【東京五輪】「無観客」と「恥」の概念
東京オリンピックは間もなく閉会式を迎え、残るはパラリンピックとなります。
今回のオリンピックでは「無観客」という異例の開催となり、ある意味では、日本が「コロナに屈した」五輪とも言えます。
ブログ主も「無観客」には反対でした。SNS〔Twitter〕ではそういう発信をしたことを隠しません。
しかし、物事は多面的です。
いつまでも「有観客」に拘って批判していてもしかたがありません。A案がだめならB案というように、次善の策がとれたかどうか? これが重要です。
もし、今回のオリンピックが有観客で開催されたとしたら、海外からの物見遊山の観光客は観戦に訪れたでしょうか?
結果論ですが、おそらく「否」でしょう。
無観客であることでアスリート達、特に日本選手には「地の利」を与える事は出来ませんでした。しかし、一方、海外からの参加チームに不利な状況も与えませんでした。
以前、野球のプレミア12〔野球W杯の中間で行われるトップ12の国で行われる予選無しのイベント〕だったか、日本で決勝トーナメントを行った時があります。この時、日本の応援団が最多であることは確かでしたが、日本の野球ファンは相手国のチャンテ(=チャンステーマ曲=攻撃時の応援)を演奏するなどして、相手国にも配慮していました。
こうした事は今回のオリンピックでもできたかもしれませんが、家で寝っ転がってビールでも飲みながら観戦している視聴者〔←ブログ主だけかも?w〕が、「誰か(=主催スタッフ)がそうやるべき」と言うのは傲慢です。
無観客は残念な事かも知れませんが、その結果、日本の大応援団が無くなった事で、他国に「負い目」=「恥」を感じずに済んだ一面もあります。少なくとも「フェア」に開催できたのではないでしょうか?
「悪い面」を追及したらいくらでもあります。しかし、一方の「良い面」も評価しなくては、とブログ主は思います。物事は善か悪か(是か非か)の二分法では語れないのです。
こういう状況下で日本に来てくれたアスリートに嫌な思いをさせない、できるだけ「おもてなし」をする。これが多くの日本人の気持ちではないでしょうか?
現時点では北京冬季五輪は流動的です。しかし、多くの批判を無視して開催されたとしたら、西側の一般観客が物見遊山で観戦に訪れるでしょうか? もし開催されたら、中国人観客で埋め尽くされた施設での異様なオリンピックになるはずです。それを見て初めて他国はその「アンフェアさ」を批判するでしょう。
今回の異例なオリンピックは総括されるべきです。しかし、困難な状況下での開催であった事、その中で最善を尽くせたかどうかを多面的に評価(批判・称賛)をすべきです。
以上は、シンシアリーさんのブログ『BBC「議論は続けられるだろうけど、東京2020は小さな奇跡だった」』とその元ネタのBBCの記事を読んだブログ主の感想です。
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