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2019/12/15

【書籍】『日本帝国と大韓民国に仕えた官僚の回想』任文桓(イム・ムナン)著-(2)朝鮮戦争

掲題の本はだいぶ前に読み終わっていたのですが、文中、理解できなかった部分を調べていたので、続きを書くのに時間が経過してしまいました。(→前回のエントリー

今回は著者が経験した朝鮮戦争について書き留めておこうと思います。

 

朝鮮戦争

著者の経歴については次回あらためて書きますが、1935年(昭和10年)、日本で東京帝大法学部を28歳で卒業すると拓務省に採用され、同年、朝鮮総督府への出向を命じられます。ここで終戦を迎え(45年/昭和20年)、米国統治、大韓民国成立(48年/昭和23年)と経験、その2年後の1950年6月25日に突如北朝鮮が38度線を越えて南進を開始します。

「突如」と書きましたが、動乱の1年前の1949年6月8日には駐韓米軍の全員撤収を発表し、国民が不安視する中、さっさとこれを完了します。また、5ヵ月前の1950年(昭和25年)1月12日にアチソン国務長官が発表した、いわゆるアチソンラインを知って、韓国人は孤独感にさいなまれていたようです。

アチソンラインとは米国の安全保障は日本、沖縄、フィリピンを結ぶラインというもので、韓国は枠外に置かれたからです。

 

* * * *

 

この本を読む前は、同じ民族による戦争と言っても単純に北朝鮮と韓国の戦争と考えていたのですが、正しくは、同時に韓国国内の内乱でした。これは、同じ地上戦と言っても例えば沖縄戦とは異なります。

大韓民国は成立時点から多くの共産主義者を抱えていたので、北朝鮮の南進に呼応して彼等も同胞を襲います。

考えてみれば、48年には済州島四・三事件 が起きていました。この事件に関する記述は、立場によってバイアスがかかりすぎているのですが、一つの説としては「共産主義者の暴動」です。

新政府も、最終的には李承晩と中国に逃れていた臨時政府のメンバーが手を組むのですが、そこに落ちつくまで、共産主義者の一派も加わり、覇権争いを行っていました。

 

著者は家族と別れて約90日間の逃避行を行うのですが、その間、出会う人間が「どちらの側」であるかを見極めないとならないのです。

例えば、後家さん(未亡人達)が北の側につき、「右翼人狩り」のようなことを率先して行いました。著者はこのことを、儒教社会にあって再婚が許されなかった後家は社会の変革を求めていたのだろうと想像しています。

また、ある集落に逃げ込んでも、そこが共産主義者の村ではないかと疑心暗鬼になります。ある集落ではたまたま共産主義者は1件のみで村八分のようになっていたので安全でした。

共産軍がソウル市内に入ってくると「右翼人」の自首が奨励されます。自首すれば許されると宣伝して、それに応じた者達は結局北に連れて行かれてその後の行方知れずになります。

 

ここで少し詳しく時系列を追うと、李承晩大統領は27日未明には密かに漢江を渡り、ソウルの南に位置する水原市に逃亡します。そして、28日の午前2時半には漢江橋が爆破され、多くのソウル市民が川の北側に取り残され、ソウルを占拠した共産軍の手に落ちます。

本来は市民の避難を考慮して、橋の爆破は28日の朝と命令されていたのに、軍の責任者が慌てすぎて夜中に行ってしまったと書いていますが、朝なら朝で、避難する人でごった返している橋を落としていたのではないかと思います。27日の時点で、大統領はソウルにいて首都を死守しているという虚報を流していたのですから、数時間の猶予では手際よく市民が避難することは不可能だったでしょう。

橋が爆破されていることさえ知らない市民が車で橋を渡ろうとして、次々と切れた橋の先で川に落ちていく光景が目撃されています。

結局李承晩は8月20日には釜山に首都を移すのですが、9月15日にマッカーサーの仁川上陸作戦があり、28日にはソウルを奪還し、李承晩も韓国軍に北進命令(38度線突破)を出します。

恐らく、90日間の逃避行とはこの辺りまでの出来事だと思うのですが、本の中ではここから53年7月の休戦協定までの戦争の状況は語られません。実際には10月20日には平壌を占領するも、中共軍の参戦により、翌年の1月4日には再びソウルが奪われるのですが。

 

1953年(昭和28年)、著者はすでに官職は退いていて朝鮮商船の社長となっている時に8年ぶりに日本を訪れ、友人知人と旧交を温めます。

その時に6・25、即ち朝鮮戦争のことを説明するのですが、理解して貰えません。そこで、こう結論づけて話を切り上げたと、その時の言葉を書いているので、一部をご紹介します。

「東京空襲のときには空さえ警戒しておれば良かったので、地上の人間には分裂も敵もいなかった。地上の人間同士は信じ合っていた。ところが自由と共産との戦争が地上で繰り広げられると、人間社会が不信の渦巻きの中に投げ込まれ、長く苦しい時が刻まれていく。なにしろ街角で知人に会うのが一倍怖いという哀れな人の世の中になる。密告が怖いからだ。(以下略)」

 

* * * *

 

これを書くに当たって、『「ひとりがたり馬渕睦夫」#17 朝鮮半島問題とは何か?① 朝鮮戦争に見る近代史の真実』を再度視聴してみましたが、この戦争は不思議な点が多く、韓国国内ではどのように総括されているのだろう?と思います。

馬渕大使が仰るように、アチソンラインの発表は北に対して「南進」しても良いというサインのように思えるし、中共軍を指揮していた林彪には米軍の作戦が筒抜けだったと言います。国連軍を指揮したマッカーサーは、「勝てる作戦」を本国から拒否されました。そして、大統領はアメリカの息の掛かった李承晩。仕組まれた戦争である可能性が大なのですが...

 

次回、著者が新政権で接した李承晩大統領について書くとともに、この本の感想のようなものを述べたいと思います。

 

 

 

 

  


 

 

 

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