【佐渡金山】地元佐渡で世界文化遺産登録を邪魔する日本人達(2)
前回のエントリーで名前が出た元市会議員の小杉邦男氏と称光寺住職の林道夫氏のインタビューがあります。
最初に申し上げておくと、これを報じているのは、元しばき隊の野間易通氏の系譜のCRACという団体です。
『安田浩一ウェブマガジン』というサイトに小杉氏のインタビューが掲載されており、そこに林道夫氏のインタビュー動画がリンクされているのですが、小杉氏は以下のように語っています。
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https://www.targma.jp/yasuda/2022/03/22/post1792/
「近代遺産をオミット(除外)して江戸時代の技術に限定してみたり、強制連行、強制労働の歴史を無視したり。それでは世界遺産としての価値がなくなってしまう。目的が独り歩きするのはおかしい。やはり、戦時の政策の誤りも含めて明記し、人類共通の財産とすべきです」
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前回のエントリーで書きましたが、江戸時代に限定して世界文化遺産登録を目指すのは、明治以降は西洋の技術が導入されたから、佐渡金山の固有性が失われるからです。
林道夫氏はどんな事を語っているのでしょうか? 彼の言う「強制労働」とは?
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CRACtube:#NoHateTV Vol.159 - ㊗️世界遺産推薦決定 佐渡金山の真実
2022/02/23にライブ配信
https://youtu.be/8DofRsL3foQ?t=844
14:04~20:56 を整えて書き取り
まだ二十歳になる前に、ただ日本に興味があってさ、日本に行きゃなんとか飯食えるんじゃないかと、食うに困って日本に行きゃ働けるんじゃないかと来た人とか、いろんなケースがある。
韓国に行って佐渡金山で働いてた人達と接触して、戦後補償は国家間で話が付いているけど、個人の補償はどうなってるのか?という話になって、僕らは、彼らの話を聞いて戦後補償の問題に繋げたかった。
騙されて連れて来られて、戦争が終わったら早く帰れって、何も補償されないで着の身着のまま朝鮮に返されたって話してたから。
訴訟しようってところまで行ったけど、地元(韓国政府)の方で横槍が入ってダメだという事になった。これ以上問題を広げないでくれって。
〔インタビュワー:騙されて連れて来られたというのは?〕
植民地化されてた韓国で、農家の次男・三男は働く場所が無い訳よ。そこで、日本に行けば何とかなると思っているところに、相川から人が行って、「相川金山で働けばいい暮らしができる、家族も呼ぶ事ができる」って言われたから来たわけよ。
〔インタビュワー:実際、いい暮らしはできたのか?〕
できるわけない。奴隷生活みたいなもの。だって、日本語も話せないで来るわけだから。鉱山管理者から言われた事をやるしか無い。飯も自由に食えない、買い物したくたって、買い物もできない。宿泊するところだって何から何まで金山の管理者の言うとおりにするしかない。自分達が思ってたような生活なんてできなかった。
〔インタビュワー:奴隷労働というような待遇だったのか?〕
そう言う。朝から晩まで鉱山労働で。ご飯もろくに...配給生活でしょ? ろくな食い物も無かったって話だよ。酒を飲みに行けば怒られるし、その金も無い。全部管理されてて。
(日本政府は)自由意思で来たって言い方しかしてないけどね、そりゃ、そうだ。形はそうですよ。「金山で働きますか?」、「うん、働かせて下さい」、それで来たんだよ。「これこれの条件で来て下さい」って、韓国行って募集したわけだからね。
〔インタビュワー:金山の仕事はそんなに過酷だったのか?〕
そりゃ、鉱山労働で過酷で無いところなんてあるわけない。
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元朝鮮半島労働者の主張を代弁していると見なせば、彼らの言い分はこうです。
①言葉が不自由で苦労した。②騙された〔思ったほど楽な仕事では無かった〕。③待遇が悪かった〔腹一杯食べられなかった、酒が自由に飲めなかった〕。
「強制連行」はさすがに使いにくいので、韓国人の活動家もだいたいこれと同じような論理を使います。
一方、農家の次男・三男で、朝鮮では食べていけないので、日本に行けば何とかなると思って、自分の意思で応募した。
これのどこが「奴隷労働」なのでしょう?
日本統治時代に朝鮮で陸軍特別志願兵を募集しましたが、これも、応募する者は長男以外の農家の出身が多かったといいます。満州軍官学校募集に血書志願して、それが新聞記事にもなった朴正煕大統領も貧しい農家の5男2女の末子です。
身分制度の名残が残る朝鮮半島では、尊敬されている軍人は、立身出世の手段でした。〔→ブログエントリー:【朝鮮人日本兵】朝鮮人陸軍特別志願兵の真実 3.陸軍特別志願兵【鄭安基博士】〕
「日本に行けばなんとかなる」と言うのは、西岡力教授も仰っていますが、その通りで、取り敢えず日本に来てから、よりよい仕事を求めて脱走する朝鮮人が多かったのです。
現在の北朝鮮は資源もあり、そこに重化学工業が発達していたので、日本に来る労働者は南部朝鮮〔現在の韓国〕出身者が主でした。
そして、農村地帯の南朝鮮では必然的に農家の次男・三男が多く、彼らは鉱山の仕事は怖いし嫌だったのです。
しかし、それに見合う賃金は支払われたし、朝鮮にいたら ”食っていけない” 人達が、食と住居は与えられたのは事実です。
佐渡金山を巡る『歴史戦』を征するためには、彼らの「強制労働(奴隷労働)」の矛盾を切り崩すのがポイントだと思います。
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