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2021年3月の10件の記事

2021/03/31

【風物詩】今年も来ました「ソメイヨシノの起源は韓国」【馬鹿】

FNNプライムオンラインに後ほどご紹介する記事がありました。

その記事をご紹介する前に、このエントリーのまとめを書いておきます。

 

日本統治時代に日本人が植えた桜は、その多くが戦後間もなく日帝残滓として切られた。しかし、1966年~80年代半ばに在日韓国人の協力で韓国に多くの日本の桜の木が植えられた。この時に異論もあったが、「日本の桜は韓国が起源」という説で納得させた。今や「花見」は韓国でも春の風物詩となったが、今年は、これが気にくわなくて「春の花祭り」と呼ぼうとする声も上がった。

2018年に韓国人自身でDNA分析を行い、済州島原産のワンボンナム(直訳すると「王桜花」で、韓国では長らくソメイヨシノの起源とされていた)と「ソメイヨシノ」は別品種という結果が出たが、韓国メディアは未だに韓国にあるソメイヨシノをワンボンナムと呼び続け、「日本のソメイヨシノ」と言う場合も「イルボン(日本の)・ワンボンナム」と呼ぶ。2018年の鑑定結果を風化させようとしているのだと思う。その証拠に、今年は「日本からワシントンDCに贈られた桜は済州島のワンボンナムだ」という記事が出た。(もちろん全て日本の桜で、12種類の桜が贈られている)

結論:つける薬のない人々

 

20210413_eisyuuzakura
日本にある王桜(和名:エイシュウザクラ)

 

以下、本題に入る前に基本的情報を整理しておきます。

 

◆「桜」に関するハングル表記

まず、『シンシアリーのブログ』によると、ハングルでは「桜」は「ボッコッ(벛꽃)」と呼ぶそうで、「벛」は「花」のことなので、一般的に「桜の花」という意味では「벛꽃」ですが、もう一つ、「桜の木=サクランボの生る木」という意味の「벚나무」(ボンナム)という言葉があるそうです。

そして、日本語に訳された記事や、原文を翻訳ツールで訳すと「ソメイヨシノ」になってしまうのですが、その元の単語を確認すると「벚나무」(ワンボンナム)で、最初の文字「」は「王」という意味です。つまり、「王桜」なのです。(王=ワンとは、なにやら中国語っぽいですね。)

さらに、記事などで「日本のソメイヨシノ(日本の王桜)」と表現する場合は「일본 왕벚나무」(イルボン・ワンボンナム)と書きます。従って、韓国人が読む場合は「日本の王桜」と認識するはずです。「染井吉野」と「王桜」をあくまでも同じ物だとして記事が書かれているといると言うわけです。

2018年には韓国人自身で、DNA分析の結果「染井吉野」と「王桜」は別品種と鑑定したにも関わらず、相変わらず、「染井吉野」と「王桜」を区別することなく書いているため、韓国人は同じ種類の桜だと思っています。(教えたくないためにわざとでしょうね。)

そして、前述の「벚나무」(ボンナム)も、翻訳ツールで確認すると「桜の木」だけでなく「ヤマザクラ」という意味があります。つまり、一般名詞と品種名も区別していません。

韓国人とは品種に関する話が通じないことになります。

 

◆起源論争はいつから?

そもそも、韓国でソメイヨシノの起源が済州島にあるという誤解は古く、1908年にフランス人宣教師が済州島で桜を発見したことから始まるようです。

 

王桜の起源をめぐる論争は1908年に遡る。韓国で布教活動をしていたフランス人エミル・タケ神父が済州で自生の王桜を発見したのだ。続いて1932年に京都大学の小泉源一博士も済州でソメイヨシノの自生地を発見したという記録を残した。このため済州の自生の王桜が日本に渡ったという主張があった。(2018.09.13付中央日報『済州か日本か…ソメイヨシノ起源めぐる110年論争に終止符』)

元記事では「王桜」と「ソメイヨシノ」の部分は全て「왕벚나무」(ワンボンナム)

 

論争と言えるのは近年だと思いますが、ひとまずそうしておきます。

 

◆今韓国にある桜はいつ植えられたの?

戦後、日本統治時代に植えた桜が「日帝残滓」ということで切り倒されます。

以下は、Wikipedia『鎮海区 (昌原市)』の項より引用。

 

鎮海の桜

日本海軍は鎮海の都市建設に際して、景観や土地保全のために梅や桃・松など各種の樹木を大規模に植えた。桜もそのひとつである。桜は海軍のシンボルとしてその後も植樹が進められ、1920年代半ばまでに鎮海は桜の名所として知られるようになった。1926年の鎮海線開通後は花見の季節に臨時列車が運行された[2]。

日本の敗戦後(朝鮮の解放後)、桜は日本の国花であるとして、大半が伐採された[3]。しかし1962年、桜(ソメイヨシノ)の原産地が韓国(済州島)だとする説が紹介され[4]、「桜は日本から入ってきた樹木ではなく、元来わが国の土壌で自生したもの」[5] とするイメージが広められたこと、1974年4月の朴正煕大統領命令によって桜の大植樹運動が展開されたことで、現在の鎮海の桜が復活した。

※脚注の番号は全て『ある日韓歴史の旅―鎮海の桜』(竹国友康著/朝日選書/1993年) を参照

※1962年、植物学者のパク·マンギュ(박만규)国立科学館長が「桜は韓国の花-漢拏山が原産地」と主張

 

鎮海は日露戦争に際して日本海軍の軍港となった場所ですが、日本軍は港だけでなく、都市も建設しました。その際に植えた桜は終戦後切られ、再び桜を植樹する際に上のような経緯があったようです。

現在、植えられている鎮海の桜は、2016.5.1付産経web版『36万本が咲き乱れ…軍港・鎮海の桜に秘められた日韓110年の歴史を紐解いた』によると、地元紙、嶺南日報の記事に手がかりがあった。「1966~80年代中盤、在日同胞と日本人たちが桜の苗木約6万株を鎮海へ寄贈した」(2012年8月31日、電子版)そうです。

同記事によると、朴正煕大統領時代の1973年の『60万人のセマウムシムキ運動(“新しい心を植える運動”と称された植樹運動)で、在日韓国人を中心に植樹活動を行った一環で、鎮海だけでなく韓国の各地に日本から多くの桜が移植されました。

おそらく、現在、韓国各地で桜の名所となっているのはこの頃に贈られたソメイヨシノでしょう。ソメイヨシノの起源は済州島の桜という認識だったので、当時は「ウリナラ(=我が国)の桜が里帰りした」程度の認識で、日本の桜を植えることには抵抗がなかったのだと思います。

 

ところで、上の文を見ても感じるのですが、やはり、ブログ主は、韓国の桜に関する記事を読んでいると、韓国人は桜の品種の概念が無いように感じます。桜=ソメイヨシノ(韓国人にとっては「王桜」)だけでなく、日本のカンザンという桜らしい八重桜を、韓国では「王八重桜」とか「王重桜」(왕겹벚꽃)と呼んで紹介しているのです。どうやら、八重の王桜と思っている節があります。(왕=王、겹=重なる、벚꽃=桜の花)

 

下の画像は「왕겹벚꽃」の検索結果。

 

20210331_ouzakura04

 

個人的には、誰が植えようと、どこが原産の桜であろうと、素直に楽しめばいいのに、と思いますが...

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

https://www.fnn.jp/articles/-/162850
【解説】ワシントンDCの桜は韓国産?杜撰な取材で拡散する嘘
2021年3月31日

(前略)韓国では春の風物詩のように毎年「ソメイヨシノは韓国起源」という類いの記事が出ていた。だが2018年9月、韓国山林庁の国立樹木園が、韓国の済州島に自生する桜とソメイヨシノは、遺伝的に別物であるとの研究結果を発表して以降、この種の記事はめっきり減っていた。「今年はどんな珍説が出るのか?」と期待している筆者にとってやや寂しい時期が続いたが、2021年は違った。

韓国の大手紙「中央日報」は3月29日「ワシントンで満開の桜、済州島の桜だろうか」という記事を公開したのだ。舞台はタイトル通りアメリカの首都ワシントンDCだ。日本でも非常に有名だが、ワシントンには日本から送られた数千本の桜の木があり、春の開花時期には「桜祭り」が開催されている。コロナ渦のため2021年は人出が少ないだろうが、毎年100万人もの観光客が集まるという。多くのアメリカ人が、美しい桜の花と着物の試着など日本文化を楽しみ、日米同盟の蜜月ぶりを象徴する場にもなっている。

この桜の木が、「実は韓国の済州島から持ち込まれたものだ」というのが問題の記事の結論で、根拠の1つはアメリカ農務省による遺伝子検査だ。記事によると、済州島に自生する桜とワシントンの桜が同じ塩基配列を持っているという事実が確認されたという。そこでアメリカ農務省の資料を見てみたところ、日本のソメイヨシノと韓国に自生する桜のDNAを比較した2007年の研究結果があった。

しかし「結論として、韓国の桜はソメイヨシノの交雑種とは異なると考えられる(In conclusion, it appears that the Korean taxon,P.yedoensis, can be considered different from Yoshino cherry hybrids)」と結論付けられていて、逆に「ソメイヨシノ韓国起源説」を否定するものだった。(後略)

 

記事にもあるように、既に2018年に韓国の研究でソメイヨシノと済州島に自生する桜(王桜)は別物だと答えが出ています。

記事によると、ワシントンDCに贈られた桜は複数の種類でソメイヨシノを含めた12種らしく(もちろん、韓国原産の桜はない)、それを知ってか知らずか、今年は、ワシントンDCの桜は“済州島のソメイヨシノ”説という変化球でやって来ました。

この記事を読んで、元記事が読みたくなり探してみました。(原題:美 수도 워싱턴에 만발한 벚꽃, 제주도 한라산 왕벚꽃일까

 

米首都ワシントンで満開の桜、済州島漢拏山ソメイヨシノかな
【中央日報】入力2021.03.29 11:42

桜は日本の国花だが、世界で最も有名な桜祭りは米ワシントンで開かれる。

米国の首都ワシントンを横切るポトマック川周辺では、今頃になると、4000本余りの桜の木が一斉に花を咲かせる。 川辺は桜色の天地に変わり、恍惚境を演出する。 桜は1912年、日本から友情の贈り物として贈られた3000本あまりの本がその始まりだ。 日本は自国の国花を米国の首都に大量に送り、ワシントンでは100年以上桜祭りが開かれている。 祭りには毎年100万人を超える観光客が訪れる。 今年は「コロナ19」の流行で訪れる人が大幅に減ったが、桜は相変わらず白いつぼみを咲かせた。

しかし、ワシントンのこの桜が済州道漢拏山(チェジュド·ハンラサン)で採集されたという主張がある。

東洋美術史学者ジョン·カーター·コーベル(1910~1996)博士は生前に発表した文で「日本の東京市長が1910年、荒川川辺の桜の木をワシントンにプレゼントしたが、虫が食べてすべて死んだ。 日本は新品種の桜の木を再びプレゼントしたが、この時の桜は済州道で採集したもので、米国の風土から強く生き残るものと思った」と明らかにした。

実際、1910年1月6日、シアトルの港に到着した日本産桜の苗木は、検疫過程で病虫害にかかったことが確認され、ウィリアム·タフト大統領の命令で全て焼却された。 ところが、わずか14ヵ月後の1912年2月14日、30~20本の苗木が再びシアトルに到着し、ワシントンに運送した。 短期間で数千本の桜の木を再び集めることができたかという問題、米政府が日本産桜の安全性に敏感に反応した事実を考えれば、コーベル博士の見解に耳を傾けることになる。

後に米農務省で実施した桜の遺伝子検査でも、済州のソメイヨシノの花とワシントンのソメイヨシノの花が同一の塩基序列を持っているという事実が確認されている。

日本は1930年代まではこのような事実を認めていたが、解放後、ワシントンと済州の桜の木が違う種子だと立場を変えた。 1945年までは韓半島が彼らの占領地だったが、解放後には立場を再整理する必要があっただろう。 同様に、韓国も「ワシントンの桜は本来は韓国の地で生まれたものだ」と声を高めているのは確かだ。 奪われた土地から、我々の意思とは関係なく立ち去った花だった。

チェ·ジョンドン記者

 

いきなり1行目から間違っていますw

コメント欄も、

kimy**** 2021-03-29 14:36:02 通報する

日本の国花は公式指定されていないし、皇室の象徴が国花だというけど、人たちが指摘してくれるなら早く直さなきゃ。 何やってんだよ…

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pasy**** 2021-03-29 13:44:21 通報する

日本の国会は桜花ではないといくら言っても無駄でしょう。 このような誤りを指摘しても中央記者は絶対に直さないんです。 中央日報は、記者たちの教育をどのようにしているのか。

賛成する8
反対する0

 

ソメイヨシノの起源そっちのけで、記者の誤りを指摘していますw

 

1910年に東京市から贈った桜の木は害虫のせいで枯死した(←これは事実)ので代わりの木を済州島から採取して送ったというのはもちろん嘘で、FNNの記事は伊丹市の農家に発注し、静岡県にあった農商務省の試験場で1年間養生された結果贈ったものだと解説しています。

で、「1930年まで日本人学者はワシントンの桜と済州島の桜が同一種だと認めていた」という部分はどうなっているのでしょうか。

この記事を書いた渡邊康弘特派員は中央日報の記事を書いた記者に問い合わせたそうです。

以下、その件(くだり)を再びFNNの記事から引用します。

 

1930年代は日本も「ワシントンの桜は韓国産と認めていた?」

同記事には「日本は1930年代までこのような事実を認めたが、解放(1945年)以後ワシントンと済州の桜が違う種だと立場を変えた」との記述もあった。だが「1930年代まで認めていた」事の根拠は示されていない。

そこで執筆した記者に聞いてみると、「2014年に他社の記者が書いた記事から引用した」との事だった。呆れながらも元ネタの記事を読んでみると、「京都大の植物学者小泉博士は1932年済州島にある漢拏山の標高600m地点で、日本にはない王桜(※韓国でのソメイヨシノの表記)の木の自生地を発見。原産地を済州島に確定発表するに至った」との記述があった。この記述自体は事実だが、前述のようにその後のDNA検査で、済州島の桜とソメイヨシノに遺伝的繋がりは無い事が分かっている。この教授の発表は間違っていたのだ。

また1人の大学教授の主張をもって「日本は1930年代までワシントンの桜と済州島の桜は同じとの事実を認めていた」というのは、読者に「日本は卑怯」とのイメージを植え付ける意図が透けて見え、ねつ造に近い。なお「アメリカ農務省のDNA検査」の件も、元ネタからの引用ということだったが、結局根拠は不明のままだ。

 

これぞまさしく「The 韓国人」ですね。歴史問題と一緒で、結果(願望)が先にあって、既に否定された説でも、それに合う情報を探してくるのです。

しかし、渡邊記者が最後に書いているように、

 

たかが桜と甘く見ていてはいけない。「日本海を東海と呼ぼう」との韓国の執拗なキャンペーンに対し、日本は強い対応を見せてこなかったが、その結果世界中のメディアなどで日本海と東海を併記する動きが出てきているのを忘れてはならないのだ。

 

おそらく、来年も似たような記事が出てくるでしょう。

記者は読者を洗脳できればそれでいいのです。そして、日本人が忘れた頃には再び「ソメイヨシノの起源は済州島の王桜だ」と信じる韓国人ばかりになっているのです。

実際にWikipediaの『ソメイヨシノ』の韓国語版を翻訳ツールで読んでみると、前述の京都大の小泉博士の話や、済州島に自生種のソメイヨシノが見つかったとか、栽培種のソメイヨシノの済州島起源説はまだ維持されているとか、訳の分からない事が書いてあります。

ソメイヨシノは江戸末期に染井村=現・東京都豊島区=で創り出された、エドヒガン(母系)と伊豆七島に自生するオオシマザクラ(父系)とを交配させた園芸種です。この2つを交配させたとしても、現在日本各地にあるソメイヨシノと必ずしも同じ花が咲くわけでは無いので、花の見事な木を選別したはずです。

こうしてできた第1世代の雑種(ハイブリッド)を「F1」(F=filial:第~世代の/F1:第1世代の品種)と呼び、園芸が趣味の人はよく知っている言葉ですが、F1の子供(F2)は花の色や形が一定しません。ソメイヨシノは同じ品種だけで植えられていることが多いため、種(実)ができにくいのですが、たとえ種ができてそれを育てても別の種類になってしまいますから、ソメイヨシノが“自生”することはあり得ないのです。

現在日本各地で目にするソメイヨシノはF1のソメイヨシノを接ぎ木で増やしたクローンです。

なお、園芸店では様々な園芸種の花の種を売っていますが、F1の種というのは普通に見かけます。ブログ主も以前、朝顔のF1種を育てたことがあります。それから数年間はこぼれ種から増えたらしい朝顔が庭に生えましたが、何の変哲もない花になっていました。

調べたら、ソメイヨシノの寿命は50~60年らしく、樹木としてはわりと短命です。また、現在はソメイヨシノよりも病気に強いジンダイアケボノやコマツオトメという品種に切り替えているそうです。

 

では、済州島のソメイヨシノこと、王桜とはどのような品種なのでしょうか?

長くなるので、次回詳しく書くことにします。

20210331_ouzakura01
2021/03/31にGoogle検索した結果のキャプチャ

 

 

  


 

 

 

【慰安婦問題】韓国「慰安婦法廢止國民行動」金柄憲氏のメッセージ(2021/03/31)

本日、ソウルの日本大使館近く(つまり、慰安婦像の近く)で「慰安婦法廢止國民行動」の皆さんの街宣がありました。

韓国ではデモ或いは街宣活動のことを記者会見と呼ぶようですが、実際にこの方達の街宣は声明文を読んで、その場に取材に来ているメディア、と言ってもネットメディアかユーチューバーが多いようですが、簡単なインタビューに答えたりして、全体で小一時間程度で撤収します。

 

20210331_kim01
聯合ニュースの本社ビルの前
当面、毎週水曜日にここで声明を出すようです。

 

以下の声明文は国史教科書研究所の金柄憲所長のFBから。

今回は慰安婦像を作った作者夫婦への批判です。(ほぼ機械翻訳ママ)

 

[記者会見文]歪曲と憎悪の象徴物、 「少女像」作家に要求する!

2011年12月14日、鍾路区中学洞区の日本大使館前に'平和の少女像'という名前の慰安婦少女像が設置されて以来、全国には約140あまりの慰安婦さんが設置されており、米国とドイツ、豪州など外国にも20個に近い慰安婦少女像が設置された。

それだけでなく、各学校にも縦横20cmほどの「小さな少女像」が数百体も設置されていることが知られている。 30年近く、水曜集会が開かれている日本大使館前の少女像をはじめ、我が目に熟した慰安婦少女像はキムウンソン、キムソギョン夫婦の作品だ。 二人は反日の象徴物と認識されている少女像の制作過程を「空いた椅子に刻んだ約束」という作家ノートに整理しておいた。

金さん夫婦は、少女像について"日本政府が戦争で'性奴隷'にした対象は年を取ったおばあさんたちではなく、花の年ごろの少女たちと若い女性たちだった。 植民地時代の朝鮮の花の年ごろの少女たちと若い女性たちを騙したり、強制的に戦場に連れて行き、性奴隷にしており、その上に殺しまでした無残な犯罪をためらいもなく犯した残酷な歴史を覚えさせたかった。"とした。
金さん夫婦が覚えさせたかった残酷な歴史とは日本軍が朝鮮の花の年ごろの女たちを戦場に連れて行き、性奴隷にして殺した無残な犯罪行為であったというのだ。

しかし、これは明白なうそで捏造(ねつぞう)だ。 日本軍ではなく、どの国の軍人でも民間人を拉致し、性的暴行を加え、殺害すれば最高死刑に処される重大犯罪行為であるうえ、実際に処刑された事例がある。 日本軍が戦争中に朝鮮に来て何の罪もない幼い少女を対象にこのような犯罪を犯すということはあり得ないことだ。

金さん夫婦は、女性家族部に登録された、いわゆる'日本軍慰安婦被害者'240人の中でたった一人でも日本軍に拉致されて、性的暴行を受けて、殺害された証拠を提示しなければならない。

次に作者は日本軍によって戦場に連れ去られた多くの女性が未成年だったため、11歳の娘をモデルに10代初·中盤の未成年女性を作品に表現しようとしたという。 それで銅像の名前も、慰安婦さんじゃない'少女像'としたものと考えられる。 しかし、これも歪曲で捏造に違いない。
1996年のクマラスワミ国連人権委の報告書には、日本軍慰安所制度を「売春行為の制度化で強姦数値を減らすためのもの」と記載している。 売春行為の制度化とは、すなわち公娼(公娼)を意味し、慰安婦は公式的な売春でお金を稼ぐ職業人気のため、未成年者は従事できなかった。

当時、日本政府は慰安婦を目的に朝鮮の土地を発つためには必ず身分証明書を発給するようにした。 証明書発給の際は、写真2枚が添付された申請書、契約書、戸籍謄本、親権者の承諾書、家業人調査書など各種書類を取り揃えなければならなかった。 さらに、すべての書類には親権者の印鑑証明書が添付された捺印が必要だった。 当然未成年者は身分証明書の発給を受けることができず、身分証明書がなければ出国できなかった。

実際に1940年代の慰安婦募集広告には'18歳以上30歳以内身体強健な者'という条件がおり、1944年の米軍捕虜シムムンソには韓国人慰安婦の年齢がおよそ25歳前後とした。 どこから見ても日本軍管理下にある慰安所で10代前半の未成年者は、慰安婦になることができなかったことが証明される。

しかし、作家は"キム・ボクドンさんは15歳、キル・ウォンオクさんは13歳に'慰安婦'に連れて行かれました。 幼い女の子を強制的に供出して戦争犯罪を犯した日本政府が必ず見なければならないと思いました。 そうしてこそ戦犯国日本が恥ずかしくてでも反省し謝罪すると思い、過去の戦争犯罪事実を認めて反省すると思った」と述べた。 しかし、キム·ボクトンであれ、キル·ウォンオクであれ、日本軍に連れて行かれたことがなく、甚だしくはキル·ウォンオクは自ら金を稼ぐために友達と中国に渡ったと証言した。

キムさん夫妻は「戦犯国日本が恥ずかしくてでも反省し謝罪すると思う」と言ったが、いざ恥ずべき行動はキムさん夫婦の嘘で、反省し謝罪すべき人もキムさん夫婦だ。 金さん夫婦は、日本軍慰安婦の実体を、歪曲捏造し、国民を欺いて世界をだましたためだ。 これに対し、我々はキム·ウンソン、キム·ソギョン夫妻に次のように要求する。

1.「日本軍が10代初めの朝鮮少女を強制的に連れて行った証拠を提示せよ!」

2.日本軍が朝鮮女性を強制的に連れて行き、性奴隷にして無惨に殺害したという証拠を提示しろ!

2021. 3. 31.
慰安婦法廢止國民行動

 

20210331_kim02
画像は虎ノ門ニュースで紹介された金所長のプロフィール

 

ところで、ちょっと好奇心でこの場所をGoogle Mapで調べて見たら、慰安婦像が見つかったので、キャプチャを撮りました。手前の道路のこちら側が日本大使館の敷地で、工事中の板塀で囲まれています。像は大使館とは道を挟んだ反対側の舗道にあったのですね。

 

20210331_kim03

 

道路ぎりぎりの歩道上にあるのですね。何となくゴミの集積所みたいです。

 

 

  


 

 

 

2021/03/26

【悪意の教科書】山川出版の中学歴史教科書の『従軍慰安婦』復活【何が問題か】

令和元年(2019年)度の教科書検定に合格した山川出版社の中学生歴史教科書に『従軍慰安婦』という単語が復活し、本年度4月から使用されます。

これについて、国会でも論議が行われています。

 

◆何が問題か?

この教科書の問題は大きく分けて2点あります。

まず、中学生に「慰安婦」や「慰安施設」の存在、つまり、兵士の「性処理」について教える必要があるのか? 教えることで子供達に害があるのではないか?ということ。そして、「従軍慰安婦」という言葉に誤りがあるだけでなく、記述そのものが誤解を与えること。事実をねじ曲げて教えようとしている意図が見え隠れしているのです。

明らかに、「日本人は悪である」という意識を子供達に植え付けようとしている悪意を感じる教科書です。

韓国国内ですら、一部の学者を中心に正しい歴史認識を広めようとしている時に、肝心の日本がなにをやってるのだ?という話です。

この件については、後ほどもう少し詳しく述べます。

 

◆どうしたら修正させられるのか?

それでは、どうしたらこの教科書を修正させられるのかについては、2月8日の衆院予算委員会で加藤勝信官房長官が答弁の中で述べた「近年、政府は『慰安婦』という用語を用いており、『従軍慰安婦』は用いていない」という発言内容を閣議決定する方法が考えられます。これを政府の公式見解とすることで、少なくとも「従軍慰安婦」という表現は不適切となるからです。

尤も、本来は、教科書検定の段階で、この部分を不適切とすべきでした。しかし、所謂「加計問題」で露呈したように、文科省そのものが邪(よこしま)な省庁であること、「つくる会」の歴史教科書を不合格にした時に噂されたように、その中の教科書調査官に問題のある人物(アサヒ芸能の記事では北朝鮮のスパイ)が入り込んでいることから、諸悪の根源は文科省にあると思います。日本獣医師会が山川出版社に代わっただけで、構図は「加計問題」と同じです。さしずめ、つくる会は加計学園みたいなものでしょうか。違いは、教科書調査官が国家戦略特区の「ワーキンググループ」のような組織ではないことです。

 

再び、この教科書の修正の可能性について戻りますが、具体的には文科大臣によって「従軍慰安婦記述削除の訂正申請勧告」を出させることが必要です。

「訂正申請勧告」とは分かり難い言葉ですが、教科書を後から修正するためには、教科書会社からの「訂正申請」が必要です。文科省が誤りを見つけた場合は、直接命令して修正させるのではなく、「訂正申請をするように」という「勧告」を教科書会社に行い、訂正申請をさせるという手順になります。

現状でも萩生田光一文科大臣がこの勧告を出せるはずですが、それをしようとしないので、「従軍慰安婦は誤り」という政府見解をもってして修正を迫ることが必要だということです。(28年1月18日の参議院予算委員会で中山恭子議員の質問に安倍総理は性奴隷を否定する発言をしているが、答弁中の発言では公式な「談話」などより弱いようである。)

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

以下、もう少し詳細に山川出版社の歴史教科書の問題点を考えていきます。(教科書の該当ページの画像は、なでしこアクションの記事『これが山川出版の従軍慰安婦教科書だ!』にあり。)

問題の記述は『中学歴史 日本と世界』の単元「戦時下の国民生活」、小見出し「戦時体制下の植民地・占領地」にあります。

まず本文に、

多くの朝鮮人や中国人が日本に徴用され、鉱山や工場などで過酷な条件の下での労働を強いられた。(①)

とあり、①の注釈を見ろという指示があります。そして注釈には、

①戦地に設けられた「慰安施設」には、朝鮮・中国・フィリピンなどから女性が集められた(いわゆる従軍慰安婦)

とあります。(※2021/03/30   部分については訂正された【後述】)

 

本文も問題がありますが、ここでは「従軍慰安婦」に限定して書くと、そもそも「従軍慰安婦」という言葉が、戦後作られた造語であるということです。

これは、元毎日新聞記者の千田夏光が著し、1973年に出版された『従軍慰安婦』という本のタイトルに使われた言葉です。本来そのような言葉は無いので、文中には「慰安婦」としか出てこないそうで、おそらく、タイトルを付ける段になって作られた言葉なのでしょう。

上記リンク先のWikipediaに書いてあるように、韓国のメディアが60年代末から言い始めた「挺身隊動員を受けた女性が20万人、その内、朝鮮人が5 - 7万」()という根拠の無い数字が小説にも使われており、よく韓国人が言う「20万人の性奴隷」と「従軍慰安婦」という言葉はリンクしています。

 

※韓国ではしばらく「挺身隊」と「(日本軍)慰安婦」の混同があったことに注意。慰安婦という言葉が一般的な売春婦にも使われるようになり、女子挺身隊が日本軍慰安婦だと思われていた。韓国の活動団体「正義連」が「挺身隊問題対策協議会(挺対協)」から名称を改めたのも2018年のこと。

1960年代までは慰安婦が売春婦の意味で使われており、朝鮮戦争(1950~53年)では軍専用の売春婦は韓国軍慰安婦、米軍慰安婦と呼ばれた。 70年代以降は民間の売春婦には使われなくなったが、90年代まで米軍慰安婦という言葉は残った。(李承晩TV:[日本軍慰安婦問題の真実] 3. 1950-60年代の米軍慰安婦

1966年に韓国大法院が「慰安婦」とは一般に売春婦を指すとした判決が出ている。(韓国語判決要旨)内容から判断すると、怪我か何かで仕事が続けられなくなった売春婦が「売春婦ではなく『慰安婦』だ」と主張して損害賠償を求めたが、違法行為(=売春)の収入を元にした損害額の算出は認められないという判決らしい。

 

また、そもそも「従軍○○」(ex. 従軍看護婦)という言葉は「軍属」(兵士以外の軍に属する者)に使われる言葉であり、国から給金を貰っていた人達です。「従軍慰安婦」は言葉として間違っているのです。

これを「いわゆる従軍慰安婦」としたから良いのだと文科省は釈明しますが、「いわゆる」というのは、「世間一般でそう言われている」とか「俗に言う」という言葉で、それなら正式な用語であり、一般に使われている「慰安婦」と書けばいいはずです。

これは「河野談話」(平成5年8月4日)の書き出しが「いわゆる従軍慰安婦問題については...」を根拠にしていると文科省は説明しています。が、朝日新聞の慰安婦キャンペーンで虚実入り交じった情報があって混乱していた時期の話で、現在、慰安婦問題を論じる時などでもわざわざ「従軍慰安婦」とは、少なくともメディアでは使っていません。河野談話の頃に間違って覚えてしまった人がこの言葉を使うのはたまに見かけますが、既に世間一般ですら使われていない言葉です。

「いわゆる従軍慰安婦」というのは河野談話とも結びついているのです。

なお、河野談話は、行為の「主体」(主語)や日本軍・政府(官)の「関与の度合い」などに曖昧性があり、ブログ主はこれを良しとは思っていませんが、これ自体は日本軍や日本政府による強制性を認めたものではありません。問題はこの後の記者会見で河野洋平が「強制性があった」と口走ってしまったことです。日本政府が河野談話を継承すると言っているのは談話文のみであり、韓国は河野洋平氏の発言も含めて河野談話と認識しています。

 

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仮に河野談話が韓国側の言うように「強制性を認めた発言」であったとしても、あくまでも政治的な発言であり、慰安婦=“性奴隷”を証明する「史料」となるものではありません。吉田清治の“奴隷狩り”が嘘だと判明して朝日新聞が謝罪したのは更に20年も後のことです。

 

また、もし「慰安婦」を取りあげたいのであっても、これは植民地(ここでは日本の一部であった台湾、朝鮮も含む)だけの問題ではありません。正確な人数は把握されていませんが、おおよそ5割が日本人女性と言われており、植民地の女性だけが慰安婦であったような誤解を与えます。

これについても、文科省は「戦時体制下の植民地・占領地」という見出しの下で扱っているからという詭弁を弄していますが、その単元の元で解説することそのものが誤りなのです。慰安婦の全体像が分からない中学生には不十分な情報です。

この短い記述だけで、いかに山川出版社が邪悪な意図を持って子供を洗脳しようとしている会社か分かると思います。

 

もう一つの問題、それは「戦場の性処理」を子供達に教える必要があるのかということです。

例えば、江戸時代の文化を教えるのに、吉原や遊郭をわざわざ教える必要があるでしょうか? 事実であっても、仮に、日本統治時代の朝鮮の状況を教えるに当たって、朝鮮時代から続く「妓生」(役人向けの官妓)の存在や「貧困に喘ぐ下層民が娘を売り飛ばしたり、騙して遊郭に売る悪徳業者が横行していた」などと教える必要がないのと同じ事です。

要するに、教育上の問題です。

ちなみに、「慰安婦」について、韓国のある教科書(小学校5年生用)には、「日本軍慰安婦は、日本軍が侵略戦争を起こした後、日本軍と日本政府が戦場に強制的に動員し、持続的な性的暴力と人権侵害を受けた女性を指す。」(原文:일본군 위안부는 일본군이 침략 전쟁을 일으킨 이후 일본군과 일본 정부가 전쟁터에 강제로 동원하여 지속적으로 성폭력과 인권 침해를 당한 여성을 가리킨다.)と書いてあるそうです。(国史教科書研究所の金柄憲所長のFBより)

これを、長年、韓国の教科書を正す活動をしてこられた金柄憲(キム・ビョンホン)所長は、内容の誤りだけで無く、このようなことを子供達に教えるのは「虐待」に等しいと批判しています。

こうした配慮は大人なら当然のことだと思います。

 

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【※2021/03/30追記】本日の参議院・文教科学委員会の日本維新の会・松沢成文委員の質疑で「中国人は『国民』ではないので『徴用』というのは明白な誤りである」という指摘があったが、答弁により、昨年11月に出版社からの訂正申請があり、訂正されていたことが判明。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

以下、関係する動画やサイト、記事をまとめておきます。

2月8日の加藤勝信官房長官の国会での発言

https://www.sankei.com/politics/news/210208/plt2102080036-n1.html
政府「従軍慰安婦」用いず 加藤長官、中学教科書と一線
2021.2.8

 加藤勝信官房長官は8日の衆院予算委員会で、慰安婦をめぐる表現について「近年、政府は『慰安婦』という用語を用いており、『従軍慰安婦』は用いていない」と述べた。日本維新の会の藤田文武氏の質問に答えた。

 加藤氏は、平成5年の河野洋平官房長官談話で「従軍慰安婦」という用語を使った理由について「同年ごろ、多くの人が『従軍慰安婦』という言葉を用いていた事情があったため、政府としてはかつて『いわゆる』という言葉を付して表現した」と説明した。

 一方、今年4月から使われる中学校歴史教科書に「従軍慰安婦」との記述が復活したことに関して、萩生田光一文部科学相は「教科書検定が適切に行われた結果、当該図書は検定に合格した」と語り、検定基準に沿ったものだとの認識を強調した。

 

なでしこアクション

 

国会での質疑(動画など)

 

 

 

河野談話の検証(外務省HP)

  • 平成26年6月20日(2014)
    有識者会議
    河野談話を検証
    河野談話作成過程等に関する検討チーム

日本政府による調査と内閣官房長官談話」の下記文書参照

慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯~河野談話作成からアジア女性基金まで~(平成26年6月)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000042166.pdf
英語版:https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000042167.pdf

 

教科書の「訂正申請勧告」について

 

 

  


 

 

 

2021/03/23

【韓国】韓国最大級の「前方後円墳」、調査したら日本の前方後円墳にそっくりなので再び塞いでしまう

嘗て伽耶(任那)があった韓国南部や百済があった西側には日本式の古墳が存在することで知られています。

日本では古いもので3世紀から見られる前方後円墳ですが、韓国で発見されるものは5~6世紀のもので、数は日本に比べると少なく、明らかに日本から伝わったものと考えられます。

今回発掘調査が行われたのは「長鼓峰古墳」(下図No.13)ですが、存在を確認した約40年後に内部を調査した所、日本の前方後円墳と造りがそっくりということが分かり、任那日本府の根拠となることを懸念して(?)、再び閉じてしまいました。

 

 

これ自体はいかにも韓国らしい出来事ですが、ブログ主は記事の論調に注目しました。(記事原文:한반도서 가장 큰 고대 무덤, 열자마자 덮은 까닭은…

ハンギョレ新聞の記事を素直に読むと、この措置にやや批判的なニュアンスが感じられるのと、研究者に対する同情のようなものも感じられ、最後に紹介されるソウル大学国史学科のクォン・オヨン(権 伍熒)教授の言葉がそれを物語っています。

歴史学会に関しては日本もイデオロギー的に問題はありますが、この古墳が確認されたのが80年代初めで、その当時の任那日本府の存在を巡る日韓の論争の煽りを受けてか、内部調査の許可が下りず、その後、保全されていなかったので盗掘に遭ってしまい、昨年秋にようやく発掘調査が行われたのですから、いかに政治的な理由で“外野”(歴史学会?)から研究が阻害されたのかが読み取れます。

 

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https://news.yahoo.co.jp/articles/931f0cc72421cffb8101ea75be09622a6c9bf2fd
朝鮮半島最大の古代の墓、開けた直後に閉じた理由は
3/22(月) 9:09配信


[ノ・ヒョンソクの時事文化財] 長鼓峰古墳をめぐり考古学界で騒ぎに 日本の古墳に似た構造や祭祀の跡をめぐり議論 「追加発掘後に一般公開」とし、再び埋める 墓の被葬者は百済の統制を受けた倭人? 日本の右翼が任那日本府説の根拠にすることを懸念

 

最近発掘調査された全羅南道海南郡北日面方山里の長鼓峰古墳内部の石室。遺体を置く部屋への入口の玄門が正面にみえ、平らな板石をいくつか置いた床と砕いた石を整然と積んだ石室の壁面が見える。1990年代までに2回盗掘され、内部の遺物は大部分が失われた

 朝鮮半島で最大の古代の単一の墓が、新年の始めについに開かれた。考古学者らは5~6世紀の日本の古墳とそっくりな墓の構造に驚き、すぐに土で覆われ再び埋められてしまったことにがっかりした。今年1月、国土最南端の海南(ヘナム)から聞こえた墓の発掘に続く覆土のニュースは、メディアには公開されなかったが、韓国国内の考古学界を騒がせた。

 この遺跡は、全羅南道海南(ヘナム)の北日面方山里(プギルミョン・パンサンリ)の長鼓峰古墳だ。6世紀前半のものと推定されるこの墓の外側の墳墓と石室内部が、去年10月から今年2月まで、馬韓文化研究院の発掘調査により約1500年ぶりに明らかにされた。驚くべきことに、石室は日本の九州の外海岸と有明海一帯で5~6世紀に造成された倭人貴族の石室墓と、構造はもちろん墓の内部への入口をふさぐ前に行われた祭祀の跡までほとんど同じだった。

 調査団は、後面の封土を掘り、墓の内部に通じる細い通路(羨道)に入り、内側を観察した。調査の結果、床に細長い板石を置き、上側に砕いた石(割石)を整然と積み壁面を作る、古代九州の石室墓特有の構造であることが明確だった。天井と壁面にも、日本の弥生時代以来の古墳の典型的な特徴である赤い朱漆が塗られた跡が残っていた。

 出土品はほとんどが盗掘されていたが、墓の被葬者を明らかにする手がかりとなる遺物が相当数収集された。墓の内部への入口で発見されたふた付きの皿(蓋杯)10点が代表的だ。一部の蓋杯の中にはイシモチなどの魚の骨や肉類など祭礼での食事と推定される有機物の塊も検出された。「日本の古墳で確認された祭礼の遺物と類似の内容物と配置が注目される」と、チョ・グヌ研究院長は説明した。墓の内部を直接調べた慶北大学考古人類学科のパク・チョンス教授は「九州の倭人の墓に入った時と印象がまったく同じだった」と述べた。

 長鼓峰古墳は墳墓の長さが82メートル(溝を含む)、高さは9メートルに達する。皇南大塚などの新羅の慶州の大型古墳より大きい韓国国内最大級の墓だ。外見は日本で古代国家が成立する当時の墓の様式である前方後円墳(長鼓形墳墓)の形だ。前方後円墳は、墳墓の前方は四角い形で後方は丸みのある円形の特徴をとり、日本の学者が名付けた名称だ。日本の墳墓の形式である前方後円墳が古代の海上路の要所である全羅南道の海岸一帯に10基存在するという事実は、1980~1990年代に相次いで確認された。日本の右派勢力は、4~6世紀に日本が朝鮮半島南部を支配したという「任那日本府説」を裏付ける物証だと主張した。韓国と日本の学界で、埋葬された人物の出身地が朝鮮半島か倭国かをめぐり大きな議論となった。

 長鼓峰古墳も議論の中で困難を経験した。80年代初め、学界に初めて報告された当時は、自然の地形である丘とみなされた。80年代半ばごろに嶺南大学のカン・イング元教授が発掘許可を申請したが、文化財委員会の許可が下りず、外側の実測しかできなかった。1986年に全羅南道記念物に指定されたが、保存措置がまともにとられず、90年代に2回盗掘された。国立光州博物館が2000年に盗掘の穴を確認し、緊急試掘調査により内部を一部確認したが、公式の発掘は20年後の昨年秋に始まった

 しかし、墓の石室は2月末に再び埋められた。研究院側は「新型コロナウイルスの防疫のための措置で、5~9月に墓の周溝の追加発掘の後に一般公開を推進する」と明らかにした。しかし、一部では発掘による波紋も考慮したものだという見方が出ている。調査内容は、朝鮮半島の前方後円墳の墓の被葬者の議論を再び引き起こす公算が高い。過去20年ほどの間、百済政府の統制を受けた倭人官僚や傭兵という説と、日本に移住し現地の墓の文化の影響を受け帰国した馬韓人または百済人という説など、多くの推測が出された。長鼓峰古墳から九州の古墳と瓜二つの構造と鉄鎧の破片や鉄の矢じりなどの武器類が埋められた事実が確認されたのは、韓国国内の学界に負担になり得る。日本の右派学者が再び任那日本府説の根拠にすることがあり得るという懸念まで出ている。

 ソウル大学国史学科のクォン・オヨン教授の助言を思い出したい。「長鼓峰古墳は倭系統の墳墓の構造を有しているが、埋葬された人物を軽々しく断定してはいけません。外形、構造、遺物などを当時の情勢とともによく調べなければなりません。民族主義を越え古代人の観点まで考え、開かれたものの見方でアプローチしなければなりません

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

この記事のコメントも読んでみました。

韓国では、百済が文化程度の低い日本に文化を“伝えてやった”とか、百済が日本人の祖先だ等と教えられているようです。

そこで、この記事のコメントも、基本的には「倭(日本)が朝鮮半島南部を支配していた」ことを認めない内容のものが「共感/非共感」の数を加味すると圧倒的に多いのですが、中には百済が日本の属国だったことを知っている人もいるようです。(尤も、そういうコメントは「非共感」の数が多くなるのですが。)

それ以外には、この記事のニュアンスを汲み取ってか、「隠蔽」を批判するコメントも少なくありませんでした。また、これの延長かも知れませんが、やや分が悪いと思ったのか、「日本と百済は“交流”をしていたのだろう」とか、「日本に渡った百済人が、再び戻って古墳を築いたのだろう」というコメントも見受けられました。

 

  

  


 

 

 

2021/03/22

【韓国】韓国人教授「ラムザイヤー論文は誤りだ!/ラムザイヤー論文によって植民地近代化論の虚構が現れた!」←どっちだよ

中央日報にラムザイヤー教授の論文にかこつけて(?)、植民地近代化論を否定する記事がありました。延世大学の朴明林(パク・ミョンニム)教授(政治学)〔박명림 연세대 교수〕の寄稿文です。

ラムザイヤー教授の論文を否定しているのか、肯定しているのか訳が分からない内容で、あまりにも支離滅裂で面白いので記録しておきます。(原文は『[박명림의 퍼스펙티브] 식민지 근대화론 허구 드러낸 램지어 파동』)

 

冒頭でラムザイヤー教授の論文を根拠も無しに「誤り」だと全否定しているにも関わらず、論文を根拠にして、「植民地近代化論」(韓国においては、それまでの“日帝による収奪”を否定、あるいは反対の“日本統治によって近代化がなされた”という論)を、批判しているのです。

この筆者の言いたいことは、(ラムザイヤー論文に書かれている)朝鮮内で人身売買や悪徳業者による詐欺が横行していたことを理由にして、「近代化」の条件である、人権や自由、民主化、平等等といった事が日本統治時代には抑圧されたということなのですが、それ以前の李氏朝鮮時代はどうだったのかについては無視しています。

また、韓国の近代化は、戦後、李承晩によって日本的なものを排除して達成できたのであり、むしろ、北朝鮮の体制を日本統治時代の継続だと主張しています。しかし、常識的に考えて、韓国の近代化の下地は日本統治時代に導入された教育や法制度等によるもので、北朝鮮は李氏朝鮮を継承した国家でしょう。

更に、戦後、李承晩時代の韓国が貧困と低成長に喘いだのが「植民地近代化論」を否定する根拠だと言っていますが、それは重工業が北朝鮮に集中していたからで、独立当初は北朝鮮の方がずっと裕福でした。その遺産を金一族の独裁体制により食い潰してしまっただけです。

と、まあ、突っ込みどころ満載なのですが、この程度でやめておきます。

 

なお、ブログ主は読者の反応に興味があるので、原文の記事のコメント欄を翻訳ツールで読んでみましたが、さすがに韓国人と言えども、この寄稿文には共感/非共感の数を加味すると批判的な反応が多いようです。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

https://japanese.joins.com/JArticle/276793
【コラム】植民地近代化論の虚構が現れたラムザイヤー騒動(1)
中央日報日本語版2021.03.22 10:57

ハーバード大学ロースクールのマーク・ラムザイヤー教授の論文「太平洋戦争当時の性契約」をめぐる国際的論争と波紋が一般的な学術論争の範囲をはるかに越えて展開している。さまざまな専攻と分野の内外専門家の批判と検証を通じて該当の論文は学術的証拠資料の欠如と事実歪曲、適用理論の重大な誤りという結論が出ている。したがってこの論文をめぐる学術論争はすでに判定が出たも同然だ。

ラムザイヤー教授の核心的な主張は、慰安婦女性が強制的に性奴隷生活をしたのではなく、自発的選択と同意に基づく契約を通じて高い賃金を受けとるために売春をしたということだ。この論文は日本国家の介入、強制動員、人身売買、性奴隷規定に対する拒否はもちろんのこと、日本帝国主義支配で慰安婦女性を近代的な自発的経済行為者であり契約主体と想定している。

これは論文全体の最も重要な前提ということができる。この根本前提に留意する時、われわれは内外に広がったこのような歴史認識自体を検討せざるをえない。20世紀前半、日本の韓国(と東アジア)強制占領に対する根本見解をいう。それはラムザイヤー教授の論文の前提でもある、日本強占時期の根本性格に対する利害と直結している。つまり、日本と韓国、西欧の少なくない学者が「植民地近代性」、または「植民地近代化」という名の下で日本の韓国強制占領時期を韓国の近代主体、近代化、近代性の形成・発展・成就と結びつけて解釈しているという点だ。特に、韓国の急速な発展以降に広がっているこの史観は客観的に数多くの問題を内包している。

◆日帝は個人・自由など近代性抑圧

何より日本占領下の韓国は近代性の進展とは程遠かった。大きく見ると近代性は2つのカテゴリーで構成される。一つは人間存在の本質に関連する。ここでは主体(性)・個人・自由・自律・市民・主権・独立・民主・平等(の志向)が核心要素を成している。日本強制占領期間中、これらの要素は徹底的に抑圧・後退・弾圧・遅延した。むしろ日帝終息以後、回復・発達し始めた。あるいはその時期の間に、この部分が一部進展したとすれば、それは日帝のためではなく、反対に日帝に対抗した世界性、世界一般の進歩のためだった。

近代性のもう一つのカテゴリーは経済・物質・市場・技術・医療・商業・工業・労働・企業に関連する。植民地近代性と植民地近代化談論はこの次元で一部の量的発展と成長、その後の韓国社会への寄与を言いたかっただろう。しかし、もしこの部門で一部の成長を認めたと言って、近代性・近代化の進展とみることができるなら、それは人間と人間社会を物質発達の側面からでしか接近しない誤りだと言わざるを得ない

たとえ法律・制度の整備と企業設立、経済発展が一部あったとしても、それに伴う虐殺・強制徴集・性奴隷・人権蹂躪(じゅうりん)を含む恐るべき人間的犠牲を考慮するなら、そのような反人間的な近代化は正当化することはできない

日帝強制支配時期終盤、韓国には3つの近代性が争闘していた。1つ目は日本の全体主義近代性であり、2つ目が西欧と米国の自由主義近代性であり、3つ目がソ連の社会主義近代性だった。後者2つは連合して前者を敗退させた時、韓半島(朝鮮半島)は資本主義と社会主義近代性に割れた。この時、韓国において日本式近代性は、韓国固有の近代性要素と西欧自由主義近代性が融合した特有の複合的近代性が導く産業化と民主化の進展と同時にほぼ完ぺきにその根が引き抜かれた。この「混融的近代性」こそ、花火のように躍動的に成就した韓国的近代実現の母胎だった。その結果、今日の韓国の個人性・主体性・市民性・国家組織・経済秩序・社会文化・教育制度・憲政体制・国際関係の側面で日本的属性を探すのは不可能だ

事実、韓国は建国初期である李承晩(イ・スンマン)時期から日本帝国主義遺産の克服努力に関する限り、一部下級親日派に対する処罰の猶予を除いては、軍国主義の撤廃と民主制度の導入、土地改革と市場経済の実施、民族語(ハングル)の復元と(臨時)民族政府の憲法的継承、韓日会談での植民地恩恵授与論(植民地近代化論)の断固たる拒否と反論、そして韓米同盟を通した国際関係安定と周辺国家の侵略防止装置用意などを含めて、非常に果敢であり積極的だった。人間は許すものの構造は克服する経路だった。文明を引っ張ってきた人類史普遍の足跡だった。

https://japanese.joins.com/JArticle/276794
【コラム】植民地近代化論の虚構が現れたラムザイヤー騒動(2)

◆植民性は近代性に連結することはできない

反面、北朝鮮(朝鮮)は反対に日本植民体制の持続に近かった。2つの体制の性格はほぼ同一だった。全体主義、軍事主義、侵略戦争、極端な拝外主義、一人崇拝、天皇体制を受け継いだ首領体制…。ほぼすべての属性で朝鮮民主主義人民共和国は日帝暴圧体制の復活だった。強占とあわせて天皇の詔勅(韓国の国号を改正して朝鮮だと称すること)で強要された国名(大韓)の剥奪と恥辱的な地方名称(朝鮮)の付与を国号(朝鮮)として使っているように、2つの相同性をここまで象徴するものもない。国名はもちろん党(朝鮮労働党)、軍隊(朝鮮人民軍)、領土(朝鮮半島)、民族(朝鮮民族)、言語(朝鮮語)でもすべて日帝が強要した命名を使った。

実際、歴史と文明に照らし合わせて、植民地近代化論がどれだけ不当だったかを振り返ってみよう。それは第一に、李承晩時期の貧困と低発展を説明できない。もし日本の占領統治によって韓国近代化の制度的・物質的・法的教育的土台が置かれ、その後急速な近代化を遂げたとするなら、韓国は日本占領終息後、引き続き発展しなければならなかった。しかし日帝強制支配の結果、1960年代初めまで韓国は発展どころか過酷な貧困と低発展に苦しめられた。

第二に、植民地近代化論とは反対に、韓国はむしろ土地改革を含めて、日帝遺産の克服以降、米国の援助や中心部資本主義との緊密な連係、そして輸出主導産業化政策の採択以降、ようやく発展し始めた。韓国の発展は日帝の遺産のためではなく、それからの離脱程度に比例した。

第三に、植民地近代化論が実際に符合するには韓国(南朝鮮)よりも朝鮮(北朝鮮)が一層発展しなければならない。なぜなら2次大戦終戦以前の工業化水準、エネルギー設備、工場施設、資源配分の面で韓半島(朝鮮半島)北部は南部とは比較さえできないほど有利だったためだ。しかし実際の結果は正反対だった。

◆植民地近代化論の亡霊振り払わなければ

第四に、東南アジア・中東・アフリカ・カリブ海・ラテンアメリカを含めて長期植民地を経験したいかなる国も植民統治の結果によって近代化と発展を成し遂げた事例はほとんどない。韓国より比較できないほど長い植民統治を受けた彼らは、なぜ植民地近代化論を適用できないか。韓国だけ、または日本による東アジアの一部国家だけが例外なのか。そうではない。

注目された世界的水準の研究が明らかにしたように、中心部の近代性が発展するほど周辺部の植民性・奴隷性・従属性は強化された。近代と植民、近代性と植民性は時系列的に発展しなかった。代わりに並行した。驚くような発見だった。侵略と共に移植されたものは近代性でなく植民性だった。人倫性・人間性でなく奴隷性・奴隷状態だった。主体性・人権・自由・平等の暴力的破壊だった。人類史はこれを確かに証明する。

人類普遍史に照らし合わせて、侵略と強占状態で植民性と近代性、奴隷性と主体性、暴力性と自律性は共に発展しなかった。植民地の近代性と植民地の近代化は成立不可能な虚構だ。今回のラムザイヤー教授の論文騒動を契機に、われわれはこの虚構的亡霊を振り払い、人間の自律と主体性、自由と平等の観点を確かに構築しなくてはいけない。そうする時、過去は未来の、苦難は希望の滋養分とすることができる。われわれは最後まで人間側に立たなければならない。

パク・ミョンニム/延世(ヨンセ)大教授(政治学)・リセットコリア運営委員

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

色々根拠を挙げてるつもりなんでしょうが、全て「決めつけ」で、よくもまあこれだけ長々と駄文を書けるものですね。

 

  


 

 

 

2021/03/20

【また朝日か】朝日新聞、元記者・植村隆氏の最高裁敗訴の記事でまた捏造記事【月刊WILL/西岡力・麗澤大学教授】

既にご存知の通り、櫻井よしこ氏の裁判に続いて、元朝日新聞記者・植村隆氏が西岡力・麗澤大学教授を名誉毀損で提訴していた裁判で、原告側の敗訴が決定しました。

しかし、それを報じる朝日新聞の記事が捏造であることが判明しました。そのことを『月刊WILL』のYouTube番組で西岡氏が指摘しています。

 

 

以下は問題の朝日の記事(web版)です。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

20210312_asahi01

 

 

https://www.asahi.com/articles/ASP3D63DVP3DUTIL02X.html
慰安婦報道訴訟、元朝日記者の敗訴確定 最高裁

阿部峻介
2021年3月12日 18時36分

 韓国人元慰安婦の証言を書いた1991年の朝日新聞記事を「捏造(ねつぞう)」と記述され名誉を傷つけられたとして、元朝日新聞記者で「週刊金曜日」発行人兼社長・植村隆氏が、西岡力(つとむ)・麗沢大客員教授と「週刊文春」発行元の文芸春秋に賠償などを求めた裁判で、最高裁第一小法廷(小池裕(ひろし)裁判長)は植村氏の上告を退けた。名誉毀損(きそん)の成立を否定した一、二審判決が確定した。11日付の決定。

 東京地裁は、日本軍や政府による女子挺身(ていしん)隊の動員と人身売買を混同した同記事を意図的な「捏造」と評した西岡氏らの指摘について、重要な部分は真実だと認定。東京高裁は指摘にも不正確な部分があると認めつつ、真実相当性があるとして結論は支持していた。(阿部峻介)

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

問題は黄色く網かけした後半部分。

まるで、1審(地裁)で認定されていた(西岡氏の指摘の)『真実性』が、2審(高裁)では一段下がって『真実相当性』にされたかのような書きぶりです。

しかし、実際には重要な部分(下図の3点)についての判断は一貫しており、最高裁では控訴を棄却したので、そこでも維持されています。

 

20210312_asahi02

 

 

また、朝日は他人事のように報道していますが、当時、植村隆氏は朝日の記者として、朝日の慰安婦キャンペーンの一環として問題の記事を書いたわけで、これは朝日の問題です。

一連の慰安婦報道を誤報と認めて訂正した2014年8月5日の特集では、「植村氏の記事には、意図的な事実のねじ曲げなどはありません。」(下図:訂正記事(部分)参照)としたままです。(全文はこちら/8月5日の特集全体はこちらのエントリー参照)

 

20210312_asahi03

 

西岡教授の仰るとおり、「事実のねじ曲げはなかった」という朝日の立場を守るために、「西岡教授の論評にも誤りがあり、真実とまでは言えない」という印象操作をしたかったのでしょう。

朝日新聞はあらためて「事実のねじ曲げがあった」ことを認めて謝罪すべきです。

 

 

  


 

 

 

2021/03/17

【韓国】「慰安婦は売春婦の一種」発言の柳錫春(リュ・ソクチュン)元教授裁判 第2回公判のレポート【ペン&マイク】

以前もシンシアリーさんのブログ記事『リュ・ソクチュン教授の公判、慰安婦問題討論の場に』(2021年3月14日)でご紹介した公判のレポートですが、記事をよく読むと、面白いことが色々と漏れているので、記事の全文を引用することにしました。

検察側証人が「(柳元教授の講義中の発言は)意見の表明」だと認める墓穴を掘った他、証拠が相変わらずハルモニの証言(←信憑性なし)、クマラスワミ報告(←吉田証言など事実で無いことに立脚)、河野談話(←政治的な発言で証拠たり得ず)しかないことは既に書きましたが、ブログ主が注目するのは、挺対協幹部が、破壊工作を企図して非合法組織と認定され、解散させられた元「統合進歩党」という指摘が被告側からなされたことです。これは日本で言えば、破防法の対象になったようなものです。ブログ主は、朴槿恵前大統領はこうした極左団体の弾圧に手を付けた(他にも全教組という日本で言えば日教組も非合法組織と認定しようとしていた)から弾劾されたのだと思っています。

また、次回公判に被告側は『反日種族主義』の李栄薫(イ・ヨンフン)・元ソウル大学教授と、ネットメディアの『メディアウォッチ』で李容洙(イ・ヨンス)ばあさんの嘘の証言の遍歴を丹念にまとめ上げた黄記者を申請したとのことです。

偶然とは言え、タイミング的には「ラムザイヤー論文」批判に対する強烈なカウンターとなる裁判です。

 

http://www.pennmike.com/news/articleView.html?idxno=41831
[ルポ]"慰安婦は売春の一種"リュソクチュン前教授の公判の傍聴記。「検察、公訴事実を立証できない」

パク·スンジョン記者
最初承認 2021.03.14 13:58:45
最終修正 2021.03.14 21:58

去る2019年に延世大学校授業中'日本軍慰安婦'関連発言したが、裁判に持ち込まれた柳前教授
二回目の公判12日午後ソウル西部地法で開かれる...キム·スンファン(庶民民生対策委員会事務総長)、キム·ドンヒ(戦争と女性の人権博物館館長)、ハン·ギョンヒ(韓国挺身隊問題対策協議会清算人で正義記憶連帯事務総長)ら検察側証人尋問を実施。
検察側証人「柳前教授の行為は学問の自由と見ることができる」など公訴事実を否認する証言。

「強制連行の実例を提示してもらえますか?」という質問に、ハン·ギョンヒ韓国挺身隊問題対策協議会の清算人、長口上のみ。
李東桓弁護士「刑事訴訟、完全に失敗した」。柳教授が誣告罪で告訴すべき状況」

授業の途中、受講生との討論の過程で、"日本軍慰安婦は売春の一種"という趣旨の発言をしたという理由で裁判に持ち込まれたリュ・ソクチュン前延世大学社会学科教授。12日午後4時、ソウル西部地方裁判所刑事4単独308号の法廷で、柳前教授に対する二回目の公判が開かれた。

今年2月、ソウル西部地裁に赴任し、事件を担当することになった朴保美(パク·ボミ)判事(司法試験51回、研修院41期)は、検事側の証人3人に対する証人尋問を終え、この事件の公判検事に対し、このように述べた

「この事件の公訴事実には被害者の実名が明示されました。 '日本軍慰安婦'としたら、趣旨上、大韓民国で連行されたお婆さんたちを指すとみる余地があるが、広範囲にみなら、過去の東南アジア地域などで連行されたこれらも含まれるとことができそうです。 被告側は被害者が特定されていないと主張するのに、裁判所もやはりその意見に共感します。 そして全体的に「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)と関連し、被害者団体がどのような部分について「虚偽」だと主張したのか、はっきりしていません。 検察側は起訴状の変更を検討してください」。

検察はリュ元教授を「虚偽事実の適時による名誉毀損」の容疑で起訴した。 「虚偽事実の摘示による名誉毀損」が犯罪事実として成立するためには、▲公然性(表現が複数の人に伝播可能な形でなされるべき)▲特定性(表現対象が誰なのかすぐに分からなければならない)を満たさなければならず、▲表現内容が虚偽であるかどうか(摘示した事実が嘘でなければならない)▲名誉毀損の発生可否(摘示した虚偽事実で名誉が毀損されるべき)を全て問わなければならない。 裁判官はまず、「特定性」と「虚偽」について疑問を表したのだ。 さらに、朴判事は検察側に、公訴状に書かれた内容だけでは柳元教授の犯罪成立が難しいため、公訴状変更を検討するよう注文した。

 

◇「柳教授の行為、"学問の自由"と見る余地がある」と検察側の証人…検事と争う寸劇も

この日の公判では、公訴事実を立証するために検察側が申請したこの事件の告訴·告発者に対する証人尋問が行われた。 同日、証人にはキム·スンファン庶民民生対策委員会事務総長、キム·ドンヒ戦争と女性人権博物館長、ハン·ギョンヒ韓国挺身隊問題対策協議会のチョン·サンイン(正義記憶連帯事務総長)の人が出席した。 証人尋問は金循環(キム·スンファン)事務総長、金ドンヒ館長、韓敬姫(ハン·キョンヒ)清算人の順で行われた。

公判検事はまずキムスンフヮン事務総長に、被告リュソクチュン元教授が講義時間の途中、"日本軍慰安婦は売春の一種"と発言したことに対して告発したことが本当か確認し、講義内容のうち、どの部分が'虚偽'に該当するかどうか尋ねた。 すると金証人は「マスコミを通じて講義内容を知った」とし「(柳前教授の発言内容は)明確に虚偽事実というよりは(社会の一般的な)見解と違うのではないかという趣旨の告発」と答えた

公判検事は慌てた様子だった。 柳前教授の発言内容が「虚偽事実」だったことを立証するために検察側が呼んだ証人自ら、柳前教授の発言内容を「意見」と見ることができると述べたためだ。 これはむしろ「意見表明だった」という柳前教授側の主張を裏付ける証言だった。 ある人を「名誉毀損」で処罰するためには、処罰しようとする人が指摘した表現が「事実」または「虚偽事実」でなければならないが、単純な意見(見解)表明に対しては処罰が不可能だ。

これに公判検事は"'経済的な理由に、自発的に日本軍慰安婦になった'は発言が虚偽という趣旨で告発したのが正しいのか"、金証人を刺激した。 しかしキム証人は「曖昧だ」とし「(柳前教授の授業中の発言内容が)明確に虚偽だと断定することはできない」とし、検事が「証人は柳前教授の発言内容が虚偽なのか事実なのかも知らずに告発したのか」と問い返すなど一大寸劇が繰り広げられた。(wwww)

リュ元教授側の弁護人は金事務総長に「被告人の行為が"学問の自由"に含まれるとも考えられるか」と問い、金事務総長は「一部そういう部分があると思う」と答えた。(wwww)

 

◇'朝鮮人慰安婦'強制連行事例の提示できないある検察側証人...柳氏の勝訴で終わるのか

続いてキム·ドンヒ館長とハン·ギョンヒ館長が次々と呼び出された。 元々、韓敬姫(ハン·キョンヒ)清算人に対する証人尋問が先に行われる予定だったが、金ドンヒ館長が「健康上の理由で先に証人尋問を受けたい」という意思を表明したため、金館長に対する証人尋問が先に行われた。

彼ら二人は数年間、'日本軍慰安婦'運動と関連した仕事に従事してきた彼らだったため、検察側と柳前教授側いずれもリードした証人尋問より重みのある証人訊問を進行した。

この事件の争点は▲"日本軍慰安婦は売春の一種"という柳前教授の発言が'日本軍慰安婦'の'強制連行'事実を否認したもので、いたずらに'虚偽事実'を指摘することで、'日本軍慰安婦'被害者に対する名誉を毀損したのか▲'挺対協'は'日本軍慰安婦'被害者の女性らを教育することで、事実と異なる証言(実際には'強制連行'被害事実がないにも関わらず、そのような被害事実があるように人々が認識させる証言)をするように作ったのか▲韓国挺身隊問題対策協議会(以下'挺対協')で幹部として活動したこれらのうち、済南2014年に違憲政党の審判に解散された統合進歩党(統進党)の幹部として活動した事実がある彼らがあるのか、など大きく三つに分けることが ことができる。

金館長とある清算人に対する証人尋問を通じて、検察側は3つの争点いずれも柳氏の容疑を立証しようとした。 それに対して柳氏側は、検察側の主張に対する反論論理や証拠を提示することで、検察側の主張を弾劾することに全力を傾けた。

"'日本軍慰安婦'被害者らが北朝鮮に強制連行されたという事実を立証できる証拠が何か?"する検事の質問に証人キム・ドンヒ・と証人ハン・キョンヒ2人とも"ハルモニの証言がその証拠"と答えた。 さらに検察側は、国連経済社会理事会のクマラスワミ女性暴力問題特別報告者が1996年に作成した報告書(以下、「クマラスワミ報告書」)と、1993年8月3日に河野洋平官房長官(当時)が発表した特別談話などを「強制連行」の証拠として差し出した

これに対し柳氏側は「'クマラスワミ報告書'が吉田清治の証言を土台に作成されたという事実を知っているか」とし「吉田氏の証言はすでに虚偽だったことが明らかになった」と反論した。 また、柳前教授側は'日本軍慰安婦'被害事実を主張してきた女性らの証言が変わってきたという事実も指摘した。 それとともに柳氏側は、その代表的な事例として李ヨンス氏(93)氏を挙げた。 イさんは証言の初期段階で、「ある男が赤いワンピースと革靴をくれたので、それらを受け取って嬉しさのあまり、家に知らせることもできず、気軽に後についていった」と話していたが、後に「夜中に家に押し入ってきた日本の軍人がわたしを強制的に連れていった」と証言を変えた。 法廷で証言が証拠として認められるためには、少なくとも一貫性が維持されなければならないが、'日本軍慰安婦'被害者の証言はそうではないというのが柳前教授側の主張だった。

柳前教授はまた、"'河野談話'(河野談話)は'日本軍慰安婦'問題と関連して、日本政府が責任を負わなければならないという趣旨の文書だが、その後、日本政府が直接的な責任を負う必要がないという方向で解釈が変わっている"、"その理由は吉田清治の証言が虚偽と露出されることにに20年あまりの月日がかかっているからで、吉田の証言を報道した朝日新聞(朝日新聞)も、該当記事は誤報だったことを認めて記事を下した。 検察側が'強制連行'の証拠として提示した'河野談話'とか国際機構の文書は、その間に出た文書だが、そうした文書を作成することに関与した人々の経歴を見ると、'日本軍慰安婦'問題の専門家たちがないため、果たしてそのような文書に権威を付与できるかどうか問いたい"は意見を直接明らかにしたこともある。

柳前教授側のこのような反論に韓慶熙(ハン・ギョンヒ)証人は"この1991年9月以降'日本軍慰安婦'避けて電話を初めて設置されて以来、これまで240人余りの被害者たちが被害事実を知らせてきており、研究によると、北朝鮮側にも200人を超える被害者がいる"、"海外にも被害事実を証言する多くの人がいる"とした。 ある証人はその代表的な事例として「スマラン慰安所事件」を挙げた。 「スマラン慰安所事件」とは、軍令を無視した一部の日本軍人が1944年2月、当時オランダ領インドネシアのスマラン島でオランダ人女性を拉致·監禁し、強姦(ごうかん)を行ったとされている。

これに対しリュ元教授はある証人に「スマラン島で発生した事件のほかに日本軍が朝鮮人女性を強制連行した事例があるなら、もう一つだけ追加で提示してほしい」と要求した。 ある証人は、「"強制性"の根拠は、実際に(日本軍が)連行したのかどうかではなく、その当時の状況が強制的だったのか、そうでなかったのかに関するもの」と述べ、長広説を並べ立てたが、結果的にリュ元教授の質問に合致する答弁はできなかった(wwww)

"挺対協は'日本軍慰安婦'おばあさんたちを教育した事実がない"という主張を反ばくするために、柳前教授は、引き続き、"挺対協が運動20周年を記念して刊行した冊子には'水曜集会が教育活動の一環'と記録されており、その技術は'最初は被害者に過ぎなかったが、後には、人権活動家に変身した'は趣旨"と"そのような角度から見れば、'挺対協'お婆さんたちを教育したと見ることができるというのが、授業時間中に私の発言の趣旨だが、ハン・ギョンヒ証人の考えが何か?"と尋ねた。

この質問に対し、一人の証人は"30年続いてきた活動を見ながら'水曜集会は歴史教育および人権教育の現場'という悟りを得た"、"多くの'日本軍慰安婦'被害者がまだ被害事実を公開的に話すことを避けるが、、一部のおばあさんたちは('挺対協'の活動に参加することで)勇気を持って繰り返し証言してこれをお互いに支持することになった"と答えた。 「被害者を教育した事実がある」という主張を事実上認める趣旨の証言をしたのだ。

◇李東煥弁護士「検察、公訴事実を立証するのに完璧に失敗。柳氏が誣告罪で告訴すべき状況」

「チェ·スンシル(改名後、チェ·ソウォン)が使用したというタブレット型PCは捏造された」と指摘したビョン·ヒジェ·メディアウォッチ代表顧問に対し、関連報道をしたJTBC側がビョン顧問を名誉毀損容疑で告訴した事件で、ビョン顧問側の代理人を務めるイ·ドンファン弁護士はこの日、公判の進行過程をすべて報告し、「検察側が公訴事実を立証するのに完璧に失敗した。 この状態なら検事が公訴状を変更してもリュ元教授に対して無罪判決が下される可能性がかなり高い」と評価した。 続いてイ弁護士は「この事件の告訴·告発者側の証言内容を見ると、むしろリュ元教授がこれらを誣告罪で告訴してもおかしくないほど」と強調した。 李弁護士は、事件の初期から柳前教授の裁判に大きな関心を示して'日本軍慰安婦'問題を研究し、リュ氏側に法律助言をしてきた。

次回の公判期日は4月21日午前11時と決まった。 リュ元教授側は、韓国と日本でベストセラーになった『反日種族主義』の代表著者、イ·ヨンフン元ソウル大学校経済学科教授やファン議員メディアウォッチ代表取締役などを証人として申請した。 裁判部がこれらを証人に採択した場合、李前教授は、日帝強占期当時、売春と公娼制の実状に対する研究結果を証言することになる。 ファン代表は、「挺対協」に対する「従北」疑惑を提起した記事について、「挺対協」側が提起した損害賠償請求訴訟で、勝訴した経験を基に、当時の取材過程をはじめ、「挺対協」を「従北団体」と見なすことができるという趣旨の記事を作成した根拠について証言する予定だ。

 

 

  


 

 

 

2021/03/15

【ラムザイヤー論文・保坂祐二・金柄憲所長】既に場外乱闘の模様を呈してきた慰安婦議論

前回のエントリーのその後の状況をメモしておきます。

 

◆ラムザイヤー教授、追加の文章を準備中

前回書いたように、ラムザイヤー教授の論文は反論に対する教授の回答の期限が3月末となり、紙の雑誌の出版は4月にずれ込みましたが、出版される事に変わりはありません。シンシアリーさんの3月9日付ブログによると、ラムザイヤー教授は論文を補足する文章を準備中とのことです。

 

ラムザイヤー教授は(同僚教授へのメールで)「どのような内容を私が論文に入れ、除外したのかと、なぜそのような決定をしたのかについて、透明に説明する文と資料を準備中だ」と伝えた。先に彼は先月中旬ハーバードクリムゾンに2回メールを送信自分の論文を擁護する短い文章を準備中で、近いうちに完成すると紹介した。

 

このように書かれては、「その文章を発表するな」とは言えず、公開されたらされたでまた議論を呼ぶことは必須なので、面白くなりました。

 

◆李承晩TV、ラムザイヤー論文の批判に対する反論動画を公開

『反日種族主義』の執筆陣が運営する『李承晩TV』で、ラムザイヤー論文に反論する学者の論理がどれほどお粗末なものかという解説動画(日本語字幕版)がupされました。

一つは主にアメリカの学者、もう一つの動画は日本の吉見義明・中央大学商学部名誉教授です。

 

吉見教授の論点は、①慰安婦は奴隷だ、②日本軍の関与(よって、日本軍の責任)ということですが、朱益鍾先生に簡単に論破されています。

 

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朝鮮の慰安婦問題については、どうしても素人娘(を装った?)元慰安婦ばかりが取り沙汰されますが、個人的には、慰安婦の大半は既に朝鮮にたくさんいた売春婦が応募したのではないかと思っています。

併合前の1894年に出版された『朝鮮雑記』(本間九介著)によると、キーセン(妓生)は官吏(両班)向けの芸者兼売春婦で、それ以外に私娼がいたことが書かれています。「妻を客人に勧める」という章では、ひと月10円で貸し出していたという記述があり、資本主義が発達していない社会なりに既に売春ビジネスがあったのですから。1920年代には既に中国に遠征する売春婦(←どこで読んだかど忘れしたので、要確認)もいました。

朝鮮戦争慰安婦についても、後に朝鮮人兵士が「職を失っている売春婦に働く機会を与えてやった人道的措置」のようなことを嘯いており、また、先進国にも関わらず、世界で1,2を争う売春婦輸出大国なのに、なんで、日本統治時代だけ、貞淑な乙女ばかりいたと思うのか、不思議です。

教育程度が低く、特別な技術を持たない男が肉体労働をして金を稼ぐように、売春は女にとって手っ取り早く金を稼ぐ方法の一つです。

上記動画のコメントは大半が解説に納得しているのですが、一部、どうしても「我が民族の女性が自分から進んで売春婦になるはずがない!日帝が強制したに違いない!」という閑雅に固執している人がチラホラいます。性をタブーとする儒教から離れられないのでしょうか。

 

◆金柄憲所長と保坂祐二元世宗大学教授の場外バトル

国史教科書研究所の金柄憲(キム・ビョンホン)所長のグチ交じりの『メディアウォッチ』のコラムがちょっと面白かったので、全文ご紹介します。金所長が保坂祐二にターゲットを絞っているのは、彼の本が稚拙で攻撃しやすいからだと思います。(機械翻訳+単語を確認して一部修正)なお、保坂氏は大学を定年退職したようです。

 

https://www.mediawatch.kr/news/article.html?no=255421
【コラム】指摘するのも恥ずかしい保坂祐二教授を批判
慰安婦問題を解決するどころか、むしろ一層かく乱して

メディアウォッチ編集部 mediasilkhj@gmail.com
登録 2021.03.15 09:32:36

【キム·ビョンホン韓国史教科書研究所所長】

保坂祐二の文章を指摘するたびに、心の中で「もうやめよう」と念をおしながらも、新しく発表される彼の文章を見ると、再びキーボードを叩くようになる。 常に、彼の文章には歴史的事実に無知だったり、史料を間違って理解したり、わずか数日前の言葉を変えるなど、研究者としての資質を疑うに十分な内容が含まれているためだ。 この3月12日、定義正義)記憶連帯が主催した"ラムザイヤー教授'事態'を通じて本アカデミー歴史否定論"というテーマの画像の討論会で彼が発表した"公娼制と日本軍'慰安婦'提案定義)の差"というタイトルの書き込みも例外ではなかった。

▲(画像省略)慰安婦性奴隷説派?)らは最近、随時討論会などを開き、結束を誇示している。 しかし、議論の内容はほとんど糾弾や憤りなどの感情表出を中心に、「団結大会」のレベルだという評価が出ている。


まず、1938年2月7日の「時局利用、婦女自由誘拐事件に関する件」という文書について、「日本軍が業者を雇って女性たちを誘拐した」としたが、これは明らかな嘘である。 日本軍は民間業者に慰安所の運営を依頼しただけで、直接雇用しておらず、女性を誘拐することもなかったためだ。 もし、軍人が民間人の女性を誘拐したなら、重大な戦争犯罪として戦法裁判に送られ、法廷最高刑に処されて十分なことだ。 さらに、該当文書には、婦女誘拐容疑で取り調べを受けた民間業者から容疑が発見されず、別途の措置を取らなかった。 なのに、どうやって「女性たちを誘拐した」と言うのか理解できない。

"結論的に言えば、'性売買契約書'は日本内や朝鮮内には存在したかも知れないが、海外に送る女性については存在しなかった。"(保坂祐二、2021.3.12.公娼制と日本軍慰安婦の提案の差)"-'慰安婦ピヘジャ法'第2兆1項(定義)


保坂祐二は3月1日、宋永吉議員ら36人が延命連名)し、ハーバード大学総長に宛てた「ラムザイヤー教授の論文に対する抗議書簡」と3月6日、自分のフェイスブックで、「朝鮮の女性は文字が分からないため、契約書自体は書けなかった」と主張したが、1週間も経たないうちに上記のように「朝鮮には存在していたかもしれないが」という巧妙な表現で全面否定を部分否定した。 そして、「海外に送る女性に対しては契約書が存在しなかった」としたが、彼が主張する「契約不存在」「強制連行」「誘拐」などは、すべて事実ではない。

当時、朝鮮で売春婦を目的に渡航しようとする際には、身分証明書の発給を受けなければならず、同証明書発給の申請の際には、家業稼業)契約の確認が必須だった。 家業稼業)契約が確認されなければ身分証明書の発給を受けることができず、身分証明書がなければ渡航できないのは当然である。 さらに、発給の際は同一戸籍内にある最も近い存続または戸主の承認を得なければならず、渡航希望の婦女子に現地で追業醜業)に従事するという事実を必ず説明するようにした。

上海や過ぎて等を経由して?)現地に渡来(入国)する時にも手続きが厳格なのは同じだった。 写真2枚を添付した臨時作付営業許可員と親権者の署名と捺印のある承諾書、戸籍謄本、作付酌婦)従事者に対する調査書などの書類を提出し、許可を受けなければならなかったためだ。 もちろん、このすべての書類も国内であらかじめ準備しなければならないのは同じだった。 このような厳格な手続きを経て、駐屯地、慰安所では慰安婦として働くことができたからに可能なためには有人誘引)誘拐、拉致のような犯罪行為への渡航をして慰安婦になるというのは事実上不可能に近かった。

その中で最も重要な文書が、作付価格業酌婦稼業)契約書としての大半を紹介業者が作成するか、既存の印刷様式に必要事項を記入するだけだった。 「当然、文が分からないから契約書を作成できなかったはず」という保坂の主張は、実情を知らずについたうそだ。 保坂の主張通りなら、8割を超える文盲国民は契約による取引が全くできなかったことになる。 それが可能なことなのか聞きたい。

次に、保坂はラムザイヤー教授が娼妓契約(売春婦=売春婦)と作付酌婦)契約を同じ売春婦と断定したのは致命的な過ちだと主張した。 日本軍慰安所の慰安婦は酌婦契約書を作成したが、作付け酌婦)は売春をすることができなかったのに性売買契約と言えないというのだ。 だが、これも作付酌婦)の概念をよく知らずに言った言葉だ。

1920年代とは違い、1930年代には芸娼記の作付芸娼妓と酌婦) の境界が曖昧になり、作付酌婦)の売春が黙認され、1937年、日本ではすでに作付が作付酌婦が娼妓)と同じ意味で認識されていた時期だった。 承諾書に「作付酌婦)(チャンギ娼妓)と同じ)」と付記してその業務内容を明らかにしたことが、これを証する。 ところがこれに対し保坂は、業者が無知な女性たちを欺き、後で起こりうる法的問題を未然に防止するために「創機娼妓)と同一」という文言をこっそり入れたものとみられると述べた。 保坂の主張どおりなら、追業醜業)目的で渡航する全ての女性たちが、うその文句を入れていたということになる?)。

過ぎて経由)渡航婦女の取り締まりに関するのは日本軍慰安婦問題資料集(1)、2020


保坂は、他人を欺くために偽りの文句を挿入したというが、昭和十三年六月二十五日(1938年6月25日)付の「支那渡航婦女の取り締まりに関する件」では、「作付は内地の娼妓の如し」と明示している。 さらに、「追業醜業)を目的とする父娘の渡航のために身分証明書を発給する際には、家業(稼業)契約その他諸事項を調査し、父娘の売買や略取、誘拐などの事実がないように特に留意すること」を注文した点を見ても、保坂の主張は全く説得力がない。

保坂祐二は、自身の発表文でラムザイヤー論文に対し、「致命的」という用語まで用いて誤りであると主張したが、いざ最初から最後まで誤りを犯したのはラムザイヤー教授ではなく、保坂自身であった。 何よりも、このような保坂の誤りは、今回の発表文に限られるものではなく、放送や出版物などを通じて持続的に繰り返されている。つける点だ)。保坂の慰安婦問題に対する歪曲と誤りは結局、問題、もつれた慰安婦問題を解決するどころかむしろもっとこじれさせる役割をしている。 一日も早く自分の過ちを悟らせ、反省する日が来ることを期待する。

 

この中で2種類の通達に言及されているので、後ほど確認しておこうと思います。

慰安婦は外地で働くので、とりわけその渡航には厳しかったという事があらためて分かります。従って、金学順のように親から女衒に売り払われて親権が移った場合や親が承諾した場合以外、例えば、李容洙(イ・ヨンス)のような、「ワンピースと靴に惹かれて男に付いていった」ような家出娘のケースは書類を整えることができず、従って、彼女は日本軍慰安婦ではなく、単なる売春婦だったのではないかと思います。

 

◆柳錫春(リュ・ソクチュン)元延世大学教授の公判

この件はシンシアリーさんのブログ「リュ・ソクチュン教授の公判、慰安婦問題討論の場に」に『ペン&マイク』の記事が翻訳されていますが、講義中に「慰安婦は売春婦の一種」という発言をして名誉毀損で訴えられた柳元教授の公判の様子をレポートした記事です。タイミング的に、ラムザイヤー教授の論文の代理裁判のような形になっています。

リュ教授は最近ネットメディアに出演されてラムザイヤー教授の論文について解説されたりしているので、かなり理論武装されています。一方、検察側証人は相変わらず「ハルモニの証言」(信憑性に欠ける)、「クマラスワミ報告」(吉田清治の証言をベースにしている)、「河野談話」(政治的発言で証拠にはならない)を振りかざすだけで、括弧内に書いたように、リュ教授は余裕で論破しています。まともな国の司法でしたら、裁判にすらならないのではないかと思いますが、韓国はまともな国ではないので、『帝国の慰安婦』の著者・朴裕河(パク・ユハ)教授の例もあり、予断は許せません。

 

  

  


 

 

 

2021/03/07

【ラムザイヤー教授】金柄憲所長:『契約』はあった【メディアウォッチ】

ラムザイヤー教授の論文に関しては、日本では(少なくともマスメディアは)全く静かですが、韓国ではテレビニュースなどで連日のように伝えているようです。その内容は、高名な学者が論文を批判したというもので、それならまだ少しは分かりますが、米国の韓国人団体が三菱製品の不買運動を始めたとか、ハーバード大学で抗議集会を開くとか、そういった類いのものです。

 

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現地時間6日午後、ハーバード大の門前で気勢を上げる韓国人の皆さん

 

そうそう、「光復会」()の会長が、「ラムザイヤー教授を入国禁止にしろ!」と騒いだこともありました。(頼まれても行かねぇよw)

 

※光復会:日本からの独立運動をした人々の子孫や遺族からなる団体で、政治団体化している。現会長の金元雄氏は、祖先が中国からの引き揚げ便リストに名前があっただけで独立運動とは何の関係も無いと言う疑惑がある人物。(嘘をつくのは頭髪だけにしろ!w)

 

それはともかく、現在、ラムザイヤー教授の論文を批判する声の一つが、「(実物の)契約書が1枚も見つかってない!」というものです。

批判者(と言うか、一般の韓国人)は、「20万人の、拉致・監禁・性的虐待をされた(=性奴隷)朝鮮人女性がいた」と言うだけで、元慰安婦の証言しか証拠らしきものを出せていないのを棚に上げてるくせに、とは思いますが、前回のエントリーでご紹介したように、李宇衍(イ・ウヨン)博士が、契約行為があった証拠をネットメディアのコラムに執筆されました。

その後、李宇衍博士は、元慰安婦の証言集から「契約があった」を裏付ける証言を発見して、別のコラムをメディアウォッチペン&マイクに寄稿しました。(ペン&マイクの記事には日本語の契約書の雛形がありますが、後ほどご紹介します。)

 

その内容は『シンシアリーのブログ』で紹介されているので、ここでは該当部分を引用させて頂きます。

 

証言集は聞き取り調査の対話をそのまま収録したもののようで、話し言葉で書かれていますが、慰安婦になろうとした女性(○○○と、名前は伏せられています。)が親に同意書の捺印を頼んだときの話を語ったものです。連帯保証人のようなものが必要だったことや、契約条件に「転売禁止」の条項もあったことも伺えます。

 

○○○:「そこまで言うんなら、私が紹介するよ(※同意してやるよ)」、父はそう言って、母も父もハンコを押して、「ところで、祖父母のハンコももらってこいって、どうしましょうか」 「それなら、私が書こう」、父が書いて、お婆さんのもお爺さんのもハンコもらって、結局は全員の同意が得られました。父曰く「あなたに私の娘を売ったから、他のところにまた売ることは許さない」と約束を迫るのですよ。私も「うちの父の要求だけど、そうしてくれますか?」と聞くと、 「それはあなたの好きにしていい」(※と『嫁買い』の男が答えて)、「それでは、そのようにしてください。行きましょう」、と。

ブログ:『イ・ウヨン氏の寄稿文「これが『契約』でないと何だというのだ」(その2)』(その1からの続き)より。

 

 

 

以下は、良く引用される、慰安婦募集の広告の一つ(1944年10月27日付け『毎日新報』)ですが、ここにも「契約及待遇』と書かれており、契約書の有無に関わらず、「契約」という概念があったことが分かります。

 

19441027_prostitute_advertising01
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左は上の広告と同じもの。右の広告には前借金の上限(三千円迄可)も明記されている。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

さて、ここからが今回のエントリーの本題です。

これはメディアウォッチの記事ですが、既にシンシアリーさんがブログに翻訳されているので、そちらをご紹介します。(『慰安婦契約書の中身(オリジナルではありません)、なんと保坂祐二氏の著書で確認される』)

 

保坂祐二(韓国に帰化した反日教授)の書いた本に、契約書の雛形が掲載されているのを国史教科書研究所の金柄憲(キム・ビョンホン)所長が発見したというのです。

 

阿呆さかwwww

 

20210305_mediawatch_contract

 

これは韓国人向けの本に掲載するためにハングルになっていますが、実物もハングルかどうかは分かりません。

上記ブログにこの内容も翻訳されており、「稼業年限」や「契約金」、「賞与金は・・・とするけど、その半分は貯金すること」、「食費、服、及び小・・・は店主の負担とする」と言った文言が、一部判読不明ではありますが、書かれており、明らかに保坂は契約書の実物(のコピーか何か)を見て写し取ったものと思われます。

この契約書に関する保坂の解説も上記ブログに翻訳されているので、是非ご一読下さい。

まさしく、契約書に他なりません。

 

ここで、ペン&マイクの記事に掲載されていた日本軍慰安婦の契約書をご紹介しますが、おそらく、保坂祐二が著書に掲載したのはこれでしょう。

 

20210306_penenmike_contract

 

ブログ主は、契約書自体は日本語だったと思います。

ドラマを例に出して恐縮ですが、『おしん』でも、文盲の親に代わって、近所の「口入れ屋」(間に入って仲介する人)のおばあさんが年季奉公の契約を取り持っていたように、日本語が分かり、信用のおける人間が近所にいて世話を焼いてくれれば事足りる話です。

 

なお、これを持ってして、「何だ、日本人慰安婦向けの契約書か」とガッカリする必要はありません。

メディアウォッチの記事には、以下のような金柄憲所長の言葉も書かれています。(『シンシアリーのブログ』より訳をお借りします。)

 

今回発掘された契約書に関連しても、契約当事者のハンコが押された実物ではないという理由で、その契約様式が持つ史料的価値を格下げしようとする意見もある。しかし、キム・ビョンホン所長はこれを一蹴した。キム所長は、「現在、保坂前教授の本の契約と同じ形式の契約書に、具体的な契約内容と当事者の名前、そして連帯保証人が明記された稼業契約書」が訴訟の過程で、実際の証拠として提出された事実を確認した」とし「近いうちに、これをまとめて発表する計画だ」と本紙に教えてきた。

 

原告の元朝鮮人慰安婦が提出したものなので、「契約書が1枚も見つかってない!」という反論はこれで崩れることになります。

 

実は、2日ほど前に、ペン&マイクのYouTube番組に反日種族主義の著者の一人、鄭安基博士と柳錫春元延世大学教授が出演されて、ラムザイヤー教授の論文について解説されたのを、ブログ主は、自動字幕+自動翻訳で見ていた所、番組の終了間近に、柳元教授が「あ、その前に...」みたいな感じで、(自動翻訳なので不正確ですが)ニヤリと笑って「実は契約書が見つかりました」と仰っていたのです。(多分)

 

韓国人の学者は、まるで、自分がラムザイヤー教授になったかのように、反論に対する再反論をしているのが、ちょっと面白くもあります。想像ですが、実際に連絡を取ってサポートしているのではないでしょうか。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

ところで、ラムザイヤー教授の論文が載る雑誌(IRLE)の3月号ですが、聯合ニュースの記事によると、雑誌社がラムザイヤー教授に対して(反論に対する)再反論あるいは回答を書くために3月31日を期限としたそうです。従って、必然的に紙の雑誌の出版は4月にずれ込むことになるようです。

 

後ほど、リンクなどを追加しますが、一旦ここまでで公開します。

 

  

  


 

 

 

2021/03/01

【ラムザイヤー論文】特別寄稿・李宇衍博士:『契約』はあった【ペン&マイク】

以下、一部画像もお借りして、ペン&マイクの李宇衍博士の寄稿文をご紹介します。(機械翻訳をベースに誤訳と分かる部分は修正し、不自然でも意味が想像できるものはそのままにしています。小見出しはブログ主が付け、独自の補足も付け加えました。)

ラムザイヤー教授の論文を否定する者は「契約書がない」と言いますが、教授は様々な「契約行為の実態」を示しており、論文を否定するには、それらの実態が無かったことを証明しなくてはならないのに、誰もできていない、という内容です。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

http://www.pennmike.com/news/articleView.html?idxno=41402
[特別寄稿イ·ウヨン博士] 契約はあった。

最初承認 2021.02.28 22:28:26
最終修正 2021.02.28 22:28

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左:落星大学経済研究所のイ·ウヨン研究委員

ラムザイヤー教授の論文が韓国をはじめ世界の学界が慰安婦問題に対して、新たに本格的に討論できる良いきっかけになると信じている。 まず'慰安婦性奴隷論'に立っている正義記憶連帯(改称前韓国挺身隊問題対策協議会・挺対協)の活動家たちと彼等を支援してきた研究者たちがラムザイヤー教授の問題提起に対して答えなければならない。 彼らが今になって「契約書」の不在の後ろに隠れて口をつぐむとすれば、それは実に卑怯なことだ。

 

ハーバード大学ロースクールのラムザイヤー教授は最近、彼の論文で慰安婦と慰安所の関係を契約で把握した。 韓国と米国の研究者たちの、それに対する批判がまだ燃え上がっている。 多くの場合人身攻撃的非難を伴っているが、批判の核心は、彼がこのような関係を立証する契約書、契約の内容を記した「紙」を提示できなかったということだ。 このような批判の背景には合意の内容を必ず文書として残す欧米の契約文化と口頭の契約に大きく依存していた朝鮮·韓国の違いに対する理解がある(→理解が欠けている)。

契約書がないという批判は、契約自体がなかったという信仰に基づく。 「契約がないのに契約書があり得るのか」と追及しているのだ。 これには彼らなりの理由がある。 ラムザイヤー批判者らは、共通的に朝鮮人女性が慰安婦になるきっかけは彼女たちが慰安所と結んだ契約ではなく、日本の官憲(官憲)、つまり軍人・警察・管理などによる'強制連行'と確信している。 「強制連行」だったのに、どうして契約書や契約を云々するのかという批判だ。

 

◆ラムザイヤー教授論文の批判者の根拠はもはや元慰安婦の証言のみ

彼らには「確信」の根拠が山積しているという。 '被害者'の元慰安婦たちの'証言'、'加害者'である吉田清二の'自白'、1992年に吉見義明が発見した'強制連行'を指示した日本軍の文書、1993年、日本政府が'謝罪'の心を盛り込んで発表した河野談話、1996年国連(UN)人権委員会の特別報告官ラディカ・クマラスワミ報告書をはじめ、国際人権団体アムネスティと国際法律家連盟(ICJ)のような国際機構の名義になった各種の報告書がそれだ。 しかし、彼らの信頼と違って、このすべての証拠の中で、現在まで生きているのは元慰安婦たちの'証言'だけだ。 それ以外のすべてはフィクションか,この「証言」を基にしているにすぎない.

 

20210228_penandmike02

日本軍慰安所に日本軍が介入したことを証明する証拠としてよく提示されるいわゆる「陸支密文書」。 しかし文書の内容は、むしろ違法な方法で女性を軍慰安所に連れてくることで、軍の威信を傷つけてはならないとなっている。

Wikipedia『軍慰安所従業婦等募集に関する件』に解説あり。以下は現代語訳。

支那事変の地における慰安所設置のため、内地においてこの従業婦等を募集するにあたり、ことさらに軍部了解等の名儀を利用し、そのため軍の威信を傷つけ、かつ一般民の誤解を招くおそれあるもの、あるいは従軍記者・慰問者等を介して不統制に募集し、社会問題を引き起こすおそれあるもの、あるいは募集に任ずる者の人選に適切を欠いたために募集の方法が誘拐に類し、警察当局に検挙取調を受けるものがある等、注意を要するものが少なくないことについては、将来これらの募集等にあたっては派遣軍において統制し、これに任ずる人物の選定を周到適切にし、その実施に当たっては関係地方の憲兵及び警察当局との連係を密にすることにより、軍の威信保持上並びに社会問題上手落ちのないよう配慮していただきたく命令に依り通知する。 

 

国際機関の報告書はそのすべてが元慰安婦と吉田清治の証言、日本軍の文書、河野談話を論拠として提示した。 また河野談話はほとんどすべての人が「被害者と加害者の証言があり、これを客観的に立証する日本軍の文書がある」と確信する状況に追い込まれた日本政府が窮地に追い込まれて作成したものだ。 しかし、1993年以降、その日本軍の文書は「強制連行」と無関係であることが立証され、他の文書は発見されなかった。 また、吉田氏の「自白」は、後日、彼自身が捏造した「創作物」であることが分かり、日本で集中的に報道した朝日新聞は、発行部数の最大を誇るその名声にふさわしくなく、吉田氏に関するこれまでの報道をすべて取り消すという侮辱を受けた。 ちらっと見て証拠が山のように積まれたように見えるが、実際は元慰安婦の証言だけが残ることになったのだ。

 

◆元慰安婦の証言-李容洙の例

それでは元慰安婦たちが話す'強制連行'は信じられる事実か? 彼らが「カミングアウト」をした1990年代初めの証言内容は実は「強制連行」とは無関係だった。 慰安婦になったきっかけを朝鮮人による'就職詐欺'自分の親による'人身売買'と証言した。 さて、その上に慰安婦問題が韓国の社会・政治的問題が膨らんで、韓日間の外交問題に飛び火して言葉を変えた。 2000年代に入ってから本格的に「強制連行」を話し始めた。 「証言」が政治的に汚染されたのだ。 一例を挙げてみよう。

現在、韓国の国家元老級の待遇を受けており、自分を独立運動家と称する元慰安婦李容洙(イ・ヨンス 93)は1992年8月15日、KBSテレビ特集放送に出演した。 司会者がどのように「挺身隊」になったのかを尋ねると、彼女は次のように答えた。

 

19920815_kbs01

 

「私はあの時16歳だったのに、着る服もないし、食べることもできないのに…。見知らぬ人かワンピース一着と靴一足を持ってきてくれました。 それを渡しながら行こうと言われて、 それをもらって…。その時は、何も知らずついていきました。

 

朝鮮人と推定される者が犯した典型的な誘拐事件を言っているのだ。 そうした李容洙が2007年2月16日に米下院慰安婦被害者聴聞会に証人として出席することになった。 この時李容洙は次のように「証言」し、李容洙の証言は米下院が日本を非難する決議案を採択するのに大きく寄与した。

 

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2007年、米議会で身振り手振りをしながら証言する李容洙

 

「兵士と、その女の子と一緒に入って来て、肩をこのように取り囲み、片手で口をふさぎ、兵士は後ろから背中に何かをつっつきながら、そのまま連れ去られていきました。 夜、(私は)歴史の生き証人です」

 

元慰安婦たちの"証言"の一番目の問題はこのように一貫性がないという点だ。

さらに重要な問題は,証言を立証する客観的証拠が何一つないということだ. 日本国の官憲による「強制連行」を証明するだけの公的文書は見つかっておらず、民間人を含めてそのような事件を目撃した第三者が残した記録もなく、そのような証言も現れていない。 強制連行説を主張する者は、当時20代の朝鮮人女性の8%に当たる途方もない規模である「20万人」が、そのように連行されたと主張しながらも、過去30年間、その長期の間に強制連行を立証する証拠を何も提示できなかった。 したがって,今や我々は彼女たちの「証言」をこれ以上信頼していないと言わざるを得ない実情であることを認めなければならない.

 

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ラムザイア教授の非難の先頭に立ち、テレビで韓国で有名になったアレクシス·ダデン米コネチカット大学歴史学科教授は「もし主張を裏付ける書類がないなら、証拠がないなら、その主張は真実ではない」と述べた。 加えて「無惨で」「典型的な」「詐欺」と言った。

この基準を突きつけるとすれば、元慰安婦たちの'証言'はダデン教授の審査を通過することができるだろうか?

 

左:沖縄の反基地活動に口を出すアレクシス・ダデン。彼女は、森友問題まで言及し、一貫して安倍首相を批判している。ジェイソン・モーガン麗澤大学准教授によると、「学者と言うより活動家」

 

日本官憲の'強制連行'がなければ、朝鮮人女性が日本軍慰安婦になるのに、どんなきっかけ、経路を通じたのだろうか? まず、朝鮮人斡旋業者が、良質の雇用を紹介するとし、(就職詐欺)、慰安婦として働くようになるという事実を知らせずに、女性やその親を誘って連れて行ったり、売ってしまうことが無くはなかった。 この場合には慰安婦の雇用契約は不要で、前借金は支給されていなかったり、慰安婦として契約した場合よりは小額だったのだ。

 

◆慰安婦として仕事するためには多くの公的書類が必要

しかし、朝鮮で就職詐欺を含む誘拐は、すでに太平洋戦争勃発以前から警察の取り締まり対象だった。 当時、数千人の朝鮮人職業的斡旋業者が大手を振っていたからだ。

 

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1924年9月26日付朝鮮日報の「人肉市場探訪記」(人身売買の闇市場)【記事後述】

 

また、女性を連れて朝鮮から出発して慰安所に至るには様々な公的書類が必要だった。 まず、中国や東南アジアなどへの旅行者は旅行の目的などを記入し、警察署長が発給する「身元証明書」が必要となる。

特に慰安婦の場合、手続きはさらに厳しかった。 女性と慰安所業者が一緒に作成する就業申請書に該当する「臨時帳簿営業許可願」、写真2枚、戸主と女性の本人が捺印した就業承諾書、以上の関係者の印鑑証明書、女性の戸籍謄本(就業承諾書、印鑑証明書、戸籍謄本は本人でなければ作成または発給を受けることができなかった)、そして日本領事館職員が直接当該女性と者の就労を希望することができるかを確認した。 拉致はもとより、就職詐欺で女性を連れてきた時も、このような書類を備えることは不可能だっただろう。

誘拐された女性が慰安所に到着した後も問題が発生した。 慰安所を利用して管理を担当する部隊は、慰安婦本人たちが将来どんな事をやるようになるかを出発前から認知していたかどうかを確認した。 上記の書類を軍部隊で確認する手続きがあり、慰安所に来た女性を故郷に帰らせたケースもあった。

以上から見ると、誘拐による慰安婦調達よりも、娘が何をやるようになるかをすでに知っている親は自分の娘を売っている人身売買を通じているケースが一段と多かったと推論できる。 当時、新聞を見ると、親が娘を売ることも数え切れないほど多く、社会問題の一つになるほどだった。 1920年代半ば、日本でも同様の状況が起こった。 日本のあの有名な1926年の2·26事件(反共性向の日本皇道派青年将校たちがクーデターを起こした事件)当時も、娘を売らなければならない軍人たちの苦しい状況が事件を触発する重要な契機の一つだった。

このような取引は、人身売買という不法、そして戸主制下戸主の正当な権利行使と合法的職業斡旋の間の境界に位置していた。 その結果、一方では「人肉市場」という人身売買が横行し、これが社会的問題として浮上したが、他方では、そうした疑いで警察の取り調べや裁判を受けた人たちすら、ほとんど無罪として処分される状況になった。

以上のような状況から考えると、募集業者と取引する親は、娘がどこへ行って何をするか既によく知っていたとみるべきである。 文書に基づく明示的契約がないとしても,両親がそれを知っていたとすれば,契約は我々が一般的に言うものに違いない. 韓国と米国の批判者は、このような当時の実情を全く知らない。

 

20210228_penandmike06
中国上海虹口区東宝興路にある旧日本軍慰安所「大サロン」

 

◆慰安婦は元々売春婦の女性が多かったのではないか?

慰安婦と業者の間で契約が行われるもっとも代表的な場合は、朝鮮や外地で太平洋戦争勃発以前からすでに売春婦として働いている女性を従軍慰安婦として募集する場合だったのだ。 これは、韓国と日本の研究者が最も疎かに扱ってきたが、最も蓋然性が高い経路だろう。 まず1940年頃、朝鮮半島内には総督府が把握した売春婦が約1万人を数えた。

日中戦争と太平洋戦争当時の戦場と大体重なる地域である中国·満州など朝鮮人が進出した所にあった朝鮮人売春婦の数字は8千人に達した。 これらの数字はあくまで日本の政府機関が把握できた売春婦数に限られ、統計にとられていない売春婦がどれだけあるかは見当もつかない。 これら既存売春婦たちを慰安婦へと転職させるのに必要なものは、売春婦として働くのとは違って、軍慰安婦として働くのは高危険・高収入という点を彼女たちに知らせて説得するだけだろう。

この場合において、募集業者にとっては、既存の売春婦にあつては、就業詐欺や誘拐及び人身売買に伴う危険がなかった。 売春婦の立場では、軍慰安婦になるとして、社会的評価が追加的に損なわれることもなく、むしろ兵士を慰安するという自負心を持つ場合も多かった。 また、日本軍上部や兵士らが慰安婦の出身を追及する立場もなかったし、実際も言ってもなかった。 したがって、斡旋業者が接近する最初の対象は、朝鮮内外の売春婦だったはずだ。

韓国で最も左翼的であり、反日的であるハンギョレ新聞を創刊し、その社長、会長を歴任した宋建鎬(ソン・ゴンホ)は、慰安婦問題が政治化される前の1984年に彼が出した本、《日本の植民地支配下の韓国現代史》で次のように述べた。 彼は1927年生まれで植民地時代を経験した人だ。

日本当局は1937年末の南京(南京)攻略後、徐州(徐州·徐州)作戦が開始される頃、朝鮮内の御用斡旋業者たちに指示して貧乏(貧困)で売春生活をしていた朝鮮女性を多数中国大陸に連れて行き「慰安所」「簡易慰安所」「陸軍娯楽所」などの名称を持った日本軍施設に配置し、日本軍兵士の慰問にした。

 

また、ビルマ(ミャンマー)のラングーンにある二番目の妻の弟(義弟)が所有する慰安所で客の案内と会計などを担当する帳場として働き、その生活を日記として残した『慰安所管理人の日記』の著者、朴致根(パク·チネ)夫人は大邱で旅館を営んでいた。 妻は慶尚北道一帯を歩き回りながら女性を募集したという事実からも分かるように、当時の旅館業は売春業を兼ねる場合が多かった。 朴氏と義理の弟は1942年7月、19人の女性を集めて東南アジアに出発した。 女性を募集する時、農村に行って女性を誘拐したり非情な両親を探して娘を買入れるのではなく、妻の旅館に出入りする女性を含めてすでに売春婦として働いている人々と交渉したのではないだろうか。

  

  

元慰安婦たちは最初は就職詐欺や人身売買によって慰安婦になったと話した。 もともと売春に従事し、慰安婦になったのだと言った人はない。 売春に携わった人がそのような事実を明らかにすることは、韓国では「社会的死」(social death)を自ら招くことになる。 軍慰安婦が韓国と日本の問題で爆発した1992年以降、実名で自分が軍慰安婦だったことを明らかにした日本の女性が1人もいないのもそのようなわけだったのだ。 ただし、韓国でカミングアウトした人たちは売春婦経歴がない一部の慰安婦から集中的に排出された可能性もある。

 

◆米軍による朝鮮人捕虜(PoW:Prisoner of War)尋問書

このような当時の状況を描写する朝鮮人の証言がある。 資料は1945年初め、太平洋で米軍捕虜になった3人の朝鮮人日本海軍軍属に対する尋問記録(Composite Report on Three Korean Navy」Imperial Japanese Navy」Civilians List No. 78、dated 25 March 1945、Re:Special Questions on Koreans)だ。 この文書には彼らの実名まで出ている。(Wikimediaの検索結果

 

Composite report on three Korean navy civilians, List no.78 p3
Wikimediaより直接表示(画像はP.3)

 

質問は「日本軍のために売春婦(prostitute)として働く朝鮮人女性を募集することについて朝鮮人は普通知っているのか。 このようなことに対して平均的な朝鮮人はどのような態度を取ったのか。 「あなたたちはこのような騒ぎや摩擦について知っているか」であった. 答えは次の通りだ

”私たちが太平洋で見たすべての売春婦は志願者か、彼らの親によって売春婦として売られた人々だ。 これは韓国的な考え方だが、日本人が女性を直接的に「徴集(direct conscription)」したら、年寄りや若者が激怒して立ち上がったことだろう。 男たちは怒り、何が起ころうとも、日本人たちを殺害したのだろう。”

 

【原文】All Korean prostitutes that PoW have seen in the Pacific were volunteers or had been sold by their parents into prostitution. This is proper in the Korean way of thinking but direct conscription of women by the Japanese would be an outrage that the old and young alike would not tolerate. Men would rise up in rage, killing Japanese no matter what consequence they might suffer.(P.3の18番)

 

彼らが慰安婦を'売春婦'と呼んでいることも注目に値する点ではあるが、この答弁は何よりも次のような事実をきちんと説明してくれている。

第一に、「強制連行」はなく、あり得ない。 第二に、親の人身売買や売春婦の転職のまたは一般人の就職が慰安婦となる一般的な経路だった。 私は今まで朝鮮人が慰安婦になる過程と関連してこのような総合的な証言を見たことがなかった。

 

慰安婦募集方法で、両親の人身売買、一般人の就職、売春婦の転職が中心なら、やはり慰安婦自身や彼女の代わりに親が斡旋業者や事業主と経済的契約を結んでいたと見なければならない。 慰安婦は性奴隷ではなく'性的労働者’(sex worker)だった。 性労働のために斡旋業者や事業主と契約を結ぶことは、我々が日常的に目にする労働者と経営者間の労働契約と大差ない。

行為者がいて彼らが一定のパターンに従って行動したとすれば,契約当事者が契約に基づいて行動したことであり,契約が存在したことを意味する. これを否定するには、前借金の授受、契約期間の存在、慰安婦と慰安所の間の売上金分割などと共にラムザイヤー教授が契約の実体として主張するものが実際には存在しなかったと主張して証明しなければならない。 しかし、これまでラムザイア教授の論文に対して提起されたいかなる批判も、たとえ部分的であっても、成功することはできなかった。

ラムザイヤー教授の論文が韓国をはじめ世界の学界が慰安婦問題に対して、新たに本格的に討論できる良いきっかけになると信じている。 まず'慰安婦性奴隷論'に立っている「正義記憶連帯」(改称前「韓国挺身隊問題対策協議会・挺対協)の活動家たちと彼等を支援してきた研究者たちがラムザイヤー教授の問題提起に対して答えなければならない。 彼らが今になって「契約書」の不在の後ろに隠れて口をつぐむとすれば、それは実に卑怯なことだ。

彼らがこれまで主張してきた性奴隷説の3つの支株がある。 第一に、「強制連行」、第二に「報酬がなかった」、第三に、「自由意思によって朝鮮に戻れなかった」という主張がそれである。 ラムザイヤー教授は'契約書'の存在を主張したのではなく、このような'性奴隷論'に真っ向から挑戦したのだ。 慰安婦の活動家と研究者たちはこれについて立場を明らかにしなければならない。 彼らも正面から立ち向かわなければならない。 それがこの30年間、自分たちを物心両面で支援してきた韓国国民に対する基本的な礼儀であり、責任である。

 

出典 : 펜앤드마이크(http://www.pennmike.com)

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

こちらの李承晩TVの動画『日本では自発的契約だったが、朝鮮では強制連行か?』(日本語字幕版)を併せてご覧下さい。

ここでは、慰安婦と事業者(売春宿)が外地(中国)に入国する際にどのような書類が必須だったか、どのようにチェックされたのかが説明されています。「朝鮮人慰安婦強制連行説」を唱える人々は、日本人だけにこの基準が適用されたと主張しているようですが、「朝鮮人女性には適用されなかった」という根拠は示していません。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

【人肉市場】(機械翻訳ママ)

https://www.chosun.com/site/data/html_dir/2011/03/09/2011030902770.html

【朝鮮日報に映った「モダン朝鮮」】[8] 「食事代を投資すれば数十倍暴利」人身売買盛ん
金ヨンチョル·デジタルニュース部編集委員
入力 2011.03.100 3:27

朝鮮日報1924年9月25日付は「人肉市場」探訪記をシリーズとして連載し始めた。 植民地の下で盛んだった「婦女子人身売買」の世界を「人肉市場」と呼んだ。 当時、洪水や干ばつで飢えに苦しんでいた農村の女性たちは遊郭(売春店)として、料理屋として売られていった。 本紙の「人肉市場」シリーズは冒頭をこう飾った。

「…人が人の肉塊を売買する悪魔の群れを世の中でどうするのか。 聞くだけで身の毛がよだつ姦悪非道な人肉売買の話は、良心が鈍くなった現代のどんなに厳しい人生でも胸が詰まり、骨の痺れを禁じえない。"

特に1924年は10年ぶりの凶年だった。 本紙社会部の辛日鎔(シン·イルヨン)、金達鎮(キム·ダルジン)記者らは飢饉現場を訪れ、全国を回りながら草根牧皮で食いつないでいく農村の窮乏ぶりを伝えた。 シン記者は10月23日付の「戦慄割引肉市場」と題した記事で、「全羅北道で人口第3の都市イリが売春婦の数としては一番」と述べ、「飢饉に追われた村の女性たちが悪魔のような魔手にかかってこの呪い割引肉市場をさらに繁盛させる」と嘆いた。

(画像省略:1924年9月26日付本紙の「人肉市場探訪記」)

組織的な人身売買犯は女性を誘引·拉致して満州や上海、日本などに売り渡した。 仁川では朝鮮人女性数十人を中国に売ろうとした「魔窟」が暴露されたこともある(1924年9月24日付)。(1924年9月26日付)

組織的な人身売買も盛んだったが、貧困や恥部の手段として自分の子どもや姉を売り払うこと、いわゆる「マッキーズ」も珍しくなかった。 深い男児選好思想と貧しさから女性を「物」のように扱ったのだ。 「40ウォンで妹を満喫」(1921年6月13日付)、「十年同居した本妻を二軒の家に売って」(1921年6月24日付)などの記事が数え切れないほど多かった。 甚だしくは「金持ちになろうとする」姑が「嫁の顔がきれいで田舎暮らしはできないから飲食店に売る」と言ったケースもあった。(1921年9月28日付)

最も悪質なケースは高利貸しの人身売買だった。 朝鮮日報1938年10月11日付発行者は、数十年間高利貸し業を営み「勇者の背肉を削ぎ取り、貸付金回収のために債務者の娘と妻を遊郭に売った"あくどい社会悪"を続けてきた」業者の非人道的罪状を暴露している。

人身売買は光復直後の1946年、米軍政庁が「婦女子の売買またはその売買契約の禁止」を規定した法令70号を制定·公布し、法的に禁止された。

 

  

  


 

 

 

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