【佐渡金山】『朝鮮人戦時労働と佐渡金山』(西岡力教授研究発表)2.佐渡金山の朝鮮人戦時労働
3月23日に開催された学術セミナー「佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態」〔→発表者一覧〕より、西岡力教授の発表内容を『メディアウォッチ』の記事よりご紹介します。〔[일본 역사인식문제연구회 세미나] 사도금산에서의 조선인 전시노동 실태 (1)/[日本歴史認識問題研究会セミナー] 佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態(1)〕
西岡力教授の報告書は以下の4つのパートに分かれており、今回は「2.佐渡金山の朝鮮人戦時労働」のみ扱います。
- 朝鮮人の戦時労働の全体像
- 佐渡金山の朝鮮人戦時労働
- 新潟県と相川町の「強制連行」記述について
- 韓国の専門家、鄭恵瓊(チョン・ヘギョン)氏の「強制労働」説検討
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〔補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ〕
2.佐渡金山の朝鮮人戦時労働
次に、佐渡金山での朝鮮人の戦時労働について述べたい。 関連する1次史料は、戦時労働が実施されていた当時とその直後に現地で作成された資料、そして当時の関係者の証言、計3点しかない。〔註1〕
ここで最初に紹介する1次史料は、平井栄一編集の「佐渡鉱山史第二」は、1950年度にまとめられた原稿であり、ただし出版されていない。 平井英一さんは、元佐渡鉱山採鉱課長で、佐渡鉱業所を経営していた三菱金属の依頼で佐渡鉱山の歴史を江戸時代から昭和時代までの2冊の本にまとめた。
一方、この資料の原本は現在所在が不明である。 ただし、複写本が佐渡市相川·郷土博物館と三菱史料館に所蔵されているが、それさえも非公開処理されている。 幸い筆者が会長を務める歴史認識問題研究会は、1月26日に某経路を通じて目次と844ページから846ページにある「朝鮮労働者事情」という項目の写真を入手し、歴史認識問題研究会のホームページに公開した。〔歴史認識問題研究会『佐渡金山』特設ページ>佐渡鉱山が朝鮮人強制労働の現場ではなかったことを示す一次史料>PDF〕
ただし、佐渡欽山の世界遺産登録に反対し、現地調査と研究を進める韓国政府機関である「日帝強制動員被害者支援財団」が、同一史料の一部の複写を1月14日に「匿名の日本人研究者」から入手したという。 当該研究者は2015年9月、新潟県教育庁文化行政課世界遺産登録推進室からこれを入手したという。 以上は当財団が1月27日に進めたウェブセミナー「日本の世界遺産登録推進'佐渡鉱山'の強制動員歴史歪曲」資料集に収録されたチョン・ヘギョン(ARGO人文社会研究所)の「新しい資料紹介:平井英一'佐渡鉱山史'」によるものである。
佐渡鉱業所の内部資料を活用して書かれた「佐渡鉱山史」では、これまで知られていなかった朝鮮人の総数および各年の動員数、そして終戦時の残留数が次のように記されている。
昭和15年2月に朝鮮労務者98名を募集し、5月に248名、12月に300名、昭和16年270名、17年に79名、19年に263名、20年に251名、計1,519名が移入したが、戦争と同時に残留人員1,096名を送還した。
また、待遇についても、日本国内の人と同様、宿舎や食事などを提供するなど鉱業所側が非常に気を配り、良い待遇をしたことが簡潔に書かれている。
「待遇賃金制度、稼働奨励方法等概ね内地労働者と同一で主として坑内夫として就労し請負単価により稼高に応じ賃金を支給し、一ヶ月の稼働成績に応じ精勤賞与を与へ扶養家族の多寡及稼働日数に応じて米価補給を行ひ毎年二回の勤労賞与を交附し一般に家族持労務者には社宅の無料貸与、共同浴場施設、米、味噌、醤油其他生活必需品は購買会にて廉価配給及家族傷病の場合の診療等を実施し単身者は寄宿舎(三個所)に収容し舎費を徴せず食事は内地人同様の調理にして一日五十銭(実費の差額は会社負担)寝具使用料一ヶ月一組五十銭にて貸与し光燃費浴場費は会社負担其他作業用品依服履物等日用品の購入払下は購買会を通じて廉価に行ひ蔬菜類不足の折柄鑛山直営の農園から補給した」。〔この部分はPDFより引用〕
2番目に紹介する1次史料は佐渡鉱業所の「半島労務管理に関して」である。 これは1943年6月7日に佐渡鉱業所を会長とし、東京鉱山監督局などが全国の朝鮮人労働者を雇用している鉱山の労務担当者を集めて開催した朝鮮人労務者管理協議会に佐渡鉱業所が提出した報告書である。
この資料は在日朝鮮人史を研究する長沢秀という研究者が楢戸静雄という人物から受け取ったものだ。 1983年に長沢秀が「在日朝鮮人史研究12号」で発表し、研究者などが広く利用してきた。 佐渡鉱業所の内部資料に基づいて作成されたものなので、平井英一の記述と重なる部分が多い。 ただし、1943年6月以降の状況は当然書かれていない。
▲佐渡鉱業所の「半島労務管理」について〔画像省略〕
この資料により、1940年から1942年にかけて6回、すべて募集形式で計1,005人の朝鮮人労働者の移入が行われたことが明らかになった。 契約期間は40 年にあった3 年の募集では3回、41 年から42 年の間の3 年にわたる募集では2回であったことも分かる。
421人が様々な理由で佐渡鉱山を離れており、1943年5月末には584人の朝鮮人労働者が残っていた。 離れた理由も整理されている。 死亡10人、逃走148人、公傷送還6人、死傷者30人、不良者25人、一時召喚72人、戦死130人となった。
ここで注目すべき部分は不良召喚者25人だ。 要するに、まともに業務を遂行しなかった者は朝鮮に帰したのである。 強制労働だったら、そのような消耗的なことには気を使わなかっただろう。 ある面では、日本内地で働こうとした人々にとって、「帰還」は一種の制裁ではなかったかと考えられる。
また、平均と最高、最低月収も明らかになった。 1943年4月には平均83.88円、最高169.95円(稼動28日)、最低4.18円(稼動1日)、5月平均80.56円、最高221.03円(稼動28日)、最低6.75円(稼動2日)。 成果給として賃金が計算されているため、最高値と最低値にはかなりの差があるが、当時、東京の公立小学校教員の初任給は50円から60円程度であったので、これはかなり高い賃金であったと考えられる。 果たしてこれを「強制労働」と言えるのか。
(*編集者注:ここで西岡力教授があえて別に紹介しなかった3番目の1次史料は、相川町史編纂委員会編集の「佐渡相川の歴史·通史編·近現代」(1995年)に収録された、元佐渡鉱山労務課員杉本奏二の証言である。 ただし、杉本奏二の一部証言では信憑性の議論もある。)〔註2〕
【註1、2】 :次エントリー以降に出てくるが、西岡力教授は朝鮮に労働者を募集しに行った杉本奏二氏の証言を一次資料としており、「応募が殺到した」という証言を採用しているが、一部の証言は他の資料によって否定されているので、研究者によってはこれを一次資料とは見なさない。
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ここで驚く事実は、佐渡金山の世界遺産登録を推進する立場の「新潟県教育庁文化行政課世界遺産登録推進室」〔以下、「推進室」〕から非公開の資料「佐渡鉱山史第二」が何者か(日本人研究者)経由で韓国の「日帝強制動員被害者支援財団」に流出したという事です。
論理的に考えれば、①韓国の「日帝強制動員被害者支援財団」が「1月14日に『匿名の日本人研究者』から入手した」と公言していて、②西岡力教授が「新潟県~世界遺産登録推進室」に心当たりは無いかと問い合わせ、③「推進室」が「誰それに2015年9月に渡した」と答えたのでしょう。
非公開の資料を渡す相手はそれ程多くないと思いますし、西岡教授が2015年9月と把握しているという事は、「推進室」の誰かが不正に(こっそりと)流出させたわけでは無さそうです。
念の為、もう一度、西岡教授の報告文を見てみましょう。
韓国政府機関である「日帝強制動員被害者支援財団」が、同一史料の一部の複写を1月14日に「匿名の日本人研究者」から入手したという。 当該研究者は2015年9月、新潟県教育庁文化行政課世界遺産登録推進室からこれを入手したという。
2つの文はどちらも伝聞です。1つ目の文の「という」は、「日帝強制動員被害者支援財団」がそう言っているのでしょう。そして、何故か西岡教授は「匿名の日本人研究者」のはずなのに、「当該研究者」と書いています。つまり、同一人物だと確信しています。
2つ目の文も「という」で終わっており、「当該研究者がそう言っている」とも読み取れますが、西岡教授がその人物から直接聞いたのではなく、「推進室」から聞いたのではないかと思います。そして、その名前を聞いたら「ああ、その人物なら韓国に渡しかねない」と思ったのではないでしょうか。仮に、西岡教授がその研究者に確認したとすると、その会話は、「あなた、韓国側に資料を渡しましたか?」ー「はい」という感じになりますが、ちょっと考えにくいやり取りです。
なお、「在日朝鮮人史を研究する長沢秀」でピンとくるかと思いますが、「在日朝鮮人事研究」19号(1989年)に「新潟県と朝鮮人強制連行」という論文を書いており、左翼学者です。他の報告にもこの名前が出てきます。(そこでは「長澤秀」と表記されています。)
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