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2019/05/27

【書籍】『あるユダヤ人の懺悔 日本人に謝りたい』(モルデカイ・モーゼ著)/ワイマール共和国に関する補足

公開: 2019-05-27 10:17:18  最終更新: 2019/06/01 9:10  

以前、当ブログで掲題の本についててエントリーしましたが、最近、この本が「林原チャンネル」さんのご厚意でAmazonで販売されることを知ったので、もう少し追記しておこうと思います。

 

 

 

※Amazonでの価格〔定価+210円)について

この本は、自費出版された在庫を林原チャンネルさんが代行してAmazonの流通ルートに載せたようなので、定価に210円を上乗せして販売されています。

ブログ主は、この本が“ある場”に直接「持ち込み」されていた為、定価で購入しましたが、その時はISBNコードがありませんでいた。通常の流通ルートに載せるにはコードの取得(有料)が必要で、更に通販では送料がかかります。「+諸経費210円」の上乗せは純然たる経費と思われます。

※Amazonでの在庫について

Amazonの倉庫へは少量ずつ納品しているようで、1回目と2回目の納品分はほぼ“瞬殺”でした。Amazonの倉庫にある在庫が一時的になくなると「売り切れ」になりますが、納品され次第在庫が復活されるので、Twitterをされている方は林原チャンネルさんをフォローしているといいかと思います。

 

著者のモルデカイ・モーゼ氏の略歴を本書からご紹介します。(括弧内はブログ主註

 

1907年(和暦に直すと明治40年)ウクライナのオデッサ生まれ。父親は哲学者で革命家。ロシア革命(1917年/大正6年)では指導的役割を果たした。

レーニン(1870~1924)没落後、ソ連におけるユダヤ権力の将来に見切りをつけた父親と共にワイマール(1919年~33年/※1)体制下のドイツに亡命。父親は美濃部達吉博士に「天皇機関説」(1912年発表)を説いたゲオルグ・イエリネックと親交があった。

ベルリン大学で政治学、哲学を専攻後、国際連盟労働局で極東問題を担当。独ソ不可侵条約(1939年/※2)が結ばれると、その本質がユダヤ勢力の抑圧にあることを看破し、ハルビンを経て上海に亡命。

「サッスーン財閥」の顧問となり、日本の国体、神道、軍事力の研究に従事。1941年、米国へ亡命、ルーズベルト等のニューディール(※3)派のブレーントラストとして活躍。

1943年頃から対日戦後処理の立案にも参画。戦後十数回来日した。

 

下は“岩波”の事典の説明ですが、ご参考迄。

※1 📖 広辞苑 ワイマール‐きょうわこく【ワイマール共和国】
ドイツ帝国崩壊後の1919年に生まれた、ワイマール憲法に基づく連邦制の共和国。厳しい対外・社会・経済情勢のもと、左右両極から攻撃を受けて次第に不安定化し、33年ナチスの政権掌握で消滅。

※2 📖 広辞苑 どくソ‐ふかしん‐じょうやく【独ソ不可侵条約】 ‥デウ‥
1939年8月23日、ドイツ・ソ連間に締結された期限10年の不可侵条約。付属秘密議定書で東ヨーロッパにおける両国の勢力範囲を画定し、これに従って両国は同年9月ポーランドを分割した。41年6月ドイツ軍のソ連侵入によって破棄。

※3 📖 広辞苑 ニュー‐ディール【New Deal】
アメリカで、1929年に始まった恐慌に対処するため、33年以降F.ルーズヴェルト大統領が実施した一連の経済・社会政策。失業者救済の大規模な公共事業や産業界への統制により経済復興を図り、のちには社会保障制度や労働者保護の制度改革を進めるなど、連邦政府権力を強め政府資金による資本主義経済の安定を目指した。代表的な立法や機関として全国産業復興法・TVA・ワグナー法・社会保障法などがある。

 

氏の父親の人生も合わせると、二代に渡り、コミンテルンの創設、日中戦争(支那事変)下の抗日支援、GHQ占領下のWGIP実施と、現代の日本に蔓延る左翼思想の元凶となったものに間接、直接的に関わっていたのです。だからこそ本のタイトルにあるように、「懺悔」、「日本人に謝りたい」となったのでしょう。

 

ところで、『証言でつづる日本国憲法の成立経緯』を著した西修先生が、起草に関わった人物にインタビューをしたときに、「いまだにあの憲法を使っているのか」と驚かれたと言われたそうで、このエピソードはあちこちで語られているので一人歩きしているような気がします。

有本香氏など、この発言を好意的(「もういい加減変えればいいのに」というニュアンス)に受け取っているようですが、ブログ主は、そのように受け取るのは間違いではないかと思うのです。

それほど、当時のGHQの内、憲法起草に関わったニューディーラー達は、日本の皇室、左翼用語で言うと「天皇制」ですが、これを最大の敵と見なしていたことはこの本(『あるユダヤ人の懺悔』)から間違いないのです。そして、それを破壊するための工作(11宮家の臣籍降下)もしっかりしていました。だから、未だ(インタビュー当時)に日本国憲法の呪縛、GHQの呪縛と言ってもいいでしょうが、これに日本人が囚われているのを知ったら、内心はほくそ笑んだに違いありません。「ここまで、仕込んだ毒が効いているとは!」と。

彼等は根っからの共産主義者なのですから。

 

* * * *

 

この本では、彼等ニューディーラーの、日本の皇室に対する誤解について懺悔しています。しかし、日本国憲法に込められた「ユダヤ人の理想」というのは、ややオブラートに包んだ言い方だと思っています。

彼等はアメリカ人なのですから、いくら日本の憲法が彼らにとって理想的であろうと、何の恩恵も受けません。むしろ、彼等の同胞がワイマール共和国で挫折したことを日本でやるために、即ち、共産主義化のために地雷を仕込んだのでしょう。彼等は壮大な実験を試みたのです。

それは、現在、何かにつけて「日本国憲法」が足枷になっていることからも分かります。

天皇陛下の即位の儀式ですら、「憲法違反」がちらつかされ、一連の行事全てを国事行為としてできません。

こうなると、新しくこの本の帯に書かれた田中秀道先生の言葉の意味が分かるでしょう。なぜ、左翼がこの本を抹殺しなくてはならなかったのか。

 

Jew06_tanaka

 

この本を後の日本人が読めば、日本国憲法がユダヤ人の理想が込められた「お花畑」などではなく、日本を破壊するための「毒薬」であることがバレてしまうからです。

ついでに、帯に書かれた馬渕睦夫先生の言葉も画像で提示します。(帯の画像はブログ主がAmazonの画像からキャプチャしたもの)

 

Jew06_mabuchi

 

* * * *

 

この本に書かれていることの内、理解しにくいのは、ユダヤ思想やタルムードにに言及した部分かと思います。これはブログ主のことでもあります。

 

📖 広辞苑 タルムード【Talmud】
(ヘブライ語で、学習・研究の意)ユダヤ教でモーセの律法に対して、十数世紀にわたって口伝された習慣律をラビ達が集大成したもの。本文であるミシュナー(Mishnah)、その注釈であるゲマラ(Gemara)の2部から成り、広くユダヤ民族の社会生活を物語る。エルサレム(またはパレスチナ)‐タルムード(5世紀)とバビロニア‐タルムード(6~8世紀)とがある。

 

もう一つ、この本が書かれた当時(1979年頃=昭和54年頃)の日本と比較されるワイマール共和国については詳しい説明がないので、「似ている」と言われても、今一つピンと来ないかと思います。

そこで、ここでは少しワイマール共和国について補足しておこうと思います。

まず、その時代と著者の年齢との関係を簡単に書いておきます。

少し、著者のドイツでの生活を細かく見ていくと、1924年は17歳、この頃にドイツに亡命しています。略歴に書いてあるように、この当時はワイマール共和国時代のドイツで、ヒトラーが首相になるのが1933年1月30日なので26歳、ご存知のように、この頃からユダヤ人の迫害が激しくなります。そして独ソ不可侵条約が締結された1939年頃にドイツを脱出しますが、32歳くらいの計算になります。

 

ユダヤ人に対するキリスト教徒の偏見は根が深いものがあります。

例えば、ゲットー(ghetto/ユダヤ人強制収容所)というのはナチス・ドイツを連想させる言葉ですが、16世紀の頃からユダヤ人の隔離区域の意味として使われてきました。ドイツだけではなくヨーロッパの各地にあったもので、元々ghettoがイタリア語ということからもドイツだけの話ではないことが分かります。ドイツでは15世紀の終わり頃からゲットーが存在します。しかし、このように居住の制限があったことで、ユダヤ人は都市型となり、高い教育を受ける割合も高かったのです。ワイマール共和国でユダヤ人が解放されると、弁護士や医者に占めるユダヤ人が増えます。(1913年のフランクフルト市で前者が62.5%、後者が36%)

 

下の画像は1628年のフランクフルトのゲットーです。

 

Jew08_judengasse

 

ピンクで塗った弧状の細い通りがありますが、その内側(左側)に面しているのは城壁です。ゲットーはその外側、つまり、通りの右側にびっしりと建っている家です。この画像(オリジナルはWikimedia『Frankfurt-Judengasse-1628-MkII.png』)を拡大してみると、通りの名前が「Juden gaß」と見えます。Juden=ユダヤ人、gaßはgaße(ガッセ)の略で、gaße=小路、つまり「ユダヤ小路」とか「ユダヤ横町」みたいなニュアンスです。

拡大画像を見ると、細い道を挟んで目の前は城壁、ゲットーの裏側は木が植えられて視界を遮断しているようです。

 

ちなみに1905年からワイマール時代にかけてドイツ人のノーベル賞受賞者は40名で、その内11名はユダヤ系だそうです。

ドイツ帝国が崩壊してワイマール共和国が成立した1919年は第一次大戦の戦後処理であるベルサイユ条約(1919年6月)が調印されました。つまり、ドイツ経済が重い賠償金で窮迫した時代なのです。そして、20年に復興大臣に就任するヴァルター・ラーテナウはユダヤの大実業家でした。彼は1922年に外務大臣に就任し、同年4月、ソ連とラパッロ条約(ラバロ条約)という通商友好条約を結びます。しかし、これはソ連にあるドイツの資産を放棄するもので、これが右翼を刺激し、6月に暗殺されます。

また、第一次世界大戦後、オーストリアやドイツ国内にソ連やポーランドからの東方ユダヤ人が大量に流入します。

 

Jew07

 

ドイツに以前から住んでいたユダヤ人はドイツ人と同化していましたが、東方ユダヤ人は異教徒であり、明らかに異形の人々でした。彼等はシオニスト達に刺激を与えます。

ワイマール憲法が成立したのは1919年です。この本、『あるユダヤ人の懺悔』に書かれているように、国民主権、男女同権、労働者の権利の保障など、理想に走りすぎてドイツの現実に即したものではありませんでいた。

ワイマール共和国でのユダヤ人の閣僚は決して多くはなかったそうですが、ドイツ人の間にユダヤに牛耳られているという感情が芽生え、それは反ユダヤに向かいます。

善悪は別として、ヒトラーが出現する前にこうした背景がありました。

ヒトラーは23年にミュンヘン一揆に失敗し、投獄されます。この時に獄中で書かれたのが『我が闘争』で、25年にナチス党の禁止が解除されると党を再建します。28年の選挙では12議席の弱小政党だったナチスは30年の選挙では一挙に107議席を獲得して第2党になり、32年には議席を減らすも、翌33年に首相の座につき、ここからユダヤ人への迫害が激化します。この間、29年の大恐慌もありました。

25年から33年というと、著者は18歳~26歳、そして39年、32歳の時に亡命したわけです。

彼のような移住してきたユダヤ人と違って、ドイツに同化していたユダヤ人にとってはドイツが祖国という意識が強く、若者は脱出させますが、老人はこうした状況でもドイツに留まった結果、ホロコーストの悲劇(悲劇という言葉では表しきれませんが...)に遭ったのです。


こうして見ると、ユダヤ人が優秀な故に第一次世界大戦後のドイツの再建を委ねられ、元々、不当な扱いをされていたので、その解放は当然の権利でしたが、一方、様々な社会的要件が重なり、ヒトラーのような狂人が出現してしまったのです。

 

 

* * * *

 

なお、支那事変で日本が戦ったのは蒋介石率いる国民党ですが、蒋介石が共産党と第二次国共合作を始めるの36年の西安事件(蒋介石の監禁事件)以降で、蒋介石のバックにはアメリカのみならず、イギリス系の財閥も暗躍し、ドイツは軍事顧問となっていました。ここから日本は泥沼の日中戦争に嵌まっていきます。著者は39年に上海に亡命し、阿片貿易で財をなしたサッスーン財閥の顧問となっています。サッスーンは蒋介石と組んで幣制改革(35年)でボロもうけしています。おそらく、著者は上海でも日中戦争に何らかの形で関わっているはずです。

 

サッスーン照会に関しては以下の動画が参考になるかと思います。

 

ノンフィクション作家・河添恵子#7-1★アメリカ左派と中国の密接な繋がり / キーマンは陳香梅とキッシンジャー

ノンフィクション作家・河添恵子#7-2★客家人・サスーン・蒋介石の時代〜20世紀の中国とアメリカ〜

 

 

  


 

 

 

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