【沖縄】琉球は日清両属にあらず!(番外編)韓国人が「起源主張」をするのは朱子学のせい?
前回までは石井望先生の沖縄県政記者クラブでの記者発表を元にまとめましたが、これ以外にも別の会場で講演をされています。
動画の後半、質疑応答の部分で聴講者のお一人が「中華思想はいつ頃始まったのか」という質問をされました。別に韓国(朝鮮)とは関係無いのですが、これがとても興味深かったのでメモしておきます。
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外の広い世界を知らなかった時代には素朴な自国中心主義もあるが、チャイナの中華思想とは、北宋の時代、日本の平安中期から始まる。無理やりに屁理屈を言って、嘘をついてでも自分たちが偉いと言い切るという事。
北宋以後の中華思想ってのは何なのかと言うと、インドに対して敵愾心を燃やして、悔しいという気持ちで朱子学に至るが、だいたい朱子学は仏教に対して非常に敵愾心を燃やす事が有名。
インドに対する劣等感は後漢に始まり唐の時代の終わり近くまで続くが、西遊記では三蔵法師はお釈迦様に「野蛮国からよく来たな」と言われ、言われた側の三蔵法師は喜ぶ。
初めて中華思想を持ち出すのが、韓愈(かんゆ/768~824)で、仏舎利をインドから持ってきて 五重塔に納める事に、異民族の骨を拝むとは何事かと激怒する。。結果、王の逆鱗に触れて左遷されてしまう。但し、この頃はまだ中華思想は流行らない。
これが再発見されるのが北宋の後半くらい、蘇軾(そしょく/=蘇東坡/1036年1月8日 - 1101年8月24日)によって。西洋諸国が来ても、その先進文化を認めない。西洋から優れた文化が入っても、「元々それはチャイナにあったものだ」と言い張る。
これがかなり激烈な形を取るのが南宋時代の朱子学〔創始者:朱熹〕。朱熹は古典文献を漁って、そこに何か1ついいことが書いてあると、それを100倍くらいにして良い事だと言う。星座の観察をしたと言うことが書いてあれば、「チャイナ古代人宇宙論を持ってい た」と話を広げる。
捏造こそが中華思想であり朱子学。北宋から南宋にかけて生まれたのが中華思想。
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シナ人に憧れ、名前までシナ風に創氏改名してしまったのが朝鮮人。特に異民族の王朝である清になった時に清を見下し、我こそがシナ人の本流だと精神勝利して、小中華と名乗ったのが朝鮮人。朝鮮の儒者は朱子学タリバン(原理主義者)でした。
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