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2022/12/21

【日帝強占期】仁川の「旧三菱社宅」を文化財登録へ

ソウルの西にある仁川(広域都市)に残る旧三菱製鋼社宅を文化財として登録し、保存するというニュースがありました。『中央日報日本語版』の記事です。

 

* * * *

https://www.joongang.co.kr/article/25127297#home
일제 때 노동자 살던 인천 '미쓰비시 줄사택'…문화재 등록 추진
https://japanese.joins.com/JArticle/299015
日帝強占期に労働者が居住していた仁川「旧三菱社宅」…文化財登録を推進
2022.12.21 06:57

20221220_mitsubishi01

▲仁川富平区の旧三菱社宅。日帝強占期の三菱の工場労働者の合宿所だ。一部は撤去された。

日帝強占期に労働者の合宿所として使われていた仁川(インチョン)の「旧三菱社宅」を保存するための文化財登録の手続きが推進される。

20日、仁川市富平区(ブピョング)によると、三菱チュル〔社宅官民協議会は5回にわたる会議を経て現在残っている社宅6棟を最大限保存する内容の政策勧告案を区に伝えた。(注:チュル〔※「줄」社宅とは、家が軒を連ねていて列(韓国語でチュル)をつくっている様子から呼ばれた名称)

富平区は勧告案により来年下半期から旧三菱社宅に対する文化財登録を推進し、体系的な保存・活用に乗り出す一方、定住環境改善策も立てる方針だ。

旧三菱社宅は日帝強占期に日本陸軍が管理する軍需物資工場だった三菱製鋼仁川製作所の労働者が居住していた工場合宿所だ。

この工場で働いていた労働者のほとんどは強制動員された朝鮮人と推定される。旧社宅は当時、この労働者の生活像を確認できる文化遺産と評価されている。

しかし富平区は住民便宜施設と行政福祉センターを建設するために2018~2019年の2回にわたって旧三菱社宅9棟のうち3棟を撤去した。

富平区は2020年、残りの6棟のうち4棟も追加撤去した後、駐車場を建てようとしたが、文化財庁の保存勧告に従って関連手続きを中止して官民協議会を構成した。

* * * *

 

「強制動員された朝鮮人と推定される」って、推定かよw

 

幾つか画像を検索して見ましたが、比較的最近まで居住していた形跡があり、衛星放送のアンテナが取り付けられていたり、窓や入り口の多くはアルミサッシ等の新しいものに変えられていました。

調べたら、2020年1月の時点ではまだ6世帯が住んでいたようです。〔東京新聞(2020年1月27日):韓国・三菱社宅 保存求める声 植民地遺構 仁川の原点

ソウルの人口増や軍事需要の高まりで、富平に工業都市が計画され、釜山(プサン)で鉱山機械をつくっていた日本企業「弘中商工」が三九年〔1939年/昭和14年〕に進出。朝鮮半島出身者が大多数だった工員用の社宅を含む住宅団地を形成した。四二年〔昭和17年〕に三菱製鋼が工場や社宅を引き継いだ。

戦後、日本の軍需工場は米軍に引き渡されて基地に。三菱社宅は個人に払い下げられた。基地で働く人が住むなど比較的豊かな地域だったが、建物の老朽化で人もいなくなり、地元で景観や安全性の問題から撤去を求める声が強くなった。

富平区が土地を買い取り、公共施設などを建てており、残る六棟のうち四棟はこの七月、駐車場整備のため撤去が予定されている。

 

結局、日本企業の社宅として使われていたのは1939年~45年迄で、その後の80年近くは韓国人が住んでいたので、恐らく内部も改造されていると思われ、これにどれ程の文化的価値があるのかは不明ですが、これを報じるニュースでは「強制労働の現場」だの「搾取」だのといった文字が踊っています。

上記記事にあるように、工場の跡地は米軍に接収され、基地移転後は富平区が買い取り、住宅は個人所有されていたようですが、2022/12/10付け『文春オンライン』の記事によると、一部を修復して文化財登録すると税の減免が受けられるようです。それで、「一部保存、残りは取り壊して再開発」という選択になったのではないでしょうか。

協議を重ねた結果、意見を求められた住民は保存を選択。住民代表は広い駐車場が欲しいというが、文化財として登録されると税の減免が受けられるのだ。しかし、地元では依然として「損壊が進んでいるすべてを税金を投入してまで保存するより、一部のみを復元して、大半を撤去する方が良い」という意見もくすぶっているようだ。〔旧三菱の社宅に元大統領の住宅も…いまもソウルにのこる3つの「隠れた日本建築遺産」/佐々木和義

 

 

  


 

 

 

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