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2022/09/04

【北朝鮮】李相哲TV:朴斗鎮×李相哲、旧統一教会と北朝鮮、三代続く深い関係【補足】

以前のエントリーの補足で、ここでは前回省略した、在日商工人と北朝鮮の繋がりについて整理しておきます。

動画では朴斗鎮(パク・トゥジン)先生が、北朝鮮が苦しい時〔ソ連邦の崩壊や、1994~98年の「苦難の行軍」と称される大飢饉〕に支えたのが統一協会と現代グループ、そしてそこに日本の朝鮮総連系の人脈が絡んでいるという解説がありました。

統一教会の文鮮明氏や現代グループ創業者の鄭周永(チョン・ジュヨン)氏、大和製罐や新日本工機の孫達元(ソン・ダルウォン)氏はルーツが北朝鮮にあり、朴斗鎮氏が仰る様に、「金」だけでなく、親族が北朝鮮にいるというのはポイントのようです。

ここで取りあげる人物の中で吉田龍雄氏はソウルから日本に来たそうですが、恐らく、彼もまたルーツは北にあるのでは無いかと想像します。

 

安山館ホテル

朴斗鎮:安山館ホテルを経営していたのは在日商工人で、金正日の料理人として知られる藤本健二はこの中の寿司レストランで働いた。彼をスカウトしたのはある日朝貿易の商社。ホテルを経営していた会社の息子が日本に戻り、今は北朝鮮国籍でパチンコ屋を経営している。

この会社は、真鍋貞樹・特定失踪者問題調査会専務理事のブログによや『救う会』HPによると、既に倒産している日隆商事という合法的なビジネスをしていた会社だそうです。〔『救う会』での真鍋氏の記述は漢字が違っていたりするが、安山館の事と思われ、北の拉致実行犯に利用された。〕

その安山館を作り、運営を任されていたのが「日隆商事」であり、その社長(故人)が人を集め、日本から料理人(かの藤本氏)や、クラブのママさん、あるいは日本人ホステスもその仕事に携わっていたのであった。

鞍山閣〔ブログ主註:レストラン名〕を経営していたのは日本の企業で日隆商事だが、現在倒産している。日隆商事は合法的なビジネスをしていたが、そこに紛れて来たのが金世鍋だ。金世鍋は日隆商事に合法的に招かれて日本に来て久米裕さんを拉致した。

しかし、幾つかの記事を調べたのですが、このホテルは北朝鮮により統一教会に経営権が譲渡されたとあります。経営権移転の経緯が不明ですが、日隆商事はホテルを上納させられたのかも知れません。

そして、前回のエントリーで書いたように、北朝鮮は、普通江(ポトンガン)ホテルや安山館ホテル、金剛山観光事業は現代グループに売却し、金大中・金日成会談を実現するために現代グループが金を出す、という流れです。

 

吉田龍雄・猛親子

朴斗鎮:吉田龍雄は韓徳銖ハン・ドクス/朝鮮総連初代議長/1907年2月18日 - 2001年2月21日〕と近い関係で、大和製罐の社長の孫達元(ソン・ダルウォン)とも仲が良い。こうした親の人脈で、吉田猛は孫達元から現代グループの創業者、鄭周永(チョン・ジュヨン)を紹介される。この吉田猛もまた、金大中・金日成会談に関わっている。

鄭周永氏はWikipediaによると、江原道通川郡松田面峨山里〔現在は北朝鮮〕の出身です。

吉田猛氏については、『朝鮮日報』がやや詳しく書いています。

バックチャンネルの輝かしい業績が、金大中政権の2000年の南北首脳会談と現代グループの大規模な対北朝鮮事業だ。吉田猛という在日同胞企業家は金日成が信頼する友人の息子だった。父の友情は息子の世代につながり、吉田猛と金正日は友人になった。吉田猛は90年の金丸信と金日成の会談、95年の日本のコメ15万トン支援、2002年の小泉首相の訪朝実現の隠れた功労者だった。現代グループ会長の鄭周永(チョン・ジュヨン)は吉田の人脈に着眼し、吉田-李益治(イ・イクチ、現代証券会長)ラインを利用しながら金剛山(クムガンサン)のような大きな対北朝鮮事業を手掛け、彼を金大中大統領につないだ。2000年6月の南北首脳会談は吉田-朴智元(パク・ジウォン)ラインの歴史的な作品だ。〔【コラム】金宇中の北朝鮮経験(2)(2014.09.12)

 

なお、吉田猛氏について、朴斗鎮氏は「1965年に日本国籍を取った」と仰っていますが、元から日本国籍だという話もあります。また、北朝鮮の工作員という噂もありますが、ご本人が、『新潮45』2013年9月号から数回に亘って、『「大物工作員」と呼ばれた男の告白 北朝鮮と私』(9月号)、『【北朝鮮と私 2】極秘裏に渡った「日本の工作機械」』(10月号)、『【北朝鮮と私 3】ともに秘密交渉を行った政治家と官僚たち』(11月号)と連載した手記の中で否定しているようです。

中井元大臣の北朝鮮の宋日昊大使との秘密交渉の〕間に入ったのが吉田猛という統一戦線部の工作員と思われる帰化した在日朝鮮人です。統一戦線部の工作員だと私〔西岡力〕が言う根拠は、1995年に当時の加藤紘一自民党幹事長が50万トンコメを送った時に、加藤紘一さんに直接取材して、「なぜ吉田猛にあなたの事務所の名刺を持たせて窓口に使っているんですか」と聞いたら、「吉田猛は直接金容淳と電話ができるんです」と加藤氏が言った。貿易商を名乗っている人が統一戦線部のトップと直接電話できるということは工作員だということです。〔『救う会』:北朝鮮を取り巻く国際情勢?東京連続集会60報告2(2011/08/09)

一方、『日朝国交交渉20年検証会議』というサイトに和田春樹名誉教授の投稿が掲載されており、吉田猛氏の『新潮45』の手記を引用して、以下のように書いています。
 
http://www.wadaharuki.com/kenshoukaigi/mail04.html
吉田猛氏について佐藤勝巳氏は『現代コリア』1995年5月号で最初に吉田氏問題を取り上げたさい、次のように書きました。「この吉田猛という人物は、表向きは日朝貿易商社社長となっていますが、実は60年代後半に日本国籍を取った在日コリアンなのです。・・・私にいわせれば北朝鮮のエージェントです。・・・そういう人が加藤紘一事務所のスタッフとして日本与党訪朝団の随員となっているのです。」

だが、吉田猛氏はその回想「『大物工作員』と呼ばれた男の告白――北朝鮮と私①」(『新潮45』2013年9月号)の冒頭で、「私の父は戦前にソウルから日本にやってきて帰化し、陸軍の松井石根大将のもとで物資調達の仕事をして居ました。その松井大将のお宅に千葉から行儀見習いに来ていたのが母です。だから生れはまったく関係ない。北の人間でもエージェントでもなく、いうなれば、コーディネーターという立場なんです」と書いています。吉田猛氏の父吉田龍雄は京城出身の朝鮮人であり、日本帝国時代には帝国臣民であったが、内地の吉田氏の娘と結婚し、吉田籍に入籍したため、戦後も日本国籍を保持した人であったようだ。したがって、1948年に生まれた吉田猛氏は最初から日本国籍の人であったのであり、60年代に日本国籍をとった在日朝鮮人だというのは嘘だということになります。

 

いずれにせよ、吉田猛氏は北朝鮮、というより、金正日個人と繋がりがあり、現代グループとも親の代から付き合いがあり、国籍はともかく、在日商工人の顔も持っていた事になります。

 

孫達元(ソン・ダルウォン)氏

先に余談を書いておくと『一般社団法人 在日韓国商工会議所 兵庫』のサイトに1週間ほど前まであった孫達元氏の立志伝のような記事『青雲遥なり ~大和製罐・孫達元の志~』(PDF)が消えています。また、Wikipediaの大和製罐の項や企業のHPにも創業者である孫達元氏の名前は見当たりません。

 

孫氏が最初に起業したのはコルク会社で、コルクは軍用品でした。兵士の水筒のキャップ、火薬庫の断熱材、航空機、造船など需要は多様なのだそうです。

戦後は代金代わりに軍から払い下げられたブリキで王冠を作り、医薬品メーカーの容器を製造して食いつなぐ傍ら、GHQとのパイプを強めていきます。

本格的な製罐工場を設立したのは1950年2月の事です。

1945年9月には全国に先駆け大阪で大阪朝連本部が結成され、その傘下に組織された大阪朝鮮人商工会の常任理事に就任します。

『青雲遥なり』に書かれていたのはここまでですが、『月刊正論 平成29年6月号』〔「特集北朝鮮 核ミサイル開発を助けたのは日本だった...」安部南牛著〕によると、大阪にある新日本工機〔1949年にGHPの命令で大日本工機から改名〕に工作機械を買いに来て、経営危機の新日本工機を買い取ります。1954年の事です。

その後、朴正煕が1961年にクーデターを起こすと、経団連の植村甲牛郎(うえむら・こうごろう)と共にいち早く駆けつけ、韓国における工作機械工業の確立に一役買います。

孫氏は資本主義の信奉者ではありましたが、平安南道出身である事から、故郷に錦を飾りたく、金日成も北朝鮮に「孫家の記念碑」の建立を認め、ベルリンの壁崩壊(89年11月)~ソ連崩壊の90年前後の金日成を支えます。

『新潮45』10月号の吉田猛氏の手記には、この新日本工機が工作機械を北朝鮮に密輸した話が書かれているそうです。〔聞いた話なので確認はしていません。

 

  


 

 

 

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