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2020/12/25

日本のラーメンのルーツはシナの経帯麺・伝来は南北朝時代/ついでにキムチの起源の話

ブログ主の覚え書きとして。

読売新聞(2020年9月30日付け文化面)にラーメンの歴史について書かれており、近年の研究で、日本への伝来は南北朝時代(1336~92年)まで遡れるという内容でした。

新横浜ラーメン博物館のHP、「日本のラーメンの歴史」には、

1488年: 日本初の中華麺「経帯麺」が食べられた。この麺にはかん水が使われており、このレシピは現代のラーメンの麺とほぼ同じであった。

と書かれていますが、これより古い文献が見つかったことになります。

ラーメン(中華麺)は上に書かれているように「かん水」(「かん」は木偏に「見」、中華そばをつくる時に小麦粉にまぜる、炭酸ナトリウム・炭酸カリウムなどのアルカリ性の水。鹹水とも)が使われていることがポイントのようですが、記事によるとこのルーツは1300年代のシナの百科事典『居家必要事類(きょかひつようじるい)』にある経帯麺とされます。

製粉技術に関しては、鎌倉時代の1241年に臨済宗の僧・円爾(えんじ)がシナから持ち帰った史料に、水車や石臼を組み込んだ水力式製粉機の図面が載っているそうです。

新たに経帯麺の記述を発見したのは、芳澤元(はじめ)明星大准教授で、南北朝時代の禅僧の漢詩集に、そのものズバリ「経帯麺」と題した漢詩がありました。

「棒下横身頭不回」(のし棒の下、身を横たえ、振り向くことがない=麺の生地)

「看佗平展也奇哉」(平たく伸されるところを見よ、これまた見事なものだ)

という内容だそうで、これを書いたのは後醍醐天皇の息子とされる禅僧・龍泉令淬(りょうせんりょうずい)。

先にご紹介したラーメン博物館の見解は、そば研究家・稲澤敏行氏の調査で、足利義満由来の京都の禅寺の僧の日記『蔭涼軒日録』によるものだそうで、『居家必要事類』で経帯麺のことを調べて、その後、来訪者に振る舞った記述があるそうです。

経帯麺の調理法(スープとかタレ)についてはよく分かっていないようですが、『居家必要事類』には「かけ汁は任意」と書かれており、南北朝~室町時代の文献や絵図には冷や麦をを醤油味のたれ味噌や辛子などで食べた記録があるそうです。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

上記のことを書くために少し古い新聞記事を引っ張り出したのは、実は最近の中国と韓国との間のキムチ論争(記事後述)を見たからです。

ラーメン(中華麺)に関しては「かん水を使った麺」という定義で経帯麺にそのルーツを認めているわけですが、どうも、キムチ論争では、「塩漬けの野菜」(=「沈菜」チムチェ=キムチの語源)としているから、こういう単純な定義では、古い文献のあるシナに軍配が上がるのです。

KONESTというサイトの「キムチの起源と変遷1」によると、

漬物類の歴史は古く、中国最古の詩集「詩経」(紀元前8~11世紀頃成立)には、「きゅうりで菹(チョ)を漬ける」という一節が登場。菹が漬物の一種であったことがうかがわれます。また、後漢末期の辞書「釈名」では、菹を「野菜を塩漬けにした乳酸発酵食品」と説明しており、キムチの原型とも言えるものがこの頃から食べられていたことが推測できます。キムチは漢代(紀元前3~3世紀)に朝鮮半島北部の楽浪郡を通じて韓国にもたらされたと見られていますが、これを決定づける資料はなく、未だ明らかになっていません。

とあり、キムチの特徴である発酵食品という定義でも、中国には後漢末期に文献がありますが、韓国では、同サイトによると、

韓国の文献上、キムチに関する記録が最初に登場するのは、高麗時代に著された李奎報(イ・ギュボ)の詩文集「東国李相国集」(1241)です。ここではキムチ漬けが「塩漬(ヨムジ)」という言葉で表現されていますが、当時は野菜を塩で漬けた白キムチ(ペッキムチ)や水分の多い水キムチ(ムルキムチ)でした。

と、13世紀になります。

まあ、文献の古さで競えば、宗主国様に敵うはずが無いのですから、朝鮮の漬物のルーツは「菹」であると認めた上で、後述する記事の「泡菜(パオツァイ)」(Wikipediaによると四川の漬物)とは別個に進化したことを示す証拠を見つければいいのに...と思ったけど、あればとっくに出しているでしょうから、無いんでしょうねw

きちんと歴史を調べずにいつも「起源」だけを主張するから、こういう目に遭うのです。

そして、キムチと聞いて思い浮かべる唐辛子の粉をまぶした白菜キムチは、唐辛子そのものが朝鮮半島に伝来したのは16世紀、結球する白菜は19世紀と、比較的最近のこと。

よく、唐辛子は秀吉の朝鮮出兵によってもたらされたという記述を目にし、この証拠を提示しているものは見たことがないのですが、一応、韓国でも文禄・慶長の役(1592年、1596年)で伝わったというのは「通説」にはなっているようです。

 

  

おそらくこの騒動があるからでしょうが、中韓米大使のハリス氏が「#originalKimchifromKorea」というハッシュタグを付けて、キムチを食べたことをツイートしていました。

 

 

そうしたら、あれだけ、ヒゲが日本の朝鮮総督のようだとかなんとか言って批判していたのに、もう絶賛の嵐w

単純な奴らだw

 

朝鮮日報

http://www.chosunonline.com/svc/auth/index_login.html?contid=2020120980260&code=news
「キムチは三国時代に中国から伝来」…議論に再び火を付けた中国
2020/12/09 20:28

 中国のポータルサイト、百度(バイドゥ)のオンライン百科事典「百度百科」が、中国メディアの過去のネット記事を引用して「韓国のキムチは三国時代に中国から伝わった」と紹介し、論争が予想される。

 百度百科は「ウィキペディア」と同様に、登録されたユーザーたちが内容の登録や編集に参加する形で運営されている。

 中国国営メディア「グローバルタイムズ」の9日付記事によると、百度百科はキムチの「起源論争」の項目で、2013年に新華社通信のオンライン記事を引用して上記のように紹介した。しかし百度百科はこれに関する文献など具体的な資料は提示していない。

 百度百科は、キムチを中国の塩漬け野菜「パオツァイ(泡菜)」の一種として紹介した。実際に中国ではキムチを「韓国パオツァイ」と呼ぶこともあるという。

 グローバルタイムズの中国語版姉妹紙「環球時報」は先月末、パオツァイが国際標準化機構(ISO)の標準認証を受けたというニュースを「韓国メディアの憤怒、キムチ宗主国の恥辱」というタイトルで報じ、キムチ論争を巻き起こした。

 グローバルタイムズはこの騒動について「誤訳が原因」だとした上で「韓国のドラマや映画が中国に大量に流入し、中国人の中にはパオツァイが韓国から入ってきたと勘違いしている人も多い」という中国のネットユーザーの意見を紹介した。

 

 

  


 

 

 

 

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