【韓国】在日コリアンの日本国籍を認めなかったのは李承晩政権/臨時政府に固執した李承晩
ここに、1949年10月7日に、在日韓国人の法的地位について韓国政府〔駐日韓国大使〕がマッカーサー宛に送った見解があります。〔出典:コリアタブーを解く(西岡力 著)〕
これを読むと、「大韓民国国民は、一時なりとも日本国民になった事は無い」旨の発言があり、在日韓国人は有無を言わせず韓国国民とされました。日本政府が国籍を剥奪したのではないのです。
今回、これをブログに掲載したのは、「日本政府が在日韓国人・朝鮮人の日本国籍を剥奪した」というあるコメントを読んだからです。
* * * *
韓国ではしばしば1919年(臨時政府樹立)か1948年かで建国年が論争になります。
もちろん大韓民国の成立は1948年で、初代大統領は李承晩ですが、韓国の左派は1919年に固執します。つまり、その時点で正式な政府があったのだから、日本の支配は不当である、という歴史観です。但し、日本統治不法論は右派にとっても魅力的な歴史観。
そして、右派は、大韓民国は1948年に成立した「自由民主主義」の国であり、李承晩の建国精神はこれだと言います。
しかし、この1949年のメッセージを読むと、李承晩政権自身が1919年の臨時政府に固執しています。彼の頭の中は1919年で止まっていたのです。
李承晩そのものが大韓民国の矛盾ではないでしょうか。
ブログ主は、歴史は「善・悪」の角度をつけて見るべきでは無いと思うので、李承晩という人間に矛盾があっても、それを受け入れ、或いは、客観的に分析すべきだと思うのですが、韓国保守の李承晩信奉者は彼を無謬の人と見ます。
そもそも、李承晩が「自由民主主義」の世界を実現したでしょうか?
これもまた時代背景を考えれば無条件に批判はできませんが、「反共」の名の下で反政府勢力を弾圧しすぎたのが、現在に至る左右の対立の一因になっています。
例えば、李承晩(&朴正煕)信奉者は、李承晩のやった反日は良い反日で、左派がやった反日は悪い反日と、左派だけを批判します。
朴正煕大統領も、抗日の義士を祭り上げて、反日民族主義史観を強化しました。本人は、日本のチャンバラ映画等が好きで、こっそり日本から取り寄せて観ていたにもかかわらず、日本文化を排除しました。
保守が拠り所とするこの2人の大統領は激しく同じ民族である北と対峙しました。が、民族主義に抗ったようで、国内をまとめるために民族主義を利用するという矛盾。
李承晩信奉者は、竹島も、李承晩大統領が奪い取った正式な領土だと主張します。
『反日種族主義』を批判していながら、李承晩は無条件に万歳(マンセー)するのが韓国保守です。
人間なんて矛盾した生き物です。
そこに「善・悪」の評価を加えずに客観的に見る事が大事だと思います。
しかし、韓国の場合はまずストーリーがあって、それに合った史料だけを採用するからおかしくなるのです。
結局、韓国の保守(右)も進歩(左)も「陣営の戦い」をしているだけです。
しかし、一方で、保守派の一部〔これが李承晩信奉者が多い〕とは、慰安婦問題や徴用工問題では日本の保守派と意見や利害が一致します。
どんなグループに属しているか、ではなく、どんな事を言っているか、で判断し、協力すべき所は協力すべきだと思っています。
« 【”徴用工”問題】原告の一人、呂運沢(ヨ・ウンテク)という人物 | トップページ | 【佐渡金山】「書類の不備で今年度の世界遺産申請・登録断念」は表面上の理由。政府にやる気が無かった事が判明。 »
« 【”徴用工”問題】原告の一人、呂運沢(ヨ・ウンテク)という人物 | トップページ | 【佐渡金山】「書類の不備で今年度の世界遺産申請・登録断念」は表面上の理由。政府にやる気が無かった事が判明。 »
コメント