『韓国「反日主義」の起源』雑記9 - 文化財保護法の改称:文化財→遺産
ブログ主が韓国の記事を見つけるのは、大抵、TwitterのTL(タイムライン)に流れてくる韓国メディアのツイートからですが、先日(4月11日付け)ハンギョレ新聞に『「文化財」の公式名称は使わない…「遺産」に代替』〔原文:‘문화재’ 공식명칭 안쓴다…‘유산’으로 대체〕という記事を見つけました。
ツイートはTwitterの翻訳機能を使って日本語に翻訳できるので、日本語訳を見て、また ”日帝残滓” の話題か?
と思ったのですが、記事を読むと、そうではなく、①韓国語の「文化財」(문화재)という語感が日本語と違うようで、実情と合わない、また、②「自然遺産」のようなものが含まれないので、体系的に見直して、ユネスコの世界遺産の基準に合わせようという趣旨のようです。〔記事後述〕
しかし、ツッコミどころは 1948年に建国された韓国の「文化財保護法」が、日本の同法(1950年制定)をコピペして、1962年に公布された、という部分です。
そう、ここにも、反日をしながら日本の真似ばかりする奇形的な国の性質がよく現れています。
初代大統領の李承晩の在任期間は1948年7月20日 – 1960年4月26日ですが、大統領が幼稚な反日をしようと、官僚は日本のシステムが優れている事を知っていたので、60年代まで日本の様々な法律をコピペしてたのです。これをやめさせたのが朴正煕です。
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『韓国「反日主義」の起源』(松本厚治 著/草思社 /2019/2/27)にも文化財保護法について書かれています。(pp. 446-447)
それによると、韓国の文化財保護法的なものは1962年に初めて作られたわけではなく、それまでは、日本統治時代の「朝鮮宝物古蹟名勝天然記念物保存令」を使い続けていたそうです。
「使い続ける」という積極的な表現に語弊があるとすれば、62年まで、これに代わる法律を作るような必要性が韓国にはなかったのです。
日本では、有名な1949年の法隆寺金堂の火災をきっかけに、翌年1950年に文化財保護法が制定されました。
韓国の正しい歴史を知ってしまった保守派が(日本による経済発展だけは認めても)朝鮮人を近代化したのは李承晩だと主張するのを聞くとブログ主が不満を感じるのはこういう点です。
韓国人、特に保守と呼ばれる人達は認めたくはないでしょうが、現在の価値観からしたら不完全ではあったとしても、奴隷を解放し、自由民主義や近代的資本主義、近代的な法体系とそれに則った法治主義を朝鮮にもたらしたのは日本です。大韓民国、つまり、李承晩政権はそのインフラと日本統治時代の人材で運営できたのです。
本に話を戻すと、日本人が「朝鮮宝物古蹟名勝天然記念物保存令」に基づいて価値を見いだした宝物類は一括して韓国の国宝に指定されました。著者は言います。
” 歴史上初めて、朝鮮的なるものに真摯な関心を寄せたのは、日本人だった。自国を独自の文化的実体とみなす考えは旧朝鮮にはなく、中国の範型に一歩でも近づくことが理想だったから、朝鮮固有のものへの探求はやぶさかだった。日本の研究者はこうした意識とは無縁で、朝鮮文化の特色や個性に目を向け...”
「中国の範型に一歩でも近づく」為に、”仏教色や民族色の濃いもの程邪険に扱われ、記録も残さず遺棄される” 社会だったのが朝鮮です。その為、今になって日本の骨董収集家が購入した仏像を欲しがっています。〔→ハンギョレ(2018-10-17):日本人所蔵者、百済仏像に15億円要求…文化財庁長「高すぎる」〕
韓国の古蹟〔古建築、遺構、石碑など〕を調べ上げて15冊の本〔『朝鮮古蹟図譜』〕にまとめたのは日本人であり、15年の歳月をかけて24,000ページ・全37巻の『朝鮮史』を編纂したのも日本人。1万3千人を収録した『朝鮮人名辞典』も日本人が作りました。更に、民俗学的な本も日本人が数多く執筆しました。(p251)
こうした人文学的分野も、日本人が調査・研究したものをそのままちゃっかりと利用しているのが建国以来の韓国人です。
少しは恩義を感じても罰が当たらないんじゃないですかねぇ。
韓国人に対する文句を書き出すと筆(キーボード?)が止まらないw のでこの辺にして、ハンギョレの記事をご紹介して終わります。
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〔補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ〕
https://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/1038372.html
「文化財」の公式名称は使わない…「遺産」に代替
登録:2022-04-1113:29修正:2022-04-1202:33
「文化財」が国の公式名称から消え、「遺産」が新たに使われるようになる。 1962年の文化財保護法制定以来、60年ぶりの変化だ。
文化財委員会と無形文化財委員会は11日、国立古宮博物館で合同分科委員長団会議を開き、文化財名称および分類体系の全面改善案を確定·発表し、文化財庁に伝えた。
改善案を見ると、財貨概念の文化財名称は歴史、精神を含めた遺産に変える。 指定·登録名も「文化財」から「遺産」に変更する。 さらに国宝·宝物など国家文化財指定基準も古いもの、貴重なもの、唯一のものから誰が、どのように、なぜ作ったのかなどに焦点を変える。 文化財庁は「地域共同体の源泉資産であり未来遺産まで包括する拡張された概念の用語を採択し、継承と伝承の意味を広げる方向に政策機能転換の基盤を作ろうという趣旨だ」とし「豊富な歴史と精神的価値まで含めることになる」と明らかにした。
各遺産を包括する通称概念としては「国家遺産」体制を導入した。 一国の総体的遺産を意味するもので、世界遺産に相応する概念だ。 憲法に規定された文化国家原理の実現(伝統文化の継承·発展及び民族文化の創達)に資するという意味を持っている。
国家遺産の分類体系は文化遺産と自然遺産、無形遺産に分けられる。 文化遺産、自然遺産、複合遺産に区分したユネスコの「世界遺産条約」と「無形文化遺産条約」の体系を手本にしたものだ。 個別遺産の属性·形態と法律·行政体系の連携性を総合的に考慮したという。
また、管理の死角地帯にあった非指定文化財に「目録遺産」の概念を新たに作った。 指定文化財中心の重点保護主義から、非指定文化財を含む歴史文化資源をリストに管理する包括的保護体系を導入することにした。 非指定文化財のうち保護価値のある郷土遺産の法的概念と支援根拠が初めて用意されるわけだ。 登録遺産と目録遺産の対象も文化遺産から無形遺産と自然遺産に拡大される。
政府は1962年に制定された文化財保護法に基づき、国宝·宝物などの有形文化財と無形文化財、史跡·名勝·天然記念物を包括する記念物、民俗文化財で構成された名称および分類体系を60年間守ってきた。 しかし、既存の文化財保護法は1950年に制定された日本文化財保護法の大半を援用したものだ。 分類が非体界的で用語が過去の遺物の財貨的性格であり、自然物と人を文化財として指すことが不適切である〔※〕ことなどが指摘されてきた。 特に1990年代後半から「文化遺産」用語が普遍化し、国民の目線に合った名称の改善が必要だという声が高まっている。
※本文の①と②、特に①に書いたのはこの部分です。日本人は職人技に「人間国【宝】」とか「文化【財】」とか表現しても違和感がありませんが、韓国人には「財」という言葉に金銭的な価値しか連想しないのではないかと、ブログ主には感じます。
文化財庁と文化財委員会は2005年から「文化財名称及び分類体系」の改善のため、数回にわたって研究·議論を行い、今年1月に改善試案をまとめ、各界の意見を聞きながら公論化作業を行ってきた。 文化財庁は「改善案が既存の『文化財』用語の意味上の限界を乗り越え、ユネスコなどが提示した国際基準との整合性を合わせるなど政策範囲の拡張と時代変化、未来価値を反映した体系修正が必要だという要求を反映した結果」と説明した。
今年3月に文化財庁が行ったアンケート調査では、「文化財」の名称改善が必要だという意見が国民76.5%、専門家91.8%だった。 「遺産」概念の変更には国民90.3%、専門家95.8%が賛成した。 通称として「国家遺産」が適切かどうかについては、国民87.2%、専門家52.5%が同意したことが分かった。 文化財庁側は改善案をもとに、国家遺産基本法の制定などを通じて関連法令を整備することにした。
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