【”徴用工”裁判】元挺身隊の甥の嫁でも原告になれるとは...
所謂”徴用工” ... 韓国では ”日帝強制動員被害者” と呼ばれますが、朝鮮半島出身労働者の裁判は、2018年10月に最高裁で勝訴した裁判を「一次訴訟」、この裁判の2012年の原審差し戻しで、「我も我も」と提訴した裁判はまとめて「二次訴訟」と呼ばれます。
既に一次訴訟の判例があるので、二次訴訟も次々と勝訴しているのはご存知の通りです。
今回は、原告...と言っても元挺身隊の遺族ですが、イ・ギョンジャ(이경자)という女性を取りあげてみたいと思います。
この人は2023年12月28日に勝訴が確定しましたが、日本企業の払う賠償金で無いと受け取らないと主張しています。
挺身隊の裁判については、@ETakaquさんという方が詳しく調べて「X」で発信して下さっていますが、これを非「X」ユーザーともシェアしたいと思い、エントリーにしました。
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イ・ギョンジャ氏の義理の叔母は崔貞禮(さい ていれい/チェ・ジョンレ/日本名:山本貞禮)さんと言い、金香南(キム・ヒャンナム)さんや金淳禮(キム・スンネ)さんと共に、1944年12月7日、17歳という若さで東南海地震でお亡くなりになりました。この時、同じ三菱重工名古屋航空機製作所で挺身隊として働いていた梁錦徳(ヤン・クムドク)氏や李東連(イ・ドンリョン/2020年5月、90歳で死去)氏等は助かり、後に日本で裁判を起こします。
>故人〔※李東連氏〕は日本の支援団体(「名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会」)、太平洋戦争犠牲者光州遺族会(会長イ·グムジュ)の助けにより1999年3月1日日本政府と三菱重工業を相手に名古屋地方裁判所に訴訟を提起したが、2008年11月11日10年間の法廷闘争の末に日本最高裁判所で敗訴した。 〔朝鮮日報(2020.05.07):일제 근로정신대 동원 피해 이동련(90) 할머니 별세〕
韓国 徴用工裁判 イ・ギョンジャさん
— e_takaqu (@ETakaqu) February 11, 2024
日立造船の供託金報道写真でも登場するイ・ギョンジャさん、中央の女性だ。
希望し三菱で働き、東南海地震で亡くなった貞禮(17)さんの甥の嫁だ。
36年前、彼女が『嫁のくせに昔のことを知った風に、しゃべるんじゃない』と親戚から責められた映像。 pic.twitter.com/fQ7nav1I4K
右側の動画によると、日本のテレビ局が36年前(1988年放送との事)にイ・ギョンジャ氏を取材していますが、1回目と異なり、2回目の取材ではあまり話したくない様子です。
と言うのは、日本の取材を受けた事をKBS(韓国放送公社/日本のNHKのようなテレビ局)が放送したところ、親族から「嫁のくせに...」と怒られたからだそうです。
イ・ギョンジャ氏の夫は崔貞禮さんの姉の息子で、下の動画にも声だけ登場します。
徴用工第3者弁済
— e_takaqu (@ETakaqu) December 23, 2023
昭和19年の地震で死亡した崔貞禮さんの甥の嫁、イ・ギョンジャさんは受入拒否。甥の嫁≒ほぼ他人だ。
一番上のお姉さん 崔順禮さんが
「もし、お金が出るとしても、それは、もう要りません!」
と証言する1988年映像。 pic.twitter.com/GKljwcv8P3
順禮さんは、妹が挺身隊として日本に行く事を両親が反対していた話などをした後、ふと、「こうして取材されると、何か良い事でもあるんでしょうか?」と言い、息子(貞禮さんの甥)が「もう過ぎた事だから...」と口を挟みます。すると、「黙っていなさい。補償でも出るんでしょうか? 日本に対する望みはありません。できれば妹の慰霊碑でも...」と言います。
この時、イ・ギョンジャ氏が横でこのやり取りを聞いていたのかどうかは分かりませんが、何となく、日本のテレビ局の取材が「裁判」の火を点けてしまったように思えます。
と言うのは、後述しますが、ナレーションでは「(挺身隊被害者?の)6人」と言っており、「名古屋三菱・朝鮮女子 勤労挺身隊訴訟を支援する会」のサイトには5名分の本人調書しかなく、崔順禮さんゆかりの人は裁判に参加していない様子だからです。
日本のテレビ局は更に貞禮さんの兄の家も訪ねます。応対したのは兄の奥さんです。
徴用工第3者弁済
— e_takaqu (@ETakaqu) February 12, 2024
昭和19年の地震で死亡した崔貞禮さんの甥の嫁、イ・ギョンジャさんは受入拒否。甥の嫁≒ほぼ他人だ。
当時、貞禮さんの兄は広島に住んでいた。義姉は
『日本の人たちは、私たちに良くしてくれました。
国が独立して帰ろうとした時に、引き止めてもくれたんです』
と日本に感謝・・ pic.twitter.com/e6voaR1u5G
「義理の妹の貞禮が亡くなった昭和19年当時、自分の意思で日本に渡った主人と広島にいました。」
細かい事ですが、この言い方は、夫が先に日本に来ていて、後から妻を呼び寄せたようなニュアンスを感じます。
貞禮さんが日本に来たがったのも、広島にいる兄夫婦は朝鮮にいるよりは稼いでいたとか、順調な生活を送っていたからではないでしょうか。
動画で奥さんは、「実家から義理の妹が亡くなったという知らせがあったので、見に行ってくれと言われて名古屋に行ったところ、全ては終わった後で、遺骨(但し、遺髪のみ)は実家に送った後だった」という趣旨の事を言います。
妹を日本に行かせた日本人校長の事も話しますが、特に批判はしていません。
「あの子はあまりにも頭が良すぎたので、校長先生も日本行きを勧めたのでしょう。結局、その頭の良さが悲劇を生んでしまったのです。」
更に、「日本の人達は私達に良くしてくれました。...」と、日本に好印象を抱いていた様子。
長女の順禮さんも、兄夫婦も特に当時のことを恨んでいない様子。
貞禮さんの身内が存命中なら、挺身隊訴訟に参加しなかった理由が何となく分かります。
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「名古屋三菱・朝鮮女子 勤労挺身隊訴訟を支援する会」のサイトには2003年(平成15年)5名の本人調書〔※PDF〕があります。崔貞禮さん関連の原告はいません。
https://teishintaisienkai.com/newpage2.html
- 金中坤さん〔地震で亡くなった金淳禮(キム・スンネ)さんの兄〕
- 朴海玉さん〔(パク・ヘオク)本人/2022年2月16日、91歳で死去〕
- 金惠玉さん〔金恵玉(キム・ヘオク)本人/2009年7月25日、78歳で死去〕
- 梁錦徳さん〔(ヤン・クムドク)本人〕
- 李東連さん〔(イ・ドンリョン)本人/2020年5月、90歳で死去
この内、存命中の梁錦徳(ヤン・クムドク)氏は財団による弁済を拒絶しています。また、元挺身隊という人の中には本人かどうか怪しい人がいることをe_takaquさんは指摘していらっしゃいます。
これらの調書は一読の価値がありますが、取り敢えず、ここで一旦終了します。
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