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2022/01/28

【「徴用工」問題】佐渡金山の朝鮮半島出身労働者は好待遇であった

前回のエントリーの続きです。

当時の一次資料の一部を新潟6区選出の高鳥修一衆議院議員(自民党)がFacebookで公開されているので、その説明を一部引用します。(1月20日 19:58付けエントリー:リンク先に資料画像あり)

 

* * * *

ここ〔=佐渡鉱山史〕には、昭和15年から「募集に応じた」朝鮮労務者に対して日本人(内地労働者)と概ね同一の賃金、精勤賞与、毎年2回の勤労賞与が支払われていた。また福利厚生(無料の寮、社宅が用意され米、味噌、醤油などの廉価販売や家族傷病の場合診療等を実施。映画会や運動会があり、「朝鮮将棋」など娯楽の機会も用意されていたこと)が詳しく書かれています。勤続3か月以上で団体生命保険にも加入でき、万一不幸の際は300円の贈呈が決まっていたこと。給与関係については「内鮮の区別なく」と書かれています。

尚、終戦時に残留人員は暴動もなく帰国したことが記されており、人数に差があるのは帰国せず、そのまま佐渡(国内)に残った人も少なからずいた為と聞いています。

* * * *

 

この投稿には西岡力教授も、「存在は知っていたが初めて見る貴重な資料」とし、「この資料で初めて明らかになったのは、昭和一九年の二六三名、二〇年の二五一名という数字と、終戦時に一〇九六名が残留していたという数字です。昭和一八年までの数字は他の資料でも明らかになっています。その数はこの資料の数と一致します。」とコメントを書かれているので、他の資料の裏付けもあるようです。

以下は、韓国の記事で、一つは『ハンギョレ』(日本語版)、もう一つは民間通信社の『NEWS1』(韓国語機械翻訳)です。いかにも酷い扱いを受けたような書きぶりですが、よく読めば、終戦後、未払い賃金を企業が供託し、つまり、相当額を委託しており、支払う意思があったことを伝えていたり、賃金の一部から保険料が控除されていたり、〔恐らく高鳥議員が書いている生命保険料賃金に不満のある労働者がストを行えたりと、日本人と同等の待遇がなされていたことがよく分かります。

上手くやれば、明治の産業遺産でしでかした失点を取り返す好機であり、「徴用工」の嘘に反撃するチャンスなのです。

 

* * * *

https://news.yahoo.co.jp/articles/a94883b67469335cd34105e73a234c0813b68d17
ハンギョレ:軍艦島のように歴史歪曲…日本「佐渡金山」を世界文化遺産候補に選定
2021/12/29(水) 7:19配信

朝鮮人約1200人が強制動員したと推定される 463人の名簿も発見、強制性が明らか 歴史歪曲など「第2の軍艦島」になる可能性も

 日本政府が、過去に1000人以上の朝鮮人を強制動員した新潟県佐渡市の「佐渡島の金山」(以下佐渡金山)をユネスコ世界文化遺産の推薦候補に選んだ。2015年の「端島」(軍艦島)登録の時のように、「歴史歪曲」をめぐる議論が再燃するものと見られる。

 日本文化庁は28日、文化審議会が8月から審査した結果、佐渡金山をユネスコ世界文化遺産推薦候補に決めたと発表した。候補申請書を出したのは、最初から佐渡金山だけだったため、同日の決定は事実上、予定された内容を追認するものだった。2023年の世界文化遺産登録審査を受けるためには、日本政府は来年2月1日までにユネスコに推薦書を提出しなければならない。

 文化庁は同日の資料で「ユネスコへの申請については政府内で総合的な検討を行っていく」と明らかにした。実際に登録されるかどうかは、ユネスコの諮問機関である国際記念物遺跡会議(ICOMOS)の審査と勧告を通じて最終決定される。

 新潟県沖の佐渡島にある佐渡金山は、江戸時代から金鉱で有名だった。その後、太平洋戦争の戦況が悪化した1943年以降、金だけでなく銅などの戦争物資を確保する鉱山として活用された。

 韓国の行政安全部傘下の「日帝強制動員被害者支援財団」の2019年の報告書によると、佐渡金山での朝鮮人強制動員は1939年2月に始まった。以後、1942年3月まで6回にわたって1005人を募集で連れて来るなど、計1200人を強制動員したこの時期に鉱山で働いた人々の名簿は、1943~1945年に会社が鉱夫にたばこを支給する過程で作成された「朝鮮人煙草配給名簿」で確認できる。名簿には朝鮮人463人の名前と生年月日、移動関連情報、作成日付などもぎっしりと書かれている。年齢が確認できる353人を分析すると、平均年齢は28.8歳。日本国立公文書館に保管されている「帰国朝鮮人労務者に対する未払賃金債務等に関する調査統計」でも、似たような数値が確認できる。佐渡金山と関連して、1949年2月25日に1140人に対する未払賃金として23万1059円59銭が供託されたと書かれている。

 鉱山では過酷な労働を強いられたため、逃走する人が少なくなかった。朝鮮人のイム・テホ(1919~1997)は亡くなる直前の1997年5月、日本のノンフィクション作家の川田文子と面会し、二度も大事故に遭って脱出したという話を伝えた。イム氏は「戦後半世紀以上が経ったが、日本政府から心のこもった言葉を聞いたことがない。誠意ある謝罪を望む」という証言を残した。

 しかし日本政府が登録過程で朝鮮人強制動員を含む鉱山に関する「すべての歴史」を記憶しようとするかどうかは不明だ。新潟県と佐渡市が文化庁に提出した資料要約本は、対象期間を戦国時代末から江戸時代に限り、日本による植民地時代を除外している。そのため、2015年に韓日関係を悪化させた重要な原因となった「軍艦島問題」が再燃するのではないかと懸念が高まっている。日本政府は2015年7月、軍艦島を含む「明治日本の産業革命遺産」23カ所が世界遺産に登録される際、「施設の一部で1940年代に韓国人やそのほかの国の国民らが『自らの意思に反して』動員され、過酷な条件の『強制労働』をさせられた。犠牲者を偲ぶための情報センターの設置のような措置を取る」と約束した。しかし、昨年6月に東京の新宿にオープンした「産業遺産情報センター」は、「朝鮮人に対する差別はなかった」など、歴史を歪曲する内容で埋め尽くされた。ユネスコは今年7月、日本に対し忠実な履行を求める決議文を採択した。

 韓国政府は佐渡金山のユネスコ世界遺産登録推進を「非常に嘆かわしい」として直ちに撤回するよう求めた。政府は午後、外交部報道官論評を発表し、「本人の意思に反した強制労働が行われた場所が、これに関する十分な叙述もなくユネスコ世界遺産に登録されないよう、ユネスコなど国際社会と共に断固として対応していく」と明らかにした。

東京/キム・ソヨン特派員、イ・ジェフン先任記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

 

* * * *

https://www.news1.kr/amp/articles/?4538636
総督府戦時強制動員…逃げ場のなかった日本の佐渡鉱山…朝鮮人たち
太平洋戦争の際、1200人余りが動員されると推定… 10人以上死亡
広報パンフレットには関連内容がすっぽり抜けている… 「第2の軍艦島」に憂慮
(ソウル=ニュース1)チャン·ヨンソク記者| 2021-12-3005:00

日本政府が、朝鮮人徴用者たちの痛恨のこもった佐渡鉱山をユネスコ世界遺産に登録するための手続きを進めている。

こうした中、佐渡鉱山が日本の計画通りにユネスコ世界遺産を登録した場合、2015年に登録された長崎県羽島、別名「軍艦島」のように歴史歪曲現場に悪用される恐れがあるという懸念が高まっている。

佐渡鉱山は新潟県沖の佐渡島にある鉱山で江戸時代には日本最大の金鉱だった。 1868年の明治維新後、日本政府が所有した佐渡鉱山の所有権は、1896年に三菱合資会社が買収し、1918年には三菱鉱業(現三菱マテリアル)にその管理権が渡った。

そして1967年、日本の史跡に指定された佐渡鉱山は、1989年の鉱山枯渇で採掘が中断され、現在は観光地としての役割を果たしている。

以下画像省略 (日帝強制動員被害者支援財団/일제강제동원피해자지원재단 提供)

「日帝強制動員被害者支援財団」が2019年に発表した「佐渡鉱山強制動員関連真相調査報告書」を見ると、日本は太平洋戦争の真っ最中だった1940年代に約1200人の朝鮮人を佐渡鉱山鉱夫に動員した。 家族まで合わせると、当時島にいた朝鮮人は約1300人と推定される。

しかし日本側は、佐渡鉱山の世界遺産登録推進過程で作られたパンフレットに江戸時代以降の鉱山の歴史を紹介し、こうした「朝鮮人強制動員」事実は収録しなかった。

佐渡鉱山の朝鮮人強制動員が行われたのは1939年からと把握されている。 1931年の満州事変と1937年の日中戦争を経て、本格的な侵略戦争の局面に入った日本が、金を軍需物資の輸入代金にするために金鉱採掘量を増やした時期と一致する。

当時、日本はいわゆる「割当募集」方式で朝鮮人を佐渡鉱山労働者に動員した。 「割当募集」とは、当時朝鮮総督府が施行した強制動員方法の一つで、日本企業の要請により地域別にあらかじめ人員数を決めておき、その数を満たすまでに労務者を動員·送出したものをいう。

1940年2月から1942年3月にかけて、佐渡鉱山労働者として動員された朝鮮人1005人のうち148人が「逃走」したという記録もまた、当時の朝鮮人動員の強制性、つまり彼らが勝手に現場から離れることができなかったことを裏付けるものだ。

財団によると、記録上には彼ら1005人の朝鮮人のうち、死亡者は10人と記載されているが、その後も強制動員が続いたうえ、記録から漏れた死亡者も存在していることが把握され、実際にはより多くの朝鮮人が佐渡鉱山で命を落としたものと推定される。

一例として、1942年12月に佐渡鉱山坑内で落ちた石に当たって頭蓋骨の破裂で死亡した朝鮮人Kさんら2人は、この「死者10人」に含まれていない。

財団は当時「割当募集」で佐渡鉱山に入った朝鮮人は3年期限を満たした後も鉱山側の「全員継続就労」方針のため帰国できなかった場合が多かったと説明した。

佐渡鉱山には日本人労働者もいた。 しかし、削岩部·運搬部など特別な技術を必要としない代わりに、相対的に危険度の高い仕事は朝鮮人が担当する場合が多かった。

朝鮮人も佐渡鉱山で働いた代価として月給をもらっていたが、作業に使う道具費用と各種の保険料などが控除されたため、手取りは記録上賃金額には及ばなかったというのが関連専門家たちの一般的な評価だ。

特に佐渡鉱山では朝鮮人に現金所持を禁止し、「強制貯蓄」させたという。 「強制貯蓄」は当時、日本が戦費を充当し、労務者の逃走を防ぐために他の強制動員現場でも一般的に使用した方式だ。

財団は報告書で「戦時体制期の労働者は労働者ではなかったため、労働者の権利を主張することもできなかった。 すべての処遇は日本が一方的に決定した」とし「賃金を受け取ったという理由で強制性を否定する一部主張は当時の体制と時代状況に対する理解が足りない」と指摘した。

日本公安当局の資料を見ると、佐渡鉱山では1940年2月と4月の2回にわたり、給与·待遇などに不満を持つ朝鮮人のストなどがあった1942年11月~1943年5月には朝鮮人が現場を脱出しようとして検挙された事件も5件あった

日本が太平洋戦争で敗戦した1945年8月15日当時、佐渡鉱山に籍を置いていた朝鮮人は、戦争末期に他の地域に転勤した人員を含めて約570人だったという。 しかし彼らは「祖国の光復」にもすぐに帰国できないまま鉱夫の仕事を続けなければならなかった。

佐渡鉱山の朝鮮人たちが帰国の途についたのは、新潟県内の他の軍需工場で動員された朝鮮人たちが帰国が終わった1945年12月からだった。

こうした中、韓国政府は28日、外交部報道官を通じ、佐渡鉱山のユネスコ世界遺産登録の撤回を日本側に公式要求した。 同日、外交部は秋条和夫·駐韓日本大使館公報文化院長も呼んで、佐渡鉱山の世界遺産登録推進に抗議し、韓国政府の立場を伝えた。

 

 

  


 

 

 

 

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