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2021/01/02

【書籍】『朝鮮雑記 日本人が見た1894年の李氏朝鮮』

この本は、本間九介ペンネーム「如囚居士」)という人物が1894年4月から6月にかけて『二六新報』という日刊新聞に連載した朝鮮事情(連載終了後書籍化)を現代語に直したものです。その際、日本近代政治思想史を専門とするクリストファー・W・A・スピルマンという歴史学者が監修し、『朝鮮雑記 日本人が見た1894年の李氏朝鮮』とサブタイトルが付けられ、スピルマン博士による解説が付せられています。

後述しますが、この本が書かれた1894年というのは非常に象徴的な年です。

 

20210102_chousenzakki01
『朝鮮雑記 日本人が見た1894年の李氏朝鮮』表紙
イラストは本間九介による

 

この『朝鮮雑記』(1894年=明治27年)とイザベラ・バード韓国ではビショップ婦人と呼ぶようです)の『朝鮮紀行』(1898年=明治31年)、荒川五郎の『最近朝鮮事情』(1906年=明治39年)と併せて読めば、朝鮮末期、即ち、日韓併合直前の朝鮮事情は大凡理解できますが、この3冊の性格は若干異なります。

 

 

イザベラ・バードは謂わば物見遊山の旅行記、荒川五郎の本は朝鮮に住む(予定の)日本人のための現地生活ガイドのようなもの。しかし、本間九介は、現代風に言えば新聞の特派員として、体裁はコラムのような形式で朝鮮の習俗などをユーモラスな文章でリポートしながら、時折、政治状況や経済状況を考察したり批評しています。それは、「朝鮮を先進的な日本の援助のもとで独立させ、東アジア全体に近代的な秩序と文明をもたらす」(スピルマン博士の解説より)という「アジア主義」の思想が根底にあるからです。

確かに、彼は「開化人」として所謂“上から目線”で「未開」な朝鮮人の風習や生活習慣を小馬鹿にしています。例えば、「市街の不潔」というタイトルのコラムでは、「不潔は、朝鮮人のパテント(専売特許)だろう。」という文で始まり、腐った食物も意に介さずに食べることや、家が粗末なこと、衛生観念に乏しいことなどを書いています。

しかし、一方で、朝鮮人がこのような惨めな生活をしているのは、中央政府の事大主義と改革を受け入れない李氏の保守主義や、役人が腐敗し、賄賂が横行する社会システムのせいだと同情したり、属国意識が抜けずに気概のない朝鮮人に憤慨し、世界情勢を知らない朝鮮人を、しばしば「井の中の蛙」と言っています。また、依然としてシナ(清)の影響下に置かれている状況や、朝鮮政府が顧問として日本人ではなく、アメリカ人やフランス人を招聘している事に対し、何故我が国はもっと積極的に朝鮮に関わらないのかと日本政府を批判したりしています。

従って、この本の価値は、彼の考えを述べた最終章の「清国の野心 朝鮮の懦弱 日本の無為」(懦弱:なまけて弱いこと。いくじのないこと。進取の気性のないこと)と、スピルマン博士の解説にあると思っています。

 

なお、この本は『朝鮮雑記 日本人の朝鮮偵察録』(조선잡기 일본인의 조선정탐록)というタイトルで韓国語訳もされています。(2008年06月16日出版) ネット書店のレビューを見た所、10段階評価で7.7と、思ったよりは高評価でした。(この項、後述)

 

ご存知の通り、伊藤博文(1841~1909)は、併合には消極的で、朝鮮の真の独立や開化は朝鮮人自身で成すべきと考えていました。つまり、これが当時の日本政府の方針であり、福沢諭吉も当初は同じ考えで、朝鮮の改革派の若者を庇護していました。

これら主流派と比較すると本間九介はかなり急進的ですが、彼の言動を通して、この時代の日本人が「世界におけるアジア」、「アジアにおける日本や朝鮮」という広い視野で状況を捉えて、朝鮮の自立を望んでいたことがよく分かります。もちろん、その根底には日本の国益があるのですが、「アジアの権益を虎視眈々と狙う欧米列強」、「依然として朝鮮への影響力を及ぼし続ける清」、「清の脅威」、「日本の朝鮮における権益」等々、これらが朝鮮を舞台に渦巻いていた時代でした。明治維新を成し遂げたこの時代の日本人、特に知識人は、現代の平和ボケした日本人とは異なり、日本を取り巻くアジアや世界の情勢には鋭敏でした。

一方、朝鮮人はと言うと、これもある種の「平和ボケ」...。この言葉が適当かどうかは分かりませんが、一部の知識層を除き、多くの人々が一握りの支配階級に生殺与奪を握られている状態を受け入れていました。いくら本間九介が不甲斐ないと憤ったり、義侠心に駆られていても、それ以外の世界を知らない層が大半だったので、そういう意味で安定した社会でした。

 

そして、当時の朝鮮人の対日観はどうかというと、非常に反日的でした。これは、『(小)中華思想』、『華夷秩序』によるものが大きいのでしょうが、秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)に対する恨みもあるようです。

何故か、彼らは朝鮮が大勝したと思っていたようですが、この時の戦乱により、朝鮮全土が焦土と化したことを非常に恨んでいるということを本間九介は度々書いています。(実際には、秀吉の目的は明であり、その通り道の朝鮮は“焦土”とされるほどに抵抗してはいなかったのですが。

日本人からすると、「それでは元寇(1274年、1281年)はどうなんだ」と言いたくもなりますが、とにもかくにも、16世紀から延々と日本を恨み続けていたのは事実であり、朝鮮人(韓国人)の「反日」は戦後教育によるものよりもっと根深いということを知りました。そしてこの反日感情は、この本が書かれた時代、何かの折に必ず吹き出すのです。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

さて、この本が書かれた1894年という年ですが、朝鮮の改革を目指して1884年にクーデター(甲申政変)を企てるも失敗した金玉均(キム・オッキュン)が殺された年(3月28日)であり、甲午農民戦争=東学党の乱が始まった年(1月11日~翌3月29日)、日清戦争(7月25日~翌4月17日)が勃発した年でもあります。つまり、朝鮮が最も不安定な時期でした。

 

もう少し補足します。

朝鮮末期は李氏第26代国王の高宗(1852年7月25日 - 1919年1月21日)の実父で摂政の大院君と高宗の妻の閔妃(びんひ/ミンピ)の一族との対立と高官の派閥争いに明け暮れ、事大主義(自主性を欠き、勢力の強大な者につき従って自分の存立を維持するやりかた)により、その時々で周囲の国を利用していました。

大院君がまず権力を握ると王権強化と攘夷に努めますが、1860年代から欧米列強が通商を迫り始め、1875年の江華島事件の結果日朝で結ばれた江華島条約により朝鮮が開港すると、閔氏一派が権力を握ります。日本の援助を受け、軍隊の近代化を図りますが、財政出費がかさみ、旧軍人への俸給が滞ったことから、1882年、兵士の不満が爆発して反乱(壬午軍乱)が起こり、この騒乱は反日感情を引き起こし、日本公使館襲撃事件にまで発展します。背後には大院君がおり、再び大院君が権力を握ります。日本も軍を出しますが、この騒乱を制圧した清が影響力を強め、大院君を拉致し、清は袁世凱を送り込んで朝鮮の実権を握ります。

一方、政治に不満を持ち、日本の明治維新のような改革を目指した金玉均や朴泳孝(ぼくえいこう/パク・ヨンヒョ)等の開化派は1884年にクーデター(甲申政変/甲申事変)を起こしますが、事大党(伝統を守って宗主国たる清国への臣属を主張した保守派)に与する清の派兵を許し、クーデターは失敗に終わります。金玉均は日本に亡命しますが、後に閔氏の刺客により、1894年、上海で暗殺されます。遺体は朝鮮に運ばれて切り刻まれ、これを知った福沢諭吉は朝鮮に見切りを付けて脱亜論を唱えます。

甲申政変鎮圧の際、清国の軍隊によって日本人居留民が殺されたことから、日清の対立が深まり、1885年、伊藤博文と李鴻章が全権大使となり、天津条約が結ばれ、この条約で、両国の朝鮮駐屯軍を撤退すること、以後朝鮮へ軍隊を派遣する必要ある時は両国互いに通知することなどを取り決めます。これが日清戦争の伏線となります。(本間九介はこの天津条約により朝鮮は独立したと考えており、その後も影響力を持ち続ける清に不満を持っていました。)

この間も欧米列強により朝鮮の権益が奪われていき、1894年の甲午の年、朝鮮南部を中心に農民戦争(甲午農民戦争)が起こります。これは東学(土着の宗教や儒教・仏教・道教を折衷した新興宗教で西学=キリスト教に対する)の信徒を主体とし、「反侵略・反封建」の性格を持った反乱です。本間九介や朝鮮の独立を支援しようとする日本人居留民は東学党を親日だと勘違いし、これを支援しますが、彼らは日本も敵視していました。

閔氏政権はこれを鎮圧するために清に出兵を要請、これを日本は天津条約違反として日清戦争(1894~95年)に発展します。

1895年10月8日、閔妃が暗殺されます。これは、一般には、「日本公使三浦梧楼の陰謀により1895年10月8日、日本守備隊および日本人壮士に惨殺された」(広辞苑)とされますが、まず、日本人だけでは閔妃を識別できたのかという疑問があり、朝鮮人の間でも閔妃を除外しようとする勢力が少なくなかったこと等から、日本人が首謀者だとしても朝鮮人の協力があったと考える方が自然です。そして、それどころか、実は閔妃は生き延びて、ロシアに逃れたという説(※)もあるようです。

 

※「친구 ともだち」さんの動画

動画主さんは、新たな資料がロシアから出てきて、これが事実だと言います。それなら何故、日本人の歴史家はこれを取りあげないのか不思議に思いますが、今更、異説を唱えても韓国の反日に火を点けるだけなので、やる気が無いのでしょうか。

 

日清戦争における日本の勝利により、下関条約(1895年4月17日)で清に朝鮮の独立を認めさせ(第1条)、高宗を皇帝として大韓帝国が成立すると、開化派はこれを記念して「迎恩門」(シナの使者を三跪九叩頭礼で迎えた屈辱的な門=沖縄の守礼門のようなもの)を壊して独立門を建てます。しかし、日本に対して三国干渉(仏、独、露)が行われると、王は今度はロシアに事大します。その元凶である閔妃が下関条約の半年後に暗殺(?)されると、高宗はロシア公館に亡命して(露館播遷/俄館播遷)引きこもります。ここから、日露戦争(1904~05)で日本はロシアと戦う羽目になっていきます。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

上記は主に日本が関係する部分を中心に1894年に至るまでの経緯を簡単にまとめたものですが、どのような感想を持たれるでしょうか?

韓国の歴史教科書では、高宗は「改革君主」とされているそうです。(これが、李栄薫博士らの唱える『植民地近代化論』に対して、“既に朝鮮末期には資本主義が萌芽していて、日本がいなくても朝鮮は自力で近代化できた”、というファンタジー理論に繋がります。)

 

日本は余計なお節介をしすぎたのかもしれません。そして、望み通り、清の属国のままであれば、今頃、中国の一地方か、独立国のままで北朝鮮のような生活をしていたかも知れません。

 

無知な安重根が伊藤博文を暗殺しなければ、福沢諭吉の言葉に従っていれば...

そう思わざるを得ませんが、歴史に「IF」はありません。現代の韓国人が日本を恨むのなら、それは感情の問題だからとやかくは言いません。しかし、理不尽な言いがかり(慰安婦問題、徴用工問題)は、日本側(反日日本人や朝鮮総連)が火付け役とは言え、毅然とした態度で望むしかありません。旭日旗などに対する子供じみた嫌がらせに対しても同様です。

歴史認識は利害関係のある二国間では一致することはないでしょう。しかし、願わくば、韓国人には歴史を捏造せずに、「朝鮮=善、日本=悪」という結論ありきではなく、起きたことを客観視できる理性を持って欲しいと思っています。そして、16世紀から西欧のアジア侵略の野心(cf. 1596年、 サンフェリペ号事件)を知っていた日本人と、知らない朝鮮人(韓国人)とでは自国史の視野が異なるのはしかたがありませんが、せめてアジアくらいには視野を広げないと、自国の置かれていた立場は理解できません。

これを改めるのは韓国人自身でしかできません。これが必要ないと考えているなら、日本人は、よく喩え話で言われるように、「回覧板だけは回すお隣さんの関係」として静観するしかありません。

ただ、現在、一部の理性的な韓国人が、「慰安婦関連法」(=元慰安婦を「被害者」と定義づけている)撤廃活動や反日銅像(慰安婦像、徴用工像)撤去を求める活動を行っています。慰安婦問題と徴用工問題は韓国が歪曲している歴史の内、最も「ほころび」が出やすい問題であり、歴史認識を正すきっかけになる可能性があります。

年末には『売国奴高宗』という本も出ました。どうやら、「日本=悪」という立ち位置は変わらない本のようですが、ファンタジー歴史ドラマで李氏朝鮮を美化している韓国にあって、ようやく、自国のダメな歴史を論じることができるようになったようです。(今更かよwという気がしないでもありませんが。)

この本の読者は別に日本との関係を良くしたいのではなく、左派の洗脳から自分を解放するためでしょう。しかし、それでいいのです。我々はもはや本間九介になる必要はないのですから。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

『朝鮮雑記』の原書は国立国会図書館のデジタルアーカイブで読むことも可能です。但し、語句が難解で、読むのに苦労するかと思います。現代語訳版は語句の解説(※印で章末にまとめて解説している他、括弧書きで意味の説明あり。)があり、すらすらと読むことができます。

ブログ主は電子図書版(Kindle)で読みましたが、紙の本への拘りがなければ、文中の※印をクリックすると注釈に飛び、戻るボタンで本文の元の位置に戻れる他、語句をドラッグで範囲指定して辞書(デジタル大辞泉)を引いたり、ラインマーカー(4色)でマーキングできたりと便利で、また、電子図書はページの概念が無いので、ページ幅を自由に変えたり、文字の大きさも変えることができます。(1ページに入る文字数がそれによって変化する)

『最新朝鮮事情』はおそらく国立国会図書館のデジタルアーカイブ、つまり原書でもあまり苦労なく読めるでしょう。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

韓国語版『朝鮮雑記』について

この項、書きかけ

 

  


 

 

 

 

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