【慰安婦問題】『赤い水曜日』(柳錫春・元延世大学教授のコラムより)
前回のエントリーの続きです。
と言うか、柳錫春・元延世大学教授のコラムの続きを機械翻訳したものをご紹介します。
『赤い水曜日』という本についてはこちらのエントリーをお読み下さい。
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3.「赤い水曜日」
しかし、絶対に越えられない壁が一つ残っている。 他でもない'慰安婦'問題だ。 この問題は特に、今日のフェミニズム談論に慣れている女子生徒の抵抗が特に激しい。 あらゆる資料を動員して「慰安婦たち一人の事情が強制的に連れて行かれ、奴隷のような生活をしたと見るには無理」という説明をいくらしても、彼らはついに「構造的強制」という概念を盾に耐える。
しかし、全国民が熱心に働かなかった時代がなかったように、構造的強制がなかった時代もない。 「過去の植民地朝鮮であれ、今日発展した大韓民国であれ、後進国であれ、先進国であれ、伝統社会であれ、近代社会であれ、構造的強制のない現実社会が存在するのか?」というわけで、この言葉は「何の説明もできないにしても意味がない」と筆者は主張する。 まさにこの虚像との対立と論争が作り出した事件が2019年9月17日の延世(ヨンセ)大学事件だ。
もし、キム·ビョンホン国史教科書研究所所長が書いた本『赤い水曜日』が筆者の講義当時に出版され、テキストにすることができたら、問題の事件は発生しなかったかもしれない。 なぜなら、この本は「反日種族主義」的に慰安婦問題に接近する既存の文献や判決を精密に追跡·批判しながらも、挺対協が出版した資料を核心的な根拠として用いて議論を展開しているからだ。 挺対協の水曜集会を支持する学生を説得するには、それだけ効果的だ。
本のプロローグで明らかにしているように、著者はこの本を徹底的に証拠中心に書いた。 著者の言葉通りそうしてこそ、あまり怪我をしないからだ。 執筆に活用された資料は、逆説的にも挺対協が1993年から2014年まで約30年にわたってそれなりに心血を注いで発刊した計8冊の慰安婦証言集だ。 挺対協が宣伝した慰安婦らの口述証言をもとに、いわゆる「被害者中心主義」を金科玉条としている学生は、だからこそこの本にそっぽを向くわけにはいかない。
しかし同時に著者は、植民地当時の公式文献と史料、特に慰安所を運営した日本軍文書はもちろん、米軍の記録、そして当時の新聞記事なども幅広く検討した。 そうして著者はこれら客観的な史料を通じて現われる当時の慰安婦現象の実体を立体的にアプローチする。 そのような総合的判断の結果として、次のような証言の場合には「日本軍慰安婦」ではなく「民間の売春店で働いた慰安婦」とみるべきときっぱりと整理する。 (53ページ)
日本軍慰安所がない所、すなわち日本、朝鮮、台湾で慰安婦生活をしたという証言。
2.日中戦争が発生する1937年以前から慰安婦生活をしたという証言。
3.住民登録上、1930年以降生まれ、または17歳以下の年齢で慰安婦生活をしたという証言。
4.軍人と民間人を同時に相手しながら慰安婦生活をしたという証言。
この基準を適用し、著者は挺対協で発刊した「強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち」シリーズ6巻、そして「中国に連行された朝鮮人軍慰安婦たち」シリーズ2巻に登場する証言を交差分析する。 そして著者は「相当数が上記の事項に該当する」と明らかにする。 つまり「日本軍の管理·監督の下で慰安婦生活をした女性より、一般の売春業者に携わった女性の方が多い」と指摘する。 (53ページ)
さらに著者は「日本軍によって'強制的に動員された場合'は存在せず、存在することもできない」と断言する。 著者の緻密な分析の結論は「女性家族部に登録されたいわゆる"日本軍慰安婦被害者"240人のうち、"慰安婦被害者法"が定義した"日本軍による強制動員"された事例は1人もいない」という衝撃的な宣言に終わる。 (54ページ)
この主張を裏付けるため、著者が最も粘り強く分析した事例は、1993年、挺対協が出版した証言集1冊に登場する李ヨンスと金ハクスンの事例だ。 この2人は、挺対協が主導した慰安婦運動をそれぞれ象徴する人物でもある。 著者は、彼らが1990年代初めから今日まであらゆる媒体に証言した記録を一つ一つ追跡しながら分析する。
そうして著者は彼らの初期の証言では「貧困の犠牲者」という事実がはっきり表れるが、時間が経つにつれ証言が「日本軍によって強制的に連れて行かれた被害者」に化けていることを具体的に示している。 このような分析を整理しながら、著者は、挺対協の主張や活動に共感する生徒らの情緒がどれほど無駄なのかを痛々しく皮肉っている。
「私は慰安婦生活の苦痛も苦痛だが、1990年から始まった挺対協の'慰安婦カミングアウト運動'が彼らにさらなる苦痛を与えたと見ている。 「日帝蛮行告発」という名の下に行われた口述証言はメディアで、本で、映像などのメディアを利用して慰安婦運動を知らせる広報物に広く広がった。 挺対協の証言集には、女性として隠さなければならない恥ずべき瞬間、口にできない場面がいきいきと書かれている」(218ページ)。
「甚だしくは彼らのカミングアウトを誘惑する'補償金'の前で葛藤する場面もそのまま書かれている。 「通報すれば補償金を支給します」という公務員たちの言葉に、家族と親戚が知りはしないかと心配しながらも隠してきた「慰安婦」履歴をすべて打ち明けた。 そして彼らに近づいてきたのは家族と親戚の'無視'で'断絶'だった。 金のために苦痛の時間を過ごした彼らはまた、金のために家族と親戚を失う2度の苦痛を経験しなければならなかった」(218ページ)。
「挺対協と女性家族部が本当に慰安婦を思う純粋な気持ちがあったとすれば、口述証言を受け、保護·支援する資料とすることにとどまるべきだった。 しかし、挺対協は彼らの恥ずべき過去を本として出版し、市中に販売し、女性家族部はその内容をホームページに掲載して誰でも見ることができるようにした。 新聞放送はまた、彼らの恥ずかしい場面を広めるのに忙しかった。 挺対協で刊行した証言集を読んでみると、彼らは日本軍の被害者ではなく、力のない国、貧しい親の下で仕方なくやられるしかなかった哀れな犠牲者だという事実だけがそのまま浮き彫りになるだけだ」(219-220ページ)。
この本にはまた、2021年1月8日およびそれから3ヵ月後の4月21日、異なる構成の慰安婦が日本を相手に韓国裁判所に賠償金を請求した同じ性格の2つの事件に対する対立的判決に関する分析も載っている。 矛盾する2審の判決文の内容はもちろん、それぞれの判決文に組み込まれた判事の歴史的事実に対する無知も一つ一つ暴いた。
基礎的な事実関係が分からず、「日本国家が慰安婦を差し出した」という荒唐無稽な前提を既成事実として判決文が出発する。 それから判決の最終主文まで続く過程に登場する論理の飛躍と事実の不整合を一つ一つ指摘する。 著者は判事たちの知的水準に絶望する。 さらに著者は1996年、国連人権委員会(UN人権委)の名で提出された「クマラスワミ報告書」もまた、歴史を知らないのは同様だと舌打ちする。
国民を欺き世界を欺く聖域化運動となった「慰安婦キリムの日」行事、「平和という名の少女像」が青少年に提供する暴力性、そしてこれを裏付ける「慰安婦被害者法」の問題についても鋭い分析を続ける。 結局、ユン·ミヒャンを中心に30年間続いた水曜集会という慰安婦歪曲の現場こそ、真っ赤な嘘がはびこる'赤い水曜日'だと断言する。 最後に、世宗(セジョン)大学の保坂雄二との訴訟、そして教科書に載ったでたらめな慰安婦記述も一つ一つ暴きながら親切に教えてくれる。
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