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2023/01/28

【李舜臣】(2)日本海軍は本当に李舜臣の魂に向かって祈りを捧げたのか?【Ebissさんの検証】

前回のエントリーで鮮于鉦(ソンウ・ジョン)『朝鮮日報』論説委員のコラムを取りあげました。

ところで、Wikipedia『李舜臣』の「俗説の真相」には以下のように書かれています。

東郷平八郎の発言

「東郷平八郎が李舜臣を尊敬すると発言した」とする言説については、東郷が公の場でそのような発言をしたという記録はなく、現在のところ東郷と知己であったという韓国人実業家李英介の発言を第三者が聴取した伝聞[注釈 14][注釈 15]以外の記述は見い出すことが出来ない。このため史料と呼べるものはなく、東郷にまつわる歴史点描としては伝聞・風説の域を出ない。日本海軍が海軍権益拡大(軍艦建造と組織の拡大)のため李舜臣を引き合いに出して朝鮮出兵の敗因として宣伝したり[35]、内鮮融和のプロパガンダ[注釈 16]、戦後独立した韓国・北朝鮮で抗日のシンボルとして利用された[28]ことにも留意する必要がある。

 

この[注釈 14]とは、『一九三二・土州の沖は―旧制高校旧制中学同窓誌に雄叫ぶ』(2000年)という本で、本の紹介によると、”旧制高知高校同窓誌「南溟」と、朝鮮総督府管轄下の京城公立中学校同窓誌「慶煕」に掲載されたものをまとめた随筆集。「お札と印章」「壮子とシャーマンの世界」「漢字漢文表現の美学」などを収録。” なので、学術書の類いではありません。

[注釈 15]は、安藤彦太郎・寺尾五郎・宮田節子・吉岡吉典(編)『日・朝・中三国人民連帯の歴史と理論』(日本朝鮮研究所、1964年

とあります。つまり、李英介氏から聞いた東郷の発言を安藤彦太郎氏等が上述の本に記述したという事です。

ブログ主は、前回のエントリーに書いた〔追記した〕ように、李舜臣伝が日露戦争当時の陸海軍で広く読まれていたなら、知己の李英介氏に対して、リップサービスをしても不自然では無いと思います。しかし、別の言い方をすれば、上記本しかソースが無く、しかも伝聞なので、噂の出処は李英介氏しかないというのが事実です。

これは、後述するEbissさんのブログでも検証されています。

  

また、鮮于鉦論説委員が書いた、

日本の作家、司馬遼太郎は、いくつかの著書に、日本の海軍将校たちがロシアとの決戦のために出航し、李舜臣の魂に向かって祈りを捧げる場面を描写した。

については、「街道をゆく」の第2巻「韓のくに紀行」に出てくるそうで、こちらのブログ〔『タイを釣りたいエビ』の 2021-12-27付けエントリー『【バンダーさん】「韓国人が楽しむ『国民の嘘』TOP3」の話』〕でEbissさんが検証されています。

バンダーさんとは、ヴァンダービルト〔ペンネーム〕氏の事です。最近の寄稿文ではファンドビルダーと訳されますが、韓国(人)に対して辛辣な事を書くことで有名です。

上記ブログでは、バンダーさんのコラムのコメント欄のやりとりが紹介されていて、何故か「東郷平八郎が祈った」かどうかが議論されてるのですが、参考になります。

 

Ebissさんの結論だけお借りすると、

司馬遼太郎が東郷艦隊に所属していた軍人「水野広徳」(少佐)の手記でこのエピソードを読んだというのは司馬の記憶違いで、このエピソードは、

「川田功」(1882~1931)が書いた小説「砲弾を潜りて」(1925/大正14年)の内容で、一人の水兵、又吉が、戦勝祈願ではなく、ケガの「痛みに堪える」ためだった、

との事です。

但し、Ebissさんは「~だったようです」と結んでいるので、原典にあたったのではなく、どこかで読まれたのかも知れません。

これをこのまま信じると、「小説の主人公(水兵)が李舜臣の魂に祈った」が「海軍将校たちが李舜臣の魂に必勝を祈願した」事になったのですから、韓国人が言う「ポン菓子」〔別名「爆弾」と呼ばれる菓子、話を誇張する意〕ですね。

とは言え、1882年(明治15年)生まれの著者が、小説にエピソードとして入れるほど、明治期の日本人にとって李舜臣は有名だったと言えます。

面白いのが、前回のエントリーでご紹介したように、明治時代、朝鮮人が長らく忘れていた李舜臣を日本人は評価していて、それが逆輸入され、更に独立後、朴正煕大統領によって抗日の英雄として取りあげられた後はどんどん神格化されて行きました。

一方、現代の日本人は李舜臣の事などほとんど忘れていたにも関わらず、文在寅政権下では、済州島の観艦式(2018年)で李舜臣時代の軍艦旗を揚げたり、東京オリンピック(2021年)では選手村に李舜臣の言葉を飾って日本人を煽ったところ、煽られた日本人は、〔煽られた事は分かっても〕、李舜臣など英雄視していないのでポカーンとした訳です。

 

しばらく「李舜臣」シリーズは続きます。→(3)へ

 

 

  


 

 

 

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