【ラムザイヤー論文】『太平洋戦争における性サービスの契約』を日本語で読む(1)
2020年末に「インターナショナル・レビュー・オブ・ロー・アンド・エコノミクス」誌(=IRLE)に掲載されたマーク・ラムザイヤー教授の論文『Contracting for sex in the Pacific War』(太平洋戦争における性サービスの契約)は既に左記のリンク先で無料で公開されています。従って、英語が苦手な方も翻訳ツールを利用すれば読めますが、ブログ主が以前私的に翻訳していたものを備忘録としてブログに公開することにしました。誤訳もあるかと思うので、参考程度にしてください。
長くなるので4回ほどに分割する予定ですが、今回は、最初に全体像が分かるように見出しだけを抜き出したものを提示し、次に、概略(Abstract)、「1.はじめに」の部分を掲載します。
なお、ブログ主の補足や、覚え書きとして原文の用語などを挿入する場合は〔〕の中に入れ、緑の文字で記します。分かりやすくするために言葉を補う場合は()の中に入れ、緑の文字で記します。これにより、原文に元々ある括弧書きとは区別します。
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1. Introduction/はじめに
2. Prostitution in Prewar Japan and Korea/戦前の日本と朝鮮における売春
2.1. Introduction/はじめに
2.2. Japan/日本
1.公娼
2.契約の論理
3.私娼
4.からゆきさん
2.3. Prostitution in Korea/朝鮮における売春
1.状況
2.契約
3.朝鮮人の海外売春
2.4. Recruitment in Japan and Korea/日本と朝鮮における慰安婦の募集
1.日本
2.朝鮮
3. The comfort stations/慰安所
3.1. Venereal disease/性病
3.2. Contract duration/契約期間
3.3. Contract prices/契約金額
3.4. Contract terms/契約条件
3.5. Prostitute savings/売春婦の貯蓄
3.6. The closing years of the war/終戦の年
4. Conclusion/結論
References/参考文献
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概要
戦時中の「慰安所」と呼ばれる売春宿をめぐる韓国と日本の長年の政治的論争は、契約という力学を曖昧にするものである。この力学は、初歩的なゲーム理論の基本である「信頼できる約束〔credible commitments〕」のわかりやすい論理を反映している。売春宿の経営者とこれから売春婦になろうとする者は問題に直面した。売春宿は、(i)その仕事がもたらす売春婦の危険と評判の低下を相殺するのに十分な寛大さを持ち〔=十分な報酬を支払い〕、(ii)売春婦に対し、観察不能な環境〔=密室〕で過酷な仕事に従事しながら努力をするインセンティブ〔目標達成への意欲を高める刺激、動機付け〕を与える契約構造を信頼できる形で約束する必要があったのである。
売春宿の経営者が将来の収入を誇張しがちなことを理解していた女性たちは、給料の大部分を前払いするよう要求した。戦地に赴くことを理解した上で、比較的短い契約期間を要求した。そして、売春宿の経営者は、女性が怠ける動機があることを分かっているので、女性が一生懸命働く動機となるような契約形態を必要とした。この表面的には矛盾する要求を満たすために、女性と娼館は、(i)多額の前金〔※〕と1年または2年という最長期間、(ii)十分な収入を得た場合には女性が早期に退職できること、を組み合わせた年季契約を締結したのである。
※興味深いことに、韓国語に「マイキン(마이낑)」という言葉があり、この単語で検索すると風俗業界のニュースがヒットすると、シンシアリーさんが以前ブログに書いていました。
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1. はじめに
1930年代から40年代にかけて、日本軍は東アジアを進軍・退却する際、基地の周辺に半官的な売春宿を設置することを奨励した。1918年のシベリア出兵で性病が大流行したため、そのリスクをコントロールする必要があったからである。協力する娼館主には、娼婦たちに定期的な検診を受けるよう求めた。その代わり、兵士が他の場所で売春宿を利用することを禁止した。
協力する経営者は、娼館の従業員〔=売春婦〕として、主に日本と朝鮮の女性を雇った。兵士たちは日本人の女性を好んだ。日本人以外の従業員では、朝鮮人が好まれた。朝鮮は日本国の一部であり(日本は1910年に半島を併合している)、ほとんどの朝鮮人女性は多少は日本語を話すことができた。軍隊は協力した売春宿を「慰安所」と呼び、売春婦を「慰安婦」と呼んだ。
契約の問題を考えてみよう。このような売春宿の従業員として、経営者は若い女性を募集する必要があり、当然、高額の報酬を約束する必要があった。売春はどんなに良い状況でも、過酷で危険な仕事であり、大きな風評被害が伴う。女性たちは、これらのコストを相殺するのに十分な高収入と、次善の策よりもはるかに高い収入が期待できる場合にのみ、この仕事を引き受けるのである。
戦時下の遠方で働くには、東京やソウルの売春宿よりもはるかに高額の報酬を約束する必要があった。慰安所では、通常の売春の苦労に加え、戦火の危険も加わるし、異国での生活費もかかる。女性たちにとって、友人や知人といった、売春宿が彼女たちをだまそうとしたときに助けを求めることができる人達は近くにいない。そして、そのことは、売春宿が騙そうとした場合の逃亡の困難さや、年季開け前、あるいは年季明けに引退する場合の帰国費用を増大させた。
女性たちに高給を約束する必要があったが、経営者達は単に高い月給を提供することはできなかった。彼女たちは、監視の行き届かない環境で、不快な仕事をさせられていたのである。固定給にすれば、客が指名しないような無愛想な態度を取るというインセンティブを女性達に与えることになる。そのためには、努力に報いる賃金契約が必要である。
どうにかして、経営者は、このインセンティブに基づく賃金契約によって高賃金を約束したことを信用させる必要があった。女性達に契約に応じて貰うために、高給を得られるということを彼女等に確信させる必要があった。しかし、彼女達は、経営者が予測される収入を誇張する可能性があることを知っていたし、経営者も彼女達がそれを知っていることを知っていた。女性達の中には、自分が高収入を得る可能性があるのかどうか疑っている者もいた。仕事によっては、自分がどれだけの収入を得られるかを知るために短期間試せる場合もある。しかし、(売春は)その職業に就いたという事だけで風評被害を受けるのだから、そんなことはできない。
軍事前線にある売春宿に女性を勧誘するためには、経営者と女性は(国内とは)桁違いに難しい契約上の問題に直面した。最も明らかなことは、女性達は、戦闘や爆撃、蔓延する病気など、戦争のあらゆる危険に直面したことである。また、娼館の契約不履行というはるかに深刻なリスクにも直面した。東京の妓楼の主人が契約をごまかそうものなら、娼婦は警察に訴えることができる。警察も全てが同情してくれるとは限らないが、中には同情してくれる者もいる。そして、その娼館を不履行で裁判に訴えることもできる。まさにそれをやって勝った者もいた。娼館を出て、東京の都会の匿名性の中に消えていくこともできる〔=逃亡することもできる〕。しかし、遠い異国の地では、そのようなことはできない。
この問題を解決するために、経営者と女性たちは、前金や追加の現金報酬、最長契約期間、女性が十分な収益を上げた場合に早期に辞める権利などを盛り込んだ複数年の年季契約(indenture agreement)を結んだ。後ほど、この契約の経済的な論理を詳しく説明する。私は経営者と女性たちが結んだ契約を、以下の4点で比較することにする。(i)慰安所の性的サービス契約、(ii)日本国内の売春宿、(iii)韓国国内の売春宿、(iv)日本統治下の東アジアの慰安所以外の売春宿で結ばれた契約だ。
まず、日本国内の売春宿で使用されていた契約書について概説する(2.2節)。そして、朝鮮半島で使用された契約書、日本帝国内の他の場所で使用された非公式(慰安所以外)の売春宿の契約書と比較する(2.3節、2.4節)。最後に、慰安所で使用されていた契約について述べる(第3章)。
* * * *
今回は以上です。
論文の批判者の中には、女性達が個々に「はじめに」に書かれたような交渉をしたわけがない、という批判をした人がいたように記憶していますが、ここで述べられていることは、需要と供給で価格が(自然と)決まるように、慰安所経営者と慰安婦に応募しようとする女性達の心理を説明したもので、どのようにして年季奉公の「相場」(前金の金額や契約期間といった条件)が確立されたかを説明しています。
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