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2024/03/24

【ハングル抹殺?】昭和16年(1941年)にハングル電報は廃止されたのか?

以前のエントリーでご紹介した、『月刊正論』〔2012-11-01発売号(12月号)〕の荒木信子氏の論文『韓国人よ、頭を冷やして聞きなさい!』についてまとめておこうと思います。

その為に関連資料を調べていたところ、2023年11月16日付けの『KBS WORLD(日本語版)』に、『電報 138年の歴史に幕を閉じる』という記事が見つかりました。

韓国で電報サービスを行っている通信大手のKTが15日、発表したところによりますと、1か月後の来月15日にサービスを終了するということです。
韓国では、1885年に電報サービスが開始され、およそ100年間にわたって、文字ベースのおもな通信手段として広く利用されました。しかし、1990年代に入り、電子メールと携帯電話が普及したことで、電報を利用する人が急激に減り...

 

一方、我が国のNTTのサイト(結婚祝い)を見ると、ハローキティの縫いぐるみやプリザーブドフラワー付き電報とか、弔電なら線香付きとか、様々な電報セットがあるので、本来の目的とは違った需要があるのでしょう。郵便でも同様のサービスがありますね。

 

* * * * 

韓国人よ、頭を冷やして聞きなさい!
官製資料でみる日本の半島統治① ハングル電報の普及

荒木信子 著

 

20240320_denpou03
▲『韓国人よ、頭を冷やして聞きなさい』冒頭2ページ

 

韓国では、日本統治時代のインフラ整備を、よく ”(朝鮮人の為では無い。朝鮮半島に住む)日本人の利便の為” という言い方をしますが、昭和17年(1942年)末、朝鮮に住む日本人の割合は2.8%に過ぎませんでした。日本人の為だろうと、基本的には朝鮮人もそのインフラを享受していた事にかわりはありません。

明治17年(1884年)には、内地(日本)と朝鮮の間に海底ケーブルが架設されます。これにより日朝間での電報の取り扱いも開始されます。

【関連資料】

  • 国立公文書館(アジア歴史資料センター):『朝鮮国国釜山港ヘ海底電信線架設ノ件』明治16年8月28日 外務卿 井上馨
    デンマークの大北電信会社(たいほくでんしんがいしゃ/現 GN)に海底電線架設認可
     
  • アジ歴グロッサリー:『海底電線を見る
    1883年11月23日(明治16年11月23日)、呼子―壱岐―対馬―釜山 間にケーブル架設
    1891年3月18日に日本政府が呼子―壱岐―対馬間の海底電線買収。
    1910年11月に日本政府が対馬―釜山間の海底電線買収。

 

論文には書かれていませんが、前述の通り、朝鮮で初めて電信局が設置されたのは1885年で、韓国のweb版百科事典の『서로전신선(西路電信線』の項には以下の様に書かれており、清国によって電線が架設され、運営も清が行ったようです。要するに、清に電線架設権を売ったのでしょう。

韓国で初めて架設された電線である。この電信線は架設直前に義州電線合同〔※朝清電線条約として清国と条約を結び、その条約により清国の資金(この資金は後に全額返済された)と当時清国に進出していたデンマーク所属の大北電信株式会社の技術、そして韓国の技術者の合弁で行われた。仮設後は、義州電線合同に記載されているように、一定期間、清国に代理運営をさせた。

なお、『国際電気通信業務便覧 : 各国および私企業の概況 1973年版』〔64コマ目〕には、1896年に「日本により清から獲得した通信施設の韓国への無償譲渡」がなされたと記述されているので、日清戦争の勝利で日本が清から譲渡を受けたか、買い取ったのではないかと思います。

余談ですが、日露戦争前、李王家はロシアに鉱山発掘権や森林伐採権などを売っており、1903年にはロシアは鴨緑江の森林伐採権を悪用して軍事基地を設置しようとしています。〔龍岩浦事件〕 つまり、鉄道敷設権など、「○○権」を売ると言うことは、外国の進出を許してしまうことになります。「もし、日本が日露戦争に勝たなかったら、朝鮮は『ロシア領コリアスタン』になっていただろう」とは、故 渡部昇一先生の言葉。

 

1888年(明治21年)、諺文(ハングル)のモールス符号を制定。

【関連資料】

  • 外地海外電気通信史資料 4』日本電信電話公社 1956年 ※閲覧には国立国会図書館へのログイン要
    ex. 김(金)は、「ㄱ、ㅣ、ㅁ」の3つの字母からなり、それぞれ、「・ー・・」、「・・ー」、「ーー」が割り当てられている。

 

1905年(明治38年)4月、日韓通信合同(朝鮮の通信事業を日本が行う)

『外地海外電気通信史資料 4』〔コマ番号:178~〕によると、同年7月の朝鮮内の電信事務取扱局数は、和文(35)、欧文(30)、諺文(33)で、昭和12年(1937年)には、和文(967)、欧文(832)、諺文(838)に増加。

1910年(明治43年)8月、日韓併合条約締結

これにより、日朝間の電報を内国電報として扱い、朝鮮半島でも内地の制度が適用される。但し、現地の事情に合わせ、朝鮮総督府が独自に総督府令を発布。

1936年(昭和11年)11月16日『朝鮮総督府官報』(第2953号)「朝鮮総督府令第百十六号慶弔電報規則左ノ通定ム」

朝鮮内での和文・諺文での慶弔電報取り扱い開始。
同日、『朝鮮総督府告示 第六百二十二号』にて、慶弔電報の文例を告示。諺文での文例、例えば「祝入選」、「祝当選」、「祝栄転」、「祝新築落成」、「祝開店」などから、朝鮮の人々の社会活動が活発なことを感じさせる。

ちなみに、この当時の電報料金は以下の通りです。諺文電報が朝鮮域内だけなのは、受け手側が対応できないからではないでしょうか。諺文電報が「7文字=15銭」と、一見、和文よりも高く感じますが、漢字語、例えば「京城」は和文では「ケイジヨウ」ですが、ハングル表記なら「경성」のように少ない文字数で表現できるからでしょう。

 

20240324_denpou

 

昭和16年(1941年)「廃止」の真実は?

電信電話事業史 第6巻』(日本電信電話公社/1960年/※ログイン要)に以下のような文面がある事を著者は発見します。

通信合同以後はすべて日本政府のもとに運用されることになったので、その取扱いも特殊の例外を除き、だいたいにおいて日本内地の諸制度が準用されていた。もちろん漢文電報は廃止されるに至ったが、諺文電報はそのまま存続された。(諺文電報は朝鮮人に対する日本語普及に伴って、昭和16年に廃止された。

 

また、同年7月25日付け『朝鮮総督府官報』に「朝鮮総督府令 第二一七号 当分ノ内電報(外国ヲ除ク)ノ取扱ニ左ノ制限ヲ加フ」として、「諺文電報ハ之ガ取扱ヲ為サズ」と記されています。

 

しかし、結論から言うと、著者は、「諺文電報の廃止ではなく、『一時休止』であって、いずれは復活させるつもりであったのではないか。復活できないまま日本が戦争に敗れてそれきりになってしまったのではないか。」と推測しています。

何故なら、「取扱いを為さず」とした昭和16年以降も以下の様に諺文電報の規則の改定に関する告示が出されているからです。

  • 1942年(昭和17年)3月30日付け官報:諺文電報の料金の規定
  • 1944年(昭和19年)3月25日付け『朝鮮総督府令 第九六号』:諺文電報の料金の規定

著者は指摘していませんが、上述の1941年7月25日付け『朝鮮総督府官報』には、「当分ノ内」という言葉もあるので、諺文電報の廃止は暫定的な措置のつもりであったと想像できます。

 

他にも幾つか『電信電話事業史 第6巻』の記述に疑問を呈する理由を著者は挙げていますが、もう一つご紹介すると、1941年(昭和16年)末時点で日本語を解する朝鮮人は16.61%〔〕だったそうです。但し、国民学校4年修了程度を基準にしているため、10歳以下が母数に含まれてしまい、これを除外して計算し直すと「国語を解する者は33.7%」と報告されています。

※『朝鮮総督府 帝国議会説明資料』第十巻所収「第八十六回帝国議会説明資料」

著者はこの数字から、「朝鮮人に対する日本語普及に伴って」という理由に疑問を呈しています。

 

* * * *

この件を調べるのに、韓国語で書かれた「通信史」を幾つか読んでみましたが、例えば『朝鮮日報』の「1885년 한성전보총국 개국으로 시작된 '대한민국 통신 130년'」(1885年、漢城電報総局の開局から始まった「大韓民国通信130年」)という記事では、

現在のソウル世宗路に韓国初の電信導入機関である漢城電報総局を設置し、通信業務を開始しました。〔中略〕その後、日本統治時代に近代通信の暗黒期を経て、解放後の1948年に逓信部を発足し、1970年代に国家間通信網を拡張して情報通信インフラを整え...

などと書いています。

相変わらず面白い人達だw

 

 

  


 

 

 

 

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