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2019/12/01

【光州月桂洞古墳群】韓国にある「倭系」古墳とは

2019/11/20付読売新聞に「韓国南西部『倭系』古墳を歩く』という記事がありました。

韓国云々というより、日本人の歴史として興味深いので備忘録として記事にしておきます。

 

取りあげているのは光州市にある「月桂洞古墳群」で、この辺りには前方後円墳が点在しているとのことです。

以前のエントリーで百済(4~7世紀/663年、白村江の戦いで滅亡)時代の『陵山里古墳群』について、棺材に日本にしか産しないコウヤマキが使われていることを書きましたが、光州市に日本の古墳文化後期に現れる前方後円墳があるということは、『倭』の影響を受けた、というよりは日本人の祖先が住んでいて、日本(現在の九州や中国地方)との間で行き来をしていたと考える方が妥当ではないかと思います。

 

下の画像は記事にブログ主が地図を追加してコラージュしたものです。地図中の赤丸が光州広域市にある「月桂洞古墳群」で、地図にピンクの色づけをしたところは全羅南道ですが、光州市はその中にあるものの、光州広域市として独立しています。

地図には百済の『陵山里古墳群』や『武寧王陵』、記事中に出てくる『金山里古墳群』も書き込みました。ここからは2014年に鳥や人物などを象った『形象埴輪』が韓国で初めて出土され、石が敷かれた墳丘にも『倭系』の特徴が現れているということです。



 

20191120_yomiuri_zenpokoenfun01

 

話を『陸山里古墳群』(と『宋山里古墳群』)に戻すと、これらがあるのは全羅南道の北、現在の「忠清南道」という行政区で、全羅南道と併せて、『三国時代』の百済があった辺りです。三国時代の三国とは百済、新羅、高句麗ですが、朝鮮半島の南部には古代に『伽耶(かや)=任那』という国があり、ここに任那日本府という軍政府が置かれていたと歴史では習います。

シナの歴史書である『三国志』「魏書」東夷伝には、三国時代の前の三韓時代が書かれていて、そこには、下記のように書かれています。(cf. 東夷伝条=『魏志倭人伝』・・・卑弥呼の記述がある)

 

韓在帶方之南,東西以海爲限,南與倭接,方可四千里。有三種,一曰馬韓,二曰辰韓,三曰弁韓。辰韓者,古之辰國也。馬韓在西。
— 『三国志』卷三十 東夷伝 韓条

【現代語訳】韓は帯方郡の南にあり、東西は海を限界とし、南は倭と接し、四方は四千里ばかり。韓には三種あり、一に馬韓、二に辰韓、三に弁韓。辰韓とは昔の辰国のことで馬韓は西にある

 

任那日本府という語感からは出先機関のような印象を受けますが、朝鮮半島の南の一部は「倭国」であり、古墳から、更に百済にも日本人が住んでいたと思われます。

 

記事中、よく分からないのは、「月桂洞古墳群の築造時期、周囲は『馬韓』と呼ばれ、百済と倭(日本)が支配を競った」という部分です。馬韓は百済に統一されたのではなかったですか?
  

【※記事1】


https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG26H6L_W4A221C1000000/
韓国で形象埴輪出土 日本の祭礼伝わった可能性
2014/12/26付

【ソウル=共同】韓国南西部、全羅南道の咸平にある5世紀後半から6世紀前半に造られた古墳で、鶏などをかたどった形象埴輪(はにわ)の破片が出土したと、発掘に当たった地元の全南文化財研究所が26日までに明らかにした。

同研究所の依頼で破片の写真を見て確認した花園大の高橋克寿教授によると、韓国では円筒埴輪の出土例はあるが、形象埴輪の出土が確認されたことはない。北朝鮮領内で発見の情報もなく、朝鮮半島初の出土確認とみられる。

形象埴輪は葬送時の儀礼など古墳を巡る祭礼、祭祀(さいし)に関わる場面を表したと考えられており、日本で行われていた祭礼の形式や他界の観念が伝わっていた可能性があることを示す発見だと高橋教授は指摘している。

破片は「金山里方台形古墳」で見つかった。鶏の頭や首、羽の部分で、馬形と人形の埴輪の一部の可能性がある破片もあった。ほかに円筒埴輪や瓦形土器、中国由来の磁器も出土した。

全南文化財研究所の李釩起責任研究員は「中国大陸と朝鮮半島、日本の間で交流が盛んに行われていたことを示している」と話している。

 

 

  


 

 

 

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