは最近、共同体間の交流と協力過程を登録基準にし、多国家の共同登録を認めている。 2018年に南北が共同で登録した人類無形文化遺産である「シルム」が代表的な事例だ。

南北が共に登録した初めての事例である「シルム」についてユネスコ無形遺産委員会は当時「南北シルムが連行と伝承様相、共同体に対する社会的·文化的意味で共通点がある」とし「評価機構が南北シルムを全て登録勧告した点を考慮し、前例になかった個別申請遺産の共同登録を決めた」と説明した。 最近では「テコンドー」のユネスコ南北共同登録が推進されている。 4月にはコリア(KOREA)テコンドーユネスコ推進団が公式に発足した。 この他にも我が国は2010年「鷹狩り」がアラブ首長国連邦主導で登載される時、11ヶ国の中の一つとして参加し、2015年「綱引き」をベトナム·カンボジア·フィリピンなど4ヶ国と共同登載したりもした。

* * * *

 

嘘つき兄弟国家らしい行動ですが、跆拳道(テコンドー)の創生期の人達は元々は日本で学んだ空手家で、李承晩に空手を披露したところ、日本の武道だと知って不機嫌になったので、崔弘煕陸軍少将が1955年4月11日に道場主や軍人、言論人を招いて協議し、跆拳道という名前に決めた事が分かっています。

下記のブログエントリーに2023年の記事を紹介していますが、実は、国際テコンドー連盟は「テコンドーは空手がルーツ」だと言っていると韓国メディアも報じています。但し、世界テコンドー連盟はテコンドーは朝鮮の古武道「テッキョン」がルーツだと言っているらしく、南北の朝鮮政府ではどういうアクロバティックな論理で起源主張するのだろうか?と興味は尽きません。

 

 

  


 

 

 

 

2024/08/05

【ベルリンの慰安婦像】コリア協議会はベルリン市の金銭的支援も断たれた模様... ざまぁw

覚え書きとして記事の一部を保存しておきます。

 

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https://japan.hani.co.kr/arti/international/50746.html
「少女像撤去の危機」のベルリン、「慰安婦」教育プログラムにも支援中断
登録:2024-08-05 06:49 修正:2024-08-05 07:27

ドイツのベルリンに設置された「平和の少女像」(以下少女像)が撤去の危機に直面した中、ベルリン市長が日本政府との軋轢(あつれき)を懸念し、市民団体の「慰安婦」教育プログラムに対する支援も中断するために圧力を加えたというドイツ現地メディアの報道が出た。結局このプログラムは支援が途絶え、この過程で日本大使館が影響力を行使しようとしたという疑惑も持ち上がった。

 ドイツの公共放送である「ベルリン=ブランデンブルク放送(RBB)」は3日(現地時間)、ベルリンのカイ・ウェグナー市長がドイツの市民団体「コリア協議会」が申請した8万7000ユーロ(約1390万円)規模の「慰安婦」教育プログラムへの支援を許可しないよう影響を及ぼしたと報道した。同放送はある消息筋の話として、ウェグナー市長が市のプログラムへの支援の可否を最終決定する諮問委員会のある委員に連絡し、日本政府と軋轢が生まれかねないとして、コリア協議会の申請を断るよう求めたと報じた。同放送はこのような内容が匿名を要求した「複数の消息筋」によって確認されたとも付け加えた。

 コリア協議会は、ベルリン市が支援する文化教育のための基金を申請したが、4月に脱落した。基金は芸術家と教育者で構成された審査団の評価を経て、これをもとに11人で構成された諮問委員会が決めて支給する構造だ。諮問委員会はベルリン市上院など市政府の内部委員と外部委員で構成される。評価過程で審査団はコリア協議会プロジェクトへの支援を推薦したという。〔中略〕

コリア協議会がベルリン市に予算支援を申請したプログラムは「私の隣りに座って」という名前のプロジェクトで、すでに2021年から今年上半期までベルリン市の補助金を受けて進めてきたプロジェクトの延長だった。このプロジェクトは、性暴力被害女性たちが自ら声を上げた「慰安婦」被害の歴史を、青少年に教育することから始まる。コリア協議会がミッテ区に設置した少女像を見学し、芸術家とコラボして戦時性暴力問題と関連した作品を作る活動を支援する。市民の後援を通じて主に運営されるコリア協議会は、財政難の解消および歴史教育のためにベルリン市の支援を受けており、今回は6区で8つの青少年団体とともに活動する計画もあった。〔後略〕

 

 

  


 

 

 

2024/08/04

また反日映画? ドキュメンタリー『朝鮮人女工の歌』(조선인 여공의 노래)

まずは『朝鮮日報』の記事をご紹介します。

 

* * * *

https://www.chosun.com/culture-life/culture_general/2024/08/01/SWO6PRBLHZD2RCDUJTIBFOGT74/
"또 하루를 살아가네"… 모진 삶 이겨낸 '조선 여공'의 노래
2024.08.01.
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2024/08/01/2024080180160.html
魚拓:https://archive.md/5K0oohttps://archive.is/QtSW9

「それでもわれらはまた一日を生きていく」 厳しい暮らしに耐えた朝鮮人女工たちの歌
2024/08/04

日帝強占期の「女工」たちに光を当てたドキュメンタリー『朝鮮人女工の歌』、8月7日封切り

今年98歳のキム・サンナムさんは若いころ、小さな体で家族全員の生計を背負い、「飯櫃(めしびつ)」と呼ばれた。年齢をごまかし、11歳のころから大阪の紡績工場で働いた。認知症によりほとんどの記憶が消えたが、工場でのことは生々しく覚えている。「日本の人が私にちょっと突っかかってくるのが見える。私は黙ってるものか、絶対に負けなかったよ」

日帝強占期に大阪の紡績工場で働いていた朝鮮の女工たちに光を当てたドキュメンタリー『朝鮮人女工の歌』が、8月7日に封切りされる。1910年代、朝鮮の経済は日帝に編入され、10代の少女たちはお金を稼ぐため日本へ渡った。朝鮮人女工が最も多かった岸和田の紡績工場では、1919年から41年まで、およそ3万人が働いた。7月30日に開かれた試写会で、イ・ウォンシク監督は「強制労役や慰安婦に関する映画は多いが、女工たちの物語は関連研究すら見つけるのが難しかった」と語った。

誰も注目しなかった若い女工たちの厳しい暮らしを、温かい視線でよみがえらせた。10代で朝鮮を離れ、今はおばあさん(ハルモニ)になった女工たち22人の生々しい証言が収められた。女工たちは毎日12時間、昼夜2交代で働き、居眠りして糸が切れでもしたら罵声やむち打ちが飛んできた。故郷にお金を送ったら、食べていくのも困難だった。食べるものがなく、日本人が捨てた牛・豚の内臓(ホルモン)を焼いて食べていた女工たちは、「朝鮮のブタ」と呼ばれ、蔑視された。

※一旦、引用ここまで。

* * * *

 

大阪に住んでいる在日コリアンの元 ”女工” を取材したドキュメンタリー映画だそうです。

映画のタイトルは在日韓国人の作家・金賛汀(キム・チャンジョン)が書いた同タイトルの本から取った、とあるので、恐らく、『朝鮮人女工のうた―1930年・岸和田紡績争議 』(岩波新書– 1982/8/1 )かと思います。

この本は1970年代に取材して書いたそうですが、果たして、映画監督が取材した今96歳の認知症の老婆の思い出がどれほど正確なのでしょうか?

ちなみに原作(?)を書いた金賛汀氏( 1937年2月26日~2018年4月2日)は、Wikipediaによると、元朝鮮総連にいたそうですが、その後離れ、北朝鮮に批判的な本も書いているノンフィクション作家だそうです。

映画自体は、反日では無く、前向きにたくましく生きてきたハルモニ(おばあさん)達を描いたものらしいのですが、記事には気になる点がいくつかありました。

例えば、

朝鮮人かつ女性、移住労働者として三重の差別に直面した女工たちの生きざまを多層的に見つめている。ややもすると反日感情に訴えることになりやすい素材であるにもかかわらず、抑制された言葉で、あるがままの事実を淡々と伝える。手数料名目で女工たちのお金を横取りし、性的搾取や暴力をためらわない朝鮮人団体「相愛会」や、解雇された日本人同僚のためにストに乗り出す朝鮮人女工たちの物語も共に取り上げた。

 

ここでいう「相愛会」とは朝鮮人として国会議員になった朴春琴が設立した団体だと思います。

相愛会の全体像は分かりませんが、関東大震災の時に瓦礫除去のボランティアをやった朝鮮人の団体で、内線融和を目指した親日団体です。

 

20240804_earthquake
▲瓦礫除去をする相愛会(詳細は過去のエントリーに)

  

他にも記事にはこのような記述があり、労働争議だけでなく、”女工哀話” みたいな話も描くようです。

イ・ウォンシク監督は映画『四月の雪』『ハピネス』などのシナリオを書き、脱北者のシングルマザーが主人公の映画『北から来た旅行者』や、キリスト教映画『最愛の君~世界でたった一人の味方~』などの演出を手掛けた。大阪出張で偶然、赤い塀に打ち込まれた古い十字架を見たことがこの映画の始まりになった。調べてみるとそこは寺田紡績の工場で、十字架は、朝鮮人女工たちが逃げられないように金網を張っていた支持台だった。

 

ちなみに、朝鮮日報韓国語版のコメント欄では、「いつまで反日扇動するんだよ... 」みたいな批判的なコメントがありました。

 

 

  


 

 

 

【トランスジェンダー/性分化疾患】水泳と陸上の場合

覚え書きとして。

トイレやスポーツなどに於ける「女性スペース」を守る活動をしていらっしゃる滝本太郎弁護士(←オウム真理教に殺されかかったあの方)が、パリ五輪の女子ボクシングの件で、「水泳と陸上はトランス女性(身体は男で性自認は女)に対する対策はされている」という趣旨の事を「X」で投稿されていたので、調べてみました。

※旧「国際陸上競技連盟」は現在は「World Athletics(ワールドアスレティックス)」、「世界水泳連盟」は元々英語名は「World Aquatics(ワールドアクアティクス)」で、どちらも略称は「WA」なので記事を読む時に注意をしてください。なお、「ワールドアクアティクス」の日本語での略称は「世界陸連」だそうです。

 

◆水泳: トランス女性は排除、DSD(性分化疾患)については不明

https://www.cnn.co.jp/showbiz/35220172.html
CNN:米競泳トランス選手、女子大会出場求めた訴えが棄却
2024.06.14

>トランスジェンダーの水泳選手として2022年に全米大学体育協会(NCAA)選手権の女子のレースで優勝し、話題を集めたリア・トーマス選手は、今夏のパリ五輪を含む女子エリートの大会に出場できない見通しだ。スポーツ仲裁裁判所(CAS)が今週、出場を認めないとした世界水泳連盟(WA)の決定を支持する判断を下した。

>WAの方針では男性から女性に性転換した選手が女子競技に出場できるのは、12歳になる前、または思春期の成熟度を5段階で示した「タナー段階」の第2期に到達する前に性転換した場合に限るとしている。

 

◆陸上: トランス女性排除、DSD(性分化疾患)についてはより厳しい基準へ

https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/96073
『月陸』Online:世界陸連 男性の思春期を経たトランスジェンダー選手は女子競技から除外と発表「女性アスリートのための公平性を維持」
2023.03.24

トランスジェンダー・DSDに関する規則について、下記のように発表された。

  • DSD選手については、最低24ヶ月間、テストステロン値を2.5nmol/Lの制限値以下にすることが求められる。全種目についてこれが適用される。
  • 400m~1マイルの種目については、これまでも最低6ヵ月間のテストステロン値抑制(5nmol/L以下)が求められていたが、24ヵ月間への変更、またテストステロン値も厳格化となる。
  • これまで400m~1マイル以外の種目に出場してきたDSD該当選手については、暫定的な規定が導入される予定となっており、最低6ヵ月間のテストステロン値を2.5nmol/L以下に抑制することが求められる。
  • トランスジェンダー選手については、男性の思春期を経て男性から女性となったトランスジェンダー選手を、女子競技(世界ランキングの対象種目)から除外することが合意された。

※上記の規定は、2023年3月31日から施行される。

 

下記の記事では、その他のスポーツの事も書いているので、その部分を引用します。

https://www.bbc.com/japanese/65060990
BBC:世界陸連、トランスジェンダー女性の女子種目出場を禁止
2023年3月24日

国際水泳連盟(FINA)は昨年6月、トランスジェンダー選手が男性の思春期の一部を経験していた場合、女子のエリートレベルの競技会への出場を認めないと決定した。それらの選手はテストステロンを減らす薬物療法を受けても、「生物学的女性よりも相対的にパフォーマンス面で有利」だとした。

FINAはまた、性自認が出生時の性別と異なる選手のため、競技会で「オープン」というカテゴリーの設置を目指すことも決めた。

英トライアスロン連盟は昨年、イギリスのスポーツ団体では初めて、トランスジェンダーの選手が出場できる「オープン」カテゴリーを新設。

同国のラグビーフットボールリーグとラグビーフットボールユニオンは、女性だけが出場する試合へのトランスジェンダーの女性の出場を禁止した。

これは、ラグビーの国際統括団体ワールドラグビーが2020年、女子のエリートレベルおよび国際レベルの試合でトランスジェンダーの女性の出場を禁止し、最初の国際スポーツ組織となったのを受けた措置。

 

* * * *

 

ところで、アルジェリアのイマネ・ケリフ選手は、今、SNS上でDSDかどうかすら疑われているようです。

と言うのは、どうもペニスがあるらしいからです。また、撮影時期も本人かも分からない少女の写真が出回っているので、却って怪しまれています。

DSDについて少し調べてみたのですが、一般的に、DSDの ”女性” は成長しても女性らしい外観は保っているようです。

アルジェリアは法的に性別の変更はできないとの事ですが、IOCはパスポートの性別で判断しているので、パスポートさえ偽ればOKです。

一方、台湾の林郁婷選手は、髪も短くてボーイッシュですが、女性と言ってもおかしくない容姿ではあります。

 

XY染色体を持つ ”女性” がその国の法律に従って ”女性” として生きるのまで邪魔するわけではないので、世界陸連の決定の様に、あくまでも「女子スポーツ」に於いて、科学的な数値で判断するのが良い様に思えます。謂わば、ドーピング検査のような扱いです。

 

【参考】

ネクスDSDジャパンの「note+」:アンドロゲン不応症(AIS)等のXY女性はなぜ女性(female)に生まれ育つのか?

 

  


 

 

 

2024/08/03

【パリ五輪】女子ボクシングの男性選手はトランスジェンダーではなく性分化疾患

女子ボクシングの57キロ級に出場している台湾の林郁婷選手、66キロ級のアルジェリアのイマネ・ケリフ選手はトランスジェンダー(トランス女性)ではなく、生まれた時は外形上「女の子」と判断され、その後XY染色体を持つと判明した「男性」です。

平たい言葉言えば「両性具有」なのでしょうが、正確には「性分化疾患」と言うそうです。

 

ケリフ選手の対戦相手であるイタリアのアンジェラ・カリニ選手が試合開始46秒で棄権した事で特に議論が沸騰しました。

 

20240803_boxing01
▲『朝鮮日報』の記事よりキャプチャ

 

「X」に流布されている情報からブログ主も最初は彼らをトランス女性、即ち、身体は男性で心は女性だと自認する男性だと思っていて、後に誤りだと気づいたのですが、どうやら一部のLGBTQ思想の人達(=男女の境界を壊したい思想の人達)がわざと「彼らはトランス女性」という誤情報を流したり、「トランスヘイト」にすり替えようとしているようなので、後々の為にブログエントリーにしておきます。

 

性分化疾患の ”女性” がオリンピックに出場する事は過去にも例がありました。2012年のロンドン五輪などに出場して無双した陸上のキャスター・セメンヤ選手です。Wikipediaの情報ですが、彼は結局、子宮と卵巣はなく、精巣を持つと判明しましたが、女子のカテゴリーで試合に出場してきました。遡って賞の剥奪まではされませんでした。

陸上競技であれば、少なくとも対戦選手に被害は及びませんが、今回はボクシングという接触競技であるために問題になりました。

 

* * * *

 

記事や情報が比較的集めやすい台湾の林郁婷選手を例にします。

”彼女” は中学生の時に兄の影響でボクシングを始めたそうです。成長してから数々のアジア/世界大会で女子選手として優秀な成績を収めてきました。

”彼女” の資格に疑問が持たれて失格になったのは2023年の杭州大会の時です。銅メダルの獲得が決まった後の検査で失格とされました。つまり、2021年に開催された東京オリンピックには女子選手として出場していました。イマネ・ケリフ選手も同様です。

従って、東京オリンピックには問題なく出場できていた事を根拠に ”彼女” 等の資格の正当性を主張する人もいますが、次に述べる様に、判断をする機関が変わったのです。

 

◆判断基準が変わったのでは無く、出場資格判断をする組織が変わった

今回、ブログ主も初めて知ったのですが、基本的にはオリンピックの各競技を主管するのは、その競技の国際組織です。ボクシングの場合は本来「国際ボクシング協会(IBA)」ですが、ボクシングに関しては「国際オリンピック委員会(IOC)」が東京オリンピックの時も主管しました。この理由は、後述しますが、オリンピックではIBAが出場可否を判断できないという事を理解して下さい。

IBAの判断基準は染色体とテストステロン(男性ホルモン)の値です。

しかし、IOC... 少なくともパリ五輪で公表されたIOCの判断基準は「パスポートの性別」です。IOCと書きましたが、正確には「パリ・ボクシングユニット(PBU)」という暫定組織が判断しました。

台湾の林郁婷選手を支持する人達... 主に台湾人ですが、彼らが「林郁婷選手は検査に合格している」と主張するのは、PBUの合格判定の意味のようです。

 

◆林郁婷選手の心情に寄り添えば...

今回の騒動で台湾の賴清德総統も「X」でコメントを発しました。

 

 

 

林選手をサポートするというメッセージです。

”彼女” の気持ちとしては、生まれてからずっと女性として生きてきたのに、2023年にいきなり「あなたは女性では無い」と言われたら、それまでの人生を否定されるようなもので、国民の人権を守る総統としてはこの様なメッセージを出すのも理解はできます。 〔尤も、本人は、例えば生理が来ないなどの異変には途中で気づき、自分の障害は知っているのかも知れませんが... 。〕

 

台湾人は、インチキ(?)をしてまでもメダルが欲しいという訳ではないのです。

しかし、性分化疾患の人の ”お気持ち” に寄り添うとしても、ボクシングで対戦させられる相手はたまったものではありません

 

20240803_boxing02
▲林郁婷選手(動画のキャプチャ)
男性には見えるが、女性的と言えば女性的

 

単純にセメンヤ選手の様に生殖器官の有無を調べたらいいのかも知れませんが、そうなると、”彼女” 達の性器の形や子宮の有無などを公表せざるを得なくなるわけで、人権上の問題が出てくるでしょう。

 

◆なぜ、東京五輪やパリ五輪ではIBAの資格が剥奪されたのか

Wikipediaの『国際ボクシング協会』の項を読むと分かりますが、簡単に言えば、旧ソ連邦の国々などが牛耳っており、反社とのつながりがあり、ガバナンスに問題がある組織だからです。日本でも一時期「男 山根」で日本ボクシング連盟のおかしさが話題になりました。

台湾人の動画のコメントなどを見た所、”ロシアによる陰謀” 説を唱える人が少なくありませんが、資格判定の基準まで否定するのはどうなのでしょうか? 

”彼女” 達はある意味、ポリコレに狂ったIOCの被害者なのかも知れません。

 

※後ほど必要に応じて記事などを追加します。

 

 

  


 

 

 

2024/08/02

【オリンピック】孫基禎選手の記事に見る韓国の民族主義

韓国でオリンピックときたら... とうとう出ました孫基禎選手のコラム。〔後述

日本統治時代に日本人としてベルリンオリンピックに出場し、金メダルを取ったマラソン選手です。

コラムで言いたいことはソウルの光化門広場に大韓民国を象徴する「記憶の空間」を建てるべきだという事で、孫基禎(そんきてい/ソン・ギジョン)の話題は ”枕” のようなものですが。

恐らく、最近ソウル市が発表した、光化門前広場に巨大な太極旗を立てるという案が不評なので、それに関連したコラムだと思います。

そしてコラムが掲載されたのは『東亜日報』なので、この新聞社としてはオリンピック時期、孫基禎の事を書かないわけにはいかないのでしょう。あの有名な、胸の日の丸を消した写真を掲載したのが東亜日報なので、これが東亜日報の ”誇り” なのだと思います。

 

しかしね、こういうのを読むと、いつまでも粘着質な奴らだな... w と思ってしまいます。

だいたい、今や韓国人選手が出場機会や好待遇を求めて他国の国籍を取ったり、韓国スポーツ界が他国の選手を帰化させてる のですから。

孫基禎選手とは事情が異なるとは言え、矛盾してるとは思わないのでしょうか?

もういい加減、偏狭な民族主義(反日種族主義)を捨てるべきなのでは... 。

 

大して中身の無いコラムですが、一応機械翻訳でご紹介します。

 

* * * *

https://www.donga.com/news/Opinion/article/all/20240801/126269769/2
대한민국 지켜낸 이들 기릴 ‘기억의 공간’ 모색을[기고/강병근]
大韓民国を守り抜いた彼らを称える「記憶の空間」の模索[起稿/カン·ビョングン]
2024.08.01.

建国大学建築大学 カン·ビョングン名誉教授·ソウル市総括建築家

2024年7月27日は韓国戦争休戦協定71周年になる記念日だった。 今更ながら、私たちが日常の中で享受する自由と平和は、ただ与えられるのではなく、これを享受できるように国民を守る国家があってこそ保障される。 特に、今回のパリ五輪開会式を通じて、全世界の人々は一緒に見守った。 国を失えば、祖国を代表して参加する世界人の祭りに自分の国旗を掲げられずに入場する悲しみと侮辱を経験しなければならないということだ。

歳月が多く流れた今は多くの人々の記憶から遠ざかったが、私たち国民も過去に同じ悲しみを経験した。 まさに日本植民地時代だった1936年ベルリン五輪の時だ。 ベルリン五輪競技場には今も第11回五輪マラソン優勝者が「日本選手孫基禎」と刻まれている。 当時、彼の胸に刻まれた国旗が太極旗ではなかったため、今まで彼は韓国人でありながらも韓国人として認められていない。 孫基禎先生はドイツ体育会を通じて、絶えず自分が大韓民国の国民なので、五輪記録から国籍を回復してほしいと要請したが、その願いは結局叶わなかった。 その代わり、1986年に副賞(副賞)として与えられた古代ギリシャの冠〔※月桂樹の冠?〕だけを返してもらった。

私たちが生きていく今の大韓民国は、一つの国家の自由と平和を守るために、22カ国という人類の歴史上、最も多くの国が国連の旗の下に集まって守った唯一の国家だ。 韓国戦争当時、韓国軍13万7000人余りと国連軍15万3000人余りが負傷したり失踪し、捕虜になったりもした。 特に、このうち約4万人は、たった一つしかない大切な命を大韓民国の自由のために捧げた。 自身の生命より「自由」と「平和」の価値がより貴重だと考えたため、彼らはその価値を血を流して守り、今日の誇らしい大韓民国を作り出した。

今や「自由と平和を守ってくれた犠牲者たちと彼らを守り抜いた国家を記憶するということ」を、「大韓民国国民は彼らが残した価値を世の中で最も大切なもの」と考えているという事実を全世界に知らせようと思う。 この崇高な意味を最もよく表現できる位置、どこからでも見える高さに、大韓民国の先端技術力が凝集した表現方法で、世界人が共に経験しながら心に留めていける「記憶の空間」をどのように作っていけば良いか全国民の知恵を集めて下さるよう要請する。

戦争中の1950年9月27日未明、首都ソウルの中央庁に人共旗を下ろし、大韓民国の象徴である太極旗を再び掲揚した姿を世界の人々は生々しく覚えている。 その後、首都ソウルを修復し、この国を守り抜いたため、太極旗は再び翻すことができた。 その時の中央庁はなくなって久しいが、大韓民国の中心は変わっていない。

国家象徴街路の頂点は景福宮で、出発点である光化門前は「大韓民国の中心広場」だ。 ここに「大韓民国の象徴物」を再び建てることで護国英霊たちと6·25戦争に参戦した国連国家を子孫が胸の奥深く記憶に刻むことができる空間を用意しなければならない。 世界の多くの国家が彼らが守り抜いた国家と自由、平和を象徴する象徴物を広場の中心に空高く立て、横の中心に勝利の塔を立て、歴史的記憶が忘れないように努力してきたようにだ。

 

 

  


 

 

 

2024/08/01

【”徴用工”問題】長生炭鉱水没事件(1942年)潜水調査

まずは短く記事の紹介です。

 

* * * *

https://news.yahoo.co.jp/articles/d412d48af43dece677776d5253f03b1bdc8dcc66
テレビ山口:太平洋戦争中の悲劇 183人が犠牲に長生炭鉱水没事故 排気筒ピーヤ内を潜水調査 遺骨調査へ
2024/07/31

20240801_chousei01
▲動画よりキャプチャ

 

長生〔ちょうせい〕炭鉱の水没事故による犠牲者の遺骨発掘を進めるため、炭鉱の排気筒から坑道に入れるかを確認する潜水調査が行われました。

1942年、山口県宇部市の長生炭鉱が水没する事故がありました。

朝鮮半島出身者136人を含む183人の労働者が犠牲になり、今も炭鉱の中に残されたままとなっています。〔中略〕

今後、岸側の「ピーヤ」の潜水調査も行う予定です。
また、会では、秋ごろに炭鉱の入り口・坑口の開口も目指していて、「坑口」と「ピーヤ」の2つの入り口から遺骨発掘調査を進める方針です。

* * * *

 

潜水調査そのものを批判するわけでは無いですが、これに関して元挺対協理事長の尹美香(ユン・ミヒャン)が今年1月にFacebookこの長生炭鉱の事を書き、今回の潜水調査の報道をポストしている事が気になります。

この事件に関しては2010年前後に韓国メディアに生存者がインタビューに答えた記事があり、強制連行や劣悪な環境を証言しているので、これも所謂『徴用工』問題です。

それについては別途エントリーしますが、今回は尹美香氏のFacebookと社民党の大椿ゆうこ参議院議員のポストをご紹介します。

 

20240801_chousei02

 

文字起こし:

국회의원 윤미향
1月15日
[일본 조세이(長生) 탄광 수몰사고 온라인 사진전 - "그들은 아직도 바닷물 속에 있다"]

이재갑 작가님의 '일본 조세이(長生) 탄광 수몰사고 사진전'이 1월 15일부터 19일까지 국회의원회관 2층 전시장에서 열립니다. 국회의 사진전을 온라인으로도 관람하실 수 있도록 온라인 사진전을 열었습니다.
조세이 탄광 수몰사고는 1942년 2월 일본 야마구치현 우베시 조세이 탄광 해저 갱도가 무너져 채탄하던 조선인 노동자 136명을 포함한 183명이 수몰된 사고입니다.
희생자의 존엄성 회복을 위한 유골 발굴을 시작으로 사고의 진상을 밝히고, 국가의 책임을 다해 역사의 비극을 치유합시다.

 

機械翻訳:

尹美香(ユン·ミヒャン)国会議員
1月15日
「長生炭鉱水没事故オンライン写真展「彼らはまだ海水の中にいる」

イ·ジェガプ作家の「長生炭鉱水没事故写真展」が1月15日から19日まで国会議員会館2階展示場で開かれます。 国会の写真展をオンラインでもご覧いただけるよう、オンライン写真展を開きました。
長生炭鉱水没事故は1942年2月、日本の山口県宇部市の長生炭鉱の海底坑道が崩れ、採炭していた朝鮮人労働者136人を含む183人が水没した事故です。
犠牲者の尊厳回復のための遺骨発掘を皮切りに、事故の真相を明らかにし、国の責任を果たし、歴史の悲劇を癒しましょう。

 

大椿ゆうこ氏のポスト

 

 

これ以外にも、令和4年(2022年)辺りから国会で取り上げる議員がいますが、ここでは省略します。〔国会会議録検索システムで「長生炭鉱」で検索すると何件か表示される〕

 

  


 

 

 

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