【尖閣諸島】台湾の領有主張を論破する
たまたま台湾の「尖閣諸島」の帰属認識に関してTwitterで議論、というかやりとりしたので、過去のブログ記事のインデックスも兼ねて、まとめの意味でエントリーしておきます。
台湾の歴史観は基本的には蒋介石の中華民国(中国国民党)の歴史観を引きずっているので、尖閣諸島に関しては「古来よりシナのもの=我々のもの」という認識です。要するに「古来よりシナのもの」の部分の認識や根拠は中共(中華人民共和国)と同じで、その「シナ(清)」の正当な後継を中共と台湾(中華民国)とで争っているので、どちらも尖閣の領有を主張しているわけです。
もう少し正確に書くと、中共は清朝の時代に台湾と共に付属する尖閣も施政下に納めたので、「台湾も尖閣も(清朝の後継である)オレのもの」という考えです。
要するに、下の1と2までは台湾と中共が一致していて、3だけが対立しています。
- 尖閣は台湾に付属する
- 清朝時代に清は台湾を施政下に納めた
- 台湾は中国のもの(中共)/大陸側も中華民国のもの vs. 台湾はサンフランシスコ条約で独立した(どちらも台湾人の主張)
そして、台湾(当時は国民党)も中国も、尖閣の領有を主張し始めたのは、尖閣周辺に地下資源があると分かった1970年代からです。それまでは、例えば台湾で作られた地図(1965年)には尖閣が沖縄、即ち日本に属するという境界線が引かれていました。〔後述〕
従って、石垣市が尖閣の島々の字(あざ)名を「登野城(とのしろ)尖閣」と変更した2020年6月22日(効力は10月1日から)の際には台湾政府(民主進歩党)が非難声明を出しています。〔→ブログエントリー『【尖閣諸島】石垣市が尖閣の住所を「登野城」から「登野城尖閣」へ。中国が反発するかと思いきや台湾が...』参照〕
但し、民主進歩党は「反国民党」で発足した若い政党なので、日本との歴史問題には基本的には無知です。日本との良好な関係を続けたい一方、公式見解や尖閣の漁場が欲しい漁業関係者や国民党支持者との板挟みになっていて、尖閣問題はあまり触りたくないというのが現状でしょう。
実際に、台湾が清の後継を主張すると台湾独立派〔※〕の考えと矛盾が生じるのです。
※台湾独立派:中華民国体制からの独立であって、中華人民共和国からの独立ではない。
台湾独立派の考え方は、「サンフランシスコ条約で日本は台湾の領有を放棄しただけで、日本はどこにも“返還”はしていない。日清戦争で割譲した時の清は存在していないので、台湾は独立国としてスタートした」という論理です。こういう人達は現在の国民党の党旗である「青天白日満地紅旗」も否定しています。
左上の「青天白日」は国民党のシンボル
ついでに言えば、中国は「日中共同声明」(1972年9月)で中国は、「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」ことを日本が認めたと主張していますが、日本の立場は「それを理解する」としただけで、認めていません。
昨年来の中共による香港の弾圧、そして次は台湾だという緊張感が続いている今はともかく、それ以前の平和な時は、中国との経済関係を重視する経済界やその恩恵を受ける台湾国民と「台湾は台湾だ」という独立派のどちらからも、その時々のイシュー(論点)により蔡英文政権は批判されていました。
蔡英文政権としては、“あちらを立てればこちらが立たず”みたいな状態なのです。
これらは台湾国内の問題なので日本人がとやかく言うことはありませんし、蔡英文政権が尖閣の領有問題を曖昧にしている以上、殊更に敵対する必要もありませんが、「台湾との間にも『尖閣問題』はある」という認識を日本人は持たなければなりません。
台湾を論破すること即ち中国を論破することになるからです。
◇ ◇ ◇ ◇
台湾の尖閣に対する公式見解
台北駐日経済文化代表処の発表:中華民国の釣魚台列島をめぐる領有権に対する主張と「東シナ海平和イニシアチブ」
発信日時:2014-01-16
尖閣は元々清のものであり云々と書かれています。
台湾や中国が尖閣の領有を主張する根拠
先に、歴史認識や根拠は中共と同じと書きましたが、その一つは『順風相送』という「永楽元年」(1403年)に書かれたと中共や台湾が主張する書物で、実はこの本の後半部分(尖閣の領有を示す根拠となる部分)は後から付け加えられたものなのです。〔→ブログエントリー『【尖閣諸島】石垣市が尖閣の住所を「登野城」から「登野城尖閣」へ。中国が反発するかと思いきや台湾が...』参照〕
もう一つは中国側が領有権を主張する根拠とする清代の役人が記した台湾の地理書『台海使槎録(たいかいしさろく)』(1722年)です。しかし、これに記された「釣魚台(中国や台湾の尖閣諸島の呼び名)」は尖閣ではないことが分かる史料がありました。石井望・長崎純心大准教授の発見です。
* * * *
https://www.zakzak.co.jp/soc/news/171118/soc1711180016-n1.html
尖閣領有、中国の根拠「否定」する公式文書あった 台湾名の「釣魚台」は別の島
2017.11.18
【一部引用】同書では「山後(台湾東部)は大洋なり、北に山有り、釣魚台と名付けらる、大船十余を泊すべし」と記載され、中国側は「釣魚台」が尖閣諸島を指すと主張している。
だが、1970年に台湾政府が発行した公式の地理書「台湾省通志」は、「台海使槎録」に明記された「釣魚台」を台湾東南部の「台東県の島」と認定し、尖閣諸島ではないことが記されていたという。
* * * *
『台海使槎録』に関しては政府の『尖閣諸島 研究・解説サイト』の「台湾の一部分としての釣魚台はどこにあるのか」(平野 聡/東京大学法学部教授) にも詳しく書かれていますが、やや気に入らないのは、このサイトは内閣官房に属していながら、「本サイトに掲載する資料等は、政府の委託事業の下で有識者の助言を得て、調査・収集及び作成したものであり、本サイトの内容は政府の見解を表すものではありません。」などと注意書きを書いて責任を逃れていることです。
尖閣諸島が沖縄に属することを示す1965年の台湾の地図
地図全体の画像は前述のブログエントリーにあり。
1919年に中華民国が石垣村に贈った感謝状に「沖縄県八重山郡尖閣列島内和洋島」の記述
詳細はブログエントリー『【尖閣諸島】1919年に中華民国が石垣村に贈った感謝状に「沖縄県八重山郡尖閣列島内和洋島」の記述【領土・主権展示館】』参照
陳水扁総統時代の元副総統である呂秀蓮氏が「尖閣諸島は沖縄に属する」と発言
詳細はこちらのブログエントリーに書きましたが、2020年6月の発言です。
ただ、この方の認識も誤りがあり、「下関条約で台湾本島とそれに付属する尖閣も日本に割譲されたが、サンフランシスコ条約で台湾本島と澎湖諸島のみ中華民国に返還された(ので、尖閣は日本のまま)」という考えです。
尤も、この際、蔡英文政権は問題を回避せず、歴史研究タスクフォースを作って歴史を再検証すべきだと仰っています。
その他にも参考となる資料があれば追記しますが、一旦公開します。
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