公開:2019-12-18 08:18:21 最終更新:2019/12/18 9:46
『反日種族主義』 - この本を読んだ日本人の読者の多くは、勇敢にも、誤った日本統治時代の歴史認識を糺す本、という認識を持つと思います。もちろん、頁の多くはそのことに費やされており、この本自体は『“反日”種族主義』の打破が大きなテーマなので、その部分に注目するのは誤りではありません。
しかし、この本の本質はエピローグにあります。真の愛国者である李栄薫(イ・ヨンフン)教授の憂国の書であり、読者(韓国人)に亡国の危機を訴えているのです。
毎日新聞(※後述)がこの本を「文在寅政権に代表される進歩派勢力への敵意、あるいは悪意があまりにも強く前面に出ている」と評していましたが、それがこの本の本意であり「主」であり、慰安婦や徴用工といったものの事実を暴くのは読者を覚醒させるための手段であり「従」なのです。
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西岡力氏もよく解説していますが、現在の韓国には左派によって流布された「韓国は汚(けが)れた国」という認識があります。このことを巻末の解説を書いた久保田るり子氏(産経新聞編集委員)の言葉を借りて説明すると、「大韓民国は日本統治時代の親日勢力が米国にすり寄って造った国」ということになっているのです。
日本人はこれを聞くと驚くのですが、最初の大統領である李承晩(リ・ショウバン/イ・スンマン)は韓国では「親日」ということになっています。そして日本の敗戦で「棚ぼた」のように建国できた国には「正統性」も無いという認識です。(下記参照)
https://japanese.joins.com/JArticle/139218
【社説】「歴史の監獄」に51年間閉じ込められた李承晩(中央日報日本語版2011.04.17)より一部引用
権威主義政権が勢力を伸ばした70~80年代の大学街では4月になれば「民主化デモ」が相次いだ。その過程で“建国大統領”李承晩は、4・19世代の次世代の40~50代にまで「不正選挙をした独裁者」のイメージで刻みつけられた。世代を飛び越え「歴史の監獄」に閉じ込められたのだ。学生運動家たちが愛読した解放戦後史の認識(※1)などは李承晩に対して「親日派を重用し単独政府を樹立して南北分断を固定化させた」と非難を浴びせた。李承晩のイメージは満身瘡痍となった。大韓民国の正統性も大いに打撃を受けた。建国大統領の李承晩がみずぼらしくなるほど運動界では抗日武装闘争をしたという金日成(キム・イルソン)に対する関心は大きくなった。そうして80年代が流れた。
※1『解放戦後史の認識』は1979年から10年がかりで刊行された6巻からなる全集で、これが「大韓民国否定説」を決定的にしたそうで、これへのアンカーとして2006年に日本とアメリカの研究者も参加した『解放前後史の再認識』という論集が出版され、李栄薫教授はその内容を解説した『大韓民国の物語』という本をお書きになっています。(文藝春秋社:『大韓民国の物語』書評参考)
日本人からすると李承晩を「親米」はともかく、「親日」とは考えることはできず、また、実際に彼が行った数々の行為を称賛することはできませんが、少なくとも建国時点では、「反共」の立場でまずは南半分だけで建国を目指す李承晩の路線は最も妥当で、また、彼が若き日に獄中で書いた『独立精神』は自由民主主義の確立を唱えたものです。
『李承晩TV』や『李承晩学堂』の名前はこの『独立精神』に立ち返ろうという意思が込められているのです。
また、第2代の大統領である朴正煕(ボク・セイキ/パク・チョンヒ)に対しても、韓国左派は「親日」または「日韓交渉に於いて、はした金で妥協した売国奴」といったレッテルを貼って貶めています。彼もまた強力な「反共」主義者でした。
李承晩は、韓国人に元々あった「反日」をさらに増長させた張本人だとは思いますが、そうした彼にさえ「親日」というレッテルを貼り、建国の歴史を貶めることは、実は「親北」(従北)や共産主義への傾倒を推進するための、左派による姑息で且つ非常に有効的な手段なのです。
そして、更に「民族統一」という、韓国国民が抗い難いスローガンが利用されます。
本来は、共産主義者・全体主義と対立すべきは自由民主主義なのですが、前者がイデオロギーで強固に団結しているのに対し、それに反対する保守陣営は「反共」で結集するしかないのでは、防戦一方にならざるを得ません。従って、現在の反政権側も「チョ・グクの更迭」や「GSOMIA維持」といった目先のことでしか戦えません。
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エピローグで李栄薫教授は、左派勢力が、憲法に書かれている「自由民主主義」から「自由」を消そうとしていることの意味を説明しています。「デモクラシー(democracy)」は「専政政治(autocracy)」に相対するもので「民主主義」と訳すよりは「民主政治」とすべきで、「多数決で意思決定」をする方法論に過ぎず、そこから「自由」が奪われることの危機を訴えています。
韓国のマスメディアや言論界、アカデミズムの世界は左派の独擅場となり、自由闊達な議論ができませんが、その最たるものが「反日」に凝り固まった日本統治時代の歴史です。
こうした、「個人が集団に没我した社会」を「民族」以下の「種族」と定義し、未成熟な韓国社会を言い表しています。その最も盲目的なものが「“反日”種族主義」であるが故に『李承晩TV』の中で『反日種族主義打破』シリーズを講義しましたが、これは李栄薫教授が目指す「目的」に到達するまでの一つの壁に過ぎません。
しかし、あまりにも高い壁です。
韓国国民の大多数がこれを受け止められないとしたら、永遠に自由民主主義は根付かないでしょう。
この本は『反日種族主義』にスポットを当てたため、李栄薫教授の主張や『李承晩TV』の講義の全てを網羅するものではありません。たとえば、日本統治時代の「光」を語るなら、もう少し李朝時代の「影」にも言及した方がいいのではないかと思いました。また、韓国人特有のシャーマニズムやトーテミズムだけでなく、李朝時代の国教である朱子学の弊害についても語るべきだと思います。
とは言え、この本が有害図書に指定されず、韓国でベストセラーになったことは大きな一歩であると思います。
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※毎日新聞記事
有料記事なので、無料で読める部分のみ引用しますが、表題から、大凡言いたいことは想像できます。
https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20191205/pol/00m/010/026000c
「反日種族主義」が示す韓国社会の分断
澤田克己・外信部長
2019年12月10日
「日本が経済戦争をしかけてきた」という反感が韓国に広まっていた今年夏。文在寅(ムン・ジェイン)大統領の側近である曺国(チョ・グク)氏は、激しい日本非難をフェイスブック上で繰り返した。SNSを活用して「敵」をやりこめる発信は曺氏が得意とするもので、法相に指名されて自らのスキャンダルが発覚した時には過去の発言がブーメランのように返ってきて窮地に追い込まれた。
その曺氏が8月5日に書き込んだのが、李栄薫(イ・ヨンフン)元ソウル大教授らが書いた本「反日種族主義」への批判だった。いや、批判などというレベルではない。曺氏は「吐き気を催す本だ」と決めつけ、同書を評価する「一部政治家と記者を『反逆・売国の親日派』という呼び方以外のなんと呼べばいいのか、私は知らない」とこきおろした。
日韓摩擦が激化する最中の7月10日に発売された「反日種族主義」はそれまでも話題となっていたが、曺氏の書き込みで一気に注目度が高まった。グーグル・トレンドによると、「反日種族主義」という検索数が最も多くなった8月13日を100とした時に、書き込みのあった5日に15だった検索数が、翌6日には92へと急上昇し、増減を繰り返しながらも8月下旬までその波が続いた。韓国の検索市場でグーグルのシェアは高くないのだが、傾向を見る参考にはなるだろう。
実際に、曺氏の書き込み以降の売れ行きはすごかった。ソウル都心の大型書店・教保文庫の週間ベストセラーランキングで、書き込み直後に7位と初のトップ10入りを果たし、翌週から3週連続で1位となったのだ。文在寅政権に反対する大型集会は、都心の光化門広場付近で開かれることが多い。教保文庫は広場に面したビルの地下にあるため、集会参加者が帰り際にこの本を買っていくという光景がよく見られたという。
私も、8月中旬に教保文庫で買った一人である。曺氏のように「吐き気を催す」ことはなかったが、それでも一読して抱いた感覚はざらついた、不思議なものだった。解釈が強引だったり、一方的だったりという点が目につくし、既に知られていることが多いものの、事実関係は調べられている。ただ、執筆者の持つ怨念(おんねん)というか、文在寅政権に代表される進歩派勢力への敵意、あるいは悪意があまりにも強く前面に出ていてけおされるのだ。事実関係を淡々と書いてくれていれば素直に評価できるのに、あまりにも感情的な日記を読まされ…
この本は、李承晩学堂の講義の内、商業ベースに乗りやすい部分を切り取った感は否めません。
この本のタイトルが、例えば「日帝36年の真実」とかいうものではなく「反日種族主義」であることの真意に気付かなければ、記事の筆者のように、やや唐突に挿入される左派批判に違和感を感じるのかもしれません。
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