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2022/04/01

【佐渡金山】『戦後日本における朝鮮人戦時労働研究史』(勝岡寛次氏報告)1.「朝鮮人強制連行」説が一般化した経緯

3月23日に開催された学術セミナー「佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態」〔発表者一覧〕より、勝岡寛次氏(歴史認識問題研究会事務局長、明星大学戦後教育史研究センター)の発表内容を『メディアウォッチ』の記事よりご紹介します。〔[일본 역사인식문제연구회 세미나] 사도금산에서의 조선인 전시노동 실태 (2)/[日本歴史認識問題研究会セミナー] 佐渡金山における朝鮮人戦時労働の実態(2)〕

 

藤岡寬次先生プロフィール:広島県生まれ、早稲田大学大学院博士課程を修了し、明星大学前後の教育史研究センターで勤務した。 現在、麗澤大学国際問題研究センター客員教授を務めている。 著書に『韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する』(小学館文庫、2001)、『安倍談話と朝日新聞 慰安婦問題と南京事件はいかにして捏造されたか』(双葉社、2015)、共著で、西岡力編集の『朝鮮人戦時労働の実態』(一般財団法人産業遺産国民会議、2021)などがある。

 

藤岡寬次先生の報告は以下の5つのパートに分かれており、今回は「1.「強制連行」という言葉は、80年代以降に一般化した」「2.在日朝鮮人運動史研究会と「在日朝鮮人研究」」を扱います。〔3~5は次エントリーにて〕


  1. 「強制連行」という言葉は、80年代以降に一般化した
  2. 在日朝鮮人運動史研究会と「在日朝鮮人研究」
  3. 状況を一変させた「新潟県史」と「相川町史」の「強制連行」記述
  4. 「強制連行派」も認めた朴慶植のミス
  5. 官民共同で「歴史の事実」を明らかにしたい

 

1960年代~1980年代末までの在日朝鮮人研究の流れ。

60年代以前は在日朝鮮人は出稼ぎ労働者という認識。→1965年に在日朝鮮人の朴慶植(パク・ギョンシク)が『朝鮮人強制連行の記録』を書く→1980年代半ば以降に「朝鮮人強制連行」説をマスコミが流行させ、→現在でも、朴慶植の後継者、即ち強制連行肯定派が学界の主流を占める状態、という内容です。

 

* * * *

補足は緑字で追加。多少日本語として不自然でも理解に影響が無いと思われる翻訳は機械翻訳ママ

1.「強制連行」という言葉は、80年代以降に一般化した

今日では「強制連行」という用語が一般的に使われているが、この用語は戦時にはなかった言葉だ。 したがって、「強制連行」という表現の根源、そして使用することになった経緯については、それ自体が研究対象になる可能性もある。

「強制連行」という言葉が戦時に使用された「徴用」という表現を代替することになったのはいつからか。

鄭大均教授によると、「朝鮮人強制連行」という言葉が初めて使用されたのは1960年と言っているが、(『在日・強制連行の神話』、文春新書、2004年)、後世に及ぼした影響に換算すると、朴慶植(パク・ギョンシク)が1965年に書いた『朝鮮人強制連行の記録』(未來社)という本が歴史認識問題の観点から「朝鮮人強制連行」の起源といってもよさそうだ。「強制連行」問題を一つの運動で推進してきた人たちにこの本は一種のバイブルであり、今日も金字塔として高い評価を受けている。

 

▲日本は朝鮮総連系の朴慶植(パク・ギョンシク)が1965年度に書いた『朝鮮人強制連行の記録』(未來社)は、「朝鮮人強制連行」という神話を拡散させた本と名指されている。

 

しかし、この本によってすぐに「強制連行」という歴史認識が一般化したわけではない。 事実「強制連行」という用語が一般化したのは1980年代以降だ。 筆者は朝日新聞のデータベースで「強制連行」という言葉が出現する頻度を、中国人慰安婦と朝鮮人慰安婦それぞれについて調査したことがある。 「朝鮮人強制連行」がマスコミに盛行し始めたのは1980年代半ば以降だと明らかになった。

一方、朝鮮人強制連行に関する研究文献を見ると、1950年代から60年代までは「強制連行」論が主流をなしていなかった。 森田芳夫が指摘したように、日本に来た朝鮮人の多くは出稼ぎに来て、より良い生活のために日本内地に来たという常識的見解が主流だった。 朴慶植の「朝鮮人強制連行の歴史」は、このような通念に対するアンチテーゼ(Antithese)として登場し、1970年代から1980年代にかけては「強制連行派」が学界の主流となった。

これに対し、「強制連行」の学説を批判する文書は、朴慶植氏が「強制連行」の概念を主張した1965年以降、四半世紀全くなかった。 「強制連行」説に異議を唱えた文献が現れたのは、日本では1990年代以降のことである。 強制連行や強制労働を批判する保守学者の文書は、量的に見ても強制連行肯定派が出した文書の10分の1にもならず、これは今日も変わっていない。 (拙稿『朝鮮人·中国人「強制連行」運動史』、西岡力編集『朝鮮人戦時労働の実態』一般財団法人産業遺産国民会議,2021年)

つまり、朴慶植の「朝鮮人強制連行の歴史」に端を発する強制連行肯定派が学界の主流を占める状態は今日も続いている

 

2.在日朝鮮人運動史研究会と「在日朝鮮人研究」

朴慶植は1976年に「在日朝鮮人運動史研究会」を組織し、同研究会の機関誌「在日朝鮮人史研究」誌は彼を師とする数多くの研究者を輩出してきた。 佐渡金山の「強制連行」問題もこうした流れの一部に挙げられる


▲〔画像省略〕「在日朝鮮人史研究」誌は、近年までも活発に学術誌を編纂している。 写真は東京都古書籍商業協同組合ホームページに公開された関連2017年版「在日朝鮮人事研究」の47号の表紙。

 

平たく言えば、新潟県内の朝鮮人「強制連行」「強制労働」問題を扱った文献のほとんどが「在日朝鮮人史研究」誌に発表されたのである。

例えば、次のような文献がそうだ。

  • 資料「佐渡鉱業所半島労務管理について」、「在日朝鮮人事研究」12号、1983年
  • 佐藤泰治「新潟県中津川朝鮮人虐殺事件」、「在日朝鮮人史研究」15号、1985年
  • 橋本裕子「新潟県における朝鮮人労働運動」、「在日朝鮮人事研究」17号、1987年
  • 長澤秀「新潟県と朝鮮人強制連行」、「在日朝鮮人事研究」19号、1989年


このような文献はすべて(最初のものは一種の資料なので例外と言えるが)朴慶植の「朝鮮人強制連行の歴史」を受け入れ、その問題意識を新潟県の歴史現象にそのまま引きずってきたというのが共通している。

長澤秀の「新潟県·朝鮮人強制連行」では、佐渡金山について、「昭和17年頃までは、当該鉱山が県内の朝鮮人強制連行数の半分以上を占めていた」(6ページ)と主張しているが、一方では、次のように述べ、研究の蓄積がほとんどないことを指摘している。

「新潟県での朝鮮人強制連行について「新潟県史」(新潟県編集、1970~)や各市町村史はほとんど言及していない。 また、一般研究も最近始まったばかりで、成果は微々たるものである。」(1ページ、注(2))


1980 年代末時点では上記のような研究状況であった。

 

  


 

 

 

 

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