台湾の中学校の歴史教科書と韓国の大学生のレベル(柳錫春・元延世大学教授のコラムより)
このブログでも度々取りあげている、「慰安婦は売春の一種」発言で大学から停職処分を受けた柳錫春(リュ・ソクチュン)元教授のコラムを読んで、如何に韓国の学生に歴史を教える事が困難なのか、如何に論理的に考えさせる事が困難なのか、その苦労が分かりました。
そのコラムを紹介する前に、台湾の中学校の歴史教科書を見てみましょう。
これは、韓国のコミュニティサイト『Ilbe(イルベ)』のある記事を翻訳した『カイカイ反応通信』の記事『韓国人「台湾は日本統治時代をどう教えているのか…中学校の歴史教科書を見てみよう」』で見つけました。〔イルベの記事も元ネタはこちらのブログ:http://egloos.zum.com/chiculture/v/4113361〕
中国語が分からなくても大体内容は理解できると思いますが、日本統治時代の経済発展について説明しています。日本人なら理解できますが、台湾に対して行った事と朝鮮半島に対して行った政策は殆ど同じです。
尤も、台湾は李登輝総統のような方がいたから、このように事実を教える事ができるようになったとは思いますが。更に、戦後の国民党の統治が「白色テロ」と呼ばれる暗黒の時代で、日本統治時代の良さを理解できたという事もあるでしょう。
なお、元ネタのブログでは、さんざん台湾の教科書を紹介した後に、「日本は中国や韓国と違う方法で台湾を統治したようです」と結論づけていて、ガックリときました。
同じだっちゅうに!w
柳教授のコラムを読むと、台湾では中学生でも簡単に理解できる事を、韓国では大学生ですら混乱してしまう、というのが分かります。
以下、機械翻訳ママです。
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http://www.newdaily.co.kr/site/data/html/2021/09/05/2021090500066.html
[류석춘 칼럼] 김병헌의 '빨간 수요일'… 그리고 '발전사회학'
【コラム】キム·ビョンホンの「赤い水曜日」 そして「発展社会学」
2021-09-06
2019年9月17日、定年を1年残した筆者は、延世(ヨンセ)大学の講義室で受講生たちと熱い討論をした。 この講義は、大韓民国が発展したと認めるなら、その理由が何なのかを明らかにしようという「発展社会学」の講義だった。 この10年間、筆者は同じ方式で講義をしてきた。
いつものように講義の始まりは「大韓民国の発展における日本の植民地時期の役割をどのように評価すべきか」というテーマを取り扱った。 植民地時代を「収奪」の時代に近づけると、建国後に行われた韓国の飛躍的発展過程を完全に理解し難いという筆者の見解を先に伝えた。
この問題提起を学生に受け入れさせるためには、次のような質問をおおむね続けなければならない。 「1961年の5.16以降に行われた高度成長は、朴正熙(パク·チョンヒ)政権の役割のために可能だったのでしょうか」という質問に対し、学生たちは大部分違うと反応する。 そして原論的なそれで本当はやらない話をする。 国民が共に熱心に努力したからだ」と。
筆者の質問が続く。 「国民が熱心に働かなかった時期がありましたか」 「北朝鮮が貧しいのは北朝鮮住民が一生懸命働いていないからですか?」「後進国の国民も熱心に努力しなくて後進国になったのか?」このくだりに来ると学生たちの抵抗がかなり弱まる。
質問は続く。 「それなら朴正熙(パク·チョンヒ)政権の前段階である李承晩(イ·スンマン)政権の役割が大韓民国の発展に寄与した側面はないでしょうか」と再び学生たちは否定的だ。 親日派が建てた国なのに、韓国戦争がすべてを破壊したのに、戦争後は援助経済がすべてだったのに、不正腐敗が蔓延していたのになどの理由を取り上げ、絶対に違うと反応する。
ここで李承晩(イ·スンマン)政府の役割に対する論議に飛び込まないことが重要だ。 なぜならまだ学生達が心の準備ができていないからだ。 代わりに次の質問に移る。 「では、皆さんは朴正熙(パク·チョンヒ)でも認めず、李承晩(イ·スンマン)でもないというのだから、結局、その前の段階の日本が植民支配時代に発展の種がまかれたと考えるのか」という部分で、学生の大半は当惑しているという反応だ。
しかし筆者は質問を続ける。 発展が空から落ちたものでなければ、発展の歴史的ルーツがなければならないが、朴正熙でもなく李承晩でもないなんて、植民地の時期にならざるを得ないのではないでしょうか。 「まさか皆さんは国を移譲した旧韓末が大韓民国の発展の起源だと思いますか?」
「旧韓末から35年、植民地支配で搾取され、米軍政3年パスし、李承晩(イ·スンマン)12年も否定し、突然朴正熙18年とつながり、発展を遂げたんですか?」「それも私でもないなら、大韓民国の発展は根も葉もなく突然現れた朴正熙という人物の個人的なカリスマのおかげだと見るべきでしょうか。”
生徒たちの黙り込みが続く。 今まで生徒たちに伝わった現代史教育にはこのような質問が全く投げかけられなかった。 このような質問に露出して初めて、学生たちの脳には植民地時期と李承晩時期を再評価する必要があると考える空間が設けられる。 だからといって、ここで論争が終わるわけではない。 論争は次の段階でさらに激化する。
2.「反日種族主義」
植民地時代についての説明も大きな障害物と出会う。 「植民地時代は収奪と近代化が共存する時期」という筆者の主張は始まりから抵抗にぶつかる。 学生たちは、「収奪は当たり前だが、近代化というとんでもない話だ」と一蹴する。 「西欧を勉強して作った日本の近代システムが韓国に強圧的に移植されるきっかけが植民地だった」という筆者の説明は、だから日本に感謝すべきかという学生たちの皮肉につながる。
「政治的には朝鮮が日本の植民地になって差別を受けたのは事実だが、同時に社会·文化的には朝鮮が自ら抜け出せなかった伝統社会のくびきを日本がはがしたのではないか」という筆者の反問に学生たちは戸惑うこともある。 しかし、日本がそうしたのは私たちのためではなく、日本のためであるだけという主張に移る。 「日本のためのものではあるが、結果的に韓国の近代化に役立たなかったのか」という筆者の対応は結果論という非難を甘受しなければならない。
「学校、工場、監獄のように時間を管理する'監視と処罰'システムが他でもない近代」というフーコを動員し、筆者は「日本が朝鮮を近代に訓育した」と説明を続ける。 他の国の植民地経験とも比較しながら「植民地は全地球的に近代が広がる過程とも見ることができる」と付け加えた。
学生たちはそれなら植民地の独立闘争が「反近代闘争」なのかと反問する。 これに対して筆者は「植民地の独立闘争は政治的独立のためのものであり、社会·文化的に近代から独立して伝統に回帰しようという闘争ではない」と付け加えた。
「植民地住民を代弁する国会議員がおらず、軍隊にも行けずに税金だけを負担する矛盾を解決するために政治的独立が必要なのは確かだ。 しかし班常、庶얼と遷出、そして男女(男女)という身分の区別をなくし、すべての人を対象に普通教育を行う時代が植民地とともに来たが、それを再び伝統に戻そうとするのは不合理なことではないか」と再び筆者が言い返す。
学生たちはそのように次元を分けて分析的に接近すれば、植民地という差別の総体的な性格を薄める問題が生じると対応する。 総体的に接近する学生たちの立場で最大の障害は、他の何よりも経済的次元の問題を議論することから登場する。 「コメを奪い、土地を収奪し、徴用で労働を搾取し、慰安婦を強制的に連れていったなど、私たちが知っている歴史が事実に基づかない"反日種族主義"的思考の産物だという最近の研究成果を紹介」すれば、最初は全く信じようとしない。
しかし、李ヨンフン、金ナクニョン、チョン·アンギ、李ウヨン、チュ·イクジョンなどの学者たちが主導した植民地近代化論の研究成果を説明し、また彼らの論文と本を直接読まれると、学生たちは相当な衝撃を受ける。 その一方で、少しずつその妥当性を受け入れている。 彼らの論理と資料がそれだけしっかりしているからだ。 「日本と造船が単一市場に縛られて発生した人的·物的交換の結果、コメが輸出され、土地が取引され、契約によって労働者が海外に進出した」ことを学生たちが初めて悟るようになる。
◇ ◇ ◇ ◇
コラムはこの後、金柄憲(キム・ビョンホン)博士の『赤い水曜日』を紹介して、この本がもっと早く出ていたら...みたいな話になるのですが、ここでは省略します。〔機械翻訳をコピペするだけなので、次のエントリーでご紹介します。〕
これを読むと、韓国人に論理的に思考させる事が如何に難しいかがよく分かります。
結論が重要で、そこに至る経緯を考えない、努力をしないというのは様々な分野に於いてブログ主が韓国社会に感じる点ですが、そういう訓練を受けてないのでしょう。
更に、歴史的事象を「善・悪」の判断を付けて論じる風土もあるでしょう。
ブログ主は、慰安婦問題に関しては、固定観念を崩せる可能性があると思っています。しかし、韓国人がこの思考方法を変えない限りは、日韓関係など良くならないと思っています。
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