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2019/11/05

百済の陵山里古墳群の棺は日本にしかないコウヤマキで造られていた/発掘調査は日本統治時代

以前読んだ『法隆寺を支えた木』(NHKブックス/西岡常一、小原二郎著)という本を読み返してみました。

 

この本の著者の一人、西岡常一氏というのは最後の宮大工と呼ばれた方で、法隆寺の大工棟梁として昭和の大修理をや薬師寺の再建を手がけられました。もう一人の小原二郎(こはらじろう)氏は建築や木材工学の専門家で、小原氏の書かれたパートは木材についての学術的な記述になります。

公開:2019-11-05 12:18:56  最終更新:2020/11/16 7:58

先日、首里城のことを調べていて、首里城にはイヌマキ(犬槙=所謂「マキ」【※1】)が使われていたことを知り、それで、この本の小原氏のパートにマキのことが書かれているのを思いだしたからです。

 

【※1】 いぬ‐まき【犬槙】
マキ科の常緑高木。いわゆるマキのこと。元来はスギをマキと言ったのに対して、この種をいやしんでの名。暖地に自生。高さ20メートルに達する。樹皮は灰褐色で縦にさけてはげる。葉は線形。5月に小花を開く。種子は緑色で、基部にある仮種皮が赤色。材は耐久・耐虫性にすぐれ、器具用、特に桶類に適する。クサマキ。漢名、羅漢松。

広辞苑 第六版 (C)2008 株式会社岩波書店

 

「2 古代人と木」(P.162~)の章に書いてありますが、「古事記」と「日本書紀」には53種、27科40属の樹木が登場するのだそうです。

素戔嗚尊(スサノオノミコト)髭や胸毛などを抜いて撒くとが木が生え、尊はそれぞれの用途を指示するという逸話が紹介されていますが、「ヒノキは宮殿に、スギとクスノキは舟に、マキは棺に使え」と教えたということを書かかれているそうです。(詳細後述)

 

現在の韓国、百済の陵山里古墳群(ユネスコ世界遺産)を調査した尾中文彦博士は全ての棺にコウヤマキ( 高野槙【※2】)が使われていることを発見しました。コウヤマキは世界で一属一種、日本にしかない木です。つまり、日本から運んだものだったのです。(PDF『季刊 森林総研』No.34 P.1

 

【※2】 こうや‐まき【高野槙】 カウ‥
(高野山に多く産するからいう)日本特産のスギ科の常緑高木。会津地方と木曾地方より西に自生。高さ約40メートルに達する。樹皮は赤褐色でヒノキに似、葉は輪生。春、雄花・雌花を生じ、花後、球果を結ぶ。材は桶・船材・橋梁材としてすぐれ、樹皮は「まいはだ」と称し、水槽・船などの空隙をふさぐのに用いる。木曾五木の一つ。姿が美しく、庭園などにも栽植。ホンマキ。クサマキ。

※ブログ主註:コウヤマキは秋篠宮家の悠仁親王の「お印」ともなっています。

 

Korea_kofun01

 

小原教授は博物館で実物を見て、想像を遙かに超えた大きさだと驚いたそうですが、当時の日本人は既にそれだけの木材を伐採し、海を越えて運ぶという技術を持っていたことになります。

尾中博士はまた、朝鮮楽浪の古墳の棺材もコウヨウザン(広葉杉)というヒノキ科の木材で造られていることを調べました。これは中国には産しますが、朝鮮には分布しません。更に、楽浪と韓国の慶州の「金冠塚」古墳群からクスノキ(楠)も出土していますが、クスノキは日本や台湾、中国南部にのみ分布しており、済州島以外、朝鮮半島には分布していません。

日本の遺跡から出土する木製品も用材はおおよそ決まっており、例えば、登呂遺跡から発掘された田舟(深田で、苗・刈穂や肥料を運ぶ舟。苗舟)は素戔嗚尊のお言葉通りスギで造られていました。

日本人はこのように「木」というものを昔からよく知っていたわけです。

 

さて、百済の古墳の棺材がコウヤマキだということを韓国では知られているのだろうか?ということが気になるかも知れません。

たまたま尾中文彦博士のことを調べていて見つけたのですが、「棺材が日本にしか無いコウヤマキ」という事実が重要なエピソードとして使われている韓国の小説があるようです。〔チェ・インホ (최인호/崔仁浩)という作家の『第四の帝国』(제4의 제국)〕

ただ、事実とフィクションを織り交ぜたようなスタイルらしく、読者がこれを事実だと受け止めているかは分かりません。

 

なお、陵山里古墳群と同時(2015年)に世界遺産に指定された武寧王陵(宋山里古墳群)の棺材もコウヤマキです。位置は陵山里古墳群の東側。(ソウルナビの『宋山里古墳群』のサイト)

 

素戔嗚尊神話

み熊野ねっと」というサイトに「木の神・スサノオ神話」がありました。このサイトは他にも熊野に関する興味深い話をたくさん紹介しています。

ここでは、素戔嗚尊が木を創造した逸話部分を引用させていただきます。(是非、リンク先で全文をお読み下さい。)

 


http://www.mikumano.net/setsuwa/susanoo.html

 はじめイタケル(ブログ主註:五十猛神/イタケルノカミ)が天降るときに、たくさんの木の種をもって降ったが、韓地では播かずに、すべて日本に持ち帰って日本の国中に播いて、国土を全部青山にしてしまった
 この功によりイタケルは、有功(いさおし)の神とされ、紀伊国に鎮座する大神となった。

 また「一書に曰く」として、次のようなことも書かれています。

 スサノオがいうのに、「韓郷の島には金銀がある。わが子が治める国に船がなかったら困るだろう」と(『日本書紀』では、スサノオと奇稲田姫〔クシイナダヒメ〕の子が大己貴神〔オオアナムチノカミ。大国主神ともいいます〕。スサノオに代わり地上を治め、葦原中国〔アシハラノナカツクニ〕を作りました)。
 そこで、スサノオ、ひげを抜いて放つと、そのひげが杉の木になった。胸毛を抜いて放つと檜に、尻毛は槙に、眉毛は樟になった

 「杉と樟は、船を造るのによい。檜は宮を造るのに、槙は現世の国民の棺を造るのによい。たくさんの木の種を播こう」
 スサノオの子、イタケル、オオヤツヒメノミコト、ツマツヒメノミコト。この三柱の神が木種を播いた。
 その後、スサノオは熊成山(くまなりやま)を通って、とうとう根の国に入った。

 

韓国語Wikipedia

Wikipedia「武寧王陵」の韓国語ページを調べたら、木棺の材質について触れていました。どうやら博物館に置かれているのはレプリカのようですが、小原教授が博物館で実物を見てその大きさに驚いたと書いているように原木は相当大きなものだということがこれを読むと分かります。

以下は機械翻訳ママ

木棺の模造品

王と王妃が安置された木棺は九州地方の金の松(금송으로=コウヤマキのことらしい)であることが明らかになった。 金の松は日本で仏壇や墓の花として使われ、日本人には金の松は神聖な木とされている。 武寧王の官裁は樹齢300年以上の巨木で、金の松の身長30メートル、直径1メートル程度であったと考えられる。 金の松は木質が非常に硬く湿気に強いため最高の官材とされ、日本では支配階層のみが使用された。 王の棺は東側にあり、王妃の棺は内側、つまり西側に置かれていた。

また、武寧王陵で発見された青磁などの中国の物品は当時中国で作られたものとあまり差がないことから、武寧王の時代に国際交流が活発であったことが分かる。[3]

【原文】

목관의 모조품

왕과 왕비가 안치된 목관은 일본 규슈지방의 금송으로 만들어진 것으로 밝혀졌다. 금송은 일본에서 불단이나 무덤의 꽃으로 사용되며 일본인에게 금송은 신성한 나무로 여겨진다. 무령왕의 관재는 수령 3백년 이상인 거목으로 금송의 키가 30미터에 지름이 1미터 정도는 되었을 것으로 여겨진다. 금송은 목질이 매우 단단하고 습기에 강하여 최고의 관재로 여겨졌으며 일본에서는 지배계층만 사용하였다. 왕의 관은 동쪽에 있고 왕비의 관은 안쪽, 즉 서쪽에 놓여 있었다.

또한 무령왕릉에서 발견된 청자 등 중국 물품들은 당시 중국에서 만들어진 것과 별로 차이가 없는 것으로 보아 무령왕 때 국제 교류가 활발하였음을 알 수 있다.[3]

 

 

 

  


 

 

 

 

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