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2020年12月の11件の記事

2020/12/29

【韓国】なぜ未だに文在寅が3割以上の支持率を集めるのか?―理念では無く怨念の抗争だから―【朴斗鎮先生の解説】

最近、文在寅大統領の支持率の低下(35~38%台)が報道されています。下は“数字が操作されている”ことで有名なリアルメーターの調査結果ですが、盛っているとしても36.7%だそうです。

とは言え、あれだけ失態が続く(コロナワクチン確保の失敗、不動産政策の失敗、検事総長罷免に関する批判、etc.)にもかかわらず、3割以上の支持率があることは日本人には不思議に思えます。韓国人はバカなのか?と。

この疑問に対する朴斗鎮(パク・トゥジン)先生の説明が非常に腑に落ちるものだったので、メモしておきます。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

以下は、直近の支持率調査

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2020/12/28/2020122880016.html
文大統領の支持率 36.7%で再び最低=不支持は59.7%
2020/12/28

【ソウル聯合ニュース】韓国の世論調査会社、リアルメーターが28日に発表した文在寅(ムン・ジェイン)大統領の支持率は再び就任後最低となった一方、不支持率は60%に迫って最高を更新した。

 調査はニュース専門テレビ局YTNの依頼を受け、21~24日に全国の18歳以上の2008人を対象に実施された。

 文大統領の支持率は前週より2.8ポイント下落し、同調査で就任後最低を記録した今月第2週と同じ36.7%となった。不支持率は2ポイント上がった59.7%で、過去最高を更新した。

 支持率と不支持率の差は23.0ポイントに広がった。

 今回の調査には新型コロナウイルスワクチン確保の遅れを巡る論争、李容九(イ・ヨング)法務部次官のタクシー運転手暴行事件、卞彰欽(ピョン・チャンフム)国土交通部長官候補の過去の問題発言、文大統領の息子・ジュンヨン氏への芸術支援金支給を巡る波紋、チョ国(チョ・グク)前法務部長官の妻、チョン・ギョンシム東洋大教授の一審実刑判決など、相次ぐ悪材料が影響を与えたとみられる。

 一方、政党支持率は最大野党「国民の力」が前週より2.2ポイント上昇の33.8%となった。与党「共に民主党」は1.3ポイント下落の29.3%で文政権発足後、最低となった。両党の支持率の差は今年9月の国民の力の発足後、最大となった。

 「開かれた民主党」の支持率は6.5%、「国民の党」は6.4%、「正義党」は4.4%だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

冒頭1:30辺り~解説があります。

以下、朴斗鎮先生の説明要旨をまずご紹介します。

 

日本人が韓国の政治を見るときに、日本と同じような見方をするのは誤り。韓国と日本が戦後、自由民主主義の道を歩んだという「器」の部分は同じだが、内実は全く異なる。まず、韓国は自分の力で独立を勝ち取った国ではない。だから、歴史を偽造する動機が高い。

また、1945年以降の歴史は「左」と「右」の勢力の血みどろの戦いがあった。戦後、李承晩が韓国に入ったとき、最大の勢力は朴憲永(パク・ホニョン)の勢力、即ち共産勢力だった。同じ国民、民族同士、殺し合いの歴史だった。朝鮮戦争然り、「保導連盟」を作り、“アカ”を弾圧した。だから、理念闘争ではなく、“怨念”闘争なのである。

「怨念」で政治をしているから、韓国の「左」は北と手を結んで権力を取ろうとしている。

学生運動が盛んなときにチュサッパ(主体思想派)が言ったのは、北と手を結ばないと現在の主流派を倒すことができない、ということだった。この集団が今の文在寅の周囲の集団。

だから、保守と左派の間には妥協する接点がない。食うか食われるかの世界。こういう政治だから韓国の大統領は最後は監獄に入る。

これを理解しないとならない。

(李相哲先生:是々非々ではないですよね。)

3割ほどの文在寅のコアの支持者は、この「怨念」を持った人たちの子孫。だから、文在寅が良かろうと悪かろうと絶対に支持する。保守に権力を取られたら自分達は生きていけないと思っている人達。だから、30%という岩盤が存在する。反対側(保守)もまた30%の岩盤があった。

韓国政治は朴槿恵弾劾前までは30対30の岩盤の戦いで、残りの40%をどちらが取るかで勝負が決まってきた。ところが、朴槿恵弾劾で保守の30%の岩盤が崩れた。

こういう特殊な政治環境なので、理屈ではない。理念の対立ではなく怨念の対立なのである。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

さほど解説はいらないとは思いますが、蛇足ながら補足をすると、とかく日本人には評判の悪い李承晩ですが、韓国国内では反共の立場から「アカ」との戦いをしており、それが済州島四・三事件麗水・順天事件になります。

そして1950年の朝鮮戦争勃発の際には保導連盟事件という左派の報復が起こります。

日本人からするとあれだけ反日の李承晩が韓国国内で(特に左派から)必要以上に貶められているのはこのためです。親日派を弾圧した李承晩ですが、途中でこれをやめたため、「積弊清算」をやり遂げなかったと批判されると、基本的には右も左も「反日」の韓国人なので、反論できません。仮に反論したくとも、したが最後「親日派」のレッテルを貼られます。

以前もご紹介したことがありますが、『日本帝国と大韓民国に仕えた官僚の回想』(任文桓著)の朝鮮戦争のくだりでは、地上戦の恐ろしさもさることながら、自国内で、誰が敵で誰が味方か分からない恐ろしさが描写されています。人工的な38度線の南側も“赤く”染まっていたのです。

そして、朴槿恵弾劾の時には、保守の岩盤が崩れて、一部の政治家が弾劾賛成に転じます。ここから、現在に至るまで保守の迷走が続き、2020年4月の総選挙の直前に朴槿恵前大統領が獄中から保守派に向けてメッセージを出しましたが、これでも一枚岩になれずに野党は惨敗しました。

現在、韓国の野党はポピュリズムに走り、その政策も与党・共に民主党とさほど変わらなくなっています。

次期大統領候補として(本人が出馬表明をしたわけではありませんが、)ユン・ソクヨル(ユン・ソギョル)検察総長が人気No.1となり、それに与党系が続いても、野党系からはめぼしい候補者の名前は挙がりません。

ユン・ソクヨル検察総長を野党が担げるかどうかというのは、彼が捜査の中心でなかったとしても、朴槿恵に対する検察の捜査があまりに杜撰だったことで、これまたどうなるか分かりません。

 

  


 

 

 

 

2020/12/27

【徴用工問題】西岡力著『でっちあげの徴用工問題』韓国で出版

YouTubeの「WILL増刊号」チャンネルの動画『【ベルリン慰安婦像】歓迎する日本人、拒否する韓国人【西岡力】【WiLL増刊号#372】』で詳しく語られていますが、西岡力教授の『でっちあげの徴用工問題』が韓国語に翻訳され、24日に発売されました。

韓国語のタイトルは『でっち上げられた、徴用工のいない徴用工問題』(날조한, 징용공 없는 징용공 문제)だそうです。

翻訳したのは『反日種族主義』で所謂「徴用工」問題を担当した李宇衍(イ・ウヨン)博士です。

 

20201225_will01

 

出版社は、ネットメディア「メディアウォッチ」の出版部門で、アジア保守双書(双書、つまり「シリーズ」)と題して、今後、同じく西岡力教授の『よくわかる慰安婦問題』(草思社)、更に秦郁彦著『慰安婦と戦場の性』まで計画されているそうです。

『慰安婦と戦場の性』は慰安婦問題に関しては決定版とも言われる本なので、これが韓国で出版されるとしたら画期的です。『よくわかる慰安婦問題』は慰安婦問題の入門編として、特に、韓国では聖域となっている「元慰安婦=可哀想なお祖母さん」というイメージを崩すことに役立つでしょう。(※)『反日種族主義』でも慰安婦問題は扱っていますが、個々の元慰安婦について、その証言の曖昧さなどは取り扱っていないからです。

【※追記】同じ西岡力教授の『日韓 歴史問題の真実』と勘違いしていました。『よくわかる慰安婦問題』は主に日本側の問題、即ち、朝日新聞のデマ、日本外交部の失態、反日日本人について書かれています。慰安婦問題は日本側にも問題があるという日本人知識人の内省的な姿勢が韓国人に伝わるのかどうかは分かりませんが、韓国人読者にとっては目新しい情報だと思います。

 

 

ここで、参考までに、韓国で「反・反日」(not =「親日」)の活動をしているグループを紹介します。(『反日種族主義』やそれに賛同する学者以外)

現在、慰安婦像などの反日銅像撤去を求める団体はいくつかあり、一つは、①日本大使館前での水曜集会(正義連が行うデモ)に対するカウンターデモを行う皆さん(『反日銅像真実究明共同対策委員会』通称「共対委」=元々、李宇衍博士の「一人デモ」から発展したもの)、他には、②国史教科書研究所の金柄憲(キム・ビョンヒョン)所長を中心とするグループ(『慰安婦方廃止国民行動』通称「国民行動」)、③ソウル江北区(スユ駅前)慰安婦像の撤去運動活動をしているチョン・ヒイル(정희일)氏 とその賛同者のグループ などがあります。

チャンネル桜の『世界は今』で以前から韓国レポートをされていて、自身のYouTubeチャンネルもお持ちの宮本富士子さんは②のグループと行動を共にされています。

メディアウォッチは、メディアの立場から言論戦を展開しており、上記グループの活動を取材して記事にする他、以前から、日本の『月刊正論』、その他の記事を翻訳して紹介したり、独自に日韓の問題を取りあげています。また、代表の邊熙宰(ビョン・ヒジェ)氏自ら上記グループと街宣活動もしています。(下記動画は日本語字幕付き)

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

ブログ主は、西岡力教授の著書だけでなく、雑誌やネットで読める論文など広範囲に読んでいるのですが、この本は未読だったので、さっそく読んでみました。

特に、日本人と韓国人とでは既知の情報が異なるので、韓国人が読んだ場合を想像しながら、また、『反日種族主義』の続編(同書に対する批判・反論に対する再反論)の『反日種族主義との闘争』とも比較しつつ読んでみました。

 

以下は目次です。大見出しだけ拾ってみました。(赤字は韓国語版で追加されている部分)

韓国の読者たちへ
はじめに 日韓で今、大変なことが起きている
第1章 「徴用工」のいない「徴用工裁判」
第2章 不当判決を徹底批判する
第3章 先人が作った日韓国交の枠組み守れ
第4章 日韓関係を悪化させる日本人たち
第5章 日本企業を守れ
第6章 韓国政府による個人補償の実体
第7章 戦時労働の実態1 統計から見た真実
第8章 戦時労働の実態2 戦時労働者の手記から見た真実
第9章 「在日は強制連行の子孫」という幻想
資料: 新日鐵住金・朝鮮人戦時労働者裁判 韓国大法院判決主要部分
資料: 2010年・日韓知識人共同声明 日本側署名者540人
あとがき
訳者後記

 

見出しから個々の内容は大凡想像がつくと思いますが、この本で主張する骨子は、

  1. 日韓の間では国交正常化交渉から現在に至るまで「併合」は合法・不法で相反している。
  2. しかし、「不一致を認めあう(agree to disagree)」の原則に立ち、『日韓基本条約』第2条にて「1910年8月22日(=韓国併合条約調印)以前の日韓間の全ての条約および協定は“もはや無効である”ことを確認した」とした。これが先人の知恵である。
  3. 韓国はサンフランシスコ条約の締結国にはなれなかった(=戦勝国ではない)。よって、賠償請求はできず、両国間の債権債務の清算のみを命じられた。→『日韓請求権協定』
  4. しかし、突如として韓国は「日本統治不法論」を持ち出し、2018年、大法院は上記を覆す判決を下した。これは国際法違反である。
  5. これが認められたら、日本統治時代に「精神的苦痛」があったことを理由に際限なく訴訟が起こされるので、日本側は絶対に受け入れられない。
  6. もし、韓国が『日韓基本条約』と『日韓請求権協定』を否定するなら、朝鮮半島に置いてきた=米国に没収された=民間財産(本来、「敗戦国の民間財産の没収」は『ハーグ陸戦法規』で禁止されている)と李承晩によって行われた日本漁船拿捕や抑留された漁民、死傷者などの損害賠償を韓国に求めることになる。

という論理です。

平均以上に詳しい日本人なら既に理解していることですが、これを韓国人に理解させることは重要です。

『反日種族主義との闘争』では上記1と2については、併合は「正当」であったという説明をし(実際にこれで正しいのですが...)、それを前提に原告を含む朝鮮半島出身労働者は正当な賃金を受け取っていたことが詳しく語られています。しかし、「もはや無効である」に込められた先人の知恵を強調した西岡氏の説明は新鮮なのではないでしょうか。

「正当」だと言い切ってしまうと、「いや、不当だった」という水掛け論になってしまうので。

李宇衍博士は主に待遇面から朝鮮半島出身労働者は「奴隷」などではなかったという説明ですが、西岡氏は渡航者数(正規・不法、強制送還者)の具体的数字からそれを説明しています。

 

ブログ主にとって有意義だったのは、第2章と資料による、大法院判決の分析でした。

以前のエントリー『【徴用工裁判】韓国最高裁判決要旨・解説(坂元茂樹・同志社大学教授)』に読売に掲載されていた判決文要旨を貼っており、それを読めば分かりますが、この判決は「未払い金請求ではなく、損害賠償請求である」と言っています。

読売の要旨では分からなかったのですが、判決は、「損害賠償は日韓請求権協定では解決していない」論拠の一つとして、韓国政府による2度の補償=個人補償については言及しています。(逆に言えば、「未払い賃金などの保障は済んでいるが、『精神的苦痛』に対する損害賠償は済んでいない」という論理)

従って、今更「精神的苦痛」の損害賠償など請求できないということを韓国人読者が理解できるかどうかが『鍵』です。

判決文には、原告の証言(殴られた、満足に食べられなかった、etc.)がそのまま記載され、これを「非人道的行為」としていますが、被告である日本企業は事実関係については争っていないので、それが事実であるとは限らないということも本書では述べられています。

 

その他、韓国人にとって目新しいのは日本の反日日本人に関する情報ではないでしょうか。

李栄薫(イ・ヨンフン)氏は、この反日日本人(韓国では「良心的日本人」と呼ばれる)は、「韓国を、まだ面倒見て上げなくてはならないと考える=半人前だと見ている=日本人」という趣旨の説明をしています。一方、西岡氏はもっとストレートに「北に利する」ことを画策する左翼日本人だと断じ、これに韓国左派が呼応していると説明します。名指しで指摘されている和田春樹氏などは未だに時々韓国メディアに登場するので、こうした日本人の正体が正確に伝わることは良いことです。

 
 
◇ ◇ ◇ ◇

 

以下は、ブログ主の覚え書きとして。

  

 

  


 

 

 

 

2020/12/25

日本のラーメンのルーツはシナの経帯麺・伝来は南北朝時代/ついでにキムチの起源の話

ブログ主の覚え書きとして。

読売新聞(2020年9月30日付け文化面)にラーメンの歴史について書かれており、近年の研究で、日本への伝来は南北朝時代(1336~92年)まで遡れるという内容でした。

新横浜ラーメン博物館のHP、「日本のラーメンの歴史」には、

1488年: 日本初の中華麺「経帯麺」が食べられた。この麺にはかん水が使われており、このレシピは現代のラーメンの麺とほぼ同じであった。

と書かれていますが、これより古い文献が見つかったことになります。

ラーメン(中華麺)は上に書かれているように「かん水」(「かん」は木偏に「見」、中華そばをつくる時に小麦粉にまぜる、炭酸ナトリウム・炭酸カリウムなどのアルカリ性の水。鹹水とも)が使われていることがポイントのようですが、記事によるとこのルーツは1300年代のシナの百科事典『居家必要事類(きょかひつようじるい)』にある経帯麺とされます。

製粉技術に関しては、鎌倉時代の1241年に臨済宗の僧・円爾(えんじ)がシナから持ち帰った史料に、水車や石臼を組み込んだ水力式製粉機の図面が載っているそうです。

新たに経帯麺の記述を発見したのは、芳澤元(はじめ)明星大准教授で、南北朝時代の禅僧の漢詩集に、そのものズバリ「経帯麺」と題した漢詩がありました。

「棒下横身頭不回」(のし棒の下、身を横たえ、振り向くことがない=麺の生地)

「看佗平展也奇哉」(平たく伸されるところを見よ、これまた見事なものだ)

という内容だそうで、これを書いたのは後醍醐天皇の息子とされる禅僧・龍泉令淬(りょうせんりょうずい)。

先にご紹介したラーメン博物館の見解は、そば研究家・稲澤敏行氏の調査で、足利義満由来の京都の禅寺の僧の日記『蔭涼軒日録』によるものだそうで、『居家必要事類』で経帯麺のことを調べて、その後、来訪者に振る舞った記述があるそうです。

経帯麺の調理法(スープとかタレ)についてはよく分かっていないようですが、『居家必要事類』には「かけ汁は任意」と書かれており、南北朝~室町時代の文献や絵図には冷や麦をを醤油味のたれ味噌や辛子などで食べた記録があるそうです。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

上記のことを書くために少し古い新聞記事を引っ張り出したのは、実は最近の中国と韓国との間のキムチ論争(記事後述)を見たからです。

ラーメン(中華麺)に関しては「かん水を使った麺」という定義で経帯麺にそのルーツを認めているわけですが、どうも、キムチ論争では、「塩漬けの野菜」(=「沈菜」チムチェ=キムチの語源)としているから、こういう単純な定義では、古い文献のあるシナに軍配が上がるのです。

KONESTというサイトの「キムチの起源と変遷1」によると、

漬物類の歴史は古く、中国最古の詩集「詩経」(紀元前8~11世紀頃成立)には、「きゅうりで菹(チョ)を漬ける」という一節が登場。菹が漬物の一種であったことがうかがわれます。また、後漢末期の辞書「釈名」では、菹を「野菜を塩漬けにした乳酸発酵食品」と説明しており、キムチの原型とも言えるものがこの頃から食べられていたことが推測できます。キムチは漢代(紀元前3~3世紀)に朝鮮半島北部の楽浪郡を通じて韓国にもたらされたと見られていますが、これを決定づける資料はなく、未だ明らかになっていません。

とあり、キムチの特徴である発酵食品という定義でも、中国には後漢末期に文献がありますが、韓国では、同サイトによると、

韓国の文献上、キムチに関する記録が最初に登場するのは、高麗時代に著された李奎報(イ・ギュボ)の詩文集「東国李相国集」(1241)です。ここではキムチ漬けが「塩漬(ヨムジ)」という言葉で表現されていますが、当時は野菜を塩で漬けた白キムチ(ペッキムチ)や水分の多い水キムチ(ムルキムチ)でした。

と、13世紀になります。

まあ、文献の古さで競えば、宗主国様に敵うはずが無いのですから、朝鮮の漬物のルーツは「菹」であると認めた上で、後述する記事の「泡菜(パオツァイ)」(Wikipediaによると四川の漬物)とは別個に進化したことを示す証拠を見つければいいのに...と思ったけど、あればとっくに出しているでしょうから、無いんでしょうねw

きちんと歴史を調べずにいつも「起源」だけを主張するから、こういう目に遭うのです。

そして、キムチと聞いて思い浮かべる唐辛子の粉をまぶした白菜キムチは、唐辛子そのものが朝鮮半島に伝来したのは16世紀、結球する白菜は19世紀と、比較的最近のこと。

よく、唐辛子は秀吉の朝鮮出兵によってもたらされたという記述を目にし、この証拠を提示しているものは見たことがないのですが、一応、韓国でも文禄・慶長の役(1592年、1596年)で伝わったというのは「通説」にはなっているようです。

 

  

おそらくこの騒動があるからでしょうが、中韓米大使のハリス氏が「#originalKimchifromKorea」というハッシュタグを付けて、キムチを食べたことをツイートしていました。

 

 

そうしたら、あれだけ、ヒゲが日本の朝鮮総督のようだとかなんとか言って批判していたのに、もう絶賛の嵐w

単純な奴らだw

 

朝鮮日報

http://www.chosunonline.com/svc/auth/index_login.html?contid=2020120980260&code=news
「キムチは三国時代に中国から伝来」…議論に再び火を付けた中国
2020/12/09 20:28

 中国のポータルサイト、百度(バイドゥ)のオンライン百科事典「百度百科」が、中国メディアの過去のネット記事を引用して「韓国のキムチは三国時代に中国から伝わった」と紹介し、論争が予想される。

 百度百科は「ウィキペディア」と同様に、登録されたユーザーたちが内容の登録や編集に参加する形で運営されている。

 中国国営メディア「グローバルタイムズ」の9日付記事によると、百度百科はキムチの「起源論争」の項目で、2013年に新華社通信のオンライン記事を引用して上記のように紹介した。しかし百度百科はこれに関する文献など具体的な資料は提示していない。

 百度百科は、キムチを中国の塩漬け野菜「パオツァイ(泡菜)」の一種として紹介した。実際に中国ではキムチを「韓国パオツァイ」と呼ぶこともあるという。

 グローバルタイムズの中国語版姉妹紙「環球時報」は先月末、パオツァイが国際標準化機構(ISO)の標準認証を受けたというニュースを「韓国メディアの憤怒、キムチ宗主国の恥辱」というタイトルで報じ、キムチ論争を巻き起こした。

 グローバルタイムズはこの騒動について「誤訳が原因」だとした上で「韓国のドラマや映画が中国に大量に流入し、中国人の中にはパオツァイが韓国から入ってきたと勘違いしている人も多い」という中国のネットユーザーの意見を紹介した。

 

 

  


 

 

 

 

2020/12/23

1937年12月 南京陥落 その時一兵士は何を見たのか?『征野千里 一兵士の手記』/GHQ焚書図書開封第2回

『月間正論』2021年1月号の『歴史戦』特集では『「南京大虐殺」証明する文書なし』(長谷川亮介・歴史認識問題研究会事務局次長)というタイトルで、2015年にユネスコ世界の記憶(英語の呼称は「Memory of the World」で、どこにも「heritage」(文化遺産)が入っておらず、現在では「記憶遺産」とは呼ばない)に登録された、所謂“南京大虐殺”(※)の資料を検証しています。

 

 

※ナンキン‐だいぎゃくさつ【南京大虐殺】
日中戦争で南京が占領された1937年(昭和12)12月前後に南京城内外で、日本軍が中国軍の投降兵・捕虜および一般市民を大量に虐殺し、あわせて放火・略奪・強姦などの非行を加えた事件。

広辞苑 第六版 (C)2008 株式会社岩波書店

 

ブログ主は上記の記事を紹介する動画を観ただけで現時点では未読ですが、動画によると、世界の記憶に登録された当初は資料の「目録」だけしかなく、最近ようやく20点ほどの資料が公開されたとのことで、長谷川亮介氏がそれを検証したものだそうです。

元々、ユネスコの審査委員は歴史の専門家ではなく「公文書管理」の専門家であり、委員は歴史的に正しいかどうかは審査しません。申請された資料は歴史的真正性が担保されていることが前提となっているので、問題はその真正性が言った者勝ちということになっていることです。(但し、2017年に「歴史的・政治的な問題を孕む案件は関係国の意見を聴取する」ということが全会一致で決定し、その2年後に発効したはずなので、現在はこのような杜撰な記録が登録されることは無いと信じたいのですが...

 

この動画を観て、もう一度観たくなって探したのがチャンネル桜の『GHQ焚書図書開封』シリーズの『征野千里』の回です。(リンク先はニコニコ動画)

この番組は、戦後GHQによって焚書(※)された7千以上の本から西尾幹二氏が選んで解説するというシリーズで、ブログ主が数年前に観たときはYouTubeにも動画があったのですが、現在はニコニコ動画(や、誰かがコピーしたYouTube動画)でしか観られません。

 

※主に図書館から回収されたそうで、それ以外の個人所有の本など、市中に出回ったものまでは回収されなかったので、探せば見つかるものもあるようです。確か、個人で2千点程収集した方がいて、チャンネル桜が西尾先生に依頼してその蔵書を読んで貰ってこのシリーズが始まったと記憶しています。

 

20201223_nankin02_ghq

 

『GHQ焚書図書開封』シリーズはどれも興味深かったのですが、とりわけ面白かったのはこの『征野千里』の回で印象に残っていました。西尾氏も仰っているように、著者は心情などの余計なことは書かず、しかし、目に入ったものを細かく描写しています。

この本は現在復刻版(呉PASS出版)があり、Amazonで入手することができます。ブログ主も持っていますが、動画の西尾幹二氏の朗読と解説が素晴らしく、持っているだけで満足してしまい、まだ全部は読んではいません...

なお、徳間書店から『GHQ焚書図書開封』シリーズが出版されています。(いずれは読みたいと思っていますが、未読です。リンク先は第1巻)

 

 

“南京大虐殺”だの、“20万人(最近は30万人?)の虐殺”だのということは、よほど洗脳された人か確信犯的な人でなければ、日本人で信じている人はいないと思いますが、この本を読めば、あるいは動画を観れば、そんなことは起きていないと確信できるはずです。

南京陥落後の城内(※中国の「城」は城壁に囲まれた都市のこと。「傾城」はの美人のことで、色香で城や国を滅ぼすほどの美人の意。)での様子は、のどかでさえあります。

 

以下、動画を観る際に参考になる地図と時系列を手元の『支那事変写真帖』から転記します。(漢字や仮名遣いなどは適宜現代のものに直していますが、オリジナルは国立国会図書館のデジタルアーカイブで見ることができるので、左記にリンクを貼っておきます。コマ番号76~)

 

20201223_nankin01_20201223090201

 

以下の記述は『支那事変写真帖』の「皇軍聖戦の跡」より転記しています。この前の12月1~5日には溧陽(りつよう)、句容を陥落し、4日には、「敵は早くも敗戦を覚悟し鎮江・南京に火を放った」という記述があります。

 

愈々(いよいよ)南京に肉薄

12月6日 我が部隊は味方同志の争い、先陣争いをしつつ猛進、南京に迫る。
12月7日 この日から南京への直接攻撃が開始され、郊外紫金山附近に激戦が展開されている。
12月9日 城外の敵は殆ど掃蕩された。あとは城内の敵が投降するかしないかの二筋道、我が松井指揮官は一時攻撃の手を緩めて投降勧告状を飛行機より投下、日本武士道の栄を示した。

南京総攻撃開始

12月10日 敵は我が投降勧告に応じないので、愈々総攻撃の火蓋が切られた。砲声殷々(いんいん=大きな音が鳴り響く様)紫金山麓を壓(圧)し、我が軍は南方、東南方、東方より着々城門に肉薄した。
12月11日 南正面の光華門先ず落つ、南京に感激の日章旗が輝いた。
12月12日 続いて中華門が破れ我が軍は雪崩を打って城内の敵と交戦を開始、東正面の中山門でも激戦が続けられる。
12月13日 南京完全陥落、中山門を突破した部隊も城内に突入して市街戦に参加、夕刻までに大体残敵掃蕩を終わる。

南京完全占領輝く入城式

12月14日 敗残兵全く影なく、南京は完全に我が手に落ち、城内に平和色漂い、死の都は早く蘇生し、17日には輝く入城式が行われた。
この記念すべき14日、北京に於いては『中華民国臨時政府』が成立、華々しい樹立式が行われた。

杭州・済南陥落

12月25日 我が谷川、福井部隊は23日から突如行動を起こして浙江平野を猛進、一挙に杭州を占領、江南戦線は全く一段落を告げた。
(以下略)

 

上記を読んでも分かりますが、南京での戦闘は4日程(12月10日~14日)で片が付き、17日には松井石根大将の入城式、20万や30万人を殺して処理するような時間もなく、(おそらく治安維持部隊のみを残して)すぐに次の戦地に向かっています。

 

なお、今回ご紹介した動画は通州事件を扱った過去のエントリー『【GHQ焚書】No.1 支那事変(日中戦争)/通州事件』でもご紹介しています。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

ところで、“南京大虐殺”は、親日だと言われている台湾の歴史教科書にも書かれています。

日本人としては、是非この“南京大虐殺”の汚名を雪ぎたいものです。そして、これは民間が続けていかなくてはならないことです。

これは政府には期待できません。なぜなら、東京裁判(極東軍事裁判)でこの責任をとって松井石根大将が処刑されたこと。つまり、東京裁判を受け入れている立場の日本政府には困難です。もちろん、慰安婦だの徴用工だのはこの範囲外ですから、もっと強く主張して欲しいと思います。

なお、出回っている残忍な写真はほとんど捏造で、幾つかは簡単に見分ける方法があります。

①12月の出来事なのに薄着、②軍服の襟(日本軍の襟は首に添って立っている)。それらしい軍人の写真は大抵国民党軍か全く関係の無い写真です。

蒋介石はアメリカメディアと繋がっていましたから。

日本人が肝に銘じなくてはならないのは、“南京大虐殺”は中国だけで無く、アメリカと合作のプロパガンダ。原爆を正当化するために、南京を訂正することはアメリカが許さないと思います。

 

 

  


 

 

 

 

2020/12/19

【慰安婦問題】元正義連・尹美香容疑者がワインパーティーの口実にした吉元玉ばあさんとは一体何者?

韓国では元挺対協(現・正義連)の尹美香(ユン・ミヒャン)がコロナ禍で自粛の中、ワインパーティーを開き批判を受けていますが、その言い訳に吉元玉(キル・ウォノク)という元慰安婦の誕生会だと言って、更に大きな批判を浴びました。

なぜなら、その吉元玉氏には一切連絡がなく、また、誕生会と言いながら、吉氏の年齢を間違えるなど、見え透いた嘘だということが明らかなためです。

吉氏はナヌムの家で生活をしていましたが、現在は養子に引き取られています。また、正義連に出した寄付金7,920万ウォンの返還を求めています。(記事後述/過去のエントリー『【慰安婦問題】共同生活施設「ナヌムの家」でも金銭スキャンダル』参照)

ところで、この吉元玉とは何者なのでしょうか。

まず、「元慰安婦」と称する女性には様々なタイプがいます。実際に大東亜戦争当時に日本軍の慰安婦だった者、年齢やその証言から、全くの偽者か、あるいは「第五補給品」と呼ばれた朝鮮戦争当時の慰安婦(韓国では、慰安婦という言葉が曖昧で、一般の売春婦も含めて「慰安婦」と呼んでいた。)だった者。

しかし、いずれにしても、親に売られたり、良い仕事がある等と騙されたり、あるいは自らの意思で慰安婦になったり。その仲介をしていたのは朝鮮人(当時は朝鮮系日本人)です。

吉元玉について、韓国の国史教科書研究所の金柄憲(キム・ビョンヒョン)所長が世宗大学前で行ったデモ(韓国では現在デモは禁止されているので、少人数での記者会見と言う形をとっている)の様子からご紹介します。

 

 

20201219_prostitute01

 

以下、字幕をテキスト化したもの。

 

(前略)皆さんはこのキルさんを可哀想なおばあさんだと言いますが、強制的に連行されたおばあさんだと言いますが、吉元玉(キル・ウォノク)さんはそんな人ではないです。

吉元玉さんだけでなく、どこの誰でも日本軍が朝鮮の女性を強制的に連行したケースが一度もありません。あるなら証拠を示せばいいです。

慰安婦は基本的に「金」。この女性達を連れていき、遠くの東南アジアや満州とか日本軍の周辺で売春宿を作って、日本軍を対象に営業すると金を稼ぐことができたので、色々と理由を付けて連れて行きました。

ですが、吉元玉さんはそれでもないです。

吉元玉さんは二回ですが、一度は満州に13歳で行きましたが、その時はお父さんが借金で刑務所に行くことになり、自分で自ら20ウォンで売られて、その20ウォンを保証して満州へ行きました。

満州に行ってから性病に感染して15歳で戻ってきます。

満州へ行く前に吉元玉さんは平壌のキーセン学校に通いました。

キーセン学校は最後まで通えず、お兄さんに怒られて追い出されました。

それからお父さんの借金で満州に行くことになるのですが、この吉元玉さんが戻ってきて今度は工場で働きます。工場で働いて仕事が終わる時間になると、平壌キーセン学校の同級生が工場の前で待っています。

夜一緒にご飯も食べて酒も飲んで、キーセン学校が習ったのがあるので、酒も付き合ってあげたり、こうしてる内にある友達一人が、中国に行けば金をたくさん稼げるので楽に暮らせると、そんな話をしました。

それで吉元玉さんは友達と一緒に平壌で汽車に乗ってアムロク川(鴨緑江)を渡って満州へ行きます。

ここに日本軍は、日本軍憲兵、警察、一切関わっていないです。

それが今日、挺対協、尹美香、女性家族部(ブログ主註:日本式に言えば女性家族省)、国会女性委員会、この集団が作りだした嘘です。

この嘘がどこまで行ったか。

国連まで行きました。

全部嘘をつきました。

こいつらはどうしようもない。

このような内容で国民を騙し、国際的な詐欺劇を繰り広げたのです。

これを許すことができますか?

いつの日かこの真実は全て明らかになります。

その日にはここに関連した人は全て処罰されるべきです。

捜査して、一つ一つ明らかになって全てが処罰することで、我々の歴史が正されて、その次に国民間の葛藤が解消されて、日韓の友好関係が回復されるでしょう。

我々はその日まで戦います。

ありがとうございます。

 

少し補足をすると、金所長らが世宗大学前で記者会見をするのは、この大学の教授である保坂祐二教授(韓国に帰化済み)を糾弾するためです。

彼は、以前は竹島問題で韓国人が喜ぶようなデタラメを言い、今では、慰安婦問題の専門家のような顔をして、世宗大学で教授をしています。

以前、金所長等と共にインド系の女性がデモに参加したことがあり、ブログ主はたまたまその動画を観ていましたが、どうやら世宗大学の学生らしく、保坂氏は「彼女を絶対に見つけ出してやる」などとFacebookに書き、怒った世宗大学の学生が、金所長等のそばで、保坂氏を批判するプラカードを持って、一人デモをやったことがありました。

金所長がなぜ保坂氏をターゲットにしているのか、詳細は不明ですが、おそらくは、保坂教授の本が突っこみどころ満載で攻撃しやすいからかと想像しています。

現在、慰安婦像などの反日銅像撤去を求める団体はいくつかあり、一つは、①日本大使館前での水曜集会(正義連が行うデモ)に対するカウンターデモを行う皆さん(『反日銅像真実究明共同対策委員会』通称「共対委」=徴用工問題に詳しいイ・ウヨン博士はここに参加)、他には、②金所長の講習会に参加している皆さん(『慰安婦方廃止国民行動』通称「国民行動」)、③ソウル江北区(スユ駅前)慰安婦像の撤去運動活動をしているチョン・ヒイル(정희일)氏 とその賛同者のグループ などがあります。(エントリー『【慰安婦像】ソウル江北区(スユ駅前)慰安婦像の撤去運動始動』参照)これに加えて、ネットメディアの『メディアウォッチ』が積極的に関わっており、主筆の邊熙宰(ビョン・ヒジェ)氏もデモに参加したり、金柄憲所長の活動を記事にしています。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

https://japanese.joins.com/JArticle/273460
慰安婦被害者の吉元玉さん「正義連に出した寄付金7920万ウォン返してもらいたい」
中央日報日本語版2020.12.17 06:29

旧日本軍慰安婦被害者の吉元玉(キル・ウォノク)さんが市民団体「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(正義連)に出した寄付金を返してもらいたいと話した映像が公開された。

吉さんは、元ゲーム物管理委員会のヨ・ミョンスク委員長が運営するYouTubeチャネル「概守作(ケスジャク、概念守護作戦)TV」に今月15日に掲載された映像を通じてこのような意思を明らかにした。

該当の映像で吉さんは嫁であるチョさんとの対話で寄付金について言及して「子孫がいる老人なのに、私たち(正義連)が勝手にこのようにどこに寄付して、どこに使って、そのようにしてはいけない」と話した。

続いてチョさんが「今、裁判所で裁判をしようとしているが、持っていったお母さんの寄付金を返してください、という訴訟しようとしているんですよ」というと、吉さんは「そうしなくちゃいけない」と話した。

チョさんは「この映像は今年8月末か9月初め辺りに撮ったもの」としながら「母が気がしっかりしているときに対話した内容」と16日、聯合ニュースを通じて伝えた。チョさんは続いて「母が正義連に対して寄付した7920万ウォン(現レートで約749万円)を返してもらいたいという意思を明らかにされたもの」と強調した。

あわせて「正義連側にお金を返してほしいと直接要求したことはなく、今は母をその間利用したことに対して『申し訳ない』という真の謝罪を受けたいだけ」と付け加えた。

◆「尹美香(ユン・ミヒャン)議員『ワイン会』あきれる」

また、最近与党「共に民主党」の尹美香(ユン・ミヒャン)議員が吉さんの誕生日を記念するとしながら「ノーマスクワイン会」の写真をインスタグラムに掲載したことに対して、チョさんは「あきれる」と話した。チョさんは「母の誕生日を控えて正義連からはお祝いの連絡がきたが、尹議員本人や補佐陣らから連絡を受けたことはない」とし「これ以上、その部分については言いたくない」とした。

 

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【北海道】「室蘭・白老地区」アイヌ民族に忍び寄る中国の侵略 ①白老周辺の土地が中国資本に【ch桜北海道2020/12/17】

チャンネル桜北海道の動画の覚え書きです。

 

 

この回は室蘭と白老の2箇所を取りあげており、順番が前後しますが、先に後半に特集した白老地区(ウポポイがある場所)についてまとめます。

まずは、位置関係などを示した地図です。

 

20201217_muroran_upopoi01
【図-1】広域地図
 
20201217_muroran_upopoi02
【図-2】ウポポイ周辺地図

 

番組によると、既に2016年に学校法人・京都育英館が取得した北海道栄高校の施設として、日本航空学園白老校キャンパスを新たに取得するとのことです。(記事後述)

番組で紹介されたフリップによると、「京都育英館は中国共産党に関係のある者が理事となっていて、中国共産党と極めて近い疑いのある学校法人」であり、過去には、「苫小牧駒澤大学」(2021年4月に「北洋大学」と名称変更)、「稚内北星学園大学」(2021年4月に「育英館大学」と名称変更)を買収しています。

実は今回の買収は以前からSNSでは話題になっており、記事には書いていませんが、日本航空学園白老校キャンパスの敷地には600m程の滑走路もあるからです。

白老は、2012年にはウポポイ建設予定地に日中友好協会の唐家セン(トウカセン)会長が訪れたこともあり、早くから中国が目を付けていた場所です。

  

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2012年6月号の白老町の広報誌より

 

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動画よりキャプチャした唐家センのスケジュール

 

 

更に番組では、ウポポイに隣接した土地に現在星野リゾートがホテルを建設中とのことで、気になるのは、過去に星野リゾートが開発したトマム、サホロを中国資本の「復星集団」(フォースン・グループ)に売却した“前科”があります。(記事後述)

 

20201217_muroran_upopoi04

 

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http://www.hokkaido-nl.jp/article/18286
北海道ニュースリンク(北海道の参加新聞社がニュース・イベントを配信するサイト)より
2020.07.31苫小牧民報
道栄高生の放課後学習や学生寮に 日本航空専門学校白老キャンパス取得へ-京都育英館

 白老町の北海道栄高校を運営する学校法人京都育英館(本部・京都市)は、JR白老駅近くにある日本航空専門学校白老キャンパス(東町2)の土地建物を近く取得し、道栄高の駅前キャンパスと学生寮に活用する。駅前キャンパスは2021年度から始める放課後学習「アフタースクールプログラム」の場とし、生徒の学びを深める教育活動を展開していく。

 取得するのは、日本航空専門学校白老キャンパスの敷地5514平方メートルのほか、校舎(鉄筋コンクリート造り一部4階建て、面積1163平方メートル)と付属校舎2棟(面積合計440平方メートル)、学生寮(鉄筋コンクリート造り4階建て、面積1615平方メートル)。京都育英館は8月末までに、学校法人日本航空学園(本部・山梨県甲斐市)と売買契約を結ぶ予定だ。

 道栄高は、取得した校舎を駅前キャンパスと名付け、「アフタースクールプログラム」の場として21年度から活用。放課後の毎日展開する同プログラムは、希望する生徒の学習レベル向上を図る取り組みで、目指す大学への進学につなげる。また、道栄高が町教育委員会と連携し、白翔中と白老中の生徒を対象に行っている補習教育活動「寺子屋」の場にも活用する。

 学生寮については、寮を必要とする生徒の増加で既存施設だけでは対応し切れなくなったことから、新たな受け皿とする。また、道栄高は今後、国内の大学進学を目指す短期、長期の留学生を積極的に受け入れていく方針で、その留学生の寮としても活用する。

 同校の渡辺和弘校長は「アフタースクールプログラムでは町内の中学生など子どもたちも学べる仕組みを考え、白老の教育に貢献していきたい」としている。

 日本航空学園は03年、航空業界人材育成の航空産業科、航空技術科パッセンジャーコースを備えた白老キャンパスを開設。その後、空港カウンター業務などの人材を育てるパッセンジャーコースを、客室乗務員育成の国際航空ビジネス科へ変更。校舎が狭くなったことなどを理由に18年3月、千歳市の千歳キャンパスへ学科を移した。このため、同学園は白老キャンパスの有効活用に向けて、2年制のドローン(小型無人飛行機)パイロット養成コース開設を目指したが、学生確保の難しさから延期。白老滑空場で実施するフライト実習の講義の場としての利用にとどまり、事実上、休校状態となっていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

https://www.sankei.com/economy/news/170621/ecn1706210005-n1.html
【北海道が危ない 第5部(下)】
中国大使の釧路訪問がきっかけか トマム、スイス牧場、豊糠…何かが一斉に動き出した
2017.6.21 11:00

 本連載を始めて1年余り。中国資本の影が見え隠れする地域の現状を報告してきた。1年がたち、どうなっているのか? 4月下旬、何カ所かを訪ねた。

 一昨年、中国の商業施設運営会社「上海豫園旅游商城」に買収された「星野リゾートトマム」(北海道占冠村)。名前はそのままだが、代表者は上海豫園旅游商城に変わり、星野リゾート(長野県軽井沢町)は運営管理だけだ。

 上海豫園旅游商城の大株主の中国民営投資会社「復星集団」(フォースン・グループ)は隣のリゾート地「サホロリゾートエリア」(北海道新得町)で宿泊施設を所有するフランスのリゾート施設運営会社「クラブメッド」も買収しており、星野リゾートトマムもサホロリゾートも完全に中国資本の傘下に入っている。

 そのトマムの西エリア地区を訪ねると瀟洒(しょうしゃ)なホテルやコンドミニアムが建ち、新しいホテルの建設も始まっている。一つの集落だ。

 占冠村によると、同地区は、星野リゾートトマムと村が賃貸借契約を交わしていたが、営業を停止していた。今回、星野リゾートトマムが休眠状態だった3棟の施設を約300室の宿泊施設に改造。センター棟を建設し、今年12月をめどに経営を再開、クラブメッドが運営するという。

 同村は、土地を含めた全ての不動産を星野リゾートトマムに売却する方針だ。

 長年、道内での中国資本の動向を注視してきた小野寺秀前道議は、「中国資本が買うという話は聞いていたが、これほど進んでいるとは思わなかった」とした上で、「中国資本がこれほど大規模に動いているとなると、1万人規模の大規模なチャイナタウンができる可能性がある」と驚きを隠さない。(以下略)

 

 

 

  


 

 

 

2020/12/18

【YouTubeの検閲】どうやらYouTubeでは「朝鮮人」はNGワードになっているらしい

今回の『湿TV』さん(日本在住の韓国人Youtuber)の動画のお題は「韓国では『朝鮮人』が侮蔑語である」です。

 

 

この動画の中で、韓流アイドル(モンスターXというグループのメンバー)が日本のラーメン屋でラーメンを食べているセルフ動画をが紹介されます。正確には、その動画を扱ったJTBCという反日放送局のニュース映像です。(画面左上の映像)

 

20201217_chousenjin01

 

ニュースは、背後にいた客(日本人)がタレントを「朝鮮人」と言って侮蔑した、という内容です。これを見た韓国人の批判コメント(SNS?)も紹介されます。

しかし、この映像を見たある夫婦(妻が日本人)が、クレームのメールを送りました。

実際に、日本人客が発している言葉は、「北朝鮮人...インド人...金正恩可哀想」と断片的に聞き取れるからです。(そもそも、その日本人は、近くに韓流アイドルがいたことを知ってたんでしょうかね?w)

後日、JTBCは訂正するのですが、その訂正のしかたが面白い。

「実は、隣の日本人は実際にはこう言っており、どうやら高度な政治的な会話をしているらしく、嫌韓ではなないらしい」という内容の訂正をした後、メールを寄せてくれた夫婦への感謝の言葉で終わるのです。謝罪の言葉は一切ありません。

湿TVさんは「謝ったら、そこから攻められるから」だと説明しています。

悪質な切り取りは日本のメディアもよくやるので、これに対しては日本人も偉そうなことを言えませんが、そもそも、韓国のニュース番組が、「日本人が『朝鮮人』と言った! 嫌韓だ!」と反日を煽ることに驚きです。

 

さて、ここからはYouTubeのコメント欄の話ですが、私が、「朝鮮人」という言葉そのものは侮蔑語でも何でもないこと、Korean Peninsulaは「朝鮮半島」だし、キムチは嘗て「朝鮮漬け」と呼んでいたし、1948年の北朝鮮と大韓民国成立以前のKoreanは「朝鮮人」としか呼びようがないこと、日本語での「韓国人」と「朝鮮人」の使い分け、等を説明しようとしたのですが、何度書いても即消されるか、コメントが保存されても、アカウントを変えて見るとそのコメント(※)は見えません。

YouTubeの検閲です。

試しに、「テスト。李氏朝鮮は約500年続いた」と書くと、これはOK。しかし、「テスト。李氏朝鮮時代の朝鮮人は貧しい暮らしをしていた」は消されます。(投稿した後、コメント一覧を更新すると消えている。)

どうやら、「朝鮮人」はもはやNGワードのようです。

なぜか、「テスト。朝鮮民族は偉大だ」も消されました。

そう言えば、動画主さんも「朝鮮人」や「嫌韓」の韓国語はピー音で消しています。

そのままでは動画をupできないのでしょう。(それでも、広告は付かないようです。)

 

※このコメントは英語で書いて単語を韓国語と日本語で書いたのですが、10時間後くらいにどなたかが「イイネ」を押して下さったのを確認したので、一次的に保留されていたようです。同様の内容を日本語で書くと消されます。

I'm Japanese.
In Japanese, people who came from the Korean Peninsula before 1948 are called "朝鮮人" (조선인).
Korean people who acquired South Korean citizenship after 1948 are called "(在日)韓国人"〔(재일)한국인〕 and another people are called "(在日)朝鮮人"〔(재일)조선인〕.
The peninsula where both Korean live is called "朝鮮半島" (조선반도).
It is natural to call your language "朝鮮語"(조선 말), but we are FORCED to call the language "韓国語"(한국 말) or "ハングル" (한글), because Koreans who live in Japan dislike the word "朝鮮" (조선). Lately, we call Koreans who live in Japan "在日コリアン" (재일 코리안) because of the same reason.

 

 

 

  


 

 

 

2020/12/15

【韓国・反日種族主義】日帝はご先祖様が自由に使っていた山地を国有化し「はげ山」に勝手に植林した!【植民地収奪論】

5ch(5チャンネル)で面白い記事を見つけたので、覚え書きとして。

記事は朝鮮日報の雑誌「月刊『山』」の記事で、雑誌自体は登山愛好家のための情報誌らしいのですが、特集記事として、登山のメッカ智異山(チリさん 지리산)国立公園はかつてははげ山だったのを、日本統治時代、国有林化して植林をしたということが書かれています。

しかし、面白いのは雑誌社の電話取材に応じた大学教授で、「ご先祖様がはげ山にしてしまったのは生活のためであり、これを現在の尺度で批判するな」、「日帝が植林したのは、植民地収奪の手段であり、その証拠に木材や生産した炭で金儲けしていたではないか」という、いかにも反日種族主義的韓国人らしいアクロバティックな日帝批判をしています。

 

以下、記事(和訳)の引用、その後若干の補足をします。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

http://san.chosun.com/site/data/html_dir/2020/11/24/2020112401633.html
朝鮮日報(韓国語)[フォーカス] 100年前地理、700m以下低地帯は禿山
2020.12.10

「母なる山」智異山(チリサン)の100年前の姿を調べた論文が発表された。11月16日、国立公園論文公募展で最優秀賞を受賞した<日帝強制占領期間、文献を中心にした智異山国立公園の時代的状況考察>だ。

論文の著者はパク・ソクコン国立順天(スンチョン)大学山林資源・造園学部教授で、日帝強制占領期間、植物学者、中井猛之進と帝国大学演習林関係者が記録した智異山関連文献4冊を翻訳して当時の状況を分析した。同論文によれば、100年前の智異山の姿は今の植生と全く違っていたという。

 

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박석곤 교수(パク・ソクコン教授)
전공/학위(専攻学位):
조경수목, 환경생태/ 이학박사(造園樹木、環境生態理学博士)

 

不明瞭な政局が続いた朝鮮末期、山林管理がまともになされず、地域住民が堆肥や燃料、農機具材料などを得るために山林伐採を継続したからだ。東京帝国大学演習林報告書には1925年当時、智異山一帯の約70%が一時的あるいは永久的無立木地(木が殆どない山林)で、樹林を形成する場所は28%だったとある。

植物群落もやはり現在とははっきりと異なっていた。朝鮮総督府と九州帝国大学がそれぞれ1915年と1934年に作成した植生分布図と2018年国立公園公団精密植生図を比較するとアカマツ林は18.18%から7.29%に急減し、モンゴリナラ群落は11.87%から41.78%に急増したことが分かった。これは長く智異山圏が保存され、自然な森の遷移過程が進んだものと解釈される。

一方、当時記述された文献は「日帝強制占領期間、日本帝国大学が智異山に研究目的で演習林(現在の学術林)を設置し、造林事業を進めながら地域住民の焼き畑と山林伐採を禁止して山林保護に寄与した」と記述した。

 

20201210_hageyama01
日帝強制占領期間、徳坪(トクピョン)峰一帯の焼き畑の村。資料国立公園公団

 

しかし、パク・ソクコン教授は本紙との通話で断片的に解釈すれば日本帝国大学が智異山保全に尽くしたように見えるが、歴史的真実はそうではない」と一蹴した。

当時、智異山に演習林を設置した大学のうち九州帝国大学と京都帝国大学は関連学科の農学部がないのに演習林を設置した。これは明確に研究目的より経済的利益を創出するために演習林を設置したという意味です。実際に地域住民に演習林で伐採した木や生産した炭を販売した記録もある。つまり演習林は植民地収奪の手段だったという事だ。」

パク教授は付け加えて「今の定規で当時の地域住民たちの山林利用を判断してはならない」として「当時のご先祖に低地産地は保存対象でなく唯一の生計の手段だった。日本人たちは植民地支配層の認識で彼らをあたかも未開な環境破壊犯のように追い立てた」と話した。

演習林設置によって智異山で暮らしてきたご先祖は生活の基盤を失うことになった。私はこのご先祖と今の国立公園内部や近隣で暮らす地域住民が重なるとみている。過去の歴史を教訓にして地域民を管理対象でなく国立公園保全のための協力者として参加できるよう政府が出て助けるべきだと思う。」

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

京都大学百年史編集委員会編『【部局史編 2】第12章: 農学部附属演習林』(PDF)によると、農学部が設置されたのは1923年(大正12年)で、その14年前の1909年(明治42年)に、帝国大学の基本財産及び維持管理、そして林学に関する研究・教育の場として台湾総督府より山林の移管を受けて演習林を設置、1912年(大正元年)に朝鮮演習林、1915年(大正4年)の樺太演習林等を経てのものです。

つまり、農学部設置前ではありましたが、その準備期間とも言える状態で実績もあり、経済目的と演習を両立させるものです。また、当然の事ながら、育苗などは国費で行われていますし、はげ山からのスタートですから収益化するまでコストが掛かる。営林には間伐も欠かせず、炭作りはそれを有効利用するものです。

これに対して、パク教授は「明確に(・・・)研究目的より経済的利益を創出するため」と妄想で批判しています。

実に反日韓国人らしい妄想です。

 

「(はげ山にしたご先祖様を)未開な環境破壊犯のように追い立てた」と言っていますが、未開なのは朝鮮末期の社会システムに他ありません。

朝鮮では、古来より山野は「無主公山」と呼ばれ、地元住民による一種の入会権が認められていたため無断開墾は罪となら”なかったのだそうです。(Wikipedia『火田民』より/火田は日本で言う焼き畑)

「一種の入会権」とは書かれていますが、日本の「入会(いりあい)」とは、資源を保全しながら共同利用するためのルールがあります。しかし、そうしたルールがない日本統治以前の朝鮮では、住民は山で自由に薪用の木を切ったり、土地を持たない農民は勝手に焼き畑をして農地を作って生活していました。その結果が、前掲の写真の光景となります。

森林の「収奪論」については『反日種族主義との闘争』において李宇衍(イ・ウヨン)博士が「15 事実と逆である林野収奪論」で反論していますが、土地の所有権が明確ではなかった朝鮮時代は投資をせずに消費のみ行うため、資源を枯渇させてしまいました。

朝鮮総督府が真っ先にやったことは土地調査事業(1910~1919年)で、土地を測量し、私有地と公有地(国有地)とを分け、私有地の境界を明確にしました。上記本によると、これと並行して、山林の復興と林野調査事業も行っています。(明確では無いものの)林野の所有地らしき者を「固有林の縁故者」と呼び、事実上の所有者として扱い、彼らの権利を保護しました。そして、縁故者のいない林を国有林としたのです。

そこに国費を投じて(投資)、収益を上げるのは当たり前のことではありませんか。

おそらく、ここで問題となるのは小作人でもなく、土地を持たない「火田民」でしょう。朝鮮総督府は火田民対策を行い、解放した農耕地に移住させるという政策を行いますが、特に江原道(現在の38度線をまたいで日本海側に広がっていた道で、現在は北と南に江原道がある。北朝鮮側には観光で有名な金剛山がある。)には最後まで火田民が残り、韓国語のWikipedia『火田民』によると、1968年の「火田整理法」でようやく火田整理が終結したそうです。

このパク教授は、全体的には成功した土地改良事業を「断片的」とし、本来断片的である、「ルールが明確化されたことによる不自由」や「救済が遅れた人々」を持ってして否定をするという、いかにも「反日種族主義的韓国人」らしい批判をしているのです。

  

 

  


 

 

 

2020/12/13

【植村隆氏・朝日新聞】2018年の札幌地裁での反対尋問で既に植村氏は捏造だとほぼ自白していた【言論テレビ2020/12/11放送】

11月18日の札幌高裁で植村隆氏の上告が棄却され、櫻井よしこ氏や氏の論文を掲載した出版社の完勝が決定しましたが、未だに元朝日新聞記者・植村隆氏とその支援者は「(植村氏は)捏造記者ではない」と主張しているようです。

しかし、12月11日に放送された言論テレビ『緊急特番「言論の自由は守られたかⅢ」 』で、2018年3月23日の札幌地裁での反対尋問(相手方=櫻井氏側=の尋問)での植村隆氏の訳の分からない答弁が再現され、既にこの尋問で、植村氏が「テープで語った女性(金学順氏)が、女子挺身隊と関係が無く、騙されて慰安婦になったことを、執筆当時知っていたということが明らかになっていたことが判明しました。

つまり、「意図して書いた」ことが明らかになっていたわけです。

裁判は公開されているものであり、その内容は秘密ではありませんが、裁判に支障があるといけないという判断の下、今まで公にはしていなかったことだそうです。

 

◇ ◇ ◇

 

まず、前提となる情報として何点か整理しておきます。

  1. 植村氏は1991年(平成3年)8月11日付けで朝日新聞大阪本社版で問題となる記事「思い出すと今も涙 元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く」を書いた。植村氏は、本人とは会っておらず、挺対協(現・正義連)からの話と女性のテープだけで記事を書いた。(名誉毀損の裁判では「記事A」と呼ばれる。)金学順氏が韓国で記者会見を開いたのは8月14日。(植村氏はテープのコピーも文字起こしも持っていないと主張。)
     
    記事のリード文:日中戦争や第二次大戦の際、『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、一人がソウル市内に生存していることが分かり、(中略)体験をひた隠しにしていた彼女らの重い口が、戦後半世紀近く経って、やっと開き始めた。
     
  2. 植村隆氏は、もう一本、1993年12月25日に「日本政府を相手に提訴した元従軍慰安婦・金学順さん 返らぬ青春 恨の半生」との見出しで金学順氏のインタビュー記事を書いた。2本目の記事が書かれたのは金学順氏らが日本政府を相手に賠償を求めて提訴(1993年12月6日)の約20日後。(この裁判を起こしたのはに植村隆氏の義理の母=梁順任(ヤンスニム)氏=が幹部の団体「太平洋戦争犠牲者遺族会」で、植村氏は利害関係がある。)
     
  3. 櫻井よしこ氏の当該の論文は2014年4月~10月にかけて発表。
     
  4. 朝日新聞は2014年8月14日に慰安婦関連の記事を取り消すと共に、故金学順氏が「『女子挺身隊の名で戦場に連行され」たという記事について、当時韓国では慰安婦と挺身隊の混同があり、植村氏も「誤用」したと説明。(←この時点で朝日は植村隆氏を庇っている)
    2014年12月23日、前日発表の朝日新聞第三者委員会検証報告書の指摘を受けて「この女性が挺身隊として戦場に連行された事実はありませんと、植村記事の誤りを認めて訂正
     
  5. 2015年2月10日、植村隆氏は西岡力氏や櫻井よしこ氏に対し、百十数人の弁護団を擁して東京地裁と札幌地裁で名誉毀損訴訟を提起。
     
    2018年11月9日、札幌地裁は植村氏の訴え棄却。
    2020年2月6日、札幌高裁は植村氏の控訴棄却。
    2020年11月18日、最高裁判所も植村氏の上告棄却。
     
    確定した判決では、「櫻井氏の記事は植村氏の名誉を損なうものではあるが、公益性があり、名誉毀損にはあたらない」というもの。
     
    ※西岡力氏に対する裁判でも東京地裁判決(2019年6月26日)及び東京高裁判決(2020年3月3日)に於いても全面的に敗訴している。
     
  6. 植村氏とその支援者が西岡力氏などが「捏造を認めた」と触れ回っているが、西岡氏のケースでは著書の中で引用の間違い=括弧を付ける範囲の間違い=で、それは第3版では修正済みのものであり、本筋とは関係ない部分である。(しかも、植村氏側は修正済みの第3版を証拠として提出するお粗末さ。by 西岡力氏)

 

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◆初公開!植村法廷陳述調書のやり取り

No.4で明らかなように、朝日新聞は既に植村氏の記事は誤りだったと認めており、争点は、「事実と異なる事を植村氏は知っていながら(記事を)書いたのかどうか」ということになります。

そして、植村氏は「テープで語った女性が、女子挺身隊と関係が無く、騙されて慰安婦になったことを、執筆当時知っていた。」ことが2018年3月の尋問で判明していたと今回の動画ので公表されました。重要なので、以下、番組でのやり取りを文字に起こしました。

発言は要旨ですが、その中で林いずみ弁護士が再現した反対尋問の様子(紺色の文字)は発言通りに書き起こしています。

 

林いずみ弁護士・西岡力氏(以下、林、西岡と表記。他も敬称略): 金学順氏の証言の前に吉田清治の本や彼を紹介する記事を朝日新聞や他のメディアが書いていた。つまり、挺身隊の名で済州島で奴隷狩りをしたという“加害者”側の証言が既にあり、しかし、韓国人記者が済州島で取材してもそのような事実は出てこなかった状態で、植村氏が初めて“被害者”女性がいた」という“スクープ”記事を書いた。「女子挺身隊」は国家総動員法に基づくものなので、これが事実なら日本が国家として奴隷狩りをしたことになる。

林: 彼が言葉の使い方を間違えたのか? どういうつもりであの記事を書いたのかについて、彼は提訴の前に『真実 私は「捏造記者」ではない』(岩波書店/2016/2/27)という本を出しているが、この中でも、また、第三者委員会でも明らかにしてこなかった。

 

被告代理人(櫻井氏側弁護士、以下「代理人」): これもちょっと主尋問と被りますけれど、録音テープには女子挺身隊の名で戦場に連行されたという発言はありましたか?

植村: それも記憶にありません。

 

林: この後、のらりくらりとしたやり取りが続きます。

 

代理人: もう一回言いますよ?日本において「女子挺身隊」と「慰安婦」とが本来別物であるということは、認めるんですか?認めないんですか?

植村: 日本では慰安婦のことを女子挺身隊とは通常呼ばないということは認めます

 

櫻井: だけど、さっきのリード文では「女子挺身隊の名で戦場に連行された」と書いている。

 

代理人: 「連行」という言葉を使用してしまうと、一般読者は「強制連行」の意味に解釈してしまい、吉田清治氏らが述べてきたことや、朝日新聞が報じてきたことは本当だったと思ってしまうとは思いませんでしたか?

植村: 思いませんでした。

代理人: あなたは、朝日新聞社第三者委員会の調査に協力しましたね?

植村: はい。調査を受けました。

代理人: 「連行」という言葉を使ったことについて、調査はありましたか?

植村: 調査はね、なかったんです。結論、朝日の第三者委員会の報告には、私の記事についていろんなことがでましたけど、それについていちいち「これは強制連行の意味であるんじゃないか」みたいな具体的な対話というのはありませんでした。ただ、私の記事の執筆経緯を説明しただけです。

 

林: これに関するやり取りが続くが、尋問の最後に3人の裁判官が植村隆氏に対する質問をしました。

 

裁判官①: あなたが今仰ったことを整理すると、朝日新聞の第三者委員会に対しては、「強制連行」の意味と記事Aに書かれている「連行」は違うと、こういう説明は間違いなくしたと?

植村: はい。つまり、強制連行という言葉の定義があると思うんですけれども、いわゆる「人さらい」のような、あるいは路上で拉致するような強制連行の意味で使ったわけではない、という風には言いました。

裁判官①: ただ、今日説明されたみたいに、もっと具体的に「この連行というのはこういう意味で書いたんだ」ということまで説明したかどうかというのはご記憶にない、ということで宜しいですか?

植村: はい。まあ、そこまでは聞かれませんでしたので。

裁判官②: 先程から出ている記事Aのリード文のところに「女子挺身隊の名で戦場に連行され」という風なことが書かれていると思うんですけれども、ここで言う「名で」という言葉の意味というのはどういう意味で使われているんですか?

植村:先程言いましたように、いわゆる韓国で女子挺身隊という風に呼ばれているところの慰安婦、そういう意味で使いました

 

西岡: 韓国では(植村隆氏が記事を執筆した)当時、「慰安婦」という言葉は無かったんです。挺身隊というのが慰安婦の意味で使われていたんです。彼(植村氏)はそのことを言っているんです。
しかし、一つの文章の中で「挺身隊」と「慰安婦」が両方入っている。韓国では挺身隊と慰安婦は一つの文章の中に出さないんです。挺身隊は慰安婦の意味ですから。でも、彼は一つの文の中に書いているんですから、一人の慰安婦が連行された。そのされ方が、「女子挺身隊の名で」と言ったんですね。今言ったこと、全くおかしいんですよね。

櫻井: しかも、韓国語で「挺身隊」(=慰安婦)という言葉が、日本の、日本語の朝日新聞で、何で韓国語の言葉遣いが出てくるのか?ってことですね。だから、全然理解できない。

林: 私達は法廷で彼の法定代理人の質問、「主尋問」って言うんですが、その時に、この話が出てきたんです。もう、目が点になりました。既に、「金学順氏が女子挺身隊の名で戦場に連行された」わけでないことは明らかなわけです。本人もそんなこと言ってないし、その後の(日本政府相手の)訴状にもそんなことは書いていない。問題は、植村氏が執筆当時、そういう風に誤解してたのかどうかってのが今まで分からなかったのでさっきのような尋問をしたら、なんと彼は、(金学順氏が慰安婦になった経緯は)挺身隊と関係ないと言うことを知っていたと。で、「慰安婦」の意味で使いましたと、自分で言っているわけです。
裁判官の質問の再現を続けます。「いわゆる韓国で女子挺身隊という風に呼ばれているところの慰安婦、そういう意味で使いました。」と植村氏が答えたところ、裁判官は以下のように質問します。

 

裁判官③:そういう意味で使われているということなんですか?

植村:はい。法令に基づいて連れて行かれた人ではないということは認識がありました

 

林: 女子挺身隊ということは法令に基づいて連れて行かれたってことですからね。彼は(そうでないという)認識がありました。

 

裁判官: それから、「連行」という言葉がありますよね?

植村: はい。

裁判官: これの主体は誰なんですか?

植村: その時にはそこまでは取材しませんでした。騙されたという言葉を聞いただけで主体は分かりませんでしたけれども、少なくとも後半の主体=慰安所に連れて行かれてからの主体=が日本軍だったと思いますけれども、誰に連れて行かれたかは、騙されたかは、その時には分かりませんでした。

動画からの引用は以上。

 

前述の前提No.4に書いたように、朝日新聞は2014年の訂正記事では、“当時韓国では慰安婦と挺身隊の混同があり、植村氏も「誤用」した” と、植村隆氏の記事は意図した間違いではないと庇っていたのですが、上記のやり取りを聞いて分かるのは、植村氏は挺身隊と慰安婦は別のものという認識があり、挺身隊は法令に基づくものということも知っていたわけです。尤も、日本人なら当然ですが。

そして、支離滅裂なことには、「挺身隊」は韓国での意味(=慰安婦)で使ったなどと言っています。仮にこれが本当なら、「慰安婦の名の下で連行して慰安婦にした」という文を書いたことになります。これが主尋問で出てきたのですから、林いずみ弁護士が“目が点”になったのは当然でしょう。百人以上の弁護士は何なのか...とw

 

◆法廷闘争をしたために捏造記者と認定されてしまった植村隆氏

なお、最後に、植村隆氏の応援団が、「真実相当性は真実ではない!」などと詭弁を言っていますが、実際の判決文は以下のように、「真実性・真実相当性が認められる」あるいは「真実であると証明されているか、真実と信じることに相当な理由があると認められる」というものだそうです。

 

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また、西岡力氏の裁判の範疇になりますが、植村氏は2本の記事で、金学順氏が言っていない「挺身隊の名で」と言うことを付け足し、言っていた「母親にキーセンに売られた」を書かなかった(=意図的)ということを西岡氏が指摘したのは「真実性がある」と東京高裁は認めています。つまり、彼は西岡力氏を相手に裁判を起こしたことで、「捏造記事を書いた」と法廷で認められてしまいました。

この「言っていたことを意図的に書かなかった」ということは朝日新聞第三者委員会のサイトにある報告書(全文)にも書かれており、P.16から以下を引用します。

 

植村は、金氏への面会取材は、写真が撮影された1991年11月25日の一度だけであり、その際の弁護団による聞き取り(ブログ主註:日本政府相手の裁判の為の聴き取り)の要旨にも金氏がキーセン学校に通っていたことについては記載がなかったが、上記記事作成時点においては、訴状に記載があったことなどから了知していたという。しかし、植村は、キーセン学校へ通ったからといって必ず慰安婦になるとは限らず、キーセン学校に通っていたことはさほど重要な事実ではないと考え、特に触れることなく聞き取りの内容をそのまま記載したと言う。

 

◇ ◇ ◇

 

◆捏造慰安婦記事の黒幕は北畠清泰氏

もう少し動画の内容を西岡力氏の発言からご紹介します。

朝日新聞は1991年の150件もの慰安婦記事を書きました。他紙やNHKを併せると全体で250本ほどの記事だそうで、朝日の記事の多さが際立ちます。

朝日はその記事でくり返し「女子挺身隊の名の下で連行した」と言い続けてきました。特に150件の内60件は大阪本社が出したもので、植村氏の上司は北畠清泰(きたばたけきよやす)氏。植村氏は切り込み隊長のようなもの。

 

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彼がデスクとして、植村氏が90年に最初に慰安婦を探しに行きましたが見つけられられませんでした。

朝日新聞は91年から「女たちの太平洋戦争」という大型企画を1年かけてやったのですが、それは女性の立場から見て戦争はひどいものだ(だから憲法9条を守りましょう)というキャンペーン。そこで投書を募集したが、そこに集まった内容は「ソ連軍にレイプされた」、「中国でひどい目に遭った」というもので、朝日が意図する「日本が悪い」とは合致しませんでした。彼らには「日本軍にレイプされた人」が必要でした。

それで植村氏に探してこいと命じたのですが、西岡力氏が何故ここまで断定的に言えるのかというと、1991年12月31日に北畠氏が企画の纏め記事に、「戦争中を密かに懐かしんでいる人がいる。ひとを遠慮なく殴打できた。女性の性を蹂躙できた。上手く立ち回って飽食の特権を得た。そういう人たちがいて、戦時に郷愁の念を抱きながら口を閉ざし続けている。そういう人を暴き出そう。」という内容を書いたからです。彼はこの功績で1月に東京の論説委員に栄転しました。

彼はまた、論説委員として吉田清治を称えるコラムを書きます。

しかし、朝日新聞の読者と言えども、90年代では当時を知る読者も多く、吉田清治は嘘をついているのではないかという投書が多数来ました。すると、北畠氏はもう一度コラムで「真実を認めない読者がいる」と読者を批判する文を書きます。

ですから、西岡氏は2014年の検証記事の時、「取り消すだけでなく謝れ」と批判しました。誠実な読者に対して、あたかも彼らが倫理が欠如しているかのように批判したのですから。

植村氏の2本の記事は朝日の壮大なキャンペーンの駒に過ぎなかったわけです。

 

◆種本は吉田清治の『朝鮮人慰安婦と日本人』

なお、動画の中で『朝鮮人慰安婦と日本人』(1977年/吉田清治著/新人物往来社)という本が紹介されます。

 

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帯に書かれているのは、『「皇軍」という名の淫獣日本軍!/女子挺身隊という美名のもとにうら若き朝鮮人女性を狩り集め、前線の慰安婦として日本軍に送り込んだ、元現場責任者が直言する歴史的事実」』と書かれており、この帯がいつのものかは分かりませんが、これが朝日のキャンペーンのストーリーとなっていることが分かります。

 

◆植村隆氏は別の記者を出し抜いた

西岡力氏が「又聞きの話」として紹介していましたが、実はテープは植村氏一人ではなく、もう一人、日本人女性記者と共に聴いたのだそうです。しかし、彼は、これはまだ書かない方がいいと言って、記事にしないように言ったのだそうです。しかし、彼はテープの裏取りもせず、一人で記事にしました。そのことに対し、もう一人の記者は憤慨していたというものです。

上に、彼は「駒」に過ぎなかったとは書きましたが、記者としての「功名心」があったのかも知れません。

 

  


 

 

 

2020/12/04

【韓国】親日認定された曾祖父のことで公式謝罪しなくてはならない国

李承晩TVの最新の動画「인물이야기 : "외증조부의 친일을 사과합니다."」(【機械翻訳】人物物語:「母方の曽祖父の親日をお詫びします」)。

自動字幕+機械翻訳で観たので詳細は不明ですが、コメントやweb記事(記事後述)で大凡の内容は掴めました。

俳優のカン・ドンウォン氏が、母方の曾祖父が李鍾萬(イ・ジョンマン)という親日人名辞典に掲載されている人物だということがネットで知られ、事務所がその記事を削除するよう依頼をしたことで炎上。結局、本人が謝罪したということが2017年にあったそうです。

李承晩TVでは、日本統治時代に鉱山王として知られた李鍾萬は、むしろ学校を建てたりした篤志家で、親日行為と言っても大したことはないという事を説明しています。

 

その親日行為の中でも馬鹿馬鹿しいのは、日本軍の慰問袋用に千ウォンを寄付したということで、韓国基準では「親日」になってしまうのでしょうが、問題は、「慰問袋」というものを韓国人は知らず、「慰安婦部隊の創設のために寄付した」と勘違いされたことです。

 

バカスwww

 

カン・ドンウォン氏は李鍾萬が曾祖父であることを隠していたわけではなく、むしろ、誇っていたのではないかと思います。(下記、カン・ドンウォン氏のWikipediaより引用)

 

母方祖母の先祖に独立有功者がいる[1]。母方の曽祖父・李鍾萬(イ・ジョンマン、1885-1977、蔚山出身)は日本統治時代の朝鮮で鉱山業の大同鉱業株式会社を創業、朝鮮最大の金鉱といわれた長津鉱山開発権を確保し、鉱山王と呼ばれた[1][2]。さらに、小作人に割安で土地を貸し、30年後には無料にするプロジェクトを掲げた財団法人大同農村社を設立したほか、私立大同工業専門学校(朝鮮総督府所轄。のちの金日成総合大学工学部)、大同出版社、大同鉱山組合などを設立した[2]。戦後は北朝鮮に渡り、鉱山開発に関わり、最高人民会議代議員も務めた[1][2]。愛国的起業家として金日成に評価され、没後は資本家としては唯一平壌の愛国烈士稜に埋葬された[2]。韓国では民族問題研究所の『親日人名辞典収録者名簿』に掲載されていることで、日本統治時代の曽祖父の親日的行為を批判されたカン・ドンウォンは、「恥ずべき過去」であったとして2017年に謝罪した[1]。

 

実際に、朝鮮総連系の『朝鮮新報』では彼を「美しくお金を使う人」と称賛している記事がありました。

http://korea-np.co.jp/j-2010/06/1006j0730-00001.htm
李鍾萬-植民地下の夢と現実- 大同コンツェルンと実業家

 今年は朝鮮が日本の植民地となった年から100年目になる。植民地というと暗い生活空間を思い浮かべがちであるが、当然のごとく民衆には夢があり日々の喜怒哀楽がある。そして、そこにはヒーローもいた。

美しくお金を使う人
李鍾萬

 人生七転び八起きという。文字どおり、いやそれ以上に植民地時代にあらゆる事業に手を染めては失敗をくりかえし自身の夢を実現するために奮闘した人物がいた。

 1937年5月12日のことである。ソウルで「大同鉱業株式会社」創立の記者会見が行われたが、そこに参加した記者たちはあっと驚く話を聞くことになる。それは会社の事業とは別に50万円(現在の約50億円)を投じて「財団法人大同農村社」を設立するというもので、具体的には会社の土地を小作人に収穫の3割で貸し、30年後には無料とする、さらに小作人は自治会を結成し教育・衛生・文化全般の問題を決定するというものであった。

 この夢のような構想を語った人物こそ朝鮮実業界に彗星のごとく登場し、人々から「美しくお金を使う人」と賞賛された実業家・李鍾萬であった。(以下略)

 

北朝鮮の方がまともとはw

 

それにしても、一部の勘違いはあるとはいえ、こうして一人の人をよってたかって叩く韓国社会は恐ろしいものがあります。

もちろん日本でも「炎上」はしばしば起こりますが、あるキーワード(この場合は「親日」)だけに反応するなどということは起こらないでしょう。前述のように、むしろ称えられる部分の方が大きく、韓国社会に於いて、少なくとも「賛否両論」があってもいいはずです。

 

最後に、尹致昊(ユン・チホ)という、日本統治時代の知識人の語録をご紹介します。(カイカイ反応通信『韓国人「韓国人を完全に見抜いていた朝鮮の政治家ユン・チホの語録をご覧ください」』より)

 

  • 「韓国人は10%の理性と90%の感情で生きている」
  • 「韓国人たちは頭が空っぽなのに、優秀なふりをしたくて体が熱くなる」
  • 朝鮮人の特徴は、人がモンソクマルイ(人をむしろに巻まいて袋叩きにする刑)をされると、その人について調べようともせず、みんな一緒に無条件で袋叩きにする。私がもしそのような声明書を発表すれば、デモが鎮静化するどころか、むしろより刺激を与えて逆効果になる」
  • 「韓国人たちは、自分の過ちを認めるよりも意地を張って弁明に汲々とする。それでこそ自身のメンツ、自尊心が保たれると勘違いしている」
  • 「自分と違うものを認めない者たちが民主主義国家を経営するだと?」
  • 「弱者は、果たして善良なのか?」

 

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http://ekr.chosunonline.com/site/data/html_dir/2017/03/05/2017030501647.html
カン・ドンウォン「曽祖父めぐる騒動でショック…反省と謝罪」
2017/03/05 22:20

 俳優カン・ドンウォンが母方の曽祖父に関するインターネット上の記述の削除を要請したことについてコメントした。また、曽祖父に対する自身の考えも語った。

 カン・ドンウォンは3日に曽祖父に関する記述の削除を要請して騒動になって以降、初めてコメントしたものだ。カン・ドンウォンは5日、所属事務所YGエンターテインメントを通じ、「曽祖父をめぐる騒動」について次の通り説明した。

 カン・ドンウォンは「曽祖父に関連して物議を醸したことをおわびいたします。母方の祖母が独立有功者の子孫なので、母方の曽祖父に対する美談を自然と受け入れていました」として説明を始めた。

 カン・ドンウォンは曽祖父の親日派騒動について「混乱したし、ショックも大きかった」と言った。そして、曽祖父の間違った行動を正確に認知しておらず、皆さんに謝罪すると述べた。

 カン・ドンウォンは「私も俳優である前に大韓民国の国民の一人として、間違った歴史を正さなければならないし、再びそのような恥ずかしいことが繰り返されてはならないと考えてきました」と語り、曾祖父の恥ずべき過去を知ることになり、今回の件で歴史についてさらに勉強し、反省します」と重ねて謝罪した。

 カン・ドンウォンは2007年にあるメディアとのインタビューで、自身の母方の曽祖父が李鍾万(イ・ジョンマン、1885-1977)であること公表していた。李鍾万は韓国・蔚山出身で、日本による植民地支配時代に大同鉱業株式会社の社長を務めた。植民地支配からの解放後(日本の終戦後)には自ら北朝鮮に渡り、北朝鮮の最高人民会議代議員を務めた人物として知られる。

 

  


 

 

 

【書籍】「韓国の外交官が語る世界が見習うべき日本史」(申尚穆/シン・サンモク著)/日本語の「悔しい」と韓国語の「オクウル」

最初にこの本の著者(シン・サンモク/신상목 氏)について簡単に説明します。

この本は、韓国の日本式うどん屋のおやじによって書かれました。

 

 

と言っても、そんじょそこらのうどん屋ではありません。

1996年に外交官試験(外務考試)に合格し、一等書記官して日本勤務など、16年間キャリアを積んだ後、退職してうどん屋に転身した方で、ソウルで「きり山本陣」といううどんを中心とした和食店(※)を経営する傍ら、朝鮮日報で「​外交官出身のうどん屋店主の日本の物語」(외교관 출신 우동집 주인장의 일본 物語)というコラムを書かれている方だそうです。

※本の著者紹介ではうどん専門店となっていましたが、ネットで画像検索すると、とんかつや寿司、うどんの付いた和食定食など、幅広い和食を取り扱っているようです。うどんを打っている作業をガラス張りで見せる演出などは日本的です。

 

 

この本の韓国語のタイトルは「学校では教えてくれない日本史」(原題:학교에서 가르쳐주지 않는 일본사 : 훈련된 외교관의 시각으로 풀어낸 에도시대 이야/2017年)というもので、著者は、その2年後に「学校では教えてくれない世界史 日本、ヨーロッパに出会う」(原題:학교에서 가르쳐주지 않는 세계사 : 일본, 유럽을 만나다/2019年/未訳)という本を著しています。

学術的な本というよりは、喩えて言えば、杉浦日向子氏の「お江戸」本のような、気楽に読める内容となっています。

 

これらの本が韓国で読まれる背景としては、韓国人の、「日本の開国(1850年代)に比べ、韓国の開国は1876年(江華島条約=日朝修好条規)と、たった20~30年しか違わないのに、なぜ、日本は文明開化に成功し、我々はできなかったのか?」という疑問があるようです。

こう考えるのも当然で、韓国でもそれなりに日本史に興味を抱く人たちはいるようですが、やはり、主として戦国時代(戦国武将)や明治維新が興味の対象で、これまで江戸時代を解説する本はほとんど無かったのでしょう。武士が常に刀を振りまして殺し合いをやっている野蛮な国というイメージもここから来るのだと思います。

従って、この時代、いかに日本社会が成熟していたのかが分からないのは無理もありません。

 

この本は「第一章 江戸の真ん中に二百年続く蕎麦屋がある意味」から始まります。

日本人は何の疑問も抱かないことですが、200年前に蕎麦屋が開業できたということは、その時既に綺麗な水(上水道)があり、産地から蕎麦の原料を輸送するシステムといったインフラが整っていたことを、この章で韓国人読者は知ることになります。

これを導入部として、江戸の土木工事、参勤交代、出版文化、旅行文化、教育制度や外国文化の積極的な吸収など、前述の韓国人が抱く疑問の回答となる事実が次々と示されます。知識欲や好奇心の強い読者にとっては驚きの連続でしょう。

日本語訳は出ていませんが、続編の「~世界史」の紹介を読むと、ヨーロッパの大航海時代や日本人のヨーロッパ人(宣教師や商人)との邂逅を解説しているようで、目次などを見た限りでは、その内容は別として、範囲としては、高校の「日本史」の教科書で扱うレベルのヨーロッパ史だと思います。(この本の目的は、日本人の目を通した世界史を疑似体験することのようです。)

従って、概略としては、2冊とも日本人にとってはそう目新しい内容ではないのですが、「~日本史」に関して言えば、韓国人向けと言うこともあり、因果関係が丁寧に解説されていて分かりやすく、また、ちょっとしたこぼれ話などを盛り込んでマニアックな部分もあり、日本人が読んでも楽しめる本です。

例えば、江戸で「仙台味噌」が流行したこと、しかし、「信州味噌」にそのシェアを奪われた理由など、へぇ、と思うような話もありますし、韓国の原理主義的な儒教(朱子学ー性理学)と日本の儒教、儒学と言った方が適切かもしれませんが、その比較など、これも、詳しい日本人にとっては江戸時代の学問・思想史の「さわり」程度かもしれませんが、同じ儒教でもいかに日本は実学的だったかがよく分かります。

日本人にとっては、大人のための日本史教科書「江戸編」みたいな感覚で読める本です。

 

なお、この本は翻訳とは思えないくらい自然な文章で読みやすいのですが、書評を機械翻訳で読んだところ、韓国人読者もそう感じているようです。

韓国人読者を対象にしているので、「朝鮮で言うと~にあたる」式の説明はところどころに出てきますが、それもさほど多くはないので、あまり気にはなりません。むしろ、極力比較は控えて、「説教臭」はないので、韓国人読者にとってもストレスではないらしく、2冊とも10点満点中「9.3」と高評価です。(中には、朝鮮を卑下しすぎているという不満を書いている読者もいましたが、事実なのだからしゃあないw)

 

ちなみに、ソウル大学の受験で(おそらく、「歴史」の選択科目の事だと思いますが)、世界史を選択する学生は3%なのだそうです。(←「~世界史」の出版社レビューより) と言うのは、韓国人にとって「歴史」とは「国史」のことで、「世界史」は他人事とのこと。自分達に関係ない歴史項目を暗記するだけの世界史は人気が無いようです。

ブログ主も、YouTubeのコメント欄などを読んでいて、韓国人は「(その時代の)世界の情勢の中での韓国(朝鮮)や日本」を捉えていないと感じることがよくありますが、実際に殆ど世界とは関わりがなかったから関心も無いのでしょう。日本人に当てはめれば、英国は産業革命辺りからは日本史に関わるので興味があるが、英国王朝史全体には興味が無い、みたいな感じでしょうか。

従って、この本のレビューを読むと、「日本の歴史を通してヨーロッパ史の別の面を学べた」というような、新鮮な発見があるようです。

 

できれば、著者には明治維新以降の日本人目線の世界史、即ち、日本はどのように世界情勢を把握していたのかを書いて欲しいと思いました。

李氏朝鮮末期の朝鮮人が世界は12くらいの王国しかないと思っていた時代に、東南アジアの情勢はどのようなことになっていたのか、それに準備した日本としなかった朝鮮の違いを韓国人に知って貰いたいと思います。

愚鈍な高宗が、近代的な契約が分からずにアメリカ人に電力会社の権益を取られてしまったり、清朝末期のように、借金まみれで欧米列強に鉄道敷設権などを渡していたことなど、韓国人は知らないのです。

 

以下、ブログ主の覚え書きなど、補足です。

 

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産経新聞のコラム

https://www.sankei.com/column/news/180811/clm1808110004-n1.html
【ソウルからヨボセヨ】早大留学経験もある元外交官が日本の江戸時代に興味を持つ理由
2018.8.11 11:00

 韓国のエリート外交官出身ながら外交官を辞めて日本風ウドン店をやっている申尚穆(シン・サンモク)氏(48)という“変わり者”がいる。外務省に入った後、早稲田大に留学し2002年から2年間、在日韓国大使館で勤務。そのときの日本体験から一念発起し、6年前に外務省を退職して和食ウドン店「きり山」を開業した。

 今も店は繁盛していて、ソウルのグルメ激戦区である「江南(カンナム)駅」周辺で、人気店の一つになっている。日本滞在時代にウドン食べ歩きなどで「日本の味」にはまり、中でもごくごく大衆的なウドンに日本の“文化力”を感じ、自ら韓国で店を始めたというわけだ。

 彼は大変な勉強家で筆も立ち、新聞や雑誌に日本史エッセーを連載中だが、昨年夏、出版した『学校で教えてくれない日本史』は既に1万部を超え、この種の本としては異例のベストセラーになっている。

 中身は江戸時代の多様な紹介で、食文化やビジネスをはじめ近代日本のルーツは江戸にありというもの。ベストセラーの背景については「若者を中心に近年、激増している日本への旅行者が韓国とは異なる日本の姿に接し、なぜだろう?と知的疑問を抱くからかな」という。日本に比べ韓国が近代化に立ち遅れたのは、韓国には“江戸”がなかったためというのが彼の見立てである。(黒田勝弘)

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

著者は「江戸(時代)がなかったこと」を近代化の立ち遅れの理由としていますが、(この本のテーマはそれなので間違いだと言うつもりはありませんが)個人的には、現在の韓国の社会規範とか人間関係とか、江戸時代のような庶民文化を経験していないことは、韓国社会の様々なところに影響していると感じます。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

最後に、エピローグから日本人と韓国人の興味深い比較をご紹介します。

日本語の「悔しい」は韓国語では「억울(オクウル)」(漢字で書くと「抑鬱」)ですが、意味が違うのだそうです。

ネットで調べたら、 「억울해요(オグレヨ)」(悔しいです)という表現も見つかりました。

  

「悔しい」は「自分が決心したとおりに事が進まなかったり、他者との競争に敗れたり、誰かに害されて怒ったり遺憾の気持ちを抱いたりすること」。一方、「オクウル」は「自分の過ちではなく、他人の過ちによって良くないことが起きたり、悪い境遇に陥って怒ったりイライラしたりすること」

簡単に言えば、自分を責めるか(=悔しい)、他者のせいにするか(=オクウル)の違いで、前者は改善(著者の表現は「現実の変化」)に繋がり、後者は「」に繋がるというもの。単純化しすぎるかもしれないが、と断りを入れつつ、著者は韓国と日本の間には、そのような心理や性向に違いがあると言います。

 

尤も、韓国人も日本人のような「悔しい」気持ちを抱くことがあるのかも知れませんが、それを表す言葉があるのかどうか...。

と思って調べたら、それとピッタリ一致する単語はないようで、「悔しい」に関する、通訳とか翻訳家?らしき韓国人たちのブログがいくつか見つかりました。

通訳泣かせの単語のようです。

ある人は、「残念だ」くらいに意訳すべきと書いていました。

そのブログによると、浅田真央さんがキムヨナさんに負けて2位になり、「悔しい」という言葉を発したところ、韓国メディアが直訳したため、浅田真央さんが韓国人から叩かれたのだそうです。

上に書いた「オクウル」の意味を知ればそれも納得します。

 

もう一つの例。これは短いのでブログ全文をご紹介します。(機械翻訳ママ)

 

https://m.blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=oyakoko&logNo=220724448237&proxyReferer=https:%2F%2Fwww.google.com%2F

クヤシイ~

びっくりした。

去年日本のセミナーの一つだったメーキャップ大会で
準優勝した美容デザイナーの口から
この単語が出てきた時、
一瞬、私はどう通訳したらいいか戸惑った。

受賞の感想を問うインタビューで、
それも優勝者をすぐ横に置いて
「悔しい」「悔しい」なんて。
通訳室にぽつんと一人でぼーっとしていた。 ほんの束の間
同時通訳機を耳に差し込んで首をかしげる
60人余りの韓国のお客様はどうしろというのか… (´;ω;`)

原文:

쿠야시이~~

깜짝 놀랐었다.

작년 일본 세미나 행사 중 하나였던 메이크업 대회에서
준우승을 한 미용 디자이너의 입에서
이 단어가 튀어나왔을 때,
순간 난 어떻게 통역해야 하나 당황했었다.

수상소감을 묻는 인터뷰에서
그것도 우승자를 바로 옆에 두고서
'분하다' '억울하다'라니.
통역실에 덩그러니 혼자 멍(?) 때렸다. 아주 잠깐.
동시통역기를 귀에 꽂고 고개를 갸웃거리는
60여 명의 한국 고객분들은 어쩌란 말이냐... ㅠㅠ

 

このブログのタイトルは「​悔しい (쿠야시이) 분하다. 억울하다??」というものですが、丸括弧内の「쿠야시이」(クヤシイ)は発音通りにハングルで書き表したものです。

「분하다」は翻訳ツールによると、「悔しい、残念だ、忌々しい」などとなり、「억울하다」に至っては「抑制されて重苦しい、濡れ衣を着せられて胸がふさがる」という意味のようです。

 

ここまでを読んで「韓国人は常に人のせいにする」などと誤解はされないと思いますが、念のために書くと、このようなシチュエーションでは韓国人は「オクウル」という言葉は使わないということです。

しかし、日本語の「悔しい」が表す感情に韓国語の名称がないということは、名前を付ける必要がないとも言え、逆に「억울하다」が日本語では一言で言い表せないのも同様の理由です。つまり、そういう感情はそれぞれの国民には希だと言うこと。

 

試しに英語の辞書を引いてみると、be frustrated,be bitterly [extremely] disappointed(イライラする、ひどくガッカリする)で、これもちょっと違うような気がします。

やはり、「自分自身の未熟さに怒りを覚える」みたいな説明口調になりそうです。

おそらく、日本人特有の感情であり、著者はこの単語を使って、日本人の一般的な性格を伝えたかったのでしょう。

 

 

  


 

 

 

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