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2024/03/22

【朝鮮の身分制度】身分制度と身分意識/韓国の左右対立の根源【シンシアリーのブログ】

シンシアリーさんのブログが色々と示唆に富む内容だったので、覚え書きとして。

 

* * * *

朝鮮時代の身分制度に関する、2024年の記事と1800年代の文書
2024年3月21日

1894年、朝鮮で身分制度が公式には廃止となりました。しかし、「実際」は全然そうではなく、1894年以降の資料にも身分制度の様々な記録(売買文書など)が残っています。誰も「勉強して」なにかの資格を取ったり、経済的に社会的に生活できるようになったのは、併合時代からです。自由というのも社会・経済的な生活手段があってこそのもの。そう考えると、やはり身分制度が「本当の意味で」廃止されたのは、併合時代からです。もちろん、制度はともかく戦後にも、韓国には『意識』は強く残っていて、各地には「一緒に住むことはできない」という理由で、町が「貴族出身の人が暮らすエリア」など、元の身分によって住むエリアを分けた地域が結構残っていました。〔後略

* * * *

 

1894年の身分制度改革とは甲午改革(1894~95)の事ですが、並行して行われていた日清戦争で日本が勝利するも露・仏・独による三国干渉遼東半島を清国に還付させられるのを見て、日本の力が大した事が無いと見て取ると、宮中の親露派が勢力を増し、結局改革は尻すぼみに終わります。

これに先立つ甲申事変〔甲申政変:1884年12月4日/金玉均等急進改革派によるクーデター〕は清軍の介入により三日天下に終わりますが、この時も改革項目として人民平等を掲げていました。

実際に身分制度改革が本格的に行われるのは、1909年の『民籍法』(4月1日施行)からで、併合の1年前ではありますが、既に大韓帝国を完全に保護国化した後なので併合時代と言っても誤差の範囲でしょう。

いずれにせよ、一般的な韓国人は ”自力で身分制度改革を行った” と学校で習うので、ここから、”日本さえ邪魔しなければ、独力で近代化できた!” という発想になるのが分かると思います。

 

シンシアリーさんは、ここで矛盾を突きます。

 一般に韓国では、「1894年に身分制度は廃止された。それで、両班の地位(家系図など)をお金で買えるようになったので、違法でもなんでもなく、両班階級が急に増えて、その結果、身分制度が完全に崩壊した。併合時代のおかげではない」という認識になっていると言うのですが、これは、身分制度はそのままで、兵役免除などの優遇措置を求めて両班身分を買う者が増え、社会秩序だけが乱れたという事ではないでしょうか。

ブログに引用した『ヘラルド経済』の記事によると、「朝鮮初期には人口の約7%だった両班が、朝鮮後期には約70%まで増えた」そうです。

両班(奴婢も)は納税免除の為、税収にも影響し、国王は売官や通貨の発行を行い、朝鮮/大韓帝国は経済破綻に向けて突き進みます。

だからこそ、李完用らの一部の知識人が、自力では改革などできない現実を認識し、「滅亡か、併合か」の二択を考えたのです。

 

もう一つ、シンシアリーさんは、制度とは別に『意識』の上で身分が無くなったのは朝鮮戦争とその後の復興期~朴正煕時代のセマウル運動〔「新しい村」運動=農村復興〕の時期にようやく、と書いています。

 

また、朝鮮戦争を扱ったドラマなどでは、”貧しい青年” が北朝鮮の人民軍に協力するのは定番のシーンとの事です。

これは、『日本帝国と大韓民国に仕えた官僚の回想』〔任文桓(イム・ムナン)著の著者が書いていますが、後家さん(未亡人達)が北の側につき、「右翼人狩り」のようなことを率先して行ったそうです。

李承晩自身が「反共」で、建国(1948)~朝鮮戦争(1950~)にかけて徹底的な ”赤狩り” もするのですが、彼等全てが本当に共産主義者だったのでしょうか?

その殆どは大した思想など無い、単なるルサンチマン〔弱者が強者に対する、怨恨・憎悪・嫉妬などの感情〕を抱き、政府に憎しみを持った弱者だった様な気がします。

朴斗鎮(パク・トゥジン)氏が言う、「韓国の左右の対立は、理念ではなくて怨念。」とは、そう言う事でしょう。

 

※このエントリーに関する補足説明あり。

 

  


 

 

 

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