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2020/05/26

【慰安婦問題】元慰安婦達の幸せとは【李承晩TV:11. 楯師団の慰安婦、文玉珠】

今朝の産経新聞のコラム『緯度経度』に黒田勝弘・ソウル駐在客員論説委員が『慰安婦支援運動の「積弊」』という一文を書いていました。

なかなか興味深い内容で、その中で特に約20年前のエピソードが特に印象に残りました。

 

筆者(黒田氏)が1999年に著した『韓国人の歴史観』に抗議するために今話題の尹美香氏が慰安婦を引き連れて産経ソウル支局に怒鳴り込んできたというのです。尹美香氏が怒ったのは本の中の「日本軍と慰安婦の関係は敵対関係ではなくむしろ協力関係」、「彼女等に対して現代日本人がかけるべき言葉があるとすると、『感謝と慰労』だ」という部分だったそうですが、要するに、彼等(挺対協)が認める「歴史観」(日本軍は慰安婦を強制的に性奴隷にした)以外は許せない、ということなのでしょう。しかし、その話を聞いていた慰安婦が「ところで、悪い日本人記者はどこにいるの?」と聞いたそうです。そして、尹が「この人よ」と黒田氏を指差すと、怪訝な表情を浮かべたというのです。

 

このエピソードはここで終わりますが、彼女は「悪い記者を糾弾する」と言われて尹氏に連れられてやっては来たが、黒田氏の書いたことを「悪い」とは思えなかったのでしょう。

 

ブログ主はこれを読んで、以前観た、『李承晩TV』で観た李栄薫(イ・ヨンフン)教授の講義動画を思い出しました。『11. 楯師団の慰安婦、文玉珠』という女性の物語です。(この内容は『反日種族主義』にも書かれています。)

 

20200526_ianfu01

 

文玉珠は、1991年8月14日に金学順が元慰安婦として記者会見をするのをテレビで観て名乗り出ました。(時系列はこちらの記事にまとめてあります)

彼女(文)は自叙伝のようなものを書いており、『文玉珠(ムン・オクチュ)―ビルマ戦線 楯師団の「慰安婦」だった私』というタイトルで日本語訳も出版されています。

李栄薫教授の動画は、この本を元に彼女の足跡を辿り、彼女が誇張して書いていることなどを論破したり、彼女が残した貯金通帳の明細から、かなりの高給を取っていたことなどを次々と暴いて行きます。

ブログ主は初めはそれを小気味よく聞いていたのですが、彼女の書いた文には、確かに黒田記者が書いたような軍人との仲間意識のようなものが現れているのです。日本軍人の一人と恋愛をしたり、また、軍人達を慰めようと日本語の歌を唄ってあげたり。

彼女はその慰安所で「売れっ子」になっていたようです。多少話を盛っていたとしても、本を書いたり、当時の通帳を保管していたりと、(誤り→通帳は紛失し、戦後、日本で預金記録を調べて貰った)利発な女性だったことは確かですし、人気があったというのも頷けます。

彼女の戦後の生活はというと、あまり家庭や経済的には恵まれない状態だったようです。1991年に挺対協が放送を通じて「日本政府に対して公式謝罪と賠償を要求しましょう」と元慰安婦を募集しているのを聞いて、そんな彼女はどう思ったのでしょうか。

結果として彼女は名乗り出て、金学順同様、放送(テレビ?)に出たようです。

彼女はその約5年後の1996年10月に72歳で生涯を閉じるのですが、告白した後はどうなったでしょうか?

彼女の放送を見た知人から多数の電話が掛かってきて、同じ慰安婦だった女性からは「何故名乗り出たの?お金のため?」となじられました。文玉珠が1993年に訪れたヒトミと名乗っていた元慰安婦からも「何故今頃恥ずかしい過去を話すのか?何千万ウォン貰ってもそんなことをすべきではなかった」と叱責されます。

ヒトミが育てた日本兵の子供は出世をし、妹が旅館を経営していて経済的にも恵まれた生活をしていたようです。

他の元慰安婦仲間も皆、文の周りから去って行きました。

李栄薫教授は、彼女達は今までひた隠しにしていた過去を暴かれるかも知れないと怯えたのだろうと推察しています。

文は1992年の第二次慰安婦訴訟に原告として名を連ねます。(結果は敗訴/文は裁判中に死去) 93年には韓国政府から一人500万ウォンの一時金と毎月の生活支援金、そして公営住宅も提供されますが、1996年のアジア女性基金からの和解金は、支給第1号が12月に受け取った金田きみ子(朴福順)なので、文は受け取っていないはずです。

李栄薫教授は3年間の慰安婦生活が70年の人生を奪ってしまったと講義の中で仰いましたが、別の見方をすれば、挺対協に連絡を取ったその一瞬で彼女は人生を失ってしまったのかも知れません。公営アパートと僅かな支援金と引き換えに。

 

ここで考えさせられるのは、文玉珠や金学順と異なり、名乗り出ることも無く、過去を知られる事を恐れて暮らしていた大多数の元慰安婦達です。

ソウル中心部の南山公園には『記憶の場』という一角があり、そこにある石碑には247人の名前が刻んであるそうですが、これは挺対協が提出したリストに依るもので、沈美子等、挺対協に楯突いた元慰安婦の名前は刻まれていません。また、望んでもいないのに勝手に名前を刻まれ、夜中にこっそりと名前を削った人もいたそうです。(記事後述)

李栄薫教授の試算では韓国人慰安婦は数千から1万人ほどいたと言います。247人+αの元慰安婦も、政治活動に参加せずに貰うものだけ貰って静かに暮らしたかった女性も多かったはずです。

韓国社会は今回の騒動を金銭スキャンダルの面でしか語っていませんが、こうした無言の元慰安婦にも思いを馳せ、「挺対協」とは、「慰安婦問題」とは一体何だったのか?ということを大局的に考えてほしいものです。

 

【追記】元慰安婦と告白した第一号の金学順は名乗り出た年(1991年)の12月に日本で訴訟を起こしています。(弁護士は福島瑞穂、高木建一等で結果は敗訴) そして、97年12月に裁判中に死去。93年に韓国政府が支給した一時金500万ウォンと月々の生活支援金、公営アパートの提供は受けたでしょうが、日本の「アジア女性基金」からの約400万円はどうだったのでしょうか? 裁判中だから受け取らなかったと思いますが、貰ったとしても死の1年前くらいです。この人は結局告白して幸せだったのだろうか? 晩年を挺対協の道具にされた人生なんて哀れですね。

  

* * * *

 


https://news.yahoo.co.jp/articles/e40954368c920b06ce443fe454c925b8a5369000
中央日報:「慰安婦支援団体挺対協は悪党」シム・ミジャさんを被害者名簿から外した挺対協
5/19(火) 8:55配信

2004年、韓国挺身隊問題対策協議会〔挺対協、日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯(正義連)の前身〕を「悪党」と呼んで批判した慰安婦被害者の故シム・ミジャさん(2008年死亡)の名前が南山(ナムサン)の「記憶の場」にある被害者名簿にはないことが確認された。当時、名簿は挺対協が作成した。

記憶の場に作られた造形物「大地の目」には「被害者ハルモニ(おばあさん)247人」の名前がカナダ順で刻まれている。原則どおりなら、シムさんの名前は左から6列目の中間に刻まれているべきだが、名簿は「シムOO」さんからすぐに「アンOO」さんに続いている。

記憶の場は挺対協や女性界など市民団体を中心に構成された推進委員会が国民の寄付を集めてソウル市とともに作った。2016年8月に除幕式が行われた。推進委とソウル市関係者は「247人の名簿は挺対協から受け取った」と確認した。

推進委やソウル市で別途名簿を確認する手順は踏まずに、挺対協が作成を完了して提出した被害者名簿をそのまま造形物に刻んだという説明だった。当時の挺対協代表は尹美香(ユン・ミヒャン)共に民主党比例代表当選人だった。

◆搭載希望しない被害者の名前は勝手に入れて…

シムさんが日本最高裁判所から初めて「旧日本軍慰安婦」であることを認められた被害者である点を考慮すると、シムさんの名前が「記憶の場」にない点はすぐには納得し難い。特に、挺対協は当時被害者の同意を受けずに名簿を作成し、当事者が直接槌(つち)と鑿(のみ)を持っていって自分の名前を削って地区隊に連れて行かれることまであった。<中央日報5月13日付『慰安婦被害者「私の血の代償なのに、韓国挺対協がなぜ日本のお金を受け取れないようにするのか」』記事>挺対協が被害者名簿を作成するときに適切な手順を踏まないで恣意的な基準を適用したのではないかという疑問が提起されている理由だ。

シムさんを名簿から除外した理由を尋ねると正義連関係者は「事情はいろいろある。おばあさんの内部事情には言及しない」と話した。尹氏も電話を取らなかった。

◆シムさん、挺対協に「悪党、門閉めろ」

関連市民社会界からはこれについて挺対協がシムさんに対して不都合な感情を持っているためではないのかという話が公然と出ている。シムさんら被害者33人は2004年1月、「慰安婦を二度泣かせた挺対協、門を閉めろ」という題名の声明を出して「挺対協は慰安婦被害者の人権回復とは正反対の道を突き進んできた」と批判した。「あなたがたはいつ死ぬか分からない慰安婦被害者を歴史の舞台に物乞いとして売り、私腹を肥やしてきた悪党」としながらだ。

シムさんら被害者13人は挺対協とナヌムの家に対して「募金行為およびデモ動員禁止仮処分」申請を出すこともした。裁判所はこれを棄却した。

◆意図的排除なら被害者中心主義に真っ向から背反

実際、挺対協がこのような背景によってシムさんを「記憶の場」名簿から外したのであれば、被害者中心主義に真っ向から背反しているとみることができる。特に、記憶の場は国民の寄付で作ったという点で、挺対協が恣意的に名簿を調整したのなら問題が深刻だ。

これに関連して、慰安婦被害者の李容洙(イ・ヨンス)さんは今月13日の月刊中央インタビューで「なぜそこ(挺対協など市民団体が運営する旧日本軍慰安婦被害者居住施設)にいるおばあさんだけが被害者なのか。全国のおばあさんのためにと、助けてほしいと(寄付金を)くれたのに、どうしてそこにいるおばあさんだけが被害者だというのか」と話したりもした。挺対協が被害者全体の権利と利益を重視したのではなく、自分たちと志を同じくする被害者だけを念頭に置いて活動してきたという批判だった。李さんは「これ一つだけでも(問題は)充分だ」とも話した。
 

 

  

  


 

 

 

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