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2022/06/26

【湖南平野の治水事業】東津江(ドンジンカン)と雲巌堤【東津水利組合】

全羅北道・湖南平野の治水事業の歴史を調べていくと、悉く日本統治時代の歴史が隠されていることが分かります。

この地域は、併合以前から日本人が土地を買い集めて農場経営を行っている事から、以前から農業地帯ではあったのですが、二つの課題があったようです。一つは灌漑、もう一つは干拓です。

干拓については別のエントリーで取りあげる予定ですが、湖南平野を流れて黄海に注ぐ二大河川が東津江(ドンジンカン)と万頃江(萬頃江/マンギョンガン)で、河口付近は海抜が低く、日本統治時代に防潮堤を築いて潮の侵入を防ぎ、農地を拡張しています。

 

20220626_konanheiya01

 

20220623_zenrahokudo_map

 

東津江の河口は扶安郡に属し、万項江は金堤と群山の間を流れて黄海に注ぎ、その間に挟まれた金堤の平野部は特に金堤平野と呼ばれて湖南平野の中心に位置しています。

金堤平野や万項平野の灌漑工事を行ったのは1925年8月19日に結成された東津水利組合で、独立後、東進土地改良組合(1962.01.21)や農業基盤公社東進支社(2000.01.01)等、合併や改称が幾度となく行われ、現在は韓国農漁村公社東津支社(2008.12.29)となっていますが、その歴史には日本統治時代の事業は殆ど触れられていなかったり、独立後の組織の名称で語られています。

 

20220626_toushinsuiri01

 

東津水利組合が行った治水事業の一つに、蟾津江(ソムジンガン)の上流に造られた「雲巖堤(雲岩堤)」があります。「堤」と言っても、コンクリート製のアーチ式ダム〔長さ613m、高さ33m〕です。

 

20220626_ungan01
▲工事中の雲巖堤

 

雲巖堤は1925年3月着工、1928年12月に竣工しました。玉井貯水池とも呼ばれ、灌漑用のダムですが、発電施設も備える多目的ダムです。貯水量は6900万トンで、当時の朝鮮では最大規模の貯水量を誇りました。蟾津江は南に向かって流れる川ですが、貯水池の水は東津江にも流され、金堤平野を潤しました。

1940年頃には更に水量を増やすため、蟾津堤の建設事業を開始しますが、戦争によって頓挫。蟾津ダムの着工は独立後の1961年を待つことになります。

雲巖堤は拡張された玉井湖の底に沈み、新たに4億3000万トンの有効貯水量を有するダムが1965年に完成しました。

※これも日本工営の日本人技師により建設されました。〔『電力土木の歴史ー各河川水力開発の変遷(その10)』1991年/稲松敏夫/P.10(P.238)〕

 

【参考】韓国民族文化大百科事典『운암제(雲巖堤)

 

なお、韓国農漁村公社(한국농어촌공사)のサイトに雲巖堤の事が書かれていたので、その一部を機械翻訳でご紹介します。

 

* * * *

https://www.ekr.or.kr/Kkrpub/webzine/2021/02/section1-4.html
国内最大規模の貯水池築造
雲巖堤

韓国農漁村公社の113年の歴史を振り返る。 今月は国内最大の貯水池だった雲岩堤についての話だ。

かつて全羅北道の穀倉地帯は日照りが頻繁な地域でした。

特に1907年から3年間は深刻な日照りが続きました。地域住民は生計の基盤を失い、飢えに命を落としたりもしました。

1925年8月19日、私たちは日照りを乗り越えるために大きな挑戦を始めました。〔おめーらがやったんじゃないだろw

1億2,000万ウォンという当時最大規模の工事費を投入し、全羅北道地域に農業用水を供給する貯水池を作り始めました。

2年が経って1927年、国内最大規模で完工した雲岩祭は全羅北道穀倉地帯の乳腺として韓国国民の食べ物と大切な生命を守ってくれました。

雲巖堤は全羅北道の穀倉地帯である井邑、扶安、金堤など3郡の乳腺で1925年8月19日、東津水利組合設立直後に着工し、2年後の1927年12月に竣工した。 万頃平野を灌漑する農業用水源として、蟾津江本流と秋嶺川が合流する地点から2.4km下流に築造した雲岩堤は竣工当時はもちろん1950年代までも国内で一番規模が大きい貯水池だった。 雲岩堤の築造に投入された工事費も1億2,000万ウォンで、当時最大規模だった。 このように技術と資金が極めて不足している日本による植民地時代に←日本の技術と資金でやったのですが、何か?雲岩堤のような大規模農業用水の貯留を主な目的としたダムが築造されたのは、この地域に頻繁に発生する深刻な日照りのためだった。

雲巖堤は当時としては類例のない大規模多目的ダムであり、外形上美観を備えたアーチ型ダムでもあった。 国内で初めてテンターゲート式の洪水吐〔水を放出する装置〕を備え、水をすぐ下流に流すのではなく、山を越えて他の水系に灌漑水を導水しなければならなかった。 このために取水塔から4kmのトンネルを開けて用水を東津川に流入させ、用水が東津川に流れ込む部分に雲岩発電所を設置して電気を生産した。 そして、ここから再び6kmのトンネルを開けた後、用水が落下する地点に七宝発電所を作った。

* * * *

 

このダム建設もまた「収奪のため」になるのでしょうか。
 

 

  


 

 

 

 

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