【慰安婦問題】1950~60年代の韓国の売春婦(3)米軍慰安婦
今回は、「3」の動画、米軍慰安婦に関する動画を取りあげます。
- [日本軍慰安婦問題の真実] 1. 朝鮮戦争と韓国軍慰安婦(2019/05/17)
- [日本軍慰安婦問題の真実] 2. 1950-60年代の民間慰安婦(2019/05/24)
- [日本軍慰安婦問題の真実] 3. 1950-60年代の米軍慰安婦(2019/05/31)
朝鮮戦争(1950年6月~53年7月)が終わって、韓国軍慰安婦(特殊慰安隊)は無くなりますが、その後も売春婦(=当時は総称として『慰安婦』と呼ばれた)や、それに準じる職業に従事する女性は増え続けます。その中核をなすのは、『米軍慰安婦』でした。韓国に駐留する米兵相手に“春を売る”女性達です。
朝鮮戦争当時の慰安婦はともかく、既に売春が禁じられた時代での米軍慰安婦の存在は、後に、左翼活動家にとって、保守政権(特に、軍事独裁政権)への攻撃材料になりました。
以下、李栄薫博士の解説(要約)です。小見出し(◆~)は適宜ブログ主がつけたものです。
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[日本軍慰安婦問題の真実] 3. 1950-60年代の米軍慰安婦
◆米軍慰安婦を含めた民間慰安婦の推移
この数字は性病検診を受けた女性の実数である。
1955年から発刊された「保険社会統計年報」で見ると1955年には110,642人の女性が性風俗に従事していた。それが1962年以降の経済成長の勢いと共に、1966年には391,713人に増え、その内、専業とする慰安婦は61,833人から250,964人に増えている。
数ヶ月ないし1年未満で廃業した女性も多いので、前回の講義で見たように、毎年2~3万人が新規に参入し、平均1年4ヵ月程就業したので、2万6千人から3万9千人が特定時点の絶対数ではないかと思われるが、それも確実ではない。
年齢は3/4が20代。(表省略)
5年毎の国勢調査で把握している性別・年齢別の総人口と対比すると、1955年では20代女性の5.8%、1960年では5.1%、1966年は11.1%で、性売買を専業とする慰安婦のみの比率は、それぞれ、3.2%、3.1%、8.1%となる。
要するに、1966年になると、20代の女性の10人に1人が何らかの性売買業に従事し、12人に1人が売春を専業にしていた。
これは戦争だけでは説明できない。膨張した民間慰安婦の一部は米軍慰安婦だった。
◆米軍慰安婦の数
民間で使用された名前は「洋嫁」(ヤンセクシ)、「洋公主」(ヤンゴンジュ/字幕は「洋姫」)、「洋ガルボ」(ヤンガルボ)、「洋夫人」(ヤンブイン)、基地村女性など様々であるが、公式な呼称は「米軍慰安婦」または単に「慰安婦」だった。
1970年代になると、民間の売春婦を慰安婦とは呼ばなくなったが、米軍慰安婦だけは1990年代まで慰安婦が行政用語だった。
正確な米軍慰安婦の数は分からないが、5.16(1960年の朴正煕の軍事クーデター)以降、朴正煕政権は全ての基地村の慰安婦を協会か組合に強制登録させたが、当時の新聞はよく「1万人」と報道していた。更に、未登録者が3000~4000人程おり、総計は1万3~4000人とも言われた。
取り敢えず、1万人として、先程算出した特定時点の民間慰安婦人数(2万6千人から3万9千人)とで計算すると、1950~60年代の民間慰安婦の1/3~1/4が米軍慰安婦で、これが中核をなしていたと言える。
◆米軍慰安婦の数・年齢・従事期間・収入〔韓国人相手の慰安婦との比較〕
全国の基地がある所に基地村があった。
基地村女性の実態は、1964年にパク・デダンという人が群山市の保健所に登録された韓国人相手の慰安婦188人と米軍相手の慰安婦132人についての修士学位論文(「慰安婦達についての社会医学的な調査研究ー群山地区を中心にー」)を書いている。
この中で、韓国人相手であれ、米軍相手であれ、慰安婦を英語で「prostitute」としている事に留意。
1991年に日本軍慰安婦問題が提起されると、人々は「comfort girl」と呼んだが、「prostitute」の方が正しいと思う。
論文によると、米軍慰安婦の平均年齢は27歳、韓国人相手の慰安婦の平均21歳よりも6歳高い。
学歴も米軍慰安婦の方が高い。韓国人相手の慰安婦は中学中退以上の学歴は少数であるのに対し、米軍慰安婦は高卒ないし大学中退者までいた。
アメリカ人と結婚してアメリカに行くことを目的にして慰安婦になったこともあったと知られている。
従事期間は、韓国人相手の慰安婦は平均2.5年であるのに対し、米軍慰安婦は平均3.0年。
履歴を見ると、戦争の被害で家庭が破壊され孤児院を転々としたり、極貧で女中生活をしたケースが両社共通して高く、ある程度の年齢になると「友人誘い」や「男性誘惑」のケースが最も多かった。
米軍慰安婦の特異な点として、北朝鮮出身者が6人、日本と中国出身者が9人もいたことだ。このことは、米軍慰安婦の平均年齢が高いことと、30歳以上の年齢が多かったことと密接に関係がある。
解放の時(1945年)、10歳前後の子供で、親について北朝鮮から来た、或いは、日本や中国から本国に帰還したケースと言える。血統が日本人や中国人のケースもあった。研究によると、1970年代まで、基地村には日本人や中国人の女性がいたそうだが、彼女等は韓国人の夫から捨てられたケースが殆どだったそうだ。しかし、群山地区の女性達がそうだったのかは、解放の当時、子供だったことを考慮すると疑わしい。
論文の著者は、慰安婦達が1日に何回性交したか迄も調べた。
韓国人相手の慰安婦は1日に平均5.5回の性交をしたのに比べ、米軍慰安婦は1日に平均1.7回だった。〔表省略〕米軍慰安婦の半分近くは契約同居の形態で、相手が固定された場合が多かったからだ。そうでない慰安婦は基地村のクラブに行き、遊びに来る米兵相手に、所謂「ショートタイム」か「ロングタイム」の営業をした。
平均月収は韓国人相手の慰安婦が3,455ウォンに対し、米軍慰安婦は11,423ウォンもあった。
毎月の生活費はそれぞれ2,062ウォンと8,757ウォンで、月の貯蓄額は1,393ウォンと2,666ウォンだった。米軍慰安婦の経済状態が良かったことが分かる。
1964年当時の製造業従事者の平均月収は3,800ウォンあまりで、女性従業員は2,500ウォン程度だったので、慰安婦はかなりの高収入と言える。
それ故、数多くの女性、特に、就業機会がない低学歴の極貧階層の女性達が毎年この産業に進出していった。
◆米軍慰安婦を保守政権批判に利用する韓国の左翼活動家
このような米軍慰安婦の問題を、今日どのように理解し、評価すべきだろうか?
1991年に日本軍慰安婦問題が提起されると、それと共に米軍慰安婦の問題も提起された。基地村を訪れて、米軍慰安婦の生活実態を調査し、彼女達を支援するために社会団体や宗教団体の活動も活発に展開された。また、数々の研究もなされた。
『米軍慰安婦、基地村の隠された真実』という元慰安婦のキム・ジョンジャ氏の回顧録がある。基地村の包主(ポジュ、抱え主)の債務奴隷の罠にはまり、苦しんでいた一人の女性の悲しい人生が書かれている。数多くの女性達が基地村で殴り殺されたり、病死したり、自殺した。東豆川の基地村では週に1回はそのようなことがあったそうだ。
しかし、米軍慰安婦の問題を社会に告発した運動団体の全ての主張に同感することはできない。私は、延べ数十万人とも考えられる全ての慰安婦がそのように悲惨だったとは思わない。
概して米軍慰安婦は韓国人相手の慰安婦より良い境遇で、韓国人相手の慰安婦はより残酷な「人肉市場」であった。
運動団体は米軍慰安婦が国歌の暴力だと批判し、同時代の朴正煕や全斗煥政権の責任だと主張して賠償を要求している。その上、彼らは慰安婦の問題を韓米同盟のせいにしている。
朴正煕政権は基地村の浄化事業を行った。慰安婦の登録制を実施し、性病検診を強化した。彼ら運動家は、清潔な性サービスで、韓米同盟を強化する意図だったと解釈している。
ひいては政府が慰安婦を外貨稼ぎのために動員したとも主張しているが、そのような主張には同意できかねる。
朴正煕政権が1962年に売淫行為防止法を制定しながら慰安婦の存在を認めたことは確かに偽善的だ。
運動家は米軍慰安婦を日本軍慰安婦と同様の関心を持つべきだと主張しているが、その主張は正しいと思う。
しかし、おかしいことに、日本軍慰安婦の問題に関わっている団体はそれに同調しない。
米軍慰安婦と日本軍慰安婦は何が違うのでだろうか? その答えが「反日種族主義」だと思う。
日本軍慰安婦と告白した女性達は140人もいるが、米軍慰安婦だったと告白した女性はあまりいない。更に、朝鮮戦争当時の韓国軍慰安婦だと名乗り出た者は1人もいない。
何故か? 彼女達を保護・支援し、民族の聖女と崇める集団情緒の反日種族主義がそこでは作動しないからだ。
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ブログ主がある程度国際情勢を理解できるようになったのは就職した1980年代ですが、当時、韓国にさほど興味がないブログ主としては、韓国と言えば『バッタもん』(模造品やB級品)の生産地と『キーセン(妓生)観光』(=売春ツアー)くらいのイメージでした。それと共に、周辺、と言っても、ソ連や北朝鮮絡みですが、軍事的なトラブルを起こす国でした。このイメージが劇的に変わるのが1988年のソウル五輪以降(その前年に大韓航空機爆破事件)なのですが、少なくとも80年代の韓国は、客観的に見て、貧しくて不安定な国だったのです。
今回のテーマ『米軍慰安婦』や『キーセン観光』は、確かに、朴正煕(1961にクーデター/63~79年)や全斗煥(1981~88年)といった軍事独裁政権と重なります。
しかし、政府の奨励があったにせよ、その時代を必死に生き抜いた女性達がいただけのことだと思います。
BS1でしょっちゅう再放送をしてる、日本人の『戦争花嫁』も、当時、米兵と自由恋愛をする機会を考えると、ふと、慰安婦的な人だったのかな?とも思いますが、現在、平穏に暮らしている彼女達に偏見など抱きません。
韓国人の多くに感じる特徴は、過去を反省して現代や未来に生かすのではなく、現代の価値観を持って過去を糾弾してばかりいることです。「空間認知能力」という言葉がありますが、「時空認知能力」みたいなものが欠如しているのではないかと思います。時系列とか、その時代背景とかそうしたものを無視して、現代の感覚・感情で判定することが多い気がします。しかも、それが発揮されるのは、他者を攻撃する時だけで、自分は顧みないのです。
『李承晩TV』を観ていても、非常に論理的に分かりやすく説明してくれていて、実際にネットでは論理的に考えられる人が少なくないのに、何故これがマジョリティにならないのだろう?と不思議に思うのですが、韓国社会には、知的レベルの格差による葛藤が、日本よりも大きいのではないかと思います。
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