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2021/04/17

【慰安婦問題】収養父・収養母/朝鮮半島における「身売り」【金柄憲所長の解説動画】

今回は、Fujichan(宮本富士子さん)が日本語字幕をつけて下さった金柄憲所長の動画をご紹介します。保守系ネットメディア『ペン&マイク』に出演された番組の一部です。ここでは、慰安婦ではなく、一般的な朝鮮の娼妓・酌婦と「収養父(母)」について説明しています。

ブログ主がこの動画に興味を持ったのは、慰安婦のリクルートに於いて、日本と朝鮮半島の違いが生じた一因があると思うからです。

 

 

韓国の元慰安婦の証言には、時々「養父」という表現が出てきます。典型的な例は最初に元慰安婦だと証言した金学順氏ですが、彼女が性風俗の世界に入ったのは1939年、15歳の時(※1)で、母親によって40円(※2)で妓生の券番(※3)に売られたにも関わらず、元朝日新聞記者の植村隆氏が「挺身隊の名で強制連行された」という捏造記事(←西岡教授との裁判で「捏造」と認められたので、堂々と書けます。)を書いたことで有名な女性です。(証言の詳細は後述)

※1 韓国は数え年なので、14歳という記述もある。

※2 この当時のお金の価値は、元慰安婦の文珠玉(ムン・オクチュ)氏が「大邱(てぐ)の家は千円でした」と回顧録に証言しているので、大雑把に1円=1万円と換算すれば、少なくとも「桁」は合っていると思います。40円で売られたということは、40~50万円と考えていいでしょう。

※3 券番=検番。所謂「置屋(おきや)」で、現代なら、芸者などを抱えていて、注文を受けて料亭などに派遣する業者で、ここで芸事も仕込まれるので、養成所(=学校)のような要素もあります。ブログ主は「検番・見番」という表記は知っていたので、ずっと「券番」というのは誤表記かと思っていたのですが、博多辺りでは「券番」と書くようです。朝鮮半島と距離的に近いことに関係があるのかも知れません。(九州から進出した業者が多かった?)

 

以下は、動画の内容(金柄憲所長の解説要約)です。

「稼業人」とは職業人のことだが、一般的には芸妓、娼妓、酌婦を指した。

稼業人は「収養女」〔=養女〕が多かった。これは、親が貧しくて食糧が足りないので、幼い娘を他の家に送ること。

収養父」や「収養母」〔=養父母〕は何年か育てた後、成人になったら妓生にして何年かは金を儲けさせることを約束して引き取る。例えば、14歳で7年の約束ならば、通常、17歳から妓生になれるので、4年間は養育の期間で、残りの3年は金を稼ぐことができる期間となる。

成人の女性は直接娼妓や酌婦として仕事をしたが、その場合でも親に売られた女性が多かった。その次に無断家出。典型的な例では「赤いワンピースと革靴を貰って“日本人男性”に付いていった」と証言した李容洙だ。

収養女は大体10代初めか中盤に、親戚や隣近所などの紹介で行った。

前借金は10円、20円、金学順氏のような40円程度〔と安い〕。なぜなら、養育が必要だったからだ。契約途中で親が連れ戻す場合、養育費を養父母に返済しないとならなかった。この額が15円/日と高額だった。

金学順氏の場合、平壌妓生学校に通った。

ここで重要なのは、収養父母になると、当時は法的親権者になった。つまり、収養女を更に売ることができた

当時の契約は戸主の印鑑証明や戸籍謄本が必要だった。養育後に芸妓や酌婦として金を儲けた。娼妓は17歳からで、酌婦は17歳以下でもなれた。貧しさ故の犠牲者だった。

 

ここで、「収養女・収養父・収養母」という耳慣れない言葉が出てきます。少なくとも広辞苑には存在しない言葉です。

これについて調べた所、「収養」とは、どうやら中国語〔收养〕で、「養子縁組」という意味のようです。 李氏朝鮮時代からの言葉なのでしょう。また、朝鮮近現代史の専門家、藤永壯(ふじなが・たけし)教授(※)のサイトが見つかりました。

※Wikipediaの記述によると、中国や韓国の歴史観に近い方のようです。なお、ラムザイヤー教授の論文では藤永教授の著書が複数参考文献とされています。

以下、一部を引用させて頂きます。

http://www.dce.osaka-sandai.ac.jp/~funtak/papers/seoul/seoul1.html
〔『植民地朝鮮における公娼制度の確立過程』より、「妓生」の説明〕

  朝鮮王朝時代の妓生は、基本的に中央や地方の官庁に所属する「官妓」であり、いわゆる「八賤」のひとつ―賤民の身分に置かれていた。その主な役割は、宮中・官庁で行事や宴会があるときに歌舞を演じ、出席者の接待にあたることである。ソウルで宮中行事などに参席する官妓は、中央官庁に所属する「京妓」と、地方官庁から送られてきた「郷妓」(または「選上妓」)―とくに平壌は名妓の産地として有名である―から構成されていた。また官妓は官吏の求めに応じて自宅で宴を催し、酒食を提供したり歌舞を披露することもあった。しかし妓生に対する国家の給与は充分ではなかったため、朝鮮王朝時代の後期になって、下級官吏が「妓夫」(または「妓生書房」「仮夫」)と呼ばれる後援者となり、この妓夫の仲介によって、特定の男性と性的関係を結んで金銭を受け取り、場合によっては妾として扱われるようになった。妓夫をもたない妓生は、彼女を養育し技芸を教えた収養父・収養母が同様の役割を果たしたという。一般に京妓は妓夫をもつケースが多く、郷妓はもたない者が多かったので、前者を「有夫妓」、後者を「無夫妓」と呼ぶ場合もあった。

 

「妓夫」と言っても、実際は「抱え主」のようで、1894年に本間九介が著した『朝鮮雑記』には、妓生ではない私娼についても「彼の国の娼妓は全て人の妻妾である。(中略)夫は自ら妻の客を引き、(中略)揚げ代の請求に来る」とあるので、日本統治以前の資本主義が未発達の時代には、売春は家族経営的に営まれていたようです。

日本語で「身売り」とはよく言いますが、性風俗で働かせる前提で親権まで移動する人身売買はどれほどあったのかは不明です。

韓国の元慰安婦の証言では、“強制連行されて慰安婦にさせられた”のは大体十代半ばで、だから、慰安婦像もそのくらいの少女をモデルにしているのですが、日本統治下での公娼制度では最低17歳でないと公娼にはなれず、それは日本軍慰安婦も同様なので、そのような若さでは基本的に日本軍慰安婦にはなれません。つまり、性風俗の道に入ったのがそのくらいの歳ということで、金柄憲所長の解説の、収養女になる年齢と一致します。

以前のエントリーに書いたように、慰安婦として外国に渡航するためには、>>警察署長が発給する「身元証明書」女性と慰安所業者が一緒に作成する就業申請書に該当する「臨時帳簿営業許可願」、写真2枚、戸主と女性の本人が捺印した就業承諾書、以上の関係者の印鑑証明書、女性の戸籍謄本(就業承諾書、印鑑証明書、戸籍謄本は本人でなければ作成または発給を受けることができなかった)、そして日本領事館職員が直接当該女性と者の就労を希望することができるかを確認<<する必要があったのです。

従って、李容洙(イ・ヨンス)氏のような家出娘がなれたのはせいぜい私娼でしょう。あるいは、韓国軍慰安婦ならなれたのかも知れません。

また、ここで注意すべきは、元慰安婦として積極的に証言した女性は、挺対協などの公募で名乗り出た女性達です。中には本当に日本軍慰安婦だったのか疑わしい証言もあります。そして、彼女達の何倍もの名乗り出なかった元慰安婦がいたのです。彼女達の身の上話を朝鮮人慰安婦として一般化していいものかは甚だ疑問です。 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

金柄憲所長のFacebook(4月14日)より、金学順氏の証言詳細(ほぼ翻訳ママ。〔括弧〕内はブログ主補足)


「第26次国民行動」40ウォンで売られた金学順、なぜ日本軍の強制連行か?

(前略)金学順氏は'慰安婦被害者法'が定義した'日本軍慰安婦被害者'になれないだけでなく、はなはだしきは'日本軍慰安婦'かすら疑わしい人物だ。

'慰安婦被害者法'によると、'日本軍慰安婦被害者'という'日本によって強制動員されて性的虐待を受け、慰安婦としての生活を強要された被害者をいう。'と定義した。 '日本軍慰安婦被害者'になるためには、日本軍に強制連行されて性的虐待を受け、慰安婦としての生活を強要されたという条件を満たさなければならない。 しかし、金学順氏は、日本軍に連行されたこともないし、日本軍から性的虐待を受けたこともないし、日本軍から慰安婦生活を強要されなかった。

1993年、挺隊協の証言集によると、金氏は母親によって妓生を育てる養父に数年間の契約を結んで売られた〔1939年/15歳〕後、2年間の平壌妓生学校を終え〔1941年/17歳〕、妓生の営業をしようとしたが、妓生の許可年齢である19歳に満たず、営業ができなかった。 養父は許可を得るために奔走したが、失敗し、金氏と別の養女を連れて中国に渡った。 中国に行く前に養父は母に連絡して中国に行くことを許され、旅立つ日に母は黄色いセーターを買って平壌駅まで出て見送ってくれた。 金氏が日本軍に連れていかなかったということは、金氏自らが証言したところだ。

また、証言集には金氏が「何人かの軍人が私たちを家に連れて帰った。 後で分かったことだが、中国人が逃げて空いている家だった。 しばらくして、昼頃、養父を連れて行った将校が部屋へ出て来て、私を包装した次の間へ連れて行った。 私の隣の部屋に行ったら,将校は私を抱きしめて服を脱がそうとした. 脱がないようにして服が全部破れてしまった。 結局その将校に私の娘を奪われた。 その晩,私は将校に2度もやられた. 翌日夜が明ける前に将校は部屋を出て行った. 私は破れた服でぎょろぎょろと身を隠して泣いた. 将校はもうそんな服はここで着ることもできないと言った」と証言した。

しかし、これはありえないことだ。 この世のどの国の軍隊を問わず、民間人の女性を拉致して空き家に連れて行き、夜通し強姦し、破れた服を見て「もうそのような服はここで着られない」と言う軍人はいない。 そんなことがあったなら、当該軍人は戦犯裁判にかけられ、最高死刑に処せられた重大犯罪行為である。もっとも、1991年12月、金氏が日本政府に対して提起した戦後補償を求める裁判の訴状には、慰安所のある鉄壁陣で養父と別れたとされている。 北京で日本軍に拉致されたという金氏の証言は、断言するが嘘だ。

次に'日本軍慰安婦'とは、日本軍の管理下にある慰安所で日本軍を相手に売春行為をしたある女性をいう。 日本軍慰安所には慰安所オーナー、慰安婦、慰安所を利用する軍人たちが守らなければならない規定があった。 金学順さんの証言には、このような日本軍慰安所規定に反する内容が少なくない。(後略)

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

金学順氏は生後すぐに父親と死別し、15歳の時には母親が再婚、継父との折り合いが悪かったそうなので、数年間の契約と言っても厄介払いされたのだと思います。養父は法的親権者なので、中国に連れて行った後、慰安婦として契約させることもできたはずですから、本人はそこで日本兵に拉致されたと言っていますが、慰安所を営む娼館と契約を結び、前金を手に、そこで金学順氏を捨てたのかも知れません。〔あるいは、単に中国で街の私娼か公娼として働いていただけかも知れません。〕

西岡力教授の本によると、日本メディアの為に通訳や手配をしていた韓国人女性が、仕事を通じて親しくなった金学順氏に、なぜ元慰安婦と名乗り出たのかと尋ねたところ、「寂しかったんだ。誰も訪ねて来ない。」と答えたそうです。(『よくわかる慰安婦問題』P.39)

 

 

  


 

 

 

 

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